2017年10月21日

8時間労働制を叫ぶ共産党がんばれ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月18日
8時間労働制を叫ぶ共産党がんばれ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今回の選挙で日本共産党は「8時間働けば普通に暮らせる社会の実現を」という選挙公約を掲げている。このスローガンは地味だが大事な内容を含んでいる。いま安倍政権の「働き方改革」政策で一番問題なのは8時間労働制を壊すことだからだ。メーデー発祥の時代から世界の労働者の共通の要求が8時間労働制だった。それを崩壊させようという悪だくみは絶対に阻止しなければならない。

 安倍政権は賃金の決定基準を労働時間から労働の成果に移そうとしている。それが高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ法案)であり、裁量労働制・成果主義賃金である。彼らは「仕事の成果が上がればそれで家へ帰れるから労働時間を減らすことができる」とか「成果を上げる人と上げられない人を同じ時間働いたからといって同じ賃金というのはおかしい」などと理屈をこねる。

 経営者は労働の成果を上げさせることに関しては貪欲で冷酷だ。成果が上がったからといって労働から解放させてくれるほど甘くはない。成果を上げさせるために彼らは、労働者同士に競争させることが一番だと思っている。わずかな餌で人を釣り、人を蹴落としてまで働く労働者を育成する。

 成果主義賃金は昔からあった。内職の加工賃だ。封筒を千枚貼ったらなんぼ、小箱を百個つくったらなんぼ、というやつだ。労働時間に連動してないから無制限に働かされる。しかも成果が上がれば加工賃を値切ってさらに働かせる。偉そうに「成果主義賃金」などと言うが元を辿れば内職型賃金なのだ。

 時間というのは誰でもどこでも公平・平等に進む。だから賃金も労働時間を基準にすればその限りでは公平・平等である。もし成果とか出来高とかを基準にすればどうなるか。労働者同士でばらばらになり、競争が生じて明確な基準は失われる。そこが経営者にとって目の付けどころでもあるのだ。

 賃金決定基準を労働者の生活費とか労働時間から職務、職能、成果などに移そうという経営者の試みは1960年代から本格化した。日本の高度経済成長の時代である。職務給、職能給が大企業を中心に導入された。それを指導したのは日本生産性本部であり、日経連であった。つまり労働生産性をいかに上げるかが目的だったわけだ。それは職場の差別につながっただけでなく、労働組合の弱体化ももたらした。

 8時間働いて、8時間休養し、8時間を生きがいに使う、これが人間の「生きる」という意味である。共産党がそのことに気付かせたことの意義は大きい。苦戦を伝えられる共産党の巻き返しのためおれもがんばる。
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2017年10月11日

連合第15回定期大会の開催に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月09日
連合第15回定期大会の開催に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 政局動乱の最中、10月4、5日と連合第15回定期大会が開かれた。連合の定期大会は2年毎の開催で今年は会長が交代するはずだった。それが例の「残業代ゼロ法案」を巡るゴタゴタで次期会長候補の逢見直人事務局長がずっこけて、神津里季生会長の留任になった。その上降ってわいた解散総選挙、支持政党の民進党が希望の党に身売りして解体してしまった。異例ずくめの大会開催というわけだ。

 2日間の大会の模様が、連合ホームページの『連合ニュース』で発信されている。大会参加者は傍聴者を含め1600人。国際自由労連(ITUC)シャラン・バロウ書記長、ITUC太平洋地域組織(ITUC−AF)吉田昌哉書記長、OECD労組諮問委員会(TUAC)ピエール・ハバード事務局長をはじめ、28組織38人の海外代表が出席。今回は政党代表の来賓は招くことができなかった。

 神津会長は挨拶で今回の解散総選挙に触れ「大義なき、究極の自己都合解散と断じざるを得ない。長時間労働の是正に向けた、罰則付き時間外労働の上限規制や、雇用形態間の格差解消の遂行に向けた今国会での法案審議は反故にされた」と述べた。一方「我々の思いとは真逆の内容までもが、労基法改正の法案審議に取り込まれていることは非常に遺憾であり、残念」とも強調する。

 この会長挨拶には「働き方改革法案」への対応が方針として揺れていることが顕われている。安倍政権が「働き方改革」の中心に据えた「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ法案)を一度は「条件付き容認」の方針を出し、組織内外の総批判を浴びて再び「反対」に戻したがどうね迫力がない。

 役員改選では、神津会長(基幹連合)の留任の他は会長代行に逢見前事務局長(UAゼンセン)、川本潤氏(自治労)を新しく選んだ。事務局長は自動車総連の相原康伸氏。相変わらず連合結成以前の同盟系の民間大単産が主導権を担っている。「反共と労使協調」路線はさらに続くことになる。

 今回の大会スローガンは「次の飛躍へ 確かな一歩を」。大会宣言でも「次の時代の連合運動を力強く切り拓いていくためにも、今からの2年間を、足元をしっかりと固める期間としていかねばならない」と、どうやら「今の時代」で連合運動を実のあるものにすることは断念したようだ。なぜそうなったのか。資本や権力とのたたかいを放棄し、幹部のパフォーマンスだけに労働運動を矮小化してきた結果ではないか。
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2017年10月06日

民進党を見習って連合も分裂したらどうか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2017年10月06日
民進党を見習って連合も分裂したらどうか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「連合 組織分裂の懸念も」「衆院選『特定政党支持せず』決定」(6日付『毎日』)。「民進の前議員が希望の党、立憲民主党、無所属と三つに分裂して立候補するため、衆院選の結果とその後の情勢次第では最大の支持団体・連合も分裂含みになりかねず、組織内に懸念が高まっている」。

 連合は特定政党を支持するということで組織としての求心力を保ってきた。それが民進党の崩壊・分裂で成りゆかなくなる。選挙は単産ごとに勝手にやってくれというんでは、じやあ連合の存在は何なんだとの疑問が出てくる。そもそも特定政党を支持して組合員に押し付けていたのが間違なのだが・・・。

 連合が求心力を失うことになったもう一つの原因が例の「残業代ゼロ法案」を巡るゴタゴタだ。逢見直人事務局長が自民党に通じてそれまでの「反対」から「条件付き容認」に変節。これに連合内外から猛烈な批判の高が上がって結局元の「反対」に戻す。逢見氏は目の前にぶら下がっていた連合会長のポストをフイにすることになった。そればかりか連合は、自民党や財界の前に無様な組織実態をさらけ出す結果にもなった。これでは連合指導部に対する求心力がガタ落ちするのは当然だ。

