2016年08月29日

海外旅行・北京(1999年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月29日
海外旅行・北京(1999年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 京劇訓練学校の訪問はテープに録ったのが残っている。それによると学校名を「中国ギショク学院」と呼んでいる。「ギショク」とはどんな漢字なのか。もう17年も前の話なので記憶が薄い。多分演技の技に職業の職で「技職」つまりプロの京劇演技者を養成する学院ということだと思うが違うかも知れない。

 この学校はいわば専門大学で、全国の高校から優秀な若者を選抜、みっちり鍛える。おれたちの訪問した日も猛訓練が行われていた。曲芸のような演技を繰り返し叩きこむ。できない生徒には叱声が飛ぶ。総じて男子より女子の方がレベルが高い。中に何人か韓国や東南アジアからの留学生が混じっていた。訓練現場の見学の後、別室で校長先生の説明を受けた。京劇に対する愛着と熱意に溢れる話だった。

 学院を出て人民大会堂へ向かう。途中の道路に掲げられたスローガン。「祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、社会主義を愛する」「思想・道徳を確立し、教育・文化をつくろう」。天安門も人民公会堂も建国50周年に向けてお色直しの改装中だ。大会堂の議場に並んだ1万席の椅子は圧巻だった。

 午後は故宮見学。紫禁城の城壁沿いの道は映画「ラストエンペラー」の世界だ。屋根は黄色、壁は赤だがこれが紫に見えるというということで紫禁城だ。確かに結構な建物だが、それだけという感じでさしたる感銘はない。故宮の裏口から出て友誼商店と称するおみやげ屋に連れていかれる。書画骨董、宝石やお菓子などいろんなものを勧められたがすべて断って店を出た。夕食後、夜はまた京劇だ。

 同行の舞台美術労組の人たちは、専門家だけに食い入るように舞台に集中している。おれはいささか食傷気味だ。その気持ちが出てしまったのか、その後の会話がぎくしゃく。顔見知りの堀江さんや久保田さんはいいのだが、初顔の人からは「なに?この男、偉そうにしやがって」と思われた様子。最終日に空港へ向かうバスの中で、舞台美術労組に対するお礼を言わせてもらい、反省の意を滲ませたつもり。

 1月8日9:20に北京空港を発って、13:50(日本時間)に成田に帰ってきた。手元にこの北京・京劇ツアーのアルバムがあるが、外出の写真は防寒着で見事に膨らんでいる。街中はとにかく寒かった。市内見物で人力車に乗ったが寒さで震え上がった。おれは北京よりもっと寒い満州で幼少時を過ごしたはずだが、この寒さには参った。年寄りは冬の北京だけは敬遠した方がよさそうだ。

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2016年08月27日

晩夏の下北半島を巡ってきた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月27日
晩夏の下北半島を巡ってきた

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 青森県・食彩の旅2016年。参加者54人、うち夫婦が15組。24日午後2時、青森駅前からバス2台に分乗して出発。まず三内丸山遺跡へ。抜けるような青空、照りつける太陽。ここへは16年前にやはりたまたま会で来たことがある。その時はすいすい歩けたのに今回は足は棒になり、息も絶えだえ。

 次は五所川原の立ねぶたの館。3体の立ねぶたの格納庫だ。圧巻。そこから田舎館村の田んぼアートへ向かったのだが既に夕方。アートの半分はビルの影で興味がそがれる。青森市内に戻り、宿舎の青森ワシントンホテルへ。夕食はホテル近くの「三ツ石」という郷土料理屋。マグロの解体ショ―あり。海鮮料理と酒は飲み放題。いい気になって白ワインをガバガバやったらほぼ泥酔状態。部屋に入るなり意識不明。

 2日目は8時出発でいよいよ下北半島一周コース。浅虫温泉を素通りして六ヶ所村の核燃・石油備蓄基地をバスの中から視察する。想像を絶する大規模な装置だ。それまで何もなかった野っぱらに出現した未来都市。地球を何十回も滅ぼすことのできる核燃料がこの地下タンクに備蓄されている。恐怖だ。

