2016年08月31日

11475 築地移転延期、識見である

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年08月30日
11475 築地移転延期、識見である

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 これは識見である。とりあえず、朝日新聞デジタル版から以下。

                           ◇=◇=◇
小池知事、築地移転の延期の方針 土壌の安全性に疑問
朝日新聞デジタル 8月30日(火)11時22分配信


 東京都の小池百合子知事は、11月7日に予定している築地市場(中央区)の豊洲市場(江東区)への移転時期を延期する方針を固めた。豊洲市場の土壌の安全性確認などが不十分と判断した。30日午前、報道陣の取材に対し「近々会見など開き、その場ではっきり話をする」と述べた。

 小池氏は、豊洲市場の地下水のモニタリング調査が終わっていないことを疑問視。過去7回はすべて環境基準値以下だったが、最終調査は11月18日に始まり、1月中旬ごろに結果が出る。今月26日の定例会見で調査終了を待たずに開場を迎えることに「大きな疑問を持っている」と述べた。

 このほか、2009年2月に4316億円だった豊洲市場の総事業費が5884億円に膨らんだことや、間口の広さなどの「使い勝手」の点で業者らから不満の声が上がっていることも課題に挙げ、改善点を調べる考えを示していた。
                           ◇=◇=◇

 築地移転反対闘争にかかわり始めて、何年になるだろうか。要請行動やデモ・集会にも参加してきてやっと一つのきざし≠ェ見えてきた。上記報道がそれである。移転延期理由として@土壌汚染に連動している地下水のモニタリングが出ていないA移転費用の高騰B豊洲に移転した場合の、使い勝っての悪さ――などを上げている。

 これに本来もう一つ加えるべきことがある。中小仲卸業者が切り捨てられ、場外(現在の築地)の業者の一部も締め出されるという問題だ。これは当事者の皆さんにとっては仕事の場を奪われることになり、死活問題となる。

 築地を残せという主張のなかに、「文化を残せ」という問題がある。築地市場は、間違いなく文化を育んできた。都民の食卓をつくるうえで、欠かせない存在だし「食文化」の一翼を担っている。市場のセリは、外国人も見学にやって来るほど賑わいをみせており間違いなく文化である。

 その意味では移転の、「延期」ではなく「見直し」あるいは断念が正解である。それでは、現在建設中の豊洲はどうするか、という問題が残る。心配することはない。築地の跡地利用を考えていた2020年東京オリンピックの「メディアセンター」にすればいいことだ。オリンピックが終われば、ほかの使いみちは腐るほどある。

 問題は、豊洲への築地移転に伴う利権がらみの動きだ。少なくない人が指摘しているが、かなりの利権が蠢いているという。この連中が黙ってはいないだろうが、移転延期や見直しが現実のものとなった場合、逆に利権屋≠スちをあぶり出すことができる。小池都知事がそこまで考えているとしたら、卓越した識見である。

★脈絡のないきょうの一行
台風10号、東北地方に上陸。せっかく実った秋の味覚の被害のないことを祈りたい。

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2016年08月29日

海外旅行・北京(1999年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月29日
海外旅行・北京(1999年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 京劇訓練学校の訪問はテープに録ったのが残っている。それによると学校名を「中国ギショク学院」と呼んでいる。「ギショク」とはどんな漢字なのか。もう17年も前の話なので記憶が薄い。多分演技の技に職業の職で「技職」つまりプロの京劇演技者を養成する学院ということだと思うが違うかも知れない。

 この学校はいわば専門大学で、全国の高校から優秀な若者を選抜、みっちり鍛える。おれたちの訪問した日も猛訓練が行われていた。曲芸のような演技を繰り返し叩きこむ。できない生徒には叱声が飛ぶ。総じて男子より女子の方がレベルが高い。中に何人か韓国や東南アジアからの留学生が混じっていた。訓練現場の見学の後、別室で校長先生の説明を受けた。京劇に対する愛着と熱意に溢れる話だった。

 学院を出て人民大会堂へ向かう。途中の道路に掲げられたスローガン。「祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、社会主義を愛する」「思想・道徳を確立し、教育・文化をつくろう」。天安門も人民公会堂も建国50周年に向けてお色直しの改装中だ。大会堂の議場に並んだ1万席の椅子は圧巻だった。

 午後は故宮見学。紫禁城の城壁沿いの道は映画「ラストエンペラー」の世界だ。屋根は黄色、壁は赤だがこれが紫に見えるというということで紫禁城だ。確かに結構な建物だが、それだけという感じでさしたる感銘はない。故宮の裏口から出て友誼商店と称するおみやげ屋に連れていかれる。書画骨董、宝石やお菓子などいろんなものを勧められたがすべて断って店を出た。夕食後、夜はまた京劇だ。

 同行の舞台美術労組の人たちは、専門家だけに食い入るように舞台に集中している。おれはいささか食傷気味だ。その気持ちが出てしまったのか、その後の会話がぎくしゃく。顔見知りの堀江さんや久保田さんはいいのだが、初顔の人からは「なに?この男、偉そうにしやがって」と思われた様子。最終日に空港へ向かうバスの中で、舞台美術労組に対するお礼を言わせてもらい、反省の意を滲ませたつもり。

 1月8日9:20に北京空港を発って、13:50(日本時間)に成田に帰ってきた。手元にこの北京・京劇ツアーのアルバムがあるが、外出の写真は防寒着で見事に膨らんでいる。街中はとにかく寒かった。市内見物で人力車に乗ったが寒さで震え上がった。おれは北京よりもっと寒い満州で幼少時を過ごしたはずだが、この寒さには参った。年寄りは冬の北京だけは敬遠した方がよさそうだ。

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2016年08月27日

晩夏の下北半島を巡ってきた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月27日
晩夏の下北半島を巡ってきた

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 青森県・食彩の旅2016年。参加者54人、うち夫婦が15組。24日午後2時、青森駅前からバス2台に分乗して出発。まず三内丸山遺跡へ。抜けるような青空、照りつける太陽。ここへは16年前にやはりたまたま会で来たことがある。その時はすいすい歩けたのに今回は足は棒になり、息も絶えだえ。

 次は五所川原の立ねぶたの館。3体の立ねぶたの格納庫だ。圧巻。そこから田舎館村の田んぼアートへ向かったのだが既に夕方。アートの半分はビルの影で興味がそがれる。青森市内に戻り、宿舎の青森ワシントンホテルへ。夕食はホテル近くの「三ツ石」という郷土料理屋。マグロの解体ショ―あり。海鮮料理と酒は飲み放題。いい気になって白ワインをガバガバやったらほぼ泥酔状態。部屋に入るなり意識不明。

 2日目は8時出発でいよいよ下北半島一周コース。浅虫温泉を素通りして六ヶ所村の核燃・石油備蓄基地をバスの中から視察する。想像を絶する大規模な装置だ。それまで何もなかった野っぱらに出現した未来都市。地球を何十回も滅ぼすことのできる核燃料がこの地下タンクに備蓄されている。恐怖だ。

