2015年08月29日

検証・都労委「明治乳業事件」(60)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月29日
検証・都労委「明治乳業事件」(60)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 命令主文の解析に戻ろう。労働委員会の命令は申立人の「請求する救済内容」に沿って書かれる。以前にも引用したが、昭和60年度「都労委年報」は明乳事件(昭和60年不27号)の請求事項を次の5項目にまとめている。@申立人の55〜59年度の職分・号級の是正、A賃金是正額に年6分を付加して支払う、B損害賠償および慰謝料として1人300万円、C今後は差別しないことの誓約、D陳謝文の手交・掲示。(併合された61年不21号では60年度分の差別是正も請求内容)。

 このうち都労委が不当労働行為の成否を判断したのは@のみである。他の4項目は判断に踏み込むまでもなく棄却とされた。それでは@の判断とはどんなものだったのか。米元申立人の55年度〜58年度分、他の申立人の55年度〜59年度分の請求は除斥期間を理由に却下するという。米元さんとその他の違いは、米元さんは59年度に社内苦情処理委員会に申し立たが、他は申し立てなかったという理由だけである。

 このように却下されてしまうと、残るのは米元さんの59年度分、米元さんを含む全員の60年度分の差別についての判断しかない。命令は「これらの年度における申立人らと同職分・同級の者と比較して有意の格差は認められない」という趣旨で棄却された。低職分に据え置かれている事情を抜きにして、何年何十年も後に入社した後輩と比較されて「格差は無い」などと斬り捨てられたのではまったく立つ瀬がない。

 命令主文を見る限り「除斥期間」が絶対的な壁になって救済への道を閉ざしている。除斥期間を突破する理論は「継続する行為論」で、都労委はそれが成立するためには「差別を繰り返していると認めるに足る具体的徴憑が顕在化していること」を条件としている。それが「苦情処理委員会」というわけなのだ。

 「本件のような、組合申立でなく個人申立に係る事件で、会社に個人の苦情をを直接取り扱う苦情処理委員会が存在する場合、前記具体的徴憑が顕在化していると認めるためには、特段の事情がない限り、不利益取り扱いを受けたと主張する者は、まずこうした制度を利用して自らの抗議の意思を会社に対して明確に伝えることが必要と考える」。まるで労働者のたたかいの指導者のような不遜な態度ではないか。

 日立中研命令では「救済のための便法」として使われた苦情処理委員会への申立・非申立が、明乳命令では全面的却下の理屈として採用されている。それ自体団結権救済機関としての労働委員会制度を逸脱するものであるが、問題はそれだけではない。これだけきっぱりと却下命令が出せたウラには高田公益委員の審査指揮(事務局や末廣使用者委員に後押しされた)があったのだ。

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2015年08月28日

戦争法案反対運動と労働組合

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月27日
戦争法案反対運動と労働組合

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 8月30日に行われる「戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8.30国会10万人 全国100万人大行動}。23日付の『毎日』に全面意見広告が載っていた。主催は「総がかり行動実行委員会」だが、19団体が賛同の名前を連ねている。労働組合のナショナルセンターでは、全労連(「解釈で憲法9条を壊すな」実行委員会の一員として、ちなみに新聞労連も)と全労協が入っている。

 もちろんというか、残念ながらというか連合は参加しない。そのかわりという意味なのか23日(日)に国会前で「国民の声、怒りの8.23大行動」を実施した。その模様を連合の公式ホームページと動画で見た。参加者は主催者発表で1万4000人。旗とノボリ、横断幕が翻るなかなかの集会風景だ。

 集会は3部構成で第1部が「怒りの行動開始宣言」。連合古賀伸明会長が「安倍政権は立憲主義を軽視し、歯止めのない法案を推し進めようとしている」「渾身の力を込めてNO!を突き付けましょう」と呼びかけ、続いて民主党岡田克也代表、大学教授の山口二郎、竹信三恵子両氏が決意表明した。

 第2部は労働法制改悪への抗議。第3部で「安保法案にNO!」がテーマ。このところあちこち引っ張りだこの小林節慶大教授、山岸良太弁護士に続いて自動車総連の組合員が発言。「われわれが積み重ねてきた歴史の重みを踏まえ、自動車総連としても法案阻止を力強く訴えていきます」。

 さらに情報労連の組合員も「安保関連法案は憲法違反であり、断固反対します。日本の平和と民主主義は、私たちが行動することで守らなければなりません」と発言。自動車総連も情報労連も組合幹部でなく一組合員に任せているところがミソだが、発言内容はしっかりしている。

 集会風景の動画の方も「総がかり実行委員会」の行動とそんなに違わない。赤や青の組合旗がゆらめき、戦争法案反対のスローガンを大書した横断幕もあった。どこの組合かなと見たら私鉄総連と書いてあった。若い女性のシュプレヒコールも元気がいい。これだけの集会ができるなら8.30大行動に合流すればいいではないかと思うが、それができないのが連合の限界というところだろう。

 先のブログで8.30は「新聞OB九条の会」の青いノボリをかついで国会正門前に陣取っていると書いたが、国会周辺エリアは地方動員と市民参加で混みあうので、日比谷公園西南隅に場所を移すことにした。1時頃からがんばっているからノボリの下にぜひ集まってほしい。
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2015年08月27日

11240 がんばれ高校生ユニオン

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月26日
11240 がんばれ高校生ユニオン

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 戦争法反対でも頑張っているが、高校生が労働組合をつくるという。「拍手」である。以下、毎日新聞ウェブから。

                           ◇=◇=◇
<高校生ユニオン>ブラックバイトは許さない…8月中に発足
毎日新聞 8月25日(火)10時32分配信


 ◇東京都内や千葉県内の高校生3人が立ち上がる

 アルバイトの若者たちに違法な労働を強いる「ブラックバイト」が横行する中、アルバイトの高校生たちが立ち上がる。賃金の一部不払いなどの労働問題を解決する高校生だけの労働組合「首都圏高校生ユニオン」が、月内にも発足する。大学生の労組はあるが“高校生労組”は初めてとみられる。メンバーらは「バイトで悩む高校生の力になりたい」と意欲満々だ。

 ユニオンを発足させるのは東京都内や千葉県内の高校生3人。

 一人は千葉県の高校2年男子生徒(17)で、現在飲食店でアルバイトしている。労働基準法は労働時間の厳格な管理を定め、1分単位で管理すべきだと解釈されている。だが、店は15分以下の労働時間をカウントせず、仕事のメモをまとめる時間を就労時間と認めないなど賃金の不払いがあった。18歳未満の就労が禁じられている午後10時以降に仕事がずれ込んだり、テスト期間中の勤務を断ったのに聞き入れられなかったりしたこともあったという。

 もう一人は東京都内在住の定時制高校2年女子生徒(17)で、入学と同時に家計を助けるためにコンビニエンスストアでアルバイトを開始。最低賃金で週3、4回、毎回6時間半働いたが、1年働いても有給休暇が利用できることを通知されず、賃金も15分未満分は切り捨て。テスト期間の就労強要もあった。

