2017年04月26日

天皇「退位」問題の本質は何か

2017年4月19日
沖縄知事選から何を学ぶか

梅田 正己(編集者)


 天皇「退位」の問題が、与野党間で政治問題化している。
 昨年8月のテレビ放送による「天皇メッセージ」は国民の多くの共感を呼んだ。翌9月の朝日新聞の世論調査では、退位の「恒久制度化」を求める声が76%に上り、「今の天皇に限り」というのは17%しかなかった。
 この国民世論に従えば、皇室典範の一部を改正するだけでさしたる問題もなかったはずである。
 しかし政府はそうしなかった。有識者会議なるものを設け、専門家からのヒアリングを重ね、なんとか理屈をつけて退位の「恒久制度化」を阻止しようとしてきた。
なんで、だろうか。
 根底にあるのは「一世一元」制の問題である。一人の天皇には一つの元号、譲位は死去によってしか行われず、したがって元号もその際にしか改元しないという、この「一世一元」制が、生前譲位を認めれば崩れてしまうということから、政府は手段を尽くしてその実現を阻もうとしているのである。
        
 しかしこの「一世一元」制にはまだ150年の歴史しかない。それ以前の千数百年に及ぶ天皇家の歴史においては「生前譲位」がむしろ常態だった。そのため天皇と共にその父の太上天皇(だいじょうてんのう、略して上皇または院)が存在するのが普通であり、平安時代の末期にはその上皇による「院政」が百年も続いた。
 また元号も、一代の天皇の間にも吉兆や凶兆に応じて改元された。明治天皇の父の孝明天皇の場合は在位21年の間に嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応と6回も改元されている。
 それを、慶応4年から明治元年へと切り替えた1868年9月、維新の新政権は「一世一元」制へと根底から転換したのである。
 なぜか。新たに創ってゆく中央集権国家の政治的・理念的支柱として、神の権威・権力をそなえた絶対的な「神権天皇」が必要だったからである。
 もともと元号というのは、君主が土地、人民とともに時間をも支配するという観念からつくられた。その原理どおり、天皇は即位から死去するまでその生涯をつうじて在位し、元号も一つで通すことにしたのである。
 こうして、明治天皇の在位期間がそのまま「明治時代」として国民に意識されることになった。徳富蘆花は日誌風の随想集「みゝずのたはごと」に、明治天皇逝去の翌日、大正元年7月31日の日付でこう書いている。
 「陛下の崩御は明治史の巻を閉じた。明治が大正となって、余は吾生涯の中断されたかの様に感じた。明治天皇が余の半生を持って往っておしまひになったかの様に感じた」
 明治天皇の死が、「明治」という一つの時代の終焉を痛切に蘆花に伝えたのである。
       
 この「一世一元」制は昭和20年まで続いたが、アジア太平洋戦争での敗戦により大日本帝国が崩壊し、「神権天皇制」が「象徴天皇制」へと転換するとともに連合国の民主化政策によって皇室典範から除かれた。
 しかしやがてその復活の動きが始まる。1966年、建国記念の日(旧紀元節)の制定が実現すると、のちに今日の日本会議へと発展する政治勢力の運動によって一九七九年、「元号法制化」が実現する。これにより実質的に「一世一元」制もよみがえった。
 その「一世一元」制が、敗戦時はまだ11歳、その後は「平民」出身の皇后とともに戦後民主主義の時代を生き、一九八九年に「即位以来…日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごしてきた」(放送メッセージ)天皇によって修正されようとしているのである。
 安倍政権が「生前譲位」を食い止めようと躍起になっている背後にはこういう‶歴史≠ェある。現在公表されている自民党の改憲草案では、天皇は国家の「元首」と位置づけられている。
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2014年11月29日

沖縄知事選から何を学ぶか

2014年11月28日
沖縄知事選から何を学ぶか

梅田 正己(編集者)


 さる11月16日投票の沖縄知事選は前代未聞の結果だった。なにしろ前回の知事選では仲井真候補の選対本部長だった翁長氏が、今回は対立候補となり、圧勝したのだ(得票数比率は6対4)。
 しかも翁長氏は、自民党沖縄県連幹事長もつとめた保守のエースだった。その翁長氏を、共産党を含む革新陣営が支持、「オール沖縄」を合い言葉に現職の仲井真候補に立ち向かったのだった。
 つまり今回の知事選は、復帰前1968年の初の首席公選の選挙以来、半世紀近く続いてきた〈保守対革新〉という対立軸が転換した最初の知事選となったのだ。
 では、新しく対立軸となったのは何だったか。「基地」問題と対「本土(政府)」意識の変化である。

 ◆今回の沖縄知事選で問われたこと
 翁長陣営が今回かかげたキャッチフレーズは「イデオロギーよりもアイデンティティー」だった。ここでのイデオロギーとは〈保守対革新〉の構図をさす。アイデンティティーには適切な日本語がないが「自分が確かに自分であるという自己証明」のことだ。
 では、沖縄のアイデンティティーの問題とは何か。その一つが、いま政府が建設に強行着手している沖縄本島北部・辺野古での海兵隊基地にかかわる選択の問題だった。
 日本への復帰からすでに42年、しかし沖縄の「軍事植民地」状態は微動だにしない。その上、かけがえのないサンゴとジュゴンの海を破壊して半永久的な基地を建設する。それで果して沖縄の尊厳と誇り=アイデンティティーを守れるのかという問いかけだった。
 もう一つは、対「本土(政府)」との関係だ。
 昨年1月、沖縄の全41市町村長と議長は翁長・那覇市長を先頭に、政府に対する基地負担軽減を求める「建白書」をたずさえて上京した。1県の全市町村長そろっての請願はまさに空前のことだった。しかし、それに対して安倍首相が面会に割いた時間はたったの4分だった。
 また昨年暮れには、前回の選挙では普天間基地について少なくとも「県外移設」を公約した仲井真知事が、政府による振興予算の割り増しと引きかえに「県内(辺野古)移設」を承認した。あわせて全員「県外移設」を公約していた沖縄出身の自民党国会議員5名が、石破幹事長の説得(恫喝?)に屈して、そろって「承認」へと寝返った。
 こうした政府の対応に加えて、本土メディアの沖縄の現実に対する軽視・無視、その結果としての国民の無関心。こうした本土(沖縄ではヤマトという)への失望の蓄積が、沖縄県民のアイデンティティー意識を刺激して、今回の劇的な選挙結果を生んだのである。
結果を報じた琉球新報の17日の社説に、次の一節があった。
「失われかけた尊厳を県民自らの意志で取り戻した」

