2016年11月29日

トランプ当選へのサンダース議員の提言

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月29日
トランプ当選へのサンダース議員の提言

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 米大統領選結果について、予備選挙でヒラリー・クリントンと争い善戦したバーニー・サンダース上院議員が厳しく論評している(11月11日付『ニューヨークタイムス』ウェブ版。12月1日発行『労働情報』誌掲載)。アメリカの民主勢力はトランプとどう向き合おうとしているのか、興味深い。

 サンダース議員は選挙結果について「私はこの結果を悲しいことだと思うが、驚きはしない。何百万人もの人々が既存の経済・政治・メディアにうんざりし、我慢できなくなって投票したということは驚くことではない」と受け止める。「トランプが『アメリカ人は変化を望んでいる』と言うのは正しい」。

 ではトランプは国民が望んでいる「変化」を実現できるのだろうか。サンダース議員はいくつかの疑問を呈する。「彼は多くの労働者家族が感じている経済的苦痛を作り出してきた強大な勢力に立ち向かう勇気があるだろうか」「彼はウォール街に立ち向かい、『巨大すぎて潰せない』金融機関を解体し、大銀行に小企業への投資や農村、インナーシティでの雇用創出を要求する勇気があるだろうか」「彼は本当に、選挙中に公約していたように医薬品産業に闘いを挑み、薬価を引き下げるだろうか」。

 サンダース議員は結局はトランプが「別のウォール街の銀行家を財務長官に据え、これまで通りのやり方を継続する」のではないかと警告する。それを見極めるのはこれからだ。「彼が本気で労働者家族の生活を改善するような政策を追求するつもりなら、私は彼が私の支持を獲得するチャンスを提供するだろう」。

 一方サンダース議員は民主党も今までやってきたことの反省の上に立って一連の改革をしなければならないと提言する。「私は民主党が企業エスタブリッシュメント(既成勢力)の束縛を断ち切り、再び働く人々や高齢者、貧困層の草の根の政党になるべきだと強く確信している」「われわれはウォール街、製薬会社、保険企業、化石燃料企業の強欲と権力に立ち向かう勇気を持たなければならない」。

 サンダース議員の提言は、日本の政治、経済状況にもぴたり当てはまるのではないだろうか。日本の野党、中でも最大勢力の民進党がサンダースが提示するような方向に舵を切ることができれば、ずいぶんと政治状況も変わると思う。確かにトランプは歴史を逆行させる危険をはらんでいるが、これを機に民主勢力が大きく飛躍する可能性もあるということだ。

 「われわれは退行するのでなく、前進しなければならない」(サンダース議員の結びの言葉)。

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2016年11月28日

海外旅行・韓国ー慶州(2003年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月27日
海外旅行・韓国ー慶州(2003年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 02年、二女の桃子がソウルの梨大に1年間語学留学した。卒業して1年後の03年3月、おれと女房と3人で韓国へ行くことに。今回の旅の目玉は韓国の京都と呼ばれている慶州へ行くこと。成田発9:30、2時間半でインチョン空港。バスでソウル市内へ。ホテルは梨大前のHOTEL SEOKYO。

 着いた日に桃子の案内で西大門刑務所跡博物館を訪れた。日本の植民地当時、朝鮮独立運動の志士たちがここで拷問を受け殺された。血にまみれて拷問を受けるリアルな人形が展示されており鬼気せまる。お父さんたちに見せたかったという桃子。ずいぶん成長したな。死刑場の建物をバックに写真を撮った。

 夜は桃子が留学していた当時の友だちジョンファーの案内で韓国庶民料理。ドンブリで出てくるマッコリがうまかった。韓国の焼き肉は牛でなく豚なんだよね。ホテルはオンドル部屋。酔った体で横になると、なんとも気持ちいい。朝めしは近所の食堂で韓国風海苔巻を食う。これもうまい。

