2017年07月24日

ウブド通信I

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月23日
ウブド通信I

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今午後3時半、日本時間4時半だ。プロ野球速報をハラハライライラしながら見ていた。ロッテがソフトバンクに3対1でやっと勝った。あと2時間弱で凌たちがデンパサール空港に着く。最初ボンさんの車に乗って空港まで出迎えに行こうかと思っていたのだが、あの出口のところは人が混んでいて座る場所もない。とても立ったまま待っているのは無理なので諦め、ビンタンダイニングで待つことにした。

 昨夜光森さん夫妻に連れられて毎月開催している本の交換会に行ってきた。交換会は3カ所交代で開く。今回はモンキーフォレスト通りの「和るん・あんかさ」という日本人経営の居酒屋風食堂が会場。おれ好みの雰囲気の店だ。ちなみに来月はビラビンタンのミーティングルームが会場になる。

 5時に会場に着き、螺旋階段を2階に上がる。手摺りがないので少しきつい。まだ参加者はちらほら。交換会というから何かセレモニーがあるのかと思っていたが、参加者は勝手に来て、それぞれ好きな飲み物と料理を頼み、知り合いと交流し、ついでに本も交換するというまったくのフリースタイルだ。

 おれはまぐろユッケ丼と冷奴、それとビンタンビールの大瓶。このまぐろユッケ丼がうまかった。こちらのご飯の炊き方は普通硬めだが、この丼のは柔らかい。上にたっぷりのまぐろ。赤身の中落ちというところ。ちょっと甘いめの醤油タレもよく味が素材となじんでいる。白ゴマのかかっているのもうれしい。

 冷奴の豆腐は少し堅すぎるが、削り鰹節がたっぷりかかっているのでこれはこれで美味い。すつかりうれしくなってアラックのオンザロックを2杯も飲んでしまった。それで勘定は16万ルピア。1500円ぐらい。この和るん・あんかさという、表通りから横町へ20メートルほど入った開けっぴろげの店。突き当たりがホテルだというが、横町の雰囲気が北千住の駅前通りというところ。おれのご推奨だ。

 今日でウブド滞在18日に、さらにこれから1週間ある。おれの海外旅行歴でも最長記録だ。それはそれで楽しいのだが、光森さんには悪いけどこちらに移住する気にはならないな。やはりいろいろ不便を感じるし、精神的にも落ち着かない。パソコンのメールで日本と繋がっているとは言え、人間関係が狭く、行動範囲が限られる。とは言え貴重な経験をしたことは確かだ。光森さんや女房はじめ、関係者のみなさんありがとう。
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2017年07月23日

ウブド通信H

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月20日
ウブド通信H

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ滞在15日になる。わくわく旅行のメンバーが帰った後は連日晴天、初秋の爽やかさに恵まれている。スーパーへ買い物に行ったほかはコテージに閉じこもる毎日だが、昨夜は素晴らしいお祭り(祀り)体験をさせてもらった。村やお寺の公式な行事でなく、親族だけの祀りに村中が集うのだ。

 ビラビンタンの夜間セキュリティを担当しているコマンさんは近くのブントウユ村に親と兄弟で住んでいる。家の入り口は狭いが奥行きは長くて広い。突き当たりに立派な祠(ほこら)がある。これを祀る祭儀で、バリ特有のウク歴(210日が1年)の2年に1辺行われるのだそうだ。

 元村長のストウさんに略式正装の腰巻のようなものを着けてもらって午後7時にコマンさん宅へ向かった。光森さん夫妻と泊まり合わせた画家の前田さん夫妻が一緒。車を降り家の石塀の中に足を踏み入れて驚いた。コマンさんの居住エリアから奥の祠にかけてぎっしりの人。正装した子どもたちも目立つ。全体で100人は優に超す。おれたちのために椅子が用意されていた。優しい心遣いに感謝。

 祠の前には地域のガムラン集団。リーダーは「日バリ友好パーティ」でおなじみのスウエチさん。特徴のある鼻ヒゲの顔で笑って挨拶してくれた。他にも知った顔が何人も。祠の中ではレジエンと呼ばれる子どもたちの踊りが奉納されている。スウエチさんの楽団も演奏を始めた。

 演奏が2曲ほど続いた後、みんなの視線が暗闇に向く。トペン(仮面舞踏)がゆっくりゆっくり現れた。最初は1人、次の曲では2人になって掛け合いで唄ったり、漫才のように言葉を投げ合ったりした。そのうちの1人はおれたちに握手してくれた。光森さんに聞くと彼はトペンの名手なのだそうだ。

 2年(420日)に1辺とはいえ個人の家であれだけのお祭りをするのは出費が大変だと思うが、こうして村の共同体としての絆が深まるのだろうな。これまでケチャダンスやレゴンダンスを鑑賞してそれなりに感銘を受けたが、今夜のトペンやレジエンを見るとあれは見世物に過ぎなかったとも思える。

 8時半、ストウさん運転の車で帰ってきた。いつもの晩より蒸し暑く感じられた。シャワーを浴びたが、なんか興奮していて缶ビールとワインと焼酎の水割りを飲んでしまった。反省。
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2017年07月18日

ウブド通信F

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月16日
ウブド通信F

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 いい天気が続く。風も爽やか、日本の初秋という感じだ。11日には6人中4人が帰国し、昨夜石坂さんが帰った。これで23日の夕方孫たちがくるまで基本的にはおれ1人。足腰が痛いので出歩けない。毎日食って飲んで寝てたまにパソコンと読書。また肥ってしまう。情けないけどどうしようもない。

 ワインがあと1本しかなくなったので、今日、スーパーへ買い出しに行きたかった。ところが運転をしてくれるボンさんが出身地のボン村へ帰ったとかで明日になった。そう言えば今日は日曜だよな。ボンさんにも休日が必要だ。ダイニングの女の子も今日は休んでいるようだ。朝の食事時、経営者が自ら注文とったり料理したりしていた。部屋の掃除にくる、なんて言うんだっけ、彼だけは休みなしのようだ。

 ダイニングから眺めた田んぼの風景には目が醒める。田植え前の水を張った田んぼ。アヒルが10羽ほどのグループをつくって首を水の中に突っ込んでは餌を探っている。ドジョウやタニシでもいるのかな。アヒルが移動すると水紋が広がる。水に映った椰子の木やコテージがさあーっと崩れる。ほんとは3毛作ができるのだが、この辺ではコメの品質を高めるため2毛作なのだそうだ。

