2009年04月05日

◆横浜事件・第4次請求再審公判

◆横浜事件・第4次請求再審公判
判決「主文」は「免訴」

しかし実質的には「無罪」判断を明示

「法的な障害」さえなければ…と


梅田 正己〈横浜事件再審裁判を支援する会・事務局〉


 さる3月30日、横浜地裁101号法廷において、横浜事件・第4次再審請求に対する再審公判の判決が言い渡された。裁判長は、昨年10月31日の再審開始決定の際と同じ大島隆明裁判長である。
 判決の主文は「被告人を免訴とする」だった。
 遺族の小野新一、斎藤信子さんはもとより、弁護団、支援する会、見守る人たちの誰もが「無罪」を期待していた。さる2月17日の再審公判が、同じ101号法廷で、被害当事者による拷問の証言を中心に横浜事件を生々しく描いたドキュメンタリーのビデオ上映のほか、細川論文についての荒井信一先生と論文掲載についての橋本進さんの明快な証人尋問、小野、斎藤さん兄妹による亡き両親の供述書の朗読、そして最後は佐藤主任弁護士と大川弁護団長による胸を打つ弁論で締めくくられた感動的な法廷だっただけに、最高裁による「免訴」判決という大きな壁はあるけれども、もしかしたら「無罪」判決が出るかもしれないという期待がふくらんでいたのである。
 しかし、判決は「免訴」だった。
 判決の結果は、その日の夕刊で早くも報じられたが、論調はいずれもきびしいものであった。主要紙の見出しを並べてみよう。

 朝日 3・30夕刊 「横浜事件再審また免訴 地裁判決、有罪・無罪の判断せず」
 読売   〃    「横浜事件 免訴で終結 横浜地裁 第4次再審判決」
 毎日   〃    「横浜事件再び免訴 第4次再審 遺族の心情に言及」
 東京   〃    「4次再審請求も免訴 訴訟終結 補償手続きへ」
 神奈川新聞 3・31朝刊「再び免訴判決 23年間の訴え終結へ」

 以上の新聞報道の見出しに見るように、判決の主文はたしかに「免訴」だった。
しかし、約1万3千字(400字詰め32枚)にわたる判決の「理由」をよく読むと、たんなる「免訴」判決でないことがわかる。
 判決文の「理由」は大きく二つに分かれ、前半は「第1本件再審に至る経緯等」が述べられ、後半に「第2 (免訴事由との関係についての)当裁判所の判断」が述べられている。つまり、なぜ免訴にせざるを得なかったかの説明である。

 昨年10月31日の再審開始決定において、大島裁判長は、これまでの横浜事件再審裁判において初めて事件の中身にまで踏み込み、入念な証拠調べを行なったうえで、無罪となる十分な理由があるとの判断に達し、再審開始の決定を下した。
 今回の判決の前半は、いわばその確認といえるものだ。判決が述べているポイントを取り出すと、次のようになる。
 @本件確定判決(終戦直後の即席裁判での判決)で証拠とされているのはすべて本人と仲間の自白だけである。
 Aところがその後、被害者33名が特高警官を共同告発した裁判において拷問の事実が確定した。その最高裁判決で拷問を受けたとされたのは益田直彦だけであるが、しかし「益田に対してとられていた苛酷な取調べ方法は、ほぼ同じ時期に同様の被疑事実により取調べを受けていた他の被疑者に対しても同様に行なわれていたものと容易に推認することが出来る」。したがって「そのような拷問による自白は、捜査官の意に沿った内容を強いられた疑いが強いものであって、信用性が乏しいことは明らかである」。
 Bまた、細川嘉六を中心に細川の郷里・富山県泊町の旅館の庭で写された7名の写真をもって、特高警察は「共産党再建準備会議」の偽装写真と断定したが、第4次請求審で「新たに提出された(小野家のアルバムの同じ旅行時に撮影された)写真や料亭の関係者等の供述内容等も含めて全体的に考察すれば、同会合が日本共産党再建の秘密の会合であるとうかがわれる様子は見られ」ない。
 Cつまり、被告が、治安維持法違反の「犯罪行為」を行なったことを「証すべき的確な証拠は存在しない」。「したがって、被告人らの(拷問を受けたことを証言する)口述書の写しや泊の会合に関する写真等の証拠は、被告人に対して無罪を言い渡すべき、新たに発見した明確な証拠であるということができる」。(傍線は筆者、以下同)

