2017年10月06日

沖縄ノート(7)少年少女たちの戦場

17年09月22日
沖縄ノート(7)少年少女たちの戦場

■坂本陸郎(JCJ運営委員;広告支部会員)

「鉄血勤皇隊」と「ひめゆり学徒隊」
 沖縄守備隊32軍司令部は、兵員不足を補うために現地の男子中学生、高校生を「鉄血勤皇隊」として編成し戦場におくり出した(「沖縄健児隊」の呼称も)。その動員された男子生徒は、10台半ばから成人前の少年たちで、生徒の所属校と動員数は、県立第一中学校398人、第二中学校140人、第三中学校363人、八重山中学校20人、県立工業高校78人、県立水産高校49人、農林学校170人、那覇私立商業学校82人など、生徒数の合計は約1300人であった(資料は大田昌秀著『沖縄のこころ』72年刊から)。
 「ひめゆり学徒隊」も「鉄血勤皇隊」同様に、県下の学校から生徒を編成したもので、学校毎では、沖縄師範学校女子部120人、県立第一高女200人のほか、県立第二高女(白梅隊)65人、第三高女(名護欄隊)10人、首里高女(瑞泉隊)83人、私立積徳高女(積徳隊)25人、同じく昭和高女生徒(でいご隊)40人、計543人の女子生徒たちは、看護と救急措置について急場の教育を軍医から受けたのちに戦場に送られた。その任務は傷痍兵の看護のほか、壕を掘ることでもあったという。戦死者の埋葬のためだったのだろうか。一般の住民も徴用され、16歳から45歳までの約4万人の一般男子住民が現地入隊させられ、その後は46歳以上の男子までもが徴用された(それについては前号でも触れた。徴用人数は前出の大田昌秀氏著書による。学校毎の隊の名前は毎日新聞社刊『太平洋戦争』から引いた)。
 その犠牲者数は夥しかった。沖縄で集められた住民兵4万人のうち約3万人が犠牲となっている。その死者のなかには、「鉄血勤皇隊」と「ひめゆり隊」の少年少女たちも含まれている。

少年たちの戦場  
 前出『沖縄のこころ』の著者大田昌秀氏(戦後は沖縄県知事を歴任)が、鉄血勤皇隊員であった自らの体験を次のように記している。やや長くなるが証言として引用する。
 ―補佐係に下士官がどなってまわった。一瞬、だれもがバネ仕掛けの人形のように、いっせいに飛び起きた。本部壕の前で隊列を整えて待っていると、少佐の襟章をつけた一人の将校が、つかつかとみんなの前に歩み寄った。「みんなよく聞け、諸君は学生ではあるが、銃を執り国家の危機に対処するに兵と変わるところはない。戦況が緊迫していることは諸君も承知の通りだ。残念なことに、いましがた近くの陸軍病院が敵に占領された。よって敵が本陣地に攻撃をかけてくるのも今明日と予想される。諸君は、今こそ郷土防衛の覚悟をあらたにして、あくまで本陣地を死守せよ」。
 いよいよ来た。言われるまでもなく、わたしたちは決意を固めなければならなかった。内心にうごめく不安を押しのけるように、わたしたちはお互いに顔を見合わして頷いた。いまさら不安におののき、ジタバタしたところでどうなるものではない。一歩壕外へ出ると、砲声が間近に炸裂し、肉迫してくる敵の気配がじかに感じられておのずと身が引き締まる。
 わたしたちは、壕全面の丘陵の手前斜面に、ほぼ4メートルおきに横に散開した。各人は、交互に警戒に当たりながら蛸壺壕を掘り始めた。時刻は午前2時を回ったところ、雨は小降りのまま続いており、あたりの空気は、いやにひんやりとしていた。ときどき打ち上げられる曳行弾に続いて、タタタタ、機関銃がひときわ高く咆哮すると、つぎの瞬間、不気味な沈黙に戻った。5、600メートルはあろうか。敵に占領されたという軍病院壕のある丘が前方に黒々と横たわっていた。(中略)急遽、蛸壺壕に腰まで入って銃を構えていると、奇妙にも心は平静で、第一線にいるという深刻さはない。路上で砲弾の餌食となるより、せめて死ぬ前に一発でも侵入者にぶっ放してやりたいというのが、隊員の切実な願望であったせいだろうか。(中略)「なあみんな、ひめゆり部隊も最後をとげたようだから、俺たちもここで死のうや」、隊長の伊豆味君が冗談とも本気ともなく言った。情報宣伝の途中、千早隊員はしばしば軍病院に立ち寄り、女子学生たちの奮闘ぶりを目撃していた彼が、ひめゆり部隊や女子挺身隊の活躍ぶりは、銃をとる男子学生の労苦にまさるものだった、と言った−。

