2017年07月28日

ウブド通信K

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月28日
ウブド通信K

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 7月6日に到着して今日は28日、とうとうバリを離れる日がやってきた。正味23日、日本へ帰るのは24日ぶりということになる。この間で一番いい天気だ。朝から雲ひとつない。孫たちはボンさんの運転でキンタマーニ高原へ行った。おれは相変わらず足と腰が痛いのでパス。午後まで静かだ。

 『じゃかるた新聞』を見る限りインドネシア経済は玉石混交で急成長を遂げているようだ。全国で28ものショッピングモールができる一方、東南アジアで一番と言われたジャカルタ郊外の電機製品大型店がシャッタービルになってしまったという。時代の波は想像以上に荒いらしい。自動車、石油・ガス、住宅などの分野での日本の投資は盛んなようだが、低賃金だけをあてこんだ事業進出には限界がありそうだ。

 インターネットで日本のニュースも刻々入る。安倍首相がしぶとく生き延びているのに民進党の蓮舫代表の方が先に辞任とは驚いた。民進党一党支持の連合も一部幹部が功を焦ってドジを踏み、方針転換を再転換する羽目になった。これで確実視されていた次期会長候補の逢見事務局長が失脚したらしい。

 さてバリ島23日間だが、なにせ足と腰が痛くてほとんどコテージから動けない。この間スーパーへ3度行ったのと、村の集会所でのジェゴクと踊り、村の住民の2年に1辺の祠祀りの参加くらい。あとは食事。マンデラ・ケイコさんのホテルのランチ、ワルン・スシ(寿司、日本料理)、べ・パシェ(魚料理)、和るん・あんかさ(本の交換会)、ワルン・タマン(中華)、マンガ・マドウ(バリ料理)など。

 来バリ後一週間は連日雨にたたられた。一緒に来たわくわく旅行一行が帰った後は基本的には晴れだったが、気温は低く南国という気がしない。ここは南半球なので今は秋から冬にかけての季節。朝晩は寒いくらいだ。長袖のシャツを持ってきてよかった。下着、Tシャツは毎日洗濯して間に合わせた。

 後半一週間は娘一家と一緒。おれが1号コテージで孫たちはすぐ前の2号。凌は5泊のうち3回おれと寝た。凰太はますますたくましくなった、といよりかいたずらが過ぎて言うことをきかない。ママが叱るのを見てると40年くらい前の女房と子どもたちが浮かんでくる。歴史は繰り返すらしい。

 孫たちが帰ってきたら、荷物の整理をして宿泊費などを清算し、夕飯を食べて夜8時頃空港へ向けて出発する。来た時、水が張ってあった田んぼに青々と田植えが済んだ。それではバリよさようなら。
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2017年07月26日

ウブド通信J

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月26日
ウブド通信J

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 娘一家4人がやってきてもう4日目、毎日孫2人に追い回されている。午前9時、一家が象の動物園に出かけたのでやっとパソコンに向かえた。雨模様だがそんなに強くない。そのうち上がりそうだ。

 23日午後8時に孫たち到着。早速ダイニングで歓迎夕食会。長い空の旅だったというのに孫たちの元気なこと。注文してあったナシチャンプル(ご飯おかず盛り合わせ)、ミンゴレン(やきそば)、焼き餃子(2皿)、チキン・サテ(やきとり)10本、とんかつ一皿をペロリ。ナシゴレンを追加。

 凰太が「じいじ反省会しよう」というのでおれの部屋のテラスでまた騒ぐ。おれと桃子はワイン。そこへ蛍が一匹飛びこんできた。電気を消すとすーっと光って飛んでいった。凌がおれのベッドで寝るという。夜中何回か小便に起きたが、いつもは明け方に向かうパソコンはしなかった。それなのに24日朝6時半におれが起きたら凌も起きてしまった。ママたちの部屋のドアを叩いたらしく「じいじと一緒じゃ朝早く起こされる」とのママの判断で翌日からはこちらで寝なくなった。

 24日朝飯前に凰太とビラビンタン3号室前の池の周りで遊んでいたら、はずみで凰太が池にドボン。全身水浸し。おれが救いあげてママのところへ抱いていったが。ママに2人ともきつく叱られた。その日孫たちは午前中モンキーフォレストへ。昼飯食って帰ってきて、隣のホテルのプールへ。

 午後3時頃、おれが湯をたっぷり張って風呂に入っていたらドアが激しく叩かれた。ママが凰太を抱えていて「うんちしちゃった」という。水着を脱がせておれと一緒にシャワーを浴びる。夕食は6年前にも食ったバリ風中華料理の「ワルン・タマン」。前あった場所から移転して、スーパー隣のビルの2階へ。店も広い。中国人の店主がおれを覚えていてくれた。相変わらず魚のスープがおいしい。

 昨日は午前中、パパと凌はラフティング(急流下り)。ママはネカ美術館はす向かいの美容室でエステ。その待合室で、ボンさんと凰太とおれは一時間待たされた。ママは安くて(2000円)気持ちよかったと大満足だったけどね。お昼は天ぷら盛り合わせとコロッケの出前を頼んて蕎麦を食った。

 夜は3日前に「本の交換会」で行ったモンキーフォレスト通りにある「和るん・あんかさ」へ。おれはまたまぐろユッケ丼を満喫。凰太はカツカレー、凌は餃子ライスでデザートにかき氷と満足顔でした。
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2017年07月24日

ウブド通信I

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月23日
ウブド通信I

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今午後3時半、日本時間4時半だ。プロ野球速報をハラハライライラしながら見ていた。ロッテがソフトバンクに3対1でやっと勝った。あと2時間弱で凌たちがデンパサール空港に着く。最初ボンさんの車に乗って空港まで出迎えに行こうかと思っていたのだが、あの出口のところは人が混んでいて座る場所もない。とても立ったまま待っているのは無理なので諦め、ビンタンダイニングで待つことにした。

 昨夜光森さん夫妻に連れられて毎月開催している本の交換会に行ってきた。交換会は3カ所交代で開く。今回はモンキーフォレスト通りの「和るん・あんかさ」という日本人経営の居酒屋風食堂が会場。おれ好みの雰囲気の店だ。ちなみに来月はビラビンタンのミーティングルームが会場になる。

 5時に会場に着き、螺旋階段を2階に上がる。手摺りがないので少しきつい。まだ参加者はちらほら。交換会というから何かセレモニーがあるのかと思っていたが、参加者は勝手に来て、それぞれ好きな飲み物と料理を頼み、知り合いと交流し、ついでに本も交換するというまったくのフリースタイルだ。

 おれはまぐろユッケ丼と冷奴、それとビンタンビールの大瓶。このまぐろユッケ丼がうまかった。こちらのご飯の炊き方は普通硬めだが、この丼のは柔らかい。上にたっぷりのまぐろ。赤身の中落ちというところ。ちょっと甘いめの醤油タレもよく味が素材となじんでいる。白ゴマのかかっているのもうれしい。

