2017年05月31日

海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月17日
海外旅行・第5回パリわくわく旅行(2013年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 おれが仕切っていた手配責任者を、今回から日経OBの河合良一さんにやってもらうことになった。おれは名誉団長格。2月22日から28日までの日程で、参加者は新聞関係の岩月夫妻、岩田、石坂、芳尾、山川、赤川、田原、米田、河合、戸塚、元TBSの高岡女史と友だちの杉田さん、出版の塩田、油田さんに新顔としておれの松戸での知り合いの堀田さん夫妻で、合計17人。気の合った顔ぶれだ。

 成田発11:00のガルーダインドネシアで飛び、18:00にデンパサール着陸。空港に待っていたスタッフの車に分乗して20:00ビラビンタン。すぐカフェビンタンで歓迎夕食会。疲れているのに懲りもせずミーティングルームに場所を移して反省会。これまでに比べて蛍が少ないようだと不満の声。

 23日、カンプンカフェで昼食の後、スーパー・デルタテワダで買い物。パリワインを買い込む。夕食はワルンタマンでバリ風中華料理。川魚のスープと蛙と生春巻きがおいしい。この店の欠点は飲み物がビールしかないこと。その分ビラビンタンに帰ってからの反省会はワインとアラックで深夜まで。

 翌日はキンタマーニ高原で例の温泉プール。帰りに珈琲園に寄り、じゃ香猫に珈琲豆を呑ませてそのまま尻から出た豆を挽いたという高価な珈琲を飲んだ。夕食はアヒル料理で終わってから影絵芝居を見た。

 バリ3日目の25日は夕方の日バリ交流パーティまで各自自由行動。おれは初参加組を引き連れて、サッカー場周辺を散策し食堂でビールを飲んだ。以前通っていたマグロたっぷりのツナサラダを食わせるカフェ・モカは閉店してしまっていた。日バリ交流パーティはいつも通りの子豚の丸焼きで盛りあがる。

 26日は午前中世界遺産の棚田へ。堀田セツ子さんが畔から落ち、その上に米田さんが抱き合うように落ちてみんなで大笑いで囃したてた。午後は前にも行ったブラタン湖と水上寺院。夜はこれまでと一変してピタマハという高級ホテルのディナー。ホテルの経営者はこちらの王様の子孫と結婚した日本人のマンディラ・ケイコさん。光森さんの知り合いでおれたちの宴席で挨拶した。風格のある美人だ。

 27日は帰国日。カフェビンタンで昼飯をとり、車に分乗してウブドにさよなら。途中建設の途中のガルーダ公園に寄り、夕方のジンバラン海岸へ。夕日を見ながら焼き魚を食べパリワインを飲んだ。そこからデンパサール空港はすぐだ。28日0:15に発って8:50に成田着。はいお疲れさま。
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海外旅行・中国東北部(2012年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月12日
海外旅行・中国東北部(2012年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 6月29日、10:29の列車で長春を発ち瀋陽へ。2時間半の快適な旅。車中で弁当を食う。瀋陽駅は来年の新幹線開通に向けて工事中のため、一つ手前の瀋陽北駅で降りる。出迎えのバスが止まっているところまで雨の中を20分近く歩かされた。激しくなった雨の中を「9.18歴史博物館」を目指す。

 1931年9月18日、日本軍が列車を爆破、それを張学良の仕業だと偽って「満州事変」を引き起こした。博物館は89年建設だからまだ新しい。当時の関東軍司令部を再現した展示物が生々しい。ガイドの路さんは32年9月に起こった「村ぐるみ大虐殺」の平頂山事件の説明に力を入れていた。

 5日目の30日、瀋陽郊外の「鉄路陳列館」に行く。ここの目玉は、旧満鉄時代に一世を風靡した機関車「亜細亜号」。おれには何となく既視感がある。5〜6歳の頃、親父に連れられて瀋陽(奉天)に相撲の巡業を見に来たときに奉天駅でたまたま停車中の亜細亜号を見たんじゃないかな。そんな気がする。

