2017年06月19日

海外旅行・南イタリア(2015年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月17日
海外旅行・南イタリア(2015年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

18日は絶景のアマルフィ海岸ドライブ(前のブログでポンペイ遺跡見学を16日と書いたが17日の間違い)。これは思わぬ飛びきりの体験だったね。切り立った崖の縁のくねくねと曲がる狭い道をバスがつっ走る。紺青の空と海、白い波濤。アマルフィの街で食べた昼食も美味。ビバ・イタリア―ノだ。

 ナポリ夕方7時発の国内線でシチリア島の玄関口パレルモへ。パレルモはシチリア島北西海岸にある州都で、有史以来さまざまな国の支配を受けてきた。それだけ史跡が多い。――ホテル・プラザオペラにチェックインしたのが10時。ありあわせのアルコールとつまみで軽く反省会をやって寝た。

 19日は朝一番でモンレアーレに移動し、ドゥオーモの見学。ドゥオーモそのものより付属して12世紀に建てられたという「回廊付き中庭」が気に入った。色鮮やかなタイル貼りの円柱が林立する様は、以前に見たスペインのアルハンブラを思い起こさせる。午後ノルマン王宮にも案内されたが、ガイドが褒めたたえるほどのものでもない。夕方5時に一度ホテルに戻り7時半から夕食のため徒歩でレストランへ。

 夕食の献立。いわしの団子、かぼちゃの甘酢煮、茄子のカポーナ―タ、パスタ、スズキの鰭のポテト包み焼き、デザート。もちろんこれにビールとワインだが、ワインはレストランで頼んでも20ユーロ以下だ。日本で飲むイタリアワインは防腐剤が入っていてカビ臭いが、こちらではすっきり味で最高だ。

 20日の午前中はパレルモ市内観光。マグロのブロックを無造作に売る市場が面白かった。午後はバスで2時間半かけてアグリジェントへ。シチリア島南部の地中海に面したリゾート都市だ。ホテルは畑の真ん中に突如現れる。山小屋風の2階建て、花に囲まれた中庭、眺望の先に小さく神殿の柱が見えた。

 翌日はこの神殿に向かってバスが行く。世界遺産「神殿の谷」と呼ばれ、エルコーレ神殿、コンコルディア神殿、ジュノーネ神殿と続く。それぞれ価値のあるものなのだろうが、なにしろパスを降ろされ歩きづめ。おれには「苦しみの谷」だった。やっと見終わり、バスでピアッツアルメリーナへ。

 途中で昼食。なんとかメリーナでは古代ローマ別荘カサ―レなる遺跡へ連れて行かれたが、もう遺跡はたくさん、早くホテルについて休みたい。とにかくおれもトシだなあ。夕方6時、やっとシチリア島最大の都市シラクーサに着いた。ホテル名がウナ・ホテル・ワン。ワンという割にはぱっとしないホテルだった。
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2017年06月17日

海外旅行・イタリア南部(2015年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月14日
海外旅行・イタリア南部(2015年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「ナポリを見て死ね」という言葉がある。終活の一環としてどうしてもナポリへ行かねバならないという固い信念を持った。そんなことで例によって旅行社たびせん・つなぐに相談して「お仲間で行く陽光輝くイタリア南部11日間」なるツアーを企画。お仲間を募った13人が応じてくれた。

 新聞関係の岩田(毎日)、平沼(東京)、浅見(会友)。東電関係の近藤夫妻、大坂、寺田さん。出版の生駒夫妻、油田さん。松戸市の堀田夫妻。それと添乗員の荒井さん。女房が13時間も飛行機に乗るのは耐えられないというので今回はおれ独りだ。5月15日11:15、アリタリア航空で成田を発つ。

 ローマには現地時間の19:00に予定通り着いてここでナポリ行きに乗り継ぎだ。出発は21:25のはずが一向に搭乗案内がない。登場ゲートも二転三転して混雑する空港内をうろうろ。とうとう日付が変わった0:30にやっと機内へ。1:30にナポリへ着いた。荷物を受け取って外へ出たら午前2時。イタリアって国は大変なところだ。バスでホテルへ。ホテルの名はメルキューリ・ナポリ・セントロ。

 16日は9:30にホテルを出て港まで歩きカプリ島行きの船を待つ。天気はどんより曇っていて風も強い。11:20にはカプリ島に着いたのだが、悪天候のため青の洞窟見学は中止。ケーブルカーで島の一番高い所へ。崖があって波が砕けていてカモメが飛んでいる。ウンベルト広場はおみやげ屋だらけ。

