2012年04月15日

原発と人権集会

視 角(12/04/15)
原発と人権集会

丸山重威(関東学院大学教授)


「この1年間の原発報道は発表ジャーナリズムの限界を示したのではないか。ドキュメンタリーは仮説の検証に始まる。これからの報道は、主体者となる取材者があって報道していく方向にはっきり移っていくべきではないか」―。福島で開かれた「『原発と人権』全国研究交流集会」の分科会での小出五郎さんの提起だ▼研究者、法律家、ジャーナリストに市民が加わり参加者は500人超。痛感したのは原発の問題は収束どころか、問題は一層深刻なこと、そして「メディアの不甲斐なさ」だった。発言者は必ずしも特にメディアを責めない。だが、随所に出てくるのは「本当に大事なことを伝えないメディア」「信頼できないメディア」だ▼かつて、権力からの直接的な干渉と闘った時代、市民集会でよく言われたのは、「こんなけしからんことがあった、という圧力や干渉の『被害届』は確かに聞いた。それで一体、あなたはどう闘うのか、私たちは何をすればいいのか」という問いだった。その中で、医師や研究者とジャーナリストと法律家、文化人と結びついた運動が安保闘争を広げ、公害闘争を生み、国家秘密法を断念させた。専門家と結んだ共同行動は、JCJの責任でもある▼事故は収束せず、解決策もない。なのに政府は、論理も倫理もなく「再稼働」や「原発輸出」に走る。このおかしさは、誰でもわかることだ。JCJは「一歩前へ」と独自集会を開き、続いてもう一回り大きな集会の実行委員会に加わった。JCJへの期待は高まる一方だ。それに何とか応えたい。
(JCJジャーナリストより転載)

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2012年03月15日

社会保障改革

視角(12/03/15)
社会保障改革

丸山重威(関東学院大学教授)


 「今後は、給付面で、子ども・子育て支援などを中心に未来への投資という性格を強め、全世代対応型の制度としていくとともに、負担面で、年齢を問わず負担能力に応じた負担を求めていくなど制度を支える基盤を強化していく」―。2月17日閣議決定した「社会保障と税の一体改革」の大綱だ▼「社会保障を改革する」と聞けば、普通は「いまの社会保障より充実していいものにする」と考える。ところがどうやら違うのが「政府・与党」流の「改革」。「消費税増税と社会保障の削減改革」というのが正しい読み方のようだ。項目で見ると「医療・介護サービスの提供体制の効率化・重点化」は「安上がり化」、「70 歳―75 歳未満の患者負担について世代間の公平を図る観点から見直しを検討」は「負担アップ」の意味。年金の「支給開始年齢の引上げ」はごまかしようがなかったのだろう▼もともと低所得者に高負担となる消費税と社会保障の考え方は逆だ。これを強引に結びつけて「一体改革」とした。財政破綻とか少子高齢化を材料に本質的な問題は抜きに、世論操作で「増税はやむを得ない」「社会保障水準低下はやむを得ない」に持って行く作戦だ。ついでに共通番号制や、議員定数削減、公務員人件費削減まで並べている。「財政」をいいながら防衛費も政党補助金も問題にせず、ただ真実を隠す言葉が並ぶ▼国民の健康で文化的な最低限度の生活への責任と改善努力を国に求める憲法25条を持ち出すまでもない。この「ごまかし改革」を認めるわけにはいかない。
(JCJジャーナリストより転載)

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2012年02月18日

事故原因

視角(12/02/17)
事故原因

丸山重威(関東学院大学教授)


 「これまでの国の安全指針は、津波について十分な記載がなく、長時間の全交流電源喪失も考えなくてよいとするなど、明らかに不十分な点があった」「諸外国では次々改定されているのに、日本ではそこまでやらなくてもいい、という言い訳ばかりに時間をかけて意思決定しにくい状況にあった」▼15日開かれた国会事故調の4回目の委員会で、斑目春樹原子力安全委員長はこう述べて、これまでの国の安全指針に瑕疵があったことを認め、「陳謝」した。傍聴してわかったのは、原発の安全について、国の「監督」などは骨抜きで、事故までの対策、仕組みもいい加減。当事者には、それが重大な仕事であることへの自覚も責任感も全くなかったことだ▼淡々とただ自分が理解している「事故原因」を述べた斑目氏にも、技術者でないことを理由に、「のれんに腕押し」の答弁を繰り返した寺坂信昭前原子力安全保安院長にも、「これが日本の第一線の学者、官僚だったのか」と情けなかった。もちろん東電には責任がある。だが問題は、「基準がどうだったか」ではなく、基準を直さず放置していた責任はどうかであり、「危ない」と思っていたかどうか、ではないか▼それにしても「今の基準はダメだ」とみんな認めているのに、再稼働したり、輸出しようとしたりするのはどういうことか。また地震が来て津波が来て、事故が起きたら、「ストレステストもやったが、新しい基準は間に合わなかった」とでもいうのだろうか?そんなものが認められるはずはないではないか。
(JCJジャーナリストより転載)
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2012年01月15日

