2016年05月30日

「増税延期」を国民はどうとらえているか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月30日
「増税延期」を国民はどうとらえているか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 『毎日』が世論調査を実施し本5月30日付紙面で結果を発表した。「増税延期『賛成』66%」「内閣支持率5%増49%」。安倍首相がサミット終了後の26日、「世界経済はリーマン・ショック前に似ている」との認識から消費税引き上げの再延期を表明したことを受けての国民の反応だ。

 国民は誰でも増税に反対なのだから、たとえ「延期」でも、また理由が訳の分らぬものであっても、「賛成」する。それが「延期を決断」した安倍内閣の支持率を押し上げる結果にもなった。ただし自民党支持率は33%で変わっていない。安倍首相のパフォーマンスが一部国民に受けたということだろう。

 「世界経済はリーマン前」という安倍首相の認識に、海外メディアは一斉に批判を集中している。「増税延期の口実」(英フィナンシャル・タイムス)、「安倍氏はG7首脳を納得させられなかった」(英BBC)、「悲観主義で驚かせた」(仏ルモンド)、「あまりにも芝居がかっている」(米CNBC)、「巨額の財政赤字を抱える日本が、他国に財政出動を求める資格があるのか」(新華社通信)など。

 リーマン・ショックとは07〜08年の世界金融危機のことで、その引き金になったのは米国のサブプライムローンだ。プライム(優良客)以下のサブプライム層にやたらとローンを組んで住宅をつくらせた。当然貸倒れが出る。米国金融筋はこの最悪なローンを混入させた金融商品を発案して売りまくった。そこからリーマンブラザースの倒産やAIGの国有化に至る世界的な金融危機になった。

 安倍首相が新たな「サブプライムローン」を発見し、このまま行くと8年前の世界金融危機の再来になると告発したとしたらそれは大したことだがそんな事実は何一つ示せない。ドイツのメルケル首相に「世界経済はある程度安定した状態だ」と一蹴されるくらいのお粗末な論理だ。

 しかしどんなお粗末な論理でも、うそっぱちでも、結果が「増税延期」ならそれを支持する世論が生まれるのはある程度やむを得ないのではないだろうか。『毎日』は「野党支持層でも延期『賛成』が『反対』を上回った。民進党や共産党は、首相が財政政策で責任を果たしていないとして退陣を求めているが、支持層にどう訴えるかに苦慮しそうだ」と指摘する。変化球をどう打つか迫られているわけだ。

 『毎日』アンケートで「比例代表でどの党へ投票するか」との問いに共産党が8%で公明党の7%を上回った。安倍首相のパフォーマンスにごまかされない国民も増えているということだ。がんばろう。

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11343 熊本(九州中部)地震E

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月30日
11343 熊本(九州中部)地震E

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 道路際に下記写真の家屋を見つけた。「ありがとう がんばるぞ熊本西原村」と壁に書いてある。その家自体、屋根瓦が散乱していたが「地震に負けない」という思いだろう。雲仙普賢岳の火砕流災害の時、「普賢さんに負けたらいかん」という大きな横断幕が掲げられ、メディアにも取り上げられて話題になったことがあるが、被災者の心意気を感じる。

 このような書きつけを見るとこちら側が励まされる思いであった。

【がんばるぞ熊本西原村=z
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 西原村をあとにして、南阿蘇村に入った。写真はう回路を使って、高台から撮影したものだ。少し見えにくいかもしれないが、のどかな田園風景である。この村が大地震によって大きな衝撃を受けたのだ。

 少し見づらいが、写真左手の山の地肌が茶色になっている。これは最近崩落したものと思われる。地震による山の崩落で大きな被害が出た。この状況は08年6月の「岩手・宮城内陸地震」の被害状況とオーバーラップする。荒戸沢ダムあたりで大規模崩落が起きて、まるでグランドキャニオン状態になっていた。これもまた、直下地震の怖さであった。

【田園風景の南阿蘇村。知らなければ地震があったとは思えない】
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【荒戸沢ダム近くの崩落現場(09年10月撮影)】
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 南阿蘇村から阿蘇山を正面にして、東側・高森町を経て車は阿蘇神社に向かった。余震はつづいており、山間部を走るとき、「急ぎたい」という思いがそうするのだろう、ついついアクセルを踏んでしまう。

 阿蘇神社の状況は、まず写真を見ていただこう。楼門の写真は、倒れる前のものを神社の正面に掲示したありそれを使ったもの。最後は本殿である。

【倒れる前の楼門】
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【倒れた楼門の屋根(裏側あたりから)】
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【崩落した拝殿】
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 これは立派な楼門(2階建てになった門)だ。歴史と格式を感じさせる。神社の参道の土産物屋のおばさんは「1回目は大丈夫だったが、2回目の地震で倒れた」という。2回目の本震が直撃したのだ。確かに見るからに屋根は重そうだ。

 2枚目は楼門の裏側あたりから撮影したもの。立ち入り禁止になっており、近づけなかったが様子は分かる。倒れたときは真夜中だったため、人的被害がなかったのがさいわいだ。

 3枚目は、崩落した拝殿である。中央部の崩れたところがそれである。ここも楼門と同じように2回目に崩れたという。たまたま熊本県議会の議員さんたちが視察に来ていた。中央は宮司さんだろうか説明しているようだ。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
野党、内閣不信任案を提出。虚々実々の国会運営。うんざりするね。
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11342 熊本(九州中部)地震D

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月30日
11342 熊本(九州中部)地震D

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 ブログのアップが少し停滞しました。ご容赦を。

 益城町を通過して西原村に入った。今回の地震の原因ともなった布田川活断層のあるところだ。なんとかして亀裂の入ったその現場まで行きたかったのだが、道路は寸断されており、諦めるしかなかった。しかし、活断層の上にある村≠ニでも言おうか、破壊力はすごいと思った。

【西原村@/破壊力はすごい】
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 上の写真は左側が神社の入り口で、神社を取り囲む石垣が崩れ落ちていた。熊本城の様子とよく似ている。重機を使わなければこの石は持ち上げきれないだろう。すさまじい破壊力である。この石垣は写真の右奥に30メートル以上はつづいているが、これが全て崩落していた。これは復旧に相当な時間がかかるだろう。

【西原村A/倒れかけた家屋】
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 これは見るからに危ない状況である。もちろん、人は住んでいない。もう一度震度6クラスが襲えば、倒れるだろう、そんな気がした。被災地を歩くときは準備したヘルメットを着用しているが、それでも現場からは足早になる。

