2016年10月31日

昨今の電通叩きと荒川恒行さん

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月31日
昨今の電通叩きと荒川恒行さん

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 広告独占の電通が叩かれている。長時間労働とパワハラで過労自殺まで引き起こした企業に厚労省は「時短優良マーク」を与えていた。NHKの国会討論会で共産党小池晃書記局長に追及されて、当時の担当大臣だった田村憲久氏が「反省」したという。(31日付『赤旗』)。

 大体、電通には労働組合があるのか、という声も聞こえる。ある。連合にも全労連にも加盟していないが、MIC、広告労協の主力組合である。電通労組というとおれの頭にすぐ浮かぶのは荒川恒行さんだ。荒川さんとは70年代初めからの付き合い。トルコやスペインに一緒に旅行もした。

 1935年生まれの荒川さんは、59年に学習院大学政経学部を卒業してその年に電通入社。63年に組合代議員になったことがきっかけで組合運動に入り込む。職場新聞「アルファ」の編集長から64年には電通労組本部執行委員長になる。そして広告労協議長、MIC事務局長と会社の仕事をしながらの労働組合活動を電通定年退社の91年まで続ける。小さい身体だったが、やることは精力的で実践派だった。

 荒川さんが組合活動家と5人で都労委に昇格差別是正の不当労働行為事件を申し立てたことがある。申立は72年。荒川さんはこの申立についてMIC編集の遺稿集「私の電通」で次のように述べている。

 「5人はそれぞれ家族や親しい仲間などとも相談し、後顧の憂いのないよう万全の態勢をとった。というのも当時の私たちは、労働委員会の何たるかもろくに知らない素人集団であり、まして家族などから、『会社と裁判で争うなどとんでもない』といった意見や、『裁判闘争となると長い年月がかかるのではないか』、あるいは『やってもいいが、ほんとに勝てるのか』といった様々な疑問や怖れがあったからである。

 いろいろ悩んだ都労委闘争だったが、たたかいは2年ちょっとで勝利する。会社が和解に応じて全員の副部長昇格を認めた。おれが都労委委員になる3年前だ。

 荒川さんは電通定年後映画の「にっかつ」で新たな仕事に取り組んだが94年に退社。その数年後、杉並区西荻窪の自宅を大改装。エレベーター付きの3階建てだった。佐藤一晴さん夫妻と新居に招待されたことがあった。そこで数年過ごしたのかな、2005年11月9日に70歳で亡くなられた。もし存命なら昨今の電通叩きにどんな感想を言うのだろうか。話を聞いてみたい気がする。
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2016年10月30日

海外旅行・韓国(2001年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月29日
海外旅行・韓国(2001年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 11月25日から28日までの3泊4日。手元には手帳に書かれた簡単な記録しか残っていない。その手帳によると、どうやら出発からドジをふんだらしい。「集合場所が第一ターミナルなのに第二ターミナルと信じていて、Gカウンターに行った。KE便は第一と気付き、連絡バスで第一へ。疲れた」。

 成田発9:20。同行者は夏にハンガリーへ行った出版労連関係で、うちの女房は行かなかった。そのこともあってターミナルの間違いらしい。ソウル着12:00。ホテルは3泊とも世宗(せぞん)ホテル。どんなホテルだったか、着いた日に何をし、何を食ったか記憶がない。多分焼肉とマッコリでパタンキューだったんだろうな。

 2日目に「教科書問題で俵義文さんとともに韓国の関係者と交流会」とある。俵さんはずっと前からソウルに滞在していて、中国や韓国の研究者たちと共同編集の歴史教科書をつくるための作業をしていたらしい。その作業が実って4年後の2005年5月に「未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史―」(223ページ1600円・日本での発行は高文研)という立派な教科書ができた。

 俵さんは元出版労連中執でその当時からの知り合いだ。定年前に教科書会社を辞めて「子どもと教科書全国ネット21」事務局長になった。俵さんに誘われておれも「教科書ネット」の会員だ。

 3日目の27日は「戦争博物館 ソウルタワー」としか書かれていない。ということは独立記念館とか西大門刑務所跡などへは行かなかったんだな。戦争博物館は1年前にも行ったが、朝鮮戦争やベトナム戦争の展示しかない。ソウルタワーの帰りに安重根記念館へ寄ったかどうかもはっきりしない。

 最終日は民俗村まで足を伸ばして遊んでいる。ここはのんびりしたテーマパークで、ロッテワールドなんかよりずっといい。おれはこの後も3〜4回行っているが、その都度新しい発見がある。屋台のようなところでチヂミを食わせマッコリを飲ませてくれる。民俗村でゆっくりして、ソウルを18:00に発ち成田に20:40に着いた。どうやら、出版の人たちの教科書問題をテーマにしたソウル旅行に付き合わされた感じだ。ま、それなりに面白かったけどね。

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2016年10月27日

11498 それでもつらい、大川小学校判決

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月26日
11498 それでもつらい、大川小学校判決

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 石巻市と宮城県に賠償命令が下った。84人のいのちを奪った津波。賠償命令が出たからと言って、いのちが帰って来る訳ではない。つらい判決である。

 判決は市と県の責任をどういう形で認めたのか、現段階では不明である。その内容が明らかになったら、改めてこの問題に言及したい。が、地震発生から45分間にわたって、避難することもせず待機していたという。何故なのか。

 福島県浪江町の請戸(うけど)小学校では、いち早く避難し一人の犠牲者もけが人も出さなかった。同小学校は2階部分にまで津波が押し寄せていた。それでも「避難する」という素早い判断が子どもたちのいのちを守った。こことの違いはどこにあったのか。

 疑問はまだ闇の中だが、あいまいにしてはならない。災害列島≠ノおける危機管理の在り方、いのちを守ることの大切さ、そのときの判断――。この事件に潜む教訓は、山ほどある。防災と災害被災者支援に取り組んで、20年を超えた私自身も気づかないところにあるかもしれない。この裁判の行方、しっかり見極めたいものである。

                           ◇=◇=◇
<大川小訴訟>石巻市と県に14億円賠償命令
河北新報 10月26日(水)15時16分配信


 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は26日、学校の責任を認め、計約14億2660万円を支払うよう市と県に命じた。公立学校教職員の管理監督下で震災の津波で犠牲となった児童生徒を巡る司法判断は初めて。全国の教育現場に大きな影響を与える可能性がある。

 19遺族は2014年3月に提訴。訴訟では(1)津波の到達を予見できたか(2)津波の被害を回避し、児童を救えた可能性があったか―が主に争われた。遺族側は「防災無線や市広報車からの情報で津波の襲来は認識できた。裏山などへ避難すれば全員助かった」と主張。市側は「当時得られた情報から想定を超える規模の津波は予見できず、結果は回避できなかった」と反論していた。