 海岸べりを一路北上してマグロ一本釣りの大間町に着く。ちょうどお昼時間。ここで食べたまぐろ会食の豪華なこと。マグロの内臓、ネギま汁、大トロをふんだんに乗せたまぐろ丼。大満足。帰りは下風呂温泉というところで「イカさまレース」なるものを見る。イカを細い棒でつついて走らせる。ゴールするとみんなで活き作りのイカ刺身を食べてしまう。今夜のお宿はむつグランドホテルだ。

 ここのお風呂は赤みがかったぬるっとする温泉。夕食に時間があったので缶ビールを飲む。ホテルの広い宴会場での夕食。恒例の各地方ごとの自己紹介・近況報告。おれは乾杯の音頭をやらせてもらえた。「たまたまいかさまオリンピック青森大会にご参加のみなさん」とやったがあまり受けなかった。

 別部屋を用意した二次会では、たまたま会の今後のことで議論が沸騰した。継続の意義や理念では全員一致するのだが、来年の山口県は決まっているもののその次を担当する地方が出てこない。もしかすると次回の第38回で終わりになるかも知れない。それはそれでしかたのないことなんだろうな。

 26日はバスで1時間ほどかけて、今回のツアーのメインの一つ恐山へ。イメージ通りのまがまがしい風景だ。硫黄の臭いがきつい。足場の悪い石ころ道を30分も歩かされた。あの世へ一歩近づいた感じだ。青森駅に戻る途中、浅虫温泉でホタテ御膳なる昼飯。マグロとは一味違うがこれも美味。舌に極楽の2泊3日の旅だった。
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11474 わくわくするね

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月26日
11474 わくわくするね

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 もしかすると、地球の近くに生命体が存在する星があるかもしれないという発見。これは嬉しい。ワクワクする。とりあえず、以下。

                           ◇=◇=◇
地球に似た惑星発見、水も存在か 太陽系から4光年先
朝日新聞デジタル 8月25日(木)2時6分配信


 太陽系に最も近い恒星の周りで、地球に似た惑星が見つかった。岩石でできており、水が存在する可能性もあるという。英ロンドン大などの研究者らが25日付の英科学誌ネイチャーに発表する。

 8カ国による研究グループはチリにある天文台などで、地球から約4光年離れた「プロキシマ・ケンタウリ」という恒星を周回する惑星を新たに発見。「プロキシマb」と名付けた。重さは地球の1・3倍以上で、約11日で公転している。

 研究者らによると、この星では水分が生まれ、現在も残っている可能性がある。地表温度は液体の水が存在できる範囲とみられる。太陽系外で水がある可能性を持つ星としては、今回の惑星が太陽系に最も近いという。ただ、恒星からの距離が近く、X線が地球の400倍にあたることもわかっている。

 研究者は「次に目指すのは、大気や生命が存在するかどうかの調査だ」としている。(山崎啓介)
                           ◇=◇=◇

 発見のポイントは「水分」である。水分がないことには、微生物といえども生きることはできない。逆に言うと、水分があるということは生物の存在する可能性が高いということだ。一方で気になるのは、この「プロキシマb」の公転が地球時間で11日ということ。公転の時間が短いということは、変化≠ェ早いということであり、生物体が対応できるかどうかという点だ。

 それはさておき、地球から4光年という近さにあることを、ど素人の私でも特筆したい。たとえば、北極星は431光年、南十字星は320年であり、それから比べるとはるかに近い存在だからだ。そういう近いところに、生命体が存在するかもしれない星があることは、ロマンではないか。

 もののついでで恐縮だが、「光年」を単位とした場合、太陽はどうなるかご存知だろうか。太陽までの距離は、1億4960qである。これを光年に表示しなおすと、な、なんと0.0000158光年になる。これを光速で表わすと、8分19秒となる。

 もののついでが、やや、難しくなってしまったが今回発見された「プロキシマb」は、地球から極めて近いところに存在するということだ。もし生命体が存在すれば、私の夢≠ヘ膨らむ一方である。その星に住む人≠スちとの交流を考えたとき、夢はさらに膨らむ。

