2016年03月29日

海外旅行・ベトナム(1978年)B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月29日
海外旅行・ベトナム(1978年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 宴の途中で総同盟の幹部から「中国との国境紛争の問題、国境周辺での衝突の問題がある。ベトナムは今ハノイで中国と難民問題、国境紛争問題で協議をしているがこれはまとまらないだろう。なぜなら北京がまとめる気がないからだ。ベトナムはまとめようと思っている。我々は平和な話し合いで利益を得るが北京は利益を得ない。だからまとめる気がない」という話があり、その後総評代表団と会話が持たれた。

 そこで槇枝議長が「同じ社会主義国でありながらベトナムの社会主義建設に中国が圧力を加えるのがどうして北京の利益になるのか」と言ってみれば難しい質問をしたところからしらけムードみたいなものが出てきて、また通訳の声が小さくてよく分からないのでみんななんとなくものも言わずに食べるのみ。

 蛙の唐揚げだとか田螺の親分のようなもの、それからスープや蒸した鯉の上に肉などが乗っているものとおいしいものをたべてたのだけれども、なんとなくドッチラケで無口で食べ終わり、双方の儀礼的な挨拶もドッチラケの感じ。相手が政府というか民間というかその中間的な総同盟という性格から対話は難しいということではないかな。食事が終わりタンロインホテルへ乗用車で送られた。

 ツインの部屋を1人ずつあてがわれ至れり尽くせりの待遇。明日は7時に朝食、7時半から公式日程が待っている。30、31、9月1日の3日間はフォンガイという労働会館を建てた街へ行ってそこで過ごす。なかなか大変な日程らしいけれど、ま、気楽にやっていきたい。
     ◇      ◇      ◇      ◇      ◇
 1年前は羽田空港だったが、このベトナム訪問旅行は成田から飛び立った。成田空港が開業して間もなくだったんだな。この旅行のメンバーに全林野労組書記の神山さんがいた。いわゆる総評・社会党ブロックに属さないのはおれと神山さんの2人だった。神山さんは、三多摩に工場のあった共立農機の都労委事件への協力をお願いしたことがある。その後西武一般という地域労組のオルグになり、ダイワ精工という事件でやはりお世話になった。酒が好きで真面目一筋の人だったが10年くらい前に亡くなったと聞いた。

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2016年03月27日

代々木公園の反原発集会に行ってきた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月27日
代々木公園の反原発集会に行ってきた

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 3月26日10時16分、千代田線の松戸駅始発電車に乗る。ゆうゆう座れて50分後に明治神宮前駅着。まだ会場への人の流れはない。ゆっくり歩いて15分、「原発のない未来へ!つながろう福島!守ろういのち!3・26全国大集会」会場の代々木公園に着いた。主催は首都圏反原発連合など4団体。

 ステージは3っつあっておれはサッカー場のメインステージへ。まだほとんど人がいない。塀ぎわの芝生に市民団体の旗が見える程度。ステージではバンドが音合わせをしている。会場中央にパイプ椅子を設置し「新聞OB九条の会」の青いノボリを組み立てる。労働組合の集合場所の舞台向かって右へ移動。

 12時近くなってやっと周辺に人が集まってきたが、京都とか長野とか大阪とか地方の部隊が多い。やっと千代田区労協の旗が来た。12時に1人、15分に1人、12時半に2人とノボリを目当てに仲間がぼちぼち。14時30分、デモ行進が始まる頃12人になった。ステージでの音楽は迫力満点だがお話はよく聞き取れない。最後の演壇にたった沖縄代表の連帯を訴える叫びだけはよく響いていた。

 歩き出したのは14時40分。新宿中央公園コース。千代田区労協の列の後尾についたが、3万5000人という参加者の割には行進はスムースだ。参宮橋の交差点を右折して一路新宿へ。お昼頃から空は晴れ上がり春の陽がさんさん。暑い。途中で上着を脱いだ。全労連の宣伝カーが音量をあげて先導する。

 旧オリンピック選手村あたりで腰が痛くなり足がもつれてきた。前かがみになって歩く。ほかから見たらぶざまな格好だと思う。ほんとはデモ隊列から離脱したいのだが、沿道に適当な地下鉄の入り口がない。目的地まで行った方が早道だ。そう思ってがんばった。15時40分、新宿中央公園に到着してデモは流れ解散。さらに15分かけて新宿駅西口へ。最後まで歩いた7人で海鮮居酒屋に落ち着いた。

 今回の集会は「NO NUKES DAY」(ノーニュークスデイ)と銘打って東京はじめ全国で行われた。全労連が提唱する「原発をなくす全国連絡会」も主催団体に入っている。その割には労働組合の旗がほとんど見当たらなかった。全労連の旗はあったが、隊列はおれたちとちょぼちょぼ。

 全教のデモ隊も20人程度。新聞などマスコミ労組のMICは隊列もつくれない。そう言えば九条の会の旗はわが新聞九条だけ。掲げ続けるのにちょっと抵抗と違和感を感じた。戦争法廃止の集会と言い、反原発と言い、労働組合は運動の主力から遠のいている感じを否めない。今昔の感を深くする。(本ブログの訪問者6万人突破!みなさんありがとう。今後もよろしくお願いします)
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2016年03月26日

11321 恣意的な教科書検定に怒り

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月26日
11321 恣意的な教科書検定に怒り

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 教科書会社の帝国書院が、沖縄の基地をめぐる問題の表記で異常な誤記があった。一昨日来、その記述を変更するような報道が見られるが、検定で合格したことも異常である。政府の都合のいいことは事実関係が間違っていても検定を通すというその体質が問題だ。

 「教科書検定」という作業そのものが、いかに恣意的に行われているかを露呈した一件であり、「検定をやめよ」という私たちの要求の正当性も明らかになった。この問題を考えてみたい。出典が少々古くて恐縮だが、以下、琉球新報の社説が実によく整理されており、紹介したい。

                           ◇=◇=◇
<社説>基地めぐる誤記述 教科書内容を即刻改めよ
琉球新報 2016年3月19日


 あまりに事実と懸け離れた記述だ。検定で合格すること自体にわかに信じ難く、憤りさえ覚える。

 文部科学省が来年春から主に高校1年生が使う教科書の検定結果を公表したが、帝国書院の「現代社会」は「県内の経済が基地に依存している度合いはきわめて高い」と記述していた。事実誤認も甚だしい。不勉強な執筆者に執筆の資格はない。

