2017年04月20日

韓国訪問レポートB アベさんを辞めさせてほしい

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
17年04月19日
11528 韓国訪問レポートB アベさんを辞めさせてほしい

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 ナヌムの家には「歴史館」が併設されている。入館料・5000ウォンが必要だが、日本人が来た場合、韓国人と結婚し慰安婦問題を後世に残すべきだとがんばっている山形出身の女性が案内してくれた。植村さんとは旧知の仲のようだ。この日は日本の高校の生徒たちがやって来て、一緒に案内してもらった。若者たちにそっとパワーをもらった。

 館内に入ったとたん、大きな絵が目についた。韓国の若い女性が日本兵に連行される様子を描いたものだ。実にリアルである。証言をもとに描かれたものだろう。こういうことが各地で行われていたことを思うと、改めて怒りが起きてくる。

【連行状態が描かれた絵画】
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強制連行の図

 慰安所は大陸だけでなく、太平洋にまで広く設置されていた。慰安婦は、各地に送られていたのである。戦後、祖国の土を踏むこともなく、そのまま亡くなった人もいることだろう。戦争の悲惨さと日本がおこなった人権無視の蛮行は度し難く、許されるものではない。

 博物館のなかを案内してもらっている最中、各国から贈られた千羽鶴が目についた。その中の一つをよく見てみると、日本からのもので「新日本婦人の会千代田支部」と書かれている。偶然とは面白いものだ。いつも千代田で一緒に活動している仲間たちがここにやって来た痕跡に、親しみを感じた。

【新婦人千代田支部から贈られた千羽鶴】
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新婦人千代田支部

 歴史館を一通り見て、植村さんの案内でナヌムの家の中に入った。リビングだろうか、そこには二人のハルモニがいた。顔見知りの植村さんは、親しげに声を交わし激励していた。写真は、李玉善(イ・オクソン)さんだ。イさんに、何のてらいもなく「日本人にしてほしいことがありますか」と聞いた。実に驚くべき返事が返ってきた。

 「アベさんを辞めさせてほしい」だったのだ。ハルモニたちは、従軍慰安婦問題で安倍首相がかつて何をしたか知っているのだ。昨年12月の「日韓合意」も彼女たちは認めていない。「安倍首相がここまで来て、謝罪したら(合意について)考える」という。

 その怒りは、計り知れない。この思いを真正面から私たちは受け止める必要があるのではなかろうか。後述するが日本は戦前、朝鮮半島を35年間にわたって植民地として扱ってきた。その辛酸を、従軍慰安婦問題を含めて韓国国民は忘れていないのだ。イ・オクソンさんの一言は、日本国民全体が考えるべきことなのかもしれない。心が痛かった。

【植村さんとイ・オクソンさん】
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ハルモニと植村さん

【ハルモニたちと記念撮影】
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頑張れハルモニ
(次回につづく)


★脈絡のないきょうの一行
中央防災会議の専門調査会がまとめた関東大震災時の「朝鮮人虐殺」報告書の一部を、内閣府がホームページから削除(朝日新聞ウェブ)。またしても記憶を消そうというのか。
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 『赤旗』日付欄の元号併記に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月19日
『赤旗』日付欄の元号併記に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


『赤旗』が4月1日から題字横の日付欄に元号を併記するようになった。何故そのようになったのか。日本共産党のホームページ(4月5日付)に理由が載っている。「今回の措置は、『西暦だけでは不便。平成に換算するのが煩わしい』『元号も入れてほしい』など読者のみなさんの要望を受けた措置です」。

 「読者の要望を受けた措置」というが、元号=天皇制=教育勅語=侵略戦争と連想ゲームのように言葉が浮かぶおれたち年代にとってはそれほど単純な話ではない。共産党ホームページも言っているように、1979年の元号法制定の時、共産党は「天皇の代替わりごとに改元する『一世一元』は、主権在民の憲法下ふさわしくない」として反対しているのだ。その時点から見て元号の本質が変わったとは思えない。