 ◆沖縄知事選が教えてくれるもの
 このように沖縄知事選が劇的な結果をもたらした、その衝撃をかき消すかのように、外遊から戻った安倍首相は衆議院解散を宣言した。「大義なき解散」、まさに藪から棒の解散だった。
 沖縄知事選での従来の保守、革新混合の翁長陣営の「建白書」勢力は、この衆院選でも協力体制を組んだ。沖縄は4つの小選挙区からなるが、その全選挙区に候補を立てた自民党に対し、(11月24日現在)野党は調整して次のような候補を立てたと伝えられる。
 1区=共産党(比例現職)、2区=社民党(現職)、3区=生活の党(比例現職)、4区=無所属(翁長氏を支持する元自民党顧問)
 自民党に対抗する諸党は、この衆院選も、知事選の延長として協力体制をとったのである。
 ひるがえって、総体としてのこの国の政治状況はどうか。混迷も極まっているというしかない。それは、この数年に生まれた新党の政党名にも如実に表れている。すなわち――維新の党、次世代の党、みんなの党、生活の党。これらの党名からは、かかげる政治理念、めざす政治課題は殆んど何もうかがわれない。
 それに対し、安倍首相率いる自民党のかかげる政治方針は明瞭だ。すなわち――「戦後レジームからの脱却」「美しい(強い)国・日本」「世界の真ん中で輝く国・日本」
 しかしこれは何も安倍内閣だけが突出した方針ではない。
 すぐに連想されるのは、1982年に登場した中曽根内閣だ。中曽根氏は「戦後政治の総決算」をかかげ、レーガン、サッチャーの米英とともに新自由主義を推進し、シーレーン防衛、日本の不沈空母化を主張、85年には国家秘密法案を提出した。いまの特定秘密保護法と本質はまったく同じ法案だ(但し国民的反対運動で廃案)。
 その後、湾岸戦争を機に自衛隊の海外出動が始まって常態化し、戦後50年の95年、村山談話への反発から日本型歴史修正主義が本格化、次の橋本内閣で安保再定義(橋本・クリントン共同声明、極東安保から太平洋安保へ)、新ガイドラインの決定、それを受けての周辺事態法など有事法制の制定へ向かい、次の小渕内閣で国旗・国歌法を決め、森「神の国」内閣をへて01年、小泉首相が靖国を参拝、続いてアフガン・イラク戦争で自衛隊による米軍協力を推進し、03年、有事3法を制定、05年、自民党の新憲法草案を発表(9条2項の削除と自衛軍保持を明記)、06年、第一次安倍内閣で教育基本法を改変、翌07年、国民投票法を成立させたのだった。
 こう見てくると、安倍政権はその余りの強権性ゆえに突出して見えるけれども、本質は自民党の伝統的な政治方針を受け継ぎ、それをより尖鋭化し、強行しているだけだということがわかる。
 したがってそれに対抗するには、既成の枠組みを超えた大きな政治勢力の結集がどうしても必要となる。そしてそのためには、思考の枠組み(パラダイム)の根底からの転換が求められる。
 つまり、私たちが直面している国民的、さらには人類史的な現実を見据え、将来を見通した世界観・文明観に立って、長期的な政治課題と、当面の政治課題を明示し、それへの取り組みの方針をかかげた新しい統一的な政治勢力の出現が、いま何よりも求められているということである。
 突然、降ってわいた総選挙を前に、何を迂遠なことを、と思われるに違いない。しかし戦後69年、いわゆる55年体制からも59年、カキの殻のようにこの列島に蔽いかぶさった政治・教育体制をくつがえすには、それ以外に王道は考えられない。
 沖縄人(ウチナーンチュ)のアイデンティティーを求めて、既成の〈保守対革新〉の枠組みを突き破った沖縄知事選が示唆しているのも、そのことではないだろうか。そして沖縄の人々は衆院選でもその知事選でつかみ取った道を進もうとしている。
 ちなみに、私が考えている政治課題は、(A)原発問題を含む地球環境問題、(B)少子高齢化、年金、医療等を含む福祉・社会保障問題、(C)非軍事による安全保障問題、である。
 この3つを包括的にとらえた新しい政治理論・政策論を共有する政治勢力の登場を期待するのは、白昼夢に過ぎないだろうか。                    (11月24日記)
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2011年11月13日

TPP――メディアこそが問われている

TPP――メディアこそが問われている

梅田 正己(書籍編集者)


■ 全国紙はすべてTTP参加を歓迎

 11月11日、野田首相はついに「関係国との協議に入る」と最終意思を表明した。
 それを聞いて、反対派の旗頭だった山田前農林水産大臣は意外にも「ホッとした」と語った。「交渉参加ではなく、事前協議にとどまってくれた」からだそうだ。

 しかし首相の記者会見を聞いて、前農水相のような感想を抱いたものは殆どいなかったのではないか。
 その証拠に、12日朝刊の各紙の見出しは次の通りだった。
 読売「野田首相、TPP交渉参加方針を正式表明」
 朝日「TPP交渉 参加方針、首相『関係国と協議』、反対派にも配慮の表現」
 毎日「首相、交渉参加の方針表明…『関係国と協議入り』」
 日経「TPP交渉参加表明 首相『関係国と協議』」

 いずれも「参加方針表明」だ。
 当然だろう。交渉に入らないのに「協議する」などということはあり得ない。入りたい、あるいは参加させてもらいたいから「協議する」のである。

 次に社説を見ると、どの社も交渉参加を評価、ないしは支持している。
 まず読売。「TPP参加へ 日本に有益な『開国』の決断」の標題でこう書く。
 「新たな多国間の経済連携に加わることで『開国』に踏み出す野田首相の政治決断を支持したい」
 毎日もまた「TPP参加表明 日本が協議リードせよ」と題して、こう書いている。
 「少子高齢化が進み経済活力を失った日本は、何としてもアジア太平洋地域の成長力をわがものとする必要がある。TPPはそのための有力な手段だ。首相の決断を評価したい」
 そして朝日。こちらはそれほど手放しではない。「TPP交渉へ 何もかも、これからだ」として、こう述べている。
 「首相の方針そのものは、良かったと評価する」
 しかし、「首相はもっと早く自身の考えを示し、みずから説得に当たるべきだった。ほとんど国民の理解が広がらないままの見切り発車は残念だ」

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2011年08月15日

メディアの“菅たたき”は何だったのか?

