2017年03月14日

労働尊重特別市を宣言したソウル市長

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年03月14日
労働尊重特別市を宣言したソウル市長

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 小池百合子東京都知事が6月の都議選を制し、さらに国政にまで手を伸ばすのではないかともっぱらの噂だ。隣の韓国では首都ソウルの市長を務めた李明博(イ・ミンピョンパク)氏が、その後大統領になった例がある。彼はソウル市長時代、市政に民間の経営手法を取り入れたとして評価されている。

 李明博氏の後は呉世勲(オ・セフン)市長。彼は2期目の当選を果たしたが、学校給食制度に関する国民投票が低率だったことの責任をとって2ヵ月で辞任した。そこで補欠選挙が行われることになり、当選したのが現朴元淳(パク・ウォンスン)市長。前の2人は保守系だったが朴氏は革新の野党統一候補だった。現在は「共に民主党」に属し、14年7月1日の市長選で再選を果たしている。

 3月15日付の『労働情報』誌にその朴元淳市長の近況が取り上げられている。「ソウル市 正規・直営化を推進」「完全週40時間実現 感情労働条例も」。レポートしたのはNPO法人官製ワーキングプア研究会理事長の白石孝氏。小池都知事とは一味違う都市行政を行っているというのだ。

 「感情労働条例」とは聞きなれない言葉だが「接客や住民対応で過度のストレスに置かれることが多い『感情』労働を保護する条例」という趣旨だ。「労働尊重特別市」(涙がでるほどいい言葉だなあ)をスローガンに掲げる朴市長の下で、きめの細かい労働者保護の立場が貫かれていると言える。

 朴市長は就任時「公共部門非正規職の正規職化」を公約、地下鉄、病院、清掃などの公務現業労働者の不安定雇用、低賃金の改善を進めた。「その代表例がタサン(茶山)コールセンターで、広範囲な公的業務に関する問い合わせや苦情対応をいくつかの業者が受諾しているが、直営に戻すことにした」。

 いまソウル市では週40時間を上限とする労働制度を2020年までに完全実施することが課題になっている。朴市長は韓国の2大労組である民主労総・韓国労総と半年かけて協議。この4月からソウル医療院(市立病院)と信用保証財団の2職場で試行に入る。一つの市でこれだけのことができる。韓国の地方分権て進んでいるんだな。ま小池知事ではとうていできないだろうけどね。

 繁忙期月の残業上限を100時間「未満」とするか「以下」とするか「基準」とするか。そんなレベルの低い話で揉めているどこかの国の政治家や労組代表(連合)に、朴ソウル市長の爪の垢でも飲ませてやりたい。

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2017年03月12日

海外旅行・南フランス(2007年)@

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年03月12日
海外旅行・南フランス(2007年)@

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 (足腰痛のため家にいる。ヒマだからパソコンに向かう。本ブログの更新間隔がこれまでになく短くなるわけだ。さて前回のパリわくわく旅行だが、夫婦で行ったと記したが、実際は女房が、90数歳になるお袋さんが急に危なくなって旅行寸前に取り止めた。取り止めた途端に病状は持ち直したけどね)。

 元エールフランス争議団が実施した最後のヨーロッパ旅行。コースは二つあって、南仏とコルシカ島。おれは南仏を希望した。ツアーの団長格の田中恭一さんと同室だった。メンバーは引率の森田英一郎さん(AF)を入れて24人(うち女性が18人)。小田急の星野さん、雪乳の田波さん(それぞれ夫婦で参加)、出版の上野さん、油田さん以外は知らない顔だった。旅の目玉は「ボルドーでワイン」だ。

 10月23日、成田発12:10のAF便で11時間半かけてパリ・ドゴール空港へ。国内線に乗り換えてボルドーに着いたのが夜の8時。入国時や国内線のセキュリティ検査が必要以上に厳しい。靴まで脱がされた。「ああ屈(クツ)辱的だ、あいつら楽しんでやってんじゃねーか」とこれはおれの感想。

 ホテルはメルキュール・シテ・モンディアル。夜空に満月がかかっている。十五夜かも知れない。すぐ寝るのはもったいないと称して田中さんや田波さんと持参のウィスキーを飲んだ。ワインは明日だ。

 24日午前はボルドー市内見学。石畳の道路に線路が敷かれていたが、電車が走るのは数カ月後だそうだ。それにしても路面電車を新設するというのが凄い。バスであちこち回ったがあまり印象に残っていない。丘の上の村サンテミリオンの野外のテーブルで昼食。赤ワインと肉・野菜のシチューを食べた。