 元号法とは「第1項 元号は政令で定める。第2項 元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」というだけの日本で一番短い条文だ。明治憲法下の皇室典範には元号の規定があったが、新憲法や戦後につくられた皇室典範には元号に関しては何もなかった。昭和天皇が高齢になってきて、このままでは彼が死んだ後新たな元号を制定する法的根拠がなくなる。それで大急ぎでつくった法律なのだ。

 確かに元号は、国民の間で慣れ親しまれているとは言える。いま、公文書で西暦だけしか使わないのはパスポートくらいのものだ。役所への諸届けやビジネス文書、学校関係、病院の受診受付などすべて元号で表記する。しかしそれは元号表記が便利で合理的だからではなく、記入用紙が元号で書くようになっているからだ。法律は元号を強制しないとなっているが、実際は強制されているのである。

 おれは今年80歳になるが、2017から1937を引くとすぐ計算できる。元号ではそうはいかない。こんな例は無数にあると思う。元号使用が国民の便利のためとは到底思えない。結局天皇制と結びついた国家権力の国民支配システムの一環なのだと思う。いま、インターネットやスマホ時代の若者の元号離れが進んでいるという。おれはこれから西暦一本化が進むと思うし進ませなければならないと考える。

 なお『赤旗』が元号を併記するのは日付欄だけで、本文は今まで通り西暦のみだという。そうなると読者の「要望」だという「平成に換算するのが煩わしい」「元号も入れてほしい」などの声に応えるためには本文も元号併記しなければならなくなる。それでは歴史を逆戻りさせることにならないか、心配である。
posted by マスコミ9条の会 at 17:50| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

11527 韓国訪問レポートA 記憶されない歴史は繰り返される

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年04月18日
11527 韓国訪問レポートA 記憶されない歴史は繰り返される

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 小高い丘にソウルタワーが見える。その麓あたりに、いくつかの碑が建っていた。まだ工事をしていたが、従軍慰安婦問題や国民への圧政を忘れないために、こういうスペースをつくることになったという。慰安婦として強制連行された人たちの名前が碑に刻まれている。かなりの数だ。それでも分かっているだけだというから、推して知るべし、である。

 一角に「ヘソ」と呼ばれる楕円形の碑が横たわっていた。その石には、韓国語、英語、日本語、中国語で「記憶されない歴史は繰り返される」と書いてあった。私は一瞬、旧西ドイツの故・バイツゼッカー大統領の言葉とオーバーラップした。「過去に目を閉ざす者は未来に盲目となる」――。

 まさにその通りである。歴史修正主義を唱える人たちは、従軍慰安婦や南京大虐殺、沖縄戦における集団自決など、なかったことにしようと腐心している。記憶から消し去ろうとしているのだ。それは言い換えると、「歴史を繰り返そうとしている」ということになりはしないか。戦争法の強行採決も、審議が始まった共謀罪もそのための準備ではないのか。

 夕暮れ時になり、「ハラ減ったー」の声に促され明洞の繁華街にもどり、本場の焼肉に舌鼓を打った。韓国のお金の単位は「ウォン」だが、日本円のほぼ10分の1。計算はしやすいが1000円のものが、1万ウォンだからややギョッとする。

【「記憶されない歴史は繰り返される」と書いた碑の前で】
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記憶されない歴史は繰り返される

【明洞の夜の賑わい】
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明洞夜の賑わい

 2日目。ホテルの前に集合。前日、「通訳をしてくれる人がいる」と言われていたが、その人を見てびっくり。昨年秋に千代田区労協が主催して植村さんの話しを聞く集会を開いたときに、上智大学の学生だと紹介された姜さんだったからだ。彼も私のことを覚えていてくれた。

流ちょうな日本語で「久しぶりです」と言われたときは嬉しかった。そしてもう一人若者がいた。植村さんの息子さんで今年から医者として働くことになっているという。最後の春休みを利用してソウルに来たという。精悍な青年である。活躍を期待したい。