欧州危機

視角(12/01/15)
欧州危機

丸山重威(関東学院大学教授)


「そもそも経済危機はなぜ起きたのか。まず世界的な需要不足が生じていた。そこで米国は非常に変わった役割、世界の最後の消費者としての役割だった」「サブプライムローンという複雑な仕組みまで使いウソの需要を作り出していた、そのメカニズムが崩壊した」▼フランスの人類学者E・トッドはこんな風に言い、「これは単純なことだが、G8やG20の指導者はその基本的なメカニズムを分析せず、公的資金の投入で需要を無理に作り出すことしかしていない」「問題は、自由貿易こそ金融危機の原因ということを認めようとしないことだ」(藤原書店「自由貿易は民主主義を滅ぼす」から要旨)と述べている▼格付け会社が欧州9カ国の国債の評価を下げ、こんどは欧州の経済危機が語られている。その一方で、米国では大統領選を控え、オキュパイ運動が広がり、軍事面では「2つの地域紛争に同時に対処する」という長年の軍事戦略を捨て、経済政策とともに「ドル箱日本」に頼る「アジア重視路線」に足場を移した。無駄遣いはできない。米国型資本主義の危機の状況だ▼翻って日本はどうか。普天間問題の要求も、TPPもイラン原油の輸入制限も易々と受け入れ、租税負担の逆進性を知りながら消費税増税に走る…。経済を支えるために、原発を含めたプラント輸出に命運を掛ける。相も変わらぬ米国追随・新自由主義路線は、内閣を改造しても、問題を解決しない▼トッドが言う通り、自由貿易が民主主義を滅ぼそうとしている。いま、その基本を考えるときである。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年12月18日

2011年を送る

視角(11/12/16)
2011年を送る

丸山重威(関東学院大学教授)


 2011年を送る。何といっても「東日本大震災」。12月14日現在で1万5842人が亡くなり、3485人がいまなお行方不明だ。三陸一帯の海岸にある集落は津波の被害で一面荒れ野原となってしまった。福島第一原発の事故は、付近一帯を立ち入りもできない場所に変え、私たちは「地球汚染」の加害者になってしまった▼世界の動きも目を離せられない。米国経済の落ち込みはドル安を引き起こし、1ドルは80円を割った。格差の拡大は民衆の動きを引き出し、「われわれは99%。1%の金持ちは、99%の富を返せ」とウォール街を占拠したデモは地球を一周した。デモは日本の「脱原発」をも励ましている。忘れてはいけない。中東の人たちが声を上げムバラク、カダフィと独裁政権を倒した▼当時の東京を壊滅させた1923年の関東大震災では、「震災手形や復興資材の輸入超過で、経済は一層逼迫し、世界恐慌に至る低迷期に入った」と歴史書は教えている。震災は世の中と人々の気持ちを変え、その中で、ときの政府は2年後に普通選挙法と抱き合わせに治安維持法をつくった。侵略戦争につながる「モノ言えない社会」への道だった▼いま歴史の転換点に立って私たちはどうしたらいいのだろうか。一層社会の「効率化」を進め、市場化、民営化を徹底して、「弱肉強食」「自己責任」の社会をつくることでいいのだろうか。「問題あり」といいながら、ずるずると流されてしまった経験を繰り返してはならない。新しい年に向けて、原点に立ち返って考えてみたい。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年11月19日

誰の利益代表?野田政権

「視角」(11/11/18)
誰の利益代表?野田政権

丸山重威(関東学院大学教授)