 2人はそれぞれ、非正規労働者などを支援する個人加盟労組「首都圏青年ユニオン」(神部紅=じんぶ・あかい=委員長)に相談。ユニオンに加入し、団体交渉で待遇改善を勝ち取った。

 その後、周囲にも長時間労働などで悩む友人がいることから、同ユニオンの助言を受けながら高校生ユニオンの準備を進めた。

 女子生徒は「自分一人では働くルールも知らずに違法に使われていた。働くことで学ぶこともある。ユニオンをつくって頑張る仲間を助けたい」と話す。今後、労働法や具体的なトラブル事例の学習会、相談などの活動をする予定だ。

 青年ユニオンの神部委員長によると、大学生や高校生など学生アルバイトからの労働相談は増加傾向にある。一人親家庭など経済的な事情で働かざるを得ず、賃金一部不払いなど違法な状況に声を出せない事例もあるという。神部委員長は「高校生などの若者が一番弱い立場に置かれて働いている。違法な労働条件が放置されればひどい働き方がまんえんする。高校生たちと共に歯止めをかけたい」と話している。【東海林智】
                           ◇=◇=◇

 実は私も高校生のとき、労働組合をつくった。新聞販売店で配達をしながら、定時制高校に通っていが労働条件があまりにも悪く、その改善を求めて仲間たちと組合を作ったのである。

 ところが組合を嫌った経営者は、首謀者≠U人の首を切ってきた。そのなかの一人に私は入っていた。「高校生争議団」のスタートだった。半世紀も昔のことだが、自らの経験から学生や高校生が労働組合を結成することに喜びを感じる。がんばってほしい。

★脈絡のないきょうの一行
揺れる維新の党。もともと烏合の衆の政党なんだから仕方ない、と言えばそれまで。
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2015年08月25日

検証・都労委「明治乳業事件」(59)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月25日
検証・都労委「明治乳業事件」(59)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 午前10時きっかり、事務局の成川さんと柳沢さんが申立人全員分と会社手交分の命令書を抱えて現れた。成川さんらは命令に不服の場合の手続きについて機械的に述べると、後ろも振り返らずにさつさと退室。命令書を開いてぱらぱらとめくっていた加賀谷争議団長が「なんだこんなもの」とテーブルに文書を叩きつけた。会社側からただ1人命令受け取りに来ていた労務の若いのがそそくさと部屋を出て行った。

 主文
1(1)申立人米元裕の昭和55年度乃至58年度における昇給・昇格差別に係る申立てを却下する。
 (2)申立人米元裕を除く申立人31名の昭和55年度乃至59年度における昇給・昇格差別に係る申立てを却下する。
2 その余の申立を棄却する。

 上記「主文」については解説が必要となろう。
 労働委員会の命令は統計上、救済(全部救済と一部救済がある)、棄却、却下の3種類に分かれている。実際はそれらが複合されて、一部救済・一部棄却(却下)という命令になることが多い。申立人にとっては救済は勝訴であり、棄却・却下は敗訴と言える。

 明治乳業命令は申立の却下・棄却なので完全敗訴である。ここで棄却と却下はどう違うのか検証してみよう。申立内容に立ち入って救済を否定するのが棄却で、内容の判断をしない門前払いが却下であると言われている。労働委員会へはそれなりに理由があって申し立てるのだからさすがに却下される例は少ない。

 都労委の1970年からの命令を見てみると「申立のしっぱなしで呼び出しにも申立人が応じなかった」「申立人が居所不明である」「解雇から一年以上徒過している」「組合が会社から経費援助を受けており、申立資格がない」「組合員に会社の利益代表する者が混在している」「申し立ててから長年放置しており係争する意思がない」「不当労働行為の疎明せず」などの理由の却下命令が出されている。

 これらの却下事例を見るといわゆる「箸にも棒にもかからない」事件ばかりと言える。こんな事件と明治乳業事件が一緒くたにされたのではたまらない。さらに考えれば、一緒くたにしたところにこの命令に対する都労委側の悪意が感じられる。もう20年前のことではあるが、思い出しただけでは憤りが込み上げてくる。

posted by マスコミ9条の会 at 13:52| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

11239 ちょっとワクワク新たな氷河

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月25日
11239 ちょっとワクワク新たな氷河

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 23日、毎日新聞がウェブで北アルプス鹿島槍ヶ岳の「カクネ里雪渓」が氷河である可能性が高まったことを報じている。そのさわりを紹介しよう。

 「長野・富山県境の北アルプス鹿島槍ケ岳(2899メートル)の北東面にある『カクネ里雪渓』(長野県大町市)は氷河の可能性があるとして、市立大町山岳博物館や信州大などの学術調査団が26日にも現地入りする。調査団は『雪渓内部に氷体(氷の塊)があり、可能性は高い』とみて、氷河の条件となる氷体の流動などを調べる。現存の氷河と確認されれば、国内では北アの剱岳・立山連峰(富山県)の3氷河に続いて4カ所目、県内では初となり、関係者の期待が高まっている。【武田博仁】」。

 記事中にあるすでに氷河として認定されているのは、剱岳の三ノ窓雪渓と小窓雪渓、立山の御前沢雪渓に存在する「三ノ窓氷河」「小窓氷河」「御前沢氷河」である。これは2012年4月に日本雪氷学会が発表したもので、意外に新しい。

 なぜか。それらは氷河ではないかという説はあったものの、確証が得られなかったためだ。ところがGPSの精密化によってそれが立証されたというわけだ。それでは氷河の定義は何かというと、「@陸上に堆積した越年性の巨大な氷体で、重力によって流動するもの。南極やグリーンランドをおおう大陸氷河(氷床)と、アルプスやヒマラヤなどの雪線より高いところにある万年雪が圧縮されて固い氷となり低地へ徐々に流れ出す山岳氷河とがある。グレーシャー。A凍った川。」(大辞林)――ということになる。

 つまり、氷が主人公である。それに比べて雪渓は「@雪でうずまった谷。A冬に降り積もった雪が、夏でも解けないで残っている,高山の雪塊。」(同上)ということになる。氷河との違いは、主人公が氷か雪かであると考えればいいだろう。

 氷河は、ヒマラヤや北アメリカのマッキンリーなどの山々の特権的自然≠セと思っていたが、実は日本にも存在しているのである。正直なところ、私は今回の報道を目にするまでその存在を知らなかった。恥ずかしい限りだが、実にロマンではないか。

 今回調査される鹿島槍ヶ岳は2002年9月に登ったことがある。山頂(南峰)から「八峰キレット」と呼ばれる難所が出現する。私は厳しいこの登山道を自らの登山記録に、「磊磊落落」(らいらいらくらく)と書いてしまった。とにかく土が見えない。気の抜けない岩場の連続だ。泊まるキレット小屋に到着したときはほっとしたものである。

 この小屋で忘れられないのは、翌朝、五竜岳に登るために暗いうちから出発する関係で朝食として弁当を作ってもらったが、なんとこれがウナギ弁当だったことだ。実に旨かった。ここで言いたいのは、この弁当ではなく氷河ではないかと考えられる「カクネ里雪渓」は、この小屋の真東に存在していることだ。それだけ山深いところにあることになる。この雪渓が氷河として認定されれば、地元もそうであるが日本の自然に厚みが加わり、楽しみが一つ増える。