メディアの“菅たたき”は何だったのか?

梅田 正己(書籍編集者)


 朝日新聞の「オピニオン」と名づけたページでは、いろんな人を記者がたずねて意見を聞く。ページの半分以上を使う大型の欄である。
 8月12日のこのページは、国分功一郎さんという若い哲学者(37)に、菅首相の言動をどう見るかを聞いたものだった。
 が、ここでいま私が紹介したいのは、国分さんの意見ではない。
 インタビュアーの秋山惣一郎記者の発言(記事)である。
 秋山記者は、冒頭まずこう発言している。

「菅直人首相が、ようやく退陣の覚悟を決めた。『辞任』を示唆した覚書から2カ月ちょっと。思いつき、場当たり、利己主義者。そんな批判も非難もものかは、首相のいすに座り続けた。一体何を考えているんだろうと思っていたら、菅首相の発想には、震災後の日本を作る新たな哲学が見えたという。それってホントですか。」

 このような前文があって、記者はこう切り出す。
 ――ようやく退陣を決断しましたが、菅直人首相は評判が悪かったですね。

 ところが、若い哲学者はこう応える。
「はい。ただ、なぜ批判されていたのか、その理由はハッキリしないと感じていました。それに私は菅首相は評価すべき発想の持ち主であるとも考えているんです。」

 なるほど、それでこの国分氏が「オピニオン」欄に登場したわけだが、これを聞いて、記者はこう驚いてみせる。
 ――えっ? 場当たり的、思いつきだけの菅さんのどこを評価するのですか。

 菅首相の評価は最悪である。その最悪の菅さんにもいいところはあったんだと弁護するために、冒頭で故意にこき下ろして見せたのだと見えないこともない。
 だがこのインタビューの最後、「取材を終えて」に秋山記者はこう書いているのだ。

「……我々は今、秩序に従って自制的に生きている。しかし菅首相は自然権を振り回し、ひとりホッブズ的な世界を生きてきた。
 そう考えると、このまったく理解不能だったリーダーの振る舞いに、説明がつく気がする。」

「思いつき、場当たり、利己主義者」という非難は、ジェスチャーではなく記者のホンネだったのである。
 では、菅首相のいかなる言動をもって、このような最低レベルの評価を下しているのだろうか。

 国分さんも、上記の引用の中で、菅首相が「なぜ批判されていたのか、その理由はハッキリしないと感じていました」と語っている。
 じっさい、多くの国民がそう感じているのではないか。


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2011年07月09日

原発をどうするか、「プロの政治家に任せろ」だって?!

原発をどうするか、

「プロの政治家に任せろ」だって?!

梅田 正己(書籍編集者)


 今回の原発事故の問題で、われわれをうんざりさせ、絶望させたのは、放射能問題もさることながら、日本の政治家の劣化、惨状である。
 かつて、経済は一流、政治は三流、と欧米メディアに揶揄されたことがあったが、今や五流か六流、いや採点不能の状態にまで低落してしまっているのではないか。

 ところが、その信用失墜した政治家に、原発問題は任せるべきだ、という意見が「朝日新聞」7月6日付けに登場した。
 かつて民主党の代表をつとめ、今も有力な代表候補である前原誠司衆院議員の主張である。

 掲載されたのは、全一ページに近い紙面を使った「争論」のページ。
 テーマは「原発を国民投票で問う」。
 討論の相手は「みんなで決めよう『原発』国民投票」の会の事務局長、ジャーナリストの今井一(はじめ)氏である。

 今井氏はこう主張する。
 「来年3月にも実施したい。すでに『原発』国民投票法の市民案は出来上がっています」
 「スイス、フランスの国民投票も取材しました。調べたら、世界中でこれまでに1100件以上、行なわれています。でも日本では一度もありません。民主主義国として異常でしょう」
 「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する、この国の未来を左右する問題です。国会や政府、一部の政党や政治家、官僚が決めていいことではありません。主権者である国民が自ら選択すべきです」

 今井氏は、「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する」大問題だと言っている。
 これが大前提である。こんな大問題であるからこそ、国民投票で、国民一人一人が自分の意思を表明し、その結果にもとづいて国としての方針を決定すべきだというのだ。

 ところがこれに対し、前原氏はこう主張する。
 「日本は間接民主主義の国です。主権者である国民が意思表示をするのは、衆院選か参院選で一票を投じることです」
 「国民が選んだ議員が議会を構成し、国民の代弁者として法律や予算を議論し、決定する。原発の今後についても、プロフェッショナルたる政治家が知恵をしぼり、判断し、しっかりと国民に説明する」
 「判断の是非は、次の国政選挙で国民の審判を受ける。そういう制度ですし、政治家はその気概でことに当たるべきです」

 前原氏には、2つの確固たる信念があるようだ。
 一つは、国民の政治参加は基本的に選挙での投票に限られること。
 もう一つは、政治はすべてプロフェッショナルたる政治家に任せるべき、ということだ。

 「プロフェッショナルな政治家」という語が記事の中では2ヵ所に出てくる。
 前原氏にはどうも、今の政治の状況に対する国民多数の絶望的心境がわかっていないようだ。
 わかっていれば、「プロフェッショナル」などという言葉を口にできるはずはない。

 みなさんは、選挙の際に投票所に足を運ぶだけでよい。
 政治は、われわれプロに任せなさい。
 この半世紀、そういうやり方でやってきた結果が今日の惨状を招いたのではなかったのか?

 最後にもう一つ、前原氏の原発問題に対する「認識」の問題がある。
 氏は、プロの政治家でなければ政治はできない例として、国会で臓器移植の問題に取り組んだ際の経験を持ち出している。
 臓器移植問題がきわめて価値判断の困難な問題であることは、誰も否定しない。
だが、原発の問題は、これからのわれわれの生活の仕方、文明のあり方の根幹にかかわる、いわば人類史的問題だ。
 日本国がどういう道を選択するかは、世界中の人々の命運にもかかわる。だからこそ、全世界が日本の今後の行動を見守っている。

 しかし前原氏は、原発の問題は、臓器移植の問題と同レベルの問題であるという認識を、はしなくも示した。
 その程度の認識であれば、今井氏が「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する、この国の未来を左右する問題です」と語っている、その意味もわからなかったし、だからこそ国民投票を、というその主張も理解できなかったのだろう。
 ちなみに、前原氏は「民主党憲法調査会長」である。         (了)


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2011年07月08日

原発をどうするか、「プロの政治家に任せろ」だって?!