★脈絡のないきょうの一行
な、なんと。台風10号は迷走を繰り返し今度は、本土急襲の可能性も。ゾンビみたいなヤツだ。心配。
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2016年08月25日

11473 エチオピアの政情

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月25日
11473 エチオピアの政情

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 前回の小ブログについて、「エチオピアの政治状況はどうなっているのか知りたい」という問い合わせがあった。私もよく分からない、というのが正直なところで、調べてみた。以下のURLが分かりやすく解説していると思う。国際政治学者・六辻彰二氏のもので、興味のある方はぜひご覧ください。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mutsujishoji/20160822-00061391/

 概略は以下。
                              ◇
 エチオピアでは、主に同国北部のオロモ州と北西部のアムハラ州で、昨年11月頃から政府に対する抗議デモと、これに対する鎮圧が繰り返されてきた。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、今年6月までにオモロ州だけで少なくとも400人が治安部隊によって殺害されている。

 現在のエチオピアは、議院内閣制のもと、憲法に基づいて定期的に選挙が行われている。実質的な権限は首相に集まっており、大統領はいわば形式的・儀典的な役職。この体制は、内戦によって1991年に社会主義政権が崩壊した後に成立した。

 憲法に基づいて選挙が行われているからといって、必ずしも民主的とは限らない。2015年のエチオピア議会選挙では、547議席中500議席を与党「エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)」が獲得している。もちろん、これが自由かつ公正な選挙の結果であれば、それは有権者の意志と呼べるだろう。

 しかし、エチオピアでの選挙プロセスは、疑問の余地が大きい。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、2015年選挙では選挙監視委員会が半数以上の野党系候補の登録を拒否。実際に立候補できた野党系候補は400人中139人だけだったという。

 EPRDFと野党の対立は、「反民主主義と民主主義」という次元だけで語ることはできない。そこには、複雑な民族対立の構図がある。EPRDFは、もともと内戦時代に社会主義政権と敵対した4つのゲリラ組織の連合体だった。内戦終結後、それぞれが政党に衣替えし、それらの連合体としてEPRDFは存続。EPRDFを構成する4つの政党はそれぞれ民族を支持基盤としており、それらにはオロモ、アムハラ、ティグライ、南部に暮らす少数民族の連合体が含まれる。

 かつてEPRDFと敵対した社会主義政権は、エチオピア帝国を革命で打倒した勢力が中心だった。しかし、皇帝と社会主義政権指導者は、アムハラ人という点で一致、そのため他の民族からみれば、皇帝の支配が社会主義政権の支配に代わっても、首都アディスアベバの中央集権的な体制には何も変化がなかった。さらに、社会主義政権のもとでは国有地での強制労働などが横行したため、アムハラ人からも離反者を呼んだ。こうして、多くの民族の連合体としてのEPRDFが生まれた。
                              ◇ 

 (以下、略)

★脈絡のないきょうの一行
おいおい、台風9号と11号は消滅したけど、10号が勢力を強めてるって? 沖縄が心配だ。
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2016年08月23日

たまたま会も本ブログもよく続いたね

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月23日
たまたま会も本ブログもよく続いたね

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 明日から2泊3日で第37回たまたま会「青森県・食彩の旅」に夫婦で行ってくる。たまたま会は基本的には新聞労連役員OBでつくられた旅行会である。1978年5月に、萩原(山陽)、太田(中国)、光森(神戸)、桂(新聞協会)、丸山(共同)、川人(京都)さんらがたまたま集まって会食した。せっかくだから今後も全国各地を訪ねながら交流しようとなって始まったのがたまたま会だそうだ。

 第2回は81年の京都・八潮、その後は年1回ずつ(85年だけは2回)、徳島、神戸・六甲山、仙台七夕、高知・四万十川等回り持ち開催でやられていた。おれにも誘いがきたが、当時まだ新聞労連現役役員だったので「おれはOBじゃない」と誘いに応じなかった。初参加は第16回(95年10月)の天橋立・伊根・出石からである。2年前に56歳で毎日を定年になり新聞労連専従も降りていた。