 下の写真は、上記のほぼ向かい側の家の入り口を撮影したものだ。赤い「危険」と書いた紙が貼られている。この紙が貼られた家は、基本的には入れないことになっている。しかし、そこに住んでいた人は、簡単にはいかない。生活必需品を取り出すために、出入りは必要だからだ。

 この紙は通称「赤紙」と呼ばれる。これを貼られた家で、全壊でなければ国からの補償金は極端な減額となる。住み続けることができないにもかかわらず、だ。どこかで線引きをしなければならないのだろうが、釈然としない。

【「赤紙」が貼られた家】
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 95年の阪神淡路大震災のとき1か月後に被災地に入ったが、「危険」貼り紙の家屋にローソクで暮らしている人を見かけた。これは危ない。しかし、住む場所が確保できない限り、そうせざるを得ない被災者にとってやむを得ない選択だったのだろう。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
中止なら分かるが経済策の失敗を国際経済≠フせいにして、消費税増税2年半延期? フザケルナ。
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2016年05月28日

海外旅行・中国(1993年)B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月28日
海外旅行・中国(1993年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 (東京街訪問のメモが残っていた。そのまま写す)
 8月22日8:00 瀋陽(奉天)遼寧賓館(大和ホテル)出発。日曜の朝。街はもう自転車でいっぱい。瀋陽ー遼陽 高速道路74km 約1時間半で遼陽市内に入り、そこからさらに30分。東京陵経済特別区へ。遼陽総工会の幹部が同行、慶陽化学工業公司のお偉方が最大の歓迎をしてくれた。

 立派な会議室でビデオを見ながら特別区の現状の説明を受ける。その後46年前おれたち一家が住んでいた桜ケ丘地区へ。背景が200〜300mくらいの吉野山、頂上に日本が建てた吉野神社。煉瓦造りの当時の日本人住宅が残っている。もっと整然としてるとの記憶だったが、家の配置はさまざまだ。

 その1軒に入らせてもらう。1DKだ。1棟3DKの家を間仕切りして2世帯で住んでいるということか。南北になだらかな傾斜地。おれがあらかじめ記憶に基いて送っておいた街の略図が実に正確だった。おれが通っていた小学校(桜ケ丘国民学校)は建て替えられて中学校になっていて、そこの校長先生(45歳くらい)が出迎えてくれた。おれと女房と3人で記念写真。おれが書いた略図通りの場所に病院があった。

 30分ほどで工場に戻る。この工場は日本の関東軍火工廠(火薬工場)の施設を使っている。今も火薬が主要製品だが、化学肥料、石鹸、薬品、ティシュペーパーもつくっている。従業員約1万人。12:30から工場が経営しているレストランで歓迎の昼食会。豪華なご馳走に高粱酒とビール、すっかり酔ってしまった。
      ◇     ◇     ◇     ◇     ◇
 午後は遼陽市内に戻り白塔を見学する。ここは在満当時何度か来たはずだが、記憶がよみがえる、とまではいかない。外観は素晴らしいが内部はそれほどではない。バスで朝通った高速道路を走って瀋陽遼寧賓館に戻る。夕食はホテル内レストランで。アヒルのロースト、雀のタレ焼き、水餃子、白菜とベーコンの酸っぱいスープ。いずれも美味。部屋に戻って二次会。深夜まで盛り上がった。

 23日は国内航空で西安へ。その日は西安皇城賓館(ロイヤル西安ホテル)に着いて寝るだけ。翌日兵馬俑の見学。そのスケールの大きさに圧倒された。市内には日中戦争当時の蔣介石や張学良にまつわる遺跡が残っていた。郊外の城壁からシルクロードを眺望。悠久の中国大陸を実感した。明日は上海だ。

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2016年05月27日

サミットにことよせた政権の企み

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2016年05月26日
サミットにことよせた政権の企み

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 5月20日付の『週間金曜日』の小さい記事。「大阪府警『詐欺容疑』で捜索」「狙いは『運動弾圧か』」。「大阪府警公安三課は5月2日、『詐欺容疑』で、『米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会/近畿連絡会』に参加する団体の事務所5カ所と、個人宅11カ所を捜索した」。

 何の容疑で捜索したのか。捜査令状だけでは分からないという。団体側の弁護士は「個人の携帯電話も押収されたが、捜査された側にとっては何が『詐欺』だったのか分からず、納得できるはずがない。しかも伊勢志摩サミット反対運動関連の資料も多数押収されており、狙いが運動の弾圧と見られても仕方がない」と指摘する。

 別の情報によれば、詐欺容疑は公文書偽造だという。捜索された団体が以前会議で公共施設を使用した際、労働組合の名前にした方が使用料が安くなるので団体名でなく労組名で使用届を申請した。それが詐欺に該当するというのだ。あまりにも悪質なこじつけである。団体がいわゆる過激派だとしても酷過ぎる。

 サミット関係の警備が近畿圏を中心に首都圏でも異常と言えるくらい厳重に行われている。昨夜、テレビ朝日のJチャンネルを見ていたら正直寒気がした。「厳戒あすサミット開幕▽対テロ部隊がマル秘特訓 独占撮影!カメラが見たサミット警備の最深部」という番組宣伝文句通りだ。まるで戦争だね。

 特訓中の隊員は胸や背中に「POLICE」のマークをつけているが、やってることは米海兵隊なみ。テロ犯人に体当たりし、命がけで取っ組み合いをする。100メートル走ってから銃をとり、標的に命中するまで射撃訓練。的を外すとまた走らなければならない。30代の隊長の号令が凄い。「お前らそんなことで国を守れるのか」。まるで戦争中の帝国軍隊だ。あんな人殺しの訓練が許されるのかな。

 第一、ISなどのテロ集団が日本に来たとして「はい私がこれからテロを決行します」とばかりに姿を現すものなのだろうか。おれはサミット警備にことよせて別の意図で国民を脅かしているのではないかと疑う。警察でさえあれだけのことするのだから自衛隊ではどんな訓練をしているのだろう。

 大阪府警公安三課のこしじつけ捜索と言い、空港、駅、街頭の過剰警備と言い、憲法に緊急事態条項を加えようと企む政府の意図が見え見えだ。そんなにテロが心配ならサミット招致を止めればかったのだ。
posted by マスコミ9条の会 at 06:28| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月25日