 地下鉄でソウル駅へ向かい、流麗な車体の特急セマウル号に乗る。慶州までは4時間30分だ。座席の前には小型のテレビがついている。音を聞くためには100ウオン(90円)でイヤホーンを借りねばならない。正午に慶州着。駅前にはタクシーやホテルの客引きがいっぱい。かなりしつっこい。

 駅前通りのレストランで昼食。定食を頼んだら物凄い料理の品数だ。ビールを飲みたいのだが置いてないという。腹がいっぱいになったところでバスで30分、ホテルKOLDONへ。8階の見晴らしのいい部屋でここもオンドル。ゆっくり寛げる。ひと休みして仏国寺まで歩く。きらびやかな有名なお寺だ。

 門の傍には浅草寺にあるような仁王様が立っている。こちらが本家で日本は分家なんだろな。境内の三重塔も日本風だった。いや日本の塔が朝鮮風なんだよな。夕食はホテル内のレストラン。メニューは海鮮チゲとチジミ。伝統舞踊の余興も。昼と違ってアルコールもたっぷり。心から満足した。

 バイキング料理の朝食後、ゆっくりホテル敷地内を散歩。芝生があり、池があり、天気もよくて気持ちいい。チェックアウトしてタクシーで近くの民族工芸館へ。焼き物や木工品の制作過程を丁寧に説明してるかと思うと、急に強制売り付けに転じる。買わないとなると冷たく追い出された。
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2016年11月27日

横山秀夫「64(ロクヨン)」を読んだ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月26日
横山秀夫「64(ロクヨン)」を読んだ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 バリ島往復の機中で読むために何がいいか。お茶の水駅前の丸善の文庫本売り場でふと目に止まったのがこの本。横山秀夫著「64(ロクヨン)」。文春文庫上巻355ページ、下巻429ページ、ともに税抜価格640円。あそうか今気がついた。「64」だから640円なのか。洒落たことするな。

 どこか特定してないD県警が小説の舞台説。帯の惹句「ミステリー界を席巻!究極の警察小説」(上巻)、「怒涛の展開、驚愕の傑作ミステリー」(下巻)。俺の読後感で言えば何が「究極」で何が「驚愕」なのかよく分からないが、ま、面白いのは面白かった。著者は元上毛新聞記者だ。

 それにしてもD県てどこだろう。著者が上毛の記者だったというから群馬県警かな。そしたら最近のネットニュースで千葉県警が強姦犯人の千葉大生の氏名を匿名で発表して問題になっていた。なるほど千葉県警もあるな。いずれにしても作中に東京新聞記者が出てくるから首都圏ということになる。

 主人公はD県警の広報官。腕のいい刑事だったが、不本意な人事で畑違いの部署に回された。広報官はマスコミ対策が仕事だ。広報室は記者クラブの隣にある。何かというと記者たちが押しかけてくる。記者クラブには朝日、毎日、読売、東京、産経など実在社のほかに東洋新聞、地元のD日報と全県タイムス、地元テレビ局のDテレビ、ラジオのFMケンミンが入っている。記者クラブの描写はさすがリアルだ。

 これらのメディアのうち作中で主な働きをするのが架空の東洋新聞で、キャップの秋川とサブキャップの手嶋。秋川は記者クラブを扇動して主人公の三上広報官を攻めたてる。広報室と記者クラブの対立の種は交通事故の加害者の名前を匿名にしたこと。加害者の主婦はD県の公安委員会の大物委員の娘だから県警としては発表したくない。記者クラブは怒って本部長あてに抗議文を出すと息巻く。

 そんなこんなで揉めてる最中に誘拐事件が発生する。東京から応援の記者がどっと駆けつける。D県警は喧噪の渦だ。事は誘拐事件だから犯人が捕われるか、被害者が見つかるか(死体の場合もある)するまで報道規制しなければならない。警察幹部、キャリア組、広報室と100人を超えるメディア関係者のつばぜり合いが始まる。この辺のストーリーの進め方はスピード感と熱が籠っていて迫力がある。