 『じゅかるた新聞』は日曜休刊だ。昨日の1面に、例のコンビニ「セブンイレブン」の店舗閉鎖で1300人も解雇されたと出ていた。雇用保険のようなものがあるのかな。それにしても解雇された人たちは困っているだろうな。日本資本は労働者の生活なんか関係なく儲からなければ簡単に潰すけどね。

 昼寝しようと、ベランダの簡易ベッドに横になったのだが、眼が冴えて眠れない。そりゃそうだ。毎日寝過ぎだもんな。こんな時こそパソコンに入っている長い原稿を整頓・整理しようとしたのだが、データが重過ぎたのか「保存エラー」の表示。折角の作業がパーになってしまった。もう止めた。

 さてそろそろ夕飯のメニューを考えよう。昨夜食ったとんかつはうまかった。刻んだキャベツにマヨネーズなんかがかかってなかったし。ソースをたっぷりかけておいしく食べた。それにしてもあんなに肉を叩かなくてもいいのに、と言ったら光森さんに「こっちの肉は硬いから」と言われた。

 なるほどとんかつも「郷に入れば郷に従え」か。このほかメニューでは焼きギョーザ、だしまき卵、野菜スープ、豚生姜焼きなどがうまい。インドネシア料理のナシゴレン(焼き飯)、ミンゴレン(焼きそば)はサテ(やきとり)などの付属物の量が多過ぎる。天ぷら盛り合わせもとても食いきれない量だ。
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ウブド通信D

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月12日
ウブド通信D

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝のうち青空がのぞいていたので「今日は晴れるかな」と希望を抱かせたがやはり雨だ。今午前10時半、ヒマなので『じゃかるた新聞』を読んでいる。10日付1面トップは「トランプ氏と初会談」「G7で大統領 経済協力とテロ対策」。ジョコウイ大統領とトランプが膝つき合わせている写真付き記事だ。

 11日付2面には「ヤマザキパンの販売倍増」という記事が目立つ。当地で製造販売するヤマザキ・インドネシアの幹部は「柔らかさと白さが持ち味のふんわり食パンシリーズで、新たにハチミツや全粒粉を使用した商品を投入した。これがヒットした」と分析。技術革新の成果を誇っている。

 日系資本は別の製パン業界にも手を伸ばしている。双日と敷島製パンが出資した「ニッポン・インドサリー・コービンド」はこの7日に新株発行を発表。ジャワ島、フィリッピンに新工場を建設する。国内パン市場は2000億円程度だが、屋台などで売られる安価なパンが7割を占める。そこへ日系資本の高級感のある「ふんわりパン」がどこまで食い込めるか、ということらしい。今後の市場競争に注目だ。

 これからのインドネシアの消費社会を左右するのは「格差の拡大」に政府がどう対処するかにかかっている。10日付『じゃかるた新聞』に「格差社会と民主主義」という署名論文が載っている。近年インドネシアの経済的格差は拡大の傾向だ。前大統領のユドヨノ氏は貧困家庭の生活保護策を推進したが、その程度では格差の拡大に歯止めがかからなかった。社会保障分野への予算配分が少なかったためだ。

 そこで現ジョコウイ政権がまず手掛けたのが「石油燃料補助金」の廃止だった。この補助金は車を保有できる比較的富裕層を優遇するものだった。ジョコウイ大統領は補助金廃止の財源で、国民皆保険の確立や低所得者層への生活援助を実施。論文の筆者は「今後の政治の安定は格差の是正にかかっている」と提起する。

 昨日、王宮前通りのスーパーへ行った。商品の量も質も目を見張る高いレベルだ。しかしここで買い物をしているのはおれたちような外国人観光客と地元の富裕層だ。ビラビンタンの隣のホテルの従業員は月3万円の賃金だ。それでもバリは観光地なので破格の高さだという。一般の庶民はどのくらいなのか。

 雨は降らないが陽も射さない。日本の梅雨のような天気だ。もうそろそろお昼だが、蕎麦でも茹でようかな。
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ウブド通信C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月11日
ウブド通信C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 やっと晴れた。やはり晴れると気持ちがいい。南国の太陽がカッと照りつける中、スーパーで買い物をした。ハッテンというパリワイン3本(赤2、白1)と350mlの缶ビール9本(ビンタン6、ハイネッケン3、おれはビンタン7のつもりだったが)、計59万400ルピアだった。

 昨日のランチはマンデラ・ケイコさんのホテルで豪華に食べた。ケイコさんは40年ほど前ウブド王家の当主の目に止まり長男の嫁になった。愛知県の古いお医者さんの家の出身。いろいろあったが、今では舞踏家の長男、実業家の次男の母親。ホテル経営のかたわら、自ら絵を描いて日本で個展も開く。

 夜はわくわく旅行組のラストナイトということで、ミーティングルームでサヨナラパーティ。ダイニングから天ぷらと焼き餃子、出し巻き卵と青菜のお浸しといんげんの胡麻和え、光森さんからのやきとりの差し入れもあって盛り沢山。おれは何回にも分けて蕎麦とそうめんを茹でた。ビール、ワイン、焼酎を飲みながら午後6時半から11時半までの5時間、何かしきりに大激論。今朝はいささか二日酔い気味だった。

 今回は長期滞在なのでTシャツやパンツなどをこまめに洗濯している。ところが雨のせいもあってなかなか乾かない。今日の好天気でやっと乾くメドがついたところ。ほっとしている。ほっとしていると言えば心配だった腰痛がそれほど酷くならずになんとか動けている。夜もよく眠れる。

 夕食後、6人中4人が帰る。おれと石坂さんが残るが、その石坂さんも14日にはいなくなる。凌たちが来るのは23日の夜なのでその間1人だ。もちろん光森さんやボンさんがいるし、パソコンもあってインターネットがつながっている。退屈はしない。山川さんが、ソーセージやチーズなどのつまみ類、即席ラーメン、汁の素、珈琲などを置いて行った。持ってきたそうめんもあるので自炊生活ができる。

 今日の昼飯は隣のボンさん経営のホテル「メサリ」のレストランで食った。イカと海老と白身の魚の海鮮アラカルトに白ワイン。昼にしてはワインの飲み過ぎでちょっと吐き気がする。ま、これから夕飯にビールを飲めば治ると思うが、少しアルコールは控えめにしよう。

 さあそろそろ夕飯だ。今シャワーを浴びてさっぱりしてゆかたに着替えた。今夜はパソコンでロッテ対西武戦の速報を見よう。というわけでなんとものんびりした一日だった。明日も同じだな。
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2017年07月13日