★脈絡のないきょうの一行
想定どおりだが、株価の下落が止まらない。政府の下支えも限界で経済動向に目が離せない。

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2015年08月22日

JCJ賞の録画を見ながら思ったこと

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月22日
JCJ賞の録画を見ながら思ったこと

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 敗戦の日の8月15日、JCJ8・15集会が開かれ、第58回JCJ賞の授与が行われた。今年は大賞1、JCJ賞5、特別賞1が選ばれた。その受賞者挨拶の録画を見たが、TBSサンデーモーニングの西野哲史プロデューサーをはじめそれぞれの受賞者の挨拶に感動した。「メディアは体制寄りに堕落した」などと世間で言われているが、制作現場のマスコミ労働者はしゃかりきになってがんばっているんだな。

 新聞部門でJCJ賞を受賞した北海道新聞の佐竹直子さん。太平洋戦争直前の北海道綴方教育連盟事件を掘り起こして新聞に連載。それをまとめた本が北海道新聞社から出された。「私北海道の東端釧路からきました。私は北海道新聞の記者ですが、プロパー社員ではありません。釧路支社で現地雇用された派遣社員です」。

 時に笑いを誘いながら、大きな身振り手振りで話す佐竹さん。さわやかな若い女性ながらそうとうしたたかだ。北海道綴方教育連盟事件は昭和15年から16年にかけて綴方教育を指導したとして75人の先生方が治安維持法違反で逮捕され、酷い監禁・拷問を受けた。たまたまその記録に接した佐竹さんは全身でのめりこむ。「治安維持法なんて知りませんでした。懸命に勉強しました」と佐竹さん。

 最初研究者に「こんな資料がある」と言っても相手にされない。釧路だけのローカル版に3回だけのつもりで書き始めたら予想以上の反響で長期連載になった。「最初共産党や一部の人たちを取り締まると称して治安維持法ができた。それが普通の先生方の逮捕・監禁にエスカレートした」と特定秘密保護法や戦争法案が強引に通されようとしている今の時代に警告を発して佐竹さんの挨拶は締めくくられた。

 おれは佐竹さんの感動的な挨拶を聞きながら、今の新聞労働者の実態に思いを馳せた。それは新聞製作現場に広まっている非正規雇用の問題である。おれたちの現役の頃は10万人近くいた新聞労働者が印刷部門の別会社化などで半数以下に減り今では4万5000人。そのうち3000人が非正規雇用だ。

 編集関係だけでみると2万3500人で1500人が非正規。去年から今年にかけて大手紙の地方版編集や出版部門が次々別会社にされているので、編集の正社員はますます減るだろう。北海道新聞の佐竹直子さんんのような優秀な記者でも正社員でない。多分賃金や労働条件は正社員と格差があるはずだ。それが編集現場の普通の人員構成になるとしたら新聞紙面は今後どうなっていくのだろう。

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2015年08月19日

佐竹直子記者(北海道新聞釧路報道部)に絶大なエール

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ
「テレビ」と「平和」と「憲法」のblogより転載
http://blog.goo.ne.jp/takuzou4108
2015年08月19日
佐竹直子記者(北海道新聞釧路報道部)に絶大なエール

■仲築間 卓蔵(元日本テレビプロデユーサー)


8月15日。日本ジャーナリスト会議JCJ)の「8月集会」。
昔は、曜日を問わず8月15日におこなっていたものだが、近年、参加者が少なくなってきたことから15日前後の土曜日となっていた。ことしは、たまたま土曜日となった。
「8月集会」の目玉は、この一年の優れた記事・番組・出版などを顕彰する「JCJ賞」贈賞と記念講演。昨年の講演は、NHK問題が急浮上したことをうけてNHK出身の小中陽太郎氏だったが、ことしは岸井成格氏。
ことしの参加者は近来になく大勢になるだろうと思っていたが、そのとおり超満員。政治の劣化、メディアの劣化を憂う状況がそうさせたのか、『NEWS23』のアンカーであり『サンデーモーニング』のコメンテーター(いづれもTBS系)の岸井成格氏の講演がそうさせたのか・・・・。

いつものことだが、ぼくのたのしみは受賞者が語る(率直な)受賞のことばである。
5番目に演壇に立ったのが北海道新聞釧路支局の佐竹直子さん。
「ありがとうございますッ」といったのか「やったぁ」といったのか。はっきり聞きとれなかったが、拳を突き上げて受賞のよろこびを表現した。こんなシーンははじめてである。いっしょに「おめでとう!」と拳を突き上げればよかったが、拍手だけになってしまった。

受賞記事は「獄中メモは問う 北海道綴方教育連盟事件」である。
JCJの贈賞理由には「太平洋戦争突入前の1940年から翌年にかけ 道内55人の教員が治安維持法違反容疑で特高に逮捕された北海道綴方教育連盟事件。事件発生から約70年余の2013年、佐竹記者は教員の一人の”獄中メモ”を発見したのを機に、生き証人や家族、関係者を徹底取材。“言論と教育への弾圧”の理不尽と非人間性に迫った。戦争法制強行と連動した教育への国家介入が強まる現代との相似性からも高く評価できる力作だ」とある。

彼女は言う 「戦時下に記された“獄中メモ”がこのタイミングで私の前に現れたことを、偶然とは思えない。現代を生きる私たちに、何かを問いかけているのではないか」「戦後70年。そして綴方事件発生から75年となる今年に、この連載がJCJ賞を受賞したことが、悔恨すべき過去が繰り返されないための警鐘となることを 強く願います」「JCJ賞は わたしの背中を押してくれた」と再度拳を突き上げた。大きな拍手が湧いたのはいうまでもない。


彼女は、北海道新聞釧路支局の記者だが正社員ではない。関連会社からの派遣記者である。
いま、地方紙から「派遣記者」が進んでいると聞く。この流れが大手紙に波及するのも時間の問題かもしれない。「派遣」であれば、その身分は不安定極まりない。メディアの「劣化」がいわれているが、権力に都合が悪いことを報道すればするほど、彼女たちの身分はさらに不安定になるであろうことは容易に想像がつく。権力の意向を気にする傾向が強まっているいま、メディア側の体制の「劣化」が、こころある記者を排除することになるであろうことも想像できる。

佐竹さんのことで評価したいのは、彼女の感性と努力はもちろんだが、この連載を支持した人たち(読者とデスク関係者)である。
記者とデスクと読者の一体感が、記者の背中を押すことになる。
連載を後押ししたデスク氏の話しも聞きたかったが、ムリだったのだろう。
北海道新聞労働組合の評価も聞きたいところである。

最後に、この連載に目をつけ、JCJ賞に推薦した人にも敬意を払いたい。地方紙の、そのまた地方支局の連載に目をつけたことがすばらしい。
JCJ賞の役割をあらためて認識した。「JCJ賞」も捨てたものではない。