 訴えによると、11年3月11日午後2時46分の地震発生後、大川小の教職員は約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。校庭近くの北上川堤防付近(標高6〜7メートル)に避難を開始した直後の午後3時37分ごろ、高さ8メートルを超す津波にのまれ、児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。

 当時、校内にいて助かったのは教職員11人のうち男性教務主任1人と、児童4人のみ。学校の管理下で子どもが犠牲になった戦後最悪の惨事とされ、遺族らは真相究明を求めてきた。

 仙台地裁で言い渡された津波訴訟判決は6件目。行政の賠償責任が認められたのは、東松島市野蒜小を巡る訴訟(仙台高裁で審理中)に続き2件目となる。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
ETC料金で4万件の過剰請求。中央道と圏央道に関する路線だと。うちも被害に遭っているかも。怒。

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2016年10月26日

連合の評判が悪いのは当然だが

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月26日
連合の評判が悪いのは当然だが

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 このところ連合の評判がすこぶるよくない。例の新潟県知事選で原発再稼働派の自民候補を推して落選。続いて衆院東京10区補選でも共産党との選挙協力を妨害した。このため民進党候補は野党の票を集めきれず自民候補に大差で敗れた。連合は民進党の足かせになっているという声もある。

 この二つの選挙ではっきりしたのは、連合が「反共」と「労使協調」の労働組合であるということ。全国的に反原発の世論が盛り上がっているというのに、電力会社と二人三脚で再稼働を謀る。市民団体が苦労して築きあげた野党共闘から共産党を排除しようとする。これでは評判が悪くなるのも当然だ。

 しかし悪いのは連合であって(それも企業や権力と癒着した一部幹部)、労働組合がすべて悪いわけではない。その辺をごちゃ混ぜにして「もはや労働組合はいらない」などと言い出す危険がある。現役の労働組合に奮起を促す。ま、おれたち労働組合OBの責任も大きいけどね。お互いがんばろう。

 この前ネットで「二木紘三のうた物語」を開いたら「聞け万国の労働者」を取り上げていた。「『聞け万国の労働者』と聞くと、労働運動・左翼運動が盛んになった戦後になって歌われ始めた歌だと思う人が多いかもしれませんが、実は、大正9年(1920)5月2日、日本初のメーデーが東京・上野公園で開かれたときに発表されたものです。

 永井建子(けんし)作曲の軍歌『歩兵の本領』や、そのメロディを採用した旧制一高の寮歌『アムール河の流血や』の曲に、池貝鉄工の従業員で社会運動家だった大場勇が詞をつけたもの。同じメロディが右と左のデモンストレーションソングに使われたのですから、皮肉な話です」。

 これには読者からの投稿があってそれが痛烈。「今の労働組合に聞かせたい歌ですね。春闘賃上げといっても総理の要請でベアがあるだけ。ストもなければ団体交渉もない。労働三権の行使もない賃上げ。馴れ合い賃上げで勝ち取った成果など吹き飛んでしまえ。無産の民、非正規労働者決起せよ」。

 おれなんかも、労働運動に生き甲斐を感じ、労働運動で飯を食ってきた1人なんだろうな。昔話をすればキリがないが、問題は現在、それからこの先どうするかということだ。今真剣に考えて再建方針を立てないと労働組合は絶滅品種になってしまう。

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2016年10月25日

映画『渡されたバトン』と新潟知事選

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ
「テレビ」と「平和」と「憲法」のblogより転載
http://blog.goo.ne.jp/takuzou4108
2016年10月22日

映画『渡されたバトン』と新潟知事選

■仲築間 卓蔵(元日本テレビプロデユーサー)


 地元のニュースの「社会時評」に毎月書いているものの転載です。

 映画『渡されたバトン』(脚本・ジェームス三木、監督・池田博穂)の試写を観たのは4年ほど前である。
 作品の舞台は新潟県巻町(現新潟市)。
 1968年 夏。過疎化のすすむ人口3万人の巻町に異変が起きた。角海浜地区の地価が値上がりしはじめた。
 東北電力が巻町に原発を計画していることを新潟日報がスクープした。
 何十億円もの協力金や保証金。
 町民の意見は真っ二つに分かれた。
 そんな最中、1986年のチェルノブイリ原発事故。建設反対派は「住民投票を実行する会」を結成。推進派の圧力にもかかわらず、投票率44%。その95%が原発反対票という圧勝だったが・・・。この作品は、25年にわたる巻町民のたたかいの歴史。
 10月16日の新潟県知事選で、米山隆一さんが圧勝した。県民と野党共闘の勝利だが、新潟県民のたたかいのルーツは「巻町」にあったといっていいだろう。今回の県知事選勝利は、「渡されたバトン」を、たしかに受けついだ県民の勝利だ。


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2016年10月23日

海外旅行・ハンガリー(2001年)D

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月23日
海外旅行・ハンガリー(2001年)D

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 9日は朝の8時にホテルを出て、ドイツとの国境に近いチェスキー・クロムロフという中世の趣を残した世界遺産の町へ向かった。昼食付きの小旅行。道路の沿線は見渡す限りの農地だ。広い畑と豊かな稔り。そんなボヘミヤ地方をソ連は工業国にしようとした。そこに誤りがあったようだ。

 クロムロフの町並みは素晴らしかった。町の真ん中を川が流れていて優雅な橋がかかっていた。「中世」を満喫して夕方プラハに戻り、夜は昔修道院だったという音楽レストランでツアー最後のディナー。例によってビールとワインをがぶ飲みしてやっとこさホテルに帰り、殆ど気絶状態でベッドに倒れた。

 《チェコという国は、第二次世界大戦までウクライナとチェコとスロバキアを合わせた大きな国だったわけですが、戦争が始まるとスロバキアが抜け駆けでナチと裏取引をやりまして結局ばらばらになりました。大戦が終わってチェコとスロバキアは一緒になったがウクライナはソ連にとられちゃった。

 占領したのはアメリカとソ連だったが、ヤルタ会談でソ連に帰属することが決まっていたので鉄のカーテンの内側に閉じ込められてしまった、とガイドさんは嘆いていますが、嘆くようなことばかりだったのか。しかとは分かりません。土地も先祖からの宝物も取られて突然馬小屋みたいなところに入れられたと言う。まあそういう実例もあったのかも知れませんがね。ま、ここは誰でも欲しくなるような土地ではありますね。

 日本は遠いからここへ攻めてくるのは無理だろうけど、例えばお金で買うとかしてここの土地を手に入れたいものです。清水さん、豊島区労協で買わねえか。まあ冗談ですけどね。今回の旅行でははほどほどにワインを飲んだので、健康で気分良く帰れそうです。飲み過ぎた人もいる中で、自制心というのはいかに大事かということを痛感した10日間でした(周囲の笑い声)。