ウブド通信B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月09日
ウブド通信B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 7月1日付『じゃかるた新聞』におやっと思う記事があった。「各地で撤収作業 セブンイレブン」。6月30日限りでインドネシア各地に展開していたコンビニのセブンイレブンが全店閉鎖。その撤収作業が急ピッチで進められているというのだ。日本を出る時、セブンイレブンがベトナムに進出することになったニュースを新聞で見た記憶がある。同じ東南アジアで「進出」と「閉鎖」とはどういうことか。

 インドネシアにおけるセブンイレブン1号店は2009年オープンだというから7年しか経っていない。『じゃかるた新聞』によれば「14年までは順調に店舗数を伸ばしたが、競合他社との競争激化などりより、不振に陥った」ということだ。競合他社とは「インドマレット」とか「アルファマート」とかの地域系コンビニ。これらに比べセブンは「商品の種類も少なく個性も感じられなかった」という。

 全店閉鎖に追い込まれたセブンイレブンだが、完全に白旗を上げたわけではない。セブン・ホールディング広報部は「インドネシアは重要な国であり、これで終わりではない。フランチャイズ先を探し、事業を再開したい」と希望をつないでいる。どうやら外国からの進出企業対地域企業の対決構図らしい。

 インドネシアのジョコウイ大統領は、外資を導入して経済の活性化を図ろうとしている。例えば大和ハウスが東ジャカルタに40億円出資して5000戸の住宅を建設する計画が進んでいる(8日付『じゃかるた新聞』)。「(住宅建設は)2024年度竣工予定。海外交通・都市開発事業支援機構(本社・東京都千代田区)と地域系不動産開発トリポ社とプロジェクト会社を立ち上げる」。

 またインドネシアは石油産出国でもある。ジョコウイ大統領は6日、石油ガス開発を中心にした国家戦略事業の改定を発表した。計画の遅れた事業を削除して新たに「東南アジア最大規模のガス埋蔵量」を見込むアラフラ海マセラ鉱区の開発などを加えた(7日付『じゃかるた新聞』)。

 外資を導入しながら地域企業の育成を図るということだろう。その舵取りはそう簡単ではないと思う。ここバリ島でも米資本による巨大アウトレット等の建設が目立つ。肝心なのは企業動向だけでなく、国民生活の向上にどう結び付けることができるかという観点だろう。

 まだ鬱陶しい雨空だ。おれ以外は車で観光に出かけた。おれはこれから冷麦でも茹でて昼飯にしよう。
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ウブド通信A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月08日
ウブド通信A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 8日午後3時、朝から続いていた土砂降りの雨がやっと上がった。まだ日が射すところまでいかないが、空が何となく明るくなってきた。一行のうち4人は光森さんの案内で美術館巡りに出かけたが、おれは辞退した。同じくコテージで絵を描くため残った山川さんが昼食に蕎麦を茹でてくれた。ビールを飲みながら降りしきる雨の中で蕎麦をすすったがこれが美味かった。薬味のネギも持ってきたとはさすがだ。

 ひと眠りして目が覚めたら人の声がする。ミーティングルームに美術館組がいた。美術館が雨漏りしていたそうだ。河合さんが「スト―さんが来てるよ」というのでスタッフの溜まり場に行ったら、以前よりさらに肥ったスト―さんが「やあ」と言って手を差し出した。スト―さんは5年ほど務めたこの村の村長さんを退任したばかり。村長時代に、古くなったお寺の改築を何千万円かで完成させた実績を残した。

 古いスタッフのスト―さんとはいろいろ思い出がある。あれは7〜8年前だったと思うが、キンタマーニ高原の温泉プールに行った。おれたちの車のドライバーがスト―さん。高原の帰り道で果物の王様といわれるドリアンを売っていた。何個か買ったら試食させてくれた。よせばいいのにおれも一切れ食べた。

 昼飯でおれはひとの分までビールを飲んでる。そこへドリアンを食ったものだからすぐに下痢症状がやってきた。「スト―さんその辺で止めて」と叫んだ。彼が適当な草むらのあるところで止めてくれた。おれはぱっと座って寸前で間に合った。この辺の草は育ちがいいよと言ってテレ笑いした覚えがある。

 それからすぐスト―さんは住人の選挙で村長さんに選ばれた。立候補したわけではないのに勝手に票が集まったと本人は言っていた。2011年東日本大震災の年の7月、孫たちとウブドへ来た。ちょうどガルンガンでお寺でお祈りをした後、スト―さんの家でお祝いのご馳走をいただいた。入り口は狭いが奥行き長い立派な家だった。親戚や光森さん関係の観光客など大勢で楽しく語らいながらの食事だった。

 それからさらに何年か後、この時も何かのお祭りに出くわした。村の集会所で男どもがお祭り用の料理づくりをしていた。ハンドマイクを片手に進行の指揮をしていたのが村長のスト―さん。焼き鳥の串を刺したり、炭火で焼いたり、野菜を刻んだり、男たちは指示通りに動いていた。いつも見るスト―さんと違って威厳と貫禄があった。――さあ今夜は日本人が経営する寿司屋で魚料理だという。楽しみだ。
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ウブト通信@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月07日
ウブト通信@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝7時に起きて外を見ると雨だった。バリへ来て2日目。そんなに強い降り方ではないが、ゆかた1枚では寒いくらい。南国バリではあるが、ここは南半球。今は秋から冬になろうとする時期だ。8時からの朝食時には雨は降り止んだが、Tシャツの上に長袖を着た。濃いバリ珈琲で体を芯から温める。

 成田からデンパサールまで乗ったガルーダ航空は満席だった。以前はバリへの直行便が二つあった。ガルーダとJAL。例のJALの経営危機(会社更生法)の下で、不採算路線として廃止されてしまった。近く復活するという話もあるが、現時点ではガルーダの独占、しかも1日1便だ。混むのは当然か。

 昨日のガルーダ航空は気流の関係からか定刻より1時間近く飛行時間が短かった。現地時間4時40分にはデンパサール空港に着陸した。ただしおれたち一行は後部座席だったので機外へ出るのが最後の方。そのため入国審査の列がもう長く伸びていた。おれは腰が痛い。止まっては少しずつ前進というのがほんとに辛い。列の誘導の標識にすがりながら審査窓口に辿り着くのに30分はかかったんじゃないかな。

 そして今度は荷物受取りだ。コンベアの前は二重三重に人垣ができている。コンベアが動き出したがおれたちのトランクは見当たらない。ここでも待つこと30分。もう人垣がなくなる頃やっと見覚えのあるトランク。ほっとして空港出口へ。出迎えのボンさんに会えたのが6時15分だった。