 さて連合と特定政党支持の話に戻るが、連合内には社会党を支持していた総評、中立労連と、民社党支持の同盟という二つの流れがある。それが政党の再編て民主党を経て民進党になった。一部社民党支持の組合もあるが、全体としては民進党一党支持で一本化できた。今回それが崩壊したというわけだ。

 それにしても連合は労働組合らしいことをほぼ何もやらない。2年前の戦争法でも、今年の共謀罪でも全然影が薄い。政権が画策する「働き方改革(労働法規改悪)」にも毅然たる姿勢が見られない。まともな労働組合なら脱退したくなって当然だ。やっとそのチャンスが来たんではないのかな。

 民進党が分裂して安倍政権打倒の図式が分かりやすくなり、「市民と野党の共闘」がやりやすくなった。今朝の『赤旗』に共産党小池書記局長の記者会見が載っているが、全国70の選挙区で野党候補一本化が進んでいるそうだ。民進党分裂は野党共闘にとってマイナスではなくプラスに作用しているのだ。

 おれは80年代はじめから、労働運動の右翼的再編の動きを体験的に見てきたが、「反共と労使協調」の踏み絵を踏ませて、選別排除の結果生まれた連合は矛盾のかたまりだと思っている。民進党に見習って分裂した方が労働者・国民にとってプラスになるとおれは思っている。
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2017年09月22日

「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月20日
「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 昨日かな、NHKの「おはよう日本」で「フラリーマン」現象を取り上げていた。定時に仕事が終わってもすぐ帰宅しないで街をふらつくサラリーマンを「フラリーマン」というのだそうだ。おれたちの現役時代も仕事が終わっても家へ帰らず、友だちや上司と連れだって居酒屋やスナックをハシゴするなんてのはよくあったが、フラリーマンはそれとはちょっと性質が違うらしい。1人の行動なのだ。

 かれらはどこで「ふらり」とするのか。番組ではゲームセンターや家電量販店などで時間を潰すおじさんたちのの映像をとらえていた。なぜまっすぐ家に帰らないかとの質問に「いや別に・・・」となんとも煮え切らない。妻子ら家族も遅くなることに別段不満がないようだ。なら別にいいじゃないか。

 しかしこの「フラリーマン」現象、おれは番組を観ていて《やはり放っとけない》と思った。日本人の人間関係のどこかが壊れちゃってる気がするのだ。一杯飲みに行く金がないとか一緒に行く友だちがいないとかいろんな理由があるのだろうが、その根底のところに人間不信があるように思うからだ。

 何故人間不信になるのか。それは労働を通じた労働者同志の連帯感の欠如なのではないかと思う。サラリーマンの多くが自分のデスクの範囲でしか仕事をしない。隣の同僚との連絡もメールで済ます。会話がない。そのくせ仕事の進み具合や勤怠はきっちりパソコンのデータで監視されている。こうなったら自分の身を守るためには、自ら垣根をつくって人との接触を拒むしかない。一刻も気が抜けないのだ。

 そこで仕事が終わる。無気力と解放感がどっと襲う。1人で街をふらつく。ゲームセンターや家電量販店は人と交わることなく時間が潰せる恰好な場所だ。フラリーマンはそこでやっと自分の顔を取り戻せる。

 いつからこんな現象が生まれたのだう。おれは労働組合がストをやらなくなった1980年代後半あたりからではないかと思う。春闘になれば電車が止まったり、工場地帯に赤旗が林立したりするのが当たり前だった時代。ストに参加した労働者だけでなく、その何十倍、何百倍の労働者に連帯の気持ちをもたらした。

 労働者同志の連帯は社会全体の連帯へとつながった。仕事が終わって仲間と赤提灯に飲みに行き、上司の悪口をいうのも連帯感の一つの発露だったのだとおれは思う。「フラリーマン」現象を喜んでいるの資本や権力ではないか。労働者が連帯して社会に反抗する気力がなくなっているのだから。
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2017年09月13日

裁判所が労働運動に支配介入?

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月12日
裁判所が労働運動に支配介入?

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 社会正義を守るのが裁判所のはずだが、これは一体どういうことだ。8月22日最高裁が「上告不受理」を決定したフジビ「恫喝」訴訟。組合が張った横断幕が会社の「信用棄損」に該当するとして3人の元従業員に合計2200万円の損害賠償を請求した事件。地裁、高裁が発した「賠償金350万円(利息を含めると410万円)を支払え」という不当判決を最高裁がそのまま追認したのだ。

 フジビ(富士美術印刷)は、子会社のフジビ製版に労働組合ができたのを嫌って倒産させ、従業員18人を退職金も払わず放りだしてしまった。このこと自体許せない酷い仕打ちだが、まあ世間にはよくある話だ。しかしこの会社、その後解雇された組合員が「荒川区の印刷御三家<tジビは責任を取れ」「億万長者の社長が給料・退職金を踏み倒すな」と掲げた横断幕を不当な恫喝だとして提訴する挙に出た。

 この話を聞いておれは十数年前におれも関わっていた「AIG」争議を思い出した。世界的な多国籍企業の保険会社AIGが長年勤めていた女性嘱託社員4人の首を切った。彼女たちは当時の銀産労(現金融ユニオン)に加盟して解雇反対闘争に入る。おれはその頃銀産労顧問をしていて団交要員だった。

 争議が固定してなかなか解決の見通しが出てこない苦しい時期だったが、会社側が突如組合活動への新たな妨害訴訟を起こしてきた。組合が社屋前で撒いたビラが会社の名誉棄損に当たるとして500万円の損害賠償金を支払えというのだ。こんなイチャモンが裁判で認められては他の争議にも影響する。組合はそれまでの上条貞夫弁護士を中心にした弁護団に徳住堅治弁護士を補強して裁判に対処した。

 結局一審も二審も会社主張が退けられ、会社は上告を諦めて組合側の全面勝利に終わる。この裁判は将棋で言えば会社の「指し過ぎ」で、膠着した争議を組合有利の解決へ向かわせるひとつの契機になった。

 あの時の徳住弁護士が今日本労働弁護団団長になっている。徳住団長は今回のフジビ「恫喝」事件の最高裁決定について「許しがたい判決。これでは普通の組合活動が出来なくなる。時代がここまで来てしまったのか。あるいは時代を先取りしているのか」と慨嘆している。