 県警と本庁の権力争いが背景にあるが、警察の内部のことなのであまり興味が沸かない。事件報道とマスコミの使命、国民の知る権利にどう応えるのか。それが問われる小説だったと思う。
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2016年11月24日

海外旅行・バリ島(2002年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月24日
海外旅行・バリ島(2002年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 カンプンカフェで昼食。棚田を概観できる観光レストラン。メニューを見て「チンプンカンプン」と言って皆の笑いをとる。1時間の昼食の後はネカ美術館へ。地元の有力者ネカ氏が開いた美術館で大きくて質も高い。光森さんの解説でじっくり鑑賞。夕闇の前に白鷺の村へ。無数の白鷺が木に止まっている。白い花が満開になったようだ。きれいだけど地元の人は糞の始末で大変だろうな。

 夕食後はケチャダンス。50人を超す上半身裸の男性が「チャッチャッチャ」との口伴奏で唄を歌う。お姫様と悪魔が入り乱れて争うが、最後は悪魔が退治される。黒光りする裸の群像は凄い迫力だ。ラストで火のついた棒きれを振り回したり踏みつけたりする。一種のカルチャーショックで興奮したね。

 28日は車に分乗して遠くのお寺のお祭りに行って、帰りに道端の露店でドリアンを買った。午後ビラビンタンのミーティングルームでドリアンパーティをやった。食っているうちは甘くておいしいのだがしばらくすると強烈なウンコの臭いがやってくる。みんなキャーキャー言いながらも喜んで食った。

 夕方、うちの女房が雨の道路で滑って足腰を打った。29日はみんな川下りやおみやげ屋に出かけたのだが、おれたちは残って、光森さんに呼んでもらった地元の診療所の日本人看護師さんの手当てを受けた。傷は大したことはなくほっとした。午後、コテージで休んでいると物凄いスコール。やはり南国だ。

 その夜は小豚の丸焼きを囲んでお別れの「日パリ交流パーティ」。みんな歌って踊って賑やかに騒いだ。この模様がテープに撮ってあるが、この3年後に亡くなる小倉さんの「今日の日よさようなら」の替え唄が入っている。感慨無量だ。おれは音痴の声を張り上げて「可愛いあの娘」を歌った。

 バリ最後の30日、みんな正装して近くのお寺のお祭りに行った。お祈りしている寺院の境内に特設された競技場で闘鶏が行われており、鈴なりの人だかりだった。光森さんに聞くと結構な額を賭けているそうだ。人びとの頭越しに覗いたら、白と茶色の鶏が争っており、白が負けてひっくり返ると歓声が上がった。闘鶏の傍では数人が車座になってカード賭博のようなものもやっていた。

 マイクロバスで空港へ行く途中のジンバラン海岸に寄り、魚のバーベキューを食べた後、それぞれの航空便で帰路についた。成田へは12月1日の7:30に着いた。

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2016年11月21日

豊友会はおれのライフワーク

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月21日
豊友会はおれのライフワーク

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 昨夜地元の地酒の会「豊友会」の例会があって43人が集まった。今回が169回。立ちあげが1988年3月だからもうすぐ29年になる。おれは2002年3月17日の第81回からの参加。当時おれは松戸市長選(6月23日投票)に立候補して選挙運動中だった。五香・白樺書店の青柳さんが、なるべく地元に顔を売っておいた方がいいといって連れて行ってくれた。何しろ酒の会だ。すぐ溶け込んだ。

 おれが入会した年、豊友会は鴨川の大山千枚田友の会に入った。田植え、草刈り、稲刈り、収穫祭には10〜15人が2時間半かけて鴨川まで出かけた。これらにほぼ毎回参加するうちに会の運営の集まりにも呼ばれるようになる。09年1月から10年12月の2年間は第11代会長もやらせてもらった。

 会長といっても乾杯の前に挨拶するくらいの役目しかないが、おれはそれなりに会のために働いた。まず黄色の生地に黒く「豊友会」と縫いとりしたノボリをつくった(もっとも縫いとりしたのは女房だが)。08年からは常盤平桜まつりに合わせて「花見の会」を催し、おれが下準備した。

