2017年11月03日

ロシア革命100年に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年11月03日
ロシア革命100年に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 レーニンのロシア革命から100年、3日付『毎日』が特集ページを組んで解説している。「世界初の社会主義政権が誕生してから100年を迎えた。ロシア革命と20世紀の世界を席捲した社会主義が刻んだ足跡を振り返る」。ちなみに『赤旗』のこの2,3日分を探したがロシア革命のロの字もない。

 「社会主義 世界席捲」「騒乱・独裁繰り返し」「レーニン『日露関係楽観』1920年本紙と会見」「計画経済 私有財産を否定」。――小説「鋼鉄はいかに鍛えられたか」、レーニン「何を成すべきか」、ロシア民謡と歌声運動など、おれにとってはソ連という存在が深く思想形成に関わっている。

 おれと「ソ連」の最初の接触は1945年、日本敗戦の年だ。当時中国東北部(満州)にいたおれたち一家は、進駐してきたソ連軍の支配下におかれた。親父が勤めていた関東軍火工廠は工場ごとソ連軍に接収された。おれは国民学校2年生。工場の塀近くで遊んでいてソ連兵から炒ったひまわりの種をもらった記憶がある。

 スターリンが死んだのは1953年3月で、おれは高校入試に合格して入学を待っていた時期。日記をつけ始めたおれは《3月4日(木)2日未明スターリン首相が脳溢血で倒れ4日現在重態である》《3月6日(金)日本時間今朝3時50分スターリン死亡》と記した。

 おれが労働運動を通じて政治思想に深入りしていった1960年はじめ、ソ連はすでに社会主義国のトップとして世界に号令する力を失っていた。俺たちは現在のソ連は現代修正主義だと教わった。そのソ連とソ連批判の急先鋒の中国の代表が握手する瞬間を見たことがある。1963年の第9回原水禁世界大会の演壇の上だ。おれたちは客席で割れんばかり拍手をした。中ソの握手はあれが最後だったんだよな。

 時は流れて1990年9月、おれはマスコミの仲間と崩壊直前のソ連へ旅行した。モスクワ市内の有名なアルバート通りは行列が目立った。特にたばこを売るスタンドは長い行列、隣で若者がゴルバチョフ批判の演説をしていた。一方で豪華なバレー公演が1000円以下で見られる。価値観が乱れていた。

 日本共産党はスターリン以後のソ連の社会主義を認めない。おれもあれは社会主義ではないと思う。しかし、ロシア革命で目指した@公正な社会、A計画経済、B戦争反対の旗印は今でも通用する。小説や論文、歌や演劇、映画、バレーやオペラ、それぞれ高い水準の文化を産みだしたことも事実だ。今ロシア革命を再評価するのは大切な仕事だとおれは思う。
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爆風(9)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月31日
爆風(9)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 新京駅に着いた。照明弾が炸裂し近くで銃撃の音もする。駅員の話では、線路を挟んで満軍との交戦中だという。「吉林からここまで日本人の集団が列車で来るなんて信じられない。これからも責任は持てない」と駅員。家族たちはとりあえず持参の弁当を開くことにした。長友中尉は依然音信不通だ。他の主人は戻ってきて家族と食事をしているのに。いさ子は不安な気持ちで子ども3人と弁当を囲んだ。
 
 この時、長友たち将校は機関車の運転室にいた。満人の運転士はもうこの先には行かないと言う。軍刀に手をかけて運転士を脅したが首を縦に振らない。どうしたものか。1人の将校が軍服の内ポケットから財布を取り出した。札ビラを押し付けて説得し、やっと運転続行を承知させた。

 列車はゆるゆると動きだし、昼近くになって四平路というところまで来た。砲弾の音も遠のく。やっと危険地帯を脱出したらしい。工員の1人が「長友中尉のご家族はいますか」と弁当を取りにきた。いさ子は夫の無事が確認できてほっと胸を撫で下ろす。貨車の扉を開けて大きく息を吸った。

 停まる駅ごとに列車は難民の集団に取り囲まれた。「この汽車はどこへ行くのですか」「日本は敗けたのですか」「私どもはどうなるのでしょう」と口々に問いかける。「敗けていません。あの放送はソ連のデマです。しっかりがんばりましょう」と励ますだけで、これらの人々を置き去りにして列車は進んだ。