 たった10年で裁判所が様変わりしているということだろう。それはそうだが、おれとしてはこれは裁判所による組合活動への支配介入だと言いたい。いつかしっぺ返しがありそうな気がする。いやしっぺ返しをしなければならない。
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明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月09日
明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 一昨日9月7日午前11時から東京地裁で、明治乳業事件の第3回弁論期日があった。裁判長はこの間に提出された当事者の準備書面について確認した後、原告・争議団、被告・中労委、参加人・会社の代表を別室に呼んだ。争議団と中労委の代表は3分弱で戻ってきたが、会社側熊谷弁護士が姿を現したのはそれから約10分後だった。今後の進行について特に会社側に対する説得が行われたものと思われる。

 その席上会社がどんな主張をしたか。9月4日付「参加人準備書面(1)」で会社は、中労委命令の「付言」で「より大局的な見地に立った判断が強く期待される」と要請されたことに対し「妥協して解決することなど、会社として受け入れることは到底ありえない」と頑なに和解を拒んでいる。

 準備書面によれば会社が和解を拒む理由は次の点だと思われる。@市川事件も含めて申立人らに対する誹謗中傷の事実はない、A申立人らと職制を中心にした「インフォーマル組織」の対立は労労問題であって会社は関知しない、B市川事件は最高裁判決で解決済みであって、最高裁で認められなかった事実が本件で認められる余地はない、C申立人らはすべて定年退職しており会社には既に労使紛争は存在しない。

 それぞれに詳しく反論したいが紙幅がない。ただこれらの会社主張に対しては、命令の「付言」だけでなく「事実認定」「判断」でも全て明確に論破されていることだけは言っておきたい。その命令を維持するために行訴の参加人になったのだから、主文以外はすべて反対だというかのごとき姿勢は許されない。

 会社はこのまま話し合いを拒否し続けて、申立人らをねじ伏せて無条件降伏させることを狙っているように思われる。狙うのは勝手だが少し甘いのではないか。明乳争議をこのままでは終わらないとする大きな共闘の輪が広がっている。争議団や共闘会議、弁護団も長いたたかいにかかわらず意気軒高である。

 このほど、食品一般ユニオンがILOに申請した「結社の自由に対する重大な侵害」との申立書が受理され、「当局は日本政府に所見提出を働きかける」との返書が届いた。明治ホールディングの大株主の中に解決への同調を示す芽が生まれてきた。雑誌「ZAITEN」の「明治HD『消費者無視』の労務屋経営」と題する記事に見られるように世間の見る目も厳しくなっている。

 定年退職しても在職中の不正取扱いの是正を求める権利は喪失するわけがない。会社は次回10月2日の次回期日までに和解打診への返事を持ってくると約束したようだ。会社の冷静な判断を期待する。
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労働運動見直しの時期なのだろうか

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年08月28日
労働運動見直しの時期なのだろうか

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 総評が生まれたのは1950年でなくなったのは90年、40年の生涯だった。総評はよく「にわとりがアヒルになった」といわれる。つまり誕生当初はレッドパージにも人員整理にも「ケッコー、ケッコー、コケコッコー」と賛成していたのが、そのうち単独講和反対、勤評反対と「ガ―ガ―」文句を言い出した。60年安保、沖縄返還、日韓会談反対、みのべ都知事実現などのたたかいの先頭に立った。

 もちろんいいことばかりでなく、社会党一党支持や反共路線といった後ろ向きの方針も根強く引きずっていた。結局それが災いして総評解体、連合結成という事態になってしまった。総評の積極面を引き継いだ全労連だが民間主要組合への影響力を失い、ストも打てなくなった。残念だがどうしようもない。

 総評会館は連合会館になった。その連合会館の前に7月のある日、「連合は勝手に労働者を代表するな!」というプラカードを持って労働者が集まった。例の「残業代ゼロ法案」を連合幹部が呑むと決めた時だ。この抗議行動について、連合加盟の全国ユニオンの鴨桃代顧問は心から同意する。

 「連合が最大のナショナルセンターといっても、そもそも労組の組織率が17%くらいしかないのに、なぜ連合の、それも一部の幹部がすべての労働者代表であるかのように、労働者全体に影響の及ぶ法律を勝手に決めるのか。怒りをぷつけたいはよくわかります」(8月25日付『週刊金曜日』から)。

 結局連合は「残業代ゼロ法案」の修正・是認方針を撤回し、反対することに戻した。内部的には、政権とつるんで労基法改悪を謀った次期会長候補の逢坂直人事務局長が失脚する羽目になった。しかしこの間の右往左往ぶりはいかにもみっともなく、政府と財界から足元を見られて揺さぶりをかけられることは必至だろう。

 いま労働組合に求められているのは何だろう。前記『週刊金曜日』で雨宮処凛さんは「エキタス」のような組織が運動の方向性を示していると主張する。「『悲壮感を出さない』という彼らの運動はいつもスタイリッシュでカッコいい」「最低賃金を上げろ。この要求は、あらゆる対立を超える」。

 おれみたいに総評労働運動の中で半生を過ごしてきた人間には、エキタス的運動だけでは権力や資本から大幅な譲歩を引き出すのは無理だという思いがある。もう一度労働運動を根底から考え直す時期に来ていることだけは確かだが。
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2017年08月04日

政府系金融機関労組の解散に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年08月02日
政府系金融機関労組の解散に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ島のロングステイから帰国して5日経つ。溜まっていた『毎日』と『赤旗』に目を通す。連合が残業代ゼロ法案の容認に転じ、組織内外から猛烈な反発が出て再び法案反対に。組合民主主義に基いた軌道修正との誉め言葉はどこからも聞こえない。いずれにしてもこれで連合の株が急落したことは確かだ。

 郵便物を開封して捨てるものと保存するものを選別。後期高齢者医療保険料の決定通知。年額113,400円。それと介護保険料決定通知書も。こちらは81,000円。これが245万円の年金から天引きされる。年4回発行の毎日新聞社報。6月23日に開催された毎日HD株主総会の記事。後で読もう。

 郵便物の中に、労働組合を解散するという「お知らせ」があった。政府系金融機関労働組合(政金労)が6月24日〜25日に開かれた第22回大会で解散を決定したという。政金労は1998年、都労委に係争していた国民金融公庫(国金)の差別争議の中で生まれた。争議解決前の組合結成は珍しいと言われた。

 国金には「国金発展会」という活動家の組織があった。1986年、この発展会が中心になって都労委に申立て、職場でもたたかってきた。国金には労組があり、70年代は民主的な組織だったが当局の支配介入で御用組合になった。発展会の活動家たちはいろんな議論を克服して政金労を結成したのだ。