その他の受賞に触れたいが、この稿では佐竹直子記者へのエールだけにしておくことにしよう。
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検証・都労委「明治乳業事件」(58)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月19日
検証・都労委「明治乳業事件」(58)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 日立中研事件命令交付の1カ月後、6月18日の公益委員会議に明乳事件命令原案がかけられた。私は翌日19日午後6時からエールフランスの和解協議があって都労委へ顔を出した。事務局に室橋審査課長がいたので明乳事件の合議状況についていくつか質問した。課長は快く質問に応じた。

 戸「命令全文がかかったのか」室「全文だ」戸「大日本印刷や日立中研のようなことはないか」室「ない。合議は次回も続行する」。私の手帳にはそれだけしか書いてない。ここで言う「大日本印刷」とは95年3月30日に交付された棄却命令のこと。この命令の合議は、最初全文でなく部分的な判断を公益委員会に求め、それを前提にして書いた全文を改めて合議にかけたという経緯がある。

 日立中研命令では4回目と5回目の合議の間に2ヵ月の中断があった。その間に命令原案の書き直しが行われたのではないか、と推測される。私は明乳事件でも大日本や日立中研と同じようなことがあるか、と質問したのだが室橋課長はきっぱり「ない」と答えている。私はこの課長の受け答えを聞いて、明乳命令合議はあまり揉めないようだという感触を得た。その旨7月1日の支援共闘会議で報告した。

 明乳事件命令の第2会合議は7月2日に行われ、ここで命令は決定した。この種事件の命令合議としては異例の速さである。直近の潮流間事件の合議回数に比べて少ないのである。「石川島播磨(出向・解雇)」は3回、「大日本印刷(ビラ配布解雇)」は5回、「朝日火災(差別)」は6回、日立中研(差別)」は6回を費やしている。合議回数が少ないのは命令内容に議論の余地がないということになる。それが吉と出るか凶と出るか。私にはまだ「日立中研の命令姿勢は崩れないだろう」との楽観視があった。

 公益委員会での命令決定を受けて支援共闘会議は都労委に対する公正命令要請行動を強めた。7月16日明乳支援共闘、8月1日都労委対策会議、8月3日支援共闘主催総決起集会、8月29日支援共闘会議。そして都労委事務局から「9月11日午前10時に命令を交付します」との連絡が入った。

 96年9月11日、都庁第1庁舎南塔34階の審問室には、争議団、弁護団、支援の人々がぎっしり埋まって命令書交付を待った。ちなみに5年後の同じ日、例のアメリカ同時多発テロが勃発する。思えば明乳の不当な却下・棄却命令は、従来都労委が積み上げてきた業績を一気に突き崩す凶悪テロのようなものだった。
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2015年08月17日

若者の決起に刺激受け爺も国会へ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月17日
若者の決起に刺激受け爺も国会へ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 反原発から特定秘密保護法そして戦争法案反対集会。今年春頃までは「来ているのは年寄りばかり、若者の影が薄いではないか」とぼやきの声がしきりに聞こえていた。ところがこのところそんな声はどこかへ吹っ飛んでしまった。若者が連帯して立ちあがったのだ。「若者デモ全国に広がる(8月14日付『赤旗』)」。60年安保闘争当時れっきとした若者だったおれとしては、もう感激ひとしおなのである。

 SEALDs(シールズ・自由と民主主義のための学生緊急行動)は毎週金曜日に国会正門前で抗議行動を続けているが、全国でいろんな名前のグループが誕生して多彩な活動を展開し始めた。『赤旗』によれば、「戦争したくなくてふるえる」(北海道)、「SPADA」(秋田)、「NDC」(新潟)、「WDW@熊本」(熊本)、「NIDOVE」(長野)など名前も多彩だ。

 8月2日には高校生のグループ「T−NS SOWL」が東京渋谷で5000人を集めてデモ行進。思い思いのプラカードを掲げ楽器をかき鳴らすデモ隊はメチャ楽しそう。60年安保当時の悲壮感はない。これなら沿道の若者が隊列に加わるはずだ。マイクを握る女の子は素直な気持ちを普通の言葉で訴える。

 今月23日、若者憲法集会実行委員会とSEALDsの呼びかけで全国的な大行動が計画されている。総がかり行動実行委員会が予定している8月30日の「国会10万人・全国100万人大行動」にも若者グループは参加を決めている。――おれは1960年6月4日の「空前規模の統一行動」を思いだす。

 当日おれたち新聞労連青婦協の部隊は早朝の品川駅に国労ストの支援に動員された。ストのため運休された列車は2220本、品川駅にはストで遅れた列車が次々に到着、改札を通る乗客は支援の私たちにも握手で激励していく。労働組合や学生だけでなく2万店の閉店ストも。この前亡くなられた鶴見俊輔さんたちの「声なき声の会」も国家前をデモ行進。総評は当日の行動参加者は560万人と発表した。

 あれから55年、当時23歳のおれも78歳になった。安保条約は改定されたが、あのたたかいがあったからこそこの年まで、鉄砲かついで殺し合う戦争とは無縁で過ごせたのではないか。お礼の意味も込めて8月30日には国会正門前にいこうと思う。午後1時半頃、地下鉄桜田門駅から左側の歩道を国会へ向かい、正門前の適当なところに「新聞OB九条の会」の青いノボリを立てて陣取っているつもりだ。

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11238 海外で安倍談話への批判広がる

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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15年08月17日
11238 海外で安倍談話への批判広がる

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 終戦の日の「天皇の言葉」と、戦後70年の「首相談話」について、海外からさまざまな声が上がっているようだ。日本のメディアはどうした、と言いたいところだが、首相と食事をともにする間柄≠ナあるかぎり、それを望むことは酷というものか、と諦めるしかないのか。

 いくつかを紹介しよう。

 まず8月17日毎日新聞ウェブから。「天皇陛下が70回目の終戦記念日である15日、政府主催の全国戦没者追悼式で『さきの大戦に対する深い反省』に初めて言及されたことについて、米主要メディアは安倍晋三首相の戦後70年談話とは『対照的』などと報じた。米通信社ブルームバーグは『天皇、戦争に反省表明、安倍首相と対照的』との見出しで記事を配信。」

 「また、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は『安倍首相の政策に対する静かな反対』との見方が強まると紹介した。全米公共ラジオ(電子版)も第二次大戦に関する『前例がない謝罪』であり、安倍首相の談話より踏み込んだもの、と評価した。米メディアは安倍談話について自らの言葉で謝罪がなかったとして『日本の指導者、第二次大戦で謝罪に至らず』(ワシントン・ポスト紙)などと批判的に伝えていた。」(同上)

 「全国戦没者追悼式の天皇陛下の『お言葉』に先の大戦への『深い反省』が盛り込まれたことに対し、韓国与党セヌリ党スポークスマンは16日、『天皇が反省に直接言及したのは初めてだ』と評価した。また『安倍(晋三)首相が戦後70年談話で、植民地支配や侵略に関して直接謝罪しなかったのとは対照的だ』と指摘した。」(時事通信 8月16日(日)16時4分配信)