 沖縄の基地関連収入が県経済に占める割合は復帰直後の1972年は15・5%だったが、その比重は大きく低下し直近(2012年度)では5・4%にすぎない。

 そうした説明は官民のあらゆるレベルで繰り返されてきた。基地は経済発展の大きな阻害要因であることはもはや常識だ。一部インターネットなどにはまだ「沖縄は基地で飯を食っている」といった虚言が流布するが、その類が教科書にもあったとは驚くしかない。

 冒頭の記述の前には「日本政府も、事実上は基地の存続とひきかえに、ばくだいな振興資金を沖縄県に支出しており」とある。これも明らかな事実誤認だ。「基地と振興はリンクしない」とする政府見解とも相いれない。

 国庫支出金と地方交付税交付金を合わせた国からの財政移転額は13年度で沖縄は全国14位。人口1人当たりでは6位。歴史上、ただの一度も1位になったことはない。県民経済計算で見た1人当たり公的支出額は15位(12年度)だ。

 執筆者に「沖縄には他の46都道府県にはない上乗せ分の振興予算がある」といった誤った知識があるのは間違いない。

 「アメリカ軍基地が移設すると、あわせて移住するひとも増えると考えられており、経済効果も否定できないとして移設に反対したいという声も多い」に至ってはもう意味不明だ。経済的利点が大きいので普天間飛行場の存続を望む声が多い、とでも言いたいのか。

 教科書が教師や生徒、ひいては世論に与える影響を考えると、一連の記述の誤りは非常に深刻だ。沖縄の基地経済や財政依存度、米軍抑止力の神話など、さまざまな誤解や偏見の払拭(ふっしょく)を図る関係者の努力に水を差すものだと言える。

 帝国書院は一連の誤りを全て修正すべきだが、いったい何を根拠に書いたのか。執筆者は教科書会社と共に明確に説明すべきだ。誤った記述に何らの検定意見も付けなかった文科省の責任も重大だ。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
プロ野球開幕。昨夜、東京ドームの近くにあるこの事務所周辺は、夜遅くまで賑わっていた。ペナントレースが楽しみだが、よもや「賭け」はないだろうね。

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海外旅行・ベトナム(1978年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月25日
海外旅行・ベトナム(1978年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 前回、ベトナムへはバンコク経由だったと書いたがそれは帰りの話で、往きは中国の北京、南寧経由だった。テープに北京、南寧の様子とハノイに着い日のことが録音されていた。これが面白い。
    ◇      ◇      ◇      ◇      ◇
 いまベトナム、ハノイ。タンロインホテル3階の348号室。個室を与えられてツインの部屋を1人で占領してビールを飲んでいる。生温かいビールだけど国賓待遇というのか、ビール、ジュースなどが部屋に運ばれて。生温かいビールの後でウィスキーを飲んでいる、いま(夜中の)12時5分過ぎだ。

 今日一日どんなことがあったか、振り返ってみる。北京(の空港ホテル)で目が醒めた。雨が降っていた。おかゆとハムや饅頭や卵焼きなんかの朝飯を食べて、さて8時15分の南寧経由ハノイ往きを待ったが、8時15分ちょっと過ぎにやっと中国民航の飛行機に乗れたと思ったらたちまち降ろされて、ハノイ方面が台風だから少し待てという。どのくらい待つのかと思ってとりあえず待合室にいった。

 なんと出発したのは12半。約4時間も待たされた。やっと北京空港を飛び立って厚い雲の上に出て、途中ちょっと晴れていたが、南寧に着く頃にはまた曇って雨も降ってきた。降りたのが3時半で、ここでまた5時半まで待たされた。もう出ないのかなと諦めかけた頃、やっと出発。

 飛び立ったらあっという間にハノイ。雨が上がった後の清々しい空気。気持ちいい。去年降りたジアラム空港と違って、今まで軍が使っていた飛行場を国際空港にしたとかで、辺鄙な遠いところだった。例のロンビエン橋までが約1時間かかるという。まことに不便なところに国際空港を移してしまっている。

 入国手続きは総同盟の人が全てやってくれ、われわれは待合室でビール。指し回しの乗用車が5台。先ほどまで総同盟幹部が出迎えにきていたが、待ちくたびれて今日はもう来ないだろうと総同盟本部に戻ったところだという。総同盟の事務局次長という人が通訳と一緒に待っていてくれて一緒にやや暮れがかった農村の道をハノイの市外に向けて乗用車を飛ばして、総同盟の1階のホールに着いた。歓迎会だ。

 乗用車を降りたとたんにベトナムの可愛い子ちゃんから花束などもらっちゃってちょっといい気になって手を振ったり握手したり。そしてベトナム総同盟副部長が簡単な挨拶をし、槇枝総評議長が返礼の挨拶。そこで乾杯が型どおり行われ、その後市内のレストランで10半まで約2時間の交流夕食会になる。(つづく)

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2016年03月25日

11320 何におびえているのか?

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年03月24日
11320 何におびえているのか?

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 亡霊がまたまた出て来た、という観である。日本共産党に対して政府が破防法の対象組織としていることを、鈴木貴子衆議院議員の質問に回答した問題だ。質問をした方もした方だが、回答も事実と歴史を踏まえていない。この人たちは、『野党共闘』に怯えているとしか言いようがない。

 まず質問した方。野党共闘について鈴木議員は共産党が入っているのは承服できない、として民主党を離党した。その後、自民党に行くのではないかという憶測がメディアに流れたが、同議員は北海道の比例区で民主党から選出されており、議席を返すべきだ≠ニいう世論があり、無所属にとどまっている。鈴木議員は知る人ぞ知る、あの鈴木宗男氏の娘だ。

 鈴木宗男氏は、『鈴木宗男事件』と言われるほど少なくない疑惑をかかえ、有罪判決をうけている。これらは「ムネオハウス事件」「国後島発電施設事件」「やまりん事件」「島田建設事件」「イスラエル学会事件「政治資金規正法違反事件」「モザンビーク事件」――の7つの事件を総合して表記されるものだが、詳細を述べる紙数がないので割愛するが、国会でこの事件の追及の最先鋒にいたのが共産党だった。