 「設立大会の議案書には『労働組合があっても闘う力がなければ不当差別や人権侵害は繰り返される。公庫の組織的系統的な不当労働行為の打破、公庫で働く仲間の健康といのちを守り、橋本行革(当時)と闘い、公庫の民主的発展のために闘う労組を目指す』との決意が記されています」。

 「私達は『職場の労働条件の改善』『公庫業務の民主的発展』を組合運動の大きな柱として19年余り活動してまいりました。しかし、組合員が定年と再雇用契約切れでの退職により今年度で組合員数が3名となることから組合を維持することが難しく、やむをえず解散を決定することになった次第です」。

 いわゆる潮流間差別争議の中で、労働組合を結成した例はそんなに多くない。今でも金融ユニオンとして活動している銀産労(静岡、東海、千葉、三和など)くらいになってしまった。差別反対争議は本来たたかう労働組合を取り戻すのが目的だったはず。それが果たせずこうやって姿を消すのは寂しい限りだ。
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2017年07月18日

ウブド通信E

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月14日
ウブド通信E

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 このところ存在感が希薄だった労働組合が、急に脚光を浴びた感じだ。「『残業代ゼロ』修正で一致」「連合の要請、首相受け入れ」(14日付『じゃかるた新聞』多分共同通信の配信記事だ)。13日に首相官邸で安倍首相と神津連合会長が会談し、首相が連合の「修正案」受け入れを表明したという。

 これも共同配信だと思うが、「強気の政府に迫られ後退」「連合方針転換、内部で不協和音」という解説記事も。これが面白いのでできるだけ忠実に要約してみる。

 首相との会談後神津会長は「(修正しないと)長時間労働がさらに拡大しかねない」と言い訳したが、連合内外で批判が噴出している。連合傘下の全国コミュニティユニオンは「過労やハラスメントが横行している実態とかけ離れている」「小さな穴を開けてはいけない」と指摘。「労働事件が専門の弁護士も『政権支持率が低下している時に助け舟を出すに等しい』とするなど、批判は連合の外にも広がった」。

 一方政権側にとってはどうか。「もり・かけ疑惑」や東京都議選の惨敗で四苦八苦している現状。臨時国会のメインとした「働き方改革」までとうてい手が回らない。そんな苦境を乗り切る「渡りに船」となったのは確かだ。ある自民党幹部は「法案成立の環境が整いつつある」と自信をみせた。大万歳なのだ。

 「労働界の反対で2年以上塩漬けになってきた(労基法)改正案は成立に向けて動き出した。連合幹部の1人は『テーブルに着けば政権の思惑に飲み込まれ、テーブルに着かなければ何も実現できない。それが安倍一強の怖さだ』と漏らした」。これが解説記事の締めの言葉だ。

 まったく情けない「連合の存在感」である。資本との対決を忘れ、組合員の苦しみの声に耳を貸さず、団結とか争議権とかを死語にしてきた連合。「貧すれば鈍する」ということだろう。ユニオンショップと組合費のチェックオフの上に胡坐をかいた労働組合の末路だ。

 ――朝のうちは雨雲に覆われていたが、昼寝から醒めてみたら南国の太陽が照りつけていた。相変わらず腰からもも、ふくらはぎにかけて痛みが走る。歩くのも困難。仕方がないのでパソコンに向かうかベランダで本を読むか、している。23日には孫たちが来る。それまでに少しはよくなればいいのだが。
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2017年06月19日

政権による公務の私物化を許さない

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月18日
政権による公務の私物化を許さない

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 国政私物化の安倍政権のもとで、公務員は官邸のごり押しに振り回されている。職務に忠実になるとはどういうことか。国民に対する奉仕者としての任務はどう果たせるのか。公務員であること故の悩みは尽きない。その悩みや言い分は公務員の内部からは出しにくい。それを出させたのが公務員の労働組合だ。

 6月13日、国公労連が院内で開いた集会のタイトルは「加計・森友問題の徹底解明を求め、公務員・行政の私物化を許さない6・13緊急院内集会」。――「『公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない』(憲法15条)にもかかわらず、『一部の権力者の下僕になることを強いらる』(前川喜平文部科学省前事務次官)事態が続発しています。国公労連は、国の行政現場から、加計学園・森友学園問題の徹底解明を求めるとともに、公務の公正・中立性の確立を求めます」。

 14日付『赤旗』がこの集会の模様を報じている。写真によると会場の席は全部埋まっている。主催者挨拶は岡部勘市委員長。「核心は、政治権力によって公正であるべき行政がゆがめられ、税金が不適切に使われたのではないかということだ。国民の基本的人権、安全・安心を守る公務のあり方を根幹から揺るがす問題だ」。

 全経済産業労組飯塚盛康副委員長は「公務員を下僕のように扱い、問題が起きれば、個人に責任を押し付ける安倍政権に怒りの声をあげよう」と呼びかけた。国公労連鎌田一書記長は「首相官邸が幹部人事を握り、公務員が政権の意向に従わざるを得ない仕組みになっている」と指摘する。

 国公労連の集会案内によれば、このほか「”霞が関不夜城”の過労死ラインで懸命に働く職員への理不尽」「背景にある国家戦略特区と内閣人事局の問題点」などの報告があったはず。また菅官房長官を記者会見で追いつめた東京新聞の望月衣塑子記者も発言したと聞いている。

 労働組合の社会的役割は、企業経営のチェック機能だとおれは思っている。公務員労組の場合は行政のチェックだ。今回の国公労連の取り組みはまさに労働組合がやるべきことをきちんとやったということだ。労働組合の存在感が薄くなっている昨今、国公労連の努力に敬意を表する。
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2017年06月01日

絶対お薦めの本「ともにがんばりましょう」

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月31日
絶対お薦めの本「ともにがんばりましょう」

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 バリ島在住の光森さんがグループメールで紹介していた塩田武士著「ともにがんばりましょう」を読んだ。著者は1979年兵庫県生まれ、神戸新聞社に勤務後小説家になる。神戸新聞を彷彿とさせる発行部数75万部の上方新聞が小説の舞台。おれが読んだのは講談社文庫で395ページ、740円+税だ。

 多分2010年前後の秋年末交渉。議題は@年末一時金、A深夜労働手当の引き下げ問題、Bハラスメント防止の三つ。組合側交渉メンバーは委員長、副委員長、書記長と4人の執行委員。会社側は労担をかしらに総務局長、各局次長クラスのこちらも7人。10月26日の会社回答から11月15日の交渉妥結まで必死の攻防が続く。主人公で教宣担当の武井執行委員は寝る間もなく奮闘させられる。