 その後、首里の32軍司令本部が陥落し、軍部と生き残った兵が本島南部へと逃れると、各所の陣地(壕)の兵も南へと敗走した。その時、小銃とわずかな銃弾を手にした少年兵たちは、米軍の火力と兵器に対して、ほとんど無力であっただろう。少年兵の一人が洞窟で看護する少女たちの労苦を讃え、自らを励ましている。死を覚悟しなければならなかった少年たちの心情が健気なだけに、いっそう痛ましい。

少女たちの悲劇
 少女たちは、傷病兵の看護のために野戦病院に配備されたのだが、そこは病院とは名ばかりで、傷痍兵を収容するための壕(洞窟、ガマ)であった。
 壕の中は暗く、傷痍兵たちのうめき声と腐臭に満ち、横たわる兵たちの看護を求める声が絶えなかった。洞窟の中で献身する500人余の16、7歳の少女たちは、傷痍兵の看護に献身した。そうしたなか、壕の中で米軍のガス弾や火炎銃によって殺され、あるいは手榴弾によって自ら命を絶っていった。自決を迫られたのは、兵、住民同様に捕虜となることが禁じられていたからだった。それらの死者数は「ひめゆり学徒隊」の半数以上であったという。
 壕に危険が迫ると、軍は移動が困難な傷痍兵を残して壕を去り、少女たちは軍とともに南へ南へと逃れていった。5月になると陣地は次々と陥落し、米軍の壕への攻撃はいっそう熾烈となった。壕を後にした少女たちは、梅雨時の泥沼の中を、傷痍兵を助けながら歩き続け、島の最南端まで追い詰められていった。
戦後奇跡的に生き残った少女が、その時の壕の中の様子を次のように記している。
 ―壕の中はランプが一つ二つ、夜昼なく灯されていた。雨降りのあとのように、しずくがひっきりなしに頭の上に滴り落ちていた。歩くと、ばたばたとズボンの裾が泥だらけになった。地面から高さ10センチとない寝台がぎっしりと並べられ、傷痍兵が3、40人、ずらりと横たわっていた。寝台といっても、薬品の空箱や雨戸を利用したものばかりであった。頭、顔、胸、腹、背、手、足と、包帯で巻き付けられた負傷兵のうめき声が昼夜絶えることがなかった。これが私たちの勤務する陸軍病院の壕であった。
(中略)「便器を貸してください」「尿器をください」と前後左右からひっきりなしに呼びつけられる。そのうち、「看護婦さん、包帯を取り換えてくれませんか」と弱々しい声がする。見ると、膿で表面までがすっかり濡れている。包帯を解きガーゼを離したとたん、膿が水のように流れ出した。「この患者は少し切断する。足をつかまえておけ」と軍医にいわれて、傷口をメスで切り取るのを見ていると、血の気が引いてふらふらした。「これくらいのことで貧血を起こして看護婦といえるか、ばかやろう」、軍医の声にはっとして気を取り戻す。血と膿が手から流れ落ちる。患者は泣き声をたてる。また軍医が怒鳴る。すばやくふき取って包帯を巻く。壕の中で息絶える兵が増えていった。死体は毎日4、5人、朝夕の空襲の合間を見出して埋葬した。4、5メートルおきに弾痕がある。崩れかかった坂道をタンカで運ぶときの苦しさ、なんどか死体を置いて、またタンカを運んだ−(以上は池宮城秀意著『戦争と沖縄』からの引用)。