 海岸べりを一路北上してマグロ一本釣りの大間町に着く。ちょうどお昼時間。ここで食べたまぐろ会食の豪華なこと。マグロの内臓、ネギま汁、大トロをふんだんに乗せたまぐろ丼。大満足。帰りは下風呂温泉というところで「イカさまレース」なるものを見る。イカを細い棒でつついて走らせる。ゴールするとみんなで活き作りのイカ刺身を食べてしまう。今夜のお宿はむつグランドホテルだ。

 ここのお風呂は赤みがかったぬるっとする温泉。夕食に時間があったので缶ビールを飲む。ホテルの広い宴会場での夕食。恒例の各地方ごとの自己紹介・近況報告。おれは乾杯の音頭をやらせてもらえた。「たまたまいかさまオリンピック青森大会にご参加のみなさん」とやったがあまり受けなかった。

 別部屋を用意した二次会では、たまたま会の今後のことで議論が沸騰した。継続の意義や理念では全員一致するのだが、来年の山口県は決まっているもののその次を担当する地方が出てこない。もしかすると次回の第38回で終わりになるかも知れない。それはそれでしかたのないことなんだろうな。

 26日はバスで1時間ほどかけて、今回のツアーのメインの一つ恐山へ。イメージ通りのまがまがしい風景だ。硫黄の臭いがきつい。足場の悪い石ころ道を30分も歩かされた。あの世へ一歩近づいた感じだ。青森駅に戻る途中、浅虫温泉でホタテ御膳なる昼飯。マグロとは一味違うがこれも美味。舌に極楽の2泊3日の旅だった。
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11474 わくわくするね

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月26日
11474 わくわくするね

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 もしかすると、地球の近くに生命体が存在する星があるかもしれないという発見。これは嬉しい。ワクワクする。とりあえず、以下。

                           ◇=◇=◇
地球に似た惑星発見、水も存在か 太陽系から4光年先
朝日新聞デジタル 8月25日(木)2時6分配信


 太陽系に最も近い恒星の周りで、地球に似た惑星が見つかった。岩石でできており、水が存在する可能性もあるという。英ロンドン大などの研究者らが25日付の英科学誌ネイチャーに発表する。

 8カ国による研究グループはチリにある天文台などで、地球から約4光年離れた「プロキシマ・ケンタウリ」という恒星を周回する惑星を新たに発見。「プロキシマb」と名付けた。重さは地球の1・3倍以上で、約11日で公転している。

 研究者らによると、この星では水分が生まれ、現在も残っている可能性がある。地表温度は液体の水が存在できる範囲とみられる。太陽系外で水がある可能性を持つ星としては、今回の惑星が太陽系に最も近いという。ただ、恒星からの距離が近く、X線が地球の400倍にあたることもわかっている。

 研究者は「次に目指すのは、大気や生命が存在するかどうかの調査だ」としている。(山崎啓介)
                           ◇=◇=◇

 発見のポイントは「水分」である。水分がないことには、微生物といえども生きることはできない。逆に言うと、水分があるということは生物の存在する可能性が高いということだ。一方で気になるのは、この「プロキシマb」の公転が地球時間で11日ということ。公転の時間が短いということは、変化≠ェ早いということであり、生物体が対応できるかどうかという点だ。

 それはさておき、地球から4光年という近さにあることを、ど素人の私でも特筆したい。たとえば、北極星は431光年、南十字星は320年であり、それから比べるとはるかに近い存在だからだ。そういう近いところに、生命体が存在するかもしれない星があることは、ロマンではないか。

 もののついでで恐縮だが、「光年」を単位とした場合、太陽はどうなるかご存知だろうか。太陽までの距離は、1億4960qである。これを光年に表示しなおすと、な、なんと0.0000158光年になる。これを光速で表わすと、8分19秒となる。

 もののついでが、やや、難しくなってしまったが今回発見された「プロキシマb」は、地球から極めて近いところに存在するということだ。もし生命体が存在すれば、私の夢≠ヘ膨らむ一方である。その星に住む人≠スちとの交流を考えたとき、夢はさらに膨らむ。

★脈絡のないきょうの一行
な、なんと。台風10号は迷走を繰り返し今度は、本土急襲の可能性も。ゾンビみたいなヤツだ。心配。
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2016年08月25日

11473 エチオピアの政情

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月25日
11473 エチオピアの政情

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 前回の小ブログについて、「エチオピアの政治状況はどうなっているのか知りたい」という問い合わせがあった。私もよく分からない、というのが正直なところで、調べてみた。以下のURLが分かりやすく解説していると思う。国際政治学者・六辻彰二氏のもので、興味のある方はぜひご覧ください。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mutsujishoji/20160822-00061391/

 概略は以下。
                              ◇
 エチオピアでは、主に同国北部のオロモ州と北西部のアムハラ州で、昨年11月頃から政府に対する抗議デモと、これに対する鎮圧が繰り返されてきた。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、今年6月までにオモロ州だけで少なくとも400人が治安部隊によって殺害されている。

 現在のエチオピアは、議院内閣制のもと、憲法に基づいて定期的に選挙が行われている。実質的な権限は首相に集まっており、大統領はいわば形式的・儀典的な役職。この体制は、内戦によって1991年に社会主義政権が崩壊した後に成立した。

 憲法に基づいて選挙が行われているからといって、必ずしも民主的とは限らない。2015年のエチオピア議会選挙では、547議席中500議席を与党「エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)」が獲得している。もちろん、これが自由かつ公正な選挙の結果であれば、それは有権者の意志と呼べるだろう。

 しかし、エチオピアでの選挙プロセスは、疑問の余地が大きい。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、2015年選挙では選挙監視委員会が半数以上の野党系候補の登録を拒否。実際に立候補できた野党系候補は400人中139人だけだったという。

 EPRDFと野党の対立は、「反民主主義と民主主義」という次元だけで語ることはできない。そこには、複雑な民族対立の構図がある。EPRDFは、もともと内戦時代に社会主義政権と敵対した4つのゲリラ組織の連合体だった。内戦終結後、それぞれが政党に衣替えし、それらの連合体としてEPRDFは存続。EPRDFを構成する4つの政党はそれぞれ民族を支持基盤としており、それらにはオロモ、アムハラ、ティグライ、南部に暮らす少数民族の連合体が含まれる。

 かつてEPRDFと敵対した社会主義政権は、エチオピア帝国を革命で打倒した勢力が中心だった。しかし、皇帝と社会主義政権指導者は、アムハラ人という点で一致、そのため他の民族からみれば、皇帝の支配が社会主義政権の支配に代わっても、首都アディスアベバの中央集権的な体制には何も変化がなかった。さらに、社会主義政権のもとでは国有地での強制労働などが横行したため、アムハラ人からも離反者を呼んだ。こうして、多くの民族の連合体としてのEPRDFが生まれた。
                              ◇ 

 (以下、略)

★脈絡のないきょうの一行
おいおい、台風9号と11号は消滅したけど、10号が勢力を強めてるって? 沖縄が心配だ。
posted by マスコミ9条の会 at 15:23| Comment(0) | 新聞報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