 午後は待望のワインセラー(CHATEAU CADET PIOLA)へ。地下室の湿った蔵に入る。係の女性によるワインの製造過程の説明が長々と続く。いささか退屈。昔の採石場の跡をワイン蔵にしたそうだ。見渡す限りワインだ。1980年、81年、82年・・・と年代別に貯蔵。とにかく広い。

 ワイン蔵の見学やつくり方の能書きに時間を費やした割には試飲は淡白。あっけなく終わる。そのくせ商品陳列コーナーで高価なワインを熱心に勧める。中には数万円のを買った人もいるがおれは見向きもしなかった。昔の採石場から外へ出ると太陽の光がさんさんと降り注いでいた。視界はすべてブドウ畑だ。

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11522 塞ぎ始めたか?

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年03月12日
11522 塞ぎ始めたか?

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 昨11日午後7時のNHKニュース、アベさんは1回しか出てこなかった。違和感を覚えた。そしてきょうの新聞の「首相日々」欄。ここでも違和感。以下。

                           ◇=◇=◇
 午前/公邸で過ごす。

 午後/2時10分東京・隼町の国立劇場。30分政府主催の「東日本大震災6周年追悼式」に参列し式辞、献花。3時42分東京富ヶ谷の私邸。
                           ◇=◇=◇

 これだけである。

 「被災者に寄り添う」と豪語していた人の3.11の過ごし方とは思えない。これでは内籠りである。「福島第一原発の事故はコントロールされている」などと世界に堂々とウソを言った、その人の対応とは思えない。被災者のことを思っている≠アとを国民に示すチャンスだったはずの3.11。「目立ちたがり屋」のこの人らしくない。

 どうかしたか。もしかしたら、病気の再発では? と思ったりして……。

★脈絡のないきょうの一行
始まった都議会の百条委員会。早くも石原元都知事の発言と関係者のそれが食い違い。徹底究明を。

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2017年03月11日

11521 途切れた森友学園ナマ中継

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年03月11日
11521 途切れた森友学園ナマ中継

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 昨日、鬼のかく乱≠起こしてしまった。十数年ぶりだろうか、高熱を発してしまったのだ。咳が出て、鼻水とくしゃみが断続的に出る様はてっきり花粉症だと勝手に思いこんでいた。が、身体中が筋肉痛を起こしたように痛い。そこで思い当たった。高熱だ。

 体温計は案の定、37.8度を指していた。やや慌てた。タイミングがいいというか、金曜日は私にとっては定休日である。さらにこの日はもともと、東電第一原発近くの国道6号線沿いの放射線調査を予定していたが、相棒の都合が悪くなり延期したばかりだった。これも良かった。

 解熱剤を服用して、朝から布団にもぐり込んだ。イヌやネコもそうだが、動物は体調が悪くなったらじっとしているにかぎる。その法則は、私にも当てはまる。午後になって少しだが熱が下がった。

 何気にテレビのスイッチを入れたら、森友学園の籠池理事長が記者会見をやっていた。私は初めてその様子を見たが、よくもああまで、中身のない話ができるものだと感心しながら聞いていた。本人が30分ほど喋りまくっただろうか、今度は記者が質問する番になったら、いきなりテレビ画面が官邸前に切り替わった。

 出てきたのはあのカオだ。何事かと思いきや「南スーダンから自衛隊PKOを撤退する」という発表だった。これは大歓迎である。戦闘状態の南スーダンは、もしかすると戦後初めての戦死者を出す恐れをはらんでおり、それを食い止めることができるからだ。が、ヘン。撤退は5月末だという。

 5月撤退だったら、森友学園の理事長が記者会見している最中ではなく、時間をずらすとか、翌日にするとかいう方法があったはずである。にもかかわらず、そこにぶつけてきた。胡散臭さを感じないのは、よほど政治的に鈍感な人である。

 敢えてぶつけてきた理由は2つあると思う。一つは、籠池理事長が何をしゃべりだすか不安でならなかったのだ。記者の質問に入る前に、国民の目を官邸前に釘づけにすることによって、その質問を国民に聞かせることを阻止したかったのだ。ラジオではそのテープが流されたが、テレビは結局素通りしただけであった。官邸の目論見は成功した。