 「この日の『お言葉』を契機に、安倍首相と正反対の天皇の過去の歴史認識が注目されている。安倍首相は祖父の岸信介元首相(1896−1987)を引き継ぐ政治をしている。A級戦犯として3年間服役した岸元首相は在任時、日本の過去より未来を強調した。」(中央日報日本語版 8月17日(月)10時48分配信)

 「天皇はこの日の『お言葉』で、『深い反省』のほかにも、以前には用いなかった表現を二つ用いた。戦後日本の平和と繁栄について天皇は『平和の存続を切望する国民の意識に支えられた』と強調し、『この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがない』と述べた。歴史認識や安全保障関連法案をめぐる論議の中で、天皇が過去の戦争に対する反省や、平和憲法の維持が重要だという意向を明確に示したものと考えられる。」(朝鮮日報日本語版 8月17日(月)8時4分配信)

 もののついで、という言葉があるが短いので「天皇のことば」全文を紹介しよう。

                           ◇=◇=◇
終戦の日:天皇陛下おことば全文…全国戦没者追悼式
毎日新聞 2015年08月15日 12時08分(最終更新 08月15日 13時07分)

 「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に70年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません。

 ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
                            ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
桜島で大規模噴火戒警報つづく。付近住民のみなさん、くれぐれもご注意を。

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2015年08月15日

11237 単なる引用におわった談話

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月15日
11237 単なる引用におわった談話

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 きょうは、戦後70年の節目の日。改めて、犠牲となった幾百万の人々に追悼の念を表したい。同時に、同じ道を歩き出そうとする戦争法案を止めるために、戦争を知らない$「代の一人として全力をあげたいと思う。

 きのう、戦後70年の首相談話が発表された。期待はまったくしていなかったが、そのとおりだった。世論に押され、さすがにあの戦争の正当化≠ヘしなかったものの、村山談話を引き継ぐと言わざるをえなかったが、単なる言葉の引用にとどまった。この人、引き継ぐことと引用することの違い、を理解していないのではないか、そう思えてならない。

 毎日新聞は、「戦後70年談話に盛り込まれるか注目されたキーワードは『侵略』『植民地支配』『痛切な反省』『心からのおわび』の四つだった。」(8月15日付)と指摘しているが、この視点から戦後50年の村山談話と対比しながら検証してみよう。

 まず「侵略」と「植民地支配」であるが、村山談話は「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」と述べている。

 ところが、安倍談話は「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。」と努力目標としてしか表明していない。一番肝心な侵略や植民地支配によって、アジアの諸国民にどれだけの労苦を強いたかの言及もない。

 次に「痛切な反省」「心からのおわび」はどうだったろうか。村山談話は「疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」としている。

 これに対応する安倍談話は「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。」と単なる経過報告におわり、実にそっけない。いや、読みようによっては、お詫びの気持ちを表明してきたから「もういいじゃないか」そんな語感さえうかがわせる。

 そのことを強調したいのだろうか、言葉には出さないもののODAなどによる協力を示唆している。「その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。」と。戦後補償問題を考えるとき「おい、おい、それでいいのかい」と言いたい。

 安倍談話の締めくくりで「積極的平和主義」を強調している点は、不安をあおる。この人のいう積極的≠ヘ何を意味するかは、この間の戦争法案の国会審議で赤裸々になったからだ。単純化すれば「アメリカと一緒になって戦地に赴き、アメリカの戦争を支援する」ということになる。

 つまりアメリカの戦争に加担することが、「積極的平和主義」だというのだ。歴史上、戦争をする国は「平和のために」「正義」を必ず旗印にしてきた。それと同じことを繰り返そうとしているのが、安倍政権ではなかろうか。戦後70年。改めて「同じことを繰り返さない」誓いを強くしたいものである。

★脈絡のないきょうの一行

終戦の日に天皇、「さきの大戦に対する深い反省」に言及。総理大臣が言えないことを天皇が言う、という図式はやはりヘン。

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2015年08月14日

検証・都労委「明治乳業事件」(57)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月14日
検証・都労委「明治乳業事件」(57)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 そもそも都労委は潮流間差別事件についてどんなスタンスだったのか。前にも引用した「創設50年記念誌」に「潮流間差別・組合間差別事件の増加」という一項を立てて都労委としての認識をのべている。

 「(40年代以降の組合間差別について概観した後で)また、50年代に入ると、組合内の少数派グループが組合に留まったまま執行部の運動方針を批判する活動を行い、そのために使用者に差別されたとして争われる、いわゆる潮流間差別をめぐる申立も目立つようになった。

 この結果、この10年間では、潮流間差別・組合間差別に関する命令が増加することとなった。

 潮流間差別事件では、少数派グループが一定の集団として特定され、使用者がそれを認識しているか否かという点と、少数派グループが行っている活動が『労働組合の・・・・行為』と認められるか否かとい点が固有の争点となっている。

 潮流間差別・組合間差別事件のうち、昇給・昇格に係る事件では、法的にも実務的にも未解決の難問が多い。この10年間でも、除斥期間との関連で、こうした昇給・昇格の決定行為がいわゆる『継続する行為』に該当するか否かという点や格差是正の方法、程度が引き続き大きな争点となっているほか、申立時に非組合員(昇任により組合の組織対象範囲から外れたもの)となった元組合活動家が問題となった事例もある」

 この「50年誌」の記述はいつ頃書かれたものであろうか。発行は1996年(平成8年)11月29日だが、前記記念座談会の実施期日が95年11月30日であることから推測して、95年の暮れか翌年春頃ではなかったか。96年9月11日の明乳事件命令交付以前であったことは間違いなく、もしかすると命令が公益委員会議の合議にかけられた6月18日あたりだったのかも知れない。

 いずれにしても「50年誌」当該個所の執筆者の念頭には明乳事件命令はない。記述を見ると、潮流間差別事件をいかに救済するか、という積極姿勢で貫かれている。この流れが都労委の潮流間差別事件の本流だった。しかし執筆者の気付かぬところで、逆流の陰謀がひそかに進行していたのである。

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2015年08月13日

デジタル化、紙の新聞どうなるのか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月12日
デジタル化、紙の新聞どうなるのか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 日経が1600億円で買収した英有力経済紙フィナンシャル・タイムスは、72万部の発行数のうち約70%の50万部が電子媒体である。新聞のデジタル化はオンライン新聞とも電子新聞ともいわれ、今全世界で進んでいる。日経の買収も自社のデジタル化をにらみながらの決断だったと見られる。

 紙の新聞が衰退の兆しを見せている中、デンタル新聞はこれからの新聞経営の希望の星と頼りにされているようだが、ほんとにそうなのだろうか。新聞OB会の中に「新聞研究チーム」を立ち上げたのは2011年3月。直後に東日本大震災で活動開始が遅れたが初の研究課題が電子新聞だった。