 上方新聞労働組合は新聞労連加盟だが、体質は根っからの企業内労組である。組合と対峙している朝比奈労担は10数年前の労組委員長であり、現寺内委員長も退任後は会社中枢を担う人物だ。だから対立しても奥深いところでは信頼感や連帯感がある。しかしだからといって交渉議題での安易な妥協は許されない。数百人の組合員の生活がかかっている。働きやすい労働環境を維持しなければならない。

 おれはこの労使交渉の悪戦苦闘を読んでいて。40年前の毎日労組を思い出した。当時毎日新聞社は金融資本に揺すぶられて倒産の危機にあった。おれは本部交渉員ではなかったが、大住委員長、福島書記長らは、議題や深刻さは違うものの、基本的にはこの小説と同じような立場で苦闘したのだと思う。

 妥結を前にした寺内委員長の言葉が泣かせる。「私はこれまで、情報の海を渡るのに、再販制度、記者クラブ制度、戸別配達でつくられた『新聞』という豪華客船にとって代わるものなどないと思ってました。しかし、90年代半ばよりパソコンと携帯電話が同時普及し、国民の生活の質を変えてしまいました」

 「豪華客船とはまるで違う構造の、船ともポートとも判別がつかない乗り物が、いま情報の海を失踪しています」「(かつての豪華客船は)船底には穴が開き、徐々にその身が沈みつつあります」「しかし、きれいごとを抜きにして我々は生き延びねばなりません。それは単なる生活者としてではなく、新聞人としてです」「こんな時代だからこそ、新聞の存在意義が問われるはずです」。

 新聞労働運動に携わった人はもちろん、新聞に関心を持つ多くの人に読んでもらいたい本だ。
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2017年05月31日

祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデーB

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
17年05月06日
11537 祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデーB

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 当時、中卒者は「金の卵」ともてはやされていた。高度成長期にあって、重要な働き手だったからだ。子どもたちは金≠生んだのである。ちなみに、現在すすんでいるNHKの朝ドラ(ひよっこ)は東北地方出身の子どもたちが多いが、九州、四国からの集団就職は大阪、愛知に配属されていた。

 東京に出てきたのは良かったが、仕事を探すのに苦労した。みつかったのは新聞配達だった。集金はなく朝夕の配達だけで宿舎や社会保険も完備しているという。有楽町にあるその新聞販売店に飛び込んだ。前述したように、同じような勤労学生ばかりだった。店は全ての新聞を扱っている「合売店」だった。

 配達先は企業だったため、一般家庭のように早起きは必要ない。販売店が借り上げたアパートから電車通勤で十分間に合った。企業相手の配達は、かなりの量になった。自転車に積むと、自分の背丈ほどになった。当時はまだ路面電車が走っており、雪が降った日はその線路に自転車のタイヤがはまり、新聞ごと倒してしまい泣き≠ェ入ったものである。

 その新聞販売店が、私が労働運動を始めるスタートになったのである。1964年に上京し翌65年に初めてメーデーに参加。ということは、組合活動に参加したのは17歳だったことになる。(自分で言うのも変だが)実にませた高校生だったといえる。

 私がそうなった背景はあった。父の影響である。父の具体的な活動の中身は覚えていないが、一生懸命に労働組合活動をやっていた。当時、炭鉱労働者の組合は「炭労」と呼ばれ総評の中ではいわゆる闘う労働組合だった。父の思想的背景には、九州大学教授の向坂逸郎教授がいた。

 私が炭住街で暮らしていたころ、エネルギーが石炭から石油に変わっていった。そのため炭鉱は次々と閉鎖され、そこで働いていた労働者は職を失っていった。その最大の闘いが「三井・三池闘争」だった。この闘争を指導したのが向坂逸郎氏だと言われている。当時の社会党内にあった、いわゆる協会派である。

 私の父はこれに影響を受けていたのではなかろうか。中学生のころ、「向坂先生」という言葉を幾度となく耳にしたことがある。中身は覚えていない。が、父は向坂理論を糧にして活動していたと思われる。その意味において組合活動は徹底してやっていたし、レッドパージの対象者にもなったのだろう。

 その父の影響が、私の中にあったことは事実だと思う。新聞販売店の待遇改善は当然だと思ったし、組合に入るのに抵抗はなかった。以上、やや長くなったが、私がメーデーに参加するようになったきっかけを述べてきた。その労働運動が今でもつづいていることに、誇りをもっていいだろう、そう考えている。

★脈絡のないきょうの一行
7日・フランス、9日・韓国で大統領選挙。目が離せないぞ。

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祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデーA

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年05月02日
11536 祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデーA

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 私のルーツは、五島列島にある。だからと言って、五島で暮らしたことはない。聞いたところによると、父の家族が詐欺に遭い田畑すべてを失くし労働者化≠オて、島を離れて手っ取り早い炭鉱夫になったという。私が生まれたときに祖父はすでに他界していたが、父もその兄弟も長崎県、佐賀県、福岡県の炭鉱街で炭鉱夫として働いていた。

 私が生まれたのは、父が戦地・中国から帰ってきた1947年。団塊の世代だ。佐賀県伊万里市の炭住街だったがすでに二人の姉がいた。私が生まれた直後、福岡県直方市に移っている。父は労働組合の活動をやっていたらしく、レットパージを受けている。そのため、炭鉱を転々としている。もちろん、子どもである私も一緒に動いた。

 小学校2校、中学校は3校を経験している。その度に教科書が違い、苦労したことを覚えている。考えてみれば、当時は学校ごとに教科書を決めていたようだ。教師が選んでいたと思われるが、国の検定を受けたものではなく、それが本来の姿ではなかろうか。

 話が横道に外れた。私の下に妹と弟3人が生まれた。「貧乏の子沢山」の典型で、両親は7人の子どもを育てることになったのである。手元に写真家・土門拳の「筑豊のこどもたち」という写真集がある。

 1960年の作品であるが、この中に学校に弁当を持って行けない子供の写真がある。昼食時間に本を読んでいる。私はその子と同じだった。私の場合は学校の図書館に籠った。子どもに弁当を持たせてやれない母の気持ちはいかほどであったか、それを思うと今でも心が痛む。

 そういう生活のなかで、私は小学生の頃から定時制高校に通う、ことを決めていた。したがって中学卒業とともに、集団就職列車に揺られ愛知県刈谷市の鉄工所に勤めた。ふるさとを離れるとき母が見送りにきてくれた。15歳の少年の旅立ちだった。母はずっと手を振っていた。その姿を見て、小林多喜二の言葉を借りれば「泣かさって、泣かさって」仕方がなかった。