 昼食のワインとパンはうまかったが、散策疲れでもう帰りたくなった。と言っても帰りの船は16:30と決まっている。おれは石のベンチに座ったまま観光客の足を見ていた。夕食は市内のシーフードレストラン。たぴせんが個室をとってくれたので、自己紹介やら何やら思い切りパーティを楽しめた。

 16日のポンペイ遺跡見学がこれまたとことん歩き疲れた。足元が極度に悪い。右足に違和感を感じて靴のつま先を見たら見事に靴底がはがれてぱくぱく。とりあえず輪ゴムで押さえる(ホテルに帰ってから近藤さんがセロテープで応急修理をしてくれた)。世界遺産の古代遺跡はもうたくさんだ。

 夕食はサンタルチア港へ。ヨットがいっぱい。お城がある。いかにも観光客向きのレストランで夕食。ここもシーフードだ。たびせんはおれたちの年齢を考えてシーフード主体に夕食を用意してくれたらしい。夕暮れの港と下町の灯の風景がワインの風味をいや増している。気分よく酔えたディナーだった。
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2017年06月12日

海外旅行・第6回パリわくわく旅行(2015年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月07日
海外旅行・第6回パリわくわく旅行(2015年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 9日は3台の車に分乗して世界遺産の棚田ジャティ・ルイへ。石坂さんは別行動というのでこちらは13人。幹線道路を外れると舗装状態が悪く、居眠りしていられない。さすが世界遺産、壮大な眺めだ。棚田へ入る遊歩科に1人2万ルピア。駐車科1台5000ルピア。なるほど棚田は観光資源なわけだ。

 田んぼのあぜ道を歩いて見晴らしのいいレストラン「ビリーテラス」で昼食。13人で201万ルピア。1人1400円。街中のレストランより高い。午後早目にビラビンタンに戻り、夕方からの日バリ交流パーティに備える。と言っても昼寝するわけでなく、好きな連中でビンタンビールだけどね。

 パーティを盛り上げるのはスウェッチさん率いる地元の楽団「SEKEHE TINGKLIK」だが、今夜は前座に10歳前後の子どもたちによる演奏。これが思ったより本格的。思わずガムランの世界に引き込まれた。豚の丸焼きの包丁入れは小池弁護士。アラックのカクテルはいくらでも喉を通る。

 パーティの後は車座になっての日バリ歌合戦。元気のいい子どもたち中心のバリ陣営が断然優勢だ。歌合戦が終わるとジャパンだけになって延々と反省会。このパーティ費用は料理、酒、楽団費用全部くるめて12万2520円。1人あたま8750円だからこの旅行では一番の贅沢といえる。

 ちなみにビラビンタンの宿泊料は、ツイン5000円(1人2500円)、シングル3500円(ツインの部屋に1人で泊まる)で、いずれも朝食付きだ。今回はツイン4部屋、シングル5部屋だった。空港までの送迎や観光の車代は全部合わせて10万5000円(1人当り7500円)。

 10日は午前中各自帰国準備して昼食はビンタンダイニング。ビール代こみで9万4500ルピア(1人600円)。2時にチェックアウトして海岸の崖の下にあるタナロット寺院を見学する。拝観料全員で35万ルピア、海岸の寺院敷地に入るのに1人3万ルピアとられる。やはり観光地だな。

 夕方はジンバランの浜辺レストランで夕日を愛でながらのシーフード料理。ワインを数本飲んだので勘定は618万4000ルピアとちょっと高かった。デンパサール空港で最後の支出、1人20万ルピアの出国税を払って成田行きのガルーダ航空に搭乗、帰国の途へ。なお1人8万5000円の団費は1万円ずつ返金し、日本における反省会経費に7000円使ってすべてチャラになりました。
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海外旅行・第6回バリわくわく旅行(2015年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月02日
海外旅行・第6回バリわくわく旅行(2015年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 ビラビンタンが継続されるというので早速わくわく旅行を再開した。メンバーは河合団長以下、新聞OB会関係が石坂、斉藤哲、小林豊、米田、岩月夫妻、戸塚夫妻に初参加の長田ヨキさん、出版の上野、油田さんに、常連の高岡女史、新顔で小池振一郎弁護士が加わった。総勢14人。