 そのウラミを晴らすために娘を利用したのではないか、とも思える今回の質問だ。

 何故、今頃これを持ちだしたのか。理由ははっきりしている。野党共闘の分断をねらったのである。共産党が破防法の対象組織であることを当局に言わせることで、その他の党の動揺を誘ったのだ。野党共闘から共産党剥がし≠する「道具」として使ったことは明白だ。その先に、褒賞として鈴木貴子議員の自民党入りも透けて見える。

 報道も見過ごせない。3月23日付け産経新聞は「公安調査庁が毎年公開している『内外情勢の回顧と展望』では、オウム真理教などと並んで共産党の動向を報告。」と述べ、オウム真理教と共産党を同列視して危機感≠煽っている。

 共産党は政府の答弁書について、「悪質なデマである」として抗議の声明を出している。政府の言う「暴力革命」を否定、そのような方針をとったことはない、と、している。さらに、「今回の答弁書は憲法が保障する結社の自由に対する重大な侵害」であると批判している。

 選挙が近づくと、必ずと言ってよいほどこの種の共産党攻撃=反共攻撃が顕在化する。それは時の政府や与党が危機感を感じているからにほかならない。共産党への誹謗中傷、旧態依然とした反共攻撃は野党共闘・国民共闘をあの人たちが恐れていることを物語っている。彼らの期待≠ノ応えて、野党共闘で選挙戦を勝ち抜くしかない。

★脈絡のないきょうの一行
米大統領候補として活躍しているトランプ氏、ISに対する核兵器使用を否定せず。ISと同じくらい過激だね。
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2016年03月24日

海外旅行・ベトナム(1978年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月23日
海外旅行・ベトナム(1978年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 前回書いた1977年のベトナム旅行は9月25日から10月7日までの13日間。何故そんなに長い休暇が取れたのか。それには訳がある。おれは10月1日付で都労委労働者委員になることが決まっていた。そのためには新聞労連の専従になる必要がある。組合と会社は「東京本社印刷部員戸塚章介氏の東京都労働委員会労働者側委員就任の覚書」を交わし、おれは9月1から会社業務を離れていたのだ。

 さて1978年、41歳、またしてもベトナムへ行く機会を与えられた。8月27日から9月8日までのやはり13日間。総評・中立労連代表団の一員だ。国賓待遇の贅沢な旅行だった。

 「私は、総評と中立労連が組合員のカンパで建てたベトナム労働会館(ハイフォン市)の竣工式に参列する代表団の一員に選ばれた。私のベトナム入りは去年に引き続いて2度目だ。1年前と違って、ベトナム全土は新たな戦争に備えて騒然としていた。カンボジア国境近くの難民キャンプを見せられ、ポルポト政権の残虐さを聞かされた。国境を越えて砲撃された爆弾の跡も見た。ハイフォンの近くでは北へ向かう軍の幌付きトラックと何台もすれ違った。トラックには機関銃の台座が据え付けられ軍隊を満載していた」

 「この時一緒に行った槇枝総評議長が、北京空港で冷たくあしらわれ憤慨したり、ハノイで歯痛を止めてもらいすっかりベトナムびいきになったりしたことを思い出す。後に全民労協議長になる竪山中立労連議長も代表団のメンバーだった」(1985年発行「論よりビラまき」―新聞労連東京地連の40年より)。

 代表団は槇枝、竪山両氏のほかに、総評本部や動労、全林野、全厚生などの代表も。労働会館はハロン湾近くの炭鉱街に建てられていた。そこで私たちを歓迎する歌や踊りが披露された。竣工式が終わると豪華なレセプションが開かれ、ベトナム政府やベトナム労働総同盟の幹部が列席した。

 槇枝、竪山両氏はハノイ、ハイフォンだけで帰ったが、他のメンバーは南に飛び、ホーチミン市で再び熱い歓迎を受けた。この時もベトナムまでの直行便はなく、タイのバンコク乗継だった。往復の旅費は新聞労連が負担し、滞在費はベトナム側でだしてくれた。至れるつくせりの大名旅行だった。

 翌年の1979年に中国軍が国境を越えて攻め込み戦争状態。カンボジアの方はベトナム寄りのヘンサムリン政権が成立してポルポト勢力を駆逐した。ベトナムを巡る情勢は激動の時代だった。
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2016年03月23日

11319 あれから5年・番外編/さようなら、スーパーひたち50号

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月22日
11319 あれから5年・番外編/さようなら、スーパーひたち50号

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 昨日のテレビニュースは、寝台特急「カシオペア」の札幌からの最終便が上野駅に到着し、その模様を華やかに伝えていた。その一方で、17日にはすでに紹介した「スーパーひたち50号」の撤去が始まった。両方とも「さよなら」だが、後者は寂しいものがある。とりあえず、以下。

                           ◇=◇=◇
朝日新聞デジタル
スーパーひたち、撤去始まる JR常磐線・原ノ町駅
2016年3月17日13時36分


 震災発生時、4両編成の特急用「651系」は同駅に停車中だったが、津波や原発事故の影響で前後の区間が不通になった。以来5年間、駅構内に留め置かれていた。
 午前10時半、雨風で傷んだ車両の状態を作業員が点検。1両ずつ慎重にクレーンでつり上げて、大型車両に載せた。すでに14日から撤去が始まっている普通車両用「415系」4両とともに、郡山市の郡山総合車両センターに運ばれ、今後解体される予定だという。
 常磐線は、原ノ町駅から北約20キロの相馬駅までの間は再開しているが、南約46キロの竜田駅までは原発事故などの影響で不通だ。国は2019年度中の全線再開を目指している。(遠藤啓生)
                           ◇=◇=◇

 朝日デジタルには写真がついているが、紹介出来ないのが残念。3月11日に訪ねたときの角度を変えたものを紹介しよう。

【その1】
160322-1.jpg

【その2】
160322-2.jpg

【その3】
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 この車両の撤去によって、東日本大震災による東電福島第1原発事故の生き証人≠ェ一つ消えることになる。残念だが致し方ないところか。