 こうした実話を知る人は決して多くはないであろう。日本で唯一地上戦となった沖縄での少年少女たちのこのような悲劇は、現在、私たちに何を語りかけ、何を訴えているのだろうか。
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国民主権で政治を変えるチャンスだ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年10月03日
国民主権で政治を変えるチャンスだ

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 今度の総選挙は「3極対決構図」(3日付『毎日』)だという。今朝のテレビを見ていたら、自公が与で希望・維新が野党、共産・立憲民主は第3極、と図を描いて説明していた。冗談じゃない。自公が与党なら野党と言えるのは共産、立憲民主、社民などではないか。右翼政治屋小池何某率いる希望の党とその一派は野党ところか第3極とも言えない。せいぜい1.5極だ。それだっておまけした点数だ。

 この政界ごたごたの最中、象徴的な選挙が行われた。東京都武蔵野市長選である。自民党が推した高野恒一郎自民党元市議に共産党、民進党、生活者ネット、無所属市議らが支援した松下玲子さんが、34万対17万のダブルスコアで大勝した。この選挙、公明党・創価学会は自主投票だったという。

 ついでに言えば、例の市職員不正採用で辞職した山梨市長選でも自民党候補が負けている。京都の長岡京市議選では共産党が1議席増の6人になり、自民党と同数になった。どんなに政局が混迷していても国民は誰に政治を託するのがいいのか、ちゃんと見ているのである。国民を侮ってはいけない。

 安倍晋三首相が「国難突破解散」とやらをやる気になったのは「このまま事態が推移したら野党と市民の共闘がさらに強くなる、これを事前に潰さなければならない」と考えたからに違いない。「野党と市民の共闘」は彼にとってまさに「国難」なのだ。彼の頭の中には3年前の「オール沖縄」と去年の参院選が悪夢のように去来する。沖縄では自民候補が全滅し、参院選1人区て11議席も野党にもぎ取られた。

 来るべき総選挙では沖縄や参院選1人区の失敗の轍は踏まない。それが安倍首相の執念だ。彼の政治信条からすれば小池百合子は同志であって決して敵ではない。希望の党が伸びたところでいずれ自民党に吸収できる。問題は野党と市民が本気で共闘して沖縄型の統一戦線を形成することだ。それだけは何としても防がねばならない。そのためにはまず民進党を抱き込んで野党共闘から離脱させる必要があった。

 安倍首相のやみくもの解散権行使、小池都知事の新党結成、前原代表の民進党解体、ここまでは彼らが描いたシナリオ通りだった。枝野新党結成も彼らの想定内だったかも知れない。しかし、国の未来は最後は国民が決めるという国民主権の思想が彼らには欠落していた。表面だけ見ると日本の政治には絶望しかないように見えるが、混沌とした政治情勢を国民の立場で切り開く展望が出てきたと言えるのではないか。
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2017年10月02日

初秋の秋吉台、萩、津和野を巡ってきた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月30日
初秋の秋吉台、萩、津和野を巡ってきた

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 26日に宇品港のグランドプリンスホテルに前泊し、27日から29日まで第38回たまたま会で広島、山口、島根を回ってきた。萩、津和野は初体験、秋吉台は新婚旅行以来53年ぶり。足腰が痛いのによく歩いた。特に秋芳洞は足場の悪い上に暗くて登り降りがきつく参った。そう言えば53年前は秋芳洞なんて見なかった。どうも当時は見物コースが整備されてなかったみたいだ。疲れたけど面白かった。

 バスで秋吉台から萩に行く途中に長戸という日本海に面した集落があり、金子みすず記念館がある。26歳で自殺したみすずだが、たくさんの童謡と一緒にこの地に観光名所を残した。記念館のほかにみすず通りとかみすず公園とかもある。彼女の意図とは違うのかも知れないが名所としては全国区だ。
 
 萩は幕末志士の街で、でかい松陰神社がある。どうもおれはこの吉田松陰という人物は好きになれない。徳川幕府を倒す、つまり封建社会を打ち破って近代国家をつくろうとしたのだろうが、どうして天皇を引きずり出さねばならなかったのか。彼には国民主権という思想がなかったんだよな。