 旅行の会計をやってくれた油田さんがつくってくれた収支明細書が残っている。おれの手帳と併せてバリの6日間を振り返ってみたい。お寺の拝観料や食事代など、パリの物価が分かって興味深い。

 収入はメンバー14人×8万5000円で計119万円。6日朝20万円両替したら2134万ルピアになった。両替後みんなで、光森さんたちが植樹活動をしているキンタマーニ高原へ。入村科44万ルピア。昼食代250万ルピア。1人当り約1700円。帰り道でドリアン3個買う。18万ルピア。

 ティルタ・ウンブル寺院拝観料21万ルピア。スーパーに寄って反省会用のワイン2本とつまみで30万ルピア。夕食はアヒル料理のべべ・ブンギル。さんざん飲んで食って316万7000ルピア。1人2000円ちょっとというところ。ビラビンタンに戻って反省会。蛍がいないと不満が出る。

 7日、メンバーのうち5人がネカ美術館。25万ルピア。この日の昼はマンデラ・ケイコさん経営のホテル「ロイヤル・ピタ・マハ」の豪華ランチ。709万6000ルピア。1人約5000円。夜は8人がレゴンダンスで1人10万ルピア、3人がケチャダンスで1人7万5000ルピア。おれは両方パス。
 
 翌8日は11人がサファリパーク。695万4000ルピア。おれはパスして女房と2人でウブド繁華街を散策する。王宮前の通りで後ろから「戸塚さん」と呼びかけられる。旧知の元豊島区労協の西村恭輔さん。退職後しばしば長期滞在しているそうだ。昼食は道が突き当たったところにあるマンガマドウ。

 スーパーでパリワインを6本買う。72万4000ルピア。1本約1100円。約束通り2時にビラビンタンスタッフのカデさんが迎えにきてくれた。夕食は新装なったビンタンダイニングで。235万8000ルピア。油田会計報告書によると、8日に9万円(947万7000ルピア)、9日に20万円(216万ルピア)の両替をしている。1円当たり105ルピアというところだ。 
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2017年06月01日

海外旅行・バリ島(2014年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月29日
海外旅行・バリ島(2014年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ島ウブドでコテージを経営する光森さん。神戸新聞の記者で、1980年代に労組委員長・新聞労連中執を務めた。おれはその頃からの付き合いだ。光森さんは94年に仲間5人とウブドに5棟のコテージを建て、光森さん夫妻だけが移住した形になった。そのコテージの土地は地主との20年契約の借地。

 契約期間満了で、さらに10年の契約をすると1500万円ほどかかる。いろいろ工面して契約更新したが、それを機会にリニューアルするという。周辺の環境も変わるらしい。その辺を直接見聞きしたいと、河合、石坂、戸塚の3人でウブドを訪問することになった。4月20日からの4泊5日だ。

 20日11:00成田発のいつものガルーダ航空で17:25デンパサール着。リニューアルはビラビラビンタンだけではなかった。デンパサール空港もガラスづくりの明るい建物に変貌していた。ところが、相変わらず荷物の出方は遅いし、出口はブランド店のひしめく通路を通らなければならない。待合室スペースは削られ床に座る客も。旅行者の利便をはかったというより、金儲けの意図が透けて見える。

 さてビラビンタンはどう変わったか。まずおなじみのビンタンカフェは持ち主の鈴木さんがこの地区から引っ越したため、ビラビンタンの経営になる。名前をビンタン・ダイニングと変更。店内を広げるための改装中。

 一番変わったのが、コテージの前に広がっていた田んぼ。埋め立てられてビラ・メサリという名の2階建て25棟のホテル(コテージ)が建つことになっている。今建設の真っ最中だが、完成後は1泊17000円の高級ホテルになる。ここの社長はビラビンタンのマネージャーでおなじみのボンさん。

 田んぼがなければ蛍は飛んでこない。なんだかウブドの魅力が半減した感じだ。様変わりといえば王宮前のウブド市場もそうだ。あの雑然とした迷路のような市場のまん中に2階建ての清潔な売り場がつくられ、2000ルピア(20円)の有料トイレも設置された。やはり雰囲気ががらりと変わたな。

 ビラビンタン前のスエタ通りと隣の通りの間には深い谷があって遠回りしなければならなかったが、そこに橋が架けられた。そのためなのか、ビラビンタン周辺のリゾート開発が目覚ましい。地元の人には喜ばしいのだろうが、閑静と神秘なウブドを期待する旅人にはちょっと違和感がある。そんな思いを胸に抱きながら、25日深夜0:30発のガルーダ航空便に体を委ねた3人でした。