 チェコの文化はなだらかで、あまりぎすぎすしたものは見当たりません。女性が美しい国です。特に若い女性がね。なに言ってるのかな。ようするにチェコはいい国です》。

 10日午後プラハを発ち、ウィーン経由で成田へ、11日8:20、機中でもぐっすり眠れて、元気に帰国。9年ぶり2度目のハンガリー旅行でした。

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2016年10月20日

日露領土交渉と浅田次郎「終わらざる夏」

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月20日
日露領土交渉と浅田次郎「終わらざる夏」

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 18日、日本共産党は「日露領土交渉の行き詰まりをどう打開するか」という提言を発表した。提言の(2)で共産党は「国後、択捉は千島列島にあらず。だから返還せよ」との日本政府主張が国際法的にも通用しない、と言い切っている。この姿勢を抜本的に再検討すべきだというスタンスである。

 おれはこれを見て、つい最近読んだ浅田次郎の「終わらざる夏」が思い浮かんだ。集英社文庫で上下2冊、728ページの長編である。「終戦直後の知られざる戦い≠舞台に『戦争』の理不尽を描く歴史的大作」なのだそうだ。舞台は千島列島の最北端、カムチャッカ半島の鼻先にある占守島である。

 占守(シュムシュ)島は南北30キロ、東西20キロほどの、千島列島には珍しい平坦な島だ。ここに太平洋戦争終結時「最新鋭の戦車聯隊と1個師団1万5000の将兵」がいた。当時の大本営はアリューシャン列島の失陥後、北からアメリカ軍が進攻してくると予測。それをを食い止めるための部隊だった。

 千島列島は最北端の占守島を含め日本固有の領土であった。明治維新頃までは樺太も千島も日露混住の地域だった。日露それぞれに国境画定の必要を認め1875年(明治8年)、「樺太・千島交換条約」を結んだ。この条約により日本は樺太に対する権益を放棄する代わりに千島列島を日本領土に画定した。

 浅田次郎「終わらざる夏」によると、明治政府が熱心に千島統治をすすめたため、郡司成忠海軍大尉が「報效義会」(ほうこうぎかい)なる集団を率いて占守島へやってきたという。いろんな困難を乗り越えてこの地に定住するようになった。先住民や島周辺で漁をするアイヌとも共存してきた。

 1945年8月15日に日本は降伏したのだが、その3日後の18日にソ連軍が戦争を仕掛けてきた。最初ベルリン戦線から指し回した劣勢な部隊に攻撃させておいて、日本軍がやむなく反撃に出ると本格的な戦争に持ち込んだ。小説の主人公たち(ソ連兵も含めて)はあらかた戦死してしまう。

 生き残った若い医師菊池が抑留されたシベリアで冬を迎えるところでこの小説は終わる。菊池は「どれほどいじめられても、生きなければならない」と決断する。「おのれの身をやすやすと見限るほど、人の命を助けてはいない」。菊池医師は今も存命なのだろうか。生きているとしたら昨今の安倍政権によるロシアとの領土交渉をどんな思いでみつめているのだろうか。
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11497 晩秋の尾瀬ヶ原B止

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月20日
11497 晩秋の尾瀬ヶ原B止

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 おやおや、少しラッシュ気味に。大集団も到着した。静かだった湿原が、いきなり賑やかになる。これもまた良し、である。ミズバショウの季節はこんなものではない。人を見にきたような錯覚になることさえある。

【込み合ってきた木道、正面は至仏山】
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 次の目標は「龍宮十字路」だ。しばらく歩くと3bほどの沢というか、小川が出現。橋の上から覗いてみると、な、なんと。イワナの稚魚が泳いでいるではないか。それも集団で。5aから10a程度だ。イワナは神経質で怖がり屋で、人の足音やちょっとした物音でも逃げてしまう。ところがここのそれは違う。

 橋の上でドン、ドンと踏みつけて音を立てると近寄ってくるのだ。不思議な光景である。もしかしたら、ハイカーがパンのカケラなどのエサを投げ込むのではなかろうか。人が近づく気配を感じると、エサをもらえるという条件反射の可能性もある。そういえば、尾瀬でイワナを捕まえる人はいない。賢いのか困ったことなのか……。

【集まって来たイワナたち】
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 十字路付近にも休めるスペースがある。ここで一息。南側に富士見峠がある。ずいぶん前だが、鳩待峠から横田代、アヤメ平を経て富士見峠の手前で北上し、この十字路に入ったことがある。ゴールデンウィークの最中だったが、全山雪であった。

 このとき、人が歩いた踏み跡がなく方向を採るのに苦労した。尾瀬ヶ原に着いたときは、一面、真っ白でどこに道があるか分からない。おおよその検討をつけながら歩いたものだ。おそらく、湿原にも踏み込んだことだろう(ごめんなさい)。そのときは無事に木道を見つけ十字路に到着し、鳩待峠まで戻ることができた。ここは、そんな思い出の場所だ。

 この十字路から、直角に左折し東電小屋の方(南)に向きを変える。さらに分岐で、もう一度左折。しばらく歩くと、「三又」に着く。ここからはもと来た道である。一休みの後、今度は至仏山を正面に観ながら、下山開始である。

 最初に休んだ山の鼻で行動食をとり、気合を入れ直す。有料トイレ(100円)を借りて用を済ませいよいよ(登りの)下山だ。ゴール近くになると、登りはきつくなる。子どもたちに(悔しいけど)追い越されてしまう。それでも山の鼻から鳩待峠まで、1時間で到着。地図のコースタイム1時間20分より早かったことで良し、としよう。

 帰路、関越道沼田ICにほど近い白沢・道の駅に隣接する「望郷の湯」で汗を流し、この山行をしめくくった。

【コースタイム】
 鳩待峠(6:30)−山の鼻(7:20 7:40)−三又(8:30 8:40)−十字路(9:05  9:30)−東電小屋分岐(9:50  10:00)−三又(10:30  10:40)−山の鼻(11:10 11:40)−鳩待峠(12:40)

★脈絡のないきょうの一行
山本有二農林水産相の「強行採決」発言、辞任に相当。品も格もない大臣に失望だ。
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2016年10月19日

11496 晩秋の尾瀬ヶ原A

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月19日
11496 晩秋の尾瀬ヶ原A

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 この山の鼻で一休み。持参のみかんがうまい。一息入れて、尾瀬ヶ原に入る。木道がつながっている。ここは基本、右側通行だ。まず、最初の目標「三又」へ急ぐ。正面に日本百名山の一つ、燧ケ岳(ひうちがたけ・2,356M)が現れる。立派だ。