 電子新聞は有料であることが要件で、それまで各新聞社が無料で提供していたネットニュースとは根本的に違う。日本の新聞業界で最初に有料の電子新聞「日経電子版」が発行されたのは、2010年3月だった。次が朝日で2011年5月に「朝日新聞デジタル」を創刊。日経電子版を意識して、紙面イメージを使わず、情報を再編集した「新しい電子を媒体とした新聞」であることを強調した。

 読売も2012年3月、有料電子版を立ち上げたが日経や朝日に比べて及び腰で「紙の新聞の補完」との位置づけ。これで勝負しようという意気込みはない。毎日は当面、無料配信のMAINICHI−JPに力を入れる形で、有料媒体の発行には慎重だった。やっと踏み切ったのが2015年6月だった。

 これで中央紙の電子新聞が出揃った感じだが、各社とも手詰まり感を否めない。日経電子版の公称40万人にしても本紙部数の6分の1で、将来の新聞経営を担えるとは思えない。欧米の新聞社はデジタル化で部数を伸ばしているといわれるが、そもそも日本の新聞販売システムは欧米と質的に違う。

 日本の場合、全国に張り巡らされた専属販売店の存在が部数拡張・維持の根幹を握っている。発行本社は販売店経営者と販売労働者を無権利状態に置き、搾取と収奪で大量販売部数を確保してきた。このシステムを否定することによってしかデジタル化は成り立たない。では誰がデジタル新聞を売るのか。また増やすのか。自らを否定された販売店が協力するわけがない。

 業界では「紙の新聞の原則廃止」の情報も流れている。朝日新聞が「デジタル料金を安くして現行読者をデジタル読者に組み入れ、その後に紙の新聞を廃止する」というのだ。日本の新聞はどこへ行くのだろう。

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2015年08月11日

11236 電気は十分足りている、川内原発再稼働ノー!!

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月10日
11236 電気は十分足りている、川内原発再稼働ノー!!

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 大震災が起きた2011年3月、東電福島第一原発の事故や発電所が被害を受けたことで電力供給不足が懸念され、一部地域で2週間だけだったが計画停電が実施された。この計画停電、私はヤラセで怪しいとにらんできたが、その後の状況はどうも当たらずとも遠からず、だったように思う。

 以来、真夏の暑い日でも計画停電や節電の話しはきかない。しかも、すべての原発が止まっている中での出来事だ。それだけにとどまらず、電力会社は昨年あたりから「電気をもっと使ってほしい」と言い出しているではないか。

 これは原発が動いていなくても、電力量は十分確保されていることを示している。ところが川内原発について、「11日にも起動し、再稼働させる。原発の新規制基準施行後では初めての再稼働となる。」(8月10日・時事通信)という。冗談じゃない。

 再稼働しても、事故が起きた場合の責任体制もあいまいなままだという。東京五輪の新国立競技場建設問題で、責任があいまいなまま文科相の局長がトカゲの尻尾切りに遭ったが、同じことをくり返そうとしている。看過できない。

 その一方で、下記のような報道もある。今年の猛暑を乗り越えて電力供給にゆとりがあるというのだ。エアコンの売れ行きは前年の2倍という報道も目にしたが、電力は原発がなくてもコト足りているのである。にもかかわらず、強引に再稼働しようというのだ。以下、先週土曜日の朝日新聞ウェブからだが、参考まで。

                           ◇=◇=◇
太陽光発電の普及・節電定着…猛暑でも電力にゆとり
朝日新聞デジタル 8月8日(土)5時3分配信


 東京都心で7日、最高気温35度以上の「猛暑日」が過去最長の8日連続となるなど、各地で記録的な猛暑が続くなかで、大手電力各社は比較的余裕のある電力供給を続けている。すべての原発は止まったままだが、太陽光発電の普及や節電の定着で、真夏の電力不足の心配は遠のいている。

 電力供給にどれだけ余裕があるかは、その日の電気の供給力と、一日で最も電力の需要が多いピーク時を比べた「最大電力使用率」でわかる。東京電力や関西電力の場合、これが90%以上だと電力の余裕が「やや厳しい」、95%以上だと「厳しい」とされる。100%に近づくと、必要な電力に供給が追いつかず、停電の恐れがでてくる。

 7日までの1週間で、東京、中部、関西、九州各電力の最大使用率をみると、95%以上になったのは1日の中部電だけだった。東電では90%以上が4日あり、あとは90%未満の「安定的」だった。
                            ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
高村自民党副総裁、安全保障関連法案をめぐり「非核三原則を持った日本が運ぶことはありえない」と強調(8月10日・JNNニュース)。だったら法案に明記しろよ。

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2015年08月09日

検証・都労委「明治乳業事件」(56)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月09日
検証・都労委「明治乳業事件」(56)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 日立中研事件の申立内容は、申立人12人の@昇格・昇給差別及びA配転、仕事、福利厚生等の差別の2項目である。命令は@については12人のうち7人を救済、Aは疎明不十分を理由に不当労働行為と認めなかった。命令種別としては一部救済だが、悪質な不当労働行為の場合に付く謝罪文掲示が命じられた。

 昇格・昇給差別が認められた7人と認めれれなかった5人はどこがどう違うのか。大きく分けると二つある。一つは「除斥期間」であり、もう一つは「格差の程度」である。まず除斥期間から見てみよう。

 命令は、賃金・格付等の決定は一般的には一回限りの行為だが「差別を繰り返していると認めるに足る具体的徴慂が顕在化している場合は」労組法が認めている「継続する行為」に該ると指摘する。この「具体的徴慂」には申立人らが差別の存在を会社に示して抗議活動をしたことが立証されなければならない。

 日立中研の申立人は共同して賃金等の差別に抗議してきたことは命令も認めている。ところが昭和58年(1983年)に申立人のうち7人は社内苦情処理委員会へ申し立てたが、5人はそれをしなかった。だから5人については会社として差別への抗議の意思を認識する機会がなく継続する行為の条件を欠くという論法だ。この種の都労委差別事件命令の中で苦情処理委員会がこれだけクローズアップされたのは初めてだ。

 ということで、5人は61年の申立から1年以内の格差しか審査対象にならない。当然ながら格差は微々たるものだ。「この程度の査定の差は、特段の功績があったとの疎明がない限り、会社の裁量の範囲内とみるべきである」と認定されてしまった。後で考えればこの判断手法が明乳命令にそのまま採用されたと言える。

 ここで日立中研命令の主文について若干触れておきたい。最初に述べたようにこの命令は一部救済である。一部救済というのは、申立事項のうちある部分を救済し、他の部分を棄却ないし却下するということだ。主文には普通、救済する項目を列記したうえで「その余の申立を棄却する」とか書かれるのだが、日立中研命令の主文には棄却の文字も却下の文字もない。しかも悪質経営者に課す謝罪文掲示が付いているのだ。

 日立中研の命令全体を見たとき、労働委員会としてのいろんな制約があって完全救済にはできなかったが経営者の悪質性を断罪し、申立人らの真情に理解を示す温かい気持ちに溢れているように私には思える。これが労働者の団結権救済を標榜する労働委員会のあり方なのではないか。

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11235 長崎平和宣言

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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15年08月09日
11235 長崎平和宣言