 その後の開催地。沖縄・那覇(96年)、越前・永平寺・若狭(97年)、鹿児島・指宿・屋久島(98年)、鎌倉・横浜・浅草(99年)、白神大地・弘前・十和田(2000年)、だんだん出雲路(01年)、新潟・佐渡(02年)、熊野路・高野山(03年)、熊本・高千穂・青島(04年)、日光・裏磐梯・会津(05年)、少豆島・倉敷・鷲羽山(06年)、長崎・平戸・雲仙(07年)、小田原・箱根・伊豆(08年)、世界遺産・知床半島(09年)、岩手・小岩井・三陸(10年)、能登半島(11年)、松山・今治・大三島(12年)、琵琶湖・近江路(13年)、由布院・国東半島(14年)、富士山麓周遊(15年)。

 おれは01年の出雲路以外はすべて参加(9割は夫婦で)。99年、05年、08年、15年は東京地連の担当なので実行委員会をつくって旅の企画運営に携わった。この間亡くなられた常連メンバーも多い。思いつくだけ並べてみる。小倉三千雄 宮山清昭 加藤親至 萩原嗣郎 岩切信 岩松博 大島次郎 金井豊次 加藤陸子 林直久 尾崎剛 四宮晴彦 小島明将 神吉秀哉 荒川恒行 岡宗武弘 重松昌男(敬称略)。メンバーの高齢化の影響もあって、次回の第38回が最後になる可能性が強いと聞く。

 このブログで開始以来1000回の更新になる。開設日が08年1月19日だから8年7カ月。3.13日に1回の更新、ほぼコンスタントに続いていると言ってもいいだろう。この間の訪問者は6万2727人で1日平均20人。こんな拙いブログを読んでいただいてありがとう。今後もよろしくお願いします。

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11472 エチオピア政府への抗議行為、断固支持する

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月23日
11472 エチオピア政府への抗議行為、断固支持する

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 リオ五輪の男子マラソンは、最初から最後まで見てしまった。今回のオリンピックの競技で全部見たのはこれが初めてだ。途中で「寝てしまうかもしれないね」とカミさんと話ししながらであったが、最後まで見てしまった。

 ゴール直前、2位のエチオピアの選手が両手をかざして×印を作って走りこんだ。それも思ったより長い距離だった。そんなことしていたら3位の選手に追いつかれるぞ、と、訝(いぶか)ったものだ。カミさんとも「あれはどういう意味だろうね」という会話になっていた。

 その理由が分かった。エチオピア政府への抗議だったのだ。以下は東京新聞の報道だが、別の報道では「国際人権団体NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、エチオピアでは2015年11月、抗議デモに参加していた民衆の約400人が治安部隊によって殺害され、数万人が逮捕されたという。」(The Huffington Post)というものもある。

 確かに同選手のゴールのときの顔は険しいものがあった。オリンピックで銅メダルをとることは栄誉だし、嬉しいことだが喜びの表情はなかった。違和感を持っていたが、背景があったのだ。

 ご本人は亡命も視野に入れているようだが、26歳の青年の行為を「政治的利用」と責めることはできない。いのちを守ることへの意思表示だからだ。この行為、エチオピアのシールズ≠ニ言える。以下、東京新聞から(写真は割愛)。

                           ◇=◇=◇
エチオピア・銀メダリスト 抗議のポーズでマラソンゴール
東京新聞 2016年8月22日 夕刊


【リオデジャネイロ=共同】リオデジャネイロ五輪最終日の二十一日に行われた男子マラソンで、銀メダルを獲得したエチオピアのフェイサ・リレサ選手(26)が額の前で両手を交差させるポーズをしながらゴールインした=写真、ロイター・共同。記者会見では、エチオピア政府の「圧政への抗議」だったと説明した。

 ロイター通信などによると、同国ではオロミア、アムハラ両州などの一部地域での土地の強制収用計画を巡り、昨年から政府に対する抗議が活発化。五輪が始まった八月初めには九十人以上が治安部隊に殺害される事態が起き、人権団体も懸念を示していた。

 リレサ選手は競技後の記者会見で、自らがオロミア州出身のオロモ人であることを明らかにし「エチオピア政府は仲間を殺害し、土地や資源を奪っている。私の親族も違法に拘束された。オロモ人の抗議を支持する」と主張した。