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海外旅行・ベトナム(2014年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月24日
海外旅行・ベトナム(2014年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 17日、フエからホイアンに移動した。江戸時代から日本と交易があったという港町だ。18日のお昼まで市内見学。日本橋というのがあったが、中のつくりは中国橋だ。中国風の祭壇に中国風の仏様が祀られている。泊まりは海岸に面した花いっぱいでプールもある四つ星のリゾートホテルだ。

 ホイアンとかダナンとか聞くとおれなんかベトナム戦争の激戦地が思い浮かぶ。ところが今はベトナム有数の観光地、それもアメリカ資本がどさっと入っている。美しい海岸にリゾートホテルを建て海はプライベートビーチ。ベトナムの人は泳げない。そこで農業や漁業をしていた人たちはかなりの補償金をもらったらしいが、あっという間に使ってしまい、今は観光関係で働いているそうだ。

 18日の午後、バスでダナン空港へ。16:20に発って17:35にホーチミンに着いた。ホテルへ行く前に街中のレストランで夕食。ビアホール風の店で生ビールがうまかった。料理に出たのが茹でたウズラの卵。孵化寸前の卵で、口に入れると骨っぽい。みんなが気味悪がって食べないのでそれをもらって8箇も食べた。夢にウズラの化け物が出ると脅かされたけど飲みつぶれて夢も見なかった。

 19日は午前中戦争証跡博物館、統一会堂(旧大統領官邸)、サイゴン大聖堂などを回って、午後は郊外のクチへ。例のクチトンネルを見学。みんなトンネルに入ったがおれは遠慮した。夕方ホーチミンに戻る。ベトナム最後の夜。サイゴン川に浮かぶ遊覧船での豪華ディナーだ。

 メンバーの岩月さんのせがれがベトナム娘と結婚してホーチミンに住んでいる。つい最近子どもが生まれたばかり。その赤ん坊を連れて親子3人でおれたちのディナーに参加した。華やかに彩られた船の舞台。ベトナム女性の踊りが美しい。ビールとワインで盛り上がり、あっという間の2時間だった。

 ベトナム滞在最後の日は、メコンデルタの街ミトの観光。メコン川に浮かぶ観光の島に上陸して、小舟でジャングルの中へ。これはこれで面白いのだが、おれは2度目なので感激も薄い。夕方ホーチミンに戻り、夕食後空港へ。21日0:30発の深夜便で成田に向かう。成田着7:45。お疲れ様。

 おれはこの旅行で2度転んだ。幸い怪我はしないで済んだが、もう体力的に海外旅行は無理かなと思わせられた旅でもあった。
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海外旅行・ベトナム(2014年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月20日
海外旅行・ベトナム(2014年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 18年ぶり4度目のベトナム。おれとたびせんとの共同企画。新聞の狩野、斉藤康、田原、岩田夫妻、岩月夫妻、小林豊、清水、山川とその友人の成伯(なりき・神戸OB)、内田(北国OB)、元日立の篠田夫妻、出版の生駒夫妻、松戸の堀田夫妻、それと戸塚夫妻の計20人。添乗員は荒井江梨香さん。

 2月13日10:00発のベトナム航空機で成田を発ち、14:30ハノイ着(時差2時間)。空港の外へ出て思わぬ寒さに震えた。日本を出る時の冬支度でちょうどいい。ホテルに直行してチェックイン。こぎれいなレストランで夕食。ビールとワインの飲み代に341ドル払っている。かなり高い。

 翌朝バスでハロン湾へ向かう。約4時間。12:00遊覧船バーヤ号乗船。以前にもハロン湾クルーズをしたが日帰りコースだった。今回は1泊。夕日を拝めたし、夜の海に田原さんが転落するなどドラマチックなクルーズを楽しめた。昼食と夕食の飲み物代が合わせて403ドル。おれは酔いつぶれてダウン。

 15日昼食をとってから下船。ハノイに戻って下町の水上人形劇鑑賞。音楽が日本の田植え唄に似ている。夕食はベトナム風屋台。料理も酒も安くておいしいのだが、ビニールで囲っただけの屋台では寒さのため、ゆっくり飲んでいられない。ホテルに帰っておれの部屋でさよならハノイの大反省会を開いた。