 車でウブドのビラビンタンに移動するし途中、お祭りをしているお寺があった。おれが「お祭りだというのに酔っ払いがいないな」と日本のお祭りを頭に浮かべながら感想を述べたら「こちらのお祭りは神に捧げものをして厳かに祈るもの。お酒のお祭りではない」とぴしゃり。ああ恥ずかしい。

 今、午後4時、1人で部屋にいる。みんなは昼食後、デンパサールのアートセンターへ行った。レゴンダンスなどの民俗芸能や物産展、絵画彫刻など芸術品の展示がある。どうやら歩きそうなのでおれはパス。ボンさんに持参したパソコンをインターネットにつないでもらた。これで退屈しないで済む。

 雨は降ったり止んだりなので気温が低くて湿度が高い。昨夜洗濯した丸首シャツとパンツをベランダに乾したのだが一向に乾かない。もうそろそろアートセンターに行った光森さんとわが一行が帰ってくる時間だ。この辺で今日のブログは止めるが、できれば滞在中毎日書き込むつもりだ。ご愛読を!
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2017年07月05日

海外旅行・台湾(2016年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2017年07月02日
海外旅行・台湾(2016年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 8日は移動日。専用バスで台中駅へ行き、午前10時31分発の新幹線で台北へ。約1時間。昼食の時間だ。繁華街の鼎泰豊というレストランで小龍包料理。この店は特に日本人観光客に人気で予約なしでは食うことができない。確かに日本人向きの味でおいしいのだが何というかパンチに欠ける。

 午後皆さんお待ちかねの故宮博物館へ。とにかくでかい。イヤホンガイドと日本語の説明パンフを見ながら館内をぐるぐる回る。人混みもあって疲れること。腰がおかしくなった。書道の部屋に柔らかいソファがあったのでそこに座り込んだ。書を眺める振りをしてじっくり休憩する。うちの女房も含めメンバーたちは中国本土から蒋介石が持ってきたという宝物類を見たといってて興奮していた。

 夜はきらびやかなネオンに彩られた北京料理の店へ。席に着くと添乗員の高木マヤさんが「今日が誕生日の方がいます。誰でしょう」と。そうだおれの79歳の誕生日だった。お祝いの中国酒をもらってご機嫌。料理も紹興酒もうまかった。何回も海外旅行しているが誕生日を祝ってもらったのは初めてだ。

 9日は台北近郊の観光名所「九份」見物。昔ここで金の採掘が行われ、その労働者で栄えた街だ。小さな鉄道が走っていて、その線路の上で紙の行燈に願いを書いてガスバーナーで内部の空気を温めて空へ飛ばす「天燈」という商売をしている。女房と2人で「世界に平和を」なんて書いて係のお兄さんに飛ばしてもらった。

 午後台北に戻るとかなり強い雨。傘をさしてもびしょ濡れ。そんな悪環境を乗り越えて「二二八記念館」へ行った。おれは不勉強で知らなかったのだが、日本が戦争に負けた直後、台湾ではインテリに指導された民衆の民主化運動が起こった。それを中国本土からきた軍隊が武力で鎮圧した。その発端が1947年の2月28日だったというわけだ。殺された民衆は何万人か今でもはっきりしない。

 台湾はずっと本土から逃れてきた蒋介石と国府軍によって支配されてきた。それが本省人つまり台湾出身者が選挙で総統に選ばれるようになって、やっと「二二八」の再評価がされる。弾圧犠牲者の名誉回復も行われた。この記念館がつくられたのが1996だという。今の祭英文総統も本省人である。

 旅の最後でやっと「歴史を学んだ」おれたちは、2月10日14:40台北を発って18:55に無事成田に着いたのでした。はいご苦労さん。
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2017年06月27日

海外旅行・台湾(2016年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
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2017年06月26日
海外旅行・台湾(2016年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 近くて遠い国台湾へ初のツアーを組もうと話がでたのが15年暮れの新聞OB九条の会「望年会」の席上。ちょうど参加していた旅行社たびせんの大西さんが聞いていて、すぐ旅行プランをメールで送ってきた。そうなっては後へ引けず、年明けに早速募集のお知らせをばらまいた。旅行タイトルは「歴史を学び夜市を楽しむ台湾6日間」。おれとしては「歴史を学ぶ」に焦点を当てたつもりだが・・・・。

 応募してきたのは、新聞関係の狩野、岩田、平沼、小林(豊)、長田(ヨキ)さん、おなじみ元東電の近藤夫妻と寺田さん、出版の生駒夫妻、元日立争議団の篠田夫妻、それに戸塚夫妻の計14人。添乗員はたびせんと契約している高木万綾(まや)さん。6月5日9:35、成田から台北桃園国際空港へ。

 空港から出て新幹線に乗り、午後3時半には高雄に着く。ホテルは国賓大飯店。夕方までひと休みしてお楽しみの夕食。街中の龍興という名のレストラン。海鮮料理と紹興酒で満腹した後、六合路夜市を散策。道一杯に屋台が並んでいる。ぴちぴち跳ねてる海老を目の前で揚げる。極端に臭い豆腐などの珍味。

 おいしそうなのだが、満腹なので見て歩くだけ。見たところ屋台でアルコールを飲む客が少ない。みんな素面で黙々と物を食べている。日本のような酔っ払いも見当たらない。ホテルに戻る。歩いたため腹がこなれたので、夜市で買ってきた魚のから揚げで例の反省会。高雄の夜は騒々しく更けていった。

 6日は午前中市内観光、昼食後フェリーで旗津(チージン)半島へ。2人乗りの輪タクに乗って島内を一周。おれは寺田さんと同乗したのだが、なにしろおれ1人で86キロ、年取った車夫が懸命にペタルを漕ぐ。それを見て済まなくなって降りる時チップを渡した。夕食は海鮮料理。ビールが生ぬるかった。

 7日9:08の新幹線で高雄から台中へ。台中駅から約1時間専用バスに乗って日月譚に。台湾最大の淡水湖で、最も人気のある観光地の一つ。なるほどでかい湖だ。湖畔のレストランで昼食。午後は貸し切りの遊覧船に乗って湖を半周する。日月譚のホテルは力麗哲園會館。名前ほどでない普通のホテルだ。

 夕食はホテル内のレストラン。湖が一望できるロケーションは素晴らしいが、バイキング形式の料理はいまひとつ。早々に引き上げて部屋で反省会をした。
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2017年06月23日

海外旅行・イタリア南部(2015年)B

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月18日
海外旅行・イタリア南部(2015年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 ホテルはイマイチだったが、夕食のレストランは素晴らしかった。海岸べりの居酒屋風で、メニューは魚料理が主体。いわしのオープン焼き、チーズと海老のソースのパスタ、カジキマグロのロール。ビールとワインをガブガブ飲んで酒代だけで155ユーロ。1人1500円というところか。