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 6日の広島につづいて、長崎の平和宣言である。長崎市長は、戦争法案への懸念を表明した。その瞬間、会場から拍手が起きたという。識見である。以下。

                           ◇=◇=◇
<長崎原爆の日>平和宣言全文
毎日新聞 8月9日(日)11時16分配信


 昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟(はいきょ)と化しました。
 大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4000人が亡くなり、7万5000人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕(むしば)まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを一日たりとも忘れることはできません。
 原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました
 原子爆弾の凄(すさ)まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛(つら)く厳しい経験と戦争の反省の中から生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。
 今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。
 70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。
 原爆や戦争を体験した日本、そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。
 若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。
 世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。
 私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。
 今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。
 NPT加盟国の首脳に訴えます。
 今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。
 また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。
 改めて、長崎から呼びかけます。
 オバマ大統領、核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。
 日本政府に訴えます。
 国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください。
 この夏、長崎では世界の122の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。
 11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。
 「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔(ま)き続けます。
 また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。
 現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯(しんし)な審議を行うことを求めます。
 被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。
 原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧(ささ)げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。
 2015年(平成27年)8月9日
長崎市長 田上 富久

★脈絡のないきょうの一行
マイナンバー、52%が内容知らず(読売)。それでも実施するのかねー。

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命あってのモノダネ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2015年8月08日
命あってのモノダネ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 沢木耕太郎著「246」(新潮社文庫565ページ)を読んだ。日記風のエッセイで面白い。中に、ガンで死んだルポルタージュ作家児玉隆也についての記述がある。「児玉隆也のルポルタージュは、手法的にはかつて週刊誌で開拓された挿話主義とでもいうべきものの影響下にあり、ある意味でそれが到達しうる頂点を極めたものだと言える」「挿話主義のルポルタージュとは、要するに克明な取材を重ね、多くの挿話を手に入れた後で、それをある趣旨の中にバランスよく組み込んでいく、というものだ」。

 おれも生きてきた78年の中から一つのテーマで挿話を探し、それを繋げてみよう。

 旧満州で8歳で敗戦。一時全居留民玉砕の計画があったが危うく中止。9歳で引き揚げてきた。まごまごしてたら「残留孤児」になってたところ。4つ年下の妹は引き揚げ前に疫痢で死んだ。病院には医者も薬も姿がなかった。引き揚げ船への乗船を待つ収容所でも、船の中でも日常的に「死」を見た。

 高校を出て会社に入ったその年に胃が食べ物を消化しなくなり腹がポコンと膨れ上がった。それでも何か食わないと仕事にならないと、海苔巻を詰め込んだ。とうとう病院に担ぎ込まれ胃洗浄の手術を受けた。急性胃麻痺という病名で、医師の話では「もう半日遅れたら死んでいた」ということだった。

 その後胃の方は回復し、仕事が終わると有楽町や池袋で大酒を飲んだ。当時赤羽に住んでいたので池袋から赤羽線で帰るのが常。ある冬の夜、泥酔していて池袋駅のホームから線路に落ちた。分厚いオーバーコートを着ていたので怪我はしなかった。誰かにホームに引っ張り上げられたところへ電車がゴーッと入ってきた。

 結婚前の25歳頃だった。会社の友人たちと西穂高に登山した。翌日は前穂高岳まで尾根を縦走。痩せ尾根で浮石だらけだった。大丈夫だと思ってかなり大きい石に体重をかけたとたん「グラッ」ときた。反射的に次の石に飛び移った。先ほどの石が大きな音を立てて飛騨側の谷底へ転がり落ちていった。

 まだ団地の2DKに住んでた頃、ブレーキの効かない自転車に乗っていたときがある。例によってかなり酔っ払って最寄駅に降り自転車に跨った。けやき通り、西友前の下り坂を最初は足で地面を擦りながらそろそろ乗っていたがそのうち酔いに任せてスピードを出す。出したとたんに右折の車のヘッドライトが見えた。とっさに道端の側溝に自転車を突っ込む。顔と腕を挫傷したが命に別条はなかった。

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2015年08月07日

11234 被爆70年

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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15年08月06日
11234 被爆70年

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 被爆70年――。被爆者のみなさんには、一言では尽くせない労苦があった。同じことを繰り返さないために、改めて今、声をあげなければ。少し長いが、広島市長の平和宣言の全文を紹介したい。

                           ◇=◇=◇
平和宣言

 私たちの故郷(ふるさと)には、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。1945年8月6日午前8時15分、その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。きのこ雲の下には、抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、焼け崩れた建物。幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、その中には朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども含まれていました。
 辛うじて生き延びた人々も人生を大きく歪められ、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきました。生きるために盗みと喧嘩を繰り返した子どもたち、幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、被爆が分かり離婚させられた女性など――苦しみは続いたのです。
 「広島をまどうてくれ!」これは、故郷(ふるさと)や家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫びです。
 広島県物産陳列館として開館し100年、被爆から70年。歴史の証人として、今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、皆さんと共に、改めて原爆被害の実相を受け止め、被爆者の思いを噛みしめたいと思います。
 しかし、世界には、いまだに1万5千発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。
 核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。
 当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない。」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ。」と強調します。
 辛く悲しい境遇の中で思い悩み、「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、紡ぎ出した悲痛なメッセージです。その心には、人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。
人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは「共に生きる」ために、「非人道性の極み」、「絶対悪」である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。そのための行動を始めるのは今です。既に若い人々による署名や投稿、行進など様々な取組も始まっています。共に大きなうねりを創りましょう。
 被爆70年という節目の今年、被爆者の平均年齢は80歳を超えました。広島市は、被爆の実相を守り、世界中に広め、次世代に伝えるための取組を強化するとともに、加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、2020年までの核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます。
 今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。
 来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。
 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、議論の開始を主導するよう期待するとともに、広島を議論と発信の場とすることを提案します。また、高齢となった被爆者をはじめ、今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。
 私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、被爆者をはじめ先人が、これまで核兵器廃絶と広島の復興に生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。そして、世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。
 平成27年(2015年)8月6日
 広島市長 松井 一實

★脈絡のないきょうの一行
ガソリン、4週連続値下がりだという。消費者としては嬉しいが消費過剰による排ガスが心配。

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2015年08月06日

11233 繰り返してはならない

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月05日
11233 繰り返してはならない

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 表題は、原爆投下のことではない――。明日から甲子園で高校野球が始まるが、その野球の話しだ。

 若者たちの汗と涙は、いつ見ても感動させられる。それは「一生懸命さ」にあると思う。しかし戦争は、若者のはつらつとした特権を剥奪した。戦争法案で同じことが繰り返されようとしているいま、同じことを繰り返させない、そんな思いを強くしている。球音が途絶えることのない社会でありたい。