海外旅行・中国(1993)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月25日
海外旅行・中国(1993)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 翌朝6時に起きてテレビで日本の衛星放送を見た。時差1時間だから7時のニュースと朝ドラの「ええにょぼ」。朝食は白粥2杯、コーン入り粥2杯。ちょっと食い過ぎだ。9:00にバスでホテルを出て高速道路へ。途中、車同士の交通事故に出くわす。両方の運転手が路上にしゃがみこんで話し合っていた。

 10:30十三陵着。壮大な地下宮殿を見学。見学中に突如停電し、非常灯は点いているいるもののひやひやもの。停電ということもあり、地下宮殿はそれほどの感銘はない。早く外へ出たかった。12:00にやっと地上へ。しばらくバスに乗って昼食。トイレ(公共厠所)に入ったら3角とられた。

 バスはさらに郊外に向かい、次の観光名所万里の長城へ。小高いところまで階段を上がって回りを見る。なるほどはるか彼方まで城壁が続いていた。それは歴史的にも凄いことなのだろうが、おれには「ああ疲れた」という程度の感慨しかない。早くホテルに帰って休みたくなった。ダメだな。

 夜は北京市内の有名店で北京ダック。最初に旨そうに一匹丸ごとローストされたアヒルが出てくるがすぐ引っこめられる。春巻きの皮にアヒルの皮とネギをくるんでみそダレを付けて食べる。そんなに美味いものではない。さっきのアヒルの肉の方を食いたい。食後屋台を覗きながらホテルまで歩いて帰る。

 翌21日の19:00に北京空港を飛び立ち瀋陽へ向かう。瀋陽桃仙空港着陸が20:30。マイクロバスでホテル遼寧賓館へ。日本統治中は「大和ホテル」と言い、日本人向けの高級ホテルだった。

 おれが3歳から9歳まで満州にいたことはあらかじめ中国側に知らせてあった。住んでいたのは遼寧省遼陽市東京街朝日町四の弐。瀋陽からバスで2時間ほどかかる。日本の軍需工場を中心にした1万人の日本人町だった。おれは川村さんに言われて当時住んでいたところの略図を描き中国側に渡してあった。

 22日は朝から遼陽総工会が案内を務めた。瀋陽からの高速道路は快適だった。遼陽が間近になって「今渡ったのは太子(たいし)川です」とガイドさん。この川はおれの記憶にあった。親父と魚釣りをしたはずだ。バスは東京街に着いた。おれは東京街という名前は日本人がつけたと思いこんでいたが、そもそもここは東京(とんきん)陵という古代のお墓があったところ。そこへ街をつくったから東京街なのだそうだ。

posted by マスコミ9条の会 at 12:24| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日

巨人が清原を壊したのではないか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2016年05月21日
巨人が清原を壊したのではないか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 覚せい剤取締法違反に問われた清原和弘被告が5月17日、東京地裁の初公判で検察側から懲役2年6月を求刑された。「清原被告『薬に負けた』」「懲役2年6月求刑 東京地裁」「『引退後に社会適応できず』」「肩落とししょんぼり」「弱さ前面『素の姿』見せる」(5月18日付『毎日』)。

 清原は人間として壊れてしまった。誰が、何が壊したのか。もちろん本人の意志の弱さとか、思い上りとか、自己責任に起因することはあるだろう。しかしおれはそれだけではないと思う。読売ジャイアンツという野球チームのことがどうしてもひっかかる。清原を壊したのは巨人ではないのか。

 清原は少年時代から熱烈な巨人フアンだった。高校野球の頂点に立った。どうしても巨人に入団したかった。巨人も自分を待っていると思った。もしドラフト会議で抽選に外れたら一年はノンプロに在籍しても巨人を目指す。そう腹に決めた。そして迎えた1986年のドラフト会議。清原は地獄に落ちた。

 巨人の一位指名は高校の僚友桑田真澄だった。桑田は早くから早稲田進学を表明していた。他球団は指名しても無駄だと判断した。指名したのは巨人だけ。明らかに巨人と桑田は裏で示し合わせていたのだ。18歳の清原はぎざぎざに傷ついたに違いない。結局清原は抽選で指名権を得た西武に入団した。

 西武における清原は、新人王を獲得するなど主力打者として活躍した。ロッテフアンのおれは何度も煮え湯を飲まされた。それだけ活躍しても清原には巨人へのこだわりは消えなかった。入団時の悔しさがトラウマになって残っていた。西武入団から10年、1997のシーズンから巨人のユニホームを着ることになる。

 しかし10年という歳月は清原にとって残酷だった。怪我にも悩まされたが球団やフアンの期待に応えることはできなかった。そこそこの成績はあげたが、周囲の評価はゼロだった。8年在籍してついに球団から戦力外通告を受けた。解雇である。そもそも巨人は他球団の主力選手を金で移籍させては使い物にならないと雑巾のように捨ててしまう。清原もその1人だった。

 パリーグのオリックスが38歳の清原を拾ってくれたが、もう体力的にも技術的にもプロ野球のレベルではなかった。清原の自白によればその頃クスリに手を出したという。こう見てくると清原という野球の逸材を壊したのは誰か、はっきりするではないか。巨人はブラック企業だというのがおれの結論だ。
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11341 熊本(九州中部)地震C

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月20日
11341 熊本(九州中部)地震C

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 中越沖地震は、2007年7月16日に新潟県中越地方で発生。M6.8、柏崎市、刈羽村、長岡市では震度6強を観測した。私は現地(柏崎、刈羽)を、地震発生4日後の7月20、21の両日に訪ねた。その写真が下である。さらにその下の今回の益城町と比較していただきたい。

【中越沖地震・倒壊した柏崎市内の家屋/2007年7月20日撮影】
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【益城町の現場C】
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 崩れ方が実によく似ている。何か強力な力で踏みつぶされたようである。直下からくる揺れは、家屋の支柱に強烈なダメージを与えて倒壊に至ったのだろう。震源地の深さは、中越沖は23q、熊本は11qと観測されているが双方とも浅い方だ。震源地の深さと破壊力の関係がどうなっているか、詳しくは知らないが浅い方が力は強いと思われる。

 下のような家屋を見つけた。作りは新しい。しかし1階部分が押し潰された形になっている。見ていただきたいのは左奥の家だ。この家も新しそうだが、外観は無傷状態だった。隣り合わせで新しい家にもかかわらず、片方は押し潰されている。