原発をどうするか

「プロの政治家に任せろ」だって?!

梅田 正己(書籍編集者)


 今回の原発事故の問題で、われわれをうんざりさせ、絶望させたのは、放射能問題もさることながら、日本の政治家の劣化、惨状である。
 かつて、経済は一流、政治は三流、と欧米メディアに揶揄されたことがあったが、今や五流か六流、いや採点不能の状態にまで低落してしまっているのではないか。

 ところが、その信用失墜した政治家に、原発問題は任せるべきだ、という意見が「朝日新聞」7月6日付けに登場した。
 かつて民主党の代表をつとめ、今も有力な代表候補である前原誠司衆院議員の主張である。

 掲載されたのは、全一ページに近い紙面を使った「争論」のページ。
 テーマは「原発を国民投票で問う」。
 討論の相手は「みんなで決めよう『原発』国民投票」の会の事務局長、ジャーナリストの今井一(はじめ)氏である。

 今井氏はこう主張する。
 「来年3月にも実施したい。すでに『原発』国民投票法の市民案は出来上がっています」
 「スイス、フランスの国民投票も取材しました。調べたら、世界中でこれまでに1100件以上、行なわれています。でも日本では一度もありません。民主主義国として異常でしょう」
 「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する、この国の未来を左右する問題です。国会や政府、一部の政党や政治家、官僚が決めていいことではありません。主権者である国民が自ら選択すべきです」

 今井氏は、「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する」大問題だと言っている。
 これが大前提である。こんな大問題であるからこそ、国民投票で、国民一人一人が自分の意思を表明し、その結果にもとづいて国としての方針を決定すべきだというのだ。

 ところがこれに対し、前原氏はこう主張する。
 「日本は間接民主主義の国です。主権者である国民が意思表示をするのは、衆院選か参院選で一票を投じることです」
 「国民が選んだ議員が議会を構成し、国民の代弁者として法律や予算を議論し、決定する。原発の今後についても、プロフェッショナルたる政治家が知恵をしぼり、判断し、しっかりと国民に説明する」
 「判断の是非は、次の国政選挙で国民の審判を受ける。そういう制度ですし、政治家はその気概でことに当たるべきです」

 前原氏には、2つの確固たる信念があるようだ。
 一つは、国民の政治参加は基本的に選挙での投票に限られること。
 もう一つは、政治はすべてプロフェッショナルたる政治家に任せるべき、ということだ。

 「プロフェッショナルな政治家」という語が記事の中では2ヵ所に出てくる。
 前原氏にはどうも、今の政治の状況に対する国民多数の絶望的心境がわかっていないようだ。
 わかっていれば、「プロフェッショナル」などという言葉を口にできるはずはない。

 みなさんは、選挙の際に投票所に足を運ぶだけでよい。
 政治は、われわれプロに任せなさい。
 この半世紀、そういうやり方でやってきた結果が今日の惨状を招いたのではなかったのか?

 最後にもう一つ、前原氏の原発問題に対する「認識」の問題がある。
 氏は、プロの政治家でなければ政治はできない例として、国会で臓器移植の問題に取り組んだ際の経験を持ち出している。
 臓器移植問題がきわめて価値判断の困難な問題であることは、誰も否定しない。
だが、原発の問題は、これからのわれわれの生活の仕方、文明のあり方の根幹にかかわる、いわば人類史的問題だ。
 日本国がどういう道を選択するかは、世界中の人々の命運にもかかわる。だからこそ、全世界が日本の今後の行動を見守っている。

 しかし前原氏は、原発の問題は、臓器移植の問題と同レベルの問題であるという認識を、はしなくも示した。
 その程度の認識であれば、今井氏が「脱原発か原発容認かは、憲法9条を変えるか変えないかに匹敵する、この国の未来を左右する問題です」と語っている、その意味もわからなかったし、だからこそ国民投票を、というその主張も理解できなかったのだろう。
 ちなみに、前原氏は「民主党憲法調査会長」である。         (了)

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2011年05月05日

ビンラディン殺害と「アメリカの正義」

ビンラディン殺害と「アメリカの正義」

梅田 正己(書籍編集者)(2011・5・4)


 英語を私は聞き取れないが、それでも最後の一句だけはわかった。
 Justice has been done.
 正義はなされた。
 聞いていた群集の中から、「USA!」「USA!」の声が湧き起こった。日本に置き換えれば、ニッポン、ニッポンとなるだろう。
 テレビではまた、どこかの球場で試合中にこのニュースが飛び込んでくると、観客席から期せずしてこの「USAコール」が湧き上がったと伝えていた。

 ビンラディン殺害が伝えられた5月2日の夜、テレビ朝日の報道ステーションで、元朝日新聞ワシントン特派員のコメンテーターが語るのを聞いた。
 あの世界貿易センタービルが攻撃され、崩壊した時のことを話していた。3カ月がたっても現場には名状しがたい臭いが残り、カメラを向けることもはばかられる粛然とした空気につつまれていたと語った。
 テレビで見ただけの私たちにも、あの9・11の黙示録のような映像はまだ目に焼きついている。

 しかし、あれから10年がたつ。この10年の間に、何があったか。
 2つの国が滅茶苦茶に破壊された。5千年の歴史を持つ国が、首都バグダッドをはじめ国土を破壊しつくされた上、多くの子供たちが劣化ウラン弾による放射能汚染に苦しんでいる。
 もう一つの国アフガニスタンはもっと痛ましい。この10年間、戦火は絶えず、米軍を主体に今なお15万人の外国の軍が駐留してタリバンと戦闘を続けている。
 はたしてアメリカは「勝利」したのか?