 瀋陽には2泊したが、夕食は街の酒店(レストラン)でとった。中国東北料理というのかな、炒め物や川魚、水餃子などと白酒(パイチュー)。日本人の口に合う。ハルピンのロシア料理より旨かった。

 月が変わって7月1日。午前7時にホテル(ホリディイン瀋陽)を出て再び瀋陽北駅へ。8:07発の列車で最後の訪問地大連へ向かう。ちなみに70年前おれたち家族がいたのは途中の遼陽だ。引き上げの時は奉天に戻って別の線に乗り換え、葫蘆島へ行き船に乗った。満州へ来たときは大連に上陸したのだと思うが、もちろん3歳のことなので記憶はない。大連には敗戦まで50万人の日本人がいたそうだ。

 大連の市内観光で印象的だったのは、人民広場の一角にある旧ヤマトホテル。玄関ロビーに入ってトイレを借りたり絵葉書を買ったりした。旧満鉄社員の社宅のあった地域は、今高級住宅地になっている。2億円もする邸宅が並んでいるが空き家が多い。金持ちが投機目的で建てたものなのだそうだ。

 大連駅前の渤海明珠大酒店に1泊。夕食は餃子中心の街中の居酒屋。おれたちだけの個室で今回の旅行の反省会。よく飲み、よく食い、よく喋った2時間でした。翌7月2日は早朝6時にホテルを出て大連空港へ。朝食は車中で弁当。8:40に大連を発ち、00:15に成田着。ご苦労さんでした。
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海外旅行・中国東北部(2012年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月07日
海外旅行・中国東北部(2012年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 09年の韓国に続いて、新聞OB九条の会がたびせん・つなぐとタイアップして企画した海外ツアー第2弾。今回は中国東北部(旧満州)の中心部を5泊6日で回る。新聞の石坂、石塚、今井、岩田夫妻、岩月夫妻、狩野、河合、小林豊、斉藤哲、斉藤康、清水、田原、戸塚夫妻、平沼、藤木、山川、それに出版の生駒夫妻、元日立争議団の篠田夫妻の計23人。添乗員はたびせんの荒井恵梨香さん。

 6月26日13:25に成田を発って15:30(現地時間)にハルピン空港着。空港を出ると大型バスが待っていてハルピン医科大学に直行。ここでメンバーの1人今井茂冨さん(東京中日)が会社定年後7年間日本語教師をしていた。ちょうど卒業式にあたり、構内は角帽にガウンの卒業生でいっぱい。

 大学食堂の特別室で先生や生徒たちと交流会。今井さんはおおもて。おれは団長として「日中友好の活力になるよう願う」と挨拶した。「雪花」という銘柄のハルピンの地ビールで乾杯。6台のテーブルに分かれて飲み、食い、交流の時間を過ごした。ハルピンの宿舎は繁華街に近い崑崙大酒店。

 2日目は朝早くホテルを出てまず七三一記念館へ。正式名称は「中国侵略旧日本軍七三一部隊遺跡」。ここで日本軍は中国人を使って細菌の生体実験をした。ガイドの説明を聞いておれが腹立ったのは、ここで悪業の限りを尽くした石井四郎らが敗戦直後さっさと日本に逃げ帰ったという話。おれたちは敗戦後1年間帰るに帰れず辛酸をなめた。しかも石井は米軍に実験資料を差し出したため戦犯にもならなかった。

 午後はソフィア教会を見た後、キタヤスカヤと呼ばれる中央大通りを散策。松花江のほとりのスターリン公園で一休みした。夜はロシア料理のちょっと高級な店へ。ワインの高かったこと。

 翌28日は列車で長春へ移動する日。ホテルを出てトランクを転がしながらハルピン駅へ。石畳の道はデコボコだし、交差点の信号はあてにならないし、駅に着くまでが命がけ。しかし、列車の旅は快適だった。約2時間後に長春に着く。緑の多い長春は仙台市と姉妹都市だ。