 09年には6月と12月に箱根の毎日新聞強羅保養所で親睦旅行をやった。この世話人活動は結構手間ひまがかかったがその分参加者に喜ばれた。12人と15人が参加した。小田原「だるま」で食った昼食の鯵寿司も忘れられない。11年10月には大山千枚田の人たちも加わって18人参加という盛況だった。富士山が見事だった。ちなみにこの2年後、強羅保養所は健保組合の都合で閉鎖されてしまった。

 会長を降りて、かねてから考えていた交流会報づくりに着手した。新松戸に住んでいて地元の地域誌にエッセイを書いている大井さんに相談。やってみようということで11年3月に『豊友』創刊号を発行した。A5版4ページ100部。2号までは事務局の友野さんに刷ってもらったが、3号からはおれが自分で刷ることにした。カラー印刷にして写真をふんだんに使い見やすくした。

 友野さんと相談して作成経費として1部あたり4ページ10円、6ページ15円、8ぺーじ20円もらうことにした。それでも赤字かも知れないが、半分おれの趣味なのでそれで十分だ。『豊友』は今年の11月号で37号になった。継続は力なりというわけで、すっかり会に根付いている(と自賛している)。

 というわけで豊友会はおれのライフワークになりそうだ。昨夜もさんざん酔っぱらった。自転車では危ないので女房に車で迎えに来てもらった。ますます女房に頭が上がらなくなるが命には替えられない。
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2016年11月19日

海外旅行・バリ島(2002年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月19日
海外旅行・バリ島(2002年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 その後10回も行くことになるバリ島旅行の第1回目。当時のたまたま会に元神戸新聞労組委員長・新聞労連中執の光森史孝さんが参加していて、しきりにバリの素晴らしさを語っていた。光森さんは数年前からバリ島ウブドにコテージを建て、半分移住のような形で生活していた。その話を聞いてたまたま会のメンバーでバリへ行こうじゃないかという話になり実現したのがこのバリツアーだった。

 参加者は関西空港組と成田組に分かれ、それぞれ02年11月25日に日本を発ち、ウブドで落ちあうことになっていた。成田組は小倉三千雄さんと斉藤哲成夫妻、それからおれと女房の5人。成田発16:05のJAL便でデンパサールに向かう予定。ところが急に欠航だという。機体故障とかなんとかあいまいな理由をあげているが、ほんとは搭乗予定者の大量のキャンセルのせいではなかったか。

 何故キャンセルがそんなに出たのか。バリ島ではこの旅行の直前に繁華街のクラブで爆弾テロがあり、白人を中心に100人以上の犠牲者が出た。それで日本からの観光客もがた減りした。このたまたま会バリツアーも予定者のキャンセルが出ていた。結局18:55発の香港行きに乗りその夜は香港泊まりとなる。

 翌朝9:55発のJALでデンパサールへ。デンパサール空港には光森さんと関西空港組が待っていて出迎え。マイクロバスでウブドへ向かった。道は酷かったな。両側を下水が流れているが蓋をしていない。舗装はお粗末でがたがた揺れる。ベンジョールというお祭り用の飾りが家々の門に立っていた。

 夕食後、村の集会所で数十人が竹の筒を叩いて気勢を上げる民族音楽を堪能。正装の女性の澄んだ歌声、しなやかに手を動かす踊り。ただただ圧倒された。音楽と踊りが終わるとおれたちはみんな舞台に上がって可愛い踊り子と写真を撮る。コテージに帰っても興奮覚めやらず酒を飲む。飲んでるところに蛍が飛んできた。

 翌27日はウブド市内散策。王宮の中をのぞいてから向かいの市場へ。物凄い混雑。甘酸っぱい果物の匂い。早口のかけ声。サンダル、小物雑貨、衣類、玩具。魚には蝿がいっぱいたかっている。衛生的とは言えないが、いかにもアジアの市場らしい。足元はどろんこで滑りやすい。腰を引いてそろそろ歩く。