たまたま会も本ブログもよく続いたね

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月23日
たまたま会も本ブログもよく続いたね

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 明日から2泊3日で第37回たまたま会「青森県・食彩の旅」に夫婦で行ってくる。たまたま会は基本的には新聞労連役員OBでつくられた旅行会である。1978年5月に、萩原(山陽)、太田(中国)、光森(神戸)、桂(新聞協会)、丸山(共同)、川人(京都)さんらがたまたま集まって会食した。せっかくだから今後も全国各地を訪ねながら交流しようとなって始まったのがたまたま会だそうだ。

 第2回は81年の京都・八潮、その後は年1回ずつ(85年だけは2回)、徳島、神戸・六甲山、仙台七夕、高知・四万十川等回り持ち開催でやられていた。おれにも誘いがきたが、当時まだ新聞労連現役役員だったので「おれはOBじゃない」と誘いに応じなかった。初参加は第16回(95年10月)の天橋立・伊根・出石からである。2年前に56歳で毎日を定年になり新聞労連専従も降りていた。

 その後の開催地。沖縄・那覇(96年)、越前・永平寺・若狭(97年)、鹿児島・指宿・屋久島(98年)、鎌倉・横浜・浅草(99年)、白神大地・弘前・十和田(2000年)、だんだん出雲路(01年)、新潟・佐渡(02年)、熊野路・高野山(03年)、熊本・高千穂・青島(04年)、日光・裏磐梯・会津(05年)、少豆島・倉敷・鷲羽山(06年)、長崎・平戸・雲仙(07年)、小田原・箱根・伊豆(08年)、世界遺産・知床半島(09年)、岩手・小岩井・三陸(10年)、能登半島(11年)、松山・今治・大三島(12年)、琵琶湖・近江路(13年)、由布院・国東半島(14年)、富士山麓周遊(15年)。

 おれは01年の出雲路以外はすべて参加(9割は夫婦で)。99年、05年、08年、15年は東京地連の担当なので実行委員会をつくって旅の企画運営に携わった。この間亡くなられた常連メンバーも多い。思いつくだけ並べてみる。小倉三千雄 宮山清昭 加藤親至 萩原嗣郎 岩切信 岩松博 大島次郎 金井豊次 加藤陸子 林直久 尾崎剛 四宮晴彦 小島明将 神吉秀哉 荒川恒行 岡宗武弘 重松昌男(敬称略)。メンバーの高齢化の影響もあって、次回の第38回が最後になる可能性が強いと聞く。

 このブログで開始以来1000回の更新になる。開設日が08年1月19日だから8年7カ月。3.13日に1回の更新、ほぼコンスタントに続いていると言ってもいいだろう。この間の訪問者は6万2727人で1日平均20人。こんな拙いブログを読んでいただいてありがとう。今後もよろしくお願いします。

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11472 エチオピア政府への抗議行為、断固支持する

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月23日
11472 エチオピア政府への抗議行為、断固支持する

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 リオ五輪の男子マラソンは、最初から最後まで見てしまった。今回のオリンピックの競技で全部見たのはこれが初めてだ。途中で「寝てしまうかもしれないね」とカミさんと話ししながらであったが、最後まで見てしまった。

 ゴール直前、2位のエチオピアの選手が両手をかざして×印を作って走りこんだ。それも思ったより長い距離だった。そんなことしていたら3位の選手に追いつかれるぞ、と、訝(いぶか)ったものだ。カミさんとも「あれはどういう意味だろうね」という会話になっていた。

 その理由が分かった。エチオピア政府への抗議だったのだ。以下は東京新聞の報道だが、別の報道では「国際人権団体NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、エチオピアでは2015年11月、抗議デモに参加していた民衆の約400人が治安部隊によって殺害され、数万人が逮捕されたという。」(The Huffington Post)というものもある。

 確かに同選手のゴールのときの顔は険しいものがあった。オリンピックで銅メダルをとることは栄誉だし、嬉しいことだが喜びの表情はなかった。違和感を持っていたが、背景があったのだ。

 ご本人は亡命も視野に入れているようだが、26歳の青年の行為を「政治的利用」と責めることはできない。いのちを守ることへの意思表示だからだ。この行為、エチオピアのシールズ≠ニ言える。以下、東京新聞から(写真は割愛)。

                           ◇=◇=◇
エチオピア・銀メダリスト 抗議のポーズでマラソンゴール
東京新聞 2016年8月22日 夕刊


【リオデジャネイロ=共同】リオデジャネイロ五輪最終日の二十一日に行われた男子マラソンで、銀メダルを獲得したエチオピアのフェイサ・リレサ選手(26)が額の前で両手を交差させるポーズをしながらゴールインした=写真、ロイター・共同。記者会見では、エチオピア政府の「圧政への抗議」だったと説明した。

 ロイター通信などによると、同国ではオロミア、アムハラ両州などの一部地域での土地の強制収用計画を巡り、昨年から政府に対する抗議が活発化。五輪が始まった八月初めには九十人以上が治安部隊に殺害される事態が起き、人権団体も懸念を示していた。

 リレサ選手は競技後の記者会見で、自らがオロミア州出身のオロモ人であることを明らかにし「エチオピア政府は仲間を殺害し、土地や資源を奪っている。私の親族も違法に拘束された。オロモ人の抗議を支持する」と主張した。

 報道によると、同選手のポーズはオロミア州などで行われている抗議のしぐさだという。同選手は帰国すれば「殺されるか投獄されるかもしれない」と懸念を示し、今後は海外への亡命を検討する考えも示した。

 五輪での抗議はスポーツの政治利用に当たるのではないかとの指摘も出たが、リレサ選手は「これが私の気持ち。国内での抗議は非常に危険だ」と訴えた。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
リオ五輪閉会式、スーパーマリオに悲劇が起きた。あんな人と一緒じゃかわいそうだ。
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11471 台風迷走の理由

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年08月23日
11471 台風迷走の理由

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 この報道は実に分かりやすい。先週発生した台風9、10、11号がトリプル≠ノなった理由や通過経路について説明したものだ。疑問は@なぜ3つも同じ時期に発生したのかA台風は通常九州方面から進んでくるが、関東を直撃したのはなぜかB北海道上陸は少ないはずだが、直撃も発生したのはなぜかC10、11号がなぜ9号を追い越し≠スのか――などである。

 この疑問に読売新聞が実に的確に伝えている。しかも短い文章で。図がやや不鮮明で恐縮だが、紹介しよう。

                           ◇=◇=◇
東西に高気圧、トリプル台風…日本が通り道に
読売新聞 8月22日(月)22時7分配信


160823.jpg

 立て続けに発生した9、10、11号の「トリプル台風」が、北海道や関東など広い範囲に大雨をもたらし、河川の氾濫などを引き起こした。

 9、11号が連続して日本に上陸したのは、台風が発生しやすい状況に加え、東西の二つの強い高気圧に挟まれた日本が台風の通り道になったためだ。

 まず日本の東側にある高気圧によって、北を通る偏西風が大きく蛇行し、北極側の冷たい空気が日本の南の太平洋上空に流れ込んだ。その結果、暖かい海面との間に、大きな気温差が生じて上昇気流ができやすくなり、台風が続々と発生した。