 冷奴の豆腐は少し堅すぎるが、削り鰹節がたっぷりかかっているのでこれはこれで美味い。すつかりうれしくなってアラックのオンザロックを2杯も飲んでしまった。それで勘定は16万ルピア。1500円ぐらい。この和るん・あんかさという、表通りから横町へ20メートルほど入った開けっぴろげの店。突き当たりがホテルだというが、横町の雰囲気が北千住の駅前通りというところ。おれのご推奨だ。

 今日でウブド滞在18日に、さらにこれから1週間ある。おれの海外旅行歴でも最長記録だ。それはそれで楽しいのだが、光森さんには悪いけどこちらに移住する気にはならないな。やはりいろいろ不便を感じるし、精神的にも落ち着かない。パソコンのメールで日本と繋がっているとは言え、人間関係が狭く、行動範囲が限られる。とは言え貴重な経験をしたことは確かだ。光森さんや女房はじめ、関係者のみなさんありがとう。
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2017年07月23日

ウブド通信H

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月20日
ウブド通信H

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ滞在15日になる。わくわく旅行のメンバーが帰った後は連日晴天、初秋の爽やかさに恵まれている。スーパーへ買い物に行ったほかはコテージに閉じこもる毎日だが、昨夜は素晴らしいお祭り(祀り)体験をさせてもらった。村やお寺の公式な行事でなく、親族だけの祀りに村中が集うのだ。

 ビラビンタンの夜間セキュリティを担当しているコマンさんは近くのブントウユ村に親と兄弟で住んでいる。家の入り口は狭いが奥行きは長くて広い。突き当たりに立派な祠(ほこら)がある。これを祀る祭儀で、バリ特有のウク歴(210日が1年)の2年に1辺行われるのだそうだ。

 元村長のストウさんに略式正装の腰巻のようなものを着けてもらって午後7時にコマンさん宅へ向かった。光森さん夫妻と泊まり合わせた画家の前田さん夫妻が一緒。車を降り家の石塀の中に足を踏み入れて驚いた。コマンさんの居住エリアから奥の祠にかけてぎっしりの人。正装した子どもたちも目立つ。全体で100人は優に超す。おれたちのために椅子が用意されていた。優しい心遣いに感謝。

 祠の前には地域のガムラン集団。リーダーは「日バリ友好パーティ」でおなじみのスウエチさん。特徴のある鼻ヒゲの顔で笑って挨拶してくれた。他にも知った顔が何人も。祠の中ではレジエンと呼ばれる子どもたちの踊りが奉納されている。スウエチさんの楽団も演奏を始めた。

 演奏が2曲ほど続いた後、みんなの視線が暗闇に向く。トペン(仮面舞踏)がゆっくりゆっくり現れた。最初は1人、次の曲では2人になって掛け合いで唄ったり、漫才のように言葉を投げ合ったりした。そのうちの1人はおれたちに握手してくれた。光森さんに聞くと彼はトペンの名手なのだそうだ。

 2年(420日)に1辺とはいえ個人の家であれだけのお祭りをするのは出費が大変だと思うが、こうして村の共同体としての絆が深まるのだろうな。これまでケチャダンスやレゴンダンスを鑑賞してそれなりに感銘を受けたが、今夜のトペンやレジエンを見るとあれは見世物に過ぎなかったとも思える。

 8時半、ストウさん運転の車で帰ってきた。いつもの晩より蒸し暑く感じられた。シャワーを浴びたが、なんか興奮していて缶ビールとワインと焼酎の水割りを飲んでしまった。反省。
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ウブド通信G

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月18日
ウブド通信G

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 連合が「残業代ゼロ」容認に方針転換したことに多くの新聞が疑問の声を発している。「連合の姿勢 原点を忘れてないか」(『信濃毎日』)「残業代ゼロ法案/不可解な連合の方針転換」(『神戸』)「成果型労働、連合が容認 生活と健康守れるのか」(『毎日』)「連合の存在意義揺らぐ」(『沖縄タイムス』)。

 『朝日』は「『残業代ゼロ』連合容認に波紋『次期会長候補が独走』」と、逢坂事務局長ら幹部が傘下組合や組合員の声を無視して政権側と取引した経緯を明らかにしている。その上で「労基法の改正 疑念と懸念がつきない」と政権にすり寄った「連合の選択」に疑問を突き付けている。

 新聞労連委員長を務めた毎日新聞の東海林智記者は、自己のツィッターで次のように連合幹部の非をなじる。「労働者の命をあなたがたの権力争いの道具にするなよ。誰が連合会長になろうが、労働者の命を手土産に安倍と握手した手で団結の拳が握れるのかい?」。さすが痛烈だ。

 そして残業代ゼロ法案が初めて国会に上程された第一次安倍内閣当時、厚労省記者クラブのロッカーに「残業代ゼロ制度反対」のステッカーを貼った秘話を明かす。初め毎日と共同だったが、そのうちテレビも含め、サンケイを除く全社がワッペンを貼った。当局は庁舎規定による取り剥がしができなかった。

 当時の連合高木会長は過労死家族会の訴えに涙を流して同調、「必ず阻止します」と誓ったという。いまの幹部はどうか。熊沢誠甲南大学名誉教授は「毒食わば皿まで」の姿勢だと決めつける。

 「すべてのばかばかしさは、沈みゆく安倍政権のもとでも、労働運動はあらゆる悪政になにも抗えないという団子虫のように臆病なあきらめからきている。神津会長よ、逢見事務局長よ、村上総合労働局長よ、えせリアリストを気取ってぐだぐだ言うまえに厚労省や首相官邸前でハンストでもやってみよ」

 『日経』報道によれば、この「連合の変節」に日本経団連は大いに励まされ、「残業代ゼロ」を含めた労基法改正を秋の臨時国会で一気に通すよう政府に働きかれる方針だという。冗談ではない。労働者の生活といのちをそう易々と差し出してなるものか。戦争法や共謀罪では労働組合の参加がもう一つだったが、今度は自らに直接降りかかってくる問題だ。ストライキも含む大闘争で見事粉砕しようではないか。
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2017年07月18日

ウブド通信F

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月16日
ウブド通信F

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 いい天気が続く。風も爽やか、日本の初秋という感じだ。11日には6人中4人が帰国し、昨夜石坂さんが帰った。これで23日の夕方孫たちがくるまで基本的にはおれ1人。足腰が痛いので出歩けない。毎日食って飲んで寝てたまにパソコンと読書。また肥ってしまう。情けないけどどうしようもない。