 「野田首相はすべての物品とサービスを交渉のテーブルに乗せる考えを示した。オバマ大統領はこれを歓迎した」のか、それとも、「日本政府として交渉参加に向けて関係国との協議になることにした」と説明した、のか―▼ハワイのAPECを機会に行われた日米首脳会談で、野田首相がTPP問題に関して言ったことばが問題になっている。日本側は「抗議」したが「訂正」を求めるわけではなく、米側は「解釈は間違っていない」と訂正はしない。ばかばかしい「食い違い」だが、実は本質を突いている。訂正を求めれば、「じゃあ、例外措置を残す方針だな?」と凄まれ、強硬に出られるのは怖い。かといって、「言っていない」と頑張らないと、「予備協議で、参加ではない」という説明と矛盾するし、反対派を説得しきれない。かくして、公式な説明と実態がどんどん乖離して進む…というわけだ▼よく考えてみると、実は、日米関係は、もうずっと前から、米国の言い分を何とかごまかして国内に持ち込んで実現させてきた歴史だったということではないか。「センシティブ品目に配慮しつつ、すべての品目を自由化交渉対象として、高いレベルの経済連携を目指す」というのが、閣議決定だった。米側にしてみれば、「9・11」の直後、「ショウ・ザ・フラッグ」と言ったのは、米高官か、大使館の説明か、くらいのことでしかない▼それにしても、あれよあれよ、で進むTPP。一体、野田政権は誰の利益を代表しているのか? やっぱり米国なのだろうか。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年10月16日

現実的な決断

「視角」 (11/10/14)
現実的な決断

丸山重威(関東学院大学教授)


 もう無理なのではないか―。原発に固執しないで他の道を探さなければならないのではないか。辺野古をあきらめ、基地縮小を考えるしかないのではないか。拉致被害者が生存していると思うなら、とにかく早く北朝鮮と交渉の道を開くべきではないか▼いま政治の場では、困難な課題に、一種、理念的、イデオロギー的に対応し、頑なにこれまでの路線を無理押しする傾向が強まっていると思う。この考え方は明らかに解決を遅らせている。そこで強調されている「原発はなくせないから、推進する」、「普天間の代替は必要。やっぱり辺野古しかない」「他国の人間を拉致する国とは、到底付き合えない」などの主張は、空虚なスローガンで、実は何もしないことの表明ではないかということだ▼選挙で「基地交付金は麻薬」と拒否した稲嶺進・名護市長、「原子力のメッカ」なのに「脱原発・廃炉」を訴えた村上達也・東海村長、「転ばぬ先の杖。原発の近くの工場の移転を検討する」と表明したスズキの鈴木修・会長兼社長、拉致問題で「どんな民族も交渉なしに和解はない。制裁よりも交渉を」と訴える蓮池透さんなどの「正論」は、どんどん広がっている▼「政治」とは、原発推進論者だったメルケル独首相、ベルルスコーニ伊首相がそうだったように、人々の違う意見を受け止め、仮に自分の意見とは違っても柔軟に、現実的に対応することだろう。大事なのは、それぞれの任にある者が、そこで「どう現実を見るか」、勇気を持って、「何を決断するか」なのである。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年09月15日

「これからの日本」をどうするか

「視角」 (11/09/14)
「これからの日本」をどうするか

丸山重威(関東学院大学教授)


 「どじょうがさ、金魚のまねすることねんだよなあ」―相田みつおの詩を引用して人気を集めた野田佳彦内閣がスタートした。直後に職責を忘れて悪ふざけ発言した大臣が出てミソを付けたが、各社の世論調査の支持率は、朝日53%、毎日56%、読売65%、日経67%、共同62%などまず順調な船出だ▼所信表明演説では、「次の世代に負担を先送りすることなく今を生きる世代全体で連帯し、負担を分かち合おう」と訴えたが、具体策は見えず、増税と原発再稼働、日米同盟強化となると、「地道な路線」と手放しで評価するわけにはいかない。支持率の高さは、要するに「いい加減に政争をやめて、少し落ち着いた政治運営をしてほしい」という一般国民の願いの表れでしかない▼実際に被災者や現場をみると、まだまだそんな状況ではない。被災地はまだ手つかずの場所も少なくない。失業保険も切れる時期、雇用問題を中心に、緊急対策も必要。被災して家計を助けようと風俗のアルバイトをする女子大学生も他人事ではないし、「放射能の除染」は緊急の課題。大切なのは具体策だ。「震災からの復興はいまの世代で」というなら、再生可能エネルギー以前に、廃棄物の最終処分地を何万年も後の世代に委ねる原発などもってのほかだ▼大震災と原発事故から半年。社会も政治もメディアもとにかく突っ走ってきた。だが、日本と日本人が走りながらでも、本気になって考えなければならないのは、「これからの日本」をどうするか。「3・11後のジャーナリズム」は正念場だ。
(JCJジャーナリストより転載)

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2011年08月15日

メディアも「原発利益共同体」か?