 振り返れば、これまた百名山の一つ至仏山(しぶつさん・2,228M)が聳えている。天気の良さに、その姿は一層映える。こんな燧ケ岳と至仏山を見たのは初めてかもしれない。尾瀬ヶ原の人気は、この二つの山の影響があると思われる。尾瀬の晩秋と二つの山を見せてもらって、至福の時であった。

【正面に立派な燧ケ岳】
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【振り返れば至仏山】
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 私はこの両山とも、5月のゴールデンウィークの雪の中を歩いた。燧ケ岳は尾瀬沼から取り付いた。このときは目の前に雪があり、雪のカベ≠登っているような錯覚に陥った。

 燧ケ岳の山頂から「見晴らし」の小屋へ下る途中、道を間違え、小一時間、雪の中を彷徨した。単独行だったためちょっと怖かった。谷筋から稜線に上がるところにくくりつけてある目印のリボンを見落とし、直進したのが敗因。小屋の風呂がやけに温かかった。

 至仏山は、小至仏山から頂上までのトラバースをこわごわ歩いた。雪崩が起きないか不安だったからだ。ところが山頂の雪は、風で吹き消されていた。ばかりか、眼下の尾瀬ヶ原は白一色で、その広さを呆然と見惚れたものである。そんなことを思い出しながら歩いていた。

 「三又」の手前で、若い人がしきりにカメラのシャッターを押している。池に映った燧ケ岳を撮影しているのだ。早い時間帯だったことが功を奏したのだろう、水面は鏡のように穏やかで、これまた「逆さ燧ケ岳」がお見事だった。「明鏡止水」の現物版である。

【水面に映った燧ケ岳】
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【逆さ燧ケ岳と私】
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 写真を見ていただければ分かるとおり、尾瀬ヶ原は広い。実にひろい。すべて木道でつながれている。三又で一休み。反対側からやってきた人たちもここで休み、やや混雑気味に。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
北方領土問題が急浮上。返還が筋だが、返ってくると観光化で島の環境破壊が進むのでは?
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2016年10月18日

11495 晩秋の尾瀬ヶ原@

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月18日
11495 晩秋の尾瀬ヶ原@

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 尾瀬ヶ原は、夏、そして雪の季節とミズバショウの季節に訪ねたことはあるが、秋は行ったことはなかった。そこでいい天気に誘われて、10月16日の日曜日に行ってみた。込み合うことを予想して、夜中のうちにスタート、登山口の「鳩待峠」に着いたのは夜中の2時過ぎ。とりあえず車の中で仮眠。同行はSさん。

 鳩待峠まではマイカー規制があり、要注意だ。この日は、規制外で利用できた。駐車場は想定どおり込んでいた。同好の士はいるものだ。霜に覆われて真っ白になっている車もある。これらは、前日から山に入っている人たちのものと思われる。当夜着いた車は、車内があたたかいから霜はつかないからだ。ということは、外はそれだけ寒いということになる。

 外が明るくなり、途中のコンビニで買い込んだサンドイッチを朝食として頬張る。しっかり食べないとバテるから。食事を終わらせて、車の外に出てみると寒い。震えがくるほどだ。慌ててザックの中からマウンテンパーカーを引っ張り出して着込む。うん、少し落ち着く。

 6時半、歩き出しだ。どの登山口からもそうであるが、尾瀬ヶ原に入るには(この鳩待峠からも同じ)、下りからはじまる。ということは、尾瀬ヶ原は広大な窪地≠ニ言うことになる。ちなみに、この尾瀬ヶ原の東側にミズバショウが群生する「尾瀬沼」があるが、この原のほうが低く、水はこちらに流れてくる。

 この水は「百名瀑」の一つ、三条の滝に注ぎ、只見川となって奥只見湖に流れ込む。そのあとはなんと、新潟空港近くを河口とする「阿賀野川」につながるのである。只見川の源流は尾瀬沼であり尾瀬の水は、遠く新潟市に注いでいるのである。「尾瀬の水が新潟に」――考えると気が遠くなりそうだ。

 尾瀬ヶ原へは、鳩待峠から下って行く。登山道に霜が降りて所々、真っ白になっている。特に木道は滑らない様に気を遣う。おやおや、早い時間にもかかわらず登って(下山して)来る人もいる。前日、小屋泊りの人たちだろう。「お早うございます」とあいさつしながらすれ違う。登山道は尾瀬ヶ原も同じだが、2車線≠ノなっており、歩きやすい。

【晩秋の登山道】
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 小さな沢を4つほど横切る。木製の橋がかかっているから大丈夫。周辺の木々は、秋色に染まり葉を落とし始めていた。晩秋というより、初冬なのかもしれない。その秋色を撮影するカップルもいる。

 まず、「山の鼻」と呼ばれる場所に着く。おもしろい名前だ。おそらく尾瀬ヶ原を顔に見立てた場合、「鼻」の位置になるのだろう。ここにはテントサイトがあり、何軒かの山小屋もある。色とりどりのテントから出て来た人たちは、それをたたむ作業を始めていた。これまた、山の風景である。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
死刑廃止に反対が73.3%(FNN調査)。「殺された人も殺した人も同じいのち」の教育不足が露見。課題は重い。
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2016年10月17日

海外旅行・ハンガリー(2001年)C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月17日
海外旅行・ハンガリー(2001年)C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 ハンガリー旅行Bに思い違いがあった。ブドウ畑のある市長さんの別荘へ行ったのは8月4日で、5日は夕方ブダペストに着き、夕食はブダ地区の民謡酒場でとった。賑やかに盛り上がった。

 6日午前、世界遺産の古い村でおばあさんたちの歌声を聞く。これはテープに録ってあるがひなびた味のある民謡だ。おばあさんたちの白と赤の民族衣装が可愛いい。歓迎のパーリンカに昼前から酔っぱらった。夜は市内で中華料理、食事後9時からドナウ川の舟遊び。左右両岸の建物もくさり橋もライトアップで浮かび上がっていた。「こんな鎖に縛られて見たい」と言ったのだが誰にも相手にされなかった。

 7日朝、市場をひと巡りした後国会議事堂へ。《国会議事堂の中です。赤絨毯が敷き詰められています。議員は380人。思ったよりも小さいけど議員控室はきらびやかで立派です。ガイド兼通訳のガールさんの説明によると、建築時大理石が足りなかったので偽物の素材を使っている場所があるそうです》。

 昼飯はブダ地区の古いレストラン。地下に穴倉があって世界の有名人のシャンパンがボトルキープしてあるという。穴倉に降りてシャンパンのおすそ分けをいただいた。午後はエリザベートの館を見学。エリザベートは同じハクスブルグ家の中でもハンガリー人に親しみを持たれていた。夜はサヨナラパーティ。

