2017年09月22日

「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月20日
「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 昨日かな、NHKの「おはよう日本」で「フラリーマン」現象を取り上げていた。定時に仕事が終わってもすぐ帰宅しないで街をふらつくサラリーマンを「フラリーマン」というのだそうだ。おれたちの現役時代も仕事が終わっても家へ帰らず、友だちや上司と連れだって居酒屋やスナックをハシゴするなんてのはよくあったが、フラリーマンはそれとはちょっと性質が違うらしい。1人の行動なのだ。

 かれらはどこで「ふらり」とするのか。番組ではゲームセンターや家電量販店などで時間を潰すおじさんたちのの映像をとらえていた。なぜまっすぐ家に帰らないかとの質問に「いや別に・・・」となんとも煮え切らない。妻子ら家族も遅くなることに別段不満がないようだ。なら別にいいじゃないか。

 しかしこの「フラリーマン」現象、おれは番組を観ていて《やはり放っとけない》と思った。日本人の人間関係のどこかが壊れちゃってる気がするのだ。一杯飲みに行く金がないとか一緒に行く友だちがいないとかいろんな理由があるのだろうが、その根底のところに人間不信があるように思うからだ。

 何故人間不信になるのか。それは労働を通じた労働者同志の連帯感の欠如なのではないかと思う。サラリーマンの多くが自分のデスクの範囲でしか仕事をしない。隣の同僚との連絡もメールで済ます。会話がない。そのくせ仕事の進み具合や勤怠はきっちりパソコンのデータで監視されている。こうなったら自分の身を守るためには、自ら垣根をつくって人との接触を拒むしかない。一刻も気が抜けないのだ。

 そこで仕事が終わる。無気力と解放感がどっと襲う。1人で街をふらつく。ゲームセンターや家電量販店は人と交わることなく時間が潰せる恰好な場所だ。フラリーマンはそこでやっと自分の顔を取り戻せる。

 いつからこんな現象が生まれたのだう。おれは労働組合がストをやらなくなった1980年代後半あたりからではないかと思う。春闘になれば電車が止まったり、工場地帯に赤旗が林立したりするのが当たり前だった時代。ストに参加した労働者だけでなく、その何十倍、何百倍の労働者に連帯の気持ちをもたらした。

 労働者同志の連帯は社会全体の連帯へとつながった。仕事が終わって仲間と赤提灯に飲みに行き、上司の悪口をいうのも連帯感の一つの発露だったのだとおれは思う。「フラリーマン」現象を喜んでいるの資本や権力ではないか。労働者が連帯して社会に反抗する気力がなくなっているのだから。
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2017年09月19日

「日朝平穣宣言」15周年に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月18日
「日朝平穣宣言」15周年に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 9月17日は「日朝平穣宣言」から15年目に当たる。小泉純一郎元首相が北朝鮮の金正日総書記と会談して発表した宣言だ。当時も、あの北朝鮮を相手にとよくもこれだけできたものだと評価された。17日付の『毎日』にその要旨が載っている。今の金正恩や安倍晋三首相と比べて政治姿勢の違いが鮮明だ。

 「小泉純一郎首相、金正日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国防委員長は日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本的利益に合致、地域の平和と安定に大きく寄与するとの認識を確認した」

 「日本側は過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明した」「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」。

 「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を順守することを確認した。核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した」。「国際的合意の順守」と「対話の促進」を明記したことの意義は大きい。

 北朝鮮に拉致された被害者の救出のためとはいえ、ここまで言及したことは凄い。この平穣宣言は世界にも影響を与え、六カ国協議の前進に結び付いた。その流れをぶっ壊したのは誰か。確かに金正日の跡を継いだ金正恩も悪いかも知れないが、米韓軍事大演習や「斬首作戦」で北朝鮮を挑発したアメリカはもっと悪い。それに追随している安倍首相はこの期に及んで9条加憲を狙う。ああ世も末だ。

 もう一度「日朝平穣宣言」に戻るが、金正日が「拉致」を認め「適切な措置」をとると約束したのは小泉首相が日本の植民地支配に対し「痛切な反省と心からのおわび」を表明したからだ。自らの非を認めるところから対話は始まる。今の米朝関係に欠けているのはその最初のボタンだ。