 ワインがあと1本しかなくなったので、今日、スーパーへ買い出しに行きたかった。ところが運転をしてくれるボンさんが出身地のボン村へ帰ったとかで明日になった。そう言えば今日は日曜だよな。ボンさんにも休日が必要だ。ダイニングの女の子も今日は休んでいるようだ。朝の食事時、経営者が自ら注文とったり料理したりしていた。部屋の掃除にくる、なんて言うんだっけ、彼だけは休みなしのようだ。

 ダイニングから眺めた田んぼの風景には目が醒める。田植え前の水を張った田んぼ。アヒルが10羽ほどのグループをつくって首を水の中に突っ込んでは餌を探っている。ドジョウやタニシでもいるのかな。アヒルが移動すると水紋が広がる。水に映った椰子の木やコテージがさあーっと崩れる。ほんとは3毛作ができるのだが、この辺ではコメの品質を高めるため2毛作なのだそうだ。

 『じゅかるた新聞』は日曜休刊だ。昨日の1面に、例のコンビニ「セブンイレブン」の店舗閉鎖で1300人も解雇されたと出ていた。雇用保険のようなものがあるのかな。それにしても解雇された人たちは困っているだろうな。日本資本は労働者の生活なんか関係なく儲からなければ簡単に潰すけどね。

 昼寝しようと、ベランダの簡易ベッドに横になったのだが、眼が冴えて眠れない。そりゃそうだ。毎日寝過ぎだもんな。こんな時こそパソコンに入っている長い原稿を整頓・整理しようとしたのだが、データが重過ぎたのか「保存エラー」の表示。折角の作業がパーになってしまった。もう止めた。

 さてそろそろ夕飯のメニューを考えよう。昨夜食ったとんかつはうまかった。刻んだキャベツにマヨネーズなんかがかかってなかったし。ソースをたっぷりかけておいしく食べた。それにしてもあんなに肉を叩かなくてもいいのに、と言ったら光森さんに「こっちの肉は硬いから」と言われた。

 なるほどとんかつも「郷に入れば郷に従え」か。このほかメニューでは焼きギョーザ、だしまき卵、野菜スープ、豚生姜焼きなどがうまい。インドネシア料理のナシゴレン(焼き飯)、ミンゴレン(焼きそば)はサテ(やきとり)などの付属物の量が多過ぎる。天ぷら盛り合わせもとても食いきれない量だ。
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ウブド通信E

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月14日
ウブド通信E

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 このところ存在感が希薄だった労働組合が、急に脚光を浴びた感じだ。「『残業代ゼロ』修正で一致」「連合の要請、首相受け入れ」(14日付『じゃかるた新聞』多分共同通信の配信記事だ)。13日に首相官邸で安倍首相と神津連合会長が会談し、首相が連合の「修正案」受け入れを表明したという。

 これも共同配信だと思うが、「強気の政府に迫られ後退」「連合方針転換、内部で不協和音」という解説記事も。これが面白いのでできるだけ忠実に要約してみる。

 首相との会談後神津会長は「(修正しないと)長時間労働がさらに拡大しかねない」と言い訳したが、連合内外で批判が噴出している。連合傘下の全国コミュニティユニオンは「過労やハラスメントが横行している実態とかけ離れている」「小さな穴を開けてはいけない」と指摘。「労働事件が専門の弁護士も『政権支持率が低下している時に助け舟を出すに等しい』とするなど、批判は連合の外にも広がった」。

 一方政権側にとってはどうか。「もり・かけ疑惑」や東京都議選の惨敗で四苦八苦している現状。臨時国会のメインとした「働き方改革」までとうてい手が回らない。そんな苦境を乗り切る「渡りに船」となったのは確かだ。ある自民党幹部は「法案成立の環境が整いつつある」と自信をみせた。大万歳なのだ。

 「労働界の反対で2年以上塩漬けになってきた(労基法)改正案は成立に向けて動き出した。連合幹部の1人は『テーブルに着けば政権の思惑に飲み込まれ、テーブルに着かなければ何も実現できない。それが安倍一強の怖さだ』と漏らした」。これが解説記事の締めの言葉だ。

 まったく情けない「連合の存在感」である。資本との対決を忘れ、組合員の苦しみの声に耳を貸さず、団結とか争議権とかを死語にしてきた連合。「貧すれば鈍する」ということだろう。ユニオンショップと組合費のチェックオフの上に胡坐をかいた労働組合の末路だ。

 ――朝のうちは雨雲に覆われていたが、昼寝から醒めてみたら南国の太陽が照りつけていた。相変わらず腰からもも、ふくらはぎにかけて痛みが走る。歩くのも困難。仕方がないのでパソコンに向かうかベランダで本を読むか、している。23日には孫たちが来る。それまでに少しはよくなればいいのだが。
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ウブド通信D

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月12日
ウブド通信D

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝のうち青空がのぞいていたので「今日は晴れるかな」と希望を抱かせたがやはり雨だ。今午前10時半、ヒマなので『じゃかるた新聞』を読んでいる。10日付1面トップは「トランプ氏と初会談」「G7で大統領 経済協力とテロ対策」。ジョコウイ大統領とトランプが膝つき合わせている写真付き記事だ。

 11日付2面には「ヤマザキパンの販売倍増」という記事が目立つ。当地で製造販売するヤマザキ・インドネシアの幹部は「柔らかさと白さが持ち味のふんわり食パンシリーズで、新たにハチミツや全粒粉を使用した商品を投入した。これがヒットした」と分析。技術革新の成果を誇っている。

 日系資本は別の製パン業界にも手を伸ばしている。双日と敷島製パンが出資した「ニッポン・インドサリー・コービンド」はこの7日に新株発行を発表。ジャワ島、フィリッピンに新工場を建設する。国内パン市場は2000億円程度だが、屋台などで売られる安価なパンが7割を占める。そこへ日系資本の高級感のある「ふんわりパン」がどこまで食い込めるか、ということらしい。今後の市場競争に注目だ。

 これからのインドネシアの消費社会を左右するのは「格差の拡大」に政府がどう対処するかにかかっている。10日付『じゃかるた新聞』に「格差社会と民主主義」という署名論文が載っている。近年インドネシアの経済的格差は拡大の傾向だ。前大統領のユドヨノ氏は貧困家庭の生活保護策を推進したが、その程度では格差の拡大に歯止めがかからなかった。社会保障分野への予算配分が少なかったためだ。

 そこで現ジョコウイ政権がまず手掛けたのが「石油燃料補助金」の廃止だった。この補助金は車を保有できる比較的富裕層を優遇するものだった。ジョコウイ大統領は補助金廃止の財源で、国民皆保険の確立や低所得者層への生活援助を実施。論文の筆者は「今後の政治の安定は格差の是正にかかっている」と提起する。

 昨日、王宮前通りのスーパーへ行った。商品の量も質も目を見張る高いレベルだ。しかしここで買い物をしているのはおれたちような外国人観光客と地元の富裕層だ。ビラビンタンの隣のホテルの従業員は月3万円の賃金だ。それでもバリは観光地なので破格の高さだという。一般の庶民はどのくらいなのか。