 不思議な光景である。この違いが被災者どうしの意思疎通に支障をきたすことがある。東日本のときもそうだったが、津波が自宅の目の前まできたものの、家は流されずに済んだ家族が「お宅は良かったですね」と言われたとき、申し訳ない気持ちになった、という話しを聞いたことがある。

【益城町の現場D】
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 益城町の山間部にも行ってみた。これまで見て来たような家屋の倒壊はなかったが、屋根瓦が落ちてブルーシートがかけられてあった。ブルーシートは災害発生時に実に役に立つ。雨風をしのぎ、寒さを防ぎ、屋根に張れば雨漏り防御になる。今回も直後にブルーシートを求める列ができたという。

【益城町の現場E/山間部の集落】
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 車は、益城町を通り過ごし西原村に入った。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
今春卒業の大学生の就職率(4月1日時点)は前年春より0.6ポイント上昇(時事通信)。喜ばしいことだが、生活は大丈夫か。
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2016年05月20日

海外旅行・中国(1993年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月20日
海外旅行・中国(1993年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 1993年8月18日〜28日、北京―瀋陽―西安―上海を巡ってきた。全印総連が中国総工会との間で印刷技術の交流をしていた関係で、東京地連の多分書記長だった川村さんが手配をしてくれた旅行で、おれが1946年8月まで住んでいた遼寧省遼陽を訪ねることも目的の一つ。忘れられない旅行になった。出版の森下さんが団長、映画の堀江さん、山本さん、民放の川村女子とその友人などがメンバー。うちは夫婦。

 18日12:45、成田空港待合室。メンバー8人が揃いミーティング。14:55、AIR CHINA(中国国際航空)CA918便で北京へ向けて離陸。すぐに食事が出る。缶ビールとビーフシチュー、サラダ、缶詰の桃、珈琲。満足して眠る。17:50(時差1時間)北京空港着陸。涼しい。

 ホテルは北京ニューセンチュリーホテル(新世紀飯店)。新築で明るくい建物だ。しかし部屋の施設は問題が多い。例えばバス。お湯を張ったら栓が抜けない。どうやっても抜けない。仕方ないので湯を入れたままホテルを出た。ホテル近くのレストランで夕食。ホテルに戻ってみんなと飲む。

 2日目、朝食はバイキング形式。おかゆを2杯、いろんなトッピングを乗せて食べた。出発前にフロントで両替。1万円で547元だった。9:00バスでホテル出発、盧溝橋へ向かう。橋のたもとに抗日戦争記念館があり、張承釣館長のレクチャーを受ける。年間に日本人2万人が入場するそうだ。

 盧溝橋は橋を渡るだけで3元、2人で担ぐ花嫁籠と称する乗り物に乗ると10元とられる。橋の欄干には獅子頭の装飾が施され、それが全体で475あるという。午後は北京市内見学。まず天安門広場。例の毛沢東のでかい写真。広場の一角に、抗日戦争を記念するモニュメントがあった。

 夜は北京総工会による招待公式行事。天海公園内のレストラン。耿長保副主席、季汊泉友好部長、蒋文明国際課長ら幹部が出席。「東京都のマスコミ労働者と友好関係を結びたい。日本の印刷技術を学びたい。技術交流のための訪日団の派遣を考えている」。こちらは森下団長がお礼の挨拶をした。

 会食に入った。四川料理というが思ったほど辛くない。本場のマーボ豆腐はさすがに美味い。飲んだことのない高級な紹興酒。燗がしてあって、グラスも温められていた。いつもの無礼講の夕食と勝手が違ってあんまり酒が進まなかった。やはり旅の酒は肩ひじ張らないで飲むのが一番だ。
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11340 女性殺害事件――米軍の沖縄撤退しかない

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月20日
11340 女性殺害事件――米軍の沖縄撤退しかない

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 熊本地震の報告の最中だが、この事件は看過できない。割り込みを許していただきたい。アメリカ当局や米軍がいかに「綱紀粛正」を強調しても、絵に描いた餅に過ぎないことは歴史が証明している。同じような事件がなぜ続発するのか。沖縄に駐留している米兵やその軍属の意識は、沖縄を植民地としか見ていないからだ。

 その意識が、沖縄県民を侮蔑し女性を単なる性の対象としか見ない習慣≠作っていると思う。その延長線が、95年の少女暴行事件であり今回の女性殺害事件だと言える。こういう悲劇を繰り返させない保証は一つしかない。

 米軍の沖縄からの全面撤退である。

 したり顔の人は言う。「それで日本の安全は守れるのか」と。私は真正面から言いたい。「百歩譲って、今回のような殺人事件が起きても米軍駐留を許すのか」と。人柱や人身御供は、はるか世紀前のことである。人権や生命は、絶対に何ものにも代えられないものなのだ。だから、いのちを粗末にする者は断固として排除する必要がある。

 もう一度言う。アメリカは沖縄から出ていけ。そのために日本政府は努力せよ。来週は日本でサミット開催。好機である。

                           ◇=◇=◇
米軍関係者の事件、後絶たず=地位協定改善も実現せず―県民の反発必至・沖縄
時事通信 5月19日(木)21時43分配信


 沖縄県うるま市で行方不明となっていた島袋里奈さん(20)とみられる遺体が見つかり、米軍属の男が死体遺棄容疑で逮捕された。

 米兵や米軍関係者による事件は後を絶たず、米軍基地の過重な負担にあえぐ県民が反発を一段と強めるのは避けられない状況だ。

 1995年9月に起きた米兵による少女暴行事件では、米軍当局が容疑者の米兵の身柄の引き渡しを拒否。沖縄県民の反発は大きく、県民総決起大会では8万5000人が集まり地位協定の見直しを要求した。

 少女暴行事件後、米軍人・軍属の身柄引き渡しに関し、日米地位協定の運用上、殺人や強姦(ごうかん)事件については、起訴前の段階での日本側への引き渡しが可能になった。ただ、米側の裁量に委ねられており、地位協定の抜本的な改善は実現していない。

 その後も、女性に対する暴行事件は繰り返されている。事件のたびに在日米軍は夜間外出禁止令を出したり、兵士への教育を強化したりしているが、綱紀粛正は米軍関係者に浸透していないのが現状だ。

 今年3月には那覇市で、女性を暴行したとして、準強姦(ごうかん)容疑で米兵が逮捕されたばかりだった。沖縄県の翁長雄志知事は19日、「県民に大きな衝撃を与え、新たな不安を招くものであり、断じて許せない」などとコメントした。