 17日午後5時、列車は懐かしい遼陽駅に着いた。林廠長をはじめ火工廠の幹部が出迎えてくれた。家族の1人が「ソ連のデマに惑わされて危うく敗戦を信じるところでしたよ」と笑顔で言うと、林廠長は何も言わずに下を向いた。やはり日本の敗戦は本当だったのだ。いさ子は真実を悟った。でもこれが遼陽到着後でよかった。逃避行の途中だったら、みんな落胆してどうなっていたか分からない。いさ子は夫の腕を掴みながら「ソ連のデマ」説を流したのは夫たちだったのではないかとふと思ったが口には出さなかった。

 8月18日の深夜午前2時、会計科タイピストの川口滝乃は吉野寮で睡眠中「電話ですよ」と芦田寮監の奥さんによって起こされた。電話は唐戸屯の事務所からで「すぐ来るように」とのこと。車は出せないという。こんな夜中に東京陵からどうやって行ったらいいのか。川口タイピストは覚悟を決めて通りに出る。疾走するトラックの前に命がけで飛びだして乗せてもらった。
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公明党の選挙後退と創価学会

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月29日
公明党の選挙後退と創価学会

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今回の選挙、東京12区(北区全域と豊島区、板橋区、足立区の一部)は共産党・池内沙織と公明党・太田昭宏の事実上の一騎打ち。結果は11万2597票と8万3544票で太田が当選した。太田はいわば公明党の看板なので公明党がシャカリキになるのは分かるが、自民党も安倍晋三首相、野田聖子総務相を応援に送り込むなど大変な熱の入れよう。例の小池ファーストや連合東京も応援に回った。

 この選挙区は前回14年の選挙では4人の有力候補が争った。池内、太田のほかに生活の党の青木愛、次世代の党の田母神俊雄が出て、太田8万8499票、池内4万4721票、青木4万0067票、田母神3万9233票という結果だった。太田が2万4098票増やしたのに対し池内は3万8823票の上積みである。保守・反共勢力総ぐるみの太田陣営に対して池内の善戦が際立っている。

 神奈川6区の公明党上田勇は野党共闘の立憲民主青柳陽一郎に8万6291票対8万2788票で負けた。前回は上田7万8745票、青柳5万2368票だったのだから大逆転である。上田は当選7回、財務副大臣を務めた大物。今やもてもての小泉進次郎まで応援に行かせた自民党の後押しも及ばなかった。

 公明党は今回の選挙で議席を35から29へと6つも減らした。これに対して「選挙期間が短かった」とか「比例区の定員削減が響いた」とか言っているがそれだけではあるまい。公明党の比例区得票が段々と減っている。ひと頃800万を上回っていたのが今回は697万である。共産党に入れた創価学会員が『赤旗』で紹介されていた。絶対支持団体である創価学会が変化を始めているのかもしれない。

 10月22日の衆院選当日、雨の降る中を信濃町の創価学会本部前で「共謀罪と安保法制の廃止のために闘え」「初代の獄死を忘れるな」とのプラカードを掲げたサイレントアピールが行われた。この行動は今回で9回目。創価学会から解雇された3人の本部勤務員とその支持者によって15年12月から続けられている。

 3人解雇の発端は、3人のうちの1人Aさんが『聖教新聞』購読を2部から1部に減らしてほしいと申し出たことから始まった。創価学会上部は減紙申し出を受け付けず本人への暴言を繰り返した。なおも説明を求めるAさんを解雇し学会から除名された。さらにAさんに同調した2人も解雇。今解雇撤回を求めて裁判でたたかったている。竹のカーテンといわれる創価学会内部から不満が噴出する日も近い気がする。
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2017年10月29日

爆風(8)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月26日
爆風(8)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 夜中1時頃、長友中尉が濡れ鼠になって帰宅した。ほっとして、一体私たちはどうなるのと聞くと「がんばってここまで来たが日本はもはや敗ける。918部隊に帰り最後のご奉公だ。遼陽に着くまで何があるか分からない。まさかの場合は日本人として恥ずかしくない行動をとるようお前も覚悟して欲しい」と言う。いさ子は「覚悟はできております」と答えた。

 一睡もしないで夜が明けた、遼陽へ帰る将校、技手、工員らとその家族数百人で部隊をつくり、龍単山駅で貨車20輌に乗り込んだ。長友中尉は家族と離れて別車輛へ。10時になってやっと新京へ向け列車はのろのろと動き出す。吉林までは普通20分なのに1時間もかかった。駅には包帯を巻いた負傷兵が集団で列車を待っていた。苦痛と絶望の目がいさ子たちに何かを訴えかける。だが何もできない。