 報道によると、同選手のポーズはオロミア州などで行われている抗議のしぐさだという。同選手は帰国すれば「殺されるか投獄されるかもしれない」と懸念を示し、今後は海外への亡命を検討する考えも示した。

 五輪での抗議はスポーツの政治利用に当たるのではないかとの指摘も出たが、リレサ選手は「これが私の気持ち。国内での抗議は非常に危険だ」と訴えた。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
リオ五輪閉会式、スーパーマリオに悲劇が起きた。あんな人と一緒じゃかわいそうだ。
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11471 台風迷走の理由

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月23日
11471 台風迷走の理由

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 この報道は実に分かりやすい。先週発生した台風9、10、11号がトリプル≠ノなった理由や通過経路について説明したものだ。疑問は@なぜ3つも同じ時期に発生したのかA台風は通常九州方面から進んでくるが、関東を直撃したのはなぜかB北海道上陸は少ないはずだが、直撃も発生したのはなぜかC10、11号がなぜ9号を追い越し≠スのか――などである。

 この疑問に読売新聞が実に的確に伝えている。しかも短い文章で。図がやや不鮮明で恐縮だが、紹介しよう。

                           ◇=◇=◇
東西に高気圧、トリプル台風…日本が通り道に
読売新聞 8月22日(月)22時7分配信


160823.jpg

 立て続けに発生した9、10、11号の「トリプル台風」が、北海道や関東など広い範囲に大雨をもたらし、河川の氾濫などを引き起こした。

 9、11号が連続して日本に上陸したのは、台風が発生しやすい状況に加え、東西の二つの強い高気圧に挟まれた日本が台風の通り道になったためだ。

 まず日本の東側にある高気圧によって、北を通る偏西風が大きく蛇行し、北極側の冷たい空気が日本の南の太平洋上空に流れ込んだ。その結果、暖かい海面との間に、大きな気温差が生じて上昇気流ができやすくなり、台風が続々と発生した。

 加えて、東西の高気圧の配置が、日本付近に台風の通り道を作った。東側の高気圧は例年ならもっと西に張り出しているはずだが、今年は西側の高気圧が強く、東西の高気圧が日本を挟み込むような配置となった。このため、南の海上で発生した台風は、その間をすり抜けるようにして、東日本や北日本に続々と接近する珍しいルートをとった。
                           ◇=◇=◇

 この図を見れば追い越しの理由が分かる。10、11号は9号より北側で発生したのだ。なるほどと頷ける。九州を外れて関東を直撃したのは、高気圧の配置が犯人≠セったのだ。

 問題は、こういう現象が起きる原因だ。温暖化が影響しているのではないかという懸念は払しょくできない。その問題は専門家に譲りたいが、北海道各地で水害が起きた。普段、台風があまり来ない地域のため、本州より備えが弱かったのではないか、そんな気がする。

 台風通過ルート・日本。火山列島・日本。河川や森林に守ってもらっていることを再認識し、自然を守ることが災害を少なくする(減災)という鉄則を改めて想起したい。

★脈絡のないきょうの一行
リオ五輪マラソン、エチオピアの銀メダリストのゴール直前の行動は、政府への抗議だった。
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海外旅行・北京(1999年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月21日
海外旅行・北京(1999年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 映演共闘の舞台美術関係組合が計画した「北京で京劇を見るツアー」の誘いを受けた。映演労連の堀江さん夫妻、東宝舞台の林さん、舞台美術労組の久保田さん、わらび座の幹部など、おれたち夫婦を入れて15人ほどののメンバー。99年1月4日〜8日の4泊5日。北京は震え上がる寒さだった。

 4日の12時半、14:55発の北京行きに乗るべく成田空港に集合したが、北京が濃霧だとかで一向に搭乗案内がない。やっと出発したのが18:15。いい加減くたびれた。北京空港へは20:50に着く。10時半にホテルに入り、夕食後堀江さんの部屋で午前1時までわいわい。よく飲むよ。