 物事にはすべて原因があって、結果がある。人間の行為ならなおさらである。
 世界貿易センタービル崩落にも、もちろん原因があった。
 直接には1991年の湾岸戦争である。
 前年の8月2日、とつぜんイラク軍がクウェートに侵攻、併合を宣言した。
 米国が直ちに反応する。父ブッシュ大統領は空母をアラビア海に向かわせ、リチャード・チェイニー国防長官をサウジアラビアに派遣して三日がかりでサウジ国王を説得、これまで外国の軍を一歩も立ち入らせなかった領土内に、米国軍が駐留することを認めさせた。
 これにより、米国はイラク攻撃の拠点を確保する。
 以後、半年をかけて多国籍軍を編成、万全の態勢をつくった上で翌年1月に攻撃開始、わずか1ヵ月で無条件降伏に追い込むのである。

 こうした米国の強引なやり方には、もちろん批判も反対もあった。
 開戦の直前だったが、ソ連のゴルバチョフ大統領はイラクのアジズ外相をモスクワによんで説得、クウェートからの完全無条件撤退を約束させた。
 しかし米国は黙殺、イラク攻撃に突入していった。

 戦後も、米軍はサウジアラビア国内に居すわった。海兵隊がキャンプ(基地)を構築、第五艦隊がペルシャ湾に母港を設置した。
 イスラム原理主義者にとって、聖地メッカ、メディナをかかえるサウジアラビアに異教徒の軍隊が基地を構えることは認めることができない。
 以後、サウジ国内の海兵隊宿舎の爆破などアフリカをも含む各地でテロが激発する。
 そうしたテロの延長線上に、世界貿易センターのツイン・タワー・ビルへの自爆テロがあったのだ。

 そのニューヨークのテロで失われた命は3千、テロ犠牲者の数として空前の数字にちがいない。
 では、この10年間のアフガン、イラク戦争では、米本国の兵士も含め、どれほどの命が失われたか。
 その痛恨を抜きに、「USA!」をコールできるのか?

 1991年、イラクへの空爆を続行中だった1月30日、父ブッシュ大統領は一般教書演説の中でこう述べた。
 「これだけは言える。われわれの目的は正義にかなっている。道徳に則している。そして正しいものである」
 さらに1カ月後の2月28日、イラク無条件降伏後の勝利演説でも、再びこう語った。
 「この勝利は……国連、全人類、法の支配、正義にとっての勝利だった」

 米国大統領は、何よりも「正義」を掲げたがる。
 今回のオバマ声明も「正義はなされた」で結ばれた。黒人大統領オバマもまたアメリカの大統領だったわけである。
 ただし、世界のだれもが認める「正義」がなされたのではない。
 「アメリカの正義」がなされたのである。 (了)
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2010年12月09日

NHKスペシャルドラマ 「坂の上の雲」 第2部・第1回を見て

NHKスペシャルドラマ 「坂の上の雲」 第2部・第1回を見て

―歴史の文脈を無視した 「歴史ドラマ」―

梅田 正己(書籍編集者。著書『これだけは知っておきたい近代日本の戦争』他)


☆PDFファイルをご覧ください。

umeda55.pdf
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2010年12月01日

日本のメディアが伝えない軍事超大国の実像 ―新刊 『戦争依存症国家アメリカと日本』 紹介―

日本のメディアが伝えない軍事超大国の実像

―新刊 『戦争依存症国家アメリカと日本』 紹介―

梅田 正己(書籍編集者)


 沖縄知事選は、仲井真候補の再選に終わりました。伊波知事の誕生を期待していた私としてはまことに残念ですが、しかし視点を変えれば、半分は勝利したと言えるのではないでしょうか。

 なぜなら、伊波さんとの対決を迫られるなかで、仲井真知事もついに普天間基地の「県外移転」を明言・公言せざるを得なかったからです。もはや、後戻りは許されません。

 仲井真知事の当面の交渉相手は、菅政権です。しかし、菅政権とどんなに交渉を重ねても、事態の解決は望めません。現在の民主党政権に、その当事者能力がないからです。

 普天間基地を「所有」しているのは、アメリカ(軍)です。アメリカに働きかけ、アメリカを動かさない以上、事態は動きません。ところが日本政府は、アメリカと正面から交渉することが出来ないのです。戦後65年、日本の保守政権は、アメリカの忠実な従僕でありつづけ、「従属」がその「体質」と化したからです。

 昨年の政権交代が、その「体質」から脱皮するための絶好のチャンスでした。しかし、烏合の集団である民主党は、その機会をむざむざと見逃してしまいました。いや、同党のほとんどは、「機会を見逃した」という、そのこと自体に気がついていないのかも知れません。

 軍事的に見て、米軍が普天間基地を必要とする理由はありません。伊波さんが選挙中くりかえし訴えたように、米軍は再編によって、グアムをアジア太平洋のハブ基地とする計画を立て、すでに着手しているからです。そこには、普天間のヘリコプター部隊を含め、沖縄の8,600人の海兵隊を、家族9,000人とともに移し、あわせて、既存のアプラ軍港を拡張・整備し、原子力空母の停泊基地を造ろうとしています。
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2010年11月16日

11月沖縄知事選の最大の争点は、 「日米安保をどうとらえるか」 ということ

11月沖縄知事選の最大の争点は、

「日米安保をどうとらえるか」 ということ

梅田 正己(書籍編集者)


◆普天間問題は「ローカル」な問題なのか
 11月6日の朝日新聞に、こんな見出しの記事があった。

「菅内閣、冷ややかな対応」「名護市長、閣僚に会えず」

 沖縄の米軍普天間基地の「移設先」として、日米両政府は今年5月、名護市辺野古の「サンゴとジュゴンの海」埋め立ての合意を再確認している。それに反対する意見書を、当の名護市の稲嶺市長と比嘉市議会議長が閣僚に手渡そうと上京したが、ついに閣僚に面会できぬまま沖縄に帰ったという記事だ。
「名護市幹部によると、移設容認だった前市長時代は上京時に閣僚が会うのが通例だった」という。ところが今回は門前払いで追い返された。さる9月の市議選では、移設反対派が大勝、10月15日には「日米合意の撤回を求める意見書」を採択した。その意見書を届けようと沖縄から上京、前もって内閣府や外務、防衛両省の政務三役、民主党幹部に会いたいと申し入れていたのに、誰にも会えなかったというわけだ。
 このことについて、仙谷官房長官は記者会見でこう言ったそうだ。
 「どこに、どう申し入れたのか関知していない」
 記事も「冷ややか」と書いていたが、テレビで見るあの姿が目に浮かぶ。さらに、官房長官はこうも言ったという。
 「沖縄に対する優先度は(他自治体の)100倍くらい時間を作って会っている。誠意を持って対応している」
 この発言の真偽は問わない。問題は、他の自治体との対比でとらえ、しゃべっていることだ。つまり、稲嶺名護市長らの会見申し入れを「ローカルな問題」ととらえていることだ。
 米軍普天間基地問題=辺野古移設問題は、たんに「沖縄の問題」だろうか。そんなことはあるまい。これこそ、いま日本が直面している日米関係の核心の問題ではないか。だからこそ、その対処で行き詰まった鳩山氏は総理の座を降りたのではなかったか。
 政権の舵をとっている人物が、普天間問題を沖縄の「ローカルな問題」と見ている。あるいは見なそうとしている。こんな有様では、この国は今後もなお「対米従属」を続けざるを得まい。