 スポーツ紙から心温まる記事を見つけた。以下、紹介しよう。

                           ◇=◇=◇
戦前最後のノーヒッター 神風に散った22歳・石丸進一の在りし日
スポニチアネックス 8月4日(火)11時30分配信


 戦後70年が過ぎようとしている。当たり前のように球音が響く平和で、幸せな時代。しかし、第2次世界大戦ではプロ野球界も例外ではなく、多くの選手が戦火に散った。そんな中で唯一、神風特攻隊員として戦死したのが石丸進一投手(享年22)だ。名古屋(現中日)の一員として、戦前で最後のノーヒットノーランを達成した右腕。おいの石丸剛さん(63)に、ありし日の石丸の姿を聞いた。(鈴木 勝巳)

 石丸進一は、どこにでもいる野球が大好きな青年だった。「投手じゃない日は野手で出場したり、試合のない日は近所の子供と草野球をしたり…。本当に野球が好きだった、と父から聞いています」。石丸剛さんは進一の兄で同じ名古屋でプレーした石丸藤吉(91年死去、享年77)の息子。現在も遺品や写真などを管理している。

 父から聞いた剛さんの話によると、石丸が最後に残した言葉は、モールス信号での「我、突入す」だったという。1945年5月11日。鹿児島・鹿屋基地から沖縄方面へと出撃した。500キロの爆弾を抱えて。そして、そのまま帰らぬ人となった。藤吉が最後に会った時は「敵艦に体当たりして轟沈(ごうちん)させる」と話す弟を、「そんなに死に急いでどうする!」と諭したという。「兄さん、そんなこと分かってるよ」――。それが石丸の答えだった。出撃前、鹿屋基地では戦友に「死にたくない、怖い」とも漏らした。兵舎の陰で泣いている姿もあった。22歳。死の恐怖と必死に闘っていた。

 石丸は41〜43年に名古屋でプレー。投手として42年に17勝、43年に20勝を挙げた。捕手に「ミットを動かさないで」と告げ、低めへの抜群の制球力を武器に常に直球勝負だった。戦争がなければ、どれだけの成績を残しただろう。全ての運命は狂い、そして戦争に命まで奪われた。

 出撃直前。石丸は鹿屋基地で、東京六大学・法大出身の本田耕一少尉を相手に、最後のキャッチボールを行った。万感の思いを込めて投じた10球。従軍記者だった山岡荘八(のちの作家)が審判を務め、「涙でよく見えなかった」という10球は全てストライク。そしてグラブを置き、ボールを戦闘機へと持っていった。出撃。しかし、石丸は持っていったはずのボールを鉢巻きで巻いて、風防から放り投げたという。これから死ぬ、と分かっている時の最後のキャッチボール。そのボールに永遠の別れを告げ、死地へと旅立った。剛さんは「どんな思いだったのか…」と今でも考える。

 「こういう形で一人の若者が亡くなった、ということを忘れないでほしい、と思います。こういう事実が日本にあった。平和に野球ができるのが当たり前、と思わずにいてくれれば」と剛さん。あれから70年。「私の叔父は、敵国のスポーツといわれた野球をこよなく愛していた。職業軍人でも、反戦活動家でもない。ただ純粋に野球がやりたかったんです」。盛夏。各地で聞かれる球音は平和の、そして鎮魂の響きにも聞こえる。
                            ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
辺野古新基地建設、一時中断。世論に押され、あの内閣をしてそうせざるをえなかった。次は戦争法案廃案だ。
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2015年08月04日

11232 驕れる自民党が怯える自民党へ

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
15年08月04日
11232 驕れる自民党が怯える自民党へ

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)
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 自民党の武藤貴也衆議院議員がツイッターで、戦争法案に反対する学生の団体・SEALDs=シールズを批判したという。これが実に堂に入っている。「自分中心、極端な利己的な考え方」だと。おや? と思ってそれをそのままこの人と安倍首相に当てはめてみると、そっちのほうがよほどしっくり当てはまった。

 もちろん言論・表現の自由だから、SEALDs=シールズを批判するのは自由である。それにつけても方向違いのこの批判、「笑止」というほかはない。

 礒崎陽輔首相補佐官の「法的安定性は関係ない」発言といい、この武藤貴也議員のツイッターといい、戦争法案は「廃案」に軍配があがり勝負あった、といえる。勝負が決まったことに対して、負け惜しみ的発言が前出のそれらである。

 なぜこうまで自民党は怯えるのか。来年の参議院選挙から18歳以上が選挙権を持つ。その若者たちに動いてもらっては困るのだ。若者には寝ていて≠烽轤「たいのだ。ところが若者たちが動き始めた。最近では高校生の反対運動も広がってきた。その動きを止めたいという怯えから出たのが、今回の武藤議員の「発言」なのであろう。

 平家物語の「驕れる人も久しからず」ではないが、自民党政権はその身を長く保つことができないことを示唆している。以下、毎日新聞ウェブから。

                           ◇=◇=◇
自民党:武藤貴也議員、安保反対学生をツイッターで非難
毎日新聞 2015年08月03日 19時17分(最終更新 08月03日 22時12分)


 自民党の武藤貴也衆院議員(36)=滋賀4区=がツイッターで、安全保障関連法案の反対運動をする学生団体「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs=シールズ)」について「自分中心、極端な利己的な考え」と非難していることがわかった。
 武藤氏は衆院平和安全法制特別委員会のメンバーで、報道機関への圧力発言や沖縄への侮辱的発言が問題になった自民党若手の勉強会「文化芸術懇話会」にも出席していた。
 シールズは国会前で毎週、抗議をしている。武藤氏は「彼ら彼女らの主張は『戦争に行きたくない』という自己中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうが、非常に残念だ」と書き込んだ。
 民主党の枝野幸男幹事長は3日、記者団に「自分が戦争に行きたくない、みたいなレベルでしか受け止めておらず、法案の問題や本質を理解していない。戦後の平和主義、民主主義が積み重ねられてきた歴史に、全く目が向いていない」と追及する考えを示した。維新の党の柿沢未途幹事長も「権力を持っている政党の所属議員として、もってのほかの発言だ」と批判した。【村尾哲】

 ◇「戦前の発想だ」
 武藤衆院議員の発言に対し、シールズの中心メンバーで明治学院大4年の林田光弘さん(23)は「日本は民主主義国家でデモなどの抗議は認められた権利だ。戦争に行きたくないというのは、若者だけでなく多くの人の共通の願い。それを利己的と批判するのはまさに戦前の国家主義そのものだ」と話した。
 関西の大学生でつくるシールズ関西のメンバー、塩田潤さん(24)=神戸大大学院2年=は「逆に戦争に行きたい人なんているのかと聞きたい。こういう発言をする人が政治をやっていることを残念に思う。学生を批判するより、国会で民主主義と立憲主義に沿った議論をしてほしい」と話した。
 自民党滋賀県連の幹部は「武藤さんは若いだけに普段から思い切った発言をしているが、基本的人権をないがしろにしていると取られるような内容はまずい。礒崎陽輔首相補佐官のこともあったばかりで、来夏の参院選に影響しないか心配だ」と困惑していた。【岸達也、遠藤孝康、北出昭】
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
プエルトリコがデフォルト(債務不履行)。ギリシャにつづく国家破産か? どうする世界経済。
posted by マスコミ9条の会 at 20:50| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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