 加えて、東西の高気圧の配置が、日本付近に台風の通り道を作った。東側の高気圧は例年ならもっと西に張り出しているはずだが、今年は西側の高気圧が強く、東西の高気圧が日本を挟み込むような配置となった。このため、南の海上で発生した台風は、その間をすり抜けるようにして、東日本や北日本に続々と接近する珍しいルートをとった。
                           ◇=◇=◇

 この図を見れば追い越しの理由が分かる。10、11号は9号より北側で発生したのだ。なるほどと頷ける。九州を外れて関東を直撃したのは、高気圧の配置が犯人≠セったのだ。

 問題は、こういう現象が起きる原因だ。温暖化が影響しているのではないかという懸念は払しょくできない。その問題は専門家に譲りたいが、北海道各地で水害が起きた。普段、台風があまり来ない地域のため、本州より備えが弱かったのではないか、そんな気がする。

 台風通過ルート・日本。火山列島・日本。河川や森林に守ってもらっていることを再認識し、自然を守ることが災害を少なくする(減災)という鉄則を改めて想起したい。

★脈絡のないきょうの一行
リオ五輪マラソン、エチオピアの銀メダリストのゴール直前の行動は、政府への抗議だった。
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海外旅行・北京(1999年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月21日
海外旅行・北京(1999年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 映演共闘の舞台美術関係組合が計画した「北京で京劇を見るツアー」の誘いを受けた。映演労連の堀江さん夫妻、東宝舞台の林さん、舞台美術労組の久保田さん、わらび座の幹部など、おれたち夫婦を入れて15人ほどののメンバー。99年1月4日〜8日の4泊5日。北京は震え上がる寒さだった。

 4日の12時半、14:55発の北京行きに乗るべく成田空港に集合したが、北京が濃霧だとかで一向に搭乗案内がない。やっと出発したのが18:15。いい加減くたびれた。北京空港へは20:50に着く。10時半にホテルに入り、夕食後堀江さんの部屋で午前1時までわいわい。よく飲むよ。

 5日は市内見学。93年に北京に来た時と同じような観光コースなので感激はない。万里の長城を歩かされて息も絶え絶え。昼飯は観光客向けのレストランで中華弁当風の料理とビールと56度の中国酒。おれはアルコールさえ出れば満足だが、女房は料理がまずいとぶうたれていた。バスは一路北京へ。

 バスから見える中国の看板。地鉄=地下鉄 行人=通行人 電脳=コンピューター 汽車=自動車 飯店=ホテル 酒家=レストラン 修車=自動車修理工場 自行車=自転車 美館=美容室 服装店=洋品店 食品商場=市場 公司=会社 汽車配転=宅急便 正宗=元祖 電視台=テレビ 美国=アメリカ。

 街を覆っているのは霧でなくスモッグらしい。夕食は北京ダックだったが、そんなにうまいものではない。夜の8時過ぎからホテル内の小劇場で京劇を観る。軽わざもどきの舞台は変化があって面白かった。それに音楽がいい。太鼓と鉦が雰囲気を出す。舞台の隅に漢字の解説板があってあら筋が分かる。孫悟空が活躍する。大変スピードのある演技。訓練で築かれた芸の確かさ華やかさには魅了された。

 翌日、昼は天安門や天壇公園などの市内見学、夜は京劇。今度は市内の本格的な劇場。初めはなんだ高級見世物じゃないか、なんてたかをくくっていたおれも心底ぐぐっと来たね。なんていうか中国という国の文化の奥深さを思い知らされた感じ。そりゃそうだよね、中国3千年の歴史が詰まっているんだものな。

 北京到着時は朝でも3度くらいだった気温が、今朝は零下6度。バスから外へ出ると震え上がる。この旅行のために厚手のコートを買ってきたよかった。明日7日は京劇訓練学校を訪問する。

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2016年08月21日

空疎な厚労省「懇談会」報告書

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月20日
空疎な厚労省「懇談会」報告書

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 厚労省の諮問機関「働き方の未来2035:1人ひとりが輝くために」懇談会が報告書をまとめて発表した。「『働き方の自律化』掲げる厚労省懇報告」「労働法制後退の危険」(17日付『赤旗』)。報告書を自分で読んでみようと、厚労省のホームページを開いた。報告書全文が載っていたが、A4版27ページもある。奥歯にものの挟まったような文章で、読んでいていらいらする。一体何を言いたいのだ。

 「『技術革新』は、強い人にも弱い人にも大きなものにも小さなものにも、すべてに対して中立だ。『小よく大を制す』可能性があるのも技≠フ醍醐味であり、貪欲に新しい技術を研究したり、活用したりする者の努力や研讃は、誰にも止めることができない」。――おれには何を言ってるのか分からない。

 「AIを中心とした技術革新は脅威というよりは、時間や空間、年齢や性別といった『壁』を取り除き、多様な働き方を可能にするツールであり、武器と捉えるべきだ。働くすべての人々に大きな恩恵をもたらすだけでなく、企業や組織の在り方、労働政策にも今後変化をもたらすだろう」。

 そして「報告書」は、技術を高め輝く未来をつくるには教育が大切だと強調する。「挑戦と失敗を繰り返しで学び無から有を生み出す≠アとの大切さを教えることが不可欠である。単に物事を『覚える』よりも、『考える』『友達を作る』『力を合わせる』といったソーシャルスキルや人と接する能力を身につけさせる方が、実社会では通用する」。今更そんなご託を並べられてもねえ・・・・。

 最後に労働者に対して偉そうに「働く心構え」を説いている。「『どんな会社に入るか』ではなく、『どんな仕事をするか』『どんな会社を創るか』を人生の選択肢として考え行動し、変化に対応していってほしい」。こうなると「お前バカじゃないか」と言いたくなる。労働現場を知らないにも程がある。今時「どんな仕事をするか」「どんな会社を創るか」なんて選択肢が通用する会社がとこにある。

 「報告書」の締めの言葉が奮っている。「(日本人が長い時間をかけて継承してきた文化、伝統を発揮して)個々人が働きがいや生きがいを感じながら『個』を活かして自分らしく輝ける社会。これこそが、目指すべき2035年の姿である」。今必要なのは「働き方」のご託宣でなく「働かせ方」の社会的規制だ。労働と労働者が尊重される世の中をどうつくっていくかということだ。となれば何といっても労働組合にがんばってもらわなければならない。厚労省やなんとか懇談会に任せとくわけにはいかないのだ。

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8月15日桜木町で

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ
「テレビ」と「平和」と「憲法」のblogより転載
http://blog.goo.ne.jp/takuzou4108
2016年08月19日
8月15日桜木町で

■仲築間 卓蔵(元日本テレビプロデユーサー)