 北朝鮮に他国の領土に対する侵略的意図はない。要求しているのは停戦状態のままの朝鮮戦争の平和条約締結と対等な米との対話だ。今はそれを額面通りに受け止めることが大切なのだとおれは思う。
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「のぞみ」特急券と腰痛ととんかつの話

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月15日
「のぞみ」特急券と腰痛ととんかつの話

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝から晴れているのに爽やかだ。お昼前自転車で八柱まで行き、JR武蔵野線新八柱駅の緑の窓口で29日広島―東京の新幹線「のぞみ」36号の特急券を買ってきた。27日から3日間、例のたまたま会で岩国ー秋芳洞ー萩ー津和野を回ってくる。たまたま会旅行も今回が38回、これが最後になりそうだ。

 おれは第16回(1995年10月9日〜11日)の天橋立ー伊根ー出石からほぼ毎回の参加だ。おかげで日本国中くまなく歩くことができた。初めの頃は新聞労連運動の同窓会的色合いが濃くて男ども中心だったが、次第に夫婦での参加が多数を占めるようになった。我が家もそうだ。

 八柱で特急券を買い、常盤平駅前まで快適に自転車を飛ばす(電動機付きだけどね)。足腰の痛みは相変わらずだけど自転車だけは普通に乗れる。もしこれが乗れなくなったら買い物や五香駅前のやきとり「栄」にも行けなくなってしまう。もう寝たきり状態だ。人生終わりだね。自転車様さまだ。

 駅前の千葉銀行で3万円下ろし、スーパー「TOPS」で昼飯の「かつ重」を買う。398円だ。「またとんかつなの?」と女房ドノはあきれる。痛いのは足腰で、内臓はいたって丈夫だ。3日にあげずとんかつを食ってもちゃんと消化する。このところ便秘も治って排泄も快調だ。これが一番嬉しい。

 今日はスーパーでかつ重を買ってきたが、日頃は自分で揚げる。以前は懇意の「石井精肉店」で茨城県産の豚肉ロースを買っていたが1年前に何故か廃業してしまった。今は業務スーパーでロースのブロックを買ってきて自分で厚めにカットし冷凍庫で保存している。輸入肉かも知れないが結構旨い。

 これも以前の話だが、とんかつは2枚食うことにしていた。さすがにちょっとオ―バ―になったので今は厚めのやつ1枚にしている。160度の油でじっくり揚げるとかりかりして、大げさに言えば生きてる実感を味わえる。肉だけでは野菜不足になってまた便秘になるので、とんかつにはたっぷりのキャベツを添える。

 いや量からいえば「添える」なんてものじゃないな。とんかつがキャベツの千切りで埋まるという方が正しい。キャベツは食う2時間程前に自分できざむ。ザルに入れて冷水に漬けておく。新鮮な野菜を長時間水に晒すと折角の栄養素が飛んでしまうと言われているが構うことはない。シャキシャキ感が何とも言えない。――さて今夜は女房が馴染みの魚屋さんで寿司を買ってきた。とんかつは来週にしよう。
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2017年09月15日

テレビの調査報道が富山市議14人を辞職に追い込む

テレビの調査報道が富山市議14人を辞職に追い込む
主催:日本ジャーナリスト会議

 チューリップテレビ  ( T U T )  の記者たちは、 富山市議会のドンと呼ばれた自民党幹事長の政務活動費 不正受給を映像でスクープ。入手した資料を丹念に読み解く調査報道で市議たちの不正を暴きました。
 記者たちと腐敗市議との攻防を描いた番組は、今年度のJ C J 賞を受賞しま した。下記の通リ、「受賞番組を見る会」を開催します。 集会では、受賞番組を上映し、ディ レク ターが取材の真実を報告、質疑討論を行います。
日時:9月23日(土)午後1時会場(午後1時30分開会)
場所:専修大学神田キャンパス5号館571教室(千代田区神田神保町3−8)
資料代:1000円(学生無料)
くわしくは、PDFをご覧ください。
20170915.pdf


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2017年09月13日

裁判所が労働運動に支配介入?

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月12日
裁判所が労働運動に支配介入?