 県幹部は「(6月5日投開票の)県議選か参院選の前に県民大会を開くことになるだろう」と話し、県民の怒りがこれまで以上に広がると指摘した。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
舛添都知事、政治資金9万円で和菓子購入。ネタに事欠かないこの人、単なる吝嗇(りんしょく)家だね。
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2016年05月19日

賃金差別を許さない社会へ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月19日
賃金差別を許さない社会へ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 最近あまり聞かないが、安倍首相、ひと頃「同一労働同一賃金」とさかんに口にしていた。この言葉は本来労働運動用語だ。派遣法の改悪などでさんざん格差を持ちこんでおきながら「よく言うよ」なあ。他の人ならともかくあんただけには言われたくないよ。同一労働同一賃金というこのスローガン、あんたの理解と本来の意味では天と地ほどの違いがあるんだよ。それを思い知らせる労働裁判の判決があった。

 5月13日に出された「定年再雇用の賃金減額は違法」という東京地裁(佐々木裁判長)の判決。「職務が同一であるにかかわらず、有期、無期雇用の間に賃金の格差を設けることは、特段の事情がない限り不合理である」――なんと歯切れのいい言い回しではないか。これぞ同一労働同一賃金なのだ。

 労働者の賃金はいろんな理屈をつけて差別される。労働基準法ではこんな理由で差別しては行けませんよ、という条項が定められている。
 第3条「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他労働条件について、差別的取扱をしてはならない」。
 第4条「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱をしてはならない」。

 そして2013年に改正施行された労働契約法第20条は、有期雇用契約の労働者と無期雇用契約(正社員)の労働条件(賃金)を相違させるには特段の合理的理由がなければならない、となっている。5月13日に出された東京地裁判決はまさにこの条文を活かしたものと評価される。

 労働契約法第20条は有期雇用契約と正社員の賃金差別を禁止する法律だが、これを派遣労働者などの非正規社員と正社員の問題に拡大すれば、現在全労働者の4割に達するといわれる非正規労働者の賃金底上げに結びつくことは必至である。問題はこの判決を確定させることができるかどうかにかかっている。

 判決を勝ち取ったのは全日本建設運輸連帯労組(全日建連帯)の組合員である。この判決を維持し日本の法規範として確定させるために、労働組合の路線の違いを乗り越えた団結したたたかいがなければならない。差別賃金が横行するから、労働者は分断され、団結が阻害されてきたのだ。不当な差別がなくなれば、労働者の大同団結への道は開ける。安倍首相にでかい面(つら)をさせないためにもがんばろうではないか。
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11339 熊本(九州中部)地震B

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年05月19日
11339 熊本(九州中部)地震B

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 熊本城を後にして、従姉妹の娘・Eちゃんと、高速道インター近くのホームセンターで待ち合わせて合流。まず益城町をめざす。熊本市内を走っているときの沿道は、住宅のカベが落ちていたり、瓦が散乱していたりであった。ところが益城町に入ったとたん、風景≠ヘ一変した。倒れた家屋、1階部分が潰された家屋が出現したのである。

 「息をのむ」というのはこういうことだろう。道路は車が通れるようにがれきなどが処理されたと思われ、2車線が走れる。しかし、左右の光景は熊本市内と打って変わっていた。

【益城町の現場@ 2階部分はアパートのようだ】
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【益城町の現場A】
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【益城町の現場B 崩れた家屋の持ち主だろうか?】
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 写真@は、今にも倒れそうな建物である。支えの鉄骨が斜めになっている。2階部分はアパートだろう、これでは住めないのは明らか。住んでいた人がいかなる恐怖に襲われたか、推して余りある。

 Aの写真は、全壊した人家だ。写真では分かりにくいが、実際は悲しくなるほどである。人的被害がなかったのか、心配にはなった。

 Bの写真は、倒壊した家屋の持ち主だと思われる。何かの探し物をしているのだろうか。初日に県労連に行った時も話題になったが、被災を利用≠オて崩れた家屋に泥棒に入るヤカラがいるという。これは、東日本大震災のときの例を出すまでもなく、想定内である。やめろ!! ということはたやすいが、それを失くす方策は見つかっていない。警備を強めるしかないことに、隔靴掻痒感ではある。

 被災状況を見ながらオーバ―ラップしたのは、中越沖地震の惨状だ。柏崎市には地震発生から4日目に現地入りした。家屋の壊れ方がよく似ていた。東日本は津波災害がひどく、周辺すべてが破壊されていたが、中越沖地震は局地的≠ナ、家屋が崩れていた。今回の地震と中越地震の類似点は「直下型」であることだった。(以下、次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
舛添都知事、こんどは政党交付金のネコババ&道。末期症状だね。

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2016年05月18日

11338 熊本(九州中部)地震A

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月18日
11338 熊本(九州中部)地震A

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 昨日の国会で、地震被災者の仮設住宅づくりを急ぐべきだ、という議論がなされたが、熊本の仲間たちとも同じような意見交換となった。

 「東日本のときは、物資が不足して大変だったようですが、熊本はそれなりに届いています。問題は住むところでしょうか」、「仮設住宅づくりを急ぐ必要があると思いますが、地元の業者にやらせることが大事。ゼネコン主導では被災建設業者の復興にはならない」。

 「仕事を失くした人たちの救援をどうするのかが重要問題。仕事に就かなければ生活が成り立たない。この解決も急ぐ必要がある」、「被災現場に行ってみたら分かるが、崩れてしまった家とそうでない家が混在している。直下地震によるものと思われるが、その差は大きい」

 など、の意見交換となった。そうこうするうちに前中央労働委員の淀房子さんがやって来た。彼女と私は一緒に中労委委員に立候補した間柄で、いわば戦友≠ナある。もともと彼女は熊本の国立病院の看護師で、全医労の副委員長として中労委に立候補したもので、中労委を降りた後は熊本に帰っていた。

 4年ぶりくらいの出会いであろうか、元気そうで何よりである。自宅の被害は幸いになかったという。彼女を熊本城近くの自宅に送り届けて、私は宿泊地・大牟田へ。熊本行きにあたって泊まるところを探したが一番近いところにビジネスホテルが空いていたのは福岡県だが大牟田だった。熊本まで高速道で70キロは射程距離だろうとここを選んだ。

 2日目。長崎県大村市の従姉妹の娘が熊本に住んでおり、この子に被災地を案内してもらうため、インターチェンジ近くのホームセンターで待ち合わせることにしてあったが、時間前に熊本城を訪ねてみた。まず3枚の写真を見ていただきたい。