 長い停車、いつ動くのか。じっと待ついさ子たちのところへ「重大放送があるのでそのまま待機するように」との指示が伝わってきた。いよいよソ連への宣戦布告か。人びとは決意を固めた。そこへ田宮技官が部隊司令部から戻ってきて「日本は無条件降伏しました。ただ今天皇陛下のお声で放送がありました」とみんなに告げた。一同晴天のへきれきの思いで声もなくうなだれた。

 しばらくして列車は吉林駅のホームを滑り出した。長友中尉は戻ってこない。果たしてこの列車に乗っていることやら。いさ子は心細さに3歳のわが子を抱きしめた。貨車の中は蒸し風呂のようだ。列車は高粱畑の中をゆるゆると進む。午後3時頃田宮技手が再び伝令に来て「先ほどの放送はソ連の謀略だった。いよいよソ連に宣戦布告だ」と息を切らせながら言って歩いた。意気消沈していた家族たちは新しい光を見出したように奮い立った。

 夕方から雨が降り出し、たちまち土砂降りなった。ガラスのない貨車の窓から雨水が降りこんでくる。毛布で窓を覆ったが効果はない。暗くなった。雷鳴か砲弾か、バリバリドーンという音がする。突然列車が停止した。「日本軍新潟県部隊何某であります。ただ今満軍が反乱を起こし、ここまで逃げてまいりました」と報告、何人かが列車に乗った様子だ。

 《満軍は日本の友軍だったはずだが》といさ子たちは不安になった。そこへまた伝令が来て「子どもを絶対に泣かせるな」との指示。もしこの列車にこれだけの日本人が乗っていることがばれればいつ満人に襲われるかも知れないということだ。今まで日本に服従していた満軍、満人が一夜にして豹変したのだ。
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いろいろあっても歴史は進む

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月25日
いろいろあっても歴史は進む

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 昨日24日の民進党参議院総会は大揉めだったようだ。「希望の党への合流を『代表一任』と決めて失敗だった」(桜井充議員)。過去を悔やんでほぞを噛んでいるというのが実情、情けない。前原代表への恨み節は際限なく、「党規に反した」として除斥か離党勧告を要求(小西洋之議員)する声もある。

 とはいっても参議院はまだ民進党が残っているからいい。可愛そうなのは衆議院で、民進党は解体して3つに分裂してしまった。3つのうち希望の党合流と立憲民主党参集でははっきり明暗が分かれた。「明暗分かれた元民進」「希望組3割当選 立憲組7割当選」(24日付『毎日』)。

 3割、7割というのは前、元、新人ひっくるめた数字で、前職のみだとかなり異なる。解散前の民進党衆院議員で今回立候補したのは90人、当選したのは65人。このうち希望の党は53人立候補して31人、立憲民主党が16人で全員当選、無所属は21人中18人が当選だ。希望の党へ行った前職で落選したのが22人もいる。「ああ希望でなく絶望だった」「緑のタヌキに騙された」とぼやいてももう遅い。

 この明暗はどこからきたのか、きちんと分析する必要がある。小池ファーストが失速し、追い風が向かい風になったことも事実だがそれだけではない。「市民と野党の共闘」に背を向けたたかどうかが厳しく問われる。国民から遊離して政界のからくりに乗ってしまったのが運の尽きだったのだ。

 さて今後どういう展開になるかということだが、一筋縄で行くとは思えない。民進党から立憲民主党に参集した人たちをメディアは「リベラル派」と呼んでいるが、これもあいまいだ。立憲の枝野代表、希望の党への合流を仕組んだ前原氏、無所属で当選した野田氏はともに政治活動の始まりは日本新党である。3人の政治理念がそれほど違うとは思えない。結局は民進党の復活になる可能性もある。

 日本新党は「非自民非共産」を掲げて一時政権を握ったがすぐ自民党に取り戻されてしまった。日本新党の流れを継いだ民主党も「政権交代」の風が吹いて政権の座についた。これも3年ちょっとでひっくり返された。どこに原因があったのか。やはり国民との結びつき、反自民勢力を大きく結集することができなかった、そこを衝かれたのではないかな。つまり「非自民非共産」では駄目ということなのだ。