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 社会正義を守るのが裁判所のはずだが、これは一体どういうことだ。8月22日最高裁が「上告不受理」を決定したフジビ「恫喝」訴訟。組合が張った横断幕が会社の「信用棄損」に該当するとして3人の元従業員に合計2200万円の損害賠償を請求した事件。地裁、高裁が発した「賠償金350万円(利息を含めると410万円)を支払え」という不当判決を最高裁がそのまま追認したのだ。

 フジビ(富士美術印刷)は、子会社のフジビ製版に労働組合ができたのを嫌って倒産させ、従業員18人を退職金も払わず放りだしてしまった。このこと自体許せない酷い仕打ちだが、まあ世間にはよくある話だ。しかしこの会社、その後解雇された組合員が「荒川区の印刷御三家<tジビは責任を取れ」「億万長者の社長が給料・退職金を踏み倒すな」と掲げた横断幕を不当な恫喝だとして提訴する挙に出た。

 この話を聞いておれは十数年前におれも関わっていた「AIG」争議を思い出した。世界的な多国籍企業の保険会社AIGが長年勤めていた女性嘱託社員4人の首を切った。彼女たちは当時の銀産労(現金融ユニオン)に加盟して解雇反対闘争に入る。おれはその頃銀産労顧問をしていて団交要員だった。

 争議が固定してなかなか解決の見通しが出てこない苦しい時期だったが、会社側が突如組合活動への新たな妨害訴訟を起こしてきた。組合が社屋前で撒いたビラが会社の名誉棄損に当たるとして500万円の損害賠償金を支払えというのだ。こんなイチャモンが裁判で認められては他の争議にも影響する。組合はそれまでの上条貞夫弁護士を中心にした弁護団に徳住堅治弁護士を補強して裁判に対処した。

 結局一審も二審も会社主張が退けられ、会社は上告を諦めて組合側の全面勝利に終わる。この裁判は将棋で言えば会社の「指し過ぎ」で、膠着した争議を組合有利の解決へ向かわせるひとつの契機になった。

 あの時の徳住弁護士が今日本労働弁護団団長になっている。徳住団長は今回のフジビ「恫喝」事件の最高裁決定について「許しがたい判決。これでは普通の組合活動が出来なくなる。時代がここまで来てしまったのか。あるいは時代を先取りしているのか」と慨嘆している。

 たった10年で裁判所が様変わりしているということだろう。それはそうだが、おれとしてはこれは裁判所による組合活動への支配介入だと言いたい。いつかしっぺ返しがありそうな気がする。いやしっぺ返しをしなければならない。
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明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月09日
明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 一昨日9月7日午前11時から東京地裁で、明治乳業事件の第3回弁論期日があった。裁判長はこの間に提出された当事者の準備書面について確認した後、原告・争議団、被告・中労委、参加人・会社の代表を別室に呼んだ。争議団と中労委の代表は3分弱で戻ってきたが、会社側熊谷弁護士が姿を現したのはそれから約10分後だった。今後の進行について特に会社側に対する説得が行われたものと思われる。

 その席上会社がどんな主張をしたか。9月4日付「参加人準備書面(1)」で会社は、中労委命令の「付言」で「より大局的な見地に立った判断が強く期待される」と要請されたことに対し「妥協して解決することなど、会社として受け入れることは到底ありえない」と頑なに和解を拒んでいる。

 準備書面によれば会社が和解を拒む理由は次の点だと思われる。@市川事件も含めて申立人らに対する誹謗中傷の事実はない、A申立人らと職制を中心にした「インフォーマル組織」の対立は労労問題であって会社は関知しない、B市川事件は最高裁判決で解決済みであって、最高裁で認められなかった事実が本件で認められる余地はない、C申立人らはすべて定年退職しており会社には既に労使紛争は存在しない。

 それぞれに詳しく反論したいが紙幅がない。ただこれらの会社主張に対しては、命令の「付言」だけでなく「事実認定」「判断」でも全て明確に論破されていることだけは言っておきたい。その命令を維持するために行訴の参加人になったのだから、主文以外はすべて反対だというかのごとき姿勢は許されない。

 会社はこのまま話し合いを拒否し続けて、申立人らをねじ伏せて無条件降伏させることを狙っているように思われる。狙うのは勝手だが少し甘いのではないか。明乳争議をこのままでは終わらないとする大きな共闘の輪が広がっている。争議団や共闘会議、弁護団も長いたたかいにかかわらず意気軒高である。