「視角」(11/07/14)
メディアも「原発利益共同体」か?

丸山重威(関東学院大学教授)


 玄海原発のドタバタ騒ぎと菅首相の「原発にない社会」の発言で、事態はますますはっきりしてきた。「脱原発」に踏み出そうとする首相と、これをつぶそうと狂奔する政財界の「原発利益共同体」。被災地の困難などそっちのけの攻防だ
▼浜岡原発停止、エネルギー計画見直しと自然エネルギー重視、発送電分離、「原発のない社会」と、次々打ち出した首相に焦った「共同体」は、「玄海再稼働」で逆転を図った。「原子力安全委員会も首相も事後承認で構わない」と、傘下の安全保安院が「安全宣言」し、献金でお付き合いもある佐賀県知事も、受注会社の社長を弟に持つ玄海町長にも「政府が責任を持つなら」とOKさせた。ついでに「市民の多数は再稼働容認」の世論づくりに「やらせ」の投書メールを組織した。赤旗の報道でばれたが、そんなことはお構いなく暴走した
▼「原子力安全委員会はOKしたのか?」「保安院の宣言で納得させられるはずはない」−菅首相が怒ったそうだが、こちらの方が正常な感覚だ。結局「ストレステスト」で先送りしたがみんな余りにも無責任。菅首相ストップを掛けなかったら、よく分からないまま再稼働していたはずだ。誰が責任を持っているのかも判然とせず、どう収拾するかの方針もないままずるずると戦争を始めた昔と全く同じ構造だ
▼「自分の頭で考えろ」と言わなければならないのが悲しい。それにしても、メディアはこんなに「菅攻撃」をして何をしたいのか? 要するに、「共同体」の一員だと印象付けたいのか? (JCJジャーナリストより転載)
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2011年06月19日

名宰相の道は「脱原発」

「視角」(11/06/18)
名宰相の道は「脱原発」

丸山重威(関東学院大学教授)


 震災から3カ月を超えたのに、瓦礫は片付かず、まだ行方不明者が7700人余、避難者が8万4000人近く。生活のメドが立たず、収入も蓄えもなくなった以上、食費も光熱費も自分持ちの仮設住宅などには移れないから、避難所暮らしの人の数は減らない…。そんな状況を知りながら、与野党揃っての権力争いは恥ずかしくないのだろうか
▼別に菅首相を支持するのではない。確かに実行力や決断力に問題があったかもしれないが、他の人ならもっとうまくいったという保障もない。菅首相の代わりに誰を据えるという密約もないらしいから政治空白ができるのは確実な中での「菅降ろし」の合唱は、どうにも理解できなかった。なぜ、こんなにしつこいのか
▼しかし、「浜岡原発停止で『原発利益共同体』の逆鱗に触れたんだよ」という解説はわかりやすい。「原発で50%賄うというエネルギー計画の白紙化や、自然エネルギーの推進は、『菅に任せてはおけない』ということになった」ともいう。「災害復興を機会に『特区』や規制緩和で、財界主導の『新自由主義改革路線』を徹底したい。そこでも菅を使い続けるのは考えものだ」−。それが「菅降ろし」背景だった
▼分かった! それなら改めて菅首相に提案したい。独、伊に続いて「脱原発」を宣言し、そのステップを明らかにしよう。日米関係や新自由主義構造改革も見直し、歪みをただそう。メディアが「延命策」と書こうが書くまいが、大まじめに宣言しよう。そうなれば、歴史に残る「市民運動出身宰相」である。(JCJジャーナリストより転載)
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2011年06月12日

「菅降ろし」と「原発村」の政治支配

「菅降ろし」と「原発村」の政治支配

−首相は「脱原発」への舵を切れ−

丸山重威(関東学院大学教授)


