2018年02月02日

天体ショウ・皆既月食 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
18年02月01日
11556 天体ショウ・皆既月食 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 昨日は皆既月食だった。天気情報は、下り坂で諦めかけていた。が、帰途、東京ドームと地下鉄後楽園駅を結ぶ陸橋に差し掛かったら、空を見上げているひとたちがいた。なんだろうと、私もその仲間に加わってみると、ジェットコースターの上に輝く月を見かけた。

 慌ててカメラのシャッターを切った。以下、その写真だが写りはイマイチでも雰囲気を味わうことができる。ぜひ写真をクリックしてみてください。

【21:33 ジェットコースターの上の月。すでにショウは始まっていたが、遠いせいだろう丸く見える】
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【21:34 上弦の月風に変身】
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【21:43 かなり小さくなった】
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【21:48 息をのむ瞬間】
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【21:50 見えなくなる寸前】
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 広い、広い宇宙で、こういう変化を見ることができるのは有り難い。これも、平和だからこそ出来ることだ。


★脈絡のないきょうの一行
年金未納7ヶ月で強制徴収へ(時事通信)。これはもうオイハギだ。国にそんな権利があるのだろうか。
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爆風(43)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月31日
爆風(43)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 松風寮の加々路仁は、8.25のような混乱が生じるのは部隊に情報が少なく周囲から孤立しているせいだと思った。関東軍火工廠は満州918部隊に属し、部隊司令部は文官屯にある。そこへ行けば情報が得られるに違いない。早速林光道部隊長の許可を得て、トラックでまず遼陽へ行き列車で奉天へ向かった。同行のK青年と2人、満人服を着て三角の編み笠を被る。どこから見ても満人と区別がつかない。

 遼陽から奉天へ、客車に乗れた。周りは満人だけ。ソ連兵が見回りにきた。満人に密告されるかと怖れたがそんなこともなく奉天についた。ここから文官屯までは歩かなければならない。2人だと目立つので文官屯で落ち合うことにして別行動をとる。文官屯は奉天の郊外で屯(村)というより賑やかな町だ。

 裏通りでソ連兵と満人が何やら取引しているのを目にした。構わず歩いているといきなり突き飛ばされて足で蹴られた。加々路は逃げるにしかずと駆けだしたが追いかけてはこなかった。途中八路軍の検問に引っかかったが何も持っていないので無事通過。まだ日の高いうちに文官屯官舎に着いた。

 将校寮に直行すると同期の菅根大尉や山田中尉がいて歓迎された。火工廠の8.25の玉砕騒ぎがこちらにも伝わっているらしく「大変でしたね」と労われた。奉天市内の状況は思った以上に過酷で、毎日死人が出ているそうだ。新京の様子はここでも掴めていない。連絡が取れないという。

 加々路は情報収集にはどうしても新京へ行かなければならないと決断した。ちょうどそこへ大連から松本百公が帰ってきた。松本はロシア語、中国語が堪能である。加々路が新京への動向を頼んだところ快く承知してくれた。10月初め、ソ連の軍用列車を乗り継いで2日がかりで新京に着いた、

 新京には田島さんという竹村正大尉の奥さんの実家がある。訪問するとわざわざ遼陽から来てくれたと大歓迎された。竹村大尉の無事を伝え、関東軍司令部や居留民会へ行って話を聞きたいと述べた。民会については丁寧な現況説明があったが、司令部の動向は分からないという。主力は朝鮮国境の通化へ行ったようだが、残った軍人はソ連の捕虜収容所に入れられている。連絡の仕様がない。

 加々路は何とかして捕虜収容所に潜りこむ方法はないかと考えた。ソ連軍が満鉄社員に優しいというので満鉄の制服を借りた。その上で兄が収容されているので野菜と肉を差し入れるということにする。失敗してももともと、当たって砕けろ、だ。空は青く晴れ渡っている。田島さんの激励を背に2人は出発した。
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扇山(1,138M)、犬目丸(794M)