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2010年09月02日

政権は代わっても「防衛力」は着々と増強するのだ ――「専守防衛」をますます離脱する新安保懇の報告書

政権は代わっても「防衛力」は着々と増強するのだ

――「専守防衛」をますます離脱する新安保懇の報告書

梅田 正己(書籍編集者)


 8月27日、鳩山前首相から菅首相が受け継いだ首相の私的諮問機関、新安保懇(新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会)が報告書をまとめ、提出した。
 今年末に閣議決定する新しい「防衛計画の大綱」のベースとなるものだ。
 では、現在の自衛隊の、どこを、どう変えるのか。

◆「基盤的防衛力構想」を撤廃するという、その真意は
 まず「基盤的防衛力構想」はすでに過去のものとなったから、撤廃する、と言っている。
 「基盤的防衛力構想」とはどういうものか。
 読売の社説(8月28日)では「冷戦下に定められた」と言っているが、正確には冷戦後の1995年の防衛大綱で明確に位置づけられた。

 「防衛大綱」の策定は、1976年に始まった。もちろん冷戦下である。
 次に冷戦終結後の1995年、2004年と改定されて、今回が4回目となる。
 「基盤的防衛力構想」という用語は当初から使われていたが、明確に定義づけされたのは1995年の第2回目の防衛大綱だった。
 冷戦が終わって、ソ連という仮想敵が消滅した後、いかなる目的・方針で防衛力(自衛隊)を維持・増強してゆくのか、その“理論的”理由付けが必要だったからである。
 次のように定義付けられた。

 「(基盤的防衛力構想とは)我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが力の空白となって我が国周辺海域における不安定要因とならないよう、独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保有するという(考え方である)。」(傍線、筆者)

 朝日(8月28日)の報告書要旨では、基盤的防衛力構想の廃棄は「予想される将来、本格的な武力侵攻は想定されない。基盤的防衛力構想の名の下、重要度・緊要性の低い部隊、装備が温存されることがあってはならない」と説明されている。

 しかし、15年前の95年の大綱も、上記のように「我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも」と、わが国への本格的な武力侵攻は考えられないと言っている。
 なのに、なぜ、今頃になって基盤的防衛力構想を捨てたいというのか。
 理由は、「定義」のアンダーライン部分の後の方にある。
 つまり、「必要最小限の基盤的な防衛力」では満足できないということだ。

 実際、この新安保懇の報告書に大賛成の読売社説は、こう書いている。
 「北朝鮮の核・ミサイルの脅威や中国の軍備増強を踏まえれば、(基盤的防衛力構想は撤廃して)近年の防衛費の削減傾向に歯止めをかける必要がある」
 真の狙いは、つまり、防衛力の増強にあるのだ。










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2010年07月19日

学問の退廃とマスコミの劣化

学問の退廃とマスコミの劣化

――毎日新聞掲載「伊藤博文と韓国併合」上下を読む

梅田 正己(書籍編集者)


 来たる8月22日は「韓国併合」条約調印からちょうど100年の日となる。
 その日を前に、毎日新聞は「伊藤博文と韓国併合」の標題で、7月13日と14日の夕刊文化欄に2人の歴史家の寄稿を掲載した。
 まず13日は伊藤之雄(ゆきお)京都大学教授(日本近現代史)、翌14日が月脚(つきあし)達彦・東京大学准教授(朝鮮近代史)である。
 ここでは伊藤氏の主張について検討する。
(以下PDFファイルをご覧ください)
Taro-学問の退廃とマスコミの劣化.pdf
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2010年04月17日

ピンチの鳩山内閣は見世物か?

ピンチの鳩山内閣は見世物か?

―メディアがいまだに報道せぬ「米軍グアム統合計画」

梅田 正己(書籍編集者)


☆PDFファイルをお読みください。
ピンチの鳩山内閣は見世物.pdf
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2010年04月05日

朝日は何を考えているのか?

続・普天間=グアム移転問題

朝日は何を考えているのか?

梅田 正己(書籍編集者)


東京新聞のベテラン記者の記事をこのコラムで批判したのはついこの前、こんどは朝日新聞だ。
4月4日、日曜の第1面。こんな大見出し。

基地膨張 グアム反発

沖縄米海兵隊の移転先 経済刺激のはずが…負担増

見出しだけでは分からないのはいいとして、この記事を読んでいったいどれほどの人がその内容を理解できただろうか。
殆んどの人が何の話か分からなかったのではないか。

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いちばん肝心なことが書かれていないからだ。次のことである。
 @ 米海軍省は08年、グアムを西太平洋の戦略軍事拠点とすることを決め、「グアム統  合マスタープラン」を確定した。
 A そのプランでは、既存のアプラ軍港とアンダーセン空軍基地を整備するとともに、  8600人の海兵隊と600人の陸軍ミサイル防衛隊を配備することとし、そのため  の訓練・演習基地を建設することになっている。
 B 米海軍省は09年11月、この統合計画を実施するために「環境影響評価案(アセ  スメント案)」を作成、グアム現地で発表し、公聴会を開くとともにインターネットで  公表した(現地住民からの意見集約は2月半ばに締め切られた)。

以上の経過があって、米軍の具体的な統合計画を知ったグアムの人たちの中から反発の声が上がった――ということなのだ。
この「環境影響評価案」に対しては、朝日の記事にもあったが、ワシントンの環境保護庁からも強い異議申し立てが出ている。公衆衛生、飲料水、廃棄物処理、サンゴ礁、他の海産物に関するアセスおよび対策案が不十分だという理由だ(吉田健正氏から)。

しかし、グアム統合計画がアジア太平洋での米軍再編の基軸であることに変わりはない。
そしてその統合計画のハシラとなっているのが、沖縄の海兵隊の3分の2をグアムへ移転させるということなのだ。
そのための施設建設のための建築業者の入札は現在も着々と進行している。

今回の記事は、そうした肝心なことはまったく報道せずに、いきなり「基地膨張 グアム反発」だ。しかも1面トップに。
今や普天間問題は鳩山政権の死命を決する問題となった。
その普天間問題と、在沖海兵隊の主力をグアムへ移すこの統合計画とは、切っても切れぬ関係にある。
にもかかわらず、朝日の記事はそのことにはふれぬまま、ただグアムで反発が出ている、ということだけを報じている。

朝日は何を考えているのだろうか?
この記事で、グアムのことは報道しましたよ、と言うつもりなのだろうか?
誰に対して???