 雨は降らないが陽も射さない。日本の梅雨のような天気だ。もうそろそろお昼だが、蕎麦でも茹でようかな。
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ウブド通信C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2017年07月11日
ウブド通信C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 やっと晴れた。やはり晴れると気持ちがいい。南国の太陽がカッと照りつける中、スーパーで買い物をした。ハッテンというパリワイン3本(赤2、白1)と350mlの缶ビール9本(ビンタン6、ハイネッケン3、おれはビンタン7のつもりだったが)、計59万400ルピアだった。

 昨日のランチはマンデラ・ケイコさんのホテルで豪華に食べた。ケイコさんは40年ほど前ウブド王家の当主の目に止まり長男の嫁になった。愛知県の古いお医者さんの家の出身。いろいろあったが、今では舞踏家の長男、実業家の次男の母親。ホテル経営のかたわら、自ら絵を描いて日本で個展も開く。

 夜はわくわく旅行組のラストナイトということで、ミーティングルームでサヨナラパーティ。ダイニングから天ぷらと焼き餃子、出し巻き卵と青菜のお浸しといんげんの胡麻和え、光森さんからのやきとりの差し入れもあって盛り沢山。おれは何回にも分けて蕎麦とそうめんを茹でた。ビール、ワイン、焼酎を飲みながら午後6時半から11時半までの5時間、何かしきりに大激論。今朝はいささか二日酔い気味だった。

 今回は長期滞在なのでTシャツやパンツなどをこまめに洗濯している。ところが雨のせいもあってなかなか乾かない。今日の好天気でやっと乾くメドがついたところ。ほっとしている。ほっとしていると言えば心配だった腰痛がそれほど酷くならずになんとか動けている。夜もよく眠れる。

 夕食後、6人中4人が帰る。おれと石坂さんが残るが、その石坂さんも14日にはいなくなる。凌たちが来るのは23日の夜なのでその間1人だ。もちろん光森さんやボンさんがいるし、パソコンもあってインターネットがつながっている。退屈はしない。山川さんが、ソーセージやチーズなどのつまみ類、即席ラーメン、汁の素、珈琲などを置いて行った。持ってきたそうめんもあるので自炊生活ができる。

 今日の昼飯は隣のボンさん経営のホテル「メサリ」のレストランで食った。イカと海老と白身の魚の海鮮アラカルトに白ワイン。昼にしてはワインの飲み過ぎでちょっと吐き気がする。ま、これから夕飯にビールを飲めば治ると思うが、少しアルコールは控えめにしよう。

 さあそろそろ夕飯だ。今シャワーを浴びてさっぱりしてゆかたに着替えた。今夜はパソコンでロッテ対西武戦の速報を見よう。というわけでなんとものんびりした一日だった。明日も同じだな。
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2017年07月13日

ウブド通信B

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2017年07月09日
ウブド通信B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 7月1日付『じゃかるた新聞』におやっと思う記事があった。「各地で撤収作業 セブンイレブン」。6月30日限りでインドネシア各地に展開していたコンビニのセブンイレブンが全店閉鎖。その撤収作業が急ピッチで進められているというのだ。日本を出る時、セブンイレブンがベトナムに進出することになったニュースを新聞で見た記憶がある。同じ東南アジアで「進出」と「閉鎖」とはどういうことか。

 インドネシアにおけるセブンイレブン1号店は2009年オープンだというから7年しか経っていない。『じゃかるた新聞』によれば「14年までは順調に店舗数を伸ばしたが、競合他社との競争激化などりより、不振に陥った」ということだ。競合他社とは「インドマレット」とか「アルファマート」とかの地域系コンビニ。これらに比べセブンは「商品の種類も少なく個性も感じられなかった」という。

 全店閉鎖に追い込まれたセブンイレブンだが、完全に白旗を上げたわけではない。セブン・ホールディング広報部は「インドネシアは重要な国であり、これで終わりではない。フランチャイズ先を探し、事業を再開したい」と希望をつないでいる。どうやら外国からの進出企業対地域企業の対決構図らしい。

 インドネシアのジョコウイ大統領は、外資を導入して経済の活性化を図ろうとしている。例えば大和ハウスが東ジャカルタに40億円出資して5000戸の住宅を建設する計画が進んでいる(8日付『じゃかるた新聞』)。「(住宅建設は)2024年度竣工予定。海外交通・都市開発事業支援機構(本社・東京都千代田区)と地域系不動産開発トリポ社とプロジェクト会社を立ち上げる」。

 またインドネシアは石油産出国でもある。ジョコウイ大統領は6日、石油ガス開発を中心にした国家戦略事業の改定を発表した。計画の遅れた事業を削除して新たに「東南アジア最大規模のガス埋蔵量」を見込むアラフラ海マセラ鉱区の開発などを加えた(7日付『じゃかるた新聞』)。

 外資を導入しながら地域企業の育成を図るということだろう。その舵取りはそう簡単ではないと思う。ここバリ島でも米資本による巨大アウトレット等の建設が目立つ。肝心なのは企業動向だけでなく、国民生活の向上にどう結び付けることができるかという観点だろう。

 まだ鬱陶しい雨空だ。おれ以外は車で観光に出かけた。おれはこれから冷麦でも茹でて昼飯にしよう。
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ウブド通信A

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2017年07月08日
ウブド通信A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 8日午後3時、朝から続いていた土砂降りの雨がやっと上がった。まだ日が射すところまでいかないが、空が何となく明るくなってきた。一行のうち4人は光森さんの案内で美術館巡りに出かけたが、おれは辞退した。同じくコテージで絵を描くため残った山川さんが昼食に蕎麦を茹でてくれた。ビールを飲みながら降りしきる雨の中で蕎麦をすすったがこれが美味かった。薬味のネギも持ってきたとはさすがだ。

 ひと眠りして目が覚めたら人の声がする。ミーティングルームに美術館組がいた。美術館が雨漏りしていたそうだ。河合さんが「スト―さんが来てるよ」というのでスタッフの溜まり場に行ったら、以前よりさらに肥ったスト―さんが「やあ」と言って手を差し出した。スト―さんは5年ほど務めたこの村の村長さんを退任したばかり。村長時代に、古くなったお寺の改築を何千万円かで完成させた実績を残した。

 古いスタッフのスト―さんとはいろいろ思い出がある。あれは7〜8年前だったと思うが、キンタマーニ高原の温泉プールに行った。おれたちの車のドライバーがスト―さん。高原の帰り道で果物の王様といわれるドリアンを売っていた。何個か買ったら試食させてくれた。よせばいいのにおれも一切れ食べた。

 昼飯でおれはひとの分までビールを飲んでる。そこへドリアンを食ったものだからすぐに下痢症状がやってきた。「スト―さんその辺で止めて」と叫んだ。彼が適当な草むらのあるところで止めてくれた。おれはぱっと座って寸前で間に合った。この辺の草は育ちがいいよと言ってテレ笑いした覚えがある。