 最初に案内されたのは、ナヌムの家。電車を3回ほど乗り継いで、最後の駅からはタクシーでそこへ。ナヌムというのは「分かち合い」という意味だという。事前に植村さんから連絡が行っていた。事務所に案内され、ナヌムの家の所長と懇談した。

 ハルモニ(おばあちゃん)と呼ばれる元従軍慰安婦のみなさんは高齢化し、認知症や寝たきり状態の人が増えたという。昨年12月の慰安婦問題の「日韓合意」について、誰一人として納得していない。政府の役人が来て「もう終わった。心配しないでいい。補償金を出したいから銀行の通帳番号を教えてくれ」と言われても、だれも教えなかった。あの合意にみんな怒っている――。

 朴政権の国民不在の政治が、ここにも表れていたのだ。弾劾が決まったことが頷けた。
(次回につづく)

【ナヌムの家の安所長を囲んで・左側中央】
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ナヌムの家所長を囲んで

★脈絡のないきょうの一行
政府、北朝鮮に「武力攻撃切迫事態」に認定する方向で検討(読売新聞ウェブ)。これは武力衝突前段の準備で、明らかな挑発だ。
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11526 韓国訪問レポート@ 最高の案内人・植村隆さん

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年04月17日
11526 韓国訪問レポート@ 最高の案内人・植村隆さん

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 3月23日から25日まで、韓国・ソウルを訪ねた。外国に足を運ぶのは30数年ぶりだ。弁護士の友人に誘われ、慰安婦問題に関心を持っていたこともあって、二つ返事でOKを出した。以下、3日間の行動を報告したい。

 羽田空港を後にして、ソウル・金浦空港に着いたのは午後3時過ぎ。入国までかなり時間がかかる。パスポートの顔写真を確認され、両人差し指の指紋を取られたらやっと自由空間≠ノ入る。同行は弁護士2人、日朝協会の事務局長と私の4人。小回りがきくし、他の3人は何回か韓国には来ており安心。

 預けた荷物が回って来るのを待って、構内から外へ。そこには案内の紙を持った出迎えの人がずらり。我々を待っていてくれた人はすぐに分かった。元朝日新聞記者の植村隆さんだ。植村さんは、週刊文春などによって「捏造記者」のレッテルを貼られ、ネトウヨらの執拗な嫌がらせを受けて、家族も含めて被害に遭った。ご本人自身は予定していた神戸の女子大学で教壇に立つことが出来なくなった。

 植村さんは捏造記者だと報道した週刊誌こそ捏造である、として捏造ではなかったという名誉回復と、被った被害の損害賠償の訴訟を起こして東京地裁と札幌地裁でたたかっている。裁判を起こしたあと、韓国カトリック大学から客員教授として招聘され、裁判をたたかいながら現在は同大学で教鞭を執っている。

 私は植村さんには、宮澤・レーン事件の真相を広める会の取材を受けたときに初めて会った。新聞記者らしく、一つ一つきちんと確認しながら取材するその姿に共感を覚えた。そのときは確か、函館支局長だったはずだ。

 まず金浦空港から、地下鉄で宿泊先の明洞(ミョンドン)のホテルへ直行。案内されたのは明洞聖堂。韓国カソリックの本山である。植村さんのカソリック大学は、ここがバックになっているという。立派な建物である。中に入ってみると、ちょうどミサの時間だったらしく、きれいな歌声が響いていた。さりげなく写真を1枚撮らせてもらった。

 次に「最近できた施設に行きましょう」と明洞の繁華街を歩いてそちらに向かった。途中、広い通りに面したところで座り込んでいる人たちがいた。聞いてみると、ホテルを解雇され抗議中だという。植村さんに通訳をしてもらい、激励してその場を後にした。(次回につづく)

【明洞聖堂】
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【社前に抗議文をかかげて闘うホテル労働者】
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★脈絡のないきょうの一行
共謀罪法案が審議入り。「キノコ違法採取」も共謀罪だそうだ。笑えるけど、怒りたくなる。
posted by マスコミ9条の会 at 05:15| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