 スーパーひたちは、昨年(15年3月13日)まで運行されていたが、ダイヤ改正で「特急」となり廃止されている。「50号」は、原ノ町駅に留め置かれていたが、他の車両を運用して「スーパーひたち50号」として動いていた。いわば、代行運行≠ナある。昨年3月のスーパーひたちの最後の模様が、ユーチューブにアップされている。参考まで。
https://www.youtube.com/watch?v=a2a5euVj5YU

 それにつけても、寂しいネ。

★脈絡のないきょうの一行
防衛大学卒業生の任官拒否、昨年の2倍に。入学時にはなかった「戦争法」が影響していることは明らかだ。
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2016年03月20日

デモの後のビールはうまい

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月20日
デモの後のビールはうまい

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昨19日、久しぶりに集会とデモの雰囲気を味わってきた。総がかり実行委員会主催の「戦争法廃止・安倍政権の暴走を許さない3.19日比谷大集会」。前の晩からかなり強い雨、朝方少し小降りになったが、家を出る頃にはまた雨脚が激しくなった。レインコートを着て自転車で駅へ。常盤平発10:53。

 常盤平駅のコンビニでお握り2箇と飴を1袋を買い、松戸駅から千代田線で霞が関へ。地上に出てみると雨は止んでいて空気も暖かい。集合場所の日比谷公園西南隅小噴水前に着いたのが12:50。まだ早いので集会会場の野外音楽堂を覗きに行く。もう参加者でほぼ埋まっていた。全労連の小田川議長に声をかけられた。

 噴水前に戻り、1人で「新聞OB九条の会」のノボリを組み立てる。13:15あたりからぼつぼつ仲間が集まってきた。13:30から集会が始まったらしく演説がここまで届く。雨はすっかり上がる。最終的には30人ほどの集団になった。14:15頃、デモ出発地点に移動。列に適当にもぐりこむ。

 すぐ後ろがJR総連の隊列。気のせいか、今回のデモには組合の旗が目立つ。全労連傘下や地域ユニオンだけでなく、連合加盟の自治労や日教組も。そう言えば会場の野音正門前で革マルのゼッケンをつけたいい年のおっさんが執拗なビラまきをしていた。おれにはちょっと違和感があったな。

 図書館横から通りへ出て市政会館を左に見上げ、東京電力前を過ぎてガードを潜る。外堀通りを左折したあたりで鍛冶橋へ向かうデモの列から集団で離脱。まだ15:00、居酒屋は開いていないだろうからと、銀座6丁目のビアホール・ライオンへ。2階に案内されて19人が無事席に付けた。

 ジョッキの生ビールとワインですっかりいい気持になり、17:30頃外へ出たらなんと青空だった。銀座の歩行者天国は相変わらず爆買いの中国人で溢れていた。おれとしてはもうアルコールは限界だったが、みんなと一緒に有楽町駅近くの居酒屋でホッピーを飲んでしまった。20:00やっと帰宅。

 まったくデモの話か酒の話か分からなくなったが、とにかく楽しい1日だった。有意義と言ってもいい。そう言えば、若い頃のデモにもアルコールは付き物だったもんな。そうやって歳をとってきて、80目前で同じことしてるって、これ幸せの1種なんじゃないかな。今日はこれから去年7月に75歳で死んだ井川君の偲ぶ会に出かける。おれの偲ぶ会はまだまだ遠い先の話にしてもらいたいものだ。
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2016年03月19日

海外旅行・ベトナム1977年

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月18日
海外旅行・ベトナム1977年

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 通常ブログに挟んで過去40年にわたる海外旅行の記録を綴ることにした。記憶だけに頼ったもの、メモの残っているもの、行く先々で吹き込んだ録音テープがあるものなどまちまちだ。これも終活の一つだというつもりで気軽に気長に続けてみたい。その時には気付かなかった何か発見があるかも知れない。

 おれの初めての海外旅行は1977年のベトナムだ(1940年から46年まで中国東北部・満州で暮らしたがあれは旅行ではない)。ベトナムへは77年9月25日から10月7日まで、新聞・民放ベトナム訪問団の一員としてだ。おれがこの旅行に参加できたのにはそれなりの理由がある。

 おれは68年6月に職場休憩室でベトナム反戦映画を上映してけん責処分になった。これを毎日労組が取り上げてくれて都労委と地裁でたたかい74年に全面勝利した。ちょうど新聞と民放の組合がベトナムを訪問することになりおれをその一員に加えてくれた。費用は全額輪転職場を中心にした組合員のカンパでまかなわれた。訪問団員は新聞10人、民放9人。おれは団の事務局次長を務めた。

 ベトナムは2年前の75年4月にアメリカと傀儡軍を打ち破って全土を解放したばかり。日本からの直行便はない。香港経由でバンコクへ行き1泊。さらにラオスのビエンチャンでもう1泊。羽田を9月25日に発って目的地ハノイに着いたのが27日12時10分。ベトナムは遠い国だった。

 空港からホテルへの途中、バスが2度も故障で動けなくなる。道はものすごい交通渋滞。ハノイに2泊してホーチミン(旧サイゴン)へ、そこで3泊してまたハノイへ戻って2泊。ハノイではホーチミン廟、孤児院、北爆されたお寺など。ホーチミンではアメリカの戦争犯罪展、独立宮殿(旧大統領官邸)、国営農場等を訪問。ホテルにはアメリカが放置した高級ワインがどっさり。いい思いをさせてもらった。

 ホーチミン市滞在中に郊外の避暑地ブンタオへ行った。掘立小屋の並ぶ国営農場を見てきた後では、ジャズの流れるきらびやかなホテル、接客の若い女性のアオザイ姿に違和感を感じた。エビやカニなど折角のご馳走なのに体調の悪さもあって食が進まなかった。ブンタオからの帰途露店でドリアンを買った。

 初の海外旅行ということもあって旅の後半は消化不良と吐き気に悩まされた。油もの、肉類はほとんど受け付けなくなった。帰りもビエンチャンとバンコクに1泊ずつして10月7日に帰国。あくる日には体調が元に戻った。
 
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11318 あれから5年E止/第一原発近くの放射線量

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年03月18日
11318 あれから5年E止/第一原発近くの放射線量

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 2日目は、冒頭に述べた原ノ町駅の「スーパーひたち50号」を訪ねたあと、福島第一原発から至近距離となる国道6号線を走った。線量計は2台使った。