 このほど、食品一般ユニオンがILOに申請した「結社の自由に対する重大な侵害」との申立書が受理され、「当局は日本政府に所見提出を働きかける」との返書が届いた。明治ホールディングの大株主の中に解決への同調を示す芽が生まれてきた。雑誌「ZAITEN」の「明治HD『消費者無視』の労務屋経営」と題する記事に見られるように世間の見る目も厳しくなっている。

 定年退職しても在職中の不正取扱いの是正を求める権利は喪失するわけがない。会社は次回10月2日の次回期日までに和解打診への返事を持ってくると約束したようだ。会社の冷静な判断を期待する。
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「制裁強化」で事態を打開できるのか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月06日
「制裁強化」で事態を打開できるのか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 相次いでミサイル発射、核実験を行った北朝鮮に対する「制裁」措置が強化されようとしている。「北朝鮮追加制裁を協議」「安保理 石油禁輸焦点」(5日付『毎日』)。「新たな制裁として検討される可能性のあるのは、北朝鮮経済に打撃を与える石油の禁輸や、北朝鮮の外貨収入源となっている派遣労働者の禁止や削減、北朝鮮産の縫製品の禁輸などが挙げられる」。さらに取引企業への制裁強化も検討されている。

 「石油禁輸」という新聞の見出しを見て、なんとなく既視感に襲われた。76年前の1941年7月、アメリカは日本への石油全面禁止に踏み切った。帝国主義国家日本は37年7月に蘆溝橋事件を引き起こし、対中侵略戦争を本格化させた。これに対してABCD包囲網と呼ばれる共同戦線がつくられた。

 ABCDとはアメリカ、イギリス、中国、オランダの頭文字を揃えたもので、4カ国が協力して中国侵略を進める日本への制裁を強めるシフトのことだ。アメリカは当初、他国への不干渉主義を採り、日本制裁に消極的だったが、41年に至って石油全面禁輸とともに在米日本資産の凍結を宣言した。

 日本軍国主義政府はこのアメリカの措置を奇貨として国民に危機感を煽り、12月8日の真珠湾奇襲、対米戦争に突入した。「米国の動向が日本の前進の妨害者である以上、そこには日米危機の到来もまたやむを得ぬ。日本国民はこの点につき非常な覚悟を持つ必要がある」(『毎日』社説・毎日社史より)。
 
 もちろん、当時の日本軍国主義と今の北朝鮮を同一視するのは間違いだ。日本軍国主義は東アジア諸国への侵略を狙っていたが、北朝鮮には侵略的意図はない。アメリカの軍事的脅威に対抗しているだけだ。しかし、国連安保理決議に従わずミサイルや核兵器を開発していいわけがない。

 そこでどのようにして北朝鮮を話し合いのテーブルに着かせることができるか、ということが課題になる。アメリカのトランプ大統領のように、軍事行動を準備したり、一国の指導者の「斬首作戦」を計画するのは論外としても、やはり経済的な制裁は必要ではないかという意見が圧倒的だ。

 しかし制裁は短期間には効果が出ない。ますますエスカレートする。その結果北朝鮮が「参りました。もう敵対行為は止めます」と頭を下げるだろうか。真珠湾の二の舞いにならないか心配だ。
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フリーランスの権利確立への道

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月03日
フリーランスの権利確立への道

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「フリーランス独禁法で保護」「公取委検討 労働環境改善図る」「芸能関係も注視」(3日付『毎日』)。公取委がフリーランスの法的位置付けを検討する有識者検討会をこの8月に始動させた。まずフリーランスの実態調査を始めるという。フリーランスにはフリーのエンジニア、コンサルタント、などのほか芸能人やプロスポーツの選手も含まれる。これらは労基法と独禁法のグレーゾーンという認識だ。

 過去1年で雇用とは別に収入を得た人が推計1122万人。副業タイプが目立っているが、プログラマーやエンジニア、個人事業主ら専門性の高い仕事をする人も300万人に上る。これらの人材の引き抜き競争が過熱しているのだそうだ。公取委は既に芸能事務所やスポーツ団体から聞き取りを始めた。