 市場を出てペンダントや腕輪を売るおみやげ屋さんの通り。女性たちは一軒一軒寄りたがる。狭い道をオートバイがスピードをあげて通り過ぎる。暑い。湿度も高くて汗がとめどなく出る。
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2016年11月16日

日本のトランプ観はあいまいなのでは

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月16日
日本のトランプ観はあいまいなのでは

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 米大統領選でトランプ氏が当選。当の米国民だけでなく世界中の人々がびっくりしたようだ。「大変なことになった、が率直な感想です。私は、彼は大統領選では勝てないと見ていましたから」と述べた元海兵隊員C・ダグラス・スミス氏の言葉(12日付『赤旗』)あたりが正直な心境といったところだろう。

 しかしびっくりしたままではいられない。今後どうすればいいのか。15日付『赤旗』は@民主党の候補者指名争いで善戦したサンダース上院議員、A進歩派の映画監督マイケル・ムーア氏の発言を紹介している。2人とも反トランプの姿勢を鮮明に打ち出し、たたかう方向を示している。

 サンダース氏=中間層の没落や貧困への怒りは、それをつくりだした人々へ向けられなければならない。「この怒りをイスラム教徒やヒスパック(中南米系)、女性といった身近な人々に向けてはならない。私はそれに反対するためあらゆることを行う」。トランプ氏の差別的言動には国民と共にたたかう。

 マイケル・ムーア氏=「トランプ氏に反対する運動を主導する1人になる。彼を止めるのだ。ウォールストリートを占拠した運動を小さく見せるほどの、数百万人規模の大運動になる」「彼はどんな思想も持ち合わせていない。彼が唯一信じるのは、ドナルド・トランプ(自身)だ。それは政権から追われる片道切符だということだ」「(ムーア氏は)トランプ政権打倒の先頭に発ち上がると宣言しました」。

 11日付『毎日』によれば歌手のマドンナさんも「希望を失うな。私たちは立ち上がる。新たな火がついた。私たちは決してあきらめない」とたたかいの決意を述べたという。まだ大統領に就任もしていないのに、「政権打倒」を突き付けられたのは米大統領史上でも初めてなのではないかな。

 こんなに明確な民主主義の破壊者に対して、日本の世論は少し見方があいまいなような気がする。彼は日本の米軍基地を引き払うようなことも口走っているが、そのように脅かして日本にさらなる負担と軍事的協力を押しつけようとしているに過ぎない。日本を属国にするつもりだ。断固反トランプで行くべきだとおれは思う。
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2016年11月11日

最後の楽園バリ島からB

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月11日
最後の楽園バリ島からB

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 バリ島滞在5日目、曇りで涼しい。今日はどこへも出かけないで基本的にはビラビンタン内で過ごしたいと思っている。朝からしばらくインターネットが不調だったが、10:20、やっとつながった。この間『じゃかるた新聞』をまとめて3日分読んだ。やはり一面に米大統領選のニュースが出ていた。

 45代米大統領にトランプが当選。インドネシアの反響はどうか。「(ジョコウィ)大統領『協力関係続ける』」「反ムスリムに懸念」。ジョコウィ大統領はトランプ氏勝利を受けて9日夜、祝意を表し、「インドネシアは互いにとって利益ある友好関係を続けて行く準備はできている」と述べた。

 トランプ氏の過激発言、特に国内外のテロに関し「ムスリムのアメリカ入国を禁止する」と言ったことにはジャカルタの市民から驚きと警戒の声が上がっている。しかし大方の街の声は「少し反ムスリムという気がするけれども、あんまり心配はしない。まだ本当のところは分からない」「実業家だからアメリカ経済を率いるにはよいかも知れない」などといったあたりらしい。

 11時になって薄日が漏れてきて蒸し暑さがじわっと感じられるようになった。昨日、日本領事館に用事のある光森さんに同行してデンパサールに行ってきた。久しぶりにガルーダ公園(まだ工事中)に寄り、光森さんの「パリの治安に関する会議」が終わるまで、以前入ったことのある独立博物館で時間をつぶした。光森さんの話ではパリのリゾート地区でひったくりに遭う若い女性が増えているそうだ。