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年01月30日
11555 扇山(1,138M)、犬目丸(794M)

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 1月20日、今年初めての山に登った。山梨県の扇山と犬目丸だ。扇山は中央自動車道・談合坂SAから北側方面に扇型をした山が見えるが、これである。調べてみたらこの山は1994年12月に登っており、実に23年ぶりということになる。

 このときは総勢11人の大所帯で、下山後は「君恋温泉」に泊まっている。山頂からの富士山は見事で歓喜したものだ。泊まる場所が決めてあったことから、日本酒の1升びん3本を交代で持ち歩き、宿でそれを飲んだときの旨さは忘れられない。

 23年前は電車だったが今回はマイカーを利用、鋤柄好子さんの車に同乗させてもらい、中央道上野原ICで降り県道で「犬目」まで進み、この近くの盛り土された「一里塚」の空き地に車を止めてスタートした。この一里塚は江戸時代に、目印として1里間隔で盛り土した名残りの一つだという。これは先人たちの知恵である。

 登山道に取り付いて10分足らずで、「君恋温泉」に着いた。この温泉はすでに休館になっていて営業していない。昔のことを思い出して、寂しくなった。ここからさらに進むと沢への下りに取り掛かる。せっかく登ってきたのにと、下るときの心境はイヤなものである。滝が見えた。大滝だ。高さはそうないが、立派である。その先に「大滝不動」を祀っている祠がありその横を抜けていく。

 しばらく歩くと人声がした。5、6人の集団だ。私と同じように中高年のグループで元気に歩いていた。急登がつづく。犬目丸との分岐で一休みし、扇山への道を急ぐ。最初はなだらかであるが、山頂が近づくとそれは厳しくなる。それを凌いで山頂に到着。先客が思い思いに休んでいた。

【扇山山頂風景、天気が良ければ正面に富士山が……】
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 われわれもその中に溶け込み、早めの昼食とした。今回は残念ながら雲に隠れて富士山は欠席≠セった。山頂をあとにして帰路についたが、「こんな急坂を登ったんだ」と驚くほどのそれであった。下山は今年の干支「戌」にちなんで犬目丸まで行ってみることにし、前進。分岐から10分ほどで到着。ここからの展望もなかなかいい。

 犬目丸をあとにして本格的に下山である。帰りは少し遠回りになるが、県道に出る道を選んだ。下山はいつものように足の筋肉に負担がかかる。車にもどったとき、すでに足はくたびれ果てていた。高速道路に乗る直前で、ふくらはぎがこむら返りを起こして道路わきに車を停車。薬を服用し小休止して前進したものである。5日間ほど階段を下りるときに、ふくらはぎや太ももに痛みが走り苦労した。

 風もなく、日差しもなく、富士山が見えないという不満は残ったものの、いい山行だった。

※行程/一里塚(9:00)−犬目分岐(10:15 10:25)−扇山山頂(11:15 11:50)−犬目丸(12:25 12:35)−一里塚(13:30) ▼徒歩総時間・3時間45分


★脈絡のないきょうの一行
年金未納7ヶ月で強制徴収へ(時事通信)。これはもうオイハギだ。国にそんな権利があるのだろうか。
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疑惑隠しみそぎ≠ヘ済んでいない

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年01月28日
11554 疑惑隠しみそぎ≠ヘ済んでいない

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 25日、トランプ大統領が「ロシア疑惑」に関連して、検察から事情聴取を求められたら偽証を問われる聴取であっても、「応じる」と発言。これは、当たり前のこと。それに比べ日本の首相はどうか。

 言うまでもない森友・加計疑惑である。安倍首相のお友だち<gランプ氏は疑惑について自ら対応するというが、こちらは逃げ回っている。疑惑が生じたら、それを明らかにするのは政治家の務めである。そうしなければその人の政治生命が断たれることもある。それをしなかった韓国の朴槿恵前大統領は、結局、失脚した。