 それからすぐスト―さんは住人の選挙で村長さんに選ばれた。立候補したわけではないのに勝手に票が集まったと本人は言っていた。2011年東日本大震災の年の7月、孫たちとウブドへ来た。ちょうどガルンガンでお寺でお祈りをした後、スト―さんの家でお祝いのご馳走をいただいた。入り口は狭いが奥行き長い立派な家だった。親戚や光森さん関係の観光客など大勢で楽しく語らいながらの食事だった。

 それからさらに何年か後、この時も何かのお祭りに出くわした。村の集会所で男どもがお祭り用の料理づくりをしていた。ハンドマイクを片手に進行の指揮をしていたのが村長のスト―さん。焼き鳥の串を刺したり、炭火で焼いたり、野菜を刻んだり、男たちは指示通りに動いていた。いつも見るスト―さんと違って威厳と貫禄があった。――さあ今夜は日本人が経営する寿司屋で魚料理だという。楽しみだ。
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ウブト通信@

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2017年07月07日
ウブト通信@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝7時に起きて外を見ると雨だった。バリへ来て2日目。そんなに強い降り方ではないが、ゆかた1枚では寒いくらい。南国バリではあるが、ここは南半球。今は秋から冬になろうとする時期だ。8時からの朝食時には雨は降り止んだが、Tシャツの上に長袖を着た。濃いバリ珈琲で体を芯から温める。

 成田からデンパサールまで乗ったガルーダ航空は満席だった。以前はバリへの直行便が二つあった。ガルーダとJAL。例のJALの経営危機(会社更生法)の下で、不採算路線として廃止されてしまった。近く復活するという話もあるが、現時点ではガルーダの独占、しかも1日1便だ。混むのは当然か。

 昨日のガルーダ航空は気流の関係からか定刻より1時間近く飛行時間が短かった。現地時間4時40分にはデンパサール空港に着陸した。ただしおれたち一行は後部座席だったので機外へ出るのが最後の方。そのため入国審査の列がもう長く伸びていた。おれは腰が痛い。止まっては少しずつ前進というのがほんとに辛い。列の誘導の標識にすがりながら審査窓口に辿り着くのに30分はかかったんじゃないかな。

 そして今度は荷物受取りだ。コンベアの前は二重三重に人垣ができている。コンベアが動き出したがおれたちのトランクは見当たらない。ここでも待つこと30分。もう人垣がなくなる頃やっと見覚えのあるトランク。ほっとして空港出口へ。出迎えのボンさんに会えたのが6時15分だった。

 車でウブドのビラビンタンに移動するし途中、お祭りをしているお寺があった。おれが「お祭りだというのに酔っ払いがいないな」と日本のお祭りを頭に浮かべながら感想を述べたら「こちらのお祭りは神に捧げものをして厳かに祈るもの。お酒のお祭りではない」とぴしゃり。ああ恥ずかしい。

 今、午後4時、1人で部屋にいる。みんなは昼食後、デンパサールのアートセンターへ行った。レゴンダンスなどの民俗芸能や物産展、絵画彫刻など芸術品の展示がある。どうやら歩きそうなのでおれはパス。ボンさんに持参したパソコンをインターネットにつないでもらた。これで退屈しないで済む。

 雨は降ったり止んだりなので気温が低くて湿度が高い。昨夜洗濯した丸首シャツとパンツをベランダに乾したのだが一向に乾かない。もうそろそろアートセンターに行った光森さんとわが一行が帰ってくる時間だ。この辺で今日のブログは止めるが、できれば滞在中毎日書き込むつもりだ。ご愛読を!
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2017年07月10日

沖縄ノート(4) 尖閣防衛・抑止はユクシ

17年07月01日
沖縄ノート(4) 尖閣防衛・抑止はユクシ

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

 政府はことあるごとに、在日米軍が日本を守るための「抑止力」だと言っている。米国大使やアメリカの高官も、それを、ほのめかすように「尖閣は日米安保条約の適用範囲内」などと言っているのだが、それらは、日本政府を喜ばすためのリップサービスであろう。
 ところで、「よくし」と似る音の「ユクシ」は「嘘」を意味する沖縄の方言である。昨年、安倍首相がワシントンでトランプと会談した折に、トランプ大統領も「尖閣は日米同盟適用の範囲内」と、安倍首相に伝えたことがあった。安倍首相が相手に言わせたとも推測されるが、その大統領の言質をメデイアはビッグニュースのごとく取り上げ、「読売」などは号外まで出した。それによって、尖閣有事の際に在日米軍が出動するかのごとく理解した国民もいただろう。
 だが、「安保条約の適用範囲内」とは具体的に何を意味するのだろうか。
 日米が取り交わした「日米防衛協力のための指針」に、「島嶼防衛の第一義的な責任は自衛隊が担う」と書かれている。米国は尖閣防衛には介入しないことを意味しているのではないのか。「指針」には「支援、補完」とも書かれているのだが、その米国の行動内容は不明である。
 米軍の準機関紙「スターズアンドストライプス(星条旗)」が、尖閣防衛について、「岩をめぐる中国との撃ち合いに俺たちを巻き込むな」とする記事を載せたことがあった(2013年2月3日号)。米国の軍が尖閣防衛のために、自国の兵の血を流すのはやめてほしいと言っているのである。
 戦争法をめぐる国会論議で、安倍首相が「日本を守るために米国の若者が血を流す。自衛隊は米軍を助けない。それでいいのか」と熱弁をふるっていたのを、今にして思い出す。これも、ためにする「ユクシ」であろう。国会で示した、あの「お年寄りや子供を助けるために・・・」といった、在留邦人を乗せた米国の輸送船を自衛隊が援護するというパネル絵(尖閣とは関係なさそうだが)も、非現実的、情緒的フイクション、「ユクシ」であった。
 だいいち、米国は尖閣諸島が日本の領土だとは認めていない。尖閣が日中どちらに帰属するかについて、米国は中立という立場を一貫して取っている。と、すれば、中国を敵国として米軍が出動するはずがない。連邦議会がそれを認めるとも想像し難い。