 もう一つは、森友学園疑惑で内閣支持率が急激に下がっている。それを食い止める策として用いられたのが南スーダン撤退だったのではなかろうか。(見ていていただきたい。恐らく、これで支持率は少し持ち直すと思う)もともと南スーダンが危ないことは、官邸も分かっていたはずである。撤退発表のタイミングを見計らっていた、と考えるのが妥当ではなかろうか。

 それにつけても、株価と支持率を上げることに執心な内閣であることをまたしても印象付けた。が、籠池理事長の記者会見は日本会議にマインドコントロールされたと思いたくなる、一種の宗教的な強気の発言が散見された。ところが時折、暗い顔をみせ北朝鮮のように消される≠アとはないだろうが、「この人、自殺するんじゃないか」と感じたのは私だけだっただろうか。

★脈絡のないきょうの一行
サムライ・ニッポン、WBCで3連勝。やるねー。

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11520 東日本大震災あれから6年

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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17年03月11日
11520 東日本大震災あれから6年

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 6年の歳月が経た。未だに2500人を超える行方不明者を残したまま、そして人々のこころが、いまだ癒えぬままに……。

 忘れてはならないこの大震災、直後の写真を見ながら改めて考えてみたい。(名取市閖上の写真は、仙台市在住の友人・佐藤康雄氏が撮影したもの)

【名取市・閖上の日和山/撮影日・3月29日】
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 今では、観光のスポットとなった日和山。震災から18日目の山頂の様子である。山頂といっても10b足らずの小高い場所。まったく手つかず状態である。そこに流れ着いた家屋が痛々しい。この地域は名取市で一番多い犠牲者を出している。

【その日和山山頂から海方面/撮影日・3月29日】
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 家屋が流れ着いた山頂から、海方面。調査にきたのだろうか、自衛隊員の姿が見える。階段下のバイクは友人の物。その先の空き地は、現在ではこの地を訪れた人たちの駐車場になっている。この風景、忘れてはならない。

【石巻市街地/撮影・4月16日】
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 旧市役所に近い商店街。この辺りも津波に襲われた。整頓はされていたが、がれきが置かれたままになっていた。写真一番手前のおもちゃの飛行機の持ち主は、無事だったのだろうか。元気に過ごしているのだろうか。

【石巻市・日本製紙の紙倉庫/撮影・4月16日】
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 私たちが訪ねたとき、周辺はヘドロの臭いが充満していた。1年後にはこの倉庫はきれいに撤去され、レールも車両が通れるように整備されていた。企業の復旧は早かった。一般住宅もこのくらいのスピードがあれば……と思うのはないものねだりか。

【亘理町荒浜地区の被災現場/撮影・4月16日】
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 この地を訪ねたときは、言葉がなかった。津波の恐ろしさを見せつけられた思いだった。ここも、閖上と同じように多くの犠牲者を出したところである。日常生活に使う毛布や布団などの剥き出し状態は、「ここでくらしていた人たちがいたのだ」という実感が押し寄せ、涙を誘った。写真撮影場所の真後ろは阿武隈川の河口になっている。その土手のサクラの木につぼみを見つけた。あの津波に負けず、生き続けていることに感動すら覚えた。

【亘理町の一角に打ち上げられた漁船/撮影・4月16日】
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 その現場から、車で5分ほど陸地に入ったところで見つけた漁船。海からの距離にすれば5、6キロはあるだろう。この船の持ち主は大丈夫だったのだろうか。写真を撮りながら、沈黙の時間がつづいた。

 紙数の関係で6枚だけしか紹介できないが、「3.11を忘れない」一助にしていただければ幸いである。

★脈絡のないきょうの一行
いきなり南スーダンから自衛隊PKO撤退表明。森友学園で下がった支持率の回復策に利用?

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2017年03月10日

ますます酷くなる腰の痛み

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年03月10日
ますます酷くなる腰の痛み

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 2月23日の本ブログで獰猛な腰痛の辛さを記したが、その後ますます酷くなっている。24日は新聞九条幹事会。おれが宛名シールを持っていかなければ会報を郵送できない。大変な苦労をして本郷の新聞労連まで往復する。いつもは会議が終わってからみんなと飲みに行くのだが、しょぼんと1人で帰った。

 25日土曜の午前、整骨院で鍼治療をした。マッサージの後で右腰の患部に4本。鍼自身の痛みはなかったが、全然効き目がない。腰を曲げて痛みをこらえながらそろそろ歩く。幸い自転車には乗れるので、いちいち女房に送り迎えを頼まないで済むのが助かる。26日には1カ月半ぶりに床屋へ行った。