 なぜかわからないが、要するに菅直人首相ではダメなので、クビのすげ替えをしたい。あわよくば「大連立」がいいが、誰を頭にするかは決められない…。
 「震災などそっちのけ」の顔をして、漂流している政治情勢を、まさに言い当てていると思われるのが、6月3日付東京新聞特報面の「与野党に『電力人脈』菅降ろしに原発の影」という記事だった。
 石原伸晃自民党幹事長が2日の不信任案賛成討論で、「電力安定供給の見通しもなく発送電分離を検討したり、3割が原発で賄われているのに、やみくもに原発を止めた」と批判したことや、経団連の米倉宏昌会長が「首相の足を引っ張り続けた」のを挙げて、ここに原因があり、問題を「政権の不手際」に問題をすり替えようとしている、というわけだ。記事では金子勝慶大教授の「菅首相は人気取りかもしれないが、自公や財界が一番手を突っ込まれたくないところに手を突っ込んだ」という分析を掲載した。
 しかし考えてみると、まさにその通りで、「菅降ろし」は、「浜岡原発ストップ」や「エネルギーの見直し」「自然エネルギーの拡大」という、菅首相が提起した改革案では困る人たちの「巻き返し」そのものとみることができる。
     ×         ×
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2011年05月21日

「非常時に私権制限を」の非常識

「視角」(11/05/16)
「非常時に私権制限を」の非常識

丸山重威(関東学院大学教授)


 大震災の中で迎えた憲法記念日。どさくさに紛れて、「憲法を含め,国家緊急事態に関する不備の是正が喫緊の課題」(産経)だの「『緊急事態基本法』を制定してはどうか」(読売)などという議論が登場している

▼産経はさらに「『自衛隊は国民の軍隊』明記を」と強調、読売は「近い将来の憲法改正が容易ではないことを考えれば」と、明文改憲が事実上困難だとの認識の下で、「緊急事態時に、国が万全の措置を講じる責務を持ち経済秩序の維持や公共の福祉確保のために、国民の権利を一時的に制約できるようにする」ことを主張している

▼自民党もこれに乗るし、読売の座談会には民主党の前原誠司氏も登場、「基本的人権の尊重は書いてあるのに、国家の自然的権利である自衛権は書かず、解釈で判断していることに問題点がある」と述べ、「国を守る責務」を書き込むことなどにも言及、「憲法は不磨の大典ではない」と述べる。いささか「どさくさに紛れて」といった感はぬぐえない

▼要するに、「非常事態法規がないから対応が遅れた。非常時には私権の制限も必要だ」と言いたいらしいが、瓦礫の整理にしても危険な場所からの退避にしても、要は、「自分が全責任を取ってやる。あとで補償をするのも当然だ。だから指示に従ってくれ」と明確に表明する姿勢と責任感、それを受け取る国民の信頼なのではないか

▼大震災の中でも、いや、震災の中だからこそ、「健康で文化的な生活」を保障した憲法を生かし、内容を充実させることが求められていると思う。
(JCJジャーナリストより転載)

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2011年04月21日

知らせないのはジャーナリズムの放棄

「視角」(11/04/16)
知らせないのはジャーナリズムの放棄

丸山重威(関東学院大学教授)


 東北を襲った地震と津波の爪痕がとても片づかないのに、問題の大きさがますますはっきりしてきているのが、東電・福島第1原発の事故だ。

▼壊れた原子炉は安定せず、とうとう世界で初めて、意識的に放射能汚染水を放出しなければならなくなった。避難地域や農産物の出荷禁止も拡大、魚介類が心配だ。「シーベルト」とか「ベクレル」とかの数値が流れるが、「当面健康に影響があるレベルではない」と説明され、その発表が、かえって国民を不安にする。なぜか? それは最初から東電も政府も、きちんと事態の真相を報道していないからだ。

▼「国民が覚える不安感は、直面するリスクに関する正確な情報が、必ずしも的確に伝達されていないことに起因する」「たとえ深刻な情報であっても−むしろ深刻な情報であればあるほど−正確に国民に伝えられるべきもの。そうであればこそ、事態の深刻さを冷静に踏まえた適切な行動を求める呼びかけは、人々を動かす力となる」−日本学術会議の声明は短いが本質を突いている。

▼責任を逃れたい東電はとにかく、政府もメディアも「混乱」を避けようとするあまり、本来伝えなければならない情報を報じることに自粛し過ぎたのではないか。各地の放射能測定データや拡散予測図も外国からの報道で知るなどというおかしな現象がメディアと政府への不信感を募らせた。

▼混乱を心配して、知らせなければならないことを知らせない。それは読者、視聴者をバカにした行為だ。いうまでもなく、「ジャーナリズムの放棄」である。
(JCJジャーナリストより転載)

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2011年03月31日

ジャーナリズムの危機

「視角」(11/03/19)
ジャーナリズムの危機

丸山重威(関東学院大学教授)