 ビラビンタンの前の田んぼを潰して建てたコテージ形式のホテル。まだすべてのコテージが出来上がるまでには半年以上かかるそうだ。ほんとは去年中に完成しているはずだったのにね。それからビラビンタンのスタッフだったストウさんが村長を務める村のお寺も建築に2年以上かかっている。この地は何でもスローなんだよな。車で移動中にも建てかけの家をそこら中に見かける。人手不足なのかな。

 左肩の痛みはなかなか取れないが、眠れないほどではない。このところ便秘気味だったがこちらへ来て逆に軟便っぽくなった。出先で下痢症状がでないか少し心配だ。明日は朝早くキンタキーニ高原まで遠出して植林セレモニーに参加する。朝きちんと出すものを出して腹の調子を整えておかなくちゃ。

 というわけで、時は静かに悠然と流れている。もうすぐ正午だ。部屋で、買い込み過ぎた缶ビールを飲んでからビンタンダイニングにうどんでも食いに行こう。それから昼寝だ。13日朝成田に着く。
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2016年11月10日

最後の楽園バリ島からA

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月09日
最後の楽園バリ島からA

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 静かなパリだが、首都ジャカルタは騒然としているらしい。アホック・ジャカルタ特別州知事のイスラムコーラン冒涜発言に抗議するデモの後遺症が収まっていないらしい。4日のデモでは群衆と警官隊の双方に250人の負傷者が出た。11月7日付の『じゃかるた新聞』が警察発表として報じている。

 「『背後に政治勢力』」「一部暴徒化デモで大統領」。ジョコウィ大統領が5日、記者会見で「事態を利用した政治勢力がいたと理解している」と述べた。光森さんによると日本大使館すじからホテル経営者にイスラム系過激派に注意するよう伝達があったそうだ。ま何が起こるか分からない世界だからね。

 『じゃかるた新聞』の解説記事によれば。インドネシアにおける歴史的デモは過去に2回あったという。一つは1974年の田中角栄首相公式訪問に対する反日デモ。実際はスハルト政権内部の権力争いが原因だったというが、在インドネシア日本人は震え上がったようだ。そんなこと知らなかったな。

 二つ目は98年5月のスハルト政権打倒を叫ぶ数十万人に膨れ上がった民衆デモ。デモを組織したのは闘争民主党で、揃いの赤シャツが市内大通りを埋め尽くした。見物の一般人もこぞってデモに加わったという。多分そのデモでスハルト軍事政権が倒れたのじゃなかったかな。

 おれの認識では、現ジョコウィ大統領はスハルト政権を倒した闘争民主党の流れをくむように理解している。そのジョコウィ大統領は問題発言のアホック知事を国家警察犯罪捜査局に出頭させて、事情聴取をすることにした。その模様は異例のメディア公開されるという。犯罪捜査局とは恐れ入ったね。

 「イスラム教徒は国民の9割を占めている。選挙はもとより政治的発言力は黙っていても大きい。コーラン侮辱問題に関する捜査の結果次第ではあるものの、ジャカルタ特別州知事選挙の行方は分からない」(『じゃかるた新聞』解説記事)。問題は今後も尾を引きそうだが不測の事態だけは避けたいものだ。

 今日も暑い。明け方ひと雨あったようだがおれは気がつかなかった。これからカンプンカフェに行って昼飯を食ってから世界遺産の棚田を回ってくる。夜は影絵芝居だ。バリ島3日目は事もなく過ぎてゆく。日本は寒いだろうね。こっちはじっとしていても汗がにじむ。それではまた・・・。

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2016年11月08日

最後の楽園バリ島から@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月08日
最後の楽園バリ島から@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 「バリッバリッバリッ」物凄い雷の音に昼寝の夢を中断された。いま日本から5,840キロ離れたバリ島にいる。昨日7日11:00に成田を発って16:45(現地時間)にデンパサール着陸。予定時間よりだいぶ早い。喜んだのはいいが、毎度のことながら荷物の出てくるのが遅い。いらいらする。