 この最後の傍線部分は重要だ。「無罪を言い渡すべき、新たに発見した明確な証拠がある」ということは、言い換えれば、これらの新証拠にもとづいて再審裁判を行なえば「無罪」になる、と言い切っているのと同じだからだ。

 そして実際、再審裁判はここに行なわれた。その再審公判に当たっては、大島裁判長は、
「このような内容の再審開始決定をしたことを受けて、再審公判では、再審開始決定の根拠となったすべての証拠を取り調べている」
 と述べている。つまり、再審開始決定と再審公判の2回にわたり、「すべての証拠を取り調べ」たのである。
 その上で、判決は前半部分の結論として、次のように述べているのである。
 「法的な障害がなければ、再審公判において直ちに実体判断をすることが可能な状態にあるということができる」

 この最後の部分も、誰への気兼ねからか、きわめて婉曲な表現になっている。
 しかし、すぐ前に述べたことを見れば、この遠慮がちな表現が何を意味しているか、たちどころにわかる。新たな証拠にもとづいて再審裁判を行なう(実体判断をする)ならば、まちがいなく「無罪」の結論が得られるはずだ、と言っているのである。
 ただし、それは、「法的な障害がなければ」の話だ。残念ながら、現実には「法的な障害」が存在しているのである。
 それについて述べたのが、後半の「免訴事由との関係での当裁判所の判断」だ。

 この後半の曲がりくねった法解釈の部分は、正直に言って、しろうとには手にあまるが、昨年3月の最高裁判決との関連にしぼって述べると次のようになる。
 まず「免訴事由」について。免訴の事由(理由となる事柄)は二つあるとされる。
 一つは、被告・小野康人さんに対する確定判決(1945年9月15日)のちょうど1ヶ月後、同年10月15日、勅令「治安維持法廃止等の件」の公布・施行により治安維持法が廃止されたこと。
 いま一つは、その2日後、17日に「大赦令」が公布・施行され、治安維持法違反の罪に問われたものは赦免されたこと、である。
 この二つの事由を前提に、第3次請求の再審公判において横浜地裁は、2006年2月、この「免訴事由の存在により公訴権(裁判請求権)が消滅した場合には、裁判所は実体上の審理を進めることも、有罪無罪の裁判をすることも許されない」として、免訴判決を言い渡したのだった。
 次いで、控訴を受けた東京高裁も、翌年1月、免訴判決に対しては被告人側が控訴をすることはできないとして棄却、最高裁もまた昨08年3月14日、上告を棄却、ここに横浜事件再審公判における「免訴判決」が確定したのであった。

 以上のような経過を受けての、今回の再審公判だったのである。
 第3次も第4次も、同じ横浜事件の再審公判である。同じ事件で、すでに最高裁の免訴判決が確定している。それも、わずか1年前の判決だ。最高裁の「最高」はたんなる飾りではない。最高裁は憲法で「終審裁判所」と規定され(81条)、最高裁判事は総選挙のさい国民審査を受けている。その最高裁の判決を下級審が1年でくつがえすとなると、この国の裁判制度そのものが揺らぐことになる。
 そう考えると、いかに勇敢な裁判官といえども、次のように書かざるを得なかったのであろう。
 「(横浜事件の事実経過は)本件においても何ら異なる点がない以上、本件についても……被告人を免訴すべきものと判断せざるを得ない」