 昼食後「偽満皇居博物館」へ。玄関に「勿忘九・一八」のばかでかい石碑。江沢民の書だ。ここで皇帝溥儀が暮らしたが、日本軍が用意した玉座には決して座ろうとしなかったという。一寸の虫にも五分の魂というところか。溥儀は日本敗戦後戦犯として服役、出所後は一般市民として暮らし61歳まで生きた。
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海外旅行・第4回バリわくわく旅行(2011)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月02日
海外旅行・第4回バリわくわく旅行(2011)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 この旅行でバリは6度目になる。メンバーも固定化傾向。今回はうちの女房は7月にファミリーで行ったのでパス。新聞は狩野、田原、石坂、赤川、芳尾、河合、山川。民放の高岡女史と出版の塩田、油田さん、その知り合いの児玉、岩城、有泉さんの計14人。新聞は男、他はすべて女性という賑やかさ。

 11月18日、成田の出発が1時間遅れてデンパサール着午後6時。車に分乗して一路ウブドへ。9時ちょっと過ぎにビラビンタン到着。カフェビンタンで歓迎夕食会。アラックをさんざん飲んでからミーティングルームで反省会。11時半にお開きにしてそれぞれのコテージに散って寝た。

 19日は学問の神様・サラスワティを崇める日。近くのウブド第一高校に行って式典に参加。生徒が正座して神妙にお祈りを捧げていた。昼飯はカンプンカフェでシーフードカレー。初訪問組はネカ美術館。おれは散歩と昼寝。夜はレゴンダンスを鑑賞した後、アヒル料理のべべブンギルへ。ロケーションが最高。

 パリはこれから雨季だというのに快晴が続く。20日は午前中マルガラナ英雄墓地。広場で、オランダから独立した日を祝う記念式典をやっていた。日差しが強い。偉い人が並ぶテントに入れてもらって式典を見学。英雄墓地の近くの露店のレストランで素朴な料理をいただき、午後は前回も来た水上のお寺。

 21日は朝早く出発してキンタマーニ高原の温泉プールへ。ここの温泉もプールも素晴らしいのだが、今年は蝿が多いのに閉口。プールサイドで昼飯を食おうとしたのだが、ライスや料理にびっしり蝿が。これでは食えないので屋内のレストランへ。そこにも蝿がいたが、まあ何とか食えた。よかった。

 22日は基本的にフリー。市場、スーパー、王宮付近の散歩。ラフティングに行った人もいる。おれはもっぱらテラスで昼寝。夜はお待ちかねの日パリ交流パーティ。スェッチさんの率いるガムラングループの演奏に乗って豚の丸焼きが出てくる。アラックのカクテルは甘く口当たりがいいので何杯でも飲める。

 最終日は午前中帰り仕度をして午後デンパサールへ。三浦襄翁のお墓をお参りした後、大きな市場に連れていかれた。ここの売り子は極度にしつっこい。逃げ回って早めに外へ出た。そこからジンバラン海岸へまわり、海鮮バーベキュー。深夜の便でデンパサールを発ち、24日午前9時前に成田へ着いた。
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2017年05月24日

海外旅行・ファミリーでのバリ島(2011年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月27日
海外旅行・ファミリーでのバリ島(2011年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 この年3月11日、東日本大震災発生。地震、津波、原発事故で未曾有の被害が出た。地震当日おれは家にいたが、地面が波打つのを目のあたりにした。それから4カ月、桃子夫妻、孫の凌(3歳半)、女房と妹の良子、計6人で7泊8日(機中1泊)のパリ島旅行をした。滞在はいつものビラビンタン。

 おれは旅行を前にして、便秘と水虫に悩まされていた。便秘の方は旅行2日目に解消したが、水虫は足から手に移ってずっと苦しんだ。手のひらは皮膚が剥け、言葉に尽くせぬ痒み。あれは地獄だったな。

 7月2日11時に成田を発って、現地時間5時半にデンパサール着。ウブドのビラビンタンへは7時少し過ぎ。前の宿泊者の日程の関係で、着替えもせずに日パリ交流パーティに投げ込まれた。凌はカルチャーショックで興奮し固まったまま。パーティ終了後田んぼで飛ぶ蛍を見てやっと喜んだけどね。