 おれも労働委員の現役当時、労働者性を争った事件をいくつか担当したことがある。日刊ゲンダイのフリー記者、NHKの受信料集金人、車持ちトラック運転手、合唱団員などだ。いずれも労働者性が認定されて救済されている。労使対等の話し合いによって事件はすべて解決へ向かった。

 さて今度の公取委によるフリーランスの独禁法適用の方針だが、例の安倍政権の「働き方改革」と通じているようでどうも危険な臭いがする。独禁法でフリーランスを救済するふりをして、狙いは労働者性を否定するところにあるのではないか。独禁法はそもそも企業間の法的秩序を示す法律なのだ。

 確かにフリーランスの労働者としての権利が脅かされていることは事実だ。芸能界やプロ野球では人身売買まがいの事務所間、球団間の移動が強制される。タレントや選手と交わした契約が企業の一方的な意思に変更される。過酷な懲罰が課せられる。今回の巨人軍山口俊投手への球団による仕打ちがいい例だ。

 だから、フリーランスの無権利状態を放置しておくわけにはいかない。なんとか救済しなければならない。しかし、その救済手段を独禁法に求めるのはいかがなものか。フリーランスを支配従属関係においてその労働の成果を安く買いたたこうとしている企業の側に有利になるだけではないだろうか。

 おれはやはりフリーランスの労働者性と団結権を認め、保証すること。それを侵害したら不当労働行為として企業にペナルティを課し、労働者を救済することが原則だと思う。労働者は団結してはじめて使用者と対等の立場に立てるのだ。フリーランスの権利擁護はまずそこから始められなければならない。
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ミサイル対応、ちょっと過剰過ぎるのでは

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年08月31日
ミサイル対応、ちょっと過剰過ぎるのでは

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 おれは若い頃から朝のテレビニュースはNHKを見ることにしている。いろいろ問題はあるが、コマーシャルがないのとそれから長年の習慣だ。29日朝7時過ぎに起きたら女房がテレビを見ていて「こればっかりよ」と言う。北朝鮮のミサイル発射のニュースが繰り返し放送されていた。ずっとそのニュースばかりで、楽しみにしている朝ドラの「ひよっこ」も中止になってしまった。

 30日付『毎日』も「ミサイル」一色。「ミサイル複数弾頭か」「北朝鮮発射 日本通過」「襟裳岬東方 事前通告なし」「列島越え5度目」「トランプ大統領『国連など侮辱』北朝鮮を非難」(1面)。「ミサイル迎撃に課題」「射程5000キロ『火星12』か」「新技術実験の見方『無駄撃ち』狙う」「列島防衛難しく」(2面)。「北朝鮮 方向変え威嚇」「『グアムも照準』誇示」「米、戦略立て直し急務」(3面)。

 「韓国対応に苦慮」「文大統領『強く糾弾』」「対話の実現性低く」(9面)。「国、屋内退避を奨励」「現実的な備えを」「『地下ない』『カラの浴槽入れ』困惑ツィート飛び交う」(第2社会面)。「どこに逃げれば」「戸惑う市民、自治体」「12道府県 休校相次ぐ」(社会面)。

 ミサイルは29日午前5時58分頃発射され、約14分後に太平洋上に落下したものとみられる。NHKニュースでは襟裳岬東方と繰り返していたので、日本列島の目と鼻の先に落ちたのかと思ったら、1180キロも離れた公海上だった。過剰反応ではないか。第一ミサイルが落ちてから休校する理由がどこにあるのか。また発射するかも知れないというのならずっと休校していなければならなくなる。

 NHKニュースに警戒のサイレンが鳴って不安そうに空を見上げる市民の顔が出ていた。まるで戦時中の空襲警報である。東北新幹線や仙台発の上り列車が「安全確認」のため急停車。「電車の中でどうしろというのか」と乗客は戸惑うだけ。過剰警戒で国民は大迷惑だ。逆に、がぜん元気になって飛びまわっているのが安倍首相。あちこちの国の首脳に電話をかけまくって危機感を煽りたてている。