 日本はどうか。昨年の大義なき解散・総選挙はモリ・カケ疑惑隠しがちらついていた。火消のための道具≠ニして解散権を振りかざしたとしか考えようのないものだった。選挙の結果はご承知のように自民党が勝った。が、これはよくよく見てみると「敵失」によるものだった。

 野党共闘の機運が盛り上がっているなかで、「希望の党」なる新たな保守野党が誕生した。この新党、初戦の段階で代表が「排除の理論」を振りかざしたために頓挫した。それに対抗して「立憲民主党」が出来たことにより、極端な減少を食い止めることはできたが、選挙民の目はそちらに奪われ、モリ・カケ疑惑が薄まってしまった。

 この疑惑問題は何一つ解明できておらず、国会で徹底した審議が必要である。それにつけても、日本のメディアの不甲斐なさにハラが立つ。韓国の大統領弾劾の流れを作ったのはメディアの力だった。それが、100万人のデモを生み大統領を追い出した。

 日本はどうか。首相の疑惑隠しへの批判はほとんど聞かない。もしかしたらメディアのなかでは「みそぎ」が済んでしまっているのではないかと疑いたくなる。首相とメディアによるダブル疑惑隠し≠セ(笑)とも考えたくなる。司法の動きも緩慢としか言いようがない。田中角栄のロッキード事件の時の検察はどこへ行ったのか。

 さらに森友学園の籠池泰典・諄子夫妻の仮釈放を許可しない動きも奇妙だ。仮釈放を許さないのは、証拠隠滅などが行われる危険性があるとき限られる。まだ裁判は始まっていないが、この夫妻の容疑は国に対する補助金適正化法違反の疑いと、大阪府の補助金をだまし取った詐欺の疑いである。

 その疑いで逮捕された訳だが、証拠隠滅などできるはずもない。いや、逆に隠滅が出来ない確証があったからこそ逮捕・勾留に踏み切ったのではなかったか。釈放しても何ら問題ないと考えるのは私だけだろうか。いや、穿った見方をすれば首相にたてつく者はこうなるんだ、という「見せしめ効果」を狙っているとも思える。

 よく考えてみると、この国はどこかヘンなのかもしれない。アメリカのトランプ大統領はヘンだが、民主主義に関しては日本の首相よりはまだましだ。


★脈絡のないきょうの一行
千秋楽を待たず、平幕・栃ノ心の優勝が決定。ふがいない横綱陣、いっそのこと全員引退したら?
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コケにされた「労働組合」

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月28日
コケにされた「労働組合」

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 26日の参院本会議で日本共産党の小池晃議員が代表質問を行った。「安倍政権の暴走 転換迫る」質問内容だった(27日付『赤旗』)が、安倍晋三首相の答弁は小池氏の言によれば「まったく質問に答えようとしない態度が鮮明になった」だけ。どうせ事務方任せでつくった答弁だろうが、『赤旗』に載った「働き方改革」関連の答弁要旨を読んでみた。そこにあるのはコケにされた労働組合の姿だった。

 まず「高度プロフェッショナル制度」。小池氏が「(残業代ゼロ法案であり)まさに財界の要求そのもの」と追及したのに対して「昨年3月28日、私自身が議長となり、労働界と産業界のトップと有識者に集まりをいただいた働き方改革実現会議において、働き方改革実行計画を決定した。この実行計画に基づいて行う改革であり、財界の要求そのものという指摘は当たらない」と答えている。

 また、「月100時間の残業規制は過労死ラインを超えている」との指摘については「時間外労働の上限は、月45時間、かつ年300時間と法律に明記する。そのうえで労使が合意した場合でも上回ることができない上限を、年720時間とし、その範囲内において複数月の平均では80時間以内、単月では100時間未満と定めている」「『過労死の合法化』という批判はまったくあたらない」と言い切る。