 往きは専用パスだっが、帰りは運転手の運転時間制限のため20分ほど歩かされた。運転時間が厳格に守られているのはさすがだ。酔っ払ってシチリアの海岸を歩くのもまた楽しいものだ。ホテルについていつもの通り酒を持ち寄って反省会。談論風発とどまるところを知らず。隣の部屋から文句を言われた。

 22日はネアポリス考古学公園の見学。ネアポリスというのはラテン語で下町のことだという。ナポリはそのネアポリスがなまったものだとガイドの高橋さんはいう。ほんとかな。公園は広い。ローマに支配されていた時代の遺跡がたくさん。それぞれ価値はあるのだろうが、とにかく歩かされてくたびれた。

 昼食後バスで最後の訪問地タオルミーナへ。移動の約2時間ぐっすり眠る。夕方早めにホテルについて近所を散歩。青い海になだれ込んだような崖、海岸沿いを走る鉄道線路、1パック5ユーロのイチゴを売る小さな八百屋、親しみやすいおだやかな街だ。夕食はホテルのレストラン。ちょっと味気ない。
 
 翌日は朝の市内観光の後、ギリシャ時代につくられた円形劇場を見る。今でもここでギリシャ神話を上演するそうだ。午後は自由行動。おれは1人でケーブルカーに乗って丘の上に上った。石造りの建物が並ぶ古い観光の通りを歩く。広場で休もうとしたら名前を呼ばれた。おれたちのグループメンバーか先に来ていたのだ。道路にはみ出したカフェの前で、若者が数人、ロックの伴奏で踊っていた。

 1度ホテルに戻って、再びケーブルカーで丘の上へ。この日の夕食もシーフードレストラン。広場と遠くに海を見下ろせる特等席に座ってワイワイガヤガヤ。料理にもワインにも満足した。タオルミーナには2泊して24日、バスでカターニャ空港へ行き、ローマ経由で25日10:30に成田に着いた。

 楽しくて内容のある旅行だったが、13時間の空の旅はやっぱり疲れた。もうヨーロッパは最後だな、と感慨を噛みしめながら帰国手続きをした。まこれで「ナポリを見ないで死ぬ」ことだけは免れたわけだ
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2017年06月19日

海外旅行・南イタリア(2015年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月17日
海外旅行・南イタリア(2015年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

18日は絶景のアマルフィ海岸ドライブ(前のブログでポンペイ遺跡見学を16日と書いたが17日の間違い)。これは思わぬ飛びきりの体験だったね。切り立った崖の縁のくねくねと曲がる狭い道をバスがつっ走る。紺青の空と海、白い波濤。アマルフィの街で食べた昼食も美味。ビバ・イタリア―ノだ。

 ナポリ夕方7時発の国内線でシチリア島の玄関口パレルモへ。パレルモはシチリア島北西海岸にある州都で、有史以来さまざまな国の支配を受けてきた。それだけ史跡が多い。――ホテル・プラザオペラにチェックインしたのが10時。ありあわせのアルコールとつまみで軽く反省会をやって寝た。

 19日は朝一番でモンレアーレに移動し、ドゥオーモの見学。ドゥオーモそのものより付属して12世紀に建てられたという「回廊付き中庭」が気に入った。色鮮やかなタイル貼りの円柱が林立する様は、以前に見たスペインのアルハンブラを思い起こさせる。午後ノルマン王宮にも案内されたが、ガイドが褒めたたえるほどのものでもない。夕方5時に一度ホテルに戻り7時半から夕食のため徒歩でレストランへ。

 夕食の献立。いわしの団子、かぼちゃの甘酢煮、茄子のカポーナ―タ、パスタ、スズキの鰭のポテト包み焼き、デザート。もちろんこれにビールとワインだが、ワインはレストランで頼んでも20ユーロ以下だ。日本で飲むイタリアワインは防腐剤が入っていてカビ臭いが、こちらではすっきり味で最高だ。

 20日の午前中はパレルモ市内観光。マグロのブロックを無造作に売る市場が面白かった。午後はバスで2時間半かけてアグリジェントへ。シチリア島南部の地中海に面したリゾート都市だ。ホテルは畑の真ん中に突如現れる。山小屋風の2階建て、花に囲まれた中庭、眺望の先に小さく神殿の柱が見えた。

 翌日はこの神殿に向かってバスが行く。世界遺産「神殿の谷」と呼ばれ、エルコーレ神殿、コンコルディア神殿、ジュノーネ神殿と続く。それぞれ価値のあるものなのだろうが、なにしろパスを降ろされ歩きづめ。おれには「苦しみの谷」だった。やっと見終わり、バスでピアッツアルメリーナへ。

 途中で昼食。なんとかメリーナでは古代ローマ別荘カサ―レなる遺跡へ連れて行かれたが、もう遺跡はたくさん、早くホテルについて休みたい。とにかくおれもトシだなあ。夕方6時、やっとシチリア島最大の都市シラクーサに着いた。ホテル名がウナ・ホテル・ワン。ワンという割にはぱっとしないホテルだった。
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2017年06月17日

海外旅行・イタリア南部(2015年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月14日
海外旅行・イタリア南部(2015年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「ナポリを見て死ね」という言葉がある。終活の一環としてどうしてもナポリへ行かねバならないという固い信念を持った。そんなことで例によって旅行社たびせん・つなぐに相談して「お仲間で行く陽光輝くイタリア南部11日間」なるツアーを企画。お仲間を募った13人が応じてくれた。

 新聞関係の岩田(毎日)、平沼(東京)、浅見(会友)。東電関係の近藤夫妻、大坂、寺田さん。出版の生駒夫妻、油田さん。松戸市の堀田夫妻。それと添乗員の荒井さん。女房が13時間も飛行機に乗るのは耐えられないというので今回はおれ独りだ。5月15日11:15、アリタリア航空で成田を発つ。

 ローマには現地時間の19:00に予定通り着いてここでナポリ行きに乗り継ぎだ。出発は21:25のはずが一向に搭乗案内がない。登場ゲートも二転三転して混雑する空港内をうろうろ。とうとう日付が変わった0:30にやっと機内へ。1:30にナポリへ着いた。荷物を受け取って外へ出たら午前2時。イタリアって国は大変なところだ。バスでホテルへ。ホテルの名はメルキューリ・ナポリ・セントロ。