【崩れた熊本城壁】
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【崩れた城壁に押しつぶされた熊本大神宮の拝殿】
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【大神宮に隣接する熊本稲荷神社】
160518-3.jpg

 城の中に入りたかったのだが、進入禁止になっており断念。道路から見える部分しか撮影できなかった。櫓(やぐら)が横倒しになっている。城壁を後ろにした大神宮は、崩れたそれに押し流されるように潰れていた。ものすごいエネルギーである。

 その大神宮に隣接する熊本稲荷神社は、無傷であった。早朝だったせいもあるだろうが、何事もなかったかのようなたたずまいを見せていた。このあと、同じような光景を益城町なで見ることになる。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
舛添都知事の政治資金流用釈明、すっきりしない。こりゃもう、参議院選挙と一緒に都知事選挙だね。

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2016年05月17日

11337 熊本(九州中部)地震@

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年05月17日
11337 熊本(九州中部)地震@

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 天皇夫妻の熊本地震被災地訪問が決まったという報道が流れた。喜ばしいことであるが、ご夫妻の健康状態は大丈夫なのだろうか。それが心配だ。

 私は、5月4、5の両日に現地を訪ねた。直下地震の威力をまざまざと見せつけられた思いだった。しばらくこの報告をしたい。

 東京・有明で開かれた3日の「憲法集会」に参加して、デモはパスして自宅にもどり準備を整え夕方5時、マイカーに支援物資を積み込んで「一人運転の旅」である。九州まで、車で3度行っている。そのときの運転手は2人だったが、独り、は初めてである。熊本まで1200キロ、ちょっとしたラリー≠セ。

 新東名道に入ったあたりから暗くなったが、この道は広くて走りやすい。新東名から湾岸道、新名神を走る。天気予報どおり名古屋あたりから雨が降り出した。途中、ワイパ―をフル回転させる場面もあったが、神戸あたりで雨とはさようなら。

 山陽道は事故で一部通行止めになっている、という情報がカーラジオから流れてくる。カーナビは山陽道に行くよう指示するが、それを無視して中国道を走ることに。山陽道と中国道の分岐から極端に車の数が減る。中国道は山間部を走っており、こちらへ行く車は少ないのだろう。

 途中のサービスエリアで仮眠休憩を繰り返し、空が白み始めたのは山口県に入ったあたりから。本州と九州に架かる関門橋の中心部でカーナビが『福岡県に入りました』と教えてくれる。ずいぶん遠くへ来たもんだ、と実感する。

 九州に入れば、もう熊本に着いたような気分になる。この日の目的地は、熊本県労連だ。先方との待ち合わせ時間は午後4時にした。時間的には十分である。のんびり走ることにする。

 午後3時過ぎに「益城熊本空港インターチェンジ」を出て、熊本市街地をめざす。待ち合わせまで余裕があるので、市内を走ってみた。道路から見る街並みは、思ったより壊れていない。が、店が開いている様子はなかった。祝日のせいかな、などと考えたりする。

 熊本駅をめざしたが、途中で通行止めの案内板があり前進できない。やむなく、予定より30分ほど早すぎたが、熊本県労連に入った。

 待っていてくれた県労連の事務局長は大歓迎してくれた。支援物資を車から降ろし、カンパを手渡し。たまたま、福岡県労連の事務局長が来ており、被害状況などについて聞かせてもらうことから始まった。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
覚せい剤取締法違反容疑の清原和博元プロ野球選手の裁判が始まった。起訴内容を認めたという。子どもたちの夢を壊した罪は重い。

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海外旅行・ウィーン、ブダペスト他(1992年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月16日
海外旅行・ウィーン、ブダペスト他(1992年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 旅行7日目の5月10日、ブダペストからプラハへ向かった。当時まだチェコとスロバキアは分離しておらず、チェコスロバキアという呼称だった。移動の交通機関はなんとレンタルのマイクロバスで、キャンピングカーのようにうしろにトランクを乗せた台車を牽引。1日かけて相当距離を走破した。

 運転手はガールさんで、ジョルジュさんも同乗。ワインの栓を抜き、鈴木ゴリちゃんの歌にあわせてみんなで合唱した。国境で出入国手続きがあった。その時おれは旅券をトランクに仕舞ったことに気がついた。国境警備員が鼻歌交じりで手続きしているのでごく形式的な審査だと思い、旅券を出さなかった。

 人数と旅券の数が合わないことに気付いた警備員の態度ががらりと変わった。ジョルジュさんも笑顔が消えてバスに戻ってきた。おれが旅券を出さなかったことを白状しトランクのカギを空けて提出。やっとことなきを得たがひやひやもの。おれはこれに懲りてその後の海外旅行では旅券は必ず身に付けている。

 プラハには2泊。プラハ城やなんとかの小道、カレル橋など観光名所も面白かったが、仕掛け時計のある広場のはずれに看板の出ていたフランツ・カフカの生家におれの心がときめいた。青春の一時期、「城」や「変身」「審判」「アメリカ」などを夢中で読んだ。目指す生家は何の変哲もない建物だった。

 予約してあった兵隊さんの看板が出ている有名なビヤホールでビールを飲んだ。ここでもゴリちゃんがカンツォーネを歌った。物凄い混雑だが従業員も多いらしく、注文するとすぐビールやソーセージが出てきた。おれは長靴の形のジョッキでガブガブ飲んで、ホテルに帰るとパタンキューだった。

 プラハ2日目にスロバキアの田舎へ小旅行した。名前は忘れたが、絵のように美しい村だった。5月12日、最期の訪問地オランダ・アムステルダムへ。運河を小さい船でクルージングしたり。風車とチューリップの前で記念写真を撮ったり、ピカソ美術館をざっと回ったりした。

 最後にアンネフランク記念館を見た。ナチの追及を逃れて隠れ住んでいた屋根裏の部屋。30数年前に有楽町の封切り館で観た映画を思いだした。おれ20歳。あの時一緒に観たのは赤羽の小料理屋「ゆき家」の従業員ふみちゃんだった。熱海で芸者になるといって姿を消したが、その後とんな人生を送ったんだろうか。――13日は機中泊で14日朝、買い込んだブランデーを抱いて帰国したのでした。
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2016年05月13日