 空港は3年前に新装なったが、離着陸システムは相変わらずのんびりだ。ビラビンタンのボンさんが車で迎えにきてくれていたが、出入国者が一段と増えて駐車場探しに苦労したそうだ。18:30に空港を出てウブドのビラビンタンには19:45。元神戸新聞労組委員長の光森さん夫妻が待っていてビンタンダイニングで一緒に夕飯。焼きそば(ミンゴレン)とやきとり(サティアヤン)とビンタンビール。

 開け放しの窓から蛍が見えた。前は群舞していたと思うが、一匹ずつすーっと光ってすぐ消えた。部屋におさまってトランクの中のものを引き出し、寝巻を着てからベランダで日本から持ってきた焼酎を水割りで飲んだ。風もなく星もなくどんよりとして蒸し暑い。バリはいま雨季に入ったところだという。

 夜は暑さのため寝苦しかったが朝は爽やかだった。6:00に起きて、明けゆく朝の光と空気を堪能した。朝食は8:00から。おれはバリ島は10回目。このところ朝飯のメニューは、珈琲、トマトサンド、オムレツ、レモンジュースで一定している。にんにくの利いたオムレツがおいしい。

 宿帳に名前を書くなどの宿泊手続きを終えてから王宮前のメインストリートで円とルピアの両替。いま1円は130ルピアになる。2万円替えたら260万。大金持ちになった気分だ。その足でスーパーへ行き、バリワインと缶ビールを買い込む。昼飯はいつも行く地元食堂。堅やきそばと小ビール2本。

 宿舎に戻り、ボンさんにパソコンをインターネットにつないでもらった。これでメールもブログ更新もできる。携帯もインドネシアモードに切り替えられるが、通話料が不明なので安易に使わない方が賢いようだ。おれの最初のバリ訪問は14年前になる。その頃に比べると便利になったものだ。

 いわゆるリゾート開発が進んでこの辺も急激に変貌しつつある。田んぼや畑を潰し、灌木を切ってどんどんホテルやコテージができている。市場も掘立小屋から2階建てのビルになった。道もきれいに舗装・整備されつつある。それは文明の進歩なのだろうが、バリ文化にとってはどういうものなのだろう。
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2016年11月06日

同期入社の鈴木章夫を悼む

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2016年11月05日
同期入社の鈴木章夫を悼む

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 同期入社の「鈴章」こと鈴木章夫が10月31日、肺がんで死んだ。既に彼岸に行ってしまった「マチ」こと町田祐三、「おおい君」こと中村実、「あんちゃん」こと藤田充の仲間入りだ。これで10人の同期が6人になった。鈴章の訃報を聞いたという山田健一から電話あり。「おれ、今年1月に胃がんで全摘手術を受けて療養中なんだ」。山田の話によれば大平太郎はどうやら認知症になっちゃったらしい。

 田中信太郎には3年ほど前、取手の斎場で後輩の葬儀があって久しぶりに会ったが元気がなかった。彼は長男に先立たれてから同期の旅行にも参加しなくなっていた。滝沢直幸、石塚博幸は消息途絶だ。60年前、全員詰襟の学生服姿で入社式をした写真が残っているが、とうとう1人になっちゃった感じだ。

 鈴章は川崎工業高校卒というれっきとしたエリートエンジニアのはずなのに、おれと同じ超機械音痴。スパナの使い方も知らない。こいつ一流工業高校でいったい何勉強してきたんだ。1年の養成期間を経ておれは輪転課に、鈴章は鉛版課に配属された。鉛版課は18キロの鉛版を溶解釜に投げ込む力仕事だ。

 10人の同期生は忘年会や納涼会、節目の温泉旅行などでしょっちゅう集まった。集まるとおれは「労働者は団結しなければならない」と演説をぶった。中村などはそれに反発して「おれたちは背広着て有楽町に通っているんだから労働者じゃない」と言い張った。鈴章はクールな目で双方を観察していた。