 3歳児を含むファミリーだというので、サファリパークとかバードパークとかモンキーフォレストとかこれまでとは一味違うスケジュール。それはそれで面白いのだが、物足りない面もある。それにアルコール。孫の凌は当然として、桃子の亭主も女房も妹の良子も下戸。桃子と2人ではわいわいぐびぐびとはいかない。ミーティングルームでの反省会もできない。これでは旅行の楽しみが半減だ。

 6日はヒンズー教最大のお祭りガルンガンだった。商店もレストランも閉店。村人は正装してお寺にいく。おれたちも光森さんに連れられて村のはずれのお寺でお参り。聖水を振りかけられ、米粒を額にくっつけた。凌がそれを見ていて急に火が憑いたうに泣き出した。宗教の雰囲気に呑まれたのかな。

 お寺の帰りにフタっフの1人ストウさんの家に寄り、お祭り料理のご馳走になる。居合わせたオーストラリアのファミリーと交流しながらの楽しい会食だった。ストウさんは1年後に選挙で選ばれて、この村の村長さんになる。何千万円もかけて、古くなったお寺の建て替えをするなど力を発揮している。

 この旅行の経費明細書が残っている。航空チケット8万3140円(大人1人)、6万7120円(子ども)。宿泊(1人1泊朝食つき)シングル4000円、ツイン2500円。空港出迎え車代1台2000円。サファリパーク1人4000円。バードパーク1人3500円。テーマパークは結構高い。

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2017年04月26日

海外旅行・第3回パリわくわく旅行(2010年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月24日
海外旅行・第3回パリわくわく旅行(2010年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 バリ5日目の25日、元気のいい約半数のメンバーは川下り。これは結構高くて1人60ドルもする。おれたち弱体組は王宮周辺の散策とスーパーでの買い物。そしてベランダで昼寝。田んぼから引き上がってくる風に頬を撫でられながらビンタンビールを飲む。至福のひと時。小鳥の囀りが眠気を誘う。

 夜はお待ちかねの「日パリ交流パーティ」。全員ゆかたを着て午後7時の開会を待つ。光森さんの合図で中庭のパーティ会場へ。スタッフの1人、スゥエッチさがん率いる地元の楽団がガムラン演奏で歓迎。しばらく音楽と踊りを楽しんだ後、食事が始まる。主役はみんなの輪の真ん中にデンと置かれた子豚の丸焼き。誕生月の狩野さんが包丁を入れる。ただし子豚の皮は硬いばかりであまりおいしいものではない。

 食事が一渡り済むと子どもたちや楽団員も加わって車座の交流会。日本とパリの歌が交互に披露されるのだが、パリの方が断然元気いい。その頃になると地元の焼酎アラックのカクテルが効いてきて、もうわけの分からぬ騒ぎになる。地元の人たちが引き上げた後は、ジャパンだけで例の反省会が際限なく続く。

 26日はパリとおさらばの日。昨夜のドンチャン騒ぎの後遺症で頭が重い。午前中ゆっくり帰り仕度をして、ビンタンカフェで昼飯。天ぷらざるそばでビールを飲んだら元気が出てきた。午後2時、ビラビンタンをチェックオフして南へ向かう。日本軍残留兵士の記念像へ。物凄い悪路だ。気分悪くなった。

 残留兵士の像に敬意を表した後は一路デンパサールへ。前回も来たパリの父・三浦襄翁のお墓参り。パリの人々に誠実に接し、独立の約束を果たせなかった責任をとって自殺した日本人がいたということに頭が下がる。夕方はジンバラン海岸で魚料理の夕食。ここの魚料理は、こちらが選んだ鯛や海老を豪快に焼いてくれるのだが、味付けが薄くてあまりおいしくない。その代り沈む夕日が素晴らしかった。

 バリわくわく旅行は、帰ってから必ず「日本における反省会」をやってきた。会場は河合さんの紹介で飯田橋のレストラン「トリノ」だったが、今回は新京成線五香駅前やきとり「栄」にした。旅行費用として徴収した金が余ったので会費はゼロ。5月15日午後2時、皆さん遠方の人が多いのにほぼ全員揃って矢板さんが腕を振るう料理に舌ずつみ。栄の開店前の3時間、たっぷり「反省」したのでした。
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2012年04月19日

行ってみたい世界の電波塔ベスト8

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