 ちょうど今、NHKの朝ドラが集団就職で上京して仕事をする子供たちの姿を描いている。あれとオーバーラップする。私は仕事が終わって、刈谷から(今では)JR東海道線で6駅離れた岡崎の工業高校の定時制に通った。もちろん電車通学は初めてだった。

 ところが、大学に行きたいと考えていた私はショッキングな話を聞かされた。大学に行くには、工業高校は不利だというのだ。悩んだ挙句、普通高校に乗り換えるため当時東京に住んでいた姉を頼って上京した。東京オリンピックが開かれた1964年であった。

(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
祝・憲法制定70年。平和主義はいつまでも元気であってほしい。
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祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデー@

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年05月02日
11535 祝・第88回メーデー――私の生い立ちとメーデー@

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 きのう、代々木公園で「メーデー」が開催された。連合は4月29日に行っており、本来の5月1日はこのメーデーが本家≠ナある。メディアは、「全労連系」という表現をするが、これは間違い。全労連に参加していない組合も含めて、実行委員会を構成し代々木公園に結集するからだ。当然、千代田区労協もここに参加する。

 私は、今年でメーデーには連続53回目の参加となった。初メーデー≠ヘ1965年。まだ高校生だった。定時制高校に通っていた私は、職場の労働環境があまりにもひどく、個人加盟の労働組合に加入していた。職場は新聞販売店だった。

 なぜこの職場を選んだか。定時制高校生にとっては絶好の環境だったからだ。朝刊の配達が終わって夕刊の配達までの間、勉強できたし昼間の大学に通学している仲間にとっては夕刊までに戻ればいいわけで、好都合だった。その新聞販売店には90人近くが従事していた。そのほとんどが、私のような高校生だったり、大学生だったり、大学受験生だった。何故か司法試験の受験生もいた。

 配達地域は千代田区内の大企業が密集する丸の内・大手町界隈、さらに霞ヶ関の官庁街もエリアだった。首相官邸、宮内庁にも配達していた。総理大臣や天皇は私たちが配達する新聞を読んでいた。今でもこの販売店は同じエリアを配達している。

 ここで待遇改善のたたかいが始まった。要求はシンプルだった。今でも残っている所もあるが、新聞販売店は朝刊の配達が終わると朝食が出た。この朝食に「おかずを出せ」というのが要求になったのだ。そのころの朝食は、ご飯と味噌汁、そして漬物だけだった。いわば、おかず闘争≠セ。

 そしてもう一つは、通勤手当をよこせ、だった。学生だから、ということで仕事のための交通費は支給されていなかったのだ。二つのシンプルな要求は共感を呼び、非公然だったが労働組合を十数人で結成した。この組合を軸に「従業員自治会」なるものをつくり、ここが要求交渉に当たった。結果は、なんと100%の要求実現をみたのである。

 ところが、その後販売店は1967年の春から夏にかけて、私も含めて6人を解雇したのである。恐らく組合結成の首謀者と見られたのであろう。6人の内訳は、大学生4人、予備校生1人、そして私は高校生だった。なんと、高校生争議団の誕生≠セったのである。初めてメーデーに参加したのが1965年。その2年後にクビを切られたのである。

(次回につづく)
★脈絡のないきょうの一行
北朝鮮の核実験に、噴火の恐れ(CNN)。アメリカや、イギリス、中国の時にはその懸念はなかった? ヘン。
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メーデー、60年ぶりの不参加

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年05月01日
メーデー、60年ぶりの不参加

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今日は第88回中央メーデー。朝から爽やかな五月晴れだ。もっともお昼頃から天気は不安定になり、雷、突風の惧れもあるという。おれは1958年の第29回中央メーデーから何らかの形でずっと参加してきたが、今年は例の腰痛で残念ながら断念した。おれのメーデー参加歴を振り返ってみたい。

 おれが初めてメーデーに参加した頃は、神宮外苑の絵画館前だった。その後芝公園での開催もあったと思う。60年代初めからは代々木公園に定着した。当時は統一メーデーで、労働4団体や純中立労組もこぞって集まった。デモコースは青山―国会前―新橋までで、6キロはあった。あまりの人数に行進はのろのろで、解散地点の新橋へ着くのは夕方になった。駅前の立ち飲みのビールの旨かったこと。

 統一メーデーは88年の第59回まで続いた。89年に総評解体、連合、全労連発足。そのあおりで分裂メーデーになった。メィン会場の代々木公園は連合に取られて、全労連系は江東区の辰巳緑公演に追いやられた。新聞労連は朝日や読売が全労連メーデーを嫌って不参加。おれが委員長を務める東京地連は組織決定して辰巳緑公園に参加した。参加者はそれまでの1000人から300人に減った。

 その後、全労連系メーデーは90年の夢の島公園を経て、91年からは亀戸中央公園に。毎年代々木公園使用を申し込むのだが都の不当な連合優先措置で認められなかった。デモコースはいくつかあったが、おれたちは浅草終点が多かった。お好み焼きや天ぷら屋での打ち上げ会は結構楽しかった。

 98年はフランスのパリメーデーに参加した。CGTと一部中立系の隊列に参加、リパブリック広場からナシオンまで3時間かけて行進した。こちらも労働団体ごとの分裂メーデーだったが、解散地点は同じように組まれているらしい。解散後のビールで乾杯風景は日本と同じ。屋外テラスで気勢をあげていた。

 連合がメーデー開催日を大型連休最初の休日(今年も4月28日だった)と決めたおかげで、01年からは全労連系が代々木公園でできるようになった。世界的にメーデーは5月1日だと思うんだがね。

 02年に松戸市長選に立候補した関係で、02年から05年まで4年間は松戸メーデーへの参加だった。午後2時から西口公園で集会を開き、デモコースも1キロほど。駅東口で解散し年金者組合の人たちと居酒屋庄屋で懇親会。都内へ出るより数倍楽ちんだがやはりちょっと物足りない。

 05年に新聞OB会代表委員に選出されたこともあって、06年以降は代々木公園の中央メーデーに参加してきた。それが今年途切れた。ああこれで「おれのメーデー」も終わりなのかな。
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護憲的改憲論なるものに与しないぞ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月30日
護憲的改憲論なるものに与しないぞ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「なるほどそうか」と注目した文章がある。『週刊金曜日』4月28日、5月5日合併号の宇都宮建児氏の小論。タイトルは「新9条論(護憲的改憲論)は有効か」。「(戦争法成立後)自衛隊の存在を憲法に明記し、自衛隊の実力行使に歯止めをかけるべきだという『新9条論』または『護憲的改憲論』が台頭してきている」として、小林節、伊勢崎賢治、田原総一郎、今井一氏らの名前を挙げている。