 3月6日からの韓国旅行は娘に断ってキャンセルにした。女房と2人で行くそうだ。27日は新松戸診療所の定期検診。三浦先生に腰の痛みを訴えたら注射を打ってくれた。しかしそれも全く効かない。痛み止めの錠剤と副作用防止の胃薬をどっさりくれたが、効かない上に胃酸が喉に上がってくるので数回で止めた。その日の夕方、整骨院へ行ったら「注射したなら鍼は止めましょう」とマッサージだけだった。

 28日は新聞OB会役員会。やはり湯島からタクシーで本郷へ。この日は夕方6時から東京法律事務所で明乳弁護団会議。出席すると約束してあったので地下鉄で本郷三丁目から四谷へ。腰痛の話をすると出席者のほとんどが経験者。みんな苦労している。結局一度、整形外科へ行くべしということになった。

 3月1日、10時に整骨院へ行き「整形外科へ行くのでしばらくこちらは休む」と断る。その足で五香駅前の整形外科を覗いたら物凄い混みよう。飛び込みではいつ診てもらえるか分からないのでとりあえず帰宅。女房に相談したら「前にかかったことのある新八柱整形外科はどうか」と言い車で連れて行ってくれた。ここも患者で一杯。11時に来院して呼び出されたのが12時半。レントゲンを4枚撮られた。

 診察室に入ると院長の菊池医師がレントゲン写真を見て「骨が少し変形してますね」と一言。病名も言わず「湿布薬を出しましょう」と言うから「前に湿布で皮膚がかぶれました」と言ったら「では塗り薬を出しときましょう」と処方箋。後で駅前の薬局で受け取ったのはアンメルツのような棒状の塗り薬。患部に塗るとすーっとするがそれだけのこと。夜は斉藤さんと女房と3人で歌声ゴリのタンゴコンサートへ。

 6日から9日までは1人暮らし。自転車で買い物や駅前のやきとり屋へは行けるので不自由はない。この間整形外科も整骨院も行かずに様子を見ていたが痛みはますます酷くなる。今朝整骨院に「またお世話になります」と電話して先ほど行ってきた。鍼を腰と足に計6本打った。しばらく辛抱するしかないかと諦めている。
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2017年03月08日

海外旅行・第1回バリわくわく旅行(2007年)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年03月08日
海外旅行・第1回バリわくわく旅行(2007年)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 その後何回も開催されたバリわくわく旅行の第1回。斉藤哲成さんとおれとで企画・運営した。メンバーは斉藤・戸塚・川合夫妻、石坂、窪添、清水、大坂、阿南さんら。気心の知れた仲間たちだ。

 バリ・デンパサールまで、当時はJALの直行便があった。成田発15:55、デンパサール着22:25(現地時間)。空港を出たら23:20、出迎えの車に分乗してウブドへ。着いたら日付が変わっていた。ビンタンビールで喉をうるおしただけで、各コテージに散らばりすぐベッドに入った。

 13日は朝食後デンパサールへ出て午前中、歴史博物館と独立戦争記念塔の見学。帰り道の露店でドリアンを7個買う。15万ルピア(2100円)。7時からカフェ・ビンタンで夕食。隣のコテージを経営する鈴木正峯さんの69歳の誕生祝いあり。鈴木さんは2年前に亡くなった小倉三千雄さんと同窓生だ。

 翌日は朝早くキンタマーニ高原に出発。高原の入り口で入村料20万ルピア(全員分)とられる。湖と火山が見渡せるスケールの大きい高原だ。ピタロカンというバイキングレストランでランチ。午後はタンバクシリンやゴアガジャという名の有名寺院をお参りしながら帰ってきた。夕方からウブド市内でケチャダンスの鑑賞。10人で50万ルピア。1人600円というところか。おれは2度目なので感激なし。

 15日午前は美術鑑賞。ネカ美術館とブランコ美術館。昼にビラビンタンに戻りカフェ・ビンタンで昼食。夜の日本・バリ親善パーティに備えてコテージで待機。パーティはミーティングルーム前の芝生の広場で、地元楽団の演奏付きだ。豚の丸焼きが出て誰か忘れたが誕生月の人がナイフカットした。