 5日は市内見学。93年に北京に来た時と同じような観光コースなので感激はない。万里の長城を歩かされて息も絶え絶え。昼飯は観光客向けのレストランで中華弁当風の料理とビールと56度の中国酒。おれはアルコールさえ出れば満足だが、女房は料理がまずいとぶうたれていた。バスは一路北京へ。

 バスから見える中国の看板。地鉄=地下鉄 行人=通行人 電脳=コンピューター 汽車=自動車 飯店=ホテル 酒家=レストラン 修車=自動車修理工場 自行車=自転車 美館=美容室 服装店=洋品店 食品商場=市場 公司=会社 汽車配転=宅急便 正宗=元祖 電視台=テレビ 美国=アメリカ。

 街を覆っているのは霧でなくスモッグらしい。夕食は北京ダックだったが、そんなにうまいものではない。夜の8時過ぎからホテル内の小劇場で京劇を観る。軽わざもどきの舞台は変化があって面白かった。それに音楽がいい。太鼓と鉦が雰囲気を出す。舞台の隅に漢字の解説板があってあら筋が分かる。孫悟空が活躍する。大変スピードのある演技。訓練で築かれた芸の確かさ華やかさには魅了された。

 翌日、昼は天安門や天壇公園などの市内見学、夜は京劇。今度は市内の本格的な劇場。初めはなんだ高級見世物じゃないか、なんてたかをくくっていたおれも心底ぐぐっと来たね。なんていうか中国という国の文化の奥深さを思い知らされた感じ。そりゃそうだよね、中国3千年の歴史が詰まっているんだものな。

 北京到着時は朝でも3度くらいだった気温が、今朝は零下6度。バスから外へ出ると震え上がる。この旅行のために厚手のコートを買ってきたよかった。明日7日は京劇訓練学校を訪問する。

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2016年08月21日

空疎な厚労省「懇談会」報告書

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月20日
空疎な厚労省「懇談会」報告書

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 厚労省の諮問機関「働き方の未来2035:1人ひとりが輝くために」懇談会が報告書をまとめて発表した。「『働き方の自律化』掲げる厚労省懇報告」「労働法制後退の危険」(17日付『赤旗』)。報告書を自分で読んでみようと、厚労省のホームページを開いた。報告書全文が載っていたが、A4版27ページもある。奥歯にものの挟まったような文章で、読んでいていらいらする。一体何を言いたいのだ。

 「『技術革新』は、強い人にも弱い人にも大きなものにも小さなものにも、すべてに対して中立だ。『小よく大を制す』可能性があるのも技≠フ醍醐味であり、貪欲に新しい技術を研究したり、活用したりする者の努力や研讃は、誰にも止めることができない」。――おれには何を言ってるのか分からない。

 「AIを中心とした技術革新は脅威というよりは、時間や空間、年齢や性別といった『壁』を取り除き、多様な働き方を可能にするツールであり、武器と捉えるべきだ。働くすべての人々に大きな恩恵をもたらすだけでなく、企業や組織の在り方、労働政策にも今後変化をもたらすだろう」。

 そして「報告書」は、技術を高め輝く未来をつくるには教育が大切だと強調する。「挑戦と失敗を繰り返しで学び無から有を生み出す≠アとの大切さを教えることが不可欠である。単に物事を『覚える』よりも、『考える』『友達を作る』『力を合わせる』といったソーシャルスキルや人と接する能力を身につけさせる方が、実社会では通用する」。今更そんなご託を並べられてもねえ・・・・。

 最後に労働者に対して偉そうに「働く心構え」を説いている。「『どんな会社に入るか』ではなく、『どんな仕事をするか』『どんな会社を創るか』を人生の選択肢として考え行動し、変化に対応していってほしい」。こうなると「お前バカじゃないか」と言いたくなる。労働現場を知らないにも程がある。今時「どんな仕事をするか」「どんな会社を創るか」なんて選択肢が通用する会社がとこにある。