 16日は9:30にホテルを出て港まで歩きカプリ島行きの船を待つ。天気はどんより曇っていて風も強い。11:20にはカプリ島に着いたのだが、悪天候のため青の洞窟見学は中止。ケーブルカーで島の一番高い所へ。崖があって波が砕けていてカモメが飛んでいる。ウンベルト広場はおみやげ屋だらけ。

 昼食のワインとパンはうまかったが、散策疲れでもう帰りたくなった。と言っても帰りの船は16:30と決まっている。おれは石のベンチに座ったまま観光客の足を見ていた。夕食は市内のシーフードレストラン。たぴせんが個室をとってくれたので、自己紹介やら何やら思い切りパーティを楽しめた。

 16日のポンペイ遺跡見学がこれまたとことん歩き疲れた。足元が極度に悪い。右足に違和感を感じて靴のつま先を見たら見事に靴底がはがれてぱくぱく。とりあえず輪ゴムで押さえる(ホテルに帰ってから近藤さんがセロテープで応急修理をしてくれた)。世界遺産の古代遺跡はもうたくさんだ。

 夕食はサンタルチア港へ。ヨットがいっぱい。お城がある。いかにも観光客向きのレストランで夕食。ここもシーフードだ。たびせんはおれたちの年齢を考えてシーフード主体に夕食を用意してくれたらしい。夕暮れの港と下町の灯の風景がワインの風味をいや増している。気分よく酔えたディナーだった。
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2017年06月12日

海外旅行・第6回パリわくわく旅行(2015年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月07日
海外旅行・第6回パリわくわく旅行(2015年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 9日は3台の車に分乗して世界遺産の棚田ジャティ・ルイへ。石坂さんは別行動というのでこちらは13人。幹線道路を外れると舗装状態が悪く、居眠りしていられない。さすが世界遺産、壮大な眺めだ。棚田へ入る遊歩科に1人2万ルピア。駐車科1台5000ルピア。なるほど棚田は観光資源なわけだ。

 田んぼのあぜ道を歩いて見晴らしのいいレストラン「ビリーテラス」で昼食。13人で201万ルピア。1人1400円。街中のレストランより高い。午後早目にビラビンタンに戻り、夕方からの日バリ交流パーティに備える。と言っても昼寝するわけでなく、好きな連中でビンタンビールだけどね。

 パーティを盛り上げるのはスウェッチさん率いる地元の楽団「SEKEHE TINGKLIK」だが、今夜は前座に10歳前後の子どもたちによる演奏。これが思ったより本格的。思わずガムランの世界に引き込まれた。豚の丸焼きの包丁入れは小池弁護士。アラックのカクテルはいくらでも喉を通る。

 パーティの後は車座になっての日バリ歌合戦。元気のいい子どもたち中心のバリ陣営が断然優勢だ。歌合戦が終わるとジャパンだけになって延々と反省会。このパーティ費用は料理、酒、楽団費用全部くるめて12万2520円。1人あたま8750円だからこの旅行では一番の贅沢といえる。

 ちなみにビラビンタンの宿泊料は、ツイン5000円(1人2500円)、シングル3500円(ツインの部屋に1人で泊まる)で、いずれも朝食付きだ。今回はツイン4部屋、シングル5部屋だった。空港までの送迎や観光の車代は全部合わせて10万5000円(1人当り7500円)。

 10日は午前中各自帰国準備して昼食はビンタンダイニング。ビール代こみで9万4500ルピア(1人600円)。2時にチェックアウトして海岸の崖の下にあるタナロット寺院を見学する。拝観料全員で35万ルピア、海岸の寺院敷地に入るのに1人3万ルピアとられる。やはり観光地だな。

 夕方はジンバランの浜辺レストランで夕日を愛でながらのシーフード料理。ワインを数本飲んだので勘定は618万4000ルピアとちょっと高かった。デンパサール空港で最後の支出、1人20万ルピアの出国税を払って成田行きのガルーダ航空に搭乗、帰国の途へ。なお1人8万5000円の団費は1万円ずつ返金し、日本における反省会経費に7000円使ってすべてチャラになりました。
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海外旅行・第6回バリわくわく旅行(2015年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月02日
海外旅行・第6回バリわくわく旅行(2015年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 ビラビンタンが継続されるというので早速わくわく旅行を再開した。メンバーは河合団長以下、新聞OB会関係が石坂、斉藤哲、小林豊、米田、岩月夫妻、戸塚夫妻に初参加の長田ヨキさん、出版の上野、油田さんに、常連の高岡女史、新顔で小池振一郎弁護士が加わった。総勢14人。

 旅行の会計をやってくれた油田さんがつくってくれた収支明細書が残っている。おれの手帳と併せてバリの6日間を振り返ってみたい。お寺の拝観料や食事代など、パリの物価が分かって興味深い。

 収入はメンバー14人×8万5000円で計119万円。6日朝20万円両替したら2134万ルピアになった。両替後みんなで、光森さんたちが植樹活動をしているキンタマーニ高原へ。入村科44万ルピア。昼食代250万ルピア。1人当り約1700円。帰り道でドリアン3個買う。18万ルピア。

 ティルタ・ウンブル寺院拝観料21万ルピア。スーパーに寄って反省会用のワイン2本とつまみで30万ルピア。夕食はアヒル料理のべべ・ブンギル。さんざん飲んで食って316万7000ルピア。1人2000円ちょっとというところ。ビラビンタンに戻って反省会。蛍がいないと不満が出る。

 7日、メンバーのうち5人がネカ美術館。25万ルピア。この日の昼はマンデラ・ケイコさん経営のホテル「ロイヤル・ピタ・マハ」の豪華ランチ。709万6000ルピア。1人約5000円。夜は8人がレゴンダンスで1人10万ルピア、3人がケチャダンスで1人7万5000ルピア。おれは両方パス。
 
 翌8日は11人がサファリパーク。695万4000ルピア。おれはパスして女房と2人でウブド繁華街を散策する。王宮前の通りで後ろから「戸塚さん」と呼びかけられる。旧知の元豊島区労協の西村恭輔さん。退職後しばしば長期滞在しているそうだ。昼食は道が突き当たったところにあるマンガマドウ。

 スーパーでパリワインを6本買う。72万4000ルピア。1本約1100円。約束通り2時にビラビンタンスタッフのカデさんが迎えにきてくれた。夕食は新装なったビンタンダイニングで。235万8000ルピア。油田会計報告書によると、8日に9万円(947万7000ルピア)、9日に20万円(216万ルピア)の両替をしている。1円当たり105ルピアというところだ。 
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2017年06月01日