 16日、バリ島最大のブサキ寺院へ。長い参道と石段。昨夜のパーティの騒ぎ過ぎで足と心臓が辛い。やっと本殿らしきところに辿り着き参拝の真似ごとをする。昼飯は見晴らし抜群のブリ・ボヤ・レストランで食い放題かつ飲み放題。それで1人当たり1500円。食事中に猛烈なスコールがきたがすぐ晴れた。

 帰国の日17日は午前中荷物の整理をして昼飯はカフェ・ビンタン。午後3時にビラビンタンに別れを告げ、空港に近いジンパラン海岸へ。バラック建てのレストランが並び、砂浜にテーブルと椅子を置いて魚のバーベキューを食わせる。ロケーションは素晴らしいのだが、値段の割にそんなにうまいものではない。それにワインが高過ぎる。23:55にデンパサールを発って18日7:50に成田に着いた。
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11519 首相夫人は「公人」である

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17年03月08日
11519 首相夫人は「公人」である

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)


 森友学園への国有地売却をめぐる疑惑が、メディアでも国会でも取り上げられ、安倍首相は苦しい対応を迫られている。その議論で、首相の配偶者・安倍昭恵さんが森友学園の名誉校長(事件発覚後、辞退)になった問題で、首相の夫人は「私人か公人か」が議論になっている。

 これはもう明らかだ。言うまでもなく彼女は「公人」である。

 昭恵夫人の講演にお役所から5人もついて行ったという国会答弁があった。そのお役人の旅費は自腹だったらしい。誰がそんなこと信じるだろうか。当事者のお役人に聞いてみたいものだが、もしかすると相当なストーカーかもしれない。いや、アッキーの追っかけ≠ゥもしれない(笑)。いずれにしろ物好きな役人である。

 というのは冗談だが、その後「民進党の辻元清美衆院議員の質問主意書に対する答弁書によると、14年⒓月6日と15年9月5日の2回の講演に職員が同行した。」(3月7日・朝日デジタル)という。2回も、である。これが「私人」への対応だろうか。

 世間の常識は政界の非常識だから仕方ないとしても、これはやはり看過できない。コトが土地売買に関して国民の財産がからんでいるからだ。教育勅語が好きで、安保法制が成立したことを嬉しがることは結構である。しかしそれを子どもたちに合唱させるなど、これはとんでもないことだ。

 これが逆に、日本の学校で北朝鮮・金正恩賛美が行われていたらどうなるか。おそらくその学校は即座に閉校だろう。子どもに教育勅語賛美、安保法制成立を賛美させることは所を変えれば、北朝鮮賛美と同じではないか。これは明らかに教育基本法に逸脱している。それを放置してきた政府と大阪府の責任も問われなければなるまい。

 横道にそれてしまったが、安倍首相は(税金で)海外を歩きまくっている。その数を自慢げに話すことがあるが、そのほとんどに昭恵夫人は同行している。その際の交通費や宿泊費は、誰が出しているのだろうか。国ではないのか。

 国ということは、公費であり夫人はその瞬間から「公人」ではないのか。交通費などをご本人が出していることはあり得ないし、もしそうだとしたら世界の笑いものになる。

 たまたま珍しくテレビを見る機会があり、ちょうど参議院の予算委員会の最中だった。共産党・小池晃議員の質問に「まるで妻を犯罪者扱いしている」と安倍首相は気色ばんだ。この人、実に分かりやすいのだが自分の都合の悪いことになると気色ばむ。笑ってしまった。質問がかなり真実に近かかったのだろう。

 アメリカ大統領の夫人は「ファーストレディ」として公人扱いになっている。アメリカが大好きな安倍さん、配偶者の昭恵さんを公人扱いにしてくださいよ。

★脈絡のないきょうの一行
森友学園の不祥事、時間が経つに連れいろいろと明らかに。これでは学校運営の資格なしだ。
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2017年03月06日

宅急便職場の過重労働と「通販」の横暴

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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2017年03月06日
宅急便職場の過重労働と「通販」の横暴

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 宅配便最大手のヤマト運輸に関する報道が目立つ。「宅配便、ネット通販重荷」「人手追いつかず」「再配達コストかさむ」(3月4日付『毎日』)。「ヤマト未払い残業代支給」「5.8万人調査へ」(4日付『毎日』夕刊)。「ヤマト未払い残業代支給へ」「7万人調査 労働者と共産党追及実る」(5日付『赤旗』)。

 「インターネット通販の普及で宅配便の取扱量が急増し、宅配便最大手のヤマト運輸が荷物の引き受けや配達時間の見直しに乗り出した。ドライバーも足りず、荷物を配達しきれなくなっているためだ。ネットで注文し、時間を指定して商品を受け取るという日本で進化を続けた宅配サービスが転機を迎えている」。

 ヤマト運輸がクロネコメール便を廃止したのが15年3月。その時も人手不足と労働者の低賃金が指摘されたが、職場事情はさらに深刻化している。ヤマト運輸労組にこんな悲鳴が寄せられているという。

 「東京都内のあるドライバーは午前8時頃、荷物の集配所である《宅配便センター》に出勤。午前中いっぱい配達した後、昼にセンターに戻って食事や休憩。午後は再び荷物を積んで配達や集荷に走る。午後に集めた荷物を各地に送り出すため、夕方にはセンターに戻り、夜は再び配達に出る。昼間に配達がさばききれないことに加え、夜間の配達指定も多く、午後8〜9時が特に忙しい」。

 こんなに仕事をしても残業代がきちんと支払われていなかった。『赤旗』記事によれば「同社の宅配ドライバーは、専用端末を使って勤務時間を管理。しかし、端末の電源を入れる前や端末返却後にも仕事が行われており、サービス残業が常態化していました」という。未払い残業代は数百億円の可能性がある。

 現場の過重労働の改善に、連合・運輸労連傘下のヤマト運輸労組も取り組みを始めた。17年春闘労使交渉で「宅配荷物総量をこれ以上増加させないこと」「まず、18年3月期の宅配個数を17年3月期を上回らない水準にすること」を要求する方針だ。おれには少し生ぬるい要求に見えるが、企業内組合が会社の業務内容に注文を付けるという意味では画期的なことだとも言えよう。

 宅配便危機の根源にはインターネット通販業界の横暴がある。彼らは大口発注をたてに厳しい割引条件を押し付けている。労働組合は企業内の要求だけでなく、これらの構造的問題にも取り組む必要があるのではないか。
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2017年03月04日

海外旅行・ハンガリー(2006年)C

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年03月04日
海外旅行・ハンガリー(2006年)C

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)


 国会議事堂訪問の後、市内のレストランで昼飯を食べ、午後は観光地セントエンドレへ。ここは3度目。おれはセンテンドルというんだと思っていた。夕方からドナウ川の遊覧船。ワイン、食事付き。3年前の花火大会を思い出した。ジョルジュさんの家族も一緒で、心和むディナークルージングだった。

 12日は早朝にホテルを出て、ドナウ川の船着き場から9時発の国際航路でウィーンへ向かう。空は雲一つない青空、風もなく波静かなドナウ川。ワインを飲みながらの快適な5時間の水中翼船の船旅だった。

 《ドナウ川は歴史上いろんな物語を生み、歌を生み、国民の生活を育んできた川です。私たち旅人の心を癒し活力を与え、旅人とともに毎日悲しみ、喜び、そして川はとうとうと流れている。橋がありました。橋があるということはここに生活があるということです。ドナウ川には土手、堤防がありません。水量によって川幅が広くなったり狭くなったりします。見上げる丘の上に白いお城が見えます》。

 途中スロバキアを通過して、2時15分にウィーンに着いた。船着き場に待っていたバスに乗って市内観光。ウィーンは森の都と呼ばれ、町の面積に対して緑の比率がヨーロッパ一高いそうだ。バロック建築の建物が多く街並みは厳かだ。昨日一昨日とEUの会議があったとかで道は混んでいた。

 夕食はホテルを出て、市内の観光客向けのレストランでとる。この店はばかでかくて、客がいっぱいで、料理の出方が遅くて、ワインが高くて、サービスが悪いことおびただしい。口直しにどこかで飲みたかったが勝手が分からないので、ホテルに帰って各自持参のウィスキーなど持ち寄って酒盛りをした。

 翌13日の午前中はショーンブルン宮殿を見学。おれはこの宮殿は3度目なのでさしたる感動はない。11:20空港へ向かう。14:05発のオーストリア航空便で機中泊。14日08:40成田着。

 ハンガリーは92年、01年、03年に続いて4回目、この旅行が最後になった。旅行の企画・運営に当たったジョルジュさんも井川君も亡くなった。この最後の旅行から11年経つ。EUに加盟したハンガリーだが、経済的にも政治的にも大変らしい。特に難民受け入れ問題では欧州の国々から批判されているようだ。もうおれにはハンガリーへ行く体力はないが、できればもう一度ドナウ川の遊覧船でワインを飲みたいものだ。
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