三菱自の日産吸収、そのウラにあるもの

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月13日
三菱自の日産吸収、そのウラにあるもの

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 本13日付『毎日』の仲畑流万柳川柳欄に三菱自動車ダネが4首載っていた。「繰り返し企業が不正する理由(わけ)は」「三菱の二度あることは三度ある」「自動車の燃費不正でエゴカーに」「財閥系ナニかとよからぬ話増え」。1首目は秀逸マークがついていたが、おれにはそんなに面白いとは思えない。

 そして1面は「三菱自、日産傘下入り」「ゴ―ン氏『好機だった』」とのトップ記事。「好機だった」という言葉にひっかかって記事を読んだ。ゴ―ン氏は「日産にとってこれは好機だ。三菱自にとっても好機になる」と言ったのだそうだ。おれには他人の不幸をチャンス到来と喜んでいるように思える。

 事実上企業吸収される当の三菱自会長の益子修氏も「燃費不正問題で資本・業務提携が早まったが、いつかは自然とこの道になると思っていた」と語る。益子氏は2000年と04年のリコール隠し事件で経営不振に陥った三菱自を立て直すため、三菱資本グループが送り込んだ経営者だ。三菱自のプロパーではない。

 ゴ―ン氏は「好機」と言い、益子氏は「自然な道」と言う。おれは今回の三菱自動車をめぐる一連の騒動は、あらかじめ仕組まれていたのではないかとの疑念を持つ。そもそも事の発端は、エコカーの開発で三菱自と技術提携していた日産が突如「燃費検査に不正がある」と告発したところにあるのだ。

 日産は以前から三菱自の燃費不正を知っていたのではないかというのがおれの推理だ。それを何かがきっかけで「好機到来」とばかりに「告発」した。メディアは正義の味方ヅラして一斉に叩く。否も応もなく日産への企業吸収への「自然な道」が開かれた。日産は三菱自の株式の34%、2370億円を負担する。2370億円というのが妥当な値段かどうか分からないが、多分安い買い物だった気がする。

 三菱自動車を経営に取り込んだ日産は「厳しいリストラや意識改革に取り組むと見られる」(13日付『毎日』3面)という。三菱自は財閥系の企業として頑固な社風みたいなものがあって、なかなかリストラが進まなかったのではないか。例えば賃金や労働条件はどうだったんだろう。

 かねがね快く思わなかった資本グループが、日産と組んで企業を根底から揺るがす事態をつくりあげた。これを機に、一気に「リストラと意識改革」を成し遂げようとする資本の側の強い意志がおれには感じられる。労働者への攻撃が想定される中、労働組合の存在が問われているとおれは思う。
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2016年05月11日

海外旅行・ウィーン、ブダペスト他(1992年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月11日
海外旅行・ウィーン、ブダペスト他(1992年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 井川君が親交のあったハンガリー観光局のジョルジュさんと組んで企画したツアー。新聞の植上さん、高山夫妻、民放の鈴木ゴリちゃん父子、映画の堀江さん、小林さん夫妻と戸塚夫妻の計11人のメンバーだったと思う。女房との海外旅行はこれが初めてだった。5月4日から14日までの11日間で、ウイーン、ブダペスト、プラハ、アムステルダムを回った。メモやテープはないがアルバムが2冊残っている。

 4日朝オランダ航空で成田を発ちウィーンへ。多分直行便だったと思う。ウイーンには2泊した。2泊目にホドリゲといったと思うが、新しいワインを飲ませる庶民的な居酒屋に行った。流しのヴァイオリン弾きの伴奏でゴリちゃんがカンツォーネを歌い大いに盛り上がった。山盛りの肉とワインの写真がある。

 ウイーンでは市内観光をしたんだろうがほとんど何も印象に残っていない。6日にウィーンを離れてブダペストに向かった。この交通手段が最高だった。ドナウ川を船で下ったのだ。おれは下ったと思っているのだが後で井川君に聞くと上ったのだという。ドナウ川には土手がなく、岸辺の木が水に浸っていた。おれが「五月雨を集めて早しドナウ川」と一句詠んだが、皆に鼻先でフンと一蹴された。

 午後ブダペスト着。船が係留したのはくさり橋の見える街の中心地。この船がそのままホテルになる。客室はちょっと狭いが、水が船べりをたたく音が聞こえてなかなかの風情だ。ブダペストはドナウ川を挟んで、旧市街や宮殿があるブダ地区と国会議事堂のあるペスト地区に分かれている。

 街中はライラックの花盛りだった。昼は市内観光で、夜はブダ地区の漁夫の砦(昔は要塞だったらしいが今は気楽なレストランになっている)でワインを飲んだ。ここでもヴァイオリンとアコーディオンの楽団が流していたが、ジョルジュさんが「あれはボルからやめとけ」と言うので知らん顔をした。

 ブダペストの船上ホテルには4泊した。何日目だったかに、郊外に足を延ばしジョルジュさんの知り合いの芸術家(版画家あるいは彫刻家)の別荘を訪ねた。専用のワイン畑とワイン工房の持ち主で、おれたちを地下のワイン蔵に案内してくれた。ここのワインはビンから注ぐのでなく、途中にコブのある細いガラスパイプを使う。ワイン樽にパイプの先を差し込んでコブのところまで口で吸う。吸い口を親指で押さえたり離したりしながらて皆のワイングラスに注ぎわける。芸術家ご自慢の赤ワインに酔いしれた一日でした。

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2016年05月08日

統一メーデーを提唱した高知新聞

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月07日
統一メーデーを提唱した高知新聞

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 新潟県で「総がかりメーデー」と銘打って統一開催が実現したことを2日付の『赤旗』で知った。「新潟 統一メーデー参院選勝つ=v「新潟市では、連合新潟加盟一部組合の『元祖5・1にいがたメーデー実行委員会』と、新潟県労連が中心となる第87回メーデー県中央集会実行委員会が、初の統一メーデー(87総がかりメーデー)を開き、1800人が参加しました」。

 連合新潟加盟一部組合というのはいわゆる全労協系らしい。挨拶に立ったのは全港湾新潟支部の鈴木龍一委員長。「何がなんでも5月1日がメーデー」と4月29日に開催した連合メーデーを揶揄した。新潟県参院選挙区には森ゆう子氏(無所属)を野党統一候補として擁立することが決まっている。

 全国で野党共闘の流れが形成されているのに労働組合が何故一緒にやれないのか。せめてメーデーくらい統一開催にしたらどうか。そんな一般国民の気持ちを代弁したのが4月30日付の『高知新聞』だ。