 国道6号の福島県・双葉町−富岡町間(約14キロ)は、原発事故以来、通行禁止になっていたが、14年9月15日に全面開通した。この開通は納得できず、実際の線量を調べるために、14年9月21日、15年11月20日、そして今回16年3月11日に現地を走った。なお、常磐高速道路は、15年3月1日に全面開通している。

 まず線量の許容量をおさらいしよう。
                              ◇
                       【放射線の許容量について】
 世界基準は、年間1m㏜(ミリシーベルト)となっている。したがって、
 1m㏜は1000μ㏜(マイクロシーベルト)だから、
 1000μ㏜÷365日=2.74μ㏜(1日の許容線量)
 2.74μ㏜÷24時間=0.114μ㏜(1時間の許容線量)
                              ◇
 ちなみに東京の線量は、どうなっているか。「東京都健康安全研究センター」(http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/)が都内8ヶ所にモリタニングポストを設置し、放射線測定結果を公表している。それによると、通常は0.03〜0.04μ㏜/hとなっている。

 この線量数値に、噛みついたのが丸川珠代環境大臣だ。今年の2月7日に松本市で開かれた講演会で、「そういう人たちが騒いだ中で、何の科学的根拠もなく時の環境大臣が決めた」ものだ、と発言し物議をかもした。

 下の写真は、最初14年9月21日に測ったものと、今回16年3月11日に測ったものを比較したもの。全体として下がってはいるが、許容量をオーバーしている。

20160318-4.jpg

 原発から一番近い場所、夫沢(おっとざわ)は、目を覆いたくなるほどの高線量だ。これでは健康が蝕まれてしまう。この区間の主要交差点に、避難地域に人が入らないよう監視するため、警備に立っている人がいる。この人たちは、マスクはかけているが防護服は全く身に着けていない。

 私たちのように、調査のために短時間通るだけならいいのだろうが、警備によって長時間放射線にさらされれば、被曝による健康被害者が出るのではないか、そんな心配をした。

 少なくとも、この周辺は、以前と同じように全面通行禁止にすべきだと思う。ここの開通も常磐高速道路の全面開通と同じように、「完全にブロックしている」という首相の発言に基づいているのだろうが、国民の健康を考えるべきだと思った。

 以上が5年目を迎えた被災地の報告だが、「未だ復興せず」が実感であった。(この項終わり)

★脈絡のないきょうの一行
米大統領選挙の候補者・トランプ氏のケイタイ番号など個人情報を国際ハッカー組織が公表。少々やり過ぎでは?

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11317 あれから5年D/お墓と亘理町

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月18日
11317 あれから5年D/お墓と亘理町

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 名取市に入る少し手前、仙台市若林区に共同墓地があった。そこは荒れ果て、墓石が散乱していた。よく見ると、お骨だけは撤去されているようだ。しかし、それ以外は手が付けられない状態となっていた。阪神淡路のときもそうだったが、お墓の整理は一番あとになるのだろうか。「亡くなった人より、生きている人」優先は当然だが、荒れ放題のお墓は悲しいものがあった。

【荒れ果てた墓地/仙台市若林区】
20160318-1.jpg

 震災直後に入った亘理町と現在は様相を一変していた。下の写真を見ていただきたい。

【同じような場所からの写真】
20160318-2.jpg

20160318-3.jpg

 2年前に来たときは、家屋の建設はなかった。今回は写真のように建設が始まっていた。かさ上げをしたわけではない。震災時と同じ場所への建築だ。かさ上げの建物は液状化などが心配だが、同じ場所への建築も忸怩たるものがある。

 そこに住んでいた人にとってはベストの判断なのだろうが、心配は残る。近くの堤防を高くする工事は進んでいたが、それを前提にした建築なのか。この撮影場所のすぐ後ろは名取川の堤防だ。ほぼ河口に位置するが、その周辺を高くする工事は相当な労力を要する。

 ここから1`ほど海よりに港がある。魚介類が水揚げされる場所だ。船が入る場所は荷揚げをしなければならないので、高くすることはできない。津波が発生した場合、この港から水が押し寄せるのではなかろうか。そのときどうなるのか、危ぐは尽きない。
★脈絡のないきょうの一行
北朝鮮、弾道ミサイルを発射。ますます世界から孤立する。北朝鮮の市民が可愛そうだ。
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2016年03月18日

有吉佐和子と井上ひさしを続けて読んだ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月17日
有吉佐和子と井上ひさしを続けて読んだ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 有吉佐和子と井上ひさしの本を相次いで読んだ。有吉佐和子「鬼怒川」は新潮文庫440ページ670円、井上ひさし「東慶寺花だより」は文春文庫472ページ667円(どちらも税抜き)。

 有吉佐和子には「紀の川」「有田川」「日高川」という「川」三部作がある。「紀の川」はテレビドラマだったか映画だったかで観た記憶があるが小説は読んだことがない。「鬼怒川」は茨城県と栃木県にまたがる結城地方で織られる結城紬の織り手の話だ。そういえば、おれの父母の生地は結城郡菅原村だ。

 女主人公のチヨは日露戦争の直後、茨城県側の絹川村から栃木県の絹村へ嫁に行く。チヨは腕のいい織り手だったから嫁ぎ先でも大事にされた。亭主は日露戦争の生き残りの勇士だったが戦争の残酷さから精神が抜け切れない。まともな仕事をやる気にならず、宝探しのようなことをして結局野垂れ死にする。

 チヨは明治、大正、昭和と紬織り一筋に生きるが、亭主、倅、孫と男どもは真っ当に働く意力がない。宝探しのようなことばかりに熱中している。その原因として戦争の影が色濃くつきまとっている。チヨはしょっちゅう「箆棒(べらぼう)なこどだ」と嘆く。いや怒っているのだが、時代の流れには勝てない。それにしてもどうにも救いのないラストだ。もう少しなんとかならなかったのかな。

 井上ひさしという作家は本当に博識だなと思う。巻末にこの小説に関する講演会での話が載っているが、ある意味では本編より面白い。「江戸時代の女性は強かった」というのがこの連作小説の主題。「いっそ大臣も社長も全部女性になって、男性は家で近所の旦那さんとぺちゃくちゃお喋りしたり、買い物に行ったり、とそういう時代を一度つくってみたらどうでしょうか」と著者は真面目に提案する。