 今回の横浜地裁判決が、「免訴」判断をすんなり受け入れたのでないことは、この一文からもわかる。「やんぬるかな」の思いが、裏にじっとりとにじんでいるからだ。
 そのことを裏付ける文章はほかにも見出すことができる。たとえば、免訴事由との関係での「判断」に移っての説明の初めの方にあるこの文章だ。
 「再審を請求して自ら進んで刑事裁判手続きを復活させた被告人らの遺族らは、再審により無罪判決を得ることによって被告人の名誉回復を図ろうとしているのであり、また、その結論のみを望んでいるといっても過言ではないのであるから、免訴事由が存在するからといって実体判断をせずに免訴判決を下すのであれば、死者の名誉回復を望む遺族らの意図が十分には達成されないことになるのは明らかである」

 完全に遺族の側に身を寄せての叙述であることがわかる。
同様の記述は、終わりの方にもある。
 「(免訴の判決となると)無罪の公示がされないことなどから、その結論が被告人の名誉回復を望む遺族らの心情に反することは十分に理解できるところであるので……」

 免訴で終わってしまっては、遺族としてはとうてい納得できないはずだ、と判決は述べているのである。そこで判決は、その解決策として、最後に「刑事補償法」についてこう述べるのである。
 「刑事補償法25条は、刑事補償法の規定による免訴の裁判を受けたものは、もし免訴の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは、国に対して補償を請求することができると規定しているのであって、本件において免訴判決確定後にその請求があれば、今後行なわれるであろう刑事補償請求の審理においては、刑(治安維持法?―筆者)の廃止及び大赦という免訴事由がなかったならば、無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるか、という点を判断することになり、適法な請求である限りは、それに対する決定の中で実体的な判断を示すこととなる」

 長い文章でわかりにくいが、二つに分けるとよく分かる。
まず、(1)免訴事由がなかったとしたら「無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」は国に刑事補償を請求できる。
 次に、(2)その刑事補償の審理の中で、裁判所は「無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるか」について「実体的な判断を下すこととなる」。

 こう述べているのだが、すでに見てきたように、判決は、「法的な障害」さえなければ、「無罪を言い渡すべき明確な証拠が存在する」と言っているのである。
 ということは、被告側から刑事補償の請求があれば、この第4次請求の内容について3度目の審理が行なわれ、その結果まちがいなく「無罪」の「実体的な判断」が下されることになる、ということである。
 つまり、この再審公判においては「免訴」の判決しか下せないけれども、つづく刑事訴訟法の審理においては「無罪」の「実体的な判断」が示される、ということだ。
 そして、その「決定」については、刑事訴訟法24条1項は「すみやかに決定の要旨を、官報及び申立人の選択する三種以内の新聞紙に各一回以上掲載して公示しなければならない」とされているというのである。

 以上のように述べて、判決は、今回の免訴判決はまことに残念だけれども、という思いをにじませつつ、こう結ぶのである。
 「(刑事補償の審理において無罪が決定され、)規定のとおり公示されれば、再審の無罪判決の公示の場合と全く同視することはできないにせよ、一定程度は免訴判決を受けた被告人の名誉回復を図ることができるものと考えられる」
                   *
 ようやくたどり着いた再審公判において、1年前の最高裁判決という「法的な障害」にはばまれ、「免訴」の判決しか得られなかったことは、残念というしかない。
 しかしここに見てきたように、「主文」においては免訴でも、本体の「理由」においては、判決は明確に「無罪」の実体的判断を下している。
 さる昨年10月31日の再審開始決定について、私たちは「実質無罪」であると評価したが、今回の再審公判判決においてもその評価を確認できると考える。
 第1次再審請求から22年9ヶ月、第1次から第4次まで、全部で13回にわたって裁判が行なわれたが、事件の内部にまで踏み込んで広く証拠調べを行い、判断を下したのは、この第4次請求の2回の裁判だけである。つづく刑事補償の審理において「無罪」の実体的判断が下されることにより、横浜事件の虚構と冤罪は、やっと裁判においても確定したと言明できることになるはずである。
posted by マスコミ9条の会 at 03:33| Comment(0) | 梅田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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