 おれはこの宇都宮論文を読んで、55年ほど前のある「論争」を思い出した。当時おれは20代前半で250人の輪転職場に2人しかいない毎日新聞労組東京支部執行委員だった。同時に新聞労連東京地連の書記長も兼務していた。警職法改悪反対や60年安保闘争の真っただ中、労働運動の昂揚期だった。

 高度経済成長の波に乗って新聞に面白いほど広告が集まり、それを紙面に載せるため増ページ競争が盛んだった。それは直接労働条件の悪化につながると同時に、広告主への配慮から報道の自由が侵されるのではないか、という懸念もあった。新聞労連は勿論、毎日労組も増ページ反対闘争に取り組んだ。

 その時出たのが「絶対反対か条件闘争か」という議論である。増ページ反対と言ってもどうせ阻止できるものではない。増ページそのものは認めて、労働強化にならないように増員とか休憩時間確保とかの要求を出せばいい。報道の自由については増ページ反対運動とは切り離してたたかうべきだ。

 おれたちは職場集会を基本に、組合大会でも新聞労連の各種会議でも侃侃諤々の議論をした。おれは青年層や新聞労連に結集した他社の仲間とともに、増ページの本質は資本の過大利潤の追求にあり、搾取の強化である。病源は根っ子から断ち切らねばならない、として絶対反対闘争の貫徹を主張した。

 労連共闘、職場闘争を通じてはげしくたたかい、増ページは止められなかったが、結果的に増員や休憩時間を確保させた。言論の自由を守ろうのスローガンのもと、新聞研究活動が大きく盛り上がった。おれたち活動家は増ページを止められなかった挫折感を克服し、原則的たたかいの大切さを噛みしめた。

 『週刊金曜日』に戻る。宇都宮氏と同じテーマで論じた田中優子氏は「軍事力について悩み、議論し、現実と理想の乖離に心地悪い思いを持つ」それが「憲法9条の存在理由である」ときっぱり言い切る。その通りだと思う。

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2017年04月20日

『赤旗』日付欄の元号併記に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月19日
『赤旗』日付欄の元号併記に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


『赤旗』が4月1日から題字横の日付欄に元号を併記するようになった。何故そのようになったのか。日本共産党のホームページ(4月5日付)に理由が載っている。「今回の措置は、『西暦だけでは不便。平成に換算するのが煩わしい』『元号も入れてほしい』など読者のみなさんの要望を受けた措置です」。

 「読者の要望を受けた措置」というが、元号=天皇制=教育勅語=侵略戦争と連想ゲームのように言葉が浮かぶおれたち年代にとってはそれほど単純な話ではない。共産党ホームページも言っているように、1979年の元号法制定の時、共産党は「天皇の代替わりごとに改元する『一世一元』は、主権在民の憲法下ふさわしくない」として反対しているのだ。その時点から見て元号の本質が変わったとは思えない。

 元号法とは「第1項 元号は政令で定める。第2項 元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」というだけの日本で一番短い条文だ。明治憲法下の皇室典範には元号の規定があったが、新憲法や戦後につくられた皇室典範には元号に関しては何もなかった。昭和天皇が高齢になってきて、このままでは彼が死んだ後新たな元号を制定する法的根拠がなくなる。それで大急ぎでつくった法律なのだ。

 確かに元号は、国民の間で慣れ親しまれているとは言える。いま、公文書で西暦だけしか使わないのはパスポートくらいのものだ。役所への諸届けやビジネス文書、学校関係、病院の受診受付などすべて元号で表記する。しかしそれは元号表記が便利で合理的だからではなく、記入用紙が元号で書くようになっているからだ。法律は元号を強制しないとなっているが、実際は強制されているのである。

 おれは今年80歳になるが、2017から1937を引くとすぐ計算できる。元号ではそうはいかない。こんな例は無数にあると思う。元号使用が国民の便利のためとは到底思えない。結局天皇制と結びついた国家権力の国民支配システムの一環なのだと思う。いま、インターネットやスマホ時代の若者の元号離れが進んでいるという。おれはこれから西暦一本化が進むと思うし進ませなければならないと考える。

 なお『赤旗』が元号を併記するのは日付欄だけで、本文は今まで通り西暦のみだという。そうなると読者の「要望」だという「平成に換算するのが煩わしい」「元号も入れてほしい」などの声に応えるためには本文も元号併記しなければならなくなる。それでは歴史を逆戻りさせることにならないか、心配である。
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2017年04月18日

韓国訪問レポート@ 最高の案内人・植村隆さん

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年04月17日
11526 韓国訪問レポート@ 最高の案内人・植村隆さん

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 3月23日から25日まで、韓国・ソウルを訪ねた。外国に足を運ぶのは30数年ぶりだ。弁護士の友人に誘われ、慰安婦問題に関心を持っていたこともあって、二つ返事でOKを出した。以下、3日間の行動を報告したい。

 羽田空港を後にして、ソウル・金浦空港に着いたのは午後3時過ぎ。入国までかなり時間がかかる。パスポートの顔写真を確認され、両人差し指の指紋を取られたらやっと自由空間≠ノ入る。同行は弁護士2人、日朝協会の事務局長と私の4人。小回りがきくし、他の3人は何回か韓国には来ており安心。

 預けた荷物が回って来るのを待って、構内から外へ。そこには案内の紙を持った出迎えの人がずらり。我々を待っていてくれた人はすぐに分かった。元朝日新聞記者の植村隆さんだ。植村さんは、週刊文春などによって「捏造記者」のレッテルを貼られ、ネトウヨらの執拗な嫌がらせを受けて、家族も含めて被害に遭った。ご本人自身は予定していた神戸の女子大学で教壇に立つことが出来なくなった。

 植村さんは捏造記者だと報道した週刊誌こそ捏造である、として捏造ではなかったという名誉回復と、被った被害の損害賠償の訴訟を起こして東京地裁と札幌地裁でたたかっている。裁判を起こしたあと、韓国カトリック大学から客員教授として招聘され、裁判をたたかいながら現在は同大学で教鞭を執っている。

 私は植村さんには、宮澤・レーン事件の真相を広める会の取材を受けたときに初めて会った。新聞記者らしく、一つ一つきちんと確認しながら取材するその姿に共感を覚えた。そのときは確か、函館支局長だったはずだ。