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2010年04月01日

■普天間=グアム移転問題

■普天間=グアム移転問題

メディアがやっと伝えたと思ったら

梅田 正己(書籍編集者)


さる3月26日、東京新聞にやっと沖縄海兵隊のグアム移転問題の記事が出た。
安保・軍事問題の担当記者として最も信頼され、頼りにされている半田滋さんの記事である。
しかし一読、ガッカリせざるを得なかった。

見出しは「米軍に別評価の二文書」。
その一つは、1996年、在日米軍が普天間の移設先として本土の自衛隊基地を検討していたという文書、もう一つが、昨年11月発表の沖縄海兵隊の移転を含む、グアムへの米軍統合計画実施のための「環境影響評価(アセスメント)案」である。

半田さんは、「国外:8ヵ所挙げグアム推す」の見出しでこの文書を紹介、米軍がアジア太平洋の新たな軍事戦略拠点として検討した候補地のうち、グアムが満点を取ったことを伝えている。
その通りだ。このアセスメント案は、米軍が計画している基地の整備・建設案をくわしく述べ、沖縄の海兵航空部隊は、普天間基地の13倍もあるアンダーセン空軍基地に配備されると書いている。

こういう重要な文書がインターネットで公表されているのに、政府もメディアも完全に頬かむり、黙殺してきたから、私はこのコラムで2度もそれについて書き、また吉田健正さんの『米軍のグアム統合計画:沖縄の海兵隊はグアムへ行く』を緊急出版したのだ。

その出版から1ヵ月以上たって、やっとメディアがこの問題を取り上げてくれた。
しかも記者は、東京新聞の半田さんだ。
しかし喜んで読んだ記事には、こう書かれていた。

「ただ、米軍は独自に進めるグアムの軍事拠点化計画と、米軍再編で合意した在沖海兵隊の移駐計画との関連を明確にしていない」

つまり、2006年5月に日米政府が合意した米軍再編実施の「ロードマップ」で、沖縄の海兵隊8000人とその家族9000人をグアムに移転させることになっているが、そのことと、「環境影響評価案」に書かれている海兵隊員8600人のグアム配備とは、関連があるのかないのか、半田さんはわからないというのだ。

半田さんは本当に「環境影響評価案」を見たのだろうか。
そこには、沖縄からグアムへ行く海兵隊の部隊(「第三海兵師団」は在沖海兵隊の師団名)と人数がヒトケタまで書き込まれている。

 1 駐留海兵隊司令部         3046人
 2 第三海兵師団の陸上戦闘部隊    1100
 3 第一航空団航空戦闘部隊      1856
 4 第三海兵兵站グループ兵站戦闘部隊 2550  合計 8552人
 5 一時駐留部隊           2000  総計10552人
         (前掲『米軍のグアム統合計画:沖縄の海兵隊はグアムへ行く』から)

これだけの部隊とその家族が新たにグアムへ行くのだから、訓練・演習施設をつくると共に、住宅や生活のための施設、そしてインフラを整備しなくてはならない。
そのために、全費用の(米国よりも多い)6割、約6千億円もの巨額の資金を日本が負担することにしたのではなかったか。

もし沖縄の海兵隊をグアムに移すのでなかったら、どうして日本がグアムの米軍の施設整備・建設のために6千億円も負担するのか?

「ロードマップ」の沖縄海兵隊8000人の移転と、米軍統合計画の海兵隊8600人の配備とは関連があるのかないのかわからない、などと何で半田さんが言うのか、そのことが私にはわからない。

話は変わるが、北沢防衛大臣が先日、テレビで「では、普天間のヘリ60機が…」というのを聞いた。
60機は、現在、普天間にいるヘリの数である。
しかし「ロードマップ」では、在沖海兵隊の8000人がグアムへ行く。
現在の在沖海兵隊の総数は約12000人だから、残るのは4000人だ。
つまり、沖縄の海兵隊は3分の1に縮小される。ヘリの数でいえば、20機だ。

そんなことは小学生でも分かるのに、なんで誤った数字を撒き散らすのか、これも私にはわからない。
北沢大臣もたしか、グアムへ視察に行った。同行した記者によると、ろくに見もしなかったようだが、グアム移転のことは最初から問題外だったらしい。

こうした「グアムのタナアゲ」の発生源がどこにあるのか、これも私にはわからない。
ただ、半田さんほどの記者があのような不可解なコメントをつけることと、何か同根のものが潜んでいるような気がしてならない。

もしそんなものがないのなら、辺野古海岸埋め立ての現行計画に固執するアメリカに対し、3分の1に縮小するヘリ部隊に、V字型滑走路2本を持つ新基地が本当に必要なのか、問い返してみればいいのである。
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2010年02月28日

ウソとまやかしの元米国防総省・日本部長の寄稿

■普天間問題

ウソとまやかしの元米国防総省・日本部長の寄稿


朝日は今なぜこんな主張を掲載するのか?

梅田 正己(書籍編集者)


☆PDFファイルをご覧ください。

ジアラ寄稿批判.pdf
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2010年02月13日

■普天間問題と米軍グアム統合計画

■普天間問題と米軍グアム統合計画

メディアはいつ眠りから醒めるのか

梅田 正己(書籍編集者


☆PDFファイルをお読みください。
マスコミ9条グアム問題.pdf
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2009年12月19日

普天間問題で鳩山つぶしにかかった大新聞

普天間問題で鳩山つぶしにかかった大新聞

梅田  正己(書籍編集者)


◆読売、 毎日、 日経の論調
  12月15日、 鳩山政権が普天間問題の決着を先送りしたことに対する全国紙の対応は、 まるで鳩山政権を包囲して一斉攻撃をかけたかのような感じだった。 最も多くの砲撃を加えたのは、 もちろん読売だ。

  社説の書き出しはこうだった。

  「鳩山首相は、 米軍普天間飛行場の返還を頓挫させたことで、 歴史に名を残すのではないか」

と、 皮肉たっぷりに書いた上で、 こう斬って捨てる。

  「民主、 社民、 国民新の3党連立政権を維持するため、 国益より党益を優先した結論だ。 ……長年積み上げてきた日米の信頼関係を崩壊させかねない」

  読売はほかに「検証普天間」の記事を〈1〉〜〈4〉載せている。 そのタイトルを見るだけで内容は想像がつくだろう。
  〈1〉 問題こじらせた首相
  〈2〉 首相の「悪い癖」
  〈3〉 日米悪化懸念にも動じず
  〈4〉 怒る米国