 東慶寺は亭主と別れたい女房の駆け込み寺。ギリシャ語を語源とする「アジール」という言葉がある。これは日本語では隠れ場所、聖域、尊い地域、保護区、治外法権の避難所といった意味。東慶寺はまさにそのアジールなのだが、この本を読んでると加害者であるはずの男の方に同情したくなる。

 そもそも古代から江戸時代までは女は男と同等かそれ以上の生活力を持っていた。男女対等でなくなったのは明治維新後で、それが敗戦の1945年まで続いた、というのが井上ひさしの見方なのである。15話の一つひとつにひねりが利いていて苦笑いしたりほろりとしたり小説の醍醐味を堪能させてくれる。

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2016年03月17日

11316 あれから5年C/名取市・閖上(ゆりあげ)地区

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月16日
11316 あれから5年C/名取市・閖上(ゆりあげ)地区

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 名取市閖上の日和山からの光景を見ていただきたい。高さは10b足らずで、階段を少し登ると山頂≠ノ着く。山というより高台で、海が見通せる。おそらくその名のとおり「日和」を見るために利用されてきたのだろう。

 この山自体は「湊神社」と「富主姫神社(とみぬしひめじんじゃ)」の敷地になっているようだ。二つの神社がどういう関係か調べてはいないが、震災前から碑は建っていたようで、震災直後の写真にそれが見える。写真はその碑に寄りかかるように、流されてきた家屋が横たわっている。(※注・震災直後の写真は仙台市の佐藤康雄氏提供、直後の3月28日に撮影したもの)

【日和山山頂≠ゥらの様子1】
20160316-1.jpg

 当時の地元新聞「河北新報」に、震災直後にこの周辺を取材した記者がレポートを寄せているが、この家屋付近で遺体が見つかったという。さらに、周辺の道路には自家用車が押し潰され、複数の遺体を見たという。

 名取市の大震災による犠牲者は1000人を超える。そのうちの75%がこの閖上地区に集中している。ゼロメートル地帯の悲劇である。

【日和山山頂≠ゥらの様子2】
20160316-2.jpg

【日和山山頂≠ゥらの様子3】
20160316-3.jpg

 Aの写真は山から内陸方面を、Bはその逆で海側方面を写したものである。がれきが撤去されただけで、住宅の建設は皆無である。Bの写真の人物は捜索にきた自衛隊員だと思われる。

 この日和山には10日に行ったが、翌日の準備だろう周辺は賑やかだった。15分程度の滞在だったが、参列者が途切れることはなかった。この場所は高台で目立つためだろうか、被災地の代表格ともなり、テレビでは必ずと言っていいほど出てくる。

 土盛り工事が進められていた。そのためだろう、ダンプカーが次々とやってくる。そのために一般車は規制され遠回りしなければならない。前回来たときに、土盛りの高さを示す表示板を見たがそこまでカサ上げするのだろう。

【ダンプが激しく行きかっていた】
20160316-4.jpg

 その上に家屋を作る計画なのだろうが、果たしてそれで強固なまちができるのだろうか。土盛りした部分の地質は当然柔らかくなる。その上に建つ家屋もまた不安定にならないのか。液状化は起きないのか、心配ではある。

★脈絡のないきょうの一行
アメリカのコロンビア大教授のジョセフ・スティグリッツ氏が、来年の日本の消費税増税を先送りすべきだと提言(毎日新聞)。識見である。

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2016年03月15日

11315 あれから5年B/大川小学校と日本製紙

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年03月15日
11315 あれから5年B/大川小学校と日本製紙

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 震災直後には訪ねていないが、この石巻市立大川小学校のことに触れないわけにはいかない。

 「2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う津波が地震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある同校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡した。スクールバスの運転手も死亡している。」(ウィキペディア)

 これが当日の概要と被害だが、この時の全児童数は108人だったというから、実に68.5%が犠牲になったことになる。「どうして逃げなかったのか」といいう疑問は遺族のなかに渦巻いた。

 その問題を突き詰めようと2012年12月、この惨事を検証する第三者検証委員会が設置されて調査が行われたが、その報告に対して目新しい情報もなく、生存者の聞き取りも行っていないなどの批判が噴出した。

 その報告を不満として、あくまでも真実を知りたいという児童23人の遺族が14年3月10日、宮城県と石巻市に対し総額23億円の損害賠償を求める民事訴訟を仙台地方裁判所に起こしている。

【大川小学校/いくつかをまとめた】
20160315-1.jpg

 校舎は残されたままである。グランドの片隅に慰霊碑が建っている。碑にはこの地域で津波によって亡くなった人の名前が刻んである。もちろん児童の名前もだが、8歳、9歳と書かれたそれは涙を誘う。裁判の進捗状況に目が離せない。子どもを亡くした親の気持ちはいかほどか。心が痛い。

 石巻市の市街地から少し離れた、港寄りに位置する日本製紙に足を運んだ。最初に訪問したとき、周辺はヘドロ状態で臭いもひどかった。いわゆるあのヘドロの臭いである。ところが現在は見違えるほどに整備されている。しかし紙庫があったと思われる場所は、がれきが撤去され広場になったままだ。

【石巻市・日本製紙】
20160315-2.jpg

【上記写真の反対側。すっきりし過ぎ?】
20160315-3.jpg

 これで復興した、と言えるのだろうか。日本製紙といえば大企業で、被災1年後に訪ねたときは煙突から煙が出ていた。煙は操業中の証しでありほっとしたものだ。ところが5年を経た現在でも、煙は複数の煙突から上がっていたものの、周辺はお世辞にも元に戻ったとは言えない。

 このあたりはやっと復旧した、程度ではなかろうか。復興への道は遠いと言えそうだ。

★脈絡のないきょうの一行
民進党の名、想像以上に悪評(産経新聞)。昔、新進党というのがあったことも影響か?
posted by マスコミ9条の会 at 17:46| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

11314 あれから5年A/石巻市街地

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月14日
11314 あれから5年A/石巻市街地

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 大震災後、私が石巻市に入ったのは高速道路が使えるようになった、11年4月16日のことだった。1ヶ月余のこの時期、ガレキなどは手つかず状態だった。道路は車がやっと通れる程度で、商店街は閑散としており人の気配は感じられなかった。