 16日の午前中、枯葉剤被害者の施設「ハノイ平和村」へ。枯葉剤の被害が公認されたのは比較的最近のこと。病気になったアメリカ兵士が告発して、それならこれも枯葉剤のせいなのか、ということになったらしい。日本からの援助が嬉しいと園長さんにお礼を言われた。おれがしどろもどろに挨拶した。

 13:55ハノイ発の国内線でベトナム中部の古都フエへ。おれもここは初めて。ハノイの寒さがウソのようだ。日本の梅雨時の晴れ間という感じ。ホテルへ行く前に王宮に寄る。バスから見える街の風景はいかにも古都だが、王宮の建物に残る銃弾の跡はベトナム戦争から40年というのに生々しい。

 夕食は街に出て王宮料理。みんな当時の衣服を着せられて整列。おれと女房は王様とお妃だ。厳かな宮殿音楽。おれは調子に乗って立ち上がり「家来どもよ、わが王朝を支えておるのは民の力じゃ。民の幸せは朕の幸せなるぞ。そちたちも民のために尽くせよ」とわけのわからぬ訓示を垂れた。
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2017年05月31日

海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月17日
海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 おれが仕切っていた手配責任者を、今回から日経OBの河合良一さんにやってもらうことになった。おれは名誉団長格。2月22日から28日までの日程で、参加者は新聞関係の岩月夫妻、岩田、石坂、芳尾、山川、赤川、田原、米田、河合、戸塚、元TBSの高岡女史と友だちの杉田さん、出版の塩田、油田さんに新顔としておれの松戸での知り合いの堀田さん夫妻で、合計17人。気の合った顔ぶれだ。

 成田発11:00のガルーダインドネシアで飛び、18:00にデンパサール着陸。空港に待っていたスタッフの車に分乗して20:00ビラビンタン。すぐカフェビンタンで歓迎夕食会。疲れているのに懲りもせずミーティングルームに場所を移して反省会。これまでに比べて蛍が少ないようだと不満の声。

 23日、カンプンカフェで昼食の後、スーパー・デルタテワダで買い物。パリワインを買い込む。夕食はワルンタマンでバリ風中華料理。川魚のスープと蛙と生春巻きがおいしい。この店の欠点は飲み物がビールしかないこと。その分ビラビンタンに帰ってからの反省会はワインとアラックで深夜まで。

 翌日はキンタマーニ高原で例の温泉プール。帰りに珈琲園に寄り、じゃ香猫に珈琲豆を呑ませてそのまま尻から出た豆を挽いたという高価な珈琲を飲んだ。夕食はアヒル料理で終わってから影絵芝居を見た。

 バリ3日目の25日は夕方の日バリ交流パーティまで各自自由行動。おれは初参加組を引き連れて、サッカー場周辺を散策し食堂でビールを飲んだ。以前通っていたマグロたっぷりのツナサラダを食わせるカフェ・モカは閉店してしまっていた。日バリ交流パーティはいつも通りの子豚の丸焼きで盛りあがる。

 26日は午前中世界遺産の棚田へ。堀田セツ子さんが畔から落ち、その上に米田さんが抱き合うように落ちてみんなで大笑いで囃したてた。午後は前にも行ったブラタン湖と水上寺院。夜はこれまでと一変してピタマハという高級ホテルのディナー。ホテルの経営者はこちらの王様の子孫と結婚した日本人のマンディラ・ケイコさん。光森さんの知り合いでおれたちの宴席で挨拶した。風格のある美人だ。

 27日は帰国日。カフェビンタンで昼飯をとり、車に分乗してウブドにさよなら。途中建設の途中のガルーダ公園に寄り、夕方のジンバラン海岸へ。夕日を見ながら焼き魚を食べパリワインを飲んだ。そこからデンパサール空港はすぐだ。28日0:15に発って8:50に成田着。はいお疲れさま。
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海外旅行・中国東北部(2012年)A

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月12日
海外旅行・中国東北部(2012年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 6月29日、10:29の列車で長春を発ち瀋陽へ。2時間半の快適な旅。車中で弁当を食う。瀋陽駅は来年の新幹線開通に向けて工事中のため、一つ手前の瀋陽北駅で降りる。出迎えのバスが止まっているところまで雨の中を20分近く歩かされた。激しくなった雨の中を「9.18歴史博物館」を目指す。