 8日は朝早くホテルを出て空港へ。9時半にチェコのプラハに着く。まずプラハ城へ向かう。城の中の教会に4トンの銀を使ったという棺桶がある。実は2トンしか使わなくてあとの2トンは地下に貯蔵してあるそうだ。棺桶の中には懺悔の秘密を守るため牧師が生きたまま入ったというんだがホントかな。

 ガイドしてくれたチェコ人の若い女性。顔は可愛らしいのに言うことは凄まじい。「(共産党政権時代)財産を持ってた人は全部取り上げられて、住む所もなくなっちゃったんですよ。あなたはここから出ていきなさいと言われて、着たまんま冬でもコートも着せられないでトラックに乗っけられて馬小屋みたいのところでお前はここで住むんだと降ろされた。宗教関係の人たちはみんな牢屋に入れられた」

 「一番酷い時期は1950年代の始まりなんですよ。ご先祖さまたちが血の汗流して守ってきた小さい畑、麦畑も全部取り上げられてしまった」と彼女の弁舌は留まるところを知らない。
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11494 「原発事故同意書」、強制労働に抵触しないか

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年10月17日
11494 「原発事故同意書」、強制労働に抵触しないか

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


これっていいのかなー、という疑念を払しょくできない。とりあえず、下記。

                           ◇=◇=◇
高線量作業、575人が同意 泊原発で重大事故想定 北電が初の意思確認
北海道新聞 10月17日(月)11時44分配信


 北海道電力泊原発(後志管内泊村)で重大事故が起きた場合、北電社員と協力会社の社員の計575人が、2011年3月の東京電力福島第1原発事故の収束作業のような高い放射線量下でも作業に従事する意思を示していることが、北電への取材で分かった。法令改正に伴い、国が4月から緊急時の作業員の累積被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたのを受け、初めて意思確認した。

 福島事故では国が「収束」を宣言した11年12月までに100ミリシーベルトを超えた人が167人いた。最高値は678ミリシーベルト。当時も国は特例として作業員の線量上限を250ミリシーベルトに上げていた。

 575人は、9月末までに「申出書」と呼ばれる文書に署名・押印して同意した人数。泊原発で働く約500人の北電社員の多くが同意し、残りが協力会社の社員という。北電は泊全3基の再稼働までに同意者数を千人に拡充したい考え。

 申出書には、実際に作業に従事する際は改めて意思確認することや、同意は随時撤回できることなども明記されているという。

 こうした意思確認は原発を持つ各電力会社で行われ、川内原発2号機(鹿児島県)が稼働中の九州電力は川内で社員と協力会社社員計740人、玄海原発(佐賀県)で同610人の同意を確認。伊方原発 (愛媛県)3号機が稼働中の四国電力も同650人の同意を取り付けた。東電は社員のみ515人の同意を得ている。
                           ◇=◇=◇

 会社から、こういう提案(意思確認)をされた場合、断れる社員はいるだろうか。おそらくゼロだと思う。これを断るということは「会社を辞める」に等しいからだ。玄海原発や伊方原発でもすでに行われているというが、疑問である。

 問題は国が累積被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたことにあるようだ。線量の世界被曝基準は、年間1ミリシーベルトとなっている。その規定の250倍を設定し、それでも「OKか?」と聞くこと自体が無茶苦茶の2乗である。

 この意思確認≠ヘ、「線量がオーバーしたときでも、会社は責任を取りません」と言うに等しいのではなかろうか。いわば労働者の『自己責任』を先取りしているのと言えそうだ。労働基準法第5条は「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」と定めている。いわゆる強制労働・奴隷労働の禁止条項である。

 今回のこの「確認」は一旦原発事故が起きたときには、世界基準の250倍の被ばく線量でも「働く」ことを約束させられるものである。そう考えてみると、一種の強制労働である。そもそも「安全神話」を振りまく人たちが、原発事故を想定すること自体が矛盾であるが、それに輪をかけて「確認書」を取るなど、矛盾の2乗ではないのか。

★脈絡のないきょうの一行
多品目の食事が認知症予防につながる(17日毎日新聞)。認知症だけでなく健康にもいいと思うが、留意したいもの。
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2016年10月16日

朝日新聞「危機」を叫ぶ週刊誌に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月15日
朝日新聞「危機」を叫ぶ週刊誌に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昨日、新聞広告につられて430円も出して週刊誌を買った。『週刊ポスト』(10月28日号)。「(情報メディアの未来を考える)朝日新聞『社外秘』資料入手!」「『3年で500億円減収』の衝撃」「《全社員に知っていただきたいこと》に書かれた新聞メディアの行く末」「『吉田調書』『吉田証言』の不祥事から部数減が停まらない――追い込まれたクォリティペーパー≠ヘどこへ向かうのか」

 4ページにわたる記事を早速読んでみた。「社員1人あたりマイナス1200万円」「《運転資金が回らなくなる》」「100億円規模の人件費カット」「『柱』は不動産事業になる」。発行部数が12年度の762万部から670万部に落ち込み、広告媒体価値が下がった。固定費の削減に努力してなんとか収支を合わせてきたがもう限界。人件費に手を付けざるを得ない。一言で言えばそれに尽きる。

 「本誌が入手した『社外秘』資料」とはどんなものか。朝日新聞労使は今年初めから「賃下げ」と「65歳定年」に関する交渉を進めてきた。それが7月6日に組合から「議論を打ち切る」と宣言され、決裂してしまった。それに困った会社が組合の頭越しに全社員に対し経営危機の資料を配布したもの。もしかすると週刊誌にネタを提供したのも社外からの世論づくりを狙う会社側かも知れない。

 週刊ポストは触れていないが、会社が今年初めに提案した「賃下げ・年収引き下げ」の内容は凄まじいものだ。全体で100億円規模の人件費削減が目標。うち70億円を月例賃金、期末手当で削減する。年齢給などの諸手当は職能給に一本化し、廃止へ持っていく。これで年収の12.6%の削減となる。

 組合は4月末、「人件費抑制の必要性は認める。ただし、12.6%減とする会社提案のままでは受け入れない」とする見解を組合員に示した。しかしその後、15年度決算で営業利益としてリーマンショック後最高の79億円が計上された。会社説明の業績見通しの正確性に疑問が浮上。6月の期末手当が超低額だったこともあいまって一気に交渉決裂に向かったのである。

 発行部数減、広告収入減は朝日新聞だけの問題ではなく、新聞メディア全体の行く末にかかわる現象である。国の世論に大きな影響を持つ新聞メディアが経営的に揺らいでいるいま、政治権力の側から強圧的な言論統制が襲いかかる危険に晒されていると言えるだろう。新聞労働運動にとっても正念場を迎えているのではないだろうか。
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2016年10月14日