 では万が一、尖閣諸島で偶発的局地戦となった場合、「支援、補充」のために、海兵隊の出動が現実に可能なのだろうか。以下は沖縄国際大佐藤学教授の見解である。
 航続距離が長く、飛行速度が高いオスプレイであれば、沖縄から尖閣まではひとっ飛び、と考える人もいるかもしれないが、機体がヤワなオスプレイは戦場では使えない。南スーダンでは銃弾が機体を貫通して搭乗兵が命を落としている。そのように、銃撃されれば逃げざるを得ないオスプレイが、尖閣諸島での銃撃戦では役に立たない。尖閣の小島に海兵隊を運んだとしても艦砲射撃の餌食になるだけである。
 では、「島嶼防衛の第一次的責任を担う」とされる自衛隊が中国軍と戦った場合、事態はどうなるのだろうか。『沖縄米軍基地問題プロジエクト』編、解説書は、日中間の局地戦となった場合を次のように想定している(筆者は前出沖縄国際大・佐藤学教授) 。
 もし、自衛隊で尖閣を「守る」戦争をするという前提に立ったら、どのようなことが起きるのか。尖閣が武力攻撃を受けると、国民保護法に従って、石垣市と宮古島周辺の島嶼自治体の住民は避難させなければなりません。この地域の人口は10万人以上です。戦闘への自衛隊の輸送をしつつ、同時に10万人をどうやって、どこに避難させるのでしょうか。現在、自衛隊の「南西シフト」により、自衛艦の不足が懸念され、民間船舶・船員を一時的に使うことが計画されています。その状況で、船や飛行機で10万人を避難させることは不可能です。
 また、尖閣で戦争になれば、即座に沖縄県への観光客はいなくなります。沖縄経済の一割が消滅します。さらに沖縄県が紛争地域になれば、県民が消費する食料・燃料・貨物を運ぶ貨物船も来なくなるか、保険料が高騰し、県民の生活が成り立たなくなります。
 日本国民は、沖縄だけが被害を受けると考えるでしょうが、日本が中国と戦争をすれば、日本経済はもちません。株価は暴落し、日本の製造業も成り立たなくなります。中国人爆買い観光客がいなくなるどころでは済まないのです。日本経済が崩壊します。最後は戦争だ、というような気分が広がることが、このような危機に導くのです。


 米中間の戦争が避けられないとする見方が一部に存在する。中国の経済力の増大が米中間の軍事的覇権争いを不可避にするという見解である。だが、そうだろうか。
 たしかに、この数年、経済成長率の鈍化が見られるとはいえ、改革開放以来の中国は、2025年頃までに米国を追い越すと予測されるほど経済発展はめざましい。その経済規模の拡大を可能にしたのは、輸出と海外からの投資であった。その輸出相手国の一位は米国であり、米国の中国への投資も中国経済にとって重要となっている。米中両国は経済的に相互依存関係にあるといえるだろう。
 しかも、米国債の最大保有国は、現在、日本を抜いて中国なのである。その償還を中国が要求したら米国の国家財政は痛手を被るだろう。であれば、双方とも戦争による直接対立は想定しがたい。したがって、米国としては尖閣をめぐる日中間の争いなどへの介入は避けたいところだろう。輸出に依存しない内需主導への転換が困難な中国としても、対米関係は外交上最重要課題となっている。それに、中国は独立志向が強まる香港、台湾との軋轢にも対処を迫られている。尖閣領有どころではない。
 中国は、2002年に東南アジア諸国連合(ASEAN)に参加し、「南シナ海行動宣言」を合意している。それ以後は、他国が実効支配する島嶼や岩礁への手出しは控えている(他国の実効支配がないとはいえ、領有権の定まっていない南沙諸島の一方的占有は問題ではあるが)。

 「行動宣言」は「領有権問題の平和的解決、実効支配拡大の自粛」を謳ったものであることから、中国政府は「尖閣問題棚上げ論」の立場に立っているのではないだろうか。その是非はともかくとして、尖閣の帰属問題は日中間で話し合うべきであろう。ことさら中国を脅威と見做す日本政府の外交姿勢は、日米関係をも揺るがしかねない。日本政府の姿勢は米中両国の姿勢とも異なっている。その外交姿勢は国際常識にも反していると言えるだろう。
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沖縄ノート(3) 地上戦と犠牲者

17年06月26日
沖縄ノート(3) 地上戦と犠牲者

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

(記述は新崎盛暉『沖縄現代史』、沖縄タイムス『誤解だらけの沖縄基地』、日朝協会機関誌『日本と朝鮮』を参考資料とした)

沖縄戦と6月23日
 沖縄は太平洋戦争で地上戦が戦われた唯一の日本の領土であった。
 敗色濃くなった1945年、日本軍沖縄守備隊が住民を動員し、沖縄諸島に航空基地と陣地建設に取り掛かった。航空基地建設は特攻隊による攻撃を準備するためであった。そのため、米軍の来襲を前にして住民は逃げる機会を失った。4月、沖縄本島に米軍が上陸、日本軍は水際で戦うことを避け、地上での持久戦に持ち込んだ。その間、上陸地点であった読谷村や嘉手納では数千人の島民が放置され、逃げ場を失い集団自決に追い込まれた。
 米軍45万人に対し、沖縄守備隊は12万人であった。戦況は日本軍の劣勢となり、首里城地下室に置かれた司令部は補給を断たれ、南部への撤退を始める。本土決戦にそなえて、そのための「捨て石」となることが命じられた。
 司令部が陥落すれば戦争は終結すると判断した島民は南部へと逃れ、多くがガマ(洞窟)で避難生活を送っていた。そこへ、南下する日本軍が割り込んできた。戦況が絶望的となると、住民に集団自決」が命令され、「スパイ狩り」が横行し、多くの住民が日本軍によって殺された。
 それらの死者を含め、民間の沖縄住民の死者数は13万人から14万人、全島民の4人に一人が犠牲となった。沖縄戦での日本兵戦死者が約7万3000人、米兵の戦死者1万4000人であったから、一般住民の犠牲者数が最も多かったことになる。前田栄子氏(基地のない沖縄をめざす会)はこのように記している(日朝協会機関紙の引用)。
 毎年6月23日は、あの戦争で失われた、たくさんの犠牲者に「二度と戦争は繰り返さない」と誓い、冥福を祈る慰霊の日だ。正午のサイレンで全県民が一分間の黙とうを捧げる。あの沖縄戦は、住民を巻き込んでの、この上ない地獄としか言い表す言葉が見つからない。勝ち目のない戦争で人口の三分の一近く、十数万人の尊い人命を犠牲にしている。幼い子供たちから高齢者まで、艦砲射撃や爆撃による戦死、餓死、自決、集団死、友軍(日本軍)による殺戮、そして戦後は、一家全滅あり、戦争孤児ありで、沖縄のどんな人もあの戦争と無関係ではない。生き残っても長くトラウマとして心の奥深くで苦しめられている。 