 確かに北朝鮮のミサイルも誉められた話ではないが、何千キロと離れた他人(ひと)の国の鼻っ先で軍事演習をやらかすアメリカにも文句を言うべきではないか。アメリカ発の北朝鮮情報を垂れ流すだけのメディアでいいのか。30日付『毎日』は社説で「日本主導で5カ国協議を」と提唱、アメリカに朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に格上げすることを求めている。そういうことなら日本も北朝鮮との間で戦後処理が終わっていない。そこがきちんとされなければ「日本主導」などあり得ないと思うのだが。
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労働運動見直しの時期なのだろうか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年08月28日
労働運動見直しの時期なのだろうか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 総評が生まれたのは1950年でなくなったのは90年、40年の生涯だった。総評はよく「にわとりがアヒルになった」といわれる。つまり誕生当初はレッドパージにも人員整理にも「ケッコー、ケッコー、コケコッコー」と賛成していたのが、そのうち単独講和反対、勤評反対と「ガ―ガ―」文句を言い出した。60年安保、沖縄返還、日韓会談反対、みのべ都知事実現などのたたかいの先頭に立った。

 もちろんいいことばかりでなく、社会党一党支持や反共路線といった後ろ向きの方針も根強く引きずっていた。結局それが災いして総評解体、連合結成という事態になってしまった。総評の積極面を引き継いだ全労連だが民間主要組合への影響力を失い、ストも打てなくなった。残念だがどうしようもない。

 総評会館は連合会館になった。その連合会館の前に7月のある日、「連合は勝手に労働者を代表するな!」というプラカードを持って労働者が集まった。例の「残業代ゼロ法案」を連合幹部が呑むと決めた時だ。この抗議行動について、連合加盟の全国ユニオンの鴨桃代顧問は心から同意する。

 「連合が最大のナショナルセンターといっても、そもそも労組の組織率が17%くらいしかないのに、なぜ連合の、それも一部の幹部がすべての労働者代表であるかのように、労働者全体に影響の及ぶ法律を勝手に決めるのか。怒りをぷつけたいはよくわかります」(8月25日付『週刊金曜日』から)。

 結局連合は「残業代ゼロ法案」の修正・是認方針を撤回し、反対することに戻した。内部的には、政権とつるんで労基法改悪を謀った次期会長候補の逢坂直人事務局長が失脚する羽目になった。しかしこの間の右往左往ぶりはいかにもみっともなく、政府と財界から足元を見られて揺さぶりをかけられることは必至だろう。

 いま労働組合に求められているのは何だろう。前記『週刊金曜日』で雨宮処凛さんは「エキタス」のような組織が運動の方向性を示していると主張する。「『悲壮感を出さない』という彼らの運動はいつもスタイリッシュでカッコいい」「最低賃金を上げろ。この要求は、あらゆる対立を超える」。

 おれみたいに総評労働運動の中で半生を過ごしてきた人間には、エキタス的運動だけでは権力や資本から大幅な譲歩を引き出すのは無理だという思いがある。もう一度労働運動を根底から考え直す時期に来ていることだけは確かだが。
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沖縄ノート(6)「沖縄戦」とはどのようなものだったのか(後)

17年08月25日
沖縄ノート(6)「沖縄戦」とはどのようなものだったのか(後)

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)


避難と敗走
 アメリカ軍の上陸地点となった読谷山、嘉手納、北村付近の住民が米軍上陸の事実を知ったのは上陸の三日後だった。それまで、住民は空襲を避けて防空壕や墓の中に身を潜めていた(沖縄の墓は丘の斜面などに掘られていることから壕として避難に適していた)。
 米軍上陸後は、手榴弾によって自決した住民もいたのだが、米兵の指示に従って恐る恐る壕から出て捕虜となり、米軍が用意した収容所に送られる住民もいた。あるいは激戦地を離れて南へと逃れて行った住民も多かった。
 首里防衛を断念した沖縄第三十二軍は、住民に続いて南部の島尻への移動を始めた。空軍の特攻攻撃も敵軍の戦力を削ぐまでには至らず、海軍に援護を求めたのだが、主力艦「浜風」「大和」「矢矧」はすでに撃沈され、海の藻屑と化していた。