 1931年9月18日、日本軍が列車を爆破、それを張学良の仕業だと偽って「満州事変」を引き起こした。博物館は89年建設だからまだ新しい。当時の関東軍司令部を再現した展示物が生々しい。ガイドの路さんは32年9月に起こった「村ぐるみ大虐殺」の平頂山事件の説明に力を入れていた。

 5日目の30日、瀋陽郊外の「鉄路陳列館」に行く。ここの目玉は、旧満鉄時代に一世を風靡した機関車「亜細亜号」。おれには何となく既視感がある。5〜6歳の頃、親父に連れられて瀋陽(奉天)に相撲の巡業を見に来たときに奉天駅でたまたま停車中の亜細亜号を見たんじゃないかな。そんな気がする。

 瀋陽には2泊したが、夕食は街の酒店(レストラン)でとった。中国東北料理というのかな、炒め物や川魚、水餃子などと白酒(パイチュー)。日本人の口に合う。ハルピンのロシア料理より旨かった。

 月が変わって7月1日。午前7時にホテル(ホリディイン瀋陽)を出て再び瀋陽北駅へ。8:07発の列車で最後の訪問地大連へ向かう。ちなみに70年前おれたち家族がいたのは途中の遼陽だ。引き上げの時は奉天に戻って別の線に乗り換え、葫蘆島へ行き船に乗った。満州へ来たときは大連に上陸したのだと思うが、もちろん3歳のことなので記憶はない。大連には敗戦まで50万人の日本人がいたそうだ。

 大連の市内観光で印象的だったのは、人民広場の一角にある旧ヤマトホテル。玄関ロビーに入ってトイレを借りたり絵葉書を買ったりした。旧満鉄社員の社宅のあった地域は、今高級住宅地になっている。2億円もする邸宅が並んでいるが空き家が多い。金持ちが投機目的で建てたものなのだそうだ。

 大連駅前の渤海明珠大酒店に1泊。夕食は餃子中心の街中の居酒屋。おれたちだけの個室で今回の旅行の反省会。よく飲み、よく食い、よく喋った2時間でした。翌7月2日は早朝6時にホテルを出て大連空港へ。朝食は車中で弁当。8:40に大連を発ち、00:15に成田着。ご苦労さんでした。
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海外旅行・中国東北部(2012年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月07日
海外旅行・中国東北部(2012年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 09年の韓国に続いて、新聞OB九条の会がたびせん・つなぐとタイアップして企画した海外ツアー第2弾。今回は中国東北部(旧満州)の中心部を5泊6日で回る。新聞の石坂、石塚、今井、岩田夫妻、岩月夫妻、狩野、河合、小林豊、斉藤哲、斉藤康、清水、田原、戸塚夫妻、平沼、藤木、山川、それに出版の生駒夫妻、元日立争議団の篠田夫妻の計23人。添乗員はたびせんの荒井恵梨香さん。

 6月26日13:25に成田を発って15:30(現地時間)にハルピン空港着。空港を出ると大型バスが待っていてハルピン医科大学に直行。ここでメンバーの1人今井茂冨さん(東京中日)が会社定年後7年間日本語教師をしていた。ちょうど卒業式にあたり、構内は角帽にガウンの卒業生でいっぱい。

 大学食堂の特別室で先生や生徒たちと交流会。今井さんはおおもて。おれは団長として「日中友好の活力になるよう願う」と挨拶した。「雪花」という銘柄のハルピンの地ビールで乾杯。6台のテーブルに分かれて飲み、食い、交流の時間を過ごした。ハルピンの宿舎は繁華街に近い崑崙大酒店。

 2日目は朝早くホテルを出てまず七三一記念館へ。正式名称は「中国侵略旧日本軍七三一部隊遺跡」。ここで日本軍は中国人を使って細菌の生体実験をした。ガイドの説明を聞いておれが腹立ったのは、ここで悪業の限りを尽くした石井四郎らが敗戦直後さっさと日本に逃げ帰ったという話。おれたちは敗戦後1年間帰るに帰れず辛酸をなめた。しかも石井は米軍に実験資料を差し出したため戦犯にもならなかった。

 午後はソフィア教会を見た後、キタヤスカヤと呼ばれる中央大通りを散策。松花江のほとりのスターリン公園で一休みした。夜はロシア料理のちょっと高級な店へ。ワインの高かったこと。