【商店街の様子】
20160314-1.jpg

 5年目の現地は、ガレキが撤去されてはいたものの時間(早朝9:30頃)が早すぎたこともあるかもしれないが、人通りはなかった。が、看板を掲げ営業を始めた店もあり、復興は遅々としているが進んでいるといえる。が、住民が戻らない限りホンモノにはなりえない。

【撤去が済んだだけ】
20160314-2.jpg

20160314-3.jpg

 上記2枚は、河口に近い門脇町だ。きれいさっぱりガレキがなくなり、「定点」を探すのに苦労した。@の根拠となったのは右下の黄色のポールだ。これはカーブミラーで場所を確定することができた。写真の右手すぐに旧北上川の河口があり、家屋の建設が禁止されているのだろう、ご覧のとおり広場≠ノなっている。

 Aは河口まで見通せるほどきれいになった。2年前に来たときは、まだ建物があり見通せなかったが、その建物も撤去されたのだ。文字通り平地になっていた。ここに到るまで5年。かつての町並みを取り戻すにはあと何年かかるのだろうか。

★脈絡のないきょうの一行
民主党と維新の党の合流後の名前は「民進党」。民主主義を進める。まあまあかな。
posted by マスコミ9条の会 at 07:03| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

11313 あれから5年@/止まった時間

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年03月13日
11313 あれから5年@/止まった時間

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 あれから5年。定点観測≠目的としながら10、11日に被災地を訪ねた。その報告をしたい。しばらくおつきあい下さい。

 時間の止まった列車があったとは、この記事を見るまで知らなかった。その南相馬市の原ノ町駅の「スーパーひたち50号」に会いに行った。とりあえず以下。

                           ◇=◇=◇
5年前のスーパーひたち、駅に止まったまま
写真・文 林敏行
朝日新聞デジタル 2016年3月4日12時20分


 福島県南相馬市のJR常磐線・原ノ町駅。5年前の3月11日、午後3時9分発の上野行き特急「スーパーひたち50号」が、今も止まっている。雨だれの跡や大きなさびで、4両編成の白い車体はくすんで見える。

 取り残されたのは、常磐線の一部が、東日本大震災による津波や原発事故で、再開できないためだ。原ノ町駅から南46キロの竜田駅までの一部は、帰還困難区域に指定され復旧が進まない。北側も、約20キロ先の相馬駅までは運転を再開したが、その先の一部が津波で不通になっている。

 今月中旬から、JR東日本はこの車両の撤去を始める。同社によると、同型車両の多くが運用を外れ、再び走るのは難しいという。(写真・文 林敏行)
                           ◇=◇=◇

【「ひたち」と請戸小学校】
20160313-1.jpg

 「ひたち」は疲れ切った車体を横たえていた。5年間、風雨にさらされ色もくすんでいる。この車両を使うことはかなり難しく、近く撤去され廃車にするという報道もある。廃車ではなくあの大震災の生き残り≠ニして、食堂などの別の活用法がないものか、残念である。

【歩道橋からの「ひたち」】
20160313-2.jpg

 浪江町の請戸(うけど)小学校でも同じようなものを見た。許可を得て13年10月に訪ねたが、講堂の時計は津波が到来した時間に止まったままとなっていた(写真)。地震発生からほぼ1時間後だが、その「時」が間違いなく刻まれている。

 この請戸小学校の教室には、捜索に入った自衛隊員などが「がんばれ」のメッセージを黒板に書き込んでいた。これを永久保存するという。大震災を忘れない≠スめにも、「ひたち」も含めて、残してほしいと願うのは私だけだろうか。

★脈絡のないきょうの一行
安倍首相、野党共闘の前進に「民共勢力との戦い」などと反共攻撃に躍起。断末魔にしては早すぎる。
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2016年03月13日

野球賭博から統一球疑惑を思い出した

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月13日
野球賭博から統一球疑惑を思い出した

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 巨人軍の高木投手が野球賭博を行っていたことが判明、球団の渡辺最高顧問、白石オーナー、桃井会長が辞任した。本来ならこの辞任劇に連座してもおかしくない原辰徳氏は、昨年10月、すでに監督を自ら退任している。原退任後、笠原投手ら3選手が賭博行為で契約解除。どうも原元監督が怪しい。

 おれが原元監督を胡散臭い男だと思ったのは、3年前の例の「跳ぶ統一球問題」に関してだ。プロ野球の2013年シーズン初めからそれまで数社製のボールを使っていたのをミズノ製だけにした。これが「統一球」だ。この球がよく跳ぶ。4月段階でホームラン数が前年の1.5倍。どうもおかしい。

 6月11日にプロ野球選手会が日本野球機構(NPB)に問い質した結果、統一球の反発係数が以前より高くなっていたこと、それが口止めされていたことが判明した。マスコミも取り上げて大問題になった。しかし疑問の矛先はNPBに向けられただけで、球団側はむしろ被害者扱いだった。

 おれはこの問題を本ブログで、13年6月12日、17日、24日の3回にわたって取り上げた。おれがおかしいと思ったのはシーズン開幕からの巨人の「快進撃」だ。開幕から1カ月の成績は18勝3負2引き分け。驚異的な数字だ。ところがその後セパ交流戦終了時点では37勝22負3引き分け。開幕1ヵ月時点からの成績は19勝19敗1引き分け、あまりに違いすぎるではないか。

 さらにおれが疑問を感じたのは、この種問題では必ず発言するプロ野球のドン渡辺氏が沈黙していること、それに原監督が記者会見でNPBを評価したことだ。これらを綜合すると次のような仮説が成り立つのではないか。

 「渡辺氏と原監督は統一球の反発係数変更を事前に知っていたのではないか。ボールが跳ぶことを知って試合するのと知らないでするのではどちらが有利かはっきりている。それが開幕1ヵ月の快進撃となった。だんだん他球団も統一球の変化に気づきそれを織り込んだ試合をしたから快進撃は止まった」。

 そもそも原元監督は2006年、昔付き合ってい女性とのスキャンダルを揉み消すため1億円を暴力団関係者に支払った過去がある。今度の巨人軍選手の野球賭博事件も暴力団員が絡んでいると言われる。暴力団との関係では原氏の方が先輩だ。責任をとらなくてはならないようなシーズン成績でもないのに「潔く」自ら退任した裏には何か黒い事情かあるような気がしてならない。