鉄血勤皇隊
 沖縄戦では、本土出身の約6万5000人の兵(その多くが中国と南方からの配備)と、沖縄で集められた約3万人の即製の兵と、一般民間人約9万4000人が犠牲となった。そのほかに、朝鮮半島から軍夫(強制徴用された労働者)と従軍慰安婦約1万人も犠牲となっている。一般民間人の犠牲者数はおそらくそれ以上であっただろう。それら正確な数はいまなお明らかになっていない(新崎盛暉著『沖縄現代史』岩波新書から) 。
 沖縄の青少年の犠牲も少なくなかった。中学生や師範学校の生徒が兵(学徒)とされ、下級生は電話線の仮設工事、発電機の操作などに動員され、上級生は「鉄血勤皇隊」として編成され、機雷を担いで突撃する「肉薄攻撃」に使途されたが、半数以上が戦死した。首里攻防最後の砦であった弁ケ岳の戦闘では、学徒だけで編成した一個分隊全員が「肉薄攻撃」によって全員が戦死した。15歳で徴用された『戦争と沖縄』の著者池宮城秀意氏が、徴用された当時の様子をこのように語っている。
「私たちの集団には軍人らしいものは一人もいませんでした。小隊とか中隊といっても全部社会人ばかりです。ちょうど今でいえば、PTAの人たちを急に招集して軍隊にしたようなものです。巻脚絆を絞めたことさえない者ばかりでしたので、まずこれを練習しなければならないというありさまでした。これでは軍隊にならない、ただの集団にすぎません。日本陸軍の二等兵ということになっていましたが、まさに子供と大人の寄せ集めをしたものが防衛隊だったのです」

「かく戦えり」
 沖縄で最も川幅が広い国場川が軍と住民の南下を妨げていた。その橋を渡らなければ南の島尻へ行くことができなかった。その川の上に架かる真玉橋周辺をアメリカ軍は狙い撃ちした。そのため、真玉橋一帯は死屍累々となった。命をとりとめて渡り終えた住民も、その後は飢えに苦しみながら南部の戦場をさまようことになった。
 一方、南部の摩文仁へ撤退した第三十二軍は、完全に包囲されていた。中部の小禄にあった海軍の部隊は南下ができず、そこでも孤立していた。援軍のない部隊の孤立は死を待つしかない。最期を決意した海軍の太田司令官が海軍次官あてに次のような電文を送っている。
「沖縄に敵が上陸をはじめてから、陸軍も海軍も戦闘に専念し、県民のことはほとんどかえりみるひまがなかった。しかし私の知る範囲では、県民は青壮年の全部が防衛招集になり、残った老幼婦女子は、あいつぐ砲爆撃で家や財産は全部焼かれてしまい、きのみきのままで、軍の作戦に邪魔にならない所の小さな防空壕に避難し、風雨にさらされながら困難な生活をおくっている。(中略)陸海軍は沖縄に駐留してから、ずっと勤労奉仕や物資の節約を強いられながら奉公したが、報われることなく、戦争は末期になり、沖縄島は焦土となるであろう。沖縄県民かく戦えり、県民にたいし後世特別の御高配を賜らんことを」
 その後、太田司令官が自決したことを思えば、電文は良心の吐露ともとれる。絶望的戦況も住民の惨状も書かれている。だが、軍による住民虐殺の事実をどれほど知っていただろうか。

殺戮と集団自決
 沖縄では、軍人9万4000人、住民15万人といわれる人命が失われ、生き残った人々も地獄と化した戦場をさまよった。その80日あまりの沖縄戦は、6月23日にようやく終結する。
 沖縄戦といえば、ひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊が語り草ともなるのだが、沖縄では、さまざまな殺戮があったことが語り継がれている。沖縄戦は、日本軍の蛮行による血塗られた悲劇でもあった。兵隊と住民が雑居する洞窟(ガマ)で何が起きたのか。
 ガマに逃げ込んだ軍隊と住民の食糧は、日を追うごとに底をつきはじめ、弾雨あられの中で、飲み水を探すことさえできなかった。傷ついた体は、やがて腐り、兵と住民がともに隠れるガマの中には腐臭が漂っていた。
絶望的な日々を暮らすうち、兵士たちの恐怖が住民に対する猜疑心を増幅させた。米兵に居所を知られたくない彼らは、住民の密告を恐れ、それが、同胞住民の殺戮へと向かった。
 兵たちは、ガマを出ようとする住民を背後から射殺した。米兵に気づかれるのを怖れ、泣く子を母親から引き離し殺した。そして住民を集団自決へと追いやった。陣地付近をうろつく住民がいると、それをスパイだとし、殺した。見せしめに同じ住民を使って殺させることもあった。
 軍は住民に集団自決を強要した。米軍最初の上陸地点となった慶良間列島の渡嘉敷島では、日本軍によって島民329人が集団自決に追い込まれた。座間味島では、軍が農産物と食糧を統制し、供出に違反する島民をつぎつぎと殺した。日本兵が同胞である住民を殺すことをためらわなかったのは、太田司令官軍の電文から読み取れるように、軍の目的が住民の生命を守ることではなかったからだが、それに加えて、兵たちが他民族の殺戮を当たり前とする中国などの戦地から配備されていたことが考えられる。(以上は、主に池宮城秀意著『戦争と沖縄』を資料とし、筆者の考えたことも加えて書いたものだが、住民の死者数が前出著『沖縄現代史』の数とは異なっている。「(その数は)いまだに明らかになっていない」と新崎盛暉氏は著書のなかで述べている)。