  毎日の社説も、 真正面から非難を浴びせる。

  「鳩山由紀夫首相は……移設先はおろか、 結論を出す時期さえ決められなかった。 事態は3ヵ月前とまったく変わっていない。 『政府方針』 と言うのも恥ずかしい肩すかしである」

  「期限もつけない連立内の協議では、 米側も言葉がないであろう」

  「こうした事態を招いた原因は、 首相のリーダーシップと、 首相官邸の調整能力の欠如にある。 首相はそのことを深く自覚すべきである」

  日経の社説は、 上の2紙ほど激しくはないが、 それでもこう書き出している。

  「……移設先決定の先送りは、 日米同盟をめぐる現在の危機的状況をさらに深める結果になる。 『日米基軸』 との言葉とは裏腹に、 鳩山政権が行動で示す日米同盟の空洞化と対中傾斜に対し、 懸念を覚える」続きを読む
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2009年11月24日

■NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」批判

■NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」批判

「東アジア共同体」形成が語られる今、NHKは「帝国主義史観」のドラマ

――こともあろうに「韓国併合から100年」にぶっつけて

梅田 正己(書籍編集者・著書『変貌する自衛隊と日米同盟』他)


 司馬遼太郎原作のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が始まる。3人の若い知的エリート(うち2人は陸・海軍の軍人)が青春を謳歌しつつ成長してゆく姿を、ひたすら富国強兵の道を突き進んでいった明治期日本に重ね合わせて描いてゆくドラマだ。
 今年、来年、再来年と3年がかりで放送され、最後は日露戦争の勝利で終わる。

 ◆「少年の国」の虚構

 第1回のタイトルは「少年の国」だった。第2回は「青雲」である。
 このタイトルからも製作者の意図が読める。黒船の圧力のもと誕生した明治国家は、いわば「少年の国」であり、力量も経験もなく、ただ可能性だけがあったというのだ。
 では、明治初期の日本は本当に「少年の国」だったのだろうか。
 近代日本最初の武力行使である台湾出兵と、それに並行してすすめられた琉球処分を見てみよう。

 明治4年(1871年)11月、沖縄の宮古島から首里へ年貢を運んでいった船が、帰途に遭難、台湾の南端・恒春半島に漂着する。66人中54人が原住民に殺害されたが12人は救助され、福州の琉球館をへて翌年6月に那覇に戻った。
 こうした遭難事件は前例も多く、その処理の仕方も清国と琉球の間で決められていたという(赤嶺守「王国の消滅と沖縄の近代」、『琉球・沖縄史の世界』吉川弘文館、所収)。

 ところが翌年4月、このことを知った明治政府はその「事件化」に取りかかる。
 まず米国公使から、原住民しか住んでいないところは、当時の国際法では「無主の地」とされることを聞き出す。

 しかし当時の台湾は、行政上は福建省の管轄下にある。そこで清国政府に対し、どう責任を取ってくれるのか、と談判する。
 それに対し清国の役人が、事件を起こした原住民は、王化・教化に服さない「化外の民」だから責任はもてない、と突っぱねる。
 こうして明治政府は、「無主の地」、「化外の民」というキーワードを手に入れた。
 「無主の地」の「化外の民」による事件であるなら、我が方で処断しても構わない、という理屈になる。
 
 一方、明治5年9月、政府は琉球王国を廃して「琉球藩」とする。
 前年の「廃藩置県」に逆行して「藩」としたのは、直接「県」としたのでは、これまで清国と「進貢‐冊封」の宗属関係にあったのをいきなり一方的に断つことになり、問題になると考えたからだ。「藩」はいわば、王国と県との中間的な位置づけである。

 これだけの手を打った上で、明治7年2月、政府は「台湾蛮地処分」の方針を決定する。
 その中に「我藩属たる琉球人民の殺害せられしを報復すべきは日本帝国政府の義務にして」という文言があった。我が(日本の)琉球藩に属する人民が殺害されたのに対し、報復するのは「日本帝国政府の義務」だというのだ。

 こうして同年5月、三千六百人を台湾に出兵、その後の交渉で、日本の一部である琉球藩の人民=日本人民の仇を討ったという既成事実にもとづき、琉球の日本帰属を清国に認めさせた。
 台湾出兵の目的の一つは、琉球を日本の版図に組み込むことだったのである。
 5年後の明治12年、「琉球藩」は「沖縄県」とされ、「琉球処分」は完了した。
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2009年10月08日

ベストセラー『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と「田母神史観」

ベストセラー『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と「田母神史観」

梅田 正己(書籍編集者・著書『変貌する自衛隊と日米同盟』他)


 加藤陽子・東大文学部教授の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)が売れている。9月初めの広告では7万部とあったが、10月5日の広告では「10万部突破」と出ていた。
 低価格の新書や文庫でなく、四六判400ページ強、本体価格1700円の歴史書が、発刊わずか2カ月で(奥付の日付は7月30日)10万部をこえたのは、出版不況の今日、稀有の例にちがいない。

 売れるのはもちろん評判がいいからだ。広告には、いま「論壇」で最も登場頻度が高い佐藤優さんの評言が出ていた。
 ――歴史が「生き物」であることを実感させてくれる名著だ。(「文芸春秋」書評)
 
 ブログの書評で名高い(らしい)小飼弾さんの感想も出ていた。
 ――これは、すごい。はじめて「腑に落ちる」日本近現代史を読ませていただいた。

 広告だから当然とはいえ、大絶賛である。これらに誘導され、背中を押されて買い求める人も多いだろう。

 この本は、著者が神奈川県の著名な私立進学校・栄光学園で07〜08年の年末年始に5日間、約20人の高校生を相手に行なった講義がもとになっている。といっても、それから2年半もたって出版されたのだから、本にするに当たっては当然、十分に練り直して書き下ろされたものだろう。

◆「9・11」についての「独創的」解釈
 さて、先の評者二人は大絶賛だったが、私は巻頭、読み始めたとたんに引っかかってしまった。
 序章は、小見出し「9・11テロの意味」から始まる。こう書かれている。
《2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロの衝撃に接したとき、人々は、テロを「かつてなかった戦争」と呼んで、まず、その新しい戦争の形態上の特質、つまり「かたち」に注目しました。》


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