 毎日新聞労組はユニオンショップで、入社1年後に正社員になると同時に組合員になる。おれはとたんに1人で職場新聞を発行(月刊で5号まで続いた)。その活動が認められて、青年部書記、職場執行委員、新聞労連東京地連書記長ととんとん拍子に役がついた。その間鈴章はじっと満を持していた。

 鈴章が所属する紙型・鉛版職場班はずっと会社派が実権を握っていた。彼はなかなか執行部には出られなかった。それが1975年の大住広人執行部で突然本部執行委員・職分制対策部長に選出された。職分制とは68年に導入された毎日型職務給のこと。組合は差別と組合弾圧の温床として猛反対していた。

 結局職分制は鈴章在任中の77年3月で廃止される。職分制対策部長としては大金星だ。印刷技術の変化で鉛版職場がなくなり、従業員はそれぞれ異職種に配転された。鈴章は編集の整理部や調査部で結構いい仕事をした。ずっと独り者だったが定年になってから愛妻俊子さんと巡り合った。幸せそうだった。

 今日5日午後6時から鈴章のお通夜が営まれる。風邪をひかぬよう暖かい格好で行こう。
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2016年11月02日

海外旅行・ハワイ(2002年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2016年11月01日
海外旅行・ハワイ(2002年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 2002年はおれの人生の中でも激動の年だった。6月23日投開票の松戸市長選に「明るい松戸氏をつくる会」から立候補したのである。政党では日本共産党だけの推薦だ。約半年、生活のほとんどを候補者として全力投入した。結果、1万7500票、13%余の得票を得てまあまあ善戦。ご苦労さん。

 その骨休めも兼ねて女房と長女の3人でハワイに行った。9月10日から15日までの5泊6日(機中泊含む)。ハワイというのは日付変更線のあちら側にある。10日の20:00に成田を発ったのにホノルルに着いたのが10日の08:10(現地時間)。つまり時間が逆に進む、というか戻ってしまったんだな。

 宿はワイキキの浜辺にあるシェラトン・モアナ・サーフライダーホテル。狭いけどベランダがあって建物の間から海が見える。着いた翌日があの9・11同時多発テロから1周年。観光客がぞろぞろ浜辺へ出て赤い花を海に流してお祈りしている。ビキニ水着の若い女性も神妙な顔だ。おれたち3人も加わったが、おれはアメリカの爆撃で殺されたアフガニスタンの子どもたちを悼んでお祈りした。

 海水着を持っていったのだが、泳ぐ気はせず、海岸にはすぐ飽きた。バスで歴史博物館へ行ったり、オプションでポリネシア踊りを見たりした。腰蓑だけの若い男性が口から火を吹いて観客を驚かせた。ひと踊り終わるとおれたちを舞台に乗せて記念写真のサービスをしてくれた。

 朝飯はホテルのレストランだが、昼も夜も街へ出て食べた。とにかく日本人がうようよしているところで、和食レストランだらけだ。何もハワイへ来て天ぷら定食(それも高くてまずい)でもないだろうに、女房がアメリカンステーキは嫌だというので日本料理にした。熱燗は1本1000円とられた。

 早々に宿に引き返し、空港で買ってきたバーボンウィスキーを飲る。つまみは町のコンビニにあったビ―フジャッキー。テレビをつけると日本の衛星放送が見れる。女房と娘は例によって街へ出てウィンドショッピングだ。2人が帰ってきたころにはおれは酔いつぶれてベッドに大の字だったらしい。

 帰りの飛行機はホノルルを14日の10:45に飛び立って、成田に着いたのは15日の13:25(日本時間)。来る時に時間を儲けた気がしたが帰りに元を取られた。ま、家族3人の「憧れのハワイ航路」は可もなし不可もなしというところか。もう一度行きたくなるところでないことだけは確かだ。
posted by マスコミ9条の会 at 05:26| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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