 まず金浦空港から、地下鉄で宿泊先の明洞(ミョンドン)のホテルへ直行。案内されたのは明洞聖堂。韓国カソリックの本山である。植村さんのカソリック大学は、ここがバックになっているという。立派な建物である。中に入ってみると、ちょうどミサの時間だったらしく、きれいな歌声が響いていた。さりげなく写真を1枚撮らせてもらった。

 次に「最近できた施設に行きましょう」と明洞の繁華街を歩いてそちらに向かった。途中、広い通りに面したところで座り込んでいる人たちがいた。聞いてみると、ホテルを解雇され抗議中だという。植村さんに通訳をしてもらい、激励してその場を後にした。(次回につづく)

【明洞聖堂】
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【社前に抗議文をかかげて闘うホテル労働者】
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★脈絡のないきょうの一行
共謀罪法案が審議入り。「キノコ違法採取」も共謀罪だそうだ。笑えるけど、怒りたくなる。
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海外旅行・韓国(2009年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月15日
海外旅行・韓国(2009年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 新聞OB九条の会の年間特別企画。タイトルは「日本植民地時代のたたかいに学ぶ」。参加者は藤木(朝日)、清水、斉藤康、榎本(以上読売)、戸塚、岩田(以上毎日)、石坂、斉藤哲、川合(以上日経)、山川(道新)の男ばかり10人。旅行手配はたびせん・つなぐで、添乗員は荒井江梨香さん。

 10月6日朝8時20分に羽田を発って、10時35分にソウル・金浦空港着。空港を出るとその足で西大門刑務所博物館へ向かう。おれは2度目だが他メンバーは初めて。日本植民地時代、独立運動に立ちあがった義士たちが、監禁、拷問、処刑された。展示室には、その模様がリアルに再現されている。

 西大門刑務所を出たメンバーの顔は重くて暗い。2日目はその思いをさらに増幅させられた。午前はバスで1時間半揺られて独立記念館。広い敷地に展示館が点在している。「同胞の試練」館では、1894年の農民蜂起の平定に便乗して日本軍が朝鮮に出兵、王妃閔妃を殺害する情景が趣向を凝らして再現されている。「3・1運動」でバンザイする白い衣服の集団像は凄い迫力。メンバーは言葉もない。

 午後はまた1時間バスに乗ってソウル郊外の「ナヌムの家」を訪問。安信権所長の案内で展示室など所内を歩く。元慰安婦6人が談笑する居間は日当たりのいい明るい部屋。そこで元慰安婦・ハルモ二たちと会見したが、赤や青の原色のブラウスを着た彼女たちはニコニコしていて明るい。一緒に記念写真を撮らせてくれたが、おれたちの方が日本の歴史的犯罪に思いを馳せ、複雑な表情だ。小額だがカンパを置いて施設を後にした。

 滞在3日目の8日は、前2日とはうって変わった楽しい1日。お昼を挟んで午後までテーマパーク「民俗村」。野外のテーブルで、マッコリの上澄みだというどんどん酒をどんどん飲む。帰りのバスはみんな爆睡。南大門市場やタプゴル公園に行ったが人混みの中を歩くのが辛かった。夜は評判の韓国製ミュージカル「ナンタ」の鑑賞。料理人を題材にしたテンポの速い音楽劇で、入場料6000円の価値はある。

 帰国日の9日は世界遺産の昌徳宮(チャンドックン)を見て、仁寺洞(インサドン)を散歩。昼飯に参鶏湯(サンゲタン)を平らげる。夕方の便でソウルを離れ、午後9時半に羽田に着いた。西大門刑務所、独立記念館、ナヌムの家と気が重くなる旅だった。そのため夜の酒宴は気が乗らない、と思いきや、それはそれこれはこれで割りきり、連夜、焼肉とマッコリ三昧の結構なツアーでした。
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過去も米の戦争は空爆から始まった

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年04月11日
過去も米の戦争は空爆から始まった

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 アメリカのトランプ政権がシリアへの空爆に踏み切った。「米『化学兵器を阻止』」「シリア軍にミサイル攻撃」「露が避難『侵略行為』」「市民ら15人死亡 現地報道」(8日付『毎日』)。地中海に常駐している駆逐艦2隻からシリア空軍基地に向けて巡航ミサイル・トマホーク59発を発射したという。

 トランプ大統領は今回の攻撃は限定的なものだと言っているようだが、一度空爆を始めたらそれだけでは終わらないのが歴史の教訓だ。あのアメリカを戦争の泥沼に引きずり込んだベトナム北部のトンキン湾空爆。9・11テロの報復を理由としたアフガニスタン空爆。大量破壊兵器があるとのガセネタで始めたイラク空爆。結局地上軍を投入して本格戦争を始めたではないか。戦争に限定なんかあり得ないのだ。

 さらに恐ろしいのは、今回のシリア空爆が北朝鮮への威嚇だという点だ。北朝鮮が弾道ミサイルを開発していることに対抗して米艦船を朝鮮半島に集め、「すべての選択肢がテーブルの上にある」と広言。シリアの次はお前だぞというわけだ。この挑発行為によって危険に晒されるのは韓国と日本なのだ。

 トランプ大統領は4日のシリア攻撃について、アサド政権の化学兵器による攻撃で犠牲になった子どもの写真を示し「非人道的行為であり、これを防止するための攻撃は米国の利益になる」と言った。彼はアフガニスタンやイラク、ベトナムへの攻撃で死んだ子どもたちは死んで当然と言うのだろうか。

 おれたち日本国民として看過できないのは、こんなトランプの蛮行を日本の最高責任者・安倍晋三首相が「支持」し「理解」すると表明していることだ。北朝鮮への軍事的圧力行為についても9日、トランプ側から申し入れられた電話協議に応じ「緊密に連携して対応する」と即座に約束した。

 安倍首相は電話協議の後の記者会見で「シリア、北朝鮮について率直な意見交換を行うことができた。大統領が同盟国、世界の平和と安全のために強いコミットメンと(関与)をしていることを高く評価した」と述べた。トランプがやったこと、やろうとしていることにもろ手を挙げて賛成したということだ。

 これからシリアでの軍事行動はエスカレートするに違いない。北朝鮮でも何が起こるか分からない。トランプ大統領に隷属を表明した日本。北朝鮮が自国を守るためと称して、日本を攻撃する口実を与えたことだけは確かだ。こんな首相には即刻退陣してもらわなければならない。日本と日本国民の安全のために。
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