 「報告書」の締めの言葉が奮っている。「(日本人が長い時間をかけて継承してきた文化、伝統を発揮して)個々人が働きがいや生きがいを感じながら『個』を活かして自分らしく輝ける社会。これこそが、目指すべき2035年の姿である」。今必要なのは「働き方」のご託宣でなく「働かせ方」の社会的規制だ。労働と労働者が尊重される世の中をどうつくっていくかということだ。となれば何といっても労働組合にがんばってもらわなければならない。厚労省やなんとか懇談会に任せとくわけにはいかないのだ。

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8月15日桜木町で

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ
「テレビ」と「平和」と「憲法」のblogより転載
http://blog.goo.ne.jp/takuzou4108
2016年08月19日
8月15日桜木町で

■仲築間 卓蔵(元日本テレビプロデユーサー)


 忙しさにかまけてブログ更新をさぼっていました。
 九条かながわの会は、例年、横浜駅西口高島屋前周辺で「8.15」宣伝・リレートークをしていましたが、
今年から場所を桜木町に移してのとりくみでした。
 横浜駅にくらべて、桜木町駅前は観光客の多さが目立つところです。
 一般的な戦争の話をするよりもと、伝説の歌手二人の話をしました。
 一人は忌野清志郎さんです。若者に人気の人でした。清志郎さんは、地球環境を守ろうと呼びかける「アースデイ」(2005年)に出演し、
歌の合間に語りかけました。「この国の憲法九条を知ってるかい。戦争はしない、戦争に加担しない。愛と平和なんだ。
まるで ジョン・レノンの歌みたいじゃないか」と。
 先日の参院選で、改憲勢力は三分の二の議席を獲得してしまいました。若い人たちの多くは「三分の二」の意味を理解しないまま投票した
といわれています。アベ政権は、早くも南スーダンへの駆けつけ警護を発動しそうです。「殺し」「殺される」事態に直面せざるを得なくなるでしょう。
「そんなはずではなかった」と あらためて気づくことになりそうです。
 憲法違反の自衛隊の海外派兵は なんとしても止めなければなりません。参院選で見せた市民と野党共闘のとりくみを あらためて構築し直して、大きな運動をさらにすすめようじゃありませんか。清志郎さんも 空の上から見守ってくれているでしょう。

 伝説の二人目は美空ひばりさんです。
 演歌一筋と思われていたひばりさん。実は、反戦・平和の歌をうたっています。
「一本の鉛筆」です。
 1974年8月。第1回広島平和音楽祭で歌いました。「一本の鉛筆があれば、戦争は嫌だと私は書く」「あなたを返せと私は書く」「8月6日の朝と書く」
「人間のいのちと 私は書く」と。
 1988年。第15回平和音楽祭で、ひばりさんは再びこの歌をうたいました。健康状態は良くなく、楽屋にベッドを持ち込んでの出演だったといいます。
 そのときのひばりさんの言葉。
「昭和12年(1937年)5月29日生まれ。本名加藤和枝。
私は横浜に生まれました。幼かったわたしにもあの戦争の恐ろしさは忘れることができません。
 みなさまの中には、尊い肉親を失い、悲しさを乗り越えてこられた方がたくさんいらっしゃることでしょう。
 きょうの私の歌が、みなさまの心の、少しでも慰めになりましたら幸せだと思います。
 これから二度とあのような恐ろしい戦争が起こらないよう、みなさまとご一緒に祈りたいと思います。茨の道が続こうと、平和のためにわれ歌う」と。
 そして歌ったのです。「一本の鉛筆」です。
 ひばりさんの言葉にあるように、ひばりさんは横浜大空襲を経験されたのです。
 いま、全国空襲被害者連絡協議会のとりくみが進んでいます。被害者のための「特別措置法」が超党派議員連のみなさんの後押しでこの臨時国会から通常国会にかけて議論されることになります。8月13日には、東京・台東区民館大会議室(320人が集まりました)で「舞台は国会へ」集会を成功させました。このとり組みの推移を、ひばりさんも見守っていることでしょう。
 ドイツ、イギリス、イタリアなどは、とっくの昔に市民に対する被害補償をしています。やっていないのは日本だけです。
 みなさんにも、このとり組みの今後を見守っていてほしい。
 8月だけを「平和の月」にしてはなりません。
posted by マスコミ9条の会 at 13:53| Comment(0) | 仲築間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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