11525 古くから稀なるもの

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年04月16日
11525 古くから稀なるもの

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 きょうは私の誕生日。70歳・古希である。馬齢を重ねている訳だが、私は自分の「年齢の節目」を考えてきた。

 最初に年齢のことを思い立ったのは、息子が生まれたときだ。私はちょうど30歳だった。この子が自分の年齢に達したとき世の中はどうなっているだろうかと考えた。息子が30のとき私は60歳・還暦になっているはずだ。これは、楽にクリアした。

 次の目標は67歳にした。オヤジが鬼籍に入った年齢だ。とりあえず父親の年齢を超えようと考えた。今だから言えるが、実は少し緊張した。大丈夫だろうか≠ニいう得も知れぬ不安感と、期待感が入り混じった。誕生日を迎えたとき、なぜかほっとした。

 その次は古希である。昔は古稀と書いたそうだが「稀」という字は常用漢字にないことから、「希」を使うようになったという。由来は「唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)『酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり』(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)」(Wikipedia)だという。飲み屋のツケと年齢を重ねたところが実におもしろい。

 何か古希の記念になるものはないかと考えた。あった。山に登ることだ。思い立ったら吉日だ。きのう、誕生日には1日早かったが奥多摩三山(大岳山、御前山、三頭山)の一つ、御前山(ごぜんやま 1,405M)にチャレンジした。この山はカタクリの花が群生することで有名だ。5月中旬過ぎにはハイカーが列を作る。

 山頂で記念写真を撮った。仕上がりを見てみるとおもしろい写真になっていた。黄色だけがカラーで、あとはモノクロなのだ(写真)。どうも、自動シャッターを操作するとき、ほかのどこかを触ったらしい。紹介したい。

【御前山山頂にて】
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 古希の次の目標は76歳だ。理由がある。私が賭けた更生年金の積立額(本人、使用者、国の総額)は76歳までいけば、全額回収することができるからだ。76でチャラ。ここまでは意地でも生きたいものだと考えている。

 欲張りだと言われそうだが、その次は89歳である。母が逝った年齢だ。これは遠い。一歩一歩、一日一日がそこに近づく道だ。気楽にいきたい。

★脈絡のないきょうの一行
アメリカによる北朝鮮への一撃≠ヘ杞憂ではない。武力攻撃だけは何としても止めなければ。
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海外旅行・韓国(2009年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月15日
海外旅行・韓国(2009年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 新聞OB九条の会の年間特別企画。タイトルは「日本植民地時代のたたかいに学ぶ」。参加者は藤木(朝日)、清水、斉藤康、榎本(以上読売)、戸塚、岩田(以上毎日)、石坂、斉藤哲、川合(以上日経)、山川(道新)の男ばかり10人。旅行手配はたびせん・つなぐで、添乗員は荒井江梨香さん。

 10月6日朝8時20分に羽田を発って、10時35分にソウル・金浦空港着。空港を出るとその足で西大門刑務所博物館へ向かう。おれは2度目だが他メンバーは初めて。日本植民地時代、独立運動に立ちあがった義士たちが、監禁、拷問、処刑された。展示室には、その模様がリアルに再現されている。

 西大門刑務所を出たメンバーの顔は重くて暗い。2日目はその思いをさらに増幅させられた。午前はバスで1時間半揺られて独立記念館。広い敷地に展示館が点在している。「同胞の試練」館では、1894年の農民蜂起の平定に便乗して日本軍が朝鮮に出兵、王妃閔妃を殺害する情景が趣向を凝らして再現されている。「3・1運動」でバンザイする白い衣服の集団像は凄い迫力。メンバーは言葉もない。

 午後はまた1時間バスに乗ってソウル郊外の「ナヌムの家」を訪問。安信権所長の案内で展示室など所内を歩く。元慰安婦6人が談笑する居間は日当たりのいい明るい部屋。そこで元慰安婦・ハルモ二たちと会見したが、赤や青の原色のブラウスを着た彼女たちはニコニコしていて明るい。一緒に記念写真を撮らせてくれたが、おれたちの方が日本の歴史的犯罪に思いを馳せ、複雑な表情だ。小額だがカンパを置いて施設を後にした。