 そのほかで気になったのは、「無期転換ルール」について「改正労働契約法に見直し規定が設けられており、施行状況を監視しつつ対応している」と述べている点だ。つまり無期転換ルールの適用で紛争があるなら法律そのものを見直すというわけ。これは酷い。非正規労働者の雇用安定にとって大変な逆行である。

 それにしても「高プロ(残業代ゼロ)法案」は「労働代表」も容認しているとか、時間外規制は月45時間だが労使で合意するなら100時間まで働かせていいよ、つまり労働側の自己責任だよという言い方には今さらながら頭にくる。最もそう言わせる原因は連合の側にあると認めざるを得ないけどね。

 挙句の果てに「時間外労働を適正化するための指針を定め、国が使用者および労働組合等に対し、必要な助言、指導を行えるようにすることを予定している」と「労働組合に対する指導」まで持ち出された。哀れ労働組合は時間外労働のあり方について安倍晋三に「指導」されるところまで落ちぶれてしまった。

 ここまでコケにされて連合は黙っているのか。「官製春闘」に甘んじるのか。さあどうする。
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爆風(42)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月26日
爆風(42)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 ソ連兵と起居を共にした佐野肇中尉の手記《唐戸屯に進駐した十数人のソ連兵の接待係を命じられた。当時私は24歳、吹野信平少佐の命に従ってただ黙々と任務をこなした。毎日ソ連の兵隊たちと行動し、ソ連下士官と同じ建物内で夜を過ごした。この間に私が感じたのは、ソ連という国は気に食わないが、兵隊たちは無邪気な若者だということ。ただし、金目のものと女性に対する欲求は強かった。

 毎晩少尉以下の幹部と会食して随分酒を飲んだ。ビール、ブド―酒、日本酒、ウオッカ、焼酎何でもござれ。縄で縛った山羊の首を軍刀でちょん切って料理したりした。ある時、隊長の現地妻の日本人女性との仲を疑われ、一晩中ピストルで脅かされたことがあった。疑いは晴れたが今思い出しても怖い体験だった》。

 ソ連軍士官の炊事を担当した先崎俊雄の手記《8月31日からソ連軍の食事づくりを民会執行部の殿岡氏から依頼された。「自分はロシア料理はつくったことはない」と言ったが、洋食をつくれるのはお前たけだと頭を下げられて引き受けた。

 献立はロシアスープ(野菜、豚肉、鶏丸煮)、ハンバーグ、ローストチキン、餃子などで、材料は工場に備蓄してあった綿布類を近くの満人部落へ持参し物々交換して調達した。料理の評判はよく、毎日過食したため腹を壊した兵隊もいたという。ある時ソ連部隊長の自室に呼ばれ、ビールを振る舞われた。「あなたの料理はとてもうまい」と通訳を通してほめてくれた》。

 東京陵でパンを焼いた小森進会計科員の手記《東京陵へは6人のソ連兵が来た。宿舎は以前豆腐職人の満人が泊まっていた汚い部屋だ。この兵隊たちの食事を任された。初めての日、砂糖をふんだんに使った上等なパンを焼いた。それを食卓に出したところ「ネ―ハラショ―」と突き返された。糖分は駄目らしい。そこで翌日は砂糖抜きのパンにした。彼らは上機嫌でむしゃむしゃ食った。

 酒保の倉庫にあったウィスキー、ビール等はひと月半で飲みほしてしまった。あとは日本酒しかない。日本式に熱燗にして出したらこれも「ネ―ハラショ―」。コップの冷酒は上機嫌で飲んだ。突っ返された燗酒は私たち調理人があり難く頂戴した。

 ある日ソ連軍将校が「馬車を用意しろ」と命じるので、近くの部落で馬車を御者ごと借りてきた。彼らは倉庫にあった地下足袋を馬車に山のように積んで満人部落へ。そこで野菜、豚肉、アヒル等と物々交換して戻ってきた。本来の持ち主である日本人には何の断りもない。敗戦国日本の無力さ加減をいやというほど知らされた》。
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2018年01月25日