海外旅行・バリ島(2014年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月29日
海外旅行・バリ島(2014年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ島ウブドでコテージを経営する光森さん。神戸新聞の記者で、1980年代に労組委員長・新聞労連中執を務めた。おれはその頃からの付き合いだ。光森さんは94年に仲間5人とウブドに5棟のコテージを建て、光森さん夫妻だけが移住した形になった。そのコテージの土地は地主との20年契約の借地。

 契約期間満了で、さらに10年の契約をすると1500万円ほどかかる。いろいろ工面して契約更新したが、それを機会にリニューアルするという。周辺の環境も変わるらしい。その辺を直接見聞きしたいと、河合、石坂、戸塚の3人でウブドを訪問することになった。4月20日からの4泊5日だ。

 20日11:00成田発のいつものガルーダ航空で17:25デンパサール着。リニューアルはビラビラビンタンだけではなかった。デンパサール空港もガラスづくりの明るい建物に変貌していた。ところが、相変わらず荷物の出方は遅いし、出口はブランド店のひしめく通路を通らなければならない。待合室スペースは削られ床に座る客も。旅行者の利便をはかったというより、金儲けの意図が透けて見える。

 さてビラビンタンはどう変わったか。まずおなじみのビンタンカフェは持ち主の鈴木さんがこの地区から引っ越したため、ビラビンタンの経営になる。名前をビンタン・ダイニングと変更。店内を広げるための改装中。

 一番変わったのが、コテージの前に広がっていた田んぼ。埋め立てられてビラ・メサリという名の2階建て25棟のホテル(コテージ)が建つことになっている。今建設の真っ最中だが、完成後は1泊17000円の高級ホテルになる。ここの社長はビラビンタンのマネージャーでおなじみのボンさん。

 田んぼがなければ蛍は飛んでこない。なんだかウブドの魅力が半減した感じだ。様変わりといえば王宮前のウブド市場もそうだ。あの雑然とした迷路のような市場のまん中に2階建ての清潔な売り場がつくられ、2000ルピア(20円)の有料トイレも設置された。やはり雰囲気ががらりと変わたな。

 ビラビンタン前のスエタ通りと隣の通りの間には深い谷があって遠回りしなければならなかったが、そこに橋が架けられた。そのためなのか、ビラビンタン周辺のリゾート開発が目覚ましい。地元の人には喜ばしいのだろうが、閑静と神秘なウブドを期待する旅人にはちょっと違和感がある。そんな思いを胸に抱きながら、25日深夜0:30発のガルーダ航空便に体を委ねた3人でした。

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海外旅行・ベトナム(2014年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月24日
海外旅行・ベトナム(2014年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 17日、フエからホイアンに移動した。江戸時代から日本と交易があったという港町だ。18日のお昼まで市内見学。日本橋というのがあったが、中のつくりは中国橋だ。中国風の祭壇に中国風の仏様が祀られている。泊まりは海岸に面した花いっぱいでプールもある四つ星のリゾートホテルだ。

 ホイアンとかダナンとか聞くとおれなんかベトナム戦争の激戦地が思い浮かぶ。ところが今はベトナム有数の観光地、それもアメリカ資本がどさっと入っている。美しい海岸にリゾートホテルを建て海はプライベートビーチ。ベトナムの人は泳げない。そこで農業や漁業をしていた人たちはかなりの補償金をもらったらしいが、あっという間に使ってしまい、今は観光関係で働いているそうだ。

 18日の午後、バスでダナン空港へ。16:20に発って17:35にホーチミンに着いた。ホテルへ行く前に街中のレストランで夕食。ビアホール風の店で生ビールがうまかった。料理に出たのが茹でたウズラの卵。孵化寸前の卵で、口に入れると骨っぽい。みんなが気味悪がって食べないのでそれをもらって8箇も食べた。夢にウズラの化け物が出ると脅かされたけど飲みつぶれて夢も見なかった。

 19日は午前中戦争証跡博物館、統一会堂(旧大統領官邸)、サイゴン大聖堂などを回って、午後は郊外のクチへ。例のクチトンネルを見学。みんなトンネルに入ったがおれは遠慮した。夕方ホーチミンに戻る。ベトナム最後の夜。サイゴン川に浮かぶ遊覧船での豪華ディナーだ。

 メンバーの岩月さんのせがれがベトナム娘と結婚してホーチミンに住んでいる。つい最近子どもが生まれたばかり。その赤ん坊を連れて親子3人でおれたちのディナーに参加した。華やかに彩られた船の舞台。ベトナム女性の踊りが美しい。ビールとワインで盛り上がり、あっという間の2時間だった。

 ベトナム滞在最後の日は、メコンデルタの街ミトの観光。メコン川に浮かぶ観光の島に上陸して、小舟でジャングルの中へ。これはこれで面白いのだが、おれは2度目なので感激も薄い。夕方ホーチミンに戻り、夕食後空港へ。21日0:30発の深夜便で成田に向かう。成田着7:45。お疲れ様。

 おれはこの旅行で2度転んだ。幸い怪我はしないで済んだが、もう体力的に海外旅行は無理かなと思わせられた旅でもあった。
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海外旅行・ベトナム(2014年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月20日
海外旅行・ベトナム(2014年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 18年ぶり4度目のベトナム。おれとたびせんとの共同企画。新聞の狩野、斉藤康、田原、岩田夫妻、岩月夫妻、小林豊、清水、山川とその友人の成伯(なりき・神戸OB)、内田(北国OB)、元日立の篠田夫妻、出版の生駒夫妻、松戸の堀田夫妻、それと戸塚夫妻の計20人。添乗員は荒井江梨香さん。

 2月13日10:00発のベトナム航空機で成田を発ち、14:30ハノイ着(時差2時間)。空港の外へ出て思わぬ寒さに震えた。日本を出る時の冬支度でちょうどいい。ホテルに直行してチェックイン。こぎれいなレストランで夕食。ビールとワインの飲み代に341ドル払っている。かなり高い。

 翌朝バスでハロン湾へ向かう。約4時間。12:00遊覧船バーヤ号乗船。以前にもハロン湾クルーズをしたが日帰りコースだった。今回は1泊。夕日を拝めたし、夜の海に田原さんが転落するなどドラマチックなクルーズを楽しめた。昼食と夕食の飲み物代が合わせて403ドル。おれは酔いつぶれてダウン。

 15日昼食をとってから下船。ハノイに戻って下町の水上人形劇鑑賞。音楽が日本の田植え唄に似ている。夕食はベトナム風屋台。料理も酒も安くておいしいのだが、ビニールで囲っただけの屋台では寒さのため、ゆっくり飲んでいられない。ホテルに帰っておれの部屋でさよならハノイの大反省会を開いた。