 翌28日は列車で長春へ移動する日。ホテルを出てトランクを転がしながらハルピン駅へ。石畳の道はデコボコだし、交差点の信号はあてにならないし、駅に着くまでが命がけ。しかし、列車の旅は快適だった。約2時間後に長春に着く。緑の多い長春は仙台市と姉妹都市だ。

 昼食後「偽満皇居博物館」へ。玄関に「勿忘九・一八」のばかでかい石碑。江沢民の書だ。ここで皇帝溥儀が暮らしたが、日本軍が用意した玉座には決して座ろうとしなかったという。一寸の虫にも五分の魂というところか。溥儀は日本敗戦後戦犯として服役、出所後は一般市民として暮らし61歳まで生きた。
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海外旅行・第4回バリわくわく旅行(2011)

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月02日
海外旅行・第4回バリわくわく旅行(2011)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 この旅行でバリは6度目になる。メンバーも固定化傾向。今回はうちの女房は7月にファミリーで行ったのでパス。新聞は狩野、田原、石坂、赤川、芳尾、河合、山川。民放の高岡女史と出版の塩田、油田さん、その知り合いの児玉、岩城、有泉さんの計14人。新聞は男、他はすべて女性という賑やかさ。

 11月18日、成田の出発が1時間遅れてデンパサール着午後6時。車に分乗して一路ウブドへ。9時ちょっと過ぎにビラビンタン到着。カフェビンタンで歓迎夕食会。アラックをさんざん飲んでからミーティングルームで反省会。11時半にお開きにしてそれぞれのコテージに散って寝た。

 19日は学問の神様・サラスワティを崇める日。近くのウブド第一高校に行って式典に参加。生徒が正座して神妙にお祈りを捧げていた。昼飯はカンプンカフェでシーフードカレー。初訪問組はネカ美術館。おれは散歩と昼寝。夜はレゴンダンスを鑑賞した後、アヒル料理のべべブンギルへ。ロケーションが最高。

 パリはこれから雨季だというのに快晴が続く。20日は午前中マルガラナ英雄墓地。広場で、オランダから独立した日を祝う記念式典をやっていた。日差しが強い。偉い人が並ぶテントに入れてもらって式典を見学。英雄墓地の近くの露店のレストランで素朴な料理をいただき、午後は前回も来た水上のお寺。

 21日は朝早く出発してキンタマーニ高原の温泉プールへ。ここの温泉もプールも素晴らしいのだが、今年は蝿が多いのに閉口。プールサイドで昼飯を食おうとしたのだが、ライスや料理にびっしり蝿が。これでは食えないので屋内のレストランへ。そこにも蝿がいたが、まあ何とか食えた。よかった。

 22日は基本的にフリー。市場、スーパー、王宮付近の散歩。ラフティングに行った人もいる。おれはもっぱらテラスで昼寝。夜はお待ちかねの日パリ交流パーティ。スェッチさんの率いるガムラングループの演奏に乗って豚の丸焼きが出てくる。アラックのカクテルは甘く口当たりがいいので何杯でも飲める。

 最終日は午前中帰り仕度をして午後デンパサールへ。三浦襄翁のお墓をお参りした後、大きな市場に連れていかれた。ここの売り子は極度にしつっこい。逃げ回って早めに外へ出た。そこからジンバラン海岸へまわり、海鮮バーベキュー。深夜の便でデンパサールを発ち、24日午前9時前に成田へ着いた。
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2017年05月24日

海外旅行・ファミリーでのバリ島(2011年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月27日
海外旅行・ファミリーでのバリ島(2011年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 この年3月11日、東日本大震災発生。地震、津波、原発事故で未曾有の被害が出た。地震当日おれは家にいたが、地面が波打つのを目のあたりにした。それから4カ月、桃子夫妻、孫の凌(3歳半)、女房と妹の良子、計6人で7泊8日(機中1泊)のパリ島旅行をした。滞在はいつものビラビンタン。

 おれは旅行を前にして、便秘と水虫に悩まされていた。便秘の方は旅行2日目に解消したが、水虫は足から手に移ってずっと苦しんだ。手のひらは皮膚が剥け、言葉に尽くせぬ痒み。あれは地獄だったな。

 7月2日11時に成田を発って、現地時間5時半にデンパサール着。ウブドのビラビンタンへは7時少し過ぎ。前の宿泊者の日程の関係で、着替えもせずに日パリ交流パーティに投げ込まれた。凌はカルチャーショックで興奮し固まったまま。パーティ終了後田んぼで飛ぶ蛍を見てやっと喜んだけどね。