新潟県知事選での米山必勝を祈念

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月13日
新潟県知事選での米山必勝を祈念

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 「野党候補猛追 新潟県知事選次第でデタラメ政治も激変(12日付『日刊ゲンダイ』)。「16日に投開票の新潟県知事選が全国から注目を集めている。『原子力ムラ』VS『再稼働反対』の対立構図が鮮明になり、この国の進路を決する分岐点になる可能性があるからだ」。

 立候補しているのは自公推薦の森民夫前長岡市長と9月29日の告示直前に名乗りを挙げた野党3党推薦の米山隆一医師。米山氏は民進党衆院新潟5区総支部長で、総選挙の予定候補だった。知事選最大の争点は柏崎刈羽原発の再稼働問題。当初は再稼働に慎重な泉田裕彦知事が再出馬するはずだった。

 泉田知事の出馬を阻止したのが東電、自民党をはじめとする「原子力ムラ」であり、そのお先棒を担いだのが地元新聞の『新潟日報』だったと『日刊ゲンダイ』は指摘する。「県内シェア6割を誇る地元紙『新潟日報』が、県出資事業のトラブルをめぐる疑惑を連日のように報道し、泉田批判キャンペーンを展開した結果、『この状況では自分の声が有権者に届かない』と出馬取りやめに至った」。

 『日刊ゲンダイ』はさらに「県議会の反知事派が『新潟日報』に泉田批判記事を書かせたという話もある。官邸の意向に忠実に従う知事にスゲ替えて、再稼働を進めるつもりなのです」というジャーナリストの横田一氏の談話を紹介。「東電は今年、新潟日報に5回も広告を出している」と追い打ちをかける。かつて新聞労連北信越地連の中核組合であった新潟日報労組の知人の顔が浮ぶ。暗然たる想いだ。

 民進党はこの選挙で自主投票を決めている。「もともと民進党の衆院新潟5区の公認予定者だった米山に推薦を出さなかったばかりか、告示日直前に公認内定を取り消して、民進党から追い出すという冷たい仕打ちに出た」(『日刊ゲンダイ』)。民進党にそんなぶざまなことをさせたのが連合・電力総連なのだ。

 「原発がある新潟では、連合の中でも特に電力労組の力が強い。それが相手側についてしまった」。そうなっては民進党としてはどうすることもできないというのだ。原子力ムラの先陣を承って再稼働に向けて猛進する労働組合。ムラに取り込まれた地元紙。両者を日刊ゲンダイは鋭く告発している。

 新潟知事選まであと3日、接戦を制して米山候補が見事当選することをおれは確信している。
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11493 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるD止

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月13日
11493 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるD止

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 小説とはいえ、前出は遺族の思いを実によく描いていると言える。殺人事件の刑事裁判で、参考人として出廷した遺族が「極刑にしてほしい」と訴えることは報道でよく見るが、それはまさに脚色なしの心底からの叫びに違いない。死刑制度廃止は、遺族のその思いにどう向き合うのかを問われていることを軽視してはならない。

 この問題の解決にあたって、私は二つの方法を考えている。

 一つは、時間はかかるが「宣言」も触れている「教育や福祉を含めた社会全体の重大な課題」という部分である。なかでも教育は重要である。「目には目を、歯には歯を」という言葉があるが、この考え方は死刑容認の下地になっているように思う。

 そこで、殺人という行為に関して、この言葉を発動しなくても済む教育が行き届けば、考え方はかなり違ってくるはずだ。それでは具体的にどういう教育内容にするのか、に言及しなければ無責任になる。結論的には「いのちを大切にする」教育である。

 人の「いのち」の大切さを徹底して教育すれば、戦争の愚かさが理解できるし、ましてや殺人の問題についても自ずと分かるはずだ。その延長線上に、殺人を犯した人の「いのち」についても考えが及ぶようになるだろう。同時にこの「いのち教育」は、殺人の大きな抑止力となることも期待される。

 二つ目の方法は、やや暴論気味になるが死刑制度廃止を即刻行うことである。そうなれば、国民感情はどう動くだろうか。反対論は出てくることは間違いない。しかし、「死刑」がなくなる訳だから、「死刑にしてほしい」という考え方は出来なくなる。つまり、死刑制度廃止によって「いのち」の大切さを逆説的に教育する、ということにもつながる可能性を持つことになる。

 いわば、反面教師だ。遺族の加害者への許しがたい気持ちは死刑制度がなくなった場合、被害者の「いのち」の対抗軸として加害者の「いのち」を置くことによって、判断基準を変えることが出来るようになるのではなかろうか。これまた教育の世界であり、見方によっては宗教の世界に入り込む。

 日弁連の「宣言」採択にあたっての議決は、賛成=546人、反対=96人、棄権=144人だったという。賛成は69.5%と思ったより少ない。棄権に144人もいたことは、弁護士のみなさんの悩みが伺える。確かに重い課題である。

 そこで私個人の結論だが、死刑制度は廃止すべきであると思う。しかし、そのための条件整備は前出の教育も含めて、急いでやるべきだ。それは「いのちの大切さ」について考える、あの人たちの好きなグローバル化≠ノ近づく道でもある。

 「宣言」は、強制労働を伴う懲役刑を廃止し、禁固刑に統一することや、罪を犯した人を社会から排除しないこと、仮釈放制度改革などを提言している。これらの問題は紙数の関係で、次の機会に譲ることにしてこのテーマを終えたい。

★脈絡のないきょうの一行
安倍首相、「南スーダンは永田町より危険」。いま、世界で一番危険なのは永田町。それより危険な南スーダンには行くべきではない。
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2016年10月12日

11492 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるC

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
16年10月12日
11492 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるC

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 死刑の場合はすべてが殺人事件であり、ここでは被害者の遺族を対象に考えてみる。「宣言」は遺族の思いについての記述が意外なほど少ない。いくつか拾ってみよう。「犯罪により命が奪われた場合,失われた命は二度と戻ってこない。このような犯罪は決して許されるものではなく,遺族が厳罰を望むことは,ごく自然なことである。」

 「また,犯罪により命が奪われた場合,被害者の失われた命はかけがえのないものであり,これを取り戻すことはできない。このような犯罪は許されるものではなく,遺族が厳罰を望むことは自然なことで十分理解し得るものである。私たちは,犯罪被害者・遺族の支援に取り組むとともに,遺族の被害感情にも常に配慮する必要がある。そして,犯罪により命が奪われるようなことを未然に防ぐことは刑事司法だけではなく,教育や福祉を含めた社会全体の重大な課題である。」

 「人権を尊重する民主主義社会であろうとする我々の社会においては,犯罪被害者・遺族に対する十分な支援を行うとともに,死刑制度を含む刑罰制度全体を見直す必要があるのである。」