 滞在3日目の8日は、前2日とはうって変わった楽しい1日。お昼を挟んで午後までテーマパーク「民俗村」。野外のテーブルで、マッコリの上澄みだというどんどん酒をどんどん飲む。帰りのバスはみんな爆睡。南大門市場やタプゴル公園に行ったが人混みの中を歩くのが辛かった。夜は評判の韓国製ミュージカル「ナンタ」の鑑賞。料理人を題材にしたテンポの速い音楽劇で、入場料6000円の価値はある。

 帰国日の9日は世界遺産の昌徳宮(チャンドックン)を見て、仁寺洞(インサドン)を散歩。昼飯に参鶏湯(サンゲタン)を平らげる。夕方の便でソウルを離れ、午後9時半に羽田に着いた。西大門刑務所、独立記念館、ナヌムの家と気が重くなる旅だった。そのため夜の酒宴は気が乗らない、と思いきや、それはそれこれはこれで割りきり、連夜、焼肉とマッコリ三昧の結構なツアーでした。
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過去も米の戦争は空爆から始まった

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月11日
過去も米の戦争は空爆から始まった

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 アメリカのトランプ政権がシリアへの空爆に踏み切った。「米『化学兵器を阻止』」「シリア軍にミサイル攻撃」「露が避難『侵略行為』」「市民ら15人死亡 現地報道」(8日付『毎日』)。地中海に常駐している駆逐艦2隻からシリア空軍基地に向けて巡航ミサイル・トマホーク59発を発射したという。

 トランプ大統領は今回の攻撃は限定的なものだと言っているようだが、一度空爆を始めたらそれだけでは終わらないのが歴史の教訓だ。あのアメリカを戦争の泥沼に引きずり込んだベトナム北部のトンキン湾空爆。9・11テロの報復を理由としたアフガニスタン空爆。大量破壊兵器があるとのガセネタで始めたイラク空爆。結局地上軍を投入して本格戦争を始めたではないか。戦争に限定なんかあり得ないのだ。

 さらに恐ろしいのは、今回のシリア空爆が北朝鮮への威嚇だという点だ。北朝鮮が弾道ミサイルを開発していることに対抗して米艦船を朝鮮半島に集め、「すべての選択肢がテーブルの上にある」と広言。シリアの次はお前だぞというわけだ。この挑発行為によって危険に晒されるのは韓国と日本なのだ。

 トランプ大統領は4日のシリア攻撃について、アサド政権の化学兵器による攻撃で犠牲になった子どもの写真を示し「非人道的行為であり、これを防止するための攻撃は米国の利益になる」と言った。彼はアフガニスタンやイラク、ベトナムへの攻撃で死んだ子どもたちは死んで当然と言うのだろうか。

 おれたち日本国民として看過できないのは、こんなトランプの蛮行を日本の最高責任者・安倍晋三首相が「支持」し「理解」すると表明していることだ。北朝鮮への軍事的圧力行為についても9日、トランプ側から申し入れられた電話協議に応じ「緊密に連携して対応する」と即座に約束した。

 安倍首相は電話協議の後の記者会見で「シリア、北朝鮮について率直な意見交換を行うことができた。大統領が同盟国、世界の平和と安全のために強いコミットメンと(関与)をしていることを高く評価した」と述べた。トランプがやったこと、やろうとしていることにもろ手を挙げて賛成したということだ。