 第一他の志士は坂本竜馬にしても高杉晋作にしても銅像が立つくらいだが、何故松陰だけ神社なのか。神様なのか。多分明治から昭和20年までの天皇制軍国主義にとって重宝な存在だったんだろうな。そんなことも考えたので、みんなは松陰神社の神殿にお参りしたが、おれはパスさせてもらった。

 津和野が島根県とは知らなかった。山口県か兵庫県と思っていた。津和野へ着くとすぐ地元ガイドに森鴎外旧宅へ連れていかれた。何の変哲もない家だ。折から照りつける太陽で汗まみれ。立っているのが辛い。そこから歩いて殿町へ。通りの両側に掘割があり、片方の堀にばかでかい錦鯉が泳いでいた。

 1978年から39年、38回を数えるたまたま会もみんな年取った。それでも今回の参加者56人、夫婦で参加が10組、亭主が死んじゃった未亡人参加者も数人いる。おれは1995年の第16回からの参加だ。99年の鎌倉、浅草、05年の日光、裏磐梯、08年の箱根、15年の富士山麓周遊では実行委員をやった。

 もう止めようかという話が出ているが、まだやりたいという人もいる。大阪の街をまだ歩いていないのでできれば歩きたいの声。問題は誰が企画運営をやるかだ。来年やる人が出てくれば継続するが、駄目なら消滅、と確認して散会した。とにかく足腰の痛みでいろんな人に助けられた。ありがとうございます。
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2017年09月25日

閑話休題(32)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月24日
閑話休題(32)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 近所に曹洞宗のお寺祖光院がある。ここの境内に彼岸花が群生していて、近郷近在から特にお年寄りが見物に訪れる。おれも自転車で見に行ったがもう盛りを過ぎていた。そのまま通り過ぎて五香のラーメン屋「むどう」へ行き、煮干し出汁醤油ラーメン(730円)を食う。若い店主が1人で切り盛りしていて店はカウンターだけ。たまに塩味も注文するが、こちらも「コクがあるのにさっぱり」していて美味だ。

 駅前通りの「白樺書店」に寄ってから常盤平に戻る。懇意の花屋で750円の仏花を買う。この花屋は駅前のスーパーのひと隅で営業していたが、2年前に新京成の線路際に独立の店を構えた。店主のおばちゃんとはよく世間話をする。「生前親不孝していたから仏壇に花だけは絶やしたくない」と言うと「それはいいことよ」と目を細めて喜ぶ。たまに鉢植えのベコニアやミニバラをタダでくれる。

 家に帰ると89歳の大村さんから電話。地元の地酒の会「豊友会」の常連だ。この前の例会の席で、大村さんが知っている箱根小涌谷の会社保養所へ有志で一泊旅行しようということになった。早速その下相談をしたいという。家へ来てもらって、昼間からお酒をちびちびやりながら2人で計画を練った。

 大村さんは昭和3年、東京市豊多摩郡(渋谷区幡ヶ谷)で生まれた。小学校2年の時、2・26事件に遭遇している。東京空襲を経験した後、終戦間際に早稲田大学に入る。すぐ長野へ勤労動員で行かされ、地下軍需工場の建設を手伝わされた。あまりに労働環境が悪いので同盟罷業をしたという。

 大村さんには今度地域の日本共産党後援会で「私の戦争体験」と題してお話をしてもらう。この後援会も発足20年、ずっとおれが会長をしている。年会費500を納める会員が全盛期50人を超えたが、最近では40人そこそこ。亡くなったり病気だったりしてじり貧ではあるが、きちんと定期的に世話人会を開き、2ヵ月に1回はニュースも出している。読者は100人を超える。

 夕方、女房が小金原の石原魚点に行くというので車に同乗する。おれはまだ自転車に乗れるが女房は数年前から乗らなくなった。車だけである。その車もいつまで乗れるか。今高齢者の車の事故が増えていると言うからね。もし女房の車が駄目になったら困っちゃうな。心配だ。魚屋で鯛のアラをひと山500円で買ってきた。塩を振って熱湯をくぐらせ、少し砂糖を多めにしてアラ煮にした。酒の肴に抜群だった。
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2017年09月22日