 忙しさにかまけてブログ更新をさぼっていました。
 九条かながわの会は、例年、横浜駅西口高島屋前周辺で「8.15」宣伝・リレートークをしていましたが、
今年から場所を桜木町に移してのとりくみでした。
 横浜駅にくらべて、桜木町駅前は観光客の多さが目立つところです。
 一般的な戦争の話をするよりもと、伝説の歌手二人の話をしました。
 一人は忌野清志郎さんです。若者に人気の人でした。清志郎さんは、地球環境を守ろうと呼びかける「アースデイ」(2005年)に出演し、
歌の合間に語りかけました。「この国の憲法九条を知ってるかい。戦争はしない、戦争に加担しない。愛と平和なんだ。
まるで ジョン・レノンの歌みたいじゃないか」と。
 先日の参院選で、改憲勢力は三分の二の議席を獲得してしまいました。若い人たちの多くは「三分の二」の意味を理解しないまま投票した
といわれています。アベ政権は、早くも南スーダンへの駆けつけ警護を発動しそうです。「殺し」「殺される」事態に直面せざるを得なくなるでしょう。
「そんなはずではなかった」と あらためて気づくことになりそうです。
 憲法違反の自衛隊の海外派兵は なんとしても止めなければなりません。参院選で見せた市民と野党共闘のとりくみを あらためて構築し直して、大きな運動をさらにすすめようじゃありませんか。清志郎さんも 空の上から見守ってくれているでしょう。

 伝説の二人目は美空ひばりさんです。
 演歌一筋と思われていたひばりさん。実は、反戦・平和の歌をうたっています。
「一本の鉛筆」です。
 1974年8月。第1回広島平和音楽祭で歌いました。「一本の鉛筆があれば、戦争は嫌だと私は書く」「あなたを返せと私は書く」「8月6日の朝と書く」
「人間のいのちと 私は書く」と。
 1988年。第15回平和音楽祭で、ひばりさんは再びこの歌をうたいました。健康状態は良くなく、楽屋にベッドを持ち込んでの出演だったといいます。
 そのときのひばりさんの言葉。
「昭和12年(1937年)5月29日生まれ。本名加藤和枝。
私は横浜に生まれました。幼かったわたしにもあの戦争の恐ろしさは忘れることができません。
 みなさまの中には、尊い肉親を失い、悲しさを乗り越えてこられた方がたくさんいらっしゃることでしょう。
 きょうの私の歌が、みなさまの心の、少しでも慰めになりましたら幸せだと思います。
 これから二度とあのような恐ろしい戦争が起こらないよう、みなさまとご一緒に祈りたいと思います。茨の道が続こうと、平和のためにわれ歌う」と。
 そして歌ったのです。「一本の鉛筆」です。
 ひばりさんの言葉にあるように、ひばりさんは横浜大空襲を経験されたのです。
 いま、全国空襲被害者連絡協議会のとりくみが進んでいます。被害者のための「特別措置法」が超党派議員連のみなさんの後押しでこの臨時国会から通常国会にかけて議論されることになります。8月13日には、東京・台東区民館大会議室(320人が集まりました)で「舞台は国会へ」集会を成功させました。このとり組みの推移を、ひばりさんも見守っていることでしょう。
 ドイツ、イギリス、イタリアなどは、とっくの昔に市民に対する被害補償をしています。やっていないのは日本だけです。
 みなさんにも、このとり組みの今後を見守っていてほしい。
 8月だけを「平和の月」にしてはなりません。
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海外旅行・フランス(1998年)C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月18日
海外旅行・フランス(1998年)C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昼飯が遅かったので夕食も遅くした。ホテルロビー集合8時。山根さん、相沢さんが時間に降りてこない。ベッドで眠ってしまったようだ。30分ほどでやっと全員そろって近くのシーフードレストランに出かける。冷えたビールとブルゴーニュ産の白ワインがおいしかった。エスカルゴと生ガキも。

 デジョンは1泊で翌6日は早起きして専用バスでリヨンへ。昔は紡績工場がありフランスの資本主義をけん引した都市だ。リヨンへ行く途中ワインの本場ブルゴーニュのワイン街道に寄った。

 「ついに来ました。ワイン街道。葡萄の木というのは思ったより背が低くて行儀よく並んでいます。見渡す限りのブドウ畑。これだけのブドウをワインにして全部飲んでしまう国民というのはやはり驚嘆に値します。ますます雲は重く垂れこめ寒さが身にしみます。小さな教会があります。これからワインカーブ見学です。カーブといっても曲がっているのではなく、酒蔵、じゃないワイン蔵のことです」。

 「リヨンの宿はフロントが32階という高層ホテルです。おれの部屋は33階。ベランダに出て下を見下ろす。わーきれいだ。リヨンの夜景。いま夜の10時40分。左の方にリヨン駅が見えます。上から見下ろしている限り、車は少ないようです。メインストリートらしい通りも空いています」。

 7日は一日かけてアルプスの麓の町アヌシ―への往復。湖にモンブランの山容が映るすてきな町だ。「湖一周のクルーズに出発。11時です。クルーズの料金は59フラン」「湖の船着き場のベンチです。疲れた。町の中を歩いて昼飯を食べて、土産物を見て、1人で早めに集合場所に来てベンチに座っています」

 船が帰ってきました。大きい船でレストランもついているようです。われわれが乗ったのはただ湖を一周するだけでワインも飲めませんでした。近くでアベックが話し込んでいます。家族連れの子どもが木の下でキャッキャッと騒いでいます。とてものどかな風景です。向こうから仲間たちが帰ってきました」。

 8日午後4時の新幹線でパリに戻る。パリは出かける前と違って物凄いいい天気。気温も25度。一気に初夏になった感じだ。パリにさらに2泊して10日にドゴール空港を発ち、11日15:30に成田に着いた。サッカーのワールドカップ直前のパリとフランス中部を満喫した12日間だった。

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2016年08月16日

人並みに墓参りをしてきた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月16日
人並みに墓参りをしてきた

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昨日、先祖の墓参りに行ってきた。墓のあるのは茨城県常総市。常総市は去年鬼怒川の氾濫で水害に見舞われ、全国に名を知られたが、おれには合併する以前の水海道市という方がピンとくる。墓のある大生郷町内久根地区は鬼怒川から5キロ以上も離れていて、しかも高台なので水害とは無縁だった。

 おれは敗戦後満州から引き揚げて9歳から18歳の高校卒業までここで暮らした。父母ともにここの出身なのでかなり立派な先祖の墓がある。父が死ぬ前に改修したが、墓石などの主要部分は父の祖父が建てたままだった。2005年2月、父の23回忌、母の13回忌を祈念してボロボロになった墓を建て替えることにした。

 これがなかなかの事業で、石材店への支払いや寺の坊さんへのお布施などで総計200万円ほどかかった。おれの姉妹や親戚を呼んでお披露目の法事を行った。父母の生前、親不孝ばかりしていた分の心ばかりの供養のつもり。ま、いつかはおれも入るのだから自分のための投資でもある。

 墓参りには、基本的には8月のお盆と春の彼岸の2回行く。女房が車を運転してつき合ってくれる。これは助かる。水海道には母の兄弟など親戚がたくさんいたが次々に亡くなって、今行き来しているのは母方の実家だけ。50代のいとこ夫婦が跡を継いでいる。墓の管理もこの夫婦に頼んである。