 総広告費は11・5%減、新聞は18・6%減、テレビも11・2%減、インターネットが新聞を追い越した−。まさにマスメディアの危機を象徴する数字だ。週刊「東洋経済」2月20日号は「再生か破滅か、新聞・テレビ断末魔」と特集を組んだ。新聞もテレビも、本当にダメなのか
▼「マスメディアの危機」が語られるようになってもはや久しい。「安保で死んだ新聞が公害で蘇った」と言われた70年代から、「マスコミ大国」の時代に入って、その状況は深まった。だがその時代、「危機」の中身は「視点を欠いた情報の垂れ流し」だった。だが、最近では危機の中身は収入の落ち込み。要するに「経営危機」だ。ネットの普及がヤリ玉に挙げられ、「構造危機」だという
▼だから、この「危機」に「対応策」も語られている。通信社の利用、取材網の縮小、販売や編集の新聞社同士の連携…、合併がいいとか、国際化が必要とか論じられる。だが、この「対応策」の多くで気になるのは「ジャーナリズム」についての指摘がないことだ
▼目先のメディア経営の立て直しは必要で、確かに大事だ。だが本当の問題は新聞もテレビもその「質」にある。読まなくてもいい新聞、見なくてもいいテレビではなく、読者にとって本当に大切なことを伝えているか。それを読者の目線で論じているかどうか。大事なのは、そこで開き直って、ジャーナリズムを蘇らせることではないのか
▼「危機といって、ジャーナリズムが論じられないこと」こそ「メディアの危機」と思えてならない。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年02月20日

「ネットの時代」だから大切なメッセージ

「視角」(11/02/19)
「ネットの時代」だから大切なメッセージ

丸山重威(関東学院大学教授)


 23年続いたベンアリ政権を倒したナイジェリアの「ジャスミン革命」、30年間のムバラク政権を崩壊させたエジプトの「ホワイト革命」。民衆のデモは、イエメン、バーレーン、リビア、イランなどに広がった

▼1989年、「東欧革命」は「テレビの革命」と言われたが、2011年の革命は「ネットの革命」。携帯電話がメールだけではなくインターネットも見られるスマートフォンになり、ネットには「ブログ」が登場し、「ツイッター」から「フェイスブック」へ。それが人々をつないだ

▼今世紀の初め、携帯電話を持っている学生はクラスでもひとりふたりだった。やがてそれが逆転、いま携帯がない学生はまずいない。大学からの連絡はメールで来るし就職説明会などの登録はネットにエントリーシートを書き込むから、ネットからも逃げられない。「青春の長電話」も「いまどこにいる?」というデートの連絡も携帯。コミュニケーション・ツールは大きく変化した

▼だがそこで考えるのは、そのツールに運ばれるメッセージの性格だ。アルジェリアでもエジプトでも、失業やら貧困やら自分たちの生活と長期独裁政権への不満が「デモに行こう」「広場に集まれ」というメッセージとなって国民の気持ちを一つにした。中東のデモもイスラムの宗派対立だけに矮小化はできない

▼「私のペット」や「僕の日記」が溢れる日本のブログ。だがそこで社会的・政治的なメッセージをどう語り合い、広めるのか。「ネットの時代」だからこそ、メッセージが大切。それを考えたい。
(JCJジャーナリストより転載)
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2011年01月18日

情報操作?に使われる「小沢問題」

「視角」(11/01/15)
情報操作?に使われる「小沢問題」

丸山重威(関東学院大学教授)


 21世紀の2番目の10年が始まった新年。大手紙の社説が揃って「なんとも気の重い年明けである」(朝日)、「ニッポン丸の舵かじ取りは甚だ心もとない」(読売)」「めでたいとは言い難い年明けだ」(日経)などと書く中で、永田町も政治記事も、小沢一郎氏をめぐる民主党の「内紛」に振り回されている
▼「小沢氏をめぐる政治とカネ」というと、いかにも大疑獄のようだが、要するに㈰検察が何とか立件にしようと調べたができなかった「事件」を㈪検察審査会が「起訴すべき」と言い㈫捜査し直してもできなかったが、再び「起訴すべき」と議決した。㈬それで「強制起訴」されるので、説明責任を果たせ、という話だ
▼もともと検察権力が調べて起訴できなかったのに「市民感覚」で刑事被告人として法廷に立たせる。首相も「起訴されたらその時点で身の振り方を」と言い、メディアも同調する。少しおかしくはないのか?
▼検察審査会の強制起訴の規定は09年の改正で入ったが「起訴独占主義」という刑事事件の原則の例外だ。別に小沢氏の肩を持つつもりはないが、小沢問題を政治の最大の問題にしているのは、消費税だのTPPだの、本当に問題なことを議論させず、隠すための情報操作ではないのだろうか
▼「小沢氏は米国の逆鱗に触れ政治生命を断たれようとしている。田中角栄、金丸信も同じだったが、アジア重視路線に舵を切ったため狙われた」という指摘(サンデー毎日1月23日号、森田実氏)もある。「陰謀史観」と片づけてすむ話ではないだろう。(JCJジャーナリストより転載)
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2010年12月15日