 16日の午前中、枯葉剤被害者の施設「ハノイ平和村」へ。枯葉剤の被害が公認されたのは比較的最近のこと。病気になったアメリカ兵士が告発して、それならこれも枯葉剤のせいなのか、ということになったらしい。日本からの援助が嬉しいと園長さんにお礼を言われた。おれがしどろもどろに挨拶した。

 13:55ハノイ発の国内線でベトナム中部の古都フエへ。おれもここは初めて。ハノイの寒さがウソのようだ。日本の梅雨時の晴れ間という感じ。ホテルへ行く前に王宮に寄る。バスから見える街の風景はいかにも古都だが、王宮の建物に残る銃弾の跡はベトナム戦争から40年というのに生々しい。

 夕食は街に出て王宮料理。みんな当時の衣服を着せられて整列。おれと女房は王様とお妃だ。厳かな宮殿音楽。おれは調子に乗って立ち上がり「家来どもよ、わが王朝を支えておるのは民の力じゃ。民の幸せは朕の幸せなるぞ。そちたちも民のために尽くせよ」とわけのわからぬ訓示を垂れた。
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2017年05月31日

海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月17日
海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 おれが仕切っていた手配責任者を、今回から日経OBの河合良一さんにやってもらうことになった。おれは名誉団長格。2月22日から28日までの日程で、参加者は新聞関係の岩月夫妻、岩田、石坂、芳尾、山川、赤川、田原、米田、河合、戸塚、元TBSの高岡女史と友だちの杉田さん、出版の塩田、油田さんに新顔としておれの松戸での知り合いの堀田さん夫妻で、合計17人。気の合った顔ぶれだ。

 成田発11:00のガルーダインドネシアで飛び、18:00にデンパサール着陸。空港に待っていたスタッフの車に分乗して20:00ビラビンタン。すぐカフェビンタンで歓迎夕食会。疲れているのに懲りもせずミーティングルームに場所を移して反省会。これまでに比べて蛍が少ないようだと不満の声。

 23日、カンプンカフェで昼食の後、スーパー・デルタテワダで買い物。パリワインを買い込む。夕食はワルンタマンでバリ風中華料理。川魚のスープと蛙と生春巻きがおいしい。この店の欠点は飲み物がビールしかないこと。その分ビラビンタンに帰ってからの反省会はワインとアラックで深夜まで。

 翌日はキンタマーニ高原で例の温泉プール。帰りに珈琲園に寄り、じゃ香猫に珈琲豆を呑ませてそのまま尻から出た豆を挽いたという高価な珈琲を飲んだ。夕食はアヒル料理で終わってから影絵芝居を見た。

 バリ3日目の25日は夕方の日バリ交流パーティまで各自自由行動。おれは初参加組を引き連れて、サッカー場周辺を散策し食堂でビールを飲んだ。以前通っていたマグロたっぷりのツナサラダを食わせるカフェ・モカは閉店してしまっていた。日バリ交流パーティはいつも通りの子豚の丸焼きで盛りあがる。

 26日は午前中世界遺産の棚田へ。堀田セツ子さんが畔から落ち、その上に米田さんが抱き合うように落ちてみんなで大笑いで囃したてた。午後は前にも行ったブラタン湖と水上寺院。夜はこれまでと一変してピタマハという高級ホテルのディナー。ホテルの経営者はこちらの王様の子孫と結婚した日本人のマンディラ・ケイコさん。光森さんの知り合いでおれたちの宴席で挨拶した。風格のある美人だ。

 27日は帰国日。カフェビンタンで昼飯をとり、車に分乗してウブドにさよなら。途中建設の途中のガルーダ公園に寄り、夕方のジンバラン海岸へ。夕日を見ながら焼き魚を食べパリワインを飲んだ。そこからデンパサール空港はすぐだ。28日0:15に発って8:50に成田着。はいお疲れさま。
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海外旅行・中国東北部(2012年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月12日
海外旅行・中国東北部(2012年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 6月29日、10:29の列車で長春を発ち瀋陽へ。2時間半の快適な旅。車中で弁当を食う。瀋陽駅は来年の新幹線開通に向けて工事中のため、一つ手前の瀋陽北駅で降りる。出迎えのバスが止まっているところまで雨の中を20分近く歩かされた。激しくなった雨の中を「9.18歴史博物館」を目指す。

 1931年9月18日、日本軍が列車を爆破、それを張学良の仕業だと偽って「満州事変」を引き起こした。博物館は89年建設だからまだ新しい。当時の関東軍司令部を再現した展示物が生々しい。ガイドの路さんは32年9月に起こった「村ぐるみ大虐殺」の平頂山事件の説明に力を入れていた。

 5日目の30日、瀋陽郊外の「鉄路陳列館」に行く。ここの目玉は、旧満鉄時代に一世を風靡した機関車「亜細亜号」。おれには何となく既視感がある。5〜6歳の頃、親父に連れられて瀋陽(奉天)に相撲の巡業を見に来たときに奉天駅でたまたま停車中の亜細亜号を見たんじゃないかな。そんな気がする。

 瀋陽には2泊したが、夕食は街の酒店(レストラン)でとった。中国東北料理というのかな、炒め物や川魚、水餃子などと白酒(パイチュー)。日本人の口に合う。ハルピンのロシア料理より旨かった。

 月が変わって7月1日。午前7時にホテル(ホリディイン瀋陽)を出て再び瀋陽北駅へ。8:07発の列車で最後の訪問地大連へ向かう。ちなみに70年前おれたち家族がいたのは途中の遼陽だ。引き上げの時は奉天に戻って別の線に乗り換え、葫蘆島へ行き船に乗った。満州へ来たときは大連に上陸したのだと思うが、もちろん3歳のことなので記憶はない。大連には敗戦まで50万人の日本人がいたそうだ。

 大連の市内観光で印象的だったのは、人民広場の一角にある旧ヤマトホテル。玄関ロビーに入ってトイレを借りたり絵葉書を買ったりした。旧満鉄社員の社宅のあった地域は、今高級住宅地になっている。2億円もする邸宅が並んでいるが空き家が多い。金持ちが投機目的で建てたものなのだそうだ。

 大連駅前の渤海明珠大酒店に1泊。夕食は餃子中心の街中の居酒屋。おれたちだけの個室で今回の旅行の反省会。よく飲み、よく食い、よく喋った2時間でした。翌7月2日は早朝6時にホテルを出て大連空港へ。朝食は車中で弁当。8:40に大連を発ち、00:15に成田着。ご苦労さんでした。
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