 「メーデーの共催なぜできない?連合高知と県労連」。29日の連合高知メーデーでも、5月1日に予定されている県労連メーデーでも掲げるスローガンはほぼ共通している。参院選でも足並みをそろえるというのになぜ一緒にできないのか。いつまでも組織の違いにこだわっている時期ではないではないか。この『高知新聞』の見方は単純すぎるとは思うが、これが国民の率直な気持ちなのかも知れない。

 同じ4月30日付の『毎日』社説、「『働く』をもっと考える」。29日に行われた連合メーデーを念頭に労働者の現状を論じている。日本では1990年代から長時間労働による労災や過労死が増え続け、経営コスト削減のため非正規雇用を進め、一方労働基準法の「改正」で規制緩和を促進してきた。

 これらの国や経営側の攻勢に対して労働側は組織的対応ができていない。連合発足時25.9%だった組織率は17.5%となり、以前のような社会的存在感や政治に対する影響力が見られない。「働く人全体の利益のためにどのような運動を展開するかは労組にとっても試金石になるだろう」。

 この『毎日』社説は労働組合として連合しか見ていない。だから『高知新聞』のような労働運動の統一といった観点がはなから欠如してしまう。第一、メーデーに関する社説を掲げるなら5月1日にするべきだ。世界中、メーデーは5月1日に決まっている。連合メーデーに迎合する『毎日』社説はいただけない。
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2016年05月06日

海外旅行・ソ連東独(1990年)C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月06日
海外旅行・ソ連東独(1990年)C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 9月23日11:05にレニングラード空港離陸。モスクワ着12:00.空港レストラン「富士」で昼食。カレーライス1600円、生ビール600円を日本円で支払う。空港で時間を潰し、17:30のベルリン行きに搭乗。モスクワとドイツでは2時間の時差。ベルリン着後大型バスでホテルへ。

 ベルリンの中央官庁街に近いバラストホテル。1泊250マルク。1マルクはホテルで両替すると100円だから2万5000円もする。夕食はフランス風レストラン。ビールとワインがおいしかった。ホテルに帰り、例によって幹事部屋で酒盛り。テレビを付けたら西ドイツの番組が映っていた。

 翌日は細かい雨が降る中、MICと交流のある東ドイツ出版製紙労組の書記局を訪問。コムスレイ副議長は「私たちの組合は9月30日で解散して西ドイツのメディア労組に加入します。あなたがたが当組合が最後に迎えるお客様です」と述べて心持ち目を伏せた。どんな心境だったのだろう。

 書記局は去年まで例の「ベルリンの壁」に向き合っていたという。今壁は取り壊され、小さく砕かれた瓦礫になっている。おれたちは外に出てその欠片を拾った。バスで市内を回るとまだ壁がそのまま残っている区画がある。芸術的な落書きが大胆に描かれてあった。記念にわざと残してある感じだ。

 午後は自由行動なので、タクシーで西ベルリンへ行った。ブランデンブルグ門で記念撮影。街に、目の前に迫った東西ドイツ統一の興奮みたいなものは感じられなかった。市内は、デパートくらいしか行くところがない。タクシーは20マルクだったが、帰りはラッシュアワーにひっかかり、30分ほど拾えなかった。

 夕食後10人連れで市役所地下のバーに入る。ワンボトル6マルクのビールを1人1本ずつ飲んで勘定したらきっちり60マルクの請求書だった。ホテルに帰ってサヨナラパーティ。深夜テレビを点けたら、女性が裸で現れた。ヘアまで丸出しにはびっくりした。急いでカメラを取り出した。品がない。

 25日、朝食後バスで空港へ。まずモスクワへ飛び、成田への便を待つ。これが結構待ち時間があって退屈した。その夜は機中泊で成田には26日11:00に着いた。この旅行が私的旅行の第1回だったためもあってかなり克明なメモと写真が残っている。中でも破壊されずに残されたベルリンの壁の風刺画を写したものは貴重な歴史的文化遺産だと思っている。これで90年のソ連東独旅行記は終わります。
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2016年05月04日

エンゲルスの労働組合論

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年05月04日
エンゲルスの労働組合論

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 5月1日、第87回メーデーに参加。代々木公園から恵比寿までの2.5キロを歩いた。毎年歩き通すのがきつくなる。解散後のビールがあるからなんとかがんばる。いつまで歩けることか。3日経つのに腰が痛い。今日はどこにも行かずに家にいる。エンゲルスの「労働組合」に関する小論を読んだ。

 経済学者リカードが証明したように「労働が生産したものは、すべての費用を差し引いた後、二つの部分に分けられる」。「労働者の賃金」と「資本家の利潤」である。賃金を引き下げない限り利潤は増大しない。賃金率は社会経済法則によって支配されているから勝手には下げられない。

 そこで資本家は、@労働者を低い生活水準に慣れさせる、A労働時間の延長及び同一労働時間内の労働強度を増大させる、という二つの方法をとる。この攻撃に対して「未組織の労働者層は有効な抵抗手段を持っていない」。「労働日の長さが、可能な最大限にますます近づいて行く一方で、賃金は絶対的な最低限――それ以下では労働者が生活し、自分の一族を再生産することが、絶対に不可能になる額――にますます接近する。

 ついにイギリスの労働者階級は立ちあがった。「以前には、分裂していて、無力だった大衆」が「団結と共同行動によって与えられた強み」によって「今や、事態全般が一変した。賃金の引き下げ、あるいは、労働時間の延長に手を染めることは、資本家にとって危険なものとなった」。

 労働組合は公認の機関になり、賃金の規制者の一つとなった。資本家たちは、自分たちの権利と財産がひどく侵害されたと大げさに叫びたてたが、労働組合を否定することはできなかった。労働組合の主張を国家が汲み取り「それを超えると労働力がその寿命より早く消滅する」ことを防止する法律ができた。

 しかしこれらの労働組合が勝ち取った成果も、一度経済恐慌がくると灰燼に帰する。「既に獲得した全成果を破壊してしまう」。再び闘いに発ち上がらなければならなくなる。「これは出口のない悪循環である」「これがこうしたすべての努力、自己犠牲、苦難の最終結果でなければならないのか」。

 エンゲルスはここで高らかに労働者階級の最終課題を提起する。「労働者階級は、ついに、この悪循環を打破し、賃金制度の全面廃止をめざす運動のうちに、そこからの出口を見出すことを試みるべきなのか」――(引用は宮前忠夫著「新訳・新解説 マルクスとエンゲルス 労働組合」)。
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