爆風(41)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月25日
爆風(41)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 進駐してきたソ連軍はどんな軍隊だったのか。まず筆者の遠い記憶から探ってみる。ソ連軍が宿舎にしたのは部隊本部の建物と工場だった。部隊本部は幹部クラスで一般兵隊は工場で寝泊まりしていたのではないか。工場は高い塀で囲まれている。8歳で国民学校2年生の私は友だちと連れ合って工場の塀の下に行った。すると若いソ連兵が顔を出して紙に包んだひまわりの種をくれた。炒ったひまわりの種は香ばしくてアブラもあって結構食えた。私たちは種をポリポリ噛みながら塀の下で石蹴りなどして遊んだ。

 唐戸屯地区の工務科鴨沢弘の手記。《唐戸屯地区に駐屯した分隊の最初の隊長はクリロフ少尉といった。背はそれほど高くなかったが白哲金髪の美青年だった。宿直の夜筆談で話し合ったことがある。愉快な好人物だ。ドイツ軍と戦ったことを自慢していた。あまり教養のある人物に思えなかった。部下の兵士の話では、確かに少尉は大学卒だが、ソ連では大学卒で優秀なのは技師になったりして軍務にはつかないそうだ。

 クリロフ少尉の後任はベリヤイエフ少尉で、その頃のこんな話が記憶に残っている。日本人女性を接待に出せとの要求に遼陽のその筋に頼んで職業的婦人に来てもらった。この婦人がその夜相手にしたソ連軍士官があまりに烈しいので一晩で遼陽に逃げ帰り、しかも入院してしまった。林光道閣下が激怒してベリヤイエフ隊長を難詰したという話だ。その後中国人女性に頼んだが彼女たちも一晩で逃げ出した》。

 庶務科米田穣賢の手記。《日本人による工場の施設撤去を監視しているソ連軍守備兵は、17,8歳の子どもみたいのと40過ぎの年配者だった。将校も20代そこそこで、全員補充兵ばかりのように見えた。文字を書けない兵が多く、書けても下手な字だ。彼らは時計や万年筆、カメラを欲しがった。腕時計を両腕に2つも3っつも付けて自慢しているが、ゼンマイが切れて動かなくなると「エエハラショ」を連発して腹を立てた。ネジの巻き方を教えると「スパシ―ポ」と子どものように喜んだ。

 機械類に対する知識に乏しく、兵器の扱いにしても、日本兵のように陛下の銃というような考えはなく粗雑に撃つ。唐戸屯の本部前で機関銃をぶっ放す。故障で動かなくなると決して修理などしない。弾を抜き取ると平気でその辺に置き去りにする。弾もキジを撃ったり、豚を撃ったり無駄遣いする。日本人にはとうてい考えられない。

 司令官が交代するときには貨車が1輌引き込み線まで回される。そこへ食糧や衣料品が詰め込まれるのだが、記帳が実にいい加減で実際との差は司令官の余得になる。満人はロシア人を大鼻子(ダービーズ)と呼んで馬鹿にしている。「ダービーズ・ローマイーアン」(ロスケは驢馬と同じだ)というのは、ソ連兵が女と見れば襲ってくるからだ。それに対して日本人はプーハオ(悪い奴)もいればシンテンハオ(良い奴)も多いからハオ(好き)だという。どこか親しめるということらしい》。
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改憲、正念場 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年01月24日
11553 改憲、正念場 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 今年も300通を超えるたくさんの仲間から年賀状が届いた。その4割の人から「今年は正念場」という書き込みがあった。何が正念場か、というと憲法問題だ。多くの人たちが、いまの安倍改憲に危機感を抱いている証拠でもある。

 22日から第196回通常国会が始まった。国会前の行動に参加してきたが、雪降るなかで600人の市民が「改憲反対、働き方改革反対」の声を上げた。会期は6月20日までだがこの国会がある意味、改憲問題の重要な節目になる。小ブログで1月5日から4回にわたって、労働組合の今年の課題として憲法問題を取り上げたが、この中でも今国会が山場になるであろうことを書いた。

 改憲問題を、改めて考えてみよう。改憲に熱心なのは「日本会議」であることはご承知のことと思う。日本会議は「2016年現在、会員は約3万8,000名、47都道府県全てに本部があり、また241の市町村支部がある。会長は、田久保忠衛(2016年7月現在)。日本会議国会議員懇談会、日本会議地方議員連盟および日本女性の会は、日本会議の関連団体。」(ウイキペディア)としている。

 同会は目的として「美しい日本の再建と誇りある国づくり」を掲げ、政策提言と国民運動を行うと謳っている。その一つが改憲であり、昨年5月に安倍首相が提案した9条に第3項を新たに加え、自衛隊を明記する、という考え方は日本会議が発祥の地≠セと言われている。改憲を推進する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(主宰は櫻井よしこ氏)があるが、この会は日本会議と連携しているといわれ、現在、改憲推進の「1000万署名」を提起し、精力的な活動を行っている。

 長年、改憲勢力は取り組みを続けてきたが今回は並々ならぬ動きとなっている。自民党はもともと結党の趣旨に「改憲」が入っており、その野望を今年こそは果たそうというのだ。これら一連の動きは、彼らにとっても「正念場」となっているはずである。

 現在「安倍改憲ストップ3000万人署名」が取り組まれている。私が所属する千代田区労協は、定期的におこなっている『69行動』と『消費税反対宣伝行動』で、この署名を優先的に取り扱うことを決めた。が、5月の憲法記念日までに3000万を集めようという試みにはまだまだ道のりがある。

 ここでこの策動を止めれば、おそらく向こう10年間は同じことを言い出せないだろう。平和を守る正念場として、改憲阻止に全力投球したいものである。


★脈絡のないきょうの一行
本白根山で突然の噴火。犠牲者が出たが、この予測は難しい。この山、コマクサが咲き誇るいい山なのだが……。
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爆風(40)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月24日
爆風(40)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 9月に入ると関東軍としての部隊編成が解かれ、民営の自治組織づくりが本格的した。それが日本人居留民会桜ケ丘支部となる(支部長・吹野信平、副支部長・浜本宗三)。支部運営は東京陵地区と唐戸屯地区に分かれ、それぞれに町会長を置いた。火工廠も民営の南満工廠と名前を変えて支部の管轄になった。

 南満工廠は工廠長の下に業務系統に応じて実力者を配置した。総務部長・鈴木弓俊、総務部補給課長・福田正雄、総務部教育課長・伊藤礼三、事業部長・川原鳳策、業務部長・馬場純一郎、動力担当・鴨沢弘、倉庫科長・加藤治久、第一工場長・得能典通、第二工場長・保坂秀夫の各氏である。

 ソ連軍は工場内の設備解体・搬出に日本人を使用したのに賃金を払わない。1万人近い居留民が食べていくのは至難の業だ。支部は工場に備蓄してあった小麦粉や高粱、粟などの雑穀を引き渡すよう交渉して当面飢えを凌いだ。同時に男は全員近隣の農家や工場に働きに出て賃金を稼ぐ。それをプールして必要に応じて分配した。「1人の犠牲者も出さずに生き延びよう」というのが方針の基本だった。

 支部が最も気を使ったのが近隣の現地農民との関係であった。8・25事件に際しては略奪、襲撃などがあり、居留民はさらなる危害を恐れたが幸い大事には至らなかった。いずれにしても以前のような支配者面はできない。対等の関係をこちらも自覚し、相手にもそのように接してもらわなければならない。、

 朴家溝で農場管理をしていた西村秀夫氏の手記によれば《近隣の満人農民たちとの関係も終始平和的であり友好的であった。大日本帝国の支配があった時代とは異なった親しさが生まれた。・・・・満服を着た私が凌陽への道を歩いていると、馬車で通りかかった農民が「西村さんどこへ行くんだ」と聞いて「乗ってゆきなさい」と勧めてくれたことが度々あった》と言うが、それは稀な例だったのではないか。当時8歳の私は母親に「満人は怖いから絶対に官舎敷地から出るな」と言われた記憶が残っている。

 満州の冬は厳しい。昨冬までは工場から配管されているスチーム暖房で、外が零下20度でも家の中は春のような暖かさだった。今年はどうなる。支部はソ連軍と折衝してひと冬越せるだけの石炭の確保に成功した。その石炭をボイラー室及び町内単位の貯蔵所までトロッコで運んだ。大変な労働だったが、この早めの対処が凍死を防ぎ居留民の命を守ったことになる。

 居留民にとって今満州はどうなっているのか、これからどうなるのか。情報がないのが一層不安をかきたてる。青年たちの間では「近い将来米ソ戦が始まる。強い方につけば日本は優位に立てる。それまで山中に入り馬賊になって時期到来を待とう」といったようなデマが飛び交った。支部はそれらのデマを防ぐため、新聞班をつくり、ガリ版刷りの「白塔新聞」を発行。「白塔新聞」は1946年2月まで発行され、町内会を通じて各家庭に配られた。
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ブログ十周年を迎えて

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月23日
ブログ十周年を迎えて

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 09年1月19日から始まった本ブログ「明日へのうた」が十周年を迎えた。ブログ開始からひと月後に生まれた孫の凌も10歳になる。4月には小学校5年生だ。この間おれは古希から傘寿へと馬齢を重ねた。身体のあたこちにガタがきている。昨日来降り積もった雪の雪かきもままならない。

 ブログ更新1230回、訪問者71,256人、リンク9、コメント160、トラックバック8、というのがこの間の実績だ。予想以上の出来のように思うし、それなりに皆様に受け入れられたようにも自負している。編集の仕方や写真の貼り付けなど今後の工夫も課題だが、今のままでいいような気もする。

 ブログのテーマとして「労働運動は社会の米・野菜・肉だ」を掲げたが、その通り一貫して追求できたかどうかは自信がない。春闘は本来労働組合の仕事のはず。それが「官製春闘」になってしまった。ますます労働組合は影が薄くなる。そうなってしまったのはおれたち世代の責任だとも思う。

 労働組合・労働運動は絶滅品種で不用品だなどと揶揄する奴がいるが、おれはそんな風には思わない。ますますその存在と任務が重みを増しているのではないだろうか。昔は良かったと愚痴るだけでなく、今の労働運動をどう語れるのか。難しい課題だが今後もおれなりに努力してみたいと思う。

 3年前から本ブログでおれの終活を試みてきた。終活だから自分で秘かに書き進めるべきかもしれないが、それでは緊張感に欠ける気がしてブログで公開することにした。

 最初は「検証・明乳市川事件命令」。今も争議は続いているのでどこまで書けるか迷ったがこの際全部吐き出すことにした。迷惑した方もいたかも知れないが墓場へ持っていくには忍びない話なので勘弁してほしい。明乳労務という思わぬ読者が現れたりしたが、おれの思ったほど反響はなかった。

 次は40年間、45回に及ぶ海外旅行の全ての記録。メモ、旅行パンフ類、アルバム、録音テープをひもといて全部網羅したつもりだ。これに写真を貼りつけた冊子をいま作成中だ。

 そして今連載しているのが「爆風」。もう39回になる。やっと3分1通過したというところ。去年の夏ネットで購入した2万円の「関東軍火工廠史」が種本だが書いているうちにどんどん広がってしまう。ま、終活だから仕方ない。今年いっぱいで終わらせるつもりだが成り行きで分からない。みなさま今後もお付き合いの程、どうかよろしくお願い申し上げます。
posted by マスコミ9条の会 at 20:16| Comment(0) | インターネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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