 「宣言」はこれらを前提としながら、犯罪被害者の救援関連の法律を引用したうえで「犯罪被害者等に対する支援は,犯罪被害者等を取り巻く状況を踏まえ,福祉の協力を得て,精神的な支援を含めた総合的な支援が必要である。さらに,犯罪被害者等給付金については,支給対象者の範囲の拡大及び給付金の増額を期すべきである。」と述べている。

 弁護士は心理学者ではないから「心の領域」にまで踏み込むことはできないのだろう。そのせいだと思われるが、「遺族が厳罰を望むことはごく自然なこと」、「精神的な支援を含めた総合的な支援が必要」と述べながらも、その遺族の気持ちにどう向き合うべきかの記述がない。具体的に提起しているのは給付金の増額についてのみである。この部分は残念ながら不十分と言わざるを得ない。

 この「宣言」に目を通しながら、以前読んだことのある東野圭吾さんの「さまよう刃」という小説を思い出した。妻に先立たれ高校生の娘と二人暮らしだった男性が、その娘を殺した相手に復讐していくという物語だ。加害者たちは未成年のため死刑はありえず、自分が手を下すしかないという、慟哭の世界を描いたものである。

 東野氏は加害者が特定され、その一人を殺害した父親が警察に出した手紙の中でこう言わせている。「彼を殺したことを、私は少しも後悔しておりません。それで恨みが晴れたのかと問われますと、晴れるわけがないとしか申せませんが、もし何もなければ、もっと悔いることになっただろうと思います。」と。

 さらに裁判になった場合に触れ、「未成年者の更生を優先すべきだ、というような、被害者側の人間の気持ちを全く無視した意見が交わされることも目に見えています。事件の前ならば、私もそうした理想主義者たちの意見に同意したかもしれません。でも今の考えは違います。」とも。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小池都知事の給与、半減が決定。不言実行、ビシビシやってほしいものだ。
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2016年10月11日

11491 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるB

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月11日
11491 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるB

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記


 この福岡事件の石井健治郎被告は1989年12月、仮釈放を認められ熊本刑務所を出所。石井氏はこの時72歳。拘禁期間は42年となっていた。その後、支援者らとともに死刑になった西武雄さんも含めて再審運動を続けたが、2008年11月に91歳で死没している。

 福岡事件の概要について紙数を費やしたが、再審請求が認められることなく死刑執行によって殺された℃沫痰ニして紹介したかったからだ。死刑判決を受けて、えん罪であると主張しても刑が執行されれば、その人の人生は権力によって強制的に閉ざされる。今後、誤判が起きないという保障はなく、同様のことが繰り返される恐れは否定できない。

 昨年10月、「名張毒ぶどう酒事件」の被告・奥西勝(おくにしまさる)さんは無実を訴えながらも獄死した。再審の審理はつづいているが、こういう悲劇を繰り返してはならない。1966年に静岡県清水市で発生した、袴田事件の被告・袴田巌さんは、2013年3月に再審が決定され死刑台から帰ってきたが、刑が執行されていたら……。言わずもがなである。

 日弁連の「宣言」は「死刑制度を存続させれば,死刑判決を下すか否かを人が判断する以上,えん罪による処刑を避けることができない。さらに,我が国の刑事司法制度は,長期の身体拘束・取調べや証拠開示等に致命的欠陥を抱え,えん罪の危険性は重大である。えん罪で死刑となり,執行されてしまえば,二度と取り返しがつかない。」と警鐘を鳴らす。

 そのうえで「宣言」は「死刑を廃止するに際して,死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討すること。代替刑としては,刑の言渡し時には『仮釈放の可能性がない終身刑制度』,あるいは,現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し,仮釈放の開始期間を20年,25年等に延ばす『重無期刑制度』の導入を検討すること。ただし,終身刑を導入する場合も,時間の経過によって本人の更生が進んだときには,裁判所等の新たな判断による『無期刑への減刑』や恩赦等の適用による『刑の変更』を可能とする制度設計が検討されるべきであること。」と対案を提起している。

 確かに日本の刑罰には、恩赦を受けることのない「終身刑」はない。重犯による刑期の加算、たとえば「懲役250年」のような制度もない。死刑制度を廃止するとすれば、そういう考え方の導入も必要ではないのかという提起でもある。

 それでは、被害者・遺族の立場に立った場合、どう考えればいいのだろうか。肉親を殺された人たちの思いはいかほどか。その悲しみや実行犯に対する怒りはどこに持って行けばいいのか。「犯人を極刑(死刑)にしてほしい」という気持ちをどう受け止めればいいのだろうか。次にその問題を考えてみたい。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
キューバの隣国ハイチ、ハリケーン被害で死者1000人超(ロイター通信)。コレラも発生し深刻に。世界からの支援を。

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2016年10月10日

海外旅行・ハンガリー(2001年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月10日
海外旅行・ハンガリー(2001年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 2日午前中はバスでウィーン市内見学。国会議事堂や博物館、渥美清がやってきて「男はさらいよ」のロケをやった公園も見た。昼食は市庁舎地下の食堂。食堂といっても街のレストランを凌ぐ豪華さで、皆満足してワインをグビグビ。スープや料理もおいしい。午後は国境を越えてハンガリーのショプロンへ。

 ハンガリーはEUに加盟したので、02年3月まではフォリントだがそれ以後はユーロになるそうだ。ショプロン中心部の広場には火の見櫓、三位一体像、山羊教会等がある。ローマ時代の城壁が残る古い町だ。冷戦最後の頃、この町から東欧市民が西欧へ脱出した。ハンガリー政府はそれを暗に助けたと言われている。

 《これからショプロンの街へ散歩に出かけます。日差しは強いですが日陰に入ると涼しい。風がさわやかです。古い町で、美しい街並み。八百屋さん。パプリカ、トマト、キャベツ。路地に入りました。50%引きの女性の下着の店があります。これは喫茶店かな。そうじゃない、不動産屋だ。硝子戸に客寄せの物件が貼られています。住んでみたくなるような庭付きの一軒家の写真です。

 ひなびた居酒屋。とってもいい雰囲気です。一杯飲みに入りたいが今は真昼間です。焼き物の店です。ハンガリーの陶器は緑と赤がとってもきれいです。あっ土産物屋に女どもが入った。困るな。本気になって買いあさるんじゃないだろうな。本物の刺繍が素敵なんて、江草さん、けしかけないでください》。

 ショプロンには1泊して翌日チェルゴーに向かった。途中で温泉に入る。温泉といってもどでかい池だ。建物で水着に着替えて温泉池に入る。深くて足が立たない。手摺りのところまで泳いでしっかり掴まる。あまり池の中心まで行くなと注意された。沈んだままの人がいたんだそうだ。怖い温泉だ。