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2016年03月12日

FOODEX・JAPAN16に行った

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月11日
FOODEX・JAPAN16に行った

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昨日、地域の地酒の会有志6人で「FOODEX JAPAN 2016」(国際食品・飲料展)に行ってきた。前日会議後飲んできて早めに寝たせいか、深夜に小便とともに目が醒めてしまった。眠れなくなり、2時間ほどパソコンに向かっていて明け方二度寝したらぐっすり。女房に「いつまで寝てんのよ。もう8時半よ」と起こされてさっと顔を洗い、朝めしをかきこんで常盤平9:07に飛び乗る。

 新八柱9:13発の武蔵野線で海浜幕張へ。ひと頃はマリン球場へ足繁く通った駅だ。幕張メッセへは人波が途切れなく続く。幹事が用意してくれた招待券で入場。もし窓口で入場券を買うとすると5000円するそうだ。セキュリティが厳しい。手提げ袋の中身を見せて入場口を通過する。

 会場はムッとする人いきれと食品の匂い。それに暑い。ジャケット1枚なのに汗が出てくる。まず国内出店ゾーン。全国各県ごとにまとまって出店がある。チーズ、ハム、野菜、魚介類、惣菜など食品も多彩だが、何といっても酒類の出品が目に付く。それぞれの出店で試飲をさせてくれる。これがうまい。

 出店は製造元や問屋で、おれたちは一応小売店・料理屋などを経営したりその従業員ということになっている。向こうさんは愛想よく酒を飲ませて売買契約をとりたいらしい。商品説明もしっかりやってくれる。それを真面目顔で聞きながら何件もハシゴしているうちに酔いが回ってきた。

 混乱している通路をどんどん進んで海外出店ゾーンに踏み入る。これが素晴らしい。まずアメリカ、メキシコカナダ、のコーナー。アメリカ産の牛肉の展示がどどっと目に付く。TPP協定発効を見越しているのかな。JETROのコーナーがあって、アルバニア、ウズベキスタン、ガーナ、カメルーン、コートジボアール、ジンバブエ、スリランカ、スーダンなど遠くの小さい国の食品を紹介していた。

 ベトナムのコーナーがあったからビールのBBBがあるかなと期待したが生春巻きしかなかった。インドネシアコーナーにもビンタンビールの陳列はなかった。イタリアコーナーで試飲した北部トスカーナ地方のワインは抜群においしかったが、1ボトル5000以上の値が付いていた。

 閉館近くの16:45に外へ出た。館内は汗だくだったが身を切るような寒さだった。うまい具合に武蔵野線直通の電車で新八柱まで座ることができた。朝からうまい酒とつまみに満足した1日だった。
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2016年03月08日

判決の実効性を確保した辺野古「和解」

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年03月07日
判決の実効性を確保した辺野古「和解」

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 労働委員会に「審査の実効確保の措置勧告」という制度がある。労働委員会規則第37条の3「審査中であっても、審査の実効を確保するために必要な措置をとることを勧告することができる」がその条項。当事者が勧告に従わなくても罰則はないが、おれの経験ではその割には効果がある制度と言える。

 こんな事件があった。外国映画の試写会などやっていた事業体が、銀座のビルを従業員付きで不動産屋に売ってしまった。従業員37人は映演共闘全洋労の組合員で、ビル売却・事業所閉鎖を組合潰しの不当労働行為として都労委に申し立てた。1978年のことである。事件は調査、審問の手続きに入った。

 その矢先の79年6月10日未明、ビルを買い取った不動産屋が暴力解体屋を使ってビルの打ち壊しを始めた。ビルの中には職場占拠した組合員と支援者がいて揉み合いになった。組合は都労委に「ビル打ち壊し中止の実効確保の措置」を申し立てた。都労委はすぐさま会社を呼んで打ち壊しをやめるよう勧告した。

 半分暴力団のような不動産屋だったが、東京中の争議団がビルを守るために結集したのを見てさすがに打ち壊しはあきらめて都労委の勧告に従った。その後いろんなことがあったが、申立から2年後の80年9月、5億5000万円の解決金を組合に支払って和解が成立した。ダイナミックな事件だったな。

 ところでこの3月4日、国と沖縄県双方が福岡高裁那覇支部の「和解勧告」を受諾し、国はすぐさま辺野古新基地建設工事を中止した。このことについて5日付『毎日』は「決着事実上先送り」「とりあえず最終決着を先延ばししたにすぎない」と冷めた見方だ。これに対して『赤旗』は「政権の強硬路線破綻鮮明」「国を追いつめた 辺野古工事中止の和解成立」(5日付)と工事中止の和解を高く評価している。

 いま国と沖縄県は辺野古基地建設をめぐって訴訟で対立している。しかし、訴訟進行には時間がかかる。その間に工事が一方的に進められたらどうなるか。沖縄県側が訴訟に勝っても既成事実が先行して復元が不可能になる。判決の実効性が失われる恐れがある。「実効確保の措置」が必要なのだ。

 翁長沖縄県知事の言うように「行政として判決に従うのは当然」なのだ。問題は判決の実効性をどう担保するかということだったが、今回の「和解」でそれが確保されたことは凄いことだとおれは思う。
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11312 保育園落ちた!!!

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年03月07日
11312 保育園落ちた!!!

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 最近話題の「保育園落ちた」ブログの全文は以下。痛いほど気持ちが伝わってくる。不覚にも、読んでいて涙が出てしまった。表現は過激だが、実に今の日本の政治の問題点を衝いている。こういう声を聞く耳持たぬ安倍政権は、妥当、いや打倒しかない。

                              ◇
 保育園落ちた日本死ね!!!

 何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

 子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ? 何が少子化だよクソ。

 子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

 オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

 ふざけんな日本。

 保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。

 国が子供産ませないでどうすんだよ。金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。

 不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。まじいい加減にしろ日本。
                               ◇

 このブログのURLは以下。
http://anond.hatelabo.jp/20160215171759

 その後のツイートもすごい。以下、参考まで。
https://twitter.com/hoikuenochita

★脈絡のないきょうの一行
消費税増税の実施時期の延長議論、早い話しが選挙目当てでしょ。「延長した」と恩を売って票をかすめ取ろうという作戦。ミエミエだね。

posted by マスコミ9条の会 at 08:03| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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