 昨日は9時に家を出て、国道6号線を柏の先で左折し、以前は有料だった新利根橋を渡り、ふれあい道路を守谷経由で水海道へ。約1時間半で墓地に着き、線香と仏花を供えて墓石を洗う。小便が溜まっていたので墓地の隅でそっと出す。この罰あたりめとご先祖さまに叱られそうだ。

 いとこの家に寄り、ご馳走とビールの歓待を受ける。1時間ほど昔話などする。では、と席を立ってかねて約束していた中学、高校の同級生の家へ。車で7分ほどの大輪町。敷地1000坪、長屋門のある大邸宅だ。つい先ごろまで田んぼをやっていたが、いまは野菜づくり程度で悠々自適。高校時代から俳句を詠み、最近句集を刊行した。郷土文化史研究では一目置かれている。しかし話し出すと昔と変わらない。

 奥さんの手料理でビールをぐびぐび。話題は死んだ昔の同級生や恩師の思い出。来年は80歳になるおれたちはもはや長生きの部類に入ったようだ。最後によばれた手打ちそばは絶品だった。昼前からのアルコールざんまい。我慢できなくなり、帰りの助手席でうとうとしたら運転している女房に叱られた。

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2016年08月15日

海外旅行・フランス(1998年)B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月14日
海外旅行・フランス(1998年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 5月4日午前、CGT/AF労組を訪問して争議解決の報告をした。組合事務所はドゴール空港に隣接する巨大なAFビルの3階にあり、3人の本部役員が応対した。その1人ボンヌフス書記長は「皆さんのたたかいの勝利は、私たちにとっても大きな勝利です」と歓迎してくれた。暖かい人たちだった。

 正午過ぎに会談が終了し、すぐさま社員食堂前で仏文のビラを配布した。ほぼ全員が受け取ってくれた。美人のパリジェンヌに「メルシー」と言われるとおれなんかどぎまぎしてしまう。用意した800枚のビラはまたたく間になくなった。午後はパリ市内に戻りCGT本部へ。ここでも歓迎され、昼間からのワインですっかりいい気持に。夜はパリ在住の通訳で活動家の福間憲三さんも加わって盛大に飲んだ。

 5日はフランス中部の町ディジョンへの移動だ。「これから新幹線に乗って、ディジョンへ出かけます。パリのリヨン駅を8:54に発って10:34にディジョンに着きました。パリと違って空は晴れ渡り、風もさわやか。大型バスに乗ってこれからホテルに向かいます。新幹線は快適でした」。

 「ディジョンの街の中心部のようです。凱旋門があってバスの停留所に人が待っています。車の路上駐車もパリよりは少ない感じです。日差しが強いですね、パリの寒さが嘘のようです。ホテルメルキュールに着きました。世界に展開するホテルチェーンですね。大きくてきれいですが何の変哲もありません」。

 「フランスでの子どもの日が過ぎようとしています。午後7時15分です。8時集合でレストランに行くことになっていますのでもうしばらく部屋にいます。ディジョンに来て人数が9人に減ったので、私は1人部屋。今バスに熱い湯を張ってゆったり浸かって浴衣を着て寛いでいます」。

 「フランで5日間過ぎたわけですが、昨夜も福間さんと話しましたがフランスでも日本と同じ利益第一主義が目立つそうです。EU統合でこれまでと違った経済環境にもあるようです。結果的には労働者に対する搾取・収奪は強まっている。失業者の増大も深刻な問題になっていて、200万人を超える失業者をどうするのか。まさに生存権が脅かされる。そう言えばパリ市内あちこちにホームレス的な人がおりますし、地下鉄車内で『家族が飢え死にしそうだ』と演説してお金をせびっている人も見かけました。職についてる人たちもなかなか大変らしく、不安定雇用の増大、いつクビになるか分からないという不安の中で仕事している人も多くいます。サービス残業だとか、資本に縛られた強制労働もあるようですが、なにせ個人の権利を尊重する国柄ですから、そう簡単には資本の側も思う通りにはいかない。そういう面もあるようです」。
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11470 私は捏造記者ではない――D止

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年08月14日
11470 私は捏造記者ではない――D止

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 植村さんが裁判を提起した直後、櫻井よしこ氏は「言論は言論で対抗すべきだ」と発言した。私もその通りだと思う。しかし氏のそれは言論とは言えない。言論には根拠があり、批判をするにしても節度が求められ、相手の人権を尊重しなければならない。氏の発言や文章には、残念ながらそのカケラさえないからだ。

 しかも植村さんは、朝日新聞社を退職し言論を展開する場さえない。言論で対抗する場を失い、しかも言論とは言えない暴言によって家族が脅威にさらされ、職さえ失ったことを考えれば、裁判という手段を選ばざるを得なかったのは当然と言える。その選択を私は支持する。

 櫻井よしこ氏らを相手にした裁判は、(植村さんは)札幌に住んでいた関係で札幌地裁に提起した。しかし、櫻井氏らは東京で行うべきだと『移送』を主張、札幌地裁はこれを認めたが、同高裁はこれを差し戻し札幌地裁で審理が始まっている。緒戦≠ノしてあの人たちは負けているのである。

 以上、少々長くなったが裁判に到る経過を説明した。折に触れ今後もこの問題を取り上げることがあると思い、スペースを割いた次第だ。では、この裁判はどういう意味があるのかを考えてみたい。

 一つは、「捏造」を乱発された植村隆さんの記事が、そうではないことを証明することである。1991年に書いた植村さんの記事について、朝日新聞社内においても「問題なし」の結論を得ている。当時の新聞各紙は「挺身隊」と「従軍慰安婦」は同意語として使われていたことも判明している。「挺身隊」と書いたことをもって、あの人たちは「捏造」といい続けているのである。

 合わせて、「捏造」ではなかったことが裁判所で認定されれば、「捏造」というレッテルを貼ることによって、従軍慰安婦の存在を打ち消そうとする歴史修正主義者たちの目論見を砕くことになる。歴史は誰の手によっても変えることはできない。そのことをあの人たちに思い知らせる裁判でもある。

 二つ目は、家族も含めて植村さんはバッシングを受けた。「捏造記者」と公の場で罵倒されたことによって、一種の村八分状態となったであろうことは窺い知れる。ネトウヨによるつきまとい的ネット上の攻撃は、いのちの危険さえ感じさせられた。それらを解消し、家族の人権を取り戻すのがこの裁判である。

【娘さんの判決報告をする植村隆氏・16/08/03日本弁護士会館】
160814.jpg

 そして三つ目は、言論の在り方を問う裁判でもあることだ。言論の自由というのは、何を書いても、発言してもいい≠ニいうことではない。おのずと節度が求められる。しかしこの事件はウソの言論という一種の暴力によって、植村さん一家に被害が広がったことは事実である。

 司法からの言論の在り方に対する過度な介入は要注意だが、少なくともこの裁判で「言論」による被害が起きている事実を認定させる必要がある。その被害救済にあたって、裁判所に言論の規範≠フようなものを出させることは正しくない。司法による言論への介入に抵触するからだ。それよりも西岡力氏や櫻井よしこ氏らと、その主張を無批判に掲載した週刊誌への批判を期待したいものである。

 裁判を提起した植村隆さんの決断に改めて敬意を表したい。一人のジャーナリストの「捏造記者ではない」という主張をしっかり受け止め、バックアップしたいものである。とりわけ昨今、戦前回帰の動きが強まっているなかで、この問題を堤防の一穴にさせないためにも。

★脈絡のないきょうの一行
SMAPが今年12月末に解散。いつかはあるのだろうが、この時期だったのだろう。
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2016年08月14日

11469 私は捏造記者ではない――C

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年08月13日
11469 私は捏造記者ではない――C

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 もう一つの「札幌訴訟」をみてみよう。これも小ブログで紹介したが、櫻井よしこ氏が執筆したものを掲載した、新潮社(週刊新潮)、ダイヤモンド社(週刊ダイヤモンド)、ワックス社(WILL)を相手とした名誉棄損の裁判である。もちろん当事者の櫻井よしこ氏をも相手にしている。

 こちらもひどい。よくもまあ、ここまで悪罵を書けるものだと、その精神構造を疑ってしまう。前出単行本の植村さん著作の「真実」から一部を拾ってみよう。

                              ◇
 例えば、『WILL』2014年4月号の「朝日は日本の針路を誤らせる」という論文では、こう書いている。

 「改めて疑問に思う。こんな人間に、果たして学生を教える資格があるのか、と。一体、だれがこんな人物の授業を受けたいだろうか。教員というのはその人物の人格、識見、誠実さを以て全力で当たるべきものだ。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

 10月23日号『週刊新潮』のコラムでは、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、私の記事を「捏造」と批判。「23年前、捏造報道の訂正説明もせず頬被りを続ける元記者を教団に立たせ学生に教えることが、いったい、大学教育の姿なのか」と主張した。

 特にひどいのは、同じ週に出た『週刊文春』(10月23日号)の「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい OB記者脅迫≠錦の御旗する姑息」という、西岡氏との対談記事だ。
 「捏造疑惑について説明責任を果たしていない元記者を教壇に立たせていいのかという問題意識が、本来は先に来るべきでしょう。『週刊文春』(2月6日号)の報道で、私は初めて植村氏が神戸の女子大に勤務する予定だと知り、事実関係の確認の為に、その女子大に問い合わせをしました。大学側は「お答えできません」と回答しましたが、その後、採用は取り消された。現在、北星学園大学で彼に教わっている学生たちは、どのような気持ちでしょう」

 「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」
                              ◇

 いやはや、これは品も格も、羞恥心もない言いたい放題である。暴力的言辞を肯定しそれを煽ってさえいる。その延長に、北星学園に「天誅として学生を痛めつけてやる」だとか、植村さんの娘さんの氏名や写真をネットにさらすなどの、暴力がまかり通ったのである。

 これらの記事は、明らかに言論の自由を逸脱しているし、捏造という言葉を使いながら、実は自身が捏造していることに気づいていない。これらの記事を対象にして植村さんは札幌地裁に名誉棄損の裁判を提起したのである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
天皇の生前退位、あっていいこと。天皇の人権を守るためにも。
posted by マスコミ9条の会 at 07:48| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

天皇の「務め」とはなんだ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月12日
天皇の「務め」とはなんだ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 天皇の引退表明の中で「務め」という言葉が合計7回も出てくる。この言葉を広辞苑で引いてみると大まかに3つの意味があることが分かる。一つは「務め」「勤め」「勤務」のように労働の意味。二つ目は「毎日お経をあげる」という宗教的行為。第三に「金で縛られる遊女稼業」のような義務的苦役のこと。

 天皇のいう「務め」とは上の三つのうちのどれだろう。国会の開会式に出たり、内閣を認証したり、政府要人と会ったり、被災地を慰問したり、書類決裁をしたりするのは確かに「労働」と言える。9日付けの『毎日』に「天皇陛下の最近1週間のスケジュール」が出ているが、確かに大変な労働量だ。

 宗教的行為も半端な仕事の量ではない。皇居内ではのべつまくなしに「宮中祭祀」が行われている。「神道の流れをくむ伝統行事で、政教分離の観点から陛下の私的な活動と位置づけられています」(同『毎日』)。引退表明の中で「殯(もがり)」という言葉も使われているが、皇族が死んだ時の葬儀関係行事は想像を絶する密度だ(昭和天皇の場合は1年間にわたってさまざまな儀式が行われたという)。

 天皇は憲法で「日本国民の象徴」と規定され、皇室典範に基づく仕事が義務付けられる。下々のおれたちの場合は憲法や労働関係法によって「意に沿わない苦役」や「強制労働」は禁止されている。ところが天皇家に生まれて、本人の意思に関係なく天皇になると、あの仕事はいやだなんて言ってられない。

 ということになると、天皇が述べた「務め」という言葉は「労働」「宗教的行事の遂行」「義務的行為」のいずれにも当てはまることになる。天皇は高齢を理由にこれらの「務め」からの解放を願っているということになる。この願いを政府なり国家権力なりが拒否する権限があるのだろうか。天皇の生前退位を拒むため、彼らが拠り所にするのは天皇の務めを規定している「皇室典範」であろう。

 「そもそも戦後に制定された今の皇室典範には当初から問題があった」と指摘するのは一橋大学の吉田裕教授だ(同『毎日』)。戦前の皇室典範が下敷きになっており、皇位継承を皇統の男子だけに限っているなど古い規定が残っている。「新憲法に適合する形で、もっと踏み込んで見直すべきだった」と指摘する。

 国民が憲法とそれに基づく法律で保障されている「強制労働の禁止」や「男女平等」などが通用しない皇室とは何なんだ。一国民としての権利を有しない天皇が「日本国民の象徴」だということ自体が根本的矛盾だとおれは思う。天皇の引退表明は日本国憲法に基づいて承認されなければならない。
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2016年08月12日

11468 私は捏造記者ではない――B

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年08月12日
11468 私は捏造記者ではない――B

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 週刊文春のこの報道によって、神戸松蔭女子学院大学に「採用するな」の抗議のメールが1週間に250本も届いたという。殺到した抗議を受けて同大学は植村さんに、採用辞退を申し入れてきた。すでに朝日新聞社の退職手続きを済ませていた植村さんは、拒否せざるを得なかったものの大学当局の対応は頑なだった。

 結果、神戸松蔭女子学院大学で教鞭を取ることを断念せざるを得なかった。

 影響は神戸に止まらなかった。現役記者の頃からやっていた札幌の「北星学園大学」の非常勤講師にも影響が出始めたのだ。いわゆるネトウヨが、「植村隆をやめさせなければ爆破する。学生を痛い目に遭わせる」などの脅迫を始めたのである。

 北星学園大学は苦慮した。1500万円を投じて警備強化を行った。同大学出身者や周辺住民が、暴力に屈するな、と「負けるな北星!の会」(略称マケルナ会)を結成し大学を励ました。私もその会にかかわりをもっている。

 さらにネトウヨは、植村さんの家族にも触手≠伸ばした。高校2年生だった娘さんの実名と写真を、ネットに公開したのである。その卑劣なやり方に心ある学者やメディア関係者、そして弁護士らが立ち上がり、ネットに書き込んだ本人を特定し損害賠償の裁判を起こしたのである。その裁判の判決が小ブログでも紹介した8月3日に下されたのである。全面勝訴だった。

 娘さんのこの事件に関して、心温まるエピソードを聞いた。ネット上に娘さんの写真が出たことを知ったとき、「娘を動揺させてはならない」と思い、植村さんはそれを知らせなかったという。一方、娘さんは「父に心配かけさせたくない」と、家庭の中でそのことに触れなかったという。

 考えてみればこの種のネットの扱いは、子どものほうが早いし情報も早い。親よりも早くそのことを知っていたという。しかし娘さんはそのことを隠して、日常生活を送っていた。植村さんは「それを知ったとき、あの書き込みは絶対に許さないと思った」と涙腺を緩ませながら語ってくれた。父娘の優しさ溢れる1ページである。

 以上が、東京裁判の概要である。植村さんは捏造記者でもなんでもない。1991年当時、報道各社が同列視して扱っていた「挺身隊」と「従軍慰安婦」という表現を紙面でしただけのことであった。にもかかわらず、しかも植村さん本人にはまともな取材もせず、週刊文春は「捏造記者」のレッテルを貼って報道したのである。それにワル乗りして、西岡力氏はレッテル貼りに加担したのである。

 その結果、植村さんは仕事を失い家族まで脅迫され、身の危険に晒されることになった。これはもう許しがたい暴力である。

 植村さんは朝日新聞社を退社後、脅迫に屈しなかった北星学園大学の非常勤講師を続ける傍ら、裁判闘争をつづけた。そして現在では、韓国ソウルの「韓国カトリック教会大学客員教授」として活躍している。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
伊方原発再稼働、高江ヘリパッ建設…。強行の裏に潜むファッショ性を見逃してはならない。

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2016年08月11日

11467 私は捏造記者ではない――A

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年08月11日
11467 私は捏造記者ではない――A

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 まず、植村裁判の東京訴訟をみてみよう。これは、前述したように東京基督教大学教授の西岡力氏と文藝春秋社を名誉棄損で訴えた裁判。(※注・経過等は単行本「真実 私は『捏造記者』ではない」と週刊金曜日1016年5月の「抜き刷り版」を参考にした)

 2014年のことだからついこの前のはなし。そのころ植村隆さんは、朝日新聞の記者として北海道の函館支局長として活躍していたが、神戸の「神戸松蔭女子学院大学」がマスメディア論・文章論などを担当する教員の公募を知った。

 しかも新聞記者経験者を求めていた。植村さんは当時55歳で、家族は札幌に住んでいたが、単身赴任でもいいと考え同大学院の門をたたいた。結果、13年暮れに採用が内定した。いわば早期退職による転職である。

 植村さんが神戸松蔭女子学院大学の教員として内定したことを受けて、週刊文春14年2月6日号は「慰安婦捏造£ゥ日新聞記者が女子大お嬢様女子大教授に」という見出しをつけて報道したのである。その中身は、1991年に植村さんが書いた記事が、捏造であったと断定した上で、である。

 植村さんが書いたその新聞記事のリード部分を紹介しよう。この記事は同年8月11日の朝日新聞社会面のトップ記事として扱われた。

                              ◇
 【ソウル10日=植村隆】日中戦争や第二次大戦の最、「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞王・共同代表、16団体役30万人)が聞き取り調査を始めた。同協議会は10日、女性の話しを録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと身の毛がよだつ」とかたっている。体験をひた隠してきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開きはじめた」
                              ◇

 この記事に対して、現東京基督教大学教授の西岡力氏は、92年4月号の月間「文藝春秋」に、植村さんが「挺身隊」という言葉を使ったことについて「重大な事実誤認がある」と批判した。当時、「挺身隊」と「従軍慰安婦」という表記は明確に分けられておらず、報道機関は同意語≠ニして使用していた。それはのちに整理されて使い分けられることになるが、西岡氏は鬼の首を取ったかのように、批判したのである。

 朝日新聞社はこの問題について精査し、「問題なし」という結論に至っている。その23年も前の記事を引き合いに出して、週刊文春は植村さんに「捏造記者」というレッテルを貼ったのである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
中国船の尖閣諸島周辺への挑発航行、報道が事実だとしたら、行き過ぎじゃないの?
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海外旅行・フランス(1998年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年08月10日
海外旅行・フランス(1998年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 パリメーデーはこの後、花火を振り回す男や、やおらインターをがなりだす酔っ払い等が出現して狂騒のうちに16:30頃解散地点に到着。ここは別のところから出発したFOやCFDTの解散地点でもあり、大変な群衆だ。CGT/AFの役員とやっと探したビアガーデンへ。喉をうるおして生き返った。

 「5月2日土曜日朝8時45分。昨夜雨が降ったようで道路が濡れています。寒いです。テレビの天気予報では最低気温10度、最高気温も15度に達しないということです。これからパリ市内へ向かいます。朝市に来ました。マグロがあります。1キロが68フラン。イカ、タイ、巻貝、小魚、鯵なんでもあります。

 ダリ美術館に行ってきました。35フランの入場料が安いと思えるほど凄い体験でした。ゆがんだ時計だけでなくて女性の胸や腹の部分が引き出しになっていたり、馬が空を飛んでいたり、リンカーンの絵の中にヌードの女がいたり大変奇抜な発想です。頭の中がサイケデリックになってきます。

 市内の大きな墓地です。パリコンミューンで銃殺された労働者、ロッシーニ、イブ・モンタン、モジリアニのお墓もあります。第二次大戦のレジスタンス兵士の墓とモニュメント。結構新しいです。雨がドドッと降ってきました。4時半。モンパルナスのホテルへ直行です。今夜は川崎シェフの特別料理で大パーティです」。

 「料理の出来るのを待っているところです。パリについての感想ですが、固定観念としてのパリでなく、いろんな人がいていろんな価値観かあることを痛感します。メーデーで歩いていた労働者、悩みや生活の苦しさ、喜びを素直に表していてとても親しみやすい。よそよそしい感じはありません」。

 「5月3日日曜日9時半。これからモスクへでも行こうかということらしい。今日は昨日までと違って青空が幾分見える。少なくとも雨は降らずうまくいけば晴れそうです。パリで道を歩く時には右を見て左を見て下を見なければなりません。道に犬のウンコが落ちているからです。あんなに犬が優遇されているとは驚きです。レストランやスーパーの中にも堂々と犬が入ってきますし、ウンコや小便は平気です。モスクに着きました。青を基調としたモザイク模様がきれいです。パリにいることを忘れます」。

 「午後6時、1人でホテル周辺を散歩しました。黒いジャンパーを着た胡散臭い若者のグループがいます。近寄らないことが肝心です。コートを着ているのですが寒い。路地に入ると、ピープショウという看板が出ている建物があります。ちょっと覗きこみますとピンクの照明の舞台と客席が見えました。お客はまだのようでした。
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