「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月20日
「フラリーマン」現象を喜んでいるのは誰か

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 昨日かな、NHKの「おはよう日本」で「フラリーマン」現象を取り上げていた。定時に仕事が終わってもすぐ帰宅しないで街をふらつくサラリーマンを「フラリーマン」というのだそうだ。おれたちの現役時代も仕事が終わっても家へ帰らず、友だちや上司と連れだって居酒屋やスナックをハシゴするなんてのはよくあったが、フラリーマンはそれとはちょっと性質が違うらしい。1人の行動なのだ。

 かれらはどこで「ふらり」とするのか。番組ではゲームセンターや家電量販店などで時間を潰すおじさんたちのの映像をとらえていた。なぜまっすぐ家に帰らないかとの質問に「いや別に・・・」となんとも煮え切らない。妻子ら家族も遅くなることに別段不満がないようだ。なら別にいいじゃないか。

 しかしこの「フラリーマン」現象、おれは番組を観ていて《やはり放っとけない》と思った。日本人の人間関係のどこかが壊れちゃってる気がするのだ。一杯飲みに行く金がないとか一緒に行く友だちがいないとかいろんな理由があるのだろうが、その根底のところに人間不信があるように思うからだ。

 何故人間不信になるのか。それは労働を通じた労働者同志の連帯感の欠如なのではないかと思う。サラリーマンの多くが自分のデスクの範囲でしか仕事をしない。隣の同僚との連絡もメールで済ます。会話がない。そのくせ仕事の進み具合や勤怠はきっちりパソコンのデータで監視されている。こうなったら自分の身を守るためには、自ら垣根をつくって人との接触を拒むしかない。一刻も気が抜けないのだ。

 そこで仕事が終わる。無気力と解放感がどっと襲う。1人で街をふらつく。ゲームセンターや家電量販店は人と交わることなく時間が潰せる恰好な場所だ。フラリーマンはそこでやっと自分の顔を取り戻せる。

 いつからこんな現象が生まれたのだう。おれは労働組合がストをやらなくなった1980年代後半あたりからではないかと思う。春闘になれば電車が止まったり、工場地帯に赤旗が林立したりするのが当たり前だった時代。ストに参加した労働者だけでなく、その何十倍、何百倍の労働者に連帯の気持ちをもたらした。

 労働者同志の連帯は社会全体の連帯へとつながった。仕事が終わって仲間と赤提灯に飲みに行き、上司の悪口をいうのも連帯感の一つの発露だったのだとおれは思う。「フラリーマン」現象を喜んでいるの資本や権力ではないか。労働者が連帯して社会に反抗する気力がなくなっているのだから。
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2017年09月19日

「日朝平穣宣言」15周年に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月18日
「日朝平穣宣言」15周年に思う

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 9月17日は「日朝平穣宣言」から15年目に当たる。小泉純一郎元首相が北朝鮮の金正日総書記と会談して発表した宣言だ。当時も、あの北朝鮮を相手にとよくもこれだけできたものだと評価された。17日付の『毎日』にその要旨が載っている。今の金正恩や安倍晋三首相と比べて政治姿勢の違いが鮮明だ。

 「小泉純一郎首相、金正日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国防委員長は日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本的利益に合致、地域の平和と安定に大きく寄与するとの認識を確認した」

 「日本側は過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明した」「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」。

 「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を順守することを確認した。核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した」。「国際的合意の順守」と「対話の促進」を明記したことの意義は大きい。

 北朝鮮に拉致された被害者の救出のためとはいえ、ここまで言及したことは凄い。この平穣宣言は世界にも影響を与え、六カ国協議の前進に結び付いた。その流れをぶっ壊したのは誰か。確かに金正日の跡を継いだ金正恩も悪いかも知れないが、米韓軍事大演習や「斬首作戦」で北朝鮮を挑発したアメリカはもっと悪い。それに追随している安倍首相はこの期に及んで9条加憲を狙う。ああ世も末だ。

 もう一度「日朝平穣宣言」に戻るが、金正日が「拉致」を認め「適切な措置」をとると約束したのは小泉首相が日本の植民地支配に対し「痛切な反省と心からのおわび」を表明したからだ。自らの非を認めるところから対話は始まる。今の米朝関係に欠けているのはