2017年07月10日

沖縄ノート(4) 尖閣防衛・抑止はユクシ

17年07月01日
沖縄ノート(4) 尖閣防衛・抑止はユクシ

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

 政府はことあるごとに、在日米軍が日本を守るための「抑止力」だと言っている。米国大使やアメリカの高官も、それを、ほのめかすように「尖閣は日米安保条約の適用範囲内」などと言っているのだが、それらは、日本政府を喜ばすためのリップサービスであろう。
 ところで、「よくし」と似る音の「ユクシ」は「嘘」を意味する沖縄の方言である。昨年、安倍首相がワシントンでトランプと会談した折に、トランプ大統領も「尖閣は日米同盟適用の範囲内」と、安倍首相に伝えたことがあった。安倍首相が相手に言わせたとも推測されるが、その大統領の言質をメデイアはビッグニュースのごとく取り上げ、「読売」などは号外まで出した。それによって、尖閣有事の際に在日米軍が出動するかのごとく理解した国民もいただろう。
 だが、「安保条約の適用範囲内」とは具体的に何を意味するのだろうか。
 日米が取り交わした「日米防衛協力のための指針」に、「島嶼防衛の第一義的な責任は自衛隊が担う」と書かれている。米国は尖閣防衛には介入しないことを意味しているのではないのか。「指針」には「支援、補完」とも書かれているのだが、その米国の行動内容は不明である。
 米軍の準機関紙「スターズアンドストライプス(星条旗)」が、尖閣防衛について、「岩をめぐる中国との撃ち合いに俺たちを巻き込むな」とする記事を載せたことがあった(2013年2月3日号)。米国の軍が尖閣防衛のために、自国の兵の血を流すのはやめてほしいと言っているのである。
 戦争法をめぐる国会論議で、安倍首相が「日本を守るために米国の若者が血を流す。自衛隊は米軍を助けない。それでいいのか」と熱弁をふるっていたのを、今にして思い出す。これも、ためにする「ユクシ」であろう。国会で示した、あの「お年寄りや子供を助けるために・・・」といった、在留邦人を乗せた米国の輸送船を自衛隊が援護するというパネル絵(尖閣とは関係なさそうだが)も、非現実的、情緒的フイクション、「ユクシ」であった。
 だいいち、米国は尖閣諸島が日本の領土だとは認めていない。尖閣が日中どちらに帰属するかについて、米国は中立という立場を一貫して取っている。と、すれば、中国を敵国として米軍が出動するはずがない。連邦議会がそれを認めるとも想像し難い。

 では万が一、尖閣諸島で偶発的局地戦となった場合、「支援、補充」のために、海兵隊の出動が現実に可能なのだろうか。以下は沖縄国際大佐藤学教授の見解である。
 航続距離が長く、飛行速度が高いオスプレイであれば、沖縄から尖閣まではひとっ飛び、と考える人もいるかもしれないが、機体がヤワなオスプレイは戦場では使えない。南スーダンでは銃弾が機体を貫通して搭乗兵が命を落としている。そのように、銃撃されれば逃げざるを得ないオスプレイが、尖閣諸島での銃撃戦では役に立たない。尖閣の小島に海兵隊を運んだとしても艦砲射撃の餌食になるだけである。
 では、「島嶼防衛の第一次的責任を担う」とされる自衛隊が中国軍と戦った場合、事態はどうなるのだろうか。『沖縄米軍基地問題プロジエクト』編、解説書は、日中間の局地戦となった場合を次のように想定している(筆者は前出沖縄国際大・佐藤学教授) 。
 もし、自衛隊で尖閣を「守る」戦争をするという前提に立ったら、どのようなことが起きるのか。尖閣が武力攻撃を受けると、国民保護法に従って、石垣市と宮古島周辺の島嶼自治体の住民は避難させなければなりません。この地域の人口は10万人以上です。戦闘への自衛隊の輸送をしつつ、同時に10万人をどうやって、どこに避難させるのでしょうか。現在、自衛隊の「南西シフト」により、自衛艦の不足が懸念され、民間船舶・船員を一時的に使うことが計画されています。その状況で、船や飛行機で10万人を避難させることは不可能です。
 また、尖閣で戦争になれば、即座に沖縄県への観光客はいなくなります。沖縄経済の一割が消滅します。さらに沖縄県が紛争地域になれば、県民が消費する食料・燃料・貨物を運ぶ貨物船も来なくなるか、保険料が高騰し、県民の生活が成り立たなくなります。
 日本国民は、沖縄だけが被害を受けると考えるでしょうが、日本が中国と戦争をすれば、日本経済はもちません。株価は暴落し、日本の製造業も成り立たなくなります。中国人爆買い観光客がいなくなるどころでは済まないのです。日本経済が崩壊します。最後は戦争だ、というような気分が広がることが、このような危機に導くのです。


 米中間の戦争が避けられないとする見方が一部に存在する。中国の経済力の増大が米中間の軍事的覇権争いを不可避にするという見解である。だが、そうだろうか。
 たしかに、この数年、経済成長率の鈍化が見られるとはいえ、改革開放以来の中国は、2025年頃までに米国を追い越すと予測されるほど経済発展はめざましい。その経済規模の拡大を可能にしたのは、輸出と海外からの投資であった。その輸出相手国の一位は米国であり、米国の中国への投資も中国経済にとって重要となっている。米中両国は経済的に相互依存関係にあるといえるだろう。
 しかも、米国債の最大保有国は、現在、日本を抜いて中国なのである。その償還を中国が要求したら米国の国家財政は痛手を被るだろう。であれば、双方とも戦争による直接対立は想定しがたい。したがって、米国としては尖閣をめぐる日中間の争いなどへの介入は避けたいところだろう。輸出に依存しない内需主導への転換が困難な中国としても、対米関係は外交上最重要課題となっている。それに、中国は独立志向が強まる香港、台湾との軋轢にも対処を迫られている。尖閣領有どころではない。
 中国は、2002年に東南アジア諸国連合(ASEAN)に参加し、「南シナ海行動宣言」を合意している。それ以後は、他国が実効支配する島嶼や岩礁への手出しは控えている(他国の実効支配がないとはいえ、領有権の定まっていない南沙諸島の一方的占有は問題ではあるが)。

 「行動宣言」は「領有権問題の平和的解決、実効支配拡大の自粛」を謳ったものであることから、中国政府は「尖閣問題棚上げ論」の立場に立っているのではないだろうか。その是非はともかくとして、尖閣の帰属問題は日中間で話し合うべきであろう。ことさら中国を脅威と見做す日本政府の外交姿勢は、日米関係をも揺るがしかねない。日本政府の姿勢は米中両国の姿勢とも異なっている。その外交姿勢は国際常識にも反していると言えるだろう。
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沖縄ノート(3) 地上戦と犠牲者

17年06月26日
沖縄ノート(3) 地上戦と犠牲者

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

(記述は新崎盛暉『沖縄現代史』、沖縄タイムス『誤解だらけの沖縄基地』、日朝協会機関誌『日本と朝鮮』を参考資料とした)

沖縄戦と6月23日
 沖縄は太平洋戦争で地上戦が戦われた唯一の日本の領土であった。
 敗色濃くなった1945年、日本軍沖縄守備隊が住民を動員し、沖縄諸島に航空基地と陣地建設に取り掛かった。航空基地建設は特攻隊による攻撃を準備するためであった。そのため、米軍の来襲を前にして住民は逃げる機会を失った。4月、沖縄本島に米軍が上陸、日本軍は水際で戦うことを避け、地上での持久戦に持ち込んだ。その間、上陸地点であった読谷村や嘉手納では数千人の島民が放置され、逃げ場を失い集団自決に追い込まれた。
 米軍45万人に対し、沖縄守備隊は12万人であった。戦況は日本軍の劣勢となり、首里城地下室に置かれた司令部は補給を断たれ、南部への撤退を始める。本土決戦にそなえて、そのための「捨て石」となることが命じられた。
 司令部が陥落すれば戦争は終結すると判断した島民は南部へと逃れ、多くがガマ(洞窟)で避難生活を送っていた。そこへ、南下する日本軍が割り込んできた。戦況が絶望的となると、住民に集団自決」が命令され、「スパイ狩り」が横行し、多くの住民が日本軍によって殺された。
 それらの死者を含め、民間の沖縄住民の死者数は13万人から14万人、全島民の4人に一人が犠牲となった。沖縄戦での日本兵戦死者が約7万3000人、米兵の戦死者1万4000人であったから、一般住民の犠牲者数が最も多かったことになる。前田栄子氏(基地のない沖縄をめざす会)はこのように記している(日朝協会機関紙の引用)。
 毎年6月23日は、あの戦争で失われた、たくさんの犠牲者に「二度と戦争は繰り返さない」と誓い、冥福を祈る慰霊の日だ。正午のサイレンで全県民が一分間の黙とうを捧げる。あの沖縄戦は、住民を巻き込んでの、この上ない地獄としか言い表す言葉が見つからない。勝ち目のない戦争で人口の三分の一近く、十数万人の尊い人命を犠牲にしている。幼い子供たちから高齢者まで、艦砲射撃や爆撃による戦死、餓死、自決、集団死、友軍(日本軍)による殺戮、そして戦後は、一家全滅あり、戦争孤児ありで、沖縄のどんな人もあの戦争と無関係ではない。生き残っても長くトラウマとして心の奥深くで苦しめられている。 

「銃剣とブルトーザー」
 戦後は、米軍の占領下で日本の全土に米軍基地が置かれたのだが、本土では、その多くの基地が日本軍の基地敷地跡に造られた。それが旧安保条約によって日本側に米軍基地提供が義務付けられることになる(全土基地方式)。だが沖縄は本土とは異なっていた。米軍占領下の沖縄では、基地建設のために、住民は「銃剣とブルトーザー」によって、土地を奪われ、家を壊され、立ち退きを強制された。
 現在、米空軍・海兵基地となっている普天間は、かつては1万3635人の人々が住む村落であった。現在は滑走路となっている中心部では、8800人の住民が平和な暮らしを営んでいた。そこには、村役場があり、小学校、郵便局があり、砂糖キビを絞る小屋や村人が集う闘牛場があった。沖縄戦が始まると村民たちはそこを去り避難した。1万5000人が住んでいた読谷村では、日本本土攻撃に備えるための滑走路建設のために、民家はすべて破壊された。沖縄本島の中部と南部では、民家のすべてが取り壊わされ、その跡地に18本の滑走路が造られた。
 戦火がおさまると、住民は急ごしらえの小屋に収容され、食べるにこと欠く日々を過ごした。
 当時を知る仲村元信さんがNHKの番組の中でこのように語っている。
 「空腹を我慢できずに収容所を抜け出して海岸に行くと、米兵が食べ残したパン屑、果物などが流れ着いていた。大人も子供もそれを拾って食べた。パンは乾かして食べた」。
 収容所の中は豚小屋同然だった。環境は劣悪、食糧らしきものは与えられず、飢えに苦しみ、マラリアが蔓延した。
 米軍は住民を12の収容所に送り込んだ。1945年6月には、県民の90%、30万人が収容所に送られている。沖縄では戦後も6300人が命を落としたという。

「平和の礎(いしじ)」
 戦後50年となった1995年、沖縄県は沖縄戦終結50周年最大の記念行事として、糸満市摩文仁の丘に「平和の礎」を建設し除幕式を行った。その記念碑には、敵味方・国籍の区別なく、沖縄戦で戦没した24万1414の名前が刻まれている。
 除幕式が行われた6月23日のテレビ画面には、誰であるかもわからない戦没者の名を涙ながらに指でたどる年老いた老女の姿があった。その後も花や線香をたむける人が後を絶たない。沖縄を訪れた年老いた数百人の米国人退役軍人が嗚咽しつつ、刻まれた戦友の名前を写し取る姿もあった。彼ら退役軍人たちは、かつての日本の敵国兵の名を、ともに刻む沖縄の人々の寛容さに感動し涙を流した。除幕式に出席したモンデール駐日大使は、「戦争記念碑に米国の犠牲者も刻名した沖縄のみなさんに、米国を代表して感謝したい」と述べている。
 だが、そこに刻まれた人々の名は沖縄戦の戦没者だけではなかった。中国大陸やアジア各地で敵国民の命を奪った沖縄出身者たち、広島、長崎で被爆死した沖縄出身者、戦争マラリアの犠牲者、遭難船の犠牲者の名も含まれている。沖縄戦を指揮した日本軍司令官牛島中将や長参謀長、住民を自決に追いやった兵たち、住民をスパイだとして殺した兵たちの名も刻まれている。
 とりわけ問題視されたのは、少なくとも数千人に上るといわれる朝鮮人慰安婦と軍夫の犠牲者の扱いである。「平和の礎」に刻まれた名は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)82人、韓国365人でしかない。それについて、韓国民団地方本部団長が除幕式の式辞で述べている。
 「ここで忘れてはならないことは、犠牲者の遺家族のなかで、子々孫々永代の恥辱であるとの理由で、刻名を拒んだ方々がおられたということです」。
 「日朝協会」資料によれば、「平和の礎」に刻まれた出身地別、国別死者数は、沖縄県14万9425名、県外都道府県7万7417名、米国1万4009名、英国82名、朝鮮民主主義人民共和国82名、大韓民国365名、合計24万1414名である。

(続く) 

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2017年07月05日

海外旅行・バリ島(2016年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月05日
海外旅行・バリ島(2016年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

10月の新聞OB会役員会の休憩時間に「誰か11月にバリ島へ行く人いない?」と叫にだら、日経OBの狩野さんから「おれが行ってもいいよ」と答えが返ってきた。さっそくマイチケットに頼んで、11月7日出発13日帰国のチケットを予約。ウブドの光森さんにも1人部屋を確保してもらった。

 特段どこへ行くというあてもないので基本的には毎日ぶらぶらごろごろ。10日に光森さんが在パリの有志の集まりに出るというので、デンパサールまでつきあった。行く途中ガルーダ公園に立ち寄ったが、いまだに建設中だ。光森さんが会議に出ている間、しばらくぶりに独立記念館(塔)へ。オランダの植民地から独立するまでのパノラマが陳列してある。記念館の外では新婚夫婦がプロの写真屋の手で記念写真を撮っていた。

 11日の夕食に光森さんが連れて行ってくれた「ワルン・ベ・パッシュ」という小さくて庶民的な魚料理の店がよかったな。白身の魚(多分川魚だと思う)や大ぶりの海老を焼いたり煮たり揚げたりして食わせる。アルコールがビールだけというのは物足りないが、腹の方は満足した。

 最終日にはキンタマーニ高原で行われた植樹運動に参加した。おれも地元の高校生に助けられながらひょろ長い木を1本植えた。終わってお寺の庫裏みたいなところで昼飯をご馳走になったが、蝿が群がっているのには参った。アルコール抜きということもあって食は進まなかった。夕方ビラビンタンに戻り、ダイニングで最後の夕食を食べてウブドにサヨナラした。さっぱりした7日間だった。

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 これで1977年から2016年の40年間にわたる44回の海外旅行の記録を終わる。振り返るとよくあちこち行ったものだ。中でもバリ島は10回と一番多い。あとは韓国7回、ベトナム、ハンガリー各4回だ。何度も同行し、財政的にも協力してくれた女房どのに感謝している。

 さて明日7月6日から29日までバリ島ロングステイだ。多分これが最後の海外旅行になると思う。パソコン持参なので、向こうでインターネットにつないでもらい、ブログを続けられるはずだ。メールで原稿も送れる。プロ野球速報や国内外のニュースも知ることができる。便利になったものだ。
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「都民ファースト」の圧勝を危惧する

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月03日
「都民ファースト」の圧勝を危惧する

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 注目の東京都議会議員選挙が終わった。大方の予想通り小池知事が率いる都民ファーストが地滑り的大勝利を果たした。自民党は惨敗。公明党は1議席、共産党は2議席伸ばした。民進党は壊滅寸前だ。

 今回の選挙では圧倒的人気の小池知事との間合いをどうとるかで各党とも苦慮した。自民党は対決姿勢。公明党は小池与党を選び選挙協力。民進党はどっちつかずで都民ファーストに食い荒らされた。共産党も小池知事との正面対決を避け「共産党対自公の争い」を旗印にした。その結果どうだったか。

 出口調査の結果では「小池知事の政策に賛成」が70%を超える。しかし小池知事の政策って一体何だ。中央卸売市場の豊洲移転に待ったをかけたのが唯一政策らしきもので、少子高齢化や基地問題など東京都が抱えている課題については何ひとつ打ち出していない。ただ「新しい都政を」と言うだけだ。

 おれは「都民ファースト」ではなくて「小池ファースト」だと思う。これ以上都民がヨイショするとずのぼせてあの橋下徹になってしまう。それは決して都民のためにならない。そこのところを明確に批判すべきだった。もっとも明確に批判しなかったからなんとか2議席増に漕ぎ着けたという見方もある。

 さて首都東京を制覇した(かに見える)小池知事と都民ファーストだが、今度は国政にまでウイングを広げるのではないかという見方がある。「都民フ『国政』現実味」(3日付『毎日』)。「圧勝によって、今年4月に国政研究会をスタートさせた都民ファーストの国政進出も、現実味を帯びる」。

 今回の選挙で安倍政権が苦境に陥ったのは事実だ。もり・かけ疑惑に端を発し、お友だち連中が寄ってたかって安倍首相の足を引っ張る。憲法九条改悪に執念を燃やしてはいるが、もはや政権末期の土壇場だとの指摘もある。そうすると安倍に代わる保守政治の担い手が必要になる。

 小池知事と都民ファーストが安倍政権崩壊後の受け皿になるのかどうか。もちろんまだ未知数だが、権力中枢の黒幕たちは彼女を有力な選択肢として育てていることは間違いない。ひと頃は大阪の橋下や名古屋の河村に期待したがこのところ化けの皮が剥がれて落ち目の三度笠だ。ここらで一つ小池百合子で行こうじゃないかと手ぐすね引いてる気がする。早めに引きずりおろして悪政の芽を摘むことが大切だ。
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海外旅行・台湾(2016年)A

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年07月02日
海外旅行・台湾(2016年)A

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 8日は移動日。専用バスで台中駅へ行き、午前10時31分発の新幹線で台北へ。約1時間。昼食の時間だ。繁華街の鼎泰豊というレストランで小龍包料理。この店は特に日本人観光客に人気で予約なしでは食うことができない。確かに日本人向きの味でおいしいのだが何というかパンチに欠ける。

 午後皆さんお待ちかねの故宮博物館へ。とにかくでかい。イヤホンガイドと日本語の説明パンフを見ながら館内をぐるぐる回る。人混みもあって疲れること。腰がおかしくなった。書道の部屋に柔らかいソファがあったのでそこに座り込んだ。書を眺める振りをしてじっくり休憩する。うちの女房も含めメンバーたちは中国本土から蒋介石が持ってきたという宝物類を見たといってて興奮していた。

 夜はきらびやかなネオンに彩られた北京料理の店へ。席に着くと添乗員の高木マヤさんが「今日が誕生日の方がいます。誰でしょう」と。そうだおれの79歳の誕生日だった。お祝いの中国酒をもらってご機嫌。料理も紹興酒もうまかった。何回も海外旅行しているが誕生日を祝ってもらったのは初めてだ。

 9日は台北近郊の観光名所「九份」見物。昔ここで金の採掘が行われ、その労働者で栄えた街だ。小さな鉄道が走っていて、その線路の上で紙の行燈に願いを書いてガスバーナーで内部の空気を温めて空へ飛ばす「天燈」という商売をしている。女房と2人で「世界に平和を」なんて書いて係のお兄さんに飛ばしてもらった。

 午後台北に戻るとかなり強い雨。傘をさしてもびしょ濡れ。そんな悪環境を乗り越えて「二二八記念館」へ行った。おれは不勉強で知らなかったのだが、日本が戦争に負けた直後、台湾ではインテリに指導された民衆の民主化運動が起こった。それを中国本土からきた軍隊が武力で鎮圧した。その発端が1947年の2月28日だったというわけだ。殺された民衆は何万人か今でもはっきりしない。

 台湾はずっと本土から逃れてきた蒋介石と国府軍によって支配されてきた。それが本省人つまり台湾出身者が選挙で総統に選ばれるようになって、やっと「二二八」の再評価がされる。弾圧犠牲者の名誉回復も行われた。この記念館がつくられたのが1996だという。今の祭英文総統も本省人である。

 旅の最後でやっと「歴史を学んだ」おれたちは、2月10日14:40台北を発って18:55に無事成田に着いたのでした。はいご苦労さん。
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七輪とバーナー

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月30日
七輪とバーナー

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 「ああ脂の乗った鰯を焦げるほど焼いて食いてえなー」とつぶやいたら「うちのガス台で焼かないでよ。汚れるから」と女房はにべもない。わかってるよ、第一最近のガス台は金網を乗せて火をつけるとすぐに消えちゃうじゃねえか。ロースターじゃ煙も出ないし焦げ目もつきやしない。

 「じゃあ七輪買ってきたら」と女房どの珍しく建設的意見を具申。善は急げと5月のある日、近くのホームセンターに出かけた。キャンプ用品売り場に七輪、木炭、発火剤が揃って売っていた。早速買い求め、その晩使ってみた。炭を鋸で切り、金づちで叩いて細かくして七輪に入れ、発火剤に火をつけた。

 七輪の下の口を団扇で煽ぐと勢いよく火が回る。鰯にたっぷり荒塩をまぶして金網で挟み七輪に乗せると鰯の脂が下に落ち豪快に火の手が上がった。これぞ鰯丸焼きの醍醐味。焼きたてを大根おろしで食するとこれが美味。女房どのも「おいしいわね」と顔がほころぶ。ビールと焼酎水割りがことのほか進む。

 そして6月になって鰹が安くなった。懇意の魚屋で半身を買い、背と腹に切り分ける。腹の方はタタキにするのだが今までは携帯用コンロを使っていた。しかし今度は七輪がある。早速試してみたが炭火では皮に焼き目が付くころには身の方まで白くなってしまう。これでは鰹のタタキでなく鰹の塩焼きだ。

 そんな悩みを例の魚屋の主人に訴えたら奥に引っ込んで何やら持ってきた。携帯用コンロのガスカセットの付いた調理用バーナーだ。目の前で引き金を引くと勢いよく火が噴き出した。そう言えば前によく通った回転寿司で鯛や鯖の炙りなどに使っていたっけ。これもホームセンターで安く売っていた。

 家に帰り、使用書と首っぴきで組み立てる。ガスカセットを付着して引き金を引いたらゴ―と炎が。女房が「止めてよ。外でやってよ」と真っ青。そりゃそうだ。築47年のこの家が燃えちまったら住むところがない。平謝りに謝って勘弁してもらった。そして鰹が安い日を待つこと1週間。

 一昨日、例の魚屋に行ったら鰹半身1000円だという。早速買い求め、狭い庭に七輪を据え、金網に鰹を乗せてバーナーの引き金を引く。炭火と違って理想的な焼き目がついた。生姜すりおろしとポン酢に浸し、にんにくの薄切りとともに口に入れるともう天国だ。いや天国行きはまだ早い。当面七輪とバーナーで美食三昧だ。 
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2017年06月27日

海外旅行・台湾(2016年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月26日
海外旅行・台湾(2016年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 近くて遠い国台湾へ初のツアーを組もうと話がでたのが15年暮れの新聞OB九条の会「望年会」の席上。ちょうど参加していた旅行社たびせんの大西さんが聞いていて、すぐ旅行プランをメールで送ってきた。そうなっては後へ引けず、年明けに早速募集のお知らせをばらまいた。旅行タイトルは「歴史を学び夜市を楽しむ台湾6日間」。おれとしては「歴史を学ぶ」に焦点を当てたつもりだが・・・・。

 応募してきたのは、新聞関係の狩野、岩田、平沼、小林(豊)、長田(ヨキ)さん、おなじみ元東電の近藤夫妻と寺田さん、出版の生駒夫妻、元日立争議団の篠田夫妻、それに戸塚夫妻の計14人。添乗員はたびせんと契約している高木万綾(まや)さん。6月5日9:35、成田から台北桃園国際空港へ。

 空港から出て新幹線に乗り、午後3時半には高雄に着く。ホテルは国賓大飯店。夕方までひと休みしてお楽しみの夕食。街中の龍興という名のレストラン。海鮮料理と紹興酒で満腹した後、六合路夜市を散策。道一杯に屋台が並んでいる。ぴちぴち跳ねてる海老を目の前で揚げる。極端に臭い豆腐などの珍味。

 おいしそうなのだが、満腹なので見て歩くだけ。見たところ屋台でアルコールを飲む客が少ない。みんな素面で黙々と物を食べている。日本のような酔っ払いも見当たらない。ホテルに戻る。歩いたため腹がこなれたので、夜市で買ってきた魚のから揚げで例の反省会。高雄の夜は騒々しく更けていった。

 6日は午前中市内観光、昼食後フェリーで旗津(チージン)半島へ。2人乗りの輪タクに乗って島内を一周。おれは寺田さんと同乗したのだが、なにしろおれ1人で86キロ、年取った車夫が懸命にペタルを漕ぐ。それを見て済まなくなって降りる時チップを渡した。夕食は海鮮料理。ビールが生ぬるかった。

 7日9:08の新幹線で高雄から台中へ。台中駅から約1時間専用バスに乗って日月譚に。台湾最大の淡水湖で、最も人気のある観光地の一つ。なるほどでかい湖だ。湖畔のレストランで昼食。午後は貸し切りの遊覧船に乗って湖を半周する。日月譚のホテルは力麗哲園會館。名前ほどでない普通のホテルだ。

 夕食はホテル内のレストラン。湖が一望できるロケーションは素晴らしいが、バイキング形式の料理はいまひとつ。早々に引き上げて部屋で反省会をした。
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2017年06月23日

仏総選挙でのマクロン派の大勝に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月23日
仏総選挙でのマクロン派の大勝に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 5月に仏大統領になったばかりのマクロン氏が、続いて行われた国民議会(下院)議員選挙でも大勝した。「マクロン派6割」「仏総選挙『国民、希望選んだ』」「仏総選挙 社会党事実上の崩壊」(20日付『毎日』)。「マクロン新党過半数」「仏下院選 投票率は過去最低」(20日付『赤旗』)。

 マクロン氏はこの選挙を前に自分の与党「共和国前進」を立ち上げ、下院577議席中308議席を獲得、連携政党「民主運動」の42議席を合わせると安定過半数を獲得したことになる。マクロン氏と大統領を争ったペロン女史率いる国民戦線は8議席、社会党(中道左派)は45議席に後退した。

 選挙向けに自分の息のかかった政党を立ち上げるという手法は、都議会議員選挙の小池「都民ファースト」と同じ趣向だ。世界中でこんなやり方が流行るのだろうか。マクロン氏にはEU堅持という一応まともな看板があるが、小池知事には何もない。築地市場の豊洲移転問題でも結局自民党とおんなじだ。

 ま、小池ファーストの方はこのくらいにしてマクロン氏に戻るが、おれはやっぱりこの男の人気もひと時のブーム的現象だと思う。フランスには歴史の重みがあるはず。それは地下水のように目には見えないけれど脈々と流れているに違いない。第一、労働者と労働組合が黙っているはずがない。

 『赤旗』によれば今回の選挙で、左派政党の「服従しないフランス(FI)」が17議席、フランス共産党が10議席を確保、両党で左派連合の共同会派を形成するとの見通しだという。また今回選挙の投票率が43%と過去最低を記録したことも特筆される。FIを率いるメランション氏は「一種の市民的ゼネストを実施した」と指摘し、「たたかうことなく社会的権利を譲り渡すことはない」と強調する。

 日本共産党は数年前までの国政選挙で日本の現状を「ルールなき資本主義」と断じ、「ルールある経済社会」を目指す方針を掲げた。「ルールある経済社会とはどんな社会か」との質問に「例えばEUのような国だ」と答えた。その時点では正解だったが、その後はギリシャなどの「金融危機」やIMFと結託した「緊縮財政」の押し付けなど、とてもルールある経済社会のお手本とは言えなくなった。

 マクロン大統領のフランスは国民との関係で、これから大きな試練に見舞われるだろう。そこでリーダーシップを握るのは労働組合(欧州労連・ETUCやフランス労働労働総同盟・CGT)だとおれは見ている。日本のメディアもその辺に目を付けた取材・報道を心がけるべきではないか。
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海外旅行・イタリア南部(2015年)B

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年06月18日
海外旅行・イタリア南部(2015年)B

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 ホテルはイマイチだったが、夕食のレストランは素晴らしかった。海岸べりの居酒屋風で、メニューは魚料理が主体。いわしのオープン焼き、チーズと海老のソースのパスタ、カジキマグロのロール。ビールとワインをガブガブ飲んで酒代だけで155ユーロ。1人1500円というところか。

 往きは専用パスだっが、帰りは運転手の運転時間制限のため20分ほど歩かされた。運転時間が厳格に守られているのはさすがだ。酔っ払ってシチリアの海岸を歩くのもまた楽しいものだ。ホテルについていつもの通り酒を持ち寄って反省会。談論風発とどまるところを知らず。隣の部屋から文句を言われた。

 22日はネアポリス考古学公園の見学。ネアポリスというのはラテン語で下町のことだという。ナポリはそのネアポリスがなまったものだとガイドの高橋さんはいう。ほんとかな。公園は広い。ローマに支配されていた時代の遺跡がたくさん。それぞれ価値はあるのだろうが、とにかく歩かされてくたびれた。

 昼食後バスで最後の訪問地タオルミーナへ。移動の約2時間ぐっすり眠る。夕方早めにホテルについて近所を散歩。青い海になだれ込んだような崖、海岸沿いを走る鉄道線路、1パック5ユーロのイチゴを売る小さな八百屋、親しみやすいおだやかな街だ。夕食はホテルのレストラン。ちょっと味気ない。
 
 翌日は朝の市内観光の後、ギリシャ時代につくられた円形劇場を見る。今でもここでギリシャ神話を上演するそうだ。午後は自由行動。おれは1人でケーブルカーに乗って丘の上に上った。石造りの建物が並ぶ古い観光の通りを歩く。広場で休もうとしたら名前を呼ばれた。おれたちのグループメンバーか先に来ていたのだ。道路にはみ出したカフェの前で、若者が数人、ロックの伴奏で踊っていた。

 1度ホテルに戻って、再びケーブルカーで丘の上へ。この日の夕食もシーフードレストラン。広場と遠くに海を見下ろせる特等席に座ってワイワイガヤガヤ。料理にもワインにも満足した。タオルミーナには2泊して24日、バスでカターニャ空港へ行き、ローマ経由で25日10:30に成田に着いた。

 楽しくて内容のある旅行だったが、13時間の空の旅はやっぱり疲れた。もうヨーロッパは最後だな、と感慨を噛みしめながら帰国手続きをした。まこれで「ナポリを見ないで死ぬ」ことだけは免れたわけだ
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2017年06月20日

日本ジャーナリスト会議、緊急声明:国会不在の共謀罪法案強行成立に抗議する

JCJ共謀罪強行声明.pdf
緊急声明:国会不在の共謀罪法案強行成立に抗議する

  政府・与党は、参議院法務委員会の審議、討論と採決を省略して、委員長中間報告によって本会議採決を強行、共謀罪新設法案の強行成立させた。
 メディアは「奇策」と報じたが、「国会の自殺行為」としかいいようがない。われわれは、「内心の自由」「表現の自由」を破壊し、警察権を拡大して、戦争が出来る国をつくる改憲をめざす安倍内閣に対し、満身の怒りを込めて抗議する。
 共謀罪法案について政府は、マフィア対策でしかない条約を「テロ防止条約」だと偽り、組織外の周辺の人をも含んで捜査の対象とされるのに「一般人は関係がない」とウソの答弁を繰り返した。そして、法案自体、277といわれる対象犯罪の数どころか、構成要件とされる「計画」や「準備行為」の定義はあいまいなままで、「何をしたら罪になるのか」さえ明らかにされていない欠陥、かつ憲法違反の法案である。
 今回の強行は、安倍政権の目玉政策の「特区」が、実は首相の親友の学園に便宜を図り、政策自体が歪められた疑惑が国会審議で明らかになり、その進展を恐れた政権が「加計隠し」を図ったものだと指摘されている。しかし同時に、それだけでなく、「2020年に9条改憲の施行」をめざす安倍政権が今年中の自民党案作成、2018年12月の衆議院任期中の改憲発議、国民投票、さらに天皇退位、元号改元、などという独裁的「改憲スケジュール」に乗ったものだとも取りざたされている。
 われわれは共謀罪法案の新設と安倍改憲戦略の狙いを見抜き、日本を再び暗黒の時代に戻すことがないよう、日本国憲法を擁護し、改憲を許さず、平和と人権、そして民主主義を進めるジャーナリズムの精神を貫き、あきらめず闘い続けることをここに声明する。

2017年6月16日

日本ジャーナリスト会議
   
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