 これからシリアでの軍事行動はエスカレートするに違いない。北朝鮮でも何が起こるか分からない。トランプ大統領に隷属を表明した日本。北朝鮮が自国を守るためと称して、日本を攻撃する口実を与えたことだけは確かだ。こんな首相には即刻退陣してもらわなければならない。日本と日本国民の安全のために。
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海外旅行・第2回バリわくわく旅行(2009年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月08日
海外旅行・第2回バリわくわく旅行(2009年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 10〜12人の参加を予定してバリ島旅行のお知らせを出したところ、予想の倍以上の参加希望がありびっくり。光森さんと相談の上、@09年1月25日〜31日、A2月1日〜7日の2班にし、おれは2週間バリに滞在することにした。第1班は東電グループ7人、日立の篠田夫妻、出版の4人とおれで14人。第2斑は新聞グループ8人に全税関の牛越夫妻、松戸の阿南夫妻、塩田さんと友人らで16人。

 宿泊は当然ビラビンタンだけでは収まらないので、隣接するビンタン・プソナ、ビンタン・バリに分宿した。滞在日程は2班ともほぼ同じ。手元に第2班の日程表が残っていたので書き写す。

 第1日=空港お迎え。車でビラビンタンへ。カフェ・ビンタンで歓迎夕食会。反省会の後就寝。
 第2日=朝の散歩。朝食後滞在手続き。街へ出てルピアに両替。ネカ美術館で絵画、彫刻鑑賞。郊外のカンプンカフェで昼食。午後王宮、市場の散策。夕方ケチャダンスを見て、夕食はベベブンギルでアヒル料理。
 第3日=午前中、インドネシア独立戦争英雄墓地。旧日本兵の墓も。マルガラナにある残留日本兵の像も見る。デンパサールで昼食後、パリの父・三浦襄翁の墓参り。ジンバラン海岸で魚料理の夕食。

 第4日=昼飯含め午前中は各自選択コース。@川下り(ラフティング)、Aモンキーフォレスト、Bキンタマーニ高原の温泉プール。午後3時にビラビンタンに帰り、ヒンズーの正装をして村のお祭りへ。
 第5日=夕方まで自由行動(スーパーでおみやげなどの買い物。マッサージ・エステ。コテージのベランダで昼寝など)。6時半からミーティングルーム前の庭で日・パリ交流パーティ。
 第6日=午後3時頃まで自由行動。昼食はカフェ・ビンタンで天ぷらそば。チェックアウトしてビラビンタンにお別れ。クタで夕食をとり、デンパサール空港へ。深夜便でひと眠りして朝7時に成田着。

 長いと思った2週間もあっという間だった。それにしてもよく飲んだな。インドネシアは長い間オランダの植民地だった。地元のビンタンビールはハイネッケンと同じ製造法だという。これがうまい。ワインはスーパーに行くとフランスやイタリアのが売っているが、やたらと高い。バリワインならボトル1000円くらいだ。椰子でつくった地酒のアラックは40度もあるからよほど薄めないと昏倒する。

 バリに残留し独立戦争に加わった旧日本兵の像やお墓があるとは知らなかった。敗戦直後、インドネシア独立の約策を果たせなかったとしてピストル自殺した三浦襄翁の逸話も強い印象が残った。
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35年前を思い出させるトランプのビザ規制

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月05日
35年前を思い出させるトランプのビザ規制

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 本5日付『毎日』夕刊1面中段の囲み記事。「米ビザ審査強化 日欧も対象」「トランプ政権検討」。トランプ大統領がアメリカ入国のビザ申請に際し、携帯電話を提出させ、通話履歴などからテロ組織とのつながりを調べることを検討しており、その対象に日本や欧州も含まれるというのだ。

 この記事を読んで35年前のある事件を思い出した。1982年、当時の米大統領は就任2年目のレーガンだった。民主党のカ―タ―を引きずり降ろしたタカ派大統領だ。この年の6月、ニューヨークで国連軍縮総会が開かれることになった。日本からも各団体が大量に代表団を送り込む運動が盛り上がった。

 新聞労連は81年11月に「第1回平和問題全国集会」を開き、反核平和運動に職場から参加していく方針を固めた。82年になって、3・21広島集会、5・15沖縄集会、5・23東京集会とせり上がって最後が6月7日からの第2回国連軍縮総会だった。新聞労連の代表団は井川団長(地連書記長)をはじめ20人。マスコミ代表41人の半数を占めた。ところがいざニューヨークへ行くまでが大変だった。