情報は民衆にこそ公開されるべき

「視角」(10/12/11)
情報は民衆にこそ公開されるべき

丸山重威(関東学院大学教授)


「公益の重みで判断したい」というのは朝日、「公益性欠く米外交文書の暴露」と読売。ウィキリークスについての社説だ。ともに情報の「公益性」や「責任」を問う。なるほど…。だが、本当にそれでいいのだろうか

▼確かに今回は、各国首脳に対する辛辣な批評をした外交文書などが話題になった。だが同時にサウジ国王やエジプト大統領の「イランが核開発を進めれば自国もやらざるをえない」などと表明したとの公電も暴露されている。以前、イラク戦争の民間人死者が6万6千人という事実や、バグダッドでの米軍ヘリの民間人襲撃の映像も流れた。つまり当然広く伝えられるべきことが、ここで初めて告発されてきたのだ

▼サイト創設者J・アサンジ氏は「権力者の横暴と戦うことこそ優れたジャーナリズムの役目」「世界のメディアは、政府や企業、機関に対して問いただすことが少なくなった。これを変えなくては…」と語っている。われわれが考えなければならないのはこのことだ

▼一方、警視庁の公安情報が漏れ、犯人探しや出版差し止めが問題になった。だがここでも、警察がモスクを終日監視していた事実や銀行やレンタカー会社が警察には簡単に情報を渡している事実が暴露された。間違えてはいけない。プライバシーを侵しているのは警察の方である

▼国家機密も公安情報も流出は止められない。内部告発者を非難してどうなるのだ? その情報を読み解き、どう伝えるかが、ジャーナリストの責任。その相手は「国」ではなく、「民衆に対して」である。(JCJジャーナリストより転載)
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2010年11月18日

危機煽る事件、出来事 ― 平和のための報道を 中国でメディアを考えた

危機煽る事件、出来事 ― 平和のための報道を

中国でメディアを考えた

丸山 重威(関東学院大学教授)


 独禁法など日本と中国の経済法の研究会で、11月上旬北京を訪問した。「反日デモ」はほぼ鎮静し、ロシア大統領の北方領土訪問後で、尖閣ビデオ映像の流出が報じられた時期。当局に近い人にも会い、隣国との付き合いやメディアの役割や責任も考えさせられた。

 ▼私が見た数日間に限れば、現地の新聞やテレビには尖閣関連の報道はあまり見当たらず、ロシア大統領の北方領土訪問が大きく報じられていた。3日付「北京晩報」は国際面トップの米中間選挙に続き「北方領土」問題を取り上げ、4日付「北京青年報」は国際面トップでこの問題を歴史的にたどって解説した。

 尖閣問題について、ある日本研究者は「日本は尖閣を実効支配し、保安庁の船が付近に常駐していた。前原大臣はなぜいま事を荒立て、領土問題に火を付けたのか。沖縄の米軍基地問題のためだろう」と語り、「騒ぎを起こしたのは日本。中国は国民に冷静な行動を求めている」と強調した。

▼もう古典になった「マスコミの自由に関する四理論」は、世界のマスコミ状況を、権威主義理論、自由主義理論、社会的責任理論、ソヴィエト全体主義理論に分けて解説した。しかしいま、自由主義国では政府や財界の圧力が強まり、社会主義国では、言論の自由が抑えきれなくなっている。

 事実を報じ、議論して方向を見つける、というメディアの役割は方法は違うが、民主主義を掲げる日本も中国も同じだ。

尖閣ビデオは恐らく、いずれ一般にも公開されるべきものだし、メディアは伝える責任がある。だが、それが世論を誤導し、国民の相互理解を妨げ、戦争や武力衝突を招くとすれば、そこには別の責任が生じてくる。

 だから、一概に「事実を伝えるのがメディアの仕事。世論の暴発を恐れて報道を抑えるのはもってのほか」と言ってすませられないし、「事実を隠して世論操作するのは問題。暴露は当然」とビデオを流出させた者を擁護してすむ話でもない。