「銃剣とブルトーザー」
 戦後は、米軍の占領下で日本の全土に米軍基地が置かれたのだが、本土では、その多くの基地が日本軍の基地敷地跡に造られた。それが旧安保条約によって日本側に米軍基地提供が義務付けられることになる(全土基地方式)。だが沖縄は本土とは異なっていた。米軍占領下の沖縄では、基地建設のために、住民は「銃剣とブルトーザー」によって、土地を奪われ、家を壊され、立ち退きを強制された。
 現在、米空軍・海兵基地となっている普天間は、かつては1万3635人の人々が住む村落であった。現在は滑走路となっている中心部では、8800人の住民が平和な暮らしを営んでいた。そこには、村役場があり、小学校、郵便局があり、砂糖キビを絞る小屋や村人が集う闘牛場があった。沖縄戦が始まると村民たちはそこを去り避難した。1万5000人が住んでいた読谷村では、日本本土攻撃に備えるための滑走路建設のために、民家はすべて破壊された。沖縄本島の中部と南部では、民家のすべてが取り壊わされ、その跡地に18本の滑走路が造られた。
 戦火がおさまると、住民は急ごしらえの小屋に収容され、食べるにこと欠く日々を過ごした。
 当時を知る仲村元信さんがNHKの番組の中でこのように語っている。
 「空腹を我慢できずに収容所を抜け出して海岸に行くと、米兵が食べ残したパン屑、果物などが流れ着いていた。大人も子供もそれを拾って食べた。パンは乾かして食べた」。
 収容所の中は豚小屋同然だった。環境は劣悪、食糧らしきものは与えられず、飢えに苦しみ、マラリアが蔓延した。
 米軍は住民を12の収容所に送り込んだ。1945年6月には、県民の90%、30万人が収容所に送られている。沖縄では戦後も6300人が命を落としたという。

「平和の礎(いしじ)」
 戦後50年となった1995年、沖縄県は沖縄戦終結50周年最大の記念行事として、糸満市摩文仁の丘に「平和の礎」を建設し除幕式を行った。その記念碑には、敵味方・国籍の区別なく、沖縄戦で戦没した24万1414の名前が刻まれている。
 除幕式が行われた6月23日のテレビ画面には、誰であるかもわからない戦没者の名を涙ながらに指でたどる年老いた老女の姿があった。その後も花や線香をたむける人が後を絶たない。沖縄を訪れた年老いた数百人の米国人退役軍人が嗚咽しつつ、刻まれた戦友の名前を写し取る姿もあった。彼ら退役軍人たちは、かつての日本の敵国兵の名を、ともに刻む沖縄の人々の寛容さに感動し涙を流した。除幕式に出席したモンデール駐日大使は、「戦争記念碑に米国の犠牲者も刻名した沖縄のみなさんに、米国を代表して感謝したい」と述べている。
 だが、そこに刻まれた人々の名は沖縄戦の戦没者だけではなかった。中国大陸やアジア各地で敵国民の命を奪った沖縄出身者たち、広島、長崎で被爆死した沖縄出身者、戦争マラリアの犠牲者、遭難船の犠牲者の名も含まれている。沖縄戦を指揮した日本軍司令官牛島中将や長参謀長、住民を自決に追いやった兵たち、住民をスパイだとして殺した兵たちの名も刻まれている。
 とりわけ問題視されたのは、少なくとも数千人に上るといわれる朝鮮人慰安婦と軍夫の犠牲者の扱いである。「平和の礎」に刻まれた名は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)82人、韓国365人でしかない。それについて、韓国民団地方本部団長が除幕式の式辞で述べている。
 「ここで忘れてはならないことは、犠牲者の遺家族のなかで、子々孫々永代の恥辱であるとの理由で、刻名を拒んだ方々がおられたということです」。
 「日朝協会」資料によれば、「平和の礎」に刻まれた出身地別、国別死者数は、沖縄県14万9425名、県外都道府県7万7417名、米国1万4009名、英国82名、朝鮮民主主義人民共和国82名、大韓民国365名、合計24万1414名である。

(続く) 

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2017年07月05日

海外旅行・バリ島(2016年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月05日
海外旅行・バリ島(2016年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

10月の新聞OB会役員会の休憩時間に「誰か11月にバリ島へ行く人いない?」と叫にだら、日経OBの狩野さんから「おれが行ってもいいよ」と答えが返ってきた。さっそくマイチケットに頼んで、11月7日出発13日帰国のチケットを予約。ウブドの光森さんにも1人部屋を確保してもらった。

 特段どこへ行くというあてもないので基本的には毎日ぶらぶらごろごろ。10日に光森さんが在パリの有志の集まりに出るというので、デンパサールまでつきあった。行く途中ガルーダ公園に立ち寄ったが、いまだに建設中だ。光森さんが会議に出ている間、しばらくぶりに独立記念館(塔)へ。オランダの植民地から独立するまでのパノラマが陳列してある。記念館の外では新婚夫婦がプロの写真屋の手で記念写真を撮っていた。

 11日の夕食に光森さんが連れて行ってくれた「ワルン・ベ・パッシュ」という小さくて庶民的な魚料理の店がよかったな。白身の魚(多分川魚だと思う)や大ぶりの海老を焼いたり煮たり揚げたりして食わせる。アルコールがビールだけというのは物足りないが、腹の方は満足した。

 最終日にはキンタマーニ高原で行われた植樹運動に参加した。おれも地元の高校生に助けられながらひょろ長い木を1本植えた。終わってお寺の庫裏みたいなところで昼飯をご馳走になったが、蝿が群がっているのには参った。アルコール抜きということもあって食は進まなかった。夕方ビラビンタンに戻り、ダイニングで最後の夕食を食べてウブドにサヨナラした。さっぱりした7日間だった。

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 これで1977年から2016年の40年間にわたる44回の海外旅行の記録を終わる。振り返るとよくあちこち行ったものだ。中でもバリ島は10回と一番多い。あとは韓国7回、ベトナム、ハンガリー各4回だ。何度も同行し、財政的にも協力してくれた女房どのに感謝している。

 さて明日7月6日から29日までバリ島ロングステイだ。多分これが最後の海外旅行になると思う。パソコン持参なので、向こうでインターネットにつないでもらい、ブログを続けられるはずだ。メールで原稿も送れる。プロ野球速報や国内外のニュースも知ることができる。便利になったものだ。
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「都民ファースト」の圧勝を危惧する

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月03日
「都民ファースト」の圧勝を危惧する

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 注目の東京都議会議員選挙が終わった。大方の予想通り小池知事が率いる都民ファーストが地滑り的大勝利を果たした。自民党は惨敗。公明党は1議席、共産党は2議席伸ばした。民進党は壊滅寸前だ。

 今回の選挙では圧倒的人気の小池知事との間合いをどうとるかで各党とも苦慮した。自民党は対決姿勢。公明党は小池与党を選び選挙協力。民進党はどっちつかずで都民ファーストに食い荒らされた。共産党も小池知事との正面対決を避け「共産党対自公の争い」を旗印にした。その結果どうだったか。

 出口調査の結果では「小池知事の政策に賛成」が70%を超える。しかし小池知事の政策って一体何だ。中央卸売市場の豊洲移転に待ったをかけたのが唯一政策らしきもので、少子高齢化や基地問題など東京都が抱えている課題については何ひとつ打ち出していない。ただ「新しい都政を」と言うだけだ。