 夕方7時過ぎにやっとチェルゴーに着いた。ソ連圏時代の高級別荘地で、当時は政府高官が保養のために滞在していたそうだ。おれたち夫婦の部屋は中でも豪華で、寝室、応接間、書斎のほか専用のバ―もある。10平米くらいの地下室。どうやらここで秘密の会議とか拷問とかがやられたらしい。

 8時から市長さん招待のパーティが開かれた。市幹部のかなり長い挨拶と繰り返される乾杯にいい加減うんざり。それも招待なのだから仕方がない。料理はうまいのだが、飲み物はビールだけ。腹がぱんぱんに膨れて苦しい。さんざんな2時間だった。お開きと当時に部屋へ帰って口直しのウィスキーを飲んで寝た。

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11490 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるA

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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16年10月10日
11490 日弁連の死刑制度廃止提案を考えるA

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 「宣言」は国際社会の死刑制度に関する動きを紹介している。死刑を廃止あるいは事実上の廃止国は、140か国。2014年の死刑執行国は25か国。OECD(経済協力開発機構)加盟34か国のうち死刑を定めているのは日本、米国、韓国の3か国だけ。

 しかもそのうちの韓国は刑の執行を18年以上停止しており、事実上の死刑廃止国となっている。アメリカでは50州のうち18州が死刑制度を廃止し、3州の知事が死刑執行停止を宣言、死刑執行は15年で6州のみ。国連でも14年12月の69回総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」決議が117か国の賛成によって採決されている。これに日本は反対を表明した。

 これら一連の流れは、死刑制度の廃止が世界の流れであることを証明しているという。その理由として@死刑判決にも誤判の恐れがありA刑罰としての死刑にその目的である重大犯罪を抑止する効果が乏しくなった――などを挙げている。

 誤判による刑の執行があったとしたら、取り返しのつかないことになる。「福岡事件」というのをご存知だろうか。

 1947年5月、福岡市で中国人と日本人の2人の闇ブローカーが殺害された事件。警察は西武雄さん、石井健治郎さんら復員軍人8人を逮捕。この事件では西さんと石井さんの死刑が確定した。

 石井さんは射殺したことは認めたがあくまで正当防衛を主張していた。石井さんは殺された2人と喧嘩の現場に行き合わせ、相手がピストルを出そうとしたので、身の危険を感じて撃ったと主張。

 西さんの方は闇取引の内金10万のうち2万円の取引手数料を残し、残金の8万円を持って帰ったことは認めたが、殺人現場には訪れておらず、7人で謀議したこともないと主張しつづけた。

 裁判では、1948年2月に福岡地裁は石井・西両氏の主張を認めず死刑判決。他の仲間は1人が無罪となったが、4人には懲役3年6ヶ月から15年が言い渡された。控訴審は1951年4月に棄却。4人は下獄、西さんと石井さんのみが上告した。1956年4月、最高裁は上告を棄却、死刑が確定した。

 二人は5回にわたって再審請求をおこなったものの、すべて棄却。この再審請求の特殊性は、他に犯人がいるのではなく石井被告自身が射殺を認めたものの、正当防衛であったことを主張した点にある。

 1969年7月、当時の西郷吉之助法相は廃案となった再審特例法に代わるものとして、「恩赦を積極的に運用する」との見解を出した。これに基づいて1975年6月、「他の共犯者に比べ刑が重すぎ、しかも改悛の情が明らか」として石井さんは個別恩赦決定、無期懲役とされた。

 が、不思議なことに同じ日、西さんの死刑が執行されたのである。西さんには「改悛の情がない」とされたのである。西さんは朝に執行を知らされると、取り乱すことなく「そうでしたか」と言い、煙草をうまそうに1本吸って刑場に向かったという。この事件はもしかしたら、無実の人が死刑台に送られた可能性がある。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
米大統領選挙の討論会、政策が吹っ飛んでスキャンダル暴露合戦。おいおい、アメリカ大丈夫か?

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2016年10月08日

比大統領の発言は確かに「暴言」だが

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年10月08日
比大統領の発言は確かに「暴言」だが

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 今年6月にフィリピン大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領の相次ぐ「暴言」が世界中で話題になっている。「暴言」は「麻薬撲滅」に関するものと「アメリカ批判」が主な内容である。フィリピン国民が麻薬蔓延の被害に遭っていることは事実なのだから「麻薬撲滅」は国民感情を捉えている。ただその方法がいかにも暴力的であり、「麻薬犯罪者は殺して当然」の言動も過激過ぎるということだ。

 一方アメリカのオバマ大統領への悪罵も相当なもの。「オバマ、テメェーフザケンじゃねーぞ、このクソッタレの売春婦の息子が!麻薬犯罪者をぶっ殺すのは当然だろうが!テメ―なんかとの会談はお断りだ」。ここまで言われたのではオバマさんも頭にきて9月5日に予定されていた米比首脳会談は流れてしまった。これにはドゥテルテ大統領も言い過ぎだと反省したらしく後日発言を取り消して謝罪した。

 アメリカに対してはそのほかにも「アメリカは馬鹿野郎だ。俺に口出しすんじゃねー」「フィリピンは主権国家だ。もう植民地ではない」と言ったらしいが、後の発言なんか暴言でも何でもない。ドゥテルテ大統領が何故「植民地ではない」とこだわるのか。それはアメリカとの軍事的関係に端を発する。

 フィリピンは太平洋戦争で日本が負けて撤退してから、独立国とは言え、ずっと事実上アメリカの軍事的経済的支配下に置かれた。日本の安保条約と同趣旨の米軍基地受け入れ条約を結んでいた。それが1992年、ラモス大統領の時に基地協定(米比相互防衛条約)を破棄してアメリカ軍を総撤退させた。

 ところが2013年に就任したアキノ3世大統領はアメリカの要望を受け入れて米軍再駐留の交渉を始め、2014年4月、米比新軍事協定を結んでしまった。アメリカにしてみればこれで南シナ海への進出を強める中国をけん制する足がかりができたことになる。これに反発する国民感情をドゥテルテ大統領が代弁しているとも見られるのだ。その証拠に「暴言」を繰り返す大統領への支持率は今でも80%近い。

 フィリピンのヤサイ外相はドゥテルテ大統領の外交発言を擁護して「国内外の安全保障上の脅威に有効に対処するために足かせになっている依存から脱却することは、米国の利益に対するわが国の従属に終止符を打つ上で必要不可欠になった」と述べ、米国との軍事同盟の見直しを表明した。

 日本メディアはドゥテルテ大統領の表面上の「暴言」のみ評するのでなく、国の安全保障とは何か、軍事同盟や米軍の駐留はこのままでいいのか、という観点から日本の現状に照らして考察する必要があるとおれは思うのだが。
posted by マスコミ9条の会 at 22:00| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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