さまざまな殺戮
 次は、著書と国頭村の村史から殺戮の証言を拾い出したものである(村史は赤旗から引用)。
◇15歳の時、目の見えない母と10歳の弟二人を連れて逃げ回った。飲む水もなく、池から水を汲んできて飲んだ。その池には死体が浮かんでいた。いつかは日本軍が助けに来ると思っていた。だが信じていた日本軍は沖縄の人を殺した。戦争に負けるのをわかっていた日本軍は民間人を壕(ガマ)の入り口近くに追い出し、自分たちはガマの奥に隠れていた。子供が泣くと、口にタオルを押しこんたり、子供を母親からとりあげて殺した。自分の子供を日本軍に殺されるより、親子ともガマを出て弾に当たって死ぬ方がいいといって出ていく人が多かった。アメリカに助けられたのはありがたい。でも戦争をしたのが憎い。(国頭村制度施行百周年記念村史「くんじゃん」)
◇「五、六人の白ハチマキの女が、エイ、エイと声をあげながら、電柱に縛り付けられた女を短刀で交互に突き刺している。傍らに立つ兵が、しっかり突かんか、と大声をあげている。女の泣き声は断末魔の声となった。と同時に、短刀を突き刺す女たちの掛け声は泣き声に変わった。この時、どけ、どけ、と日本兵が女たちを押しのけると、腰の刀を抜き放ち、縛られた女めがけて刀を振り下ろした。すると女は首を垂れ、動かなくなった」(首里近くで目撃した学徒兵の証言)
◇伊江島では、アメリカ軍の命令で若い女五人と男一人が赤松の日本軍陣地に白旗をかかげ向かった。彼らは陣地近くで捕縛され、それぞれの穴を掘ることを命じられ、その後は、後ろ手に縛られ、穴の前に座らされた。日本刀を抜きはらった下士官が「言い残すことはないか」ときいた。三人の女が歌を歌わせてほしいと答えると、許され、軍歌「海ゆかば」を歌ったが、男女五人とも斬殺された。(岩波新書『沖縄』63年刊)
◇半地(地名)に読谷村から多くの人が避難していた。「知花屋」に居住していた数名の読谷村民が日本兵に「スパイ」だとされ、百メートル先のザークービー(座峠)に連行され、4人から5人が手首を縛られ、めった斬りされ、一面に血が飛び散っていた。(同記念村史)

◇戦火が及ばなかった浜に近い桃原で、「盛栄オジー」は、山中の小屋に避難している人の下山を促していたことから、スパイの嫌疑をかけられていた。そんな折、那覇市から桃原に避難していた高嶺さん一家を日本兵が襲撃し、手榴弾のような爆発物を投げ込んで妻を死亡させた。狙われていた「盛栄オジー」一家と間違えたのではないのかと囁かれた。死亡した妻の死体は頭から顔面、手足が焼けただれた無残な姿だった。(同記念村史)

◇沖縄戦終焉の6月23日から、その10日後の7月4日、宣名真、辺戸の住民4人(男)が、米軍が設置した収容所から解放され部落に帰る途中、追いかけてきた敗残日本兵数人に襲われ殺された。敗残兵は「収容所に入った者はスパイだ」と言っていた。(同記念村史)
posted by マスコミ9条の会 at 15:50| Comment(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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