 3歳児を含むファミリーだというので、サファリパークとかバードパークとかモンキーフォレストとかこれまでとは一味違うスケジュール。それはそれで面白いのだが、物足りない面もある。それにアルコール。孫の凌は当然として、桃子の亭主も女房も妹の良子も下戸。桃子と2人ではわいわいぐびぐびとはいかない。ミーティングルームでの反省会もできない。これでは旅行の楽しみが半減だ。

 6日はヒンズー教最大のお祭りガルンガンだった。商店もレストランも閉店。村人は正装してお寺にいく。おれたちも光森さんに連れられて村のはずれのお寺でお参り。聖水を振りかけられ、米粒を額にくっつけた。凌がそれを見ていて急に火が憑いたうに泣き出した。宗教の雰囲気に呑まれたのかな。

 お寺の帰りにフタっフの1人ストウさんの家に寄り、お祭り料理のご馳走になる。居合わせたオーストラリアのファミリーと交流しながらの楽しい会食だった。ストウさんは1年後に選挙で選ばれて、この村の村長さんになる。何千万円もかけて、古くなったお寺の建て替えをするなど力を発揮している。

 この旅行の経費明細書が残っている。航空チケット8万3140円(大人1人)、6万7120円(子ども)。宿泊(1人1泊朝食つき)シングル4000円、ツイン2500円。空港出迎え車代1台2000円。サファリパーク1人4000円。バードパーク1人3500円。テーマパークは結構高い。

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2017年04月26日

海外旅行・第3回パリわくわく旅行(2010年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月24日
海外旅行・第3回パリわくわく旅行(2010年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 バリ5日目の25日、元気のいい約半数のメンバーは川下り。これは結構高くて1人60ドルもする。おれたち弱体組は王宮周辺の散策とスーパーでの買い物。そしてベランダで昼寝。田んぼから引き上がってくる風に頬を撫でられながらビンタンビールを飲む。至福のひと時。小鳥の囀りが眠気を誘う。

 夜はお待ちかねの「日パリ交流パーティ」。全員ゆかたを着て午後7時の開会を待つ。光森さんの合図で中庭のパーティ会場へ。スタッフの1人、スゥエッチさがん率いる地元の楽団がガムラン演奏で歓迎。しばらく音楽と踊りを楽しんだ後、食事が始まる。主役はみんなの輪の真ん中にデンと置かれた子豚の丸焼き。誕生月の狩野さんが包丁を入れる。ただし子豚の皮は硬いばかりであまりおいしいものではない。

 食事が一渡り済むと子どもたちや楽団員も加わって車座の交流会。日本とパリの歌が交互に披露されるのだが、パリの方が断然元気いい。その頃になると地元の焼酎アラックのカクテルが効いてきて、もうわけの分からぬ騒ぎになる。地元の人たちが引き上げた後は、ジャパンだけで例の反省会が際限なく続く。

 26日はパリとおさらばの日。昨夜のドンチャン騒ぎの後遺症で頭が重い。午前中ゆっくり帰り仕度をして、ビンタンカフェで昼飯。天ぷらざるそばでビールを飲んだら元気が出てきた。午後2時、ビラビンタンをチェックオフして南へ向かう。日本軍残留兵士の記念像へ。物凄い悪路だ。気分悪くなった。

 残留兵士の像に敬意を表した後は一路デンパサールへ。前回も来たパリの父・三浦襄翁のお墓参り。パリの人々に誠実に接し、独立の約束を果たせなかった責任をとって自殺した日本人がいたということに頭が下がる。夕方はジンバラン海岸で魚料理の夕食。ここの魚料理は、こちらが選んだ鯛や海老を豪快に焼いてくれるのだが、味付けが薄くてあまりおいしくない。その代り沈む夕日が素晴らしかった。

 バリわくわく旅行は、帰ってから必ず「日本における反省会」をやってきた。会場は河合さんの紹介で飯田橋のレストラン「トリノ」だったが、今回は新京成線五香駅前やきとり「栄」にした。旅行費用として徴収した金が余ったので会費はゼロ。5月15日午後2時、皆さん遠方の人が多いのにほぼ全員揃って矢板さんが腕を振るう料理に舌ずつみ。栄の開店前の3時間、たっぷり「反省」したのでした。
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2012年04月19日

行ってみたい世界の電波塔ベスト8

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