 5月初めに各代表団はアメリカ渡航のビザを申請したが、総評などのビザはすんなり発行されたのに東京原水協と平和委員会の約200人は認められなかった。レーガン政権は日本共産党員は入国させないという。それにマスコミ代表団もひっかかった。さんざん揉めたあげく渡航寸前にビザはおりたが、原水協や平和委員会などは会議参加を断念した。マスコミ関係も全員共産党員でないとの誓約をさせられた。

 「出版労働者が歩いてきた道」によれば「(出版労連代表の7人は)アメリカ政府によるビザ発給停止の妨害のため出発を遅らせられたが、6月5日、マスコミ文化共闘代表団として出発した。東京原水協代表団などが、ニューヨーク行きを断念してヨーロッパに向かったため、マスコミ文化共闘の役割は重大となった」のである。

 その後日本共産党の幹部もアメリカに行けるようになった。現に今年の3月27日からニューヨークで開かれた「核兵器全面廃絶につながる、核兵器を禁止する法的拘束力のある協定について交渉する国連会議」という長い名前の会議に日本共産党の志位和夫委員長ら幹部が出席している。

 歴史は繰り返すといわれるが、今回のトランプ大統領のビザ規制は35年も歴史を後戻りさせることにならないだろうか。
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海外旅行・ギリシャ、エーゲ海(2008年)B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月03日
海外旅行・ギリシャ、エーゲ海(2008年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 9月19日朝7時半、クルーズ船オーシャン・カウンティス号は、5日前に出航したピレウス港に戻ってきた。もうチェックアウト手続きは済んでいる。朝食を済ませると早々に下船だ。

 下船に当たってテープに「これで4泊5日の『魅惑のエーゲ海クルーズ』も終わりです。かなり贅沢な5日間でしたが、なんとなくお仕着せの贅沢という感じで、手づくりのものが感じられなかったように思います。ま、金で買える贅沢というのこんなところだろうね」と感想を吹き込んだ。

 バスが待っていて、コリント運河や遺跡のあるミケーネへ向かう。確かに広大な遺跡だ。中央の礼拝堂跡みたいのところで、白い衣装の巡礼団のような人たちが厳かな歌声で祈りをささげていた。遺跡の中を強制的に歩かされてほとほと疲れた。昼食はアテネ市内に戻って魚料理で白ワインを飲む。

 昼食後、5日前に泊まったスタンリーホテルへ。3階の客室の窓から道路を見下ろすと歩行者が見えるが、やたらに肥っている人が多い。若い女性はスタイルがいいんだけどね。街中で感じたのは、道路で携帯を使っている人がほとんどいないことと自動販売機がないこと。いいことだね。

 ただし車は怖い。道路を横断しようとすると、赤信号でも車が突っ走ってきて危ないことおびただしい。ガイドさんの説明によると、ギリシャ人は普段のんびりしているが、ハンドルを握ると人格が変わってしまうのだそうだ。ギリシャ最後の夜はホテルの屋上レストランでわいわいがやがやと過ごす。

 20日の朝7時半にバスでホテルを出発、アテネ空港へは約1時間。10時30分発のトルコ航空機でまずイスタンプールへ。正午に着いて、17時10分発の便まで空港内で時間を潰す。その間なにをしたかしかとした記憶はないが、売店やレストランをうろつきまわって多分ワインとブランデーを飲んでいたのだと思う。イスタンプールから成田までは約12時間。21日午前11時に成田に着いた。

 ギリシャに行ったのはこの旅行だけだし、トルコにはその後行っていない。ギリシャはその後金融危機で大騒ぎになった。緊縮政策に反発する労働者や市民のデモがアテネを埋めたと報道された。トルコもイスタンプールでの再度のテロ事件など物騒な国になっている。あの頃170円もしたユーロが今は120円を切っている。世界はわずかな時間にも思いもよらぬ変化があるものだと実感する。

posted by マスコミ9条の会 at 04:54| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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