2009年11月24日

■NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」批判

■NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」批判

「東アジア共同体」形成が語られる今、NHKは「帝国主義史観」のドラマ

――こともあろうに「韓国併合から100年」にぶっつけて

梅田 正己(書籍編集者・著書『変貌する自衛隊と日米同盟』他)


 司馬遼太郎原作のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が始まる。3人の若い知的エリート(うち2人は陸・海軍の軍人)が青春を謳歌しつつ成長してゆく姿を、ひたすら富国強兵の道を突き進んでいった明治期日本に重ね合わせて描いてゆくドラマだ。
 今年、来年、再来年と3年がかりで放送され、最後は日露戦争の勝利で終わる。

 ◆「少年の国」の虚構

 第1回のタイトルは「少年の国」だった。第2回は「青雲」である。
 このタイトルからも製作者の意図が読める。黒船の圧力のもと誕生した明治国家は、いわば「少年の国」であり、力量も経験もなく、ただ可能性だけがあったというのだ。
 では、明治初期の日本は本当に「少年の国」だったのだろうか。
 近代日本最初の武力行使である台湾出兵と、それに並行してすすめられた琉球処分を見てみよう。

 明治4年(1871年)11月、沖縄の宮古島から首里へ年貢を運んでいった船が、帰途に遭難、台湾の南端・恒春半島に漂着する。66人中54人が原住民に殺害されたが12人は救助され、福州の琉球館をへて翌年6月に那覇に戻った。
 こうした遭難事件は前例も多く、その処理の仕方も清国と琉球の間で決められていたという(赤嶺守「王国の消滅と沖縄の近代」、『琉球・沖縄史の世界』吉川弘文館、所収)。

 ところが翌年4月、このことを知った明治政府はその「事件化」に取りかかる。
 まず米国公使から、原住民しか住んでいないところは、当時の国際法では「無主の地」とされることを聞き出す。

 しかし当時の台湾は、行政上は福建省の管轄下にある。そこで清国政府に対し、どう責任を取ってくれるのか、と談判する。
 それに対し清国の役人が、事件を起こした原住民は、王化・教化に服さない「化外の民」だから責任はもてない、と突っぱねる。
 こうして明治政府は、「無主の地」、「化外の民」というキーワードを手に入れた。
 「無主の地」の「化外の民」による事件であるなら、我が方で処断しても構わない、という理屈になる。
 
 一方、明治5年9月、政府は琉球王国を廃して「琉球藩」とする。
 前年の「廃藩置県」に逆行して「藩」としたのは、直接「県」としたのでは、これまで清国と「進貢‐冊封」の宗属関係にあったのをいきなり一方的に断つことになり、問題になると考えたからだ。「藩」はいわば、王国と県との中間的な位置づけである。

 これだけの手を打った上で、明治7年2月、政府は「台湾蛮地処分」の方針を決定する。
 その中に「我藩属たる琉球人民の殺害せられしを報復すべきは日本帝国政府の義務にして」という文言があった。我が(日本の)琉球藩に属する人民が殺害されたのに対し、報復するのは「日本帝国政府の義務」だというのだ。

 こうして同年5月、三千六百人を台湾に出兵、その後の交渉で、日本の一部である琉球藩の人民=日本人民の仇を討ったという既成事実にもとづき、琉球の日本帰属を清国に認めさせた。
 台湾出兵の目的の一つは、琉球を日本の版図に組み込むことだったのである。
 5年後の明治12年、「琉球藩」は「沖縄県」とされ、「琉球処分」は完了した。
◆「明治」は戦争と植民地獲得の時代だった

 以上が、台湾出兵‐琉球処分のあらましである。遭難事件から台湾出兵まで二年半かかっている。これがナイーブな「少年」のやることだろうか。駆け引きに長けた老獪な外交官のやり口ではないか。

 台湾出兵の翌8年、日本の軍艦が江華島事件を引き起こす。砲撃して上陸、五百人の朝鮮守備兵を駆逐して城砦を焼き払い、戦利品を分捕った事件である。
 そして翌年、再び軍艦を連ねて江華島に行き、武力を背景に不平等条約を結ばせる。これも「少年」のやることとは思われない。

 この後、明治27―28年、ついに清国との戦争に突入する。清国と朝鮮との宗属関係を断ち切り、清国を駆逐して朝鮮に対する支配権を確保するためだった。あわせて台湾をもぎとる。

 10年後の37―38年には日露戦争。これも朝鮮での日本の「政治・軍事・経済上の卓絶なる利益」と、「指導・保護・監督・管理」権をロシアに認めさせることが目的だった(ポーツマス条約第二条)。
 あわせてサハリン(樺太)南半部と南満州でのロシアの権益を獲得する。
 そして5年後の明治43年(1910年)、「韓国併合」により、念願の朝鮮植民地化を果たしたのである。

 こうして見ると、明治の45年間は出兵・戦争が相次いだ時代であり、領土を拡大した時代だった。日本の三大植民地――朝鮮・台湾・南サハリンを獲得したのもこの明治時代である。

 帝国主義とは、武力により領土や権益を獲得することをいう。
 帝国主義の立場に立てば、明治は確かに「すばらしい時代」「栄光の時代」だった。
 しかしこれを、国を奪われた側から見れば、どう見えるか?

 来年2010年は「韓国併合から100年」となる。その年をはさんで、3年がかりで「帝国主義の時代」を賛美、たたえるドラマを、「プロジェクト・ジャパン」のメイン企画として放送する。
 鳩山首相がくり返し「東アジア共同体」の形成を訴えるいま、この国の最大のメディアであるNHKが、日本国民の歴史認識を「帝国主義史観」で染めあげ、新たなナショナリズムの昂揚をはかるのである。

 思想上の大事件ではないか?
(了)

posted by マスコミ9条の会 at 07:53| Comment(0) | 梅田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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