 おれは「都民ファースト」ではなくて「小池ファースト」だと思う。これ以上都民がヨイショするとずのぼせてあの橋下徹になってしまう。それは決して都民のためにならない。そこのところを明確に批判すべきだった。もっとも明確に批判しなかったからなんとか2議席増に漕ぎ着けたという見方もある。

 さて首都東京を制覇した(かに見える)小池知事と都民ファーストだが、今度は国政にまでウイングを広げるのではないかという見方がある。「都民フ『国政』現実味」(3日付『毎日』)。「圧勝によって、今年4月に国政研究会をスタートさせた都民ファーストの国政進出も、現実味を帯びる」。

 今回の選挙で安倍政権が苦境に陥ったのは事実だ。もり・かけ疑惑に端を発し、お友だち連中が寄ってたかって安倍首相の足を引っ張る。憲法九条改悪に執念を燃やしてはいるが、もはや政権末期の土壇場だとの指摘もある。そうすると安倍に代わる保守政治の担い手が必要になる。

 小池知事と都民ファーストが安倍政権崩壊後の受け皿になるのかどうか。もちろんまだ未知数だが、権力中枢の黒幕たちは彼女を有力な選択肢として育てていることは間違いない。ひと頃は大阪の橋下や名古屋の河村に期待したがこのところ化けの皮が剥がれて落ち目の三度笠だ。ここらで一つ小池百合子で行こうじゃないかと手ぐすね引いてる気がする。早めに引きずりおろして悪政の芽を摘むことが大切だ。
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海外旅行・台湾(2016年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月02日
海外旅行・台湾(2016年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 8日は移動日。専用バスで台中駅へ行き、午前10時31分発の新幹線で台北へ。約1時間。昼食の時間だ。繁華街の鼎泰豊というレストランで小龍包料理。この店は特に日本人観光客に人気で予約なしでは食うことができない。確かに日本人向きの味でおいしいのだが何というかパンチに欠ける。

 午後皆さんお待ちかねの故宮博物館へ。とにかくでかい。イヤホンガイドと日本語の説明パンフを見ながら館内をぐるぐる回る。人混みもあって疲れること。腰がおかしくなった。書道の部屋に柔らかいソファがあったのでそこに座り込んだ。書を眺める振りをしてじっくり休憩する。うちの女房も含めメンバーたちは中国本土から蒋介石が持ってきたという宝物類を見たといってて興奮していた。

 夜はきらびやかなネオンに彩られた北京料理の店へ。席に着くと添乗員の高木マヤさんが「今日が誕生日の方がいます。誰でしょう」と。そうだおれの79歳の誕生日だった。お祝いの中国酒をもらってご機嫌。料理も紹興酒もうまかった。何回も海外旅行しているが誕生日を祝ってもらったのは初めてだ。

 9日は台北近郊の観光名所「九份」見物。昔ここで金の採掘が行われ、その労働者で栄えた街だ。小さな鉄道が走っていて、その線路の上で紙の行燈に願いを書いてガスバーナーで内部の空気を温めて空へ飛ばす「天燈」という商売をしている。女房と2人で「世界に平和を」なんて書いて係のお兄さんに飛ばしてもらった。

 午後台北に戻るとかなり強い雨。傘をさしてもびしょ濡れ。そんな悪環境を乗り越えて「二二八記念館」へ行った。おれは不勉強で知らなかったのだが、日本が戦争に負けた直後、台湾ではインテリに指導された民衆の民主化運動が起こった。それを中国本土からきた軍隊が武力で鎮圧した。その発端が1947年の2月28日だったというわけだ。殺された民衆は何万人か今でもはっきりしない。

 台湾はずっと本土から逃れてきた蒋介石と国府軍によって支配されてきた。それが本省人つまり台湾出身者が選挙で総統に選ばれるようになって、やっと「二二八」の再評価がされる。弾圧犠牲者の名誉回復も行われた。この記念館がつくられたのが1996だという。今の祭英文総統も本省人である。

 旅の最後でやっと「歴史を学んだ」おれたちは、2月10日14:40台北を発って18:55に無事成田に着いたのでした。はいご苦労さん。
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七輪とバーナー

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月30日
七輪とバーナー

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「ああ脂の乗った鰯を焦げるほど焼いて食いてえなー」とつぶやいたら「うちのガス台で焼かないでよ。汚れるから」と女房はにべもない。わかってるよ、第一最近のガス台は金網を乗せて火をつけるとすぐに消えちゃうじゃねえか。ロースターじゃ煙も出ないし焦げ目もつきやしない。

 「じゃあ七輪買ってきたら」と女房どの珍しく建設的意見を具申。善は急げと5月のある日、近くのホームセンターに出かけた。キャンプ用品売り場に七輪、木炭、発火剤が揃って売っていた。早速買い求め、その晩使ってみた。炭を鋸で切り、金づちで叩いて細かくして七輪に入れ、発火剤に火をつけた。

 七輪の下の口を団扇で煽ぐと勢いよく火が回る。鰯にたっぷり荒塩をまぶして金網で挟み七輪に乗せると鰯の脂が下に落ち豪快に火の手が上がった。これぞ鰯丸焼きの醍醐味。焼きたてを大根おろしで食するとこれが美味。女房どのも「おいしいわね」と顔がほころぶ。ビールと焼酎水割りがことのほか進む。

 そして6月になって鰹が安くなった。懇意の魚屋で半身を買い、背と腹に切り分ける。腹の方はタタキにするのだが今までは携帯用コンロを使っていた。しかし今度は七輪がある。早速試してみたが炭火では皮に焼き目が付くころには身の方まで白くなってしまう。これでは鰹のタタキでなく鰹の塩焼きだ。

 そんな悩みを例の魚屋の主人に訴えたら奥に引っ込んで何やら持ってきた。携帯用コンロのガスカセットの付いた調理用バーナーだ。目の前で引き金を引くと勢いよく火が噴き出した。そう言えば前によく通った回転寿司で鯛や鯖の炙りなどに使っていたっけ。これもホームセンターで安く売っていた。

 家に帰り、使用書と首っぴきで組み立てる。ガスカセットを付着して引き金を引いたらゴ―と炎が。女房が「止めてよ。外でやってよ」と真っ青。そりゃそうだ。築47年のこの家が燃えちまったら住むところがない。平謝りに謝って勘弁してもらった。そして鰹が安い日を待つこと1週間。

 一昨日、例の魚屋に行ったら鰹半身1000円だという。早速買い求め、狭い庭に七輪を据え、金網に鰹を乗せてバーナーの引き金を引く。炭火と違って理想的な焼き目がついた。生姜すりおろしとポン酢に浸し、にんにくの薄切りとともに口に入れるともう天国だ。いや天国行きはまだ早い。当面七輪とバーナーで美食三昧だ。 
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