▼つまりこの問題は「戦争のために、ペン、カメラ、マイクを執らない。メディアは平和のために」という原則と「あくまでマスコミと言論の自由を守る」という原則の間でのせめぎ合いだ。

 メディアの役割と責任を考えるとき、13億の人口、56の民族、気候、風土が違い、風俗も習慣も多様な国をどうまとめるかに腐心する中国と、すぐ1つにまとまり、むしろ異論を許さない日本とでは違うのは当然だ。

 いま日本には、危機を煽り、米軍に頼るしかないという世論をつくるイデオロギー攻撃がかけられているのではないか。

 大切なのは、一つひとつの事件や出来事に惑わされず、日本の支配層、つまり米国や財界や政府にとって、それが何かを見極め、平和と民衆の立場から、広く世界を見ることではないだろうか。 (了)
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2010年11月16日

「視角」 農業切り捨てのTPP

「視角」(10/11/15)
農業切り捨てのTPP

丸山重威(関東学院大学教授)


 60年代の後半、産経文化部の若い記者が、大阪の大学教授の「コカコーラはアメリカ帝国主義の経済侵略ですよ」という言葉を紹介して原稿を書いた。「暮らしは変わる」という続き物。デスクは「これはまずいよ」と「帝国主義」を削り、「アメリカの経済侵略だ」に直し、別の版では「アメリカ」も消え、「コカコーラは経済侵略だ」になって紙面に載った。記者は抗議したが「自由化の波」にコメントも歪められた。▼政府は11月9日の閣議でTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への基本方針を決め、交渉に入ることにした。首相は「農業と自由化の両立」と言うものの具体策はなく、前原外相は「国内総生産(GDP)における第1次産業の割合は1・5%だ。1・5%を守るために98・5%のかなりの部分が犠牲になっている」と発言(10月19日)、農業切り捨ての姿勢を露骨に示した。かつて佐藤首相は「財界の男メカケ」と糾弾されたが、これでは「財界と米国のお小姓」。この政治姿勢こそ問題だ。▼元をただせば「貿易自由化」も、新安保条約の経済協力条項に始まる。自由化は社会に物質的な豊かさをもたらし、生活を変えた。だが「弱肉強食」の安上がり競争で、国内産業は空洞化し、中小企業は疲弊し、農業は衰退、食料自給率は40%まで低下した。TPPが実施されると農水省試算では自給率は14%まで下がるという▼大手メディアは、都市の読者、聴視者の大きな声は取り上げるが、農村の声は軽視する。だがこれは、日本の将来、国の在り方の問題だ。
(JCJジャーナリストより転載)
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2010年09月10日

気になる、感覚的な「雰囲気」

「視角」(10/09/09)
気になる、感覚的な「雰囲気」

丸山重威(関東学院大学教授)


 学生が言う。「北朝鮮や中国って危険じゃないですか、基地をなくせ、って言っても無理でしょう?」「核だってそうですよ。無くすのがいいに決まっている。だけど抑止力がなけりゃ危険ですよ」「小沢さんって検察で無罪だっていっても、政治とカネの問題は無視できないでしょう?」▼「ちょっと待った。君がそう考える根拠は何だろう。北朝鮮と中国がなぜ危険なのか、抑止力とは何か、政治とカネの問題とは何か。事実に即してもう少し論理的に説明してごらん」などと話す。「それはそうだけど…」と沈黙。ひどいときには「先生とは意見が違う」と言い返して黙ってしまう▼小泉首相の「神話論争はやめよう」とか「自衛隊が行くところが非戦闘地域」とか、「人生いろいろ会社もいろいろ」などという、感覚的な言葉の「ワンフレーズ・ポリティクス」が、ものの本質を考えなくしてから久しい。時代が容認したのか、言葉が「論理抜きの時代」を作ったのか。それは分からないが、気になるのは、論理抜き、議論を拒否して感覚的な「雰囲気」とか「空気」で物事が動かされる風潮だ▼この夏、NHKのドラマ「15歳の志願兵」やNHKスペシャル「玉砕−隠された真実」が話題になった。どちらも、偽りの言葉が時代の「空気」を作って、理論も思想も議論もなくし、命まで奪っていった。だが「論理」や「議論」がないジャーナリズムはあり得ない▼いまこの「時代の空気」にジャーナリズムの再生を考えたい。「民主党代表選報道」は大丈夫だったのだろうか?(JCJジャーナリストより転載)
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