 共産党は今度の選挙で議員も票も減らした。志位委員長は記者会見で「そのかわり野党共闘は前進した」と胸を張ったが、どう見ても負け惜しみに聞こえる。しかし清々しい負け惜しみだ。これからも道はジグザグだが、野党共闘=統一戦線に向かうことをおれは信じている。いろいろあっても歴史は進む。
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爆風(7)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月22日
爆風(7)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 居合わせた人々は直立不動の姿勢で泣いた。満人もともに泣いた。武井技手は満人傭工たちを集め「君たちも今日まで我々に協力し、日本のため満州国のため懸命に働いてくれた。本当にありがとう。君たちも聞いたように日本は敗けました。長い間の協力にお礼を言います。と頭を下げた。午後2時頃、部隊本部よりの伝達で満人傭工は全員退社させた。

 工場の一角が騒がしい。ある若い中尉がそこら辺を鞭で叩きながら「今の放送は陛下のお声ではない。あれは敵の謀略だ。みんな仕事を続けろ。騙されるな」と喚いている。そこへ林廠長から「作業はすべて中止せよ」との命令が伝えられた。喚いていた某中尉も静かになった。

 武井技手は午後3時、工場の全従業員を集め次のように訓示した。「我々のこれからの運命はどうなるか分からない。戦争に敗けたのは我々が彼らより能力において劣っていたからではない。敗けたのは物量が不足していたからである。人間性においても智能においても彼らに劣るものではない。戦争に敗けたからといって自ら三等国民、四等国民になり下がることはない。玉音放送にあった通り、耐え難きを耐え忍び難きを忍び、軽挙妄動することなく日本人の誇りをもってこれからも行動していただきたい。長い間皆さんには随分無理なことを言ってきたが、戦争に勝ちたいとの一念からであり許していただきたい」。

 庶務科の吉岡等少尉は敗戦翌日の16日、満人傭工・苦力の責任者を呼集し敗戦の事実を告げた。さらにこれからのことについて「工場が閉鎖されたので全員辞めてもらう。列車の手配はできないので各自適宜帰郷してほしい。帰郷費用はできる範囲で支給する」と説明、倉庫に保管してあった食糧、衣料品を分配した。これを受け取って、数千人の満人傭工・苦力たちは全員混乱なく火工廠を去っていった。

 火工廠から吉林に派遣されて新工場建設にあたっていた長友安中尉の妻いさ子は、8月14日夕方夫の帰りを待って夕食の支度を始めた。外は篠突く雨である。玄関が激しく叩かれ、急いで出ると町内会の通達文書を渡された。「明15日午前8時龍単山駅に集合し列車で遼陽本部に帰隊する。荷物は1人2個、主人のみ軍用行季可、食糧3日分携帯のこと」。一体何事が起こったのだろう。いさ子は隣家の田宮技手夫人と相談して、とりあえず荷物づくりにかかった。長女の恵子(13)が手つだってくれた。
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2017年10月21日

爆風(6)

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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月21日
爆風(6)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 満州西部のハイラル方面から進攻したソ連軍は、12日にも新京に達することが想定された。一方蒙古方面からの敵は11日には赤峰を陥れ、錦州に迫りつつある。この勢いでは13日夕刻にも火工廠の前面に出現する可能性があった。火工廠の関東軍918部隊は、通化に異動した総司令部からの命令を受けるべく、再三手を尽くしたが駄目だった。こうなっては林部隊長の権限で作戦を立てるしかない。

 将校たちが召集された会議で示された方針は次のようなものであった。@迫りくる敵にできる限りの損害を与える、A火工廠の施設を一切敵に使わせないため破壊し尽くす、B敵の捕虜になる前に、婦女子を先頭に最後は全員玉砕する。敵にできる限りの損害を与えると言っても、918部隊はそもそも戦闘を目的としていない。武器といえば数丁の機関銃とあとは小銃と軍刀くらいしかない。抵抗はたかが知れている。結局は、工場を破壊し全員玉砕するというだけの絶望を絵に描いたような方針だった。

2、日本敗戦
 8月15日朝、猪野健二雇員、岸田義衛会計科員ら数人は、奉天の様子を探るべくトラックで東京陵を出発した。正午に重大放送があると聞いていたので、途中の煙台という部落に立ち寄り、屯長さんの家でラジオを聞かせてもらった、天皇が日本の敗戦を宣告したことが分かった。悔しいとか悲しいとかいう先に、これからの日本はどうなるのか、自分たちはどうなるのか、が心配だった。とりあえずそのまま奉天に向かったが司令部は空き家同然だった。夕方帰路につき激しくなる風雨の中をトラックを走らせた。

 技術将校の稲月光中尉は8月15日正午、工場の控室で他の将校や技手たちとともにラジオを囲んで「重大放送」を聞いた。初めジージーピーピーと雑音だけだったが、やがて「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という天皇の言葉が聞き取れた。どうやら戦争は負けたらしい。稲月中尉は火工廠の部隊本部へ急いだ。ちょうど本部会議室から林部隊長以下が出てくるところで、どの顔も悄然としていた。稲月中尉はすぐ各工場を回り、敗戦の事実を報せ、軽挙妄動をしないよう注意して歩いた。

 東京陵第一工場では12日から連続3日、徹夜で急造地雷の製造に必死に取り組んでいた。工場責任者の武井覚一技手は15日11時半に、工場事務所のラジオを事務所全体に聞こえるよう調整して玉音放送を待った。事務所には事務員、班長のほか満人たちも集まっていて足の踏み場もない状態。やがて放送が始まり日本の敗戦が明らかになった。
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松戸伊勢丹の閉店と総選挙

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2017年10月20日
松戸伊勢丹の閉店と総選挙

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 松戸市で唯一のデパート伊勢丹が来年3月で閉店するという。開店して何年になるんだろう。30年は超えるだろうと思う。おれの洋服のサイズはスーパーでは揃ってないので、ちょっと割高だが伊勢丹5階のラージサイズコーナーで買っていた。松戸駅前のマンション住まいの長女は超お得意だった。

 うちの女房も伊勢丹のなんとか会員でカードを持っている。2,3日前、閉店とカードの件でお知らせ手紙が来た。朝飯の時、なんで閉店なのかなと話題になった。おれが「高度経済成長時代のいわゆる中流層がいなくなったせいじゃないかな」と言うと女房も「そうかもね」と頷いていた。

 いつ頃かな、「勝ち組」「負け組」なんて言葉流行ったことがある。派遣斬り、ワーキングプアも社会現象になった。要するに貧困と格差の時代が来たんだよな。一部の超金持ちと貧困層に社会が二極化して中間がなくなった。お客をたくさん呼ぶのは100円均一店と高級ブランド店というわけだ。

 デパートだけではない。飲み屋の世界もそうだ。小料理屋や割烹というちょっと小綺麗で、一回の飲み代が5000円程度という店が見当たらなくなった。大量仕入れ、大量販売、安価強調のチェーン店か巷を席捲している。昔、トリスパーの上にサントリーバーというのがあってその上に銀座のバーやクラブがあった。下から上まで継続的につながっていた。それが今は下と上は断絶している。

 新自由主義というのは結局競争社会ということになる。がんばれば上に行けるががんばらなければ脱落だというが、社会の仕組みはそんなに単純ではない。個人のがんばりなんかたかが知れてる。しかもがんばった挙句に過労自殺に追い込まれる。人をがんばらせておいてその成果を吸い上げている連中が必ずいる。例えば竹中平蔵だ。こいつらが中流を消滅させデパートを閉店させた。おれはそう思っている。

 3日後に迫った総選挙投票日。雨続きで選挙運動も大変だ。ご苦労さん。この選挙、憲法問題も争点として大事だが、格差と貧困、ワーキングプアの問題も忘れてはならないと思う。「働き方改革」などと称して労働者を雑巾のように絞ろうとしている連中を絶対に勝たしてはいけない。

 お昼、やっと雨が上がったようだ。22日の投票日には鴨川まで枝豆もぎに行かねばならないので、これから不在者投票にでも行ってこようかな。それにしてもどうして、おれのブログに安倍首相の顔があるんだよ。
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爆風(5)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月19日
爆風(5)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝になりギラギラした太陽が照りつけてくる。貨車なので窓がない。室温はどんどん上り、気分の悪くなる乗客のうめき声がする。病人が出ても手当のしようがない。ただ耐えるのみだ。新京から一昼夜かかって11日の夜10時に奉天に着いた。

 井上技手は奉天で鞍山行きの客車に乗り替えることができた。これで遼陽へは行ける。しかし遼陽に着いても東京陵までの交通手段が不明だ。一つ手前の張台子からなら歩くのが可能だ。そう考えて張台子で下車、漆黒の満人部落に入っていった。小高い山があった。ここで関東軍が抵抗線を引くらしく兵士たちが陣地を構築していた。満人部落では深夜だというのに男たちが何事か話し合っている。そのそばをびくびくしながら通り抜ける。東の空が明るくなる頃やっと東京陵に着きほっと胸を撫で下ろした。

 勤労奉仕学徒(勤奉学徒)として火工廠に派遣されていた奉天工大生の伊藤信は、8月12日、部隊本部前の広場に集合を命じられた。そこで林廠長から「勤奉学徒も部隊とともに行動をとり、最後までソ連軍に抵抗する。各自覚悟を決めよ」と訓示された。

 8月9日朝、東京陵第一工場の西村秀夫中尉が官舎で目を覚ますと近くでサイレンが鳴っている。急いで身支度をして部隊司令部に顔を出した。既に多くの将校がいて、彼らからソ連軍参戦の報を聞かされた。壁に掛けられた満州の大地図には、堤防を突き破った洪水のようなソ連軍の進攻ぶりが矢印で示されていた。国境を固めていたはずの関東軍は無抵抗だったようだ。

 その場で火工廠防衛の作戦会議が始まる。林部隊長から「既に掘られているたこ壺塹壕に潜んで敵戦車を待つ。迫ってきたら爆薬を抱えて突入する。1台でも多くの戦車を破砕し、もし生き残ったら陣地中央の高台に結集して玉砕戦法で戦う」との訓示。西村中尉はこの玉砕戦法に違和感を覚えた。

 西村中尉の妻は間もなく初めての子を出産する。「家族を朝鮮に疎開させる列車が出る」という情報が広がっていた。西村中尉は妻を疎開させることを考えたが《朝鮮までの鉄道はソ連軍の脅威に晒されている、そもそも朝鮮そのものが安全かどうか分からない》と思いなおし、しばらくこちらで様子を見ることにする。同じような迷いを持つ家族が寄り集まってこれからの事態に対処することになった。
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8時間労働制を叫ぶ共産党がんばれ

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2017年10月18日
8時間労働制を叫ぶ共産党がんばれ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今回の選挙で日本共産党は「8時間働けば普通に暮らせる社会の実現を」という選挙公約を掲げている。このスローガンは地味だが大事な内容を含んでいる。いま安倍政権の「働き方改革」政策で一番問題なのは8時間労働制を壊すことだからだ。メーデー発祥の時代から世界の労働者の共通の要求が8時間労働制だった。それを崩壊させようという悪だくみは絶対に阻止しなければならない。

 安倍政権は賃金の決定基準を労働時間から労働の成果に移そうとしている。それが高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ法案)であり、裁量労働制・成果主義賃金である。彼らは「仕事の成果が上がればそれで家へ帰れるから労働時間を減らすことができる」とか「成果を上げる人と上げられない人を同じ時間働いたからといって同じ賃金というのはおかしい」などと理屈をこねる。

 経営者は労働の成果を上げさせることに関しては貪欲で冷酷だ。成果が上がったからといって労働から解放させてくれるほど甘くはない。成果を上げさせるために彼らは、労働者同士に競争させることが一番だと思っている。わずかな餌で人を釣り、人を蹴落としてまで働く労働者を育成する。

 成果主義賃金は昔からあった。内職の加工賃だ。封筒を千枚貼ったらなんぼ、小箱を百個つくったらなんぼ、というやつだ。労働時間に連動してないから無制限に働かされる。しかも成果が上がれば加工賃を値切ってさらに働かせる。偉そうに「成果主義賃金」などと言うが元を辿れば内職型賃金なのだ。

 時間というのは誰でもどこでも公平・平等に進む。だから賃金も労働時間を基準にすればその限りでは公平・平等である。もし成果とか出来高とかを基準にすればどうなるか。労働者同士でばらばらになり、競争が生じて明確な基準は失われる。そこが経営者にとって目の付けどころでもあるのだ。

 賃金決定基準を労働者の生活費とか労働時間から職務、職能、成果などに移そうという経営者の試みは1960年代から本格化した。日本の高度経済成長の時代である。職務給、職能給が大企業を中心に導入された。それを指導したのは日本生産性本部であり、日経連であった。つまり労働生産性をいかに上げるかが目的だったわけだ。それは職場の差別につながっただけでなく、労働組合の弱体化ももたらした。

 8時間働いて、8時間休養し、8時間を生きがいに使う、これが人間の「生きる」という意味である。共産党がそのことに気付かせたことの意義は大きい。苦戦を伝えられる共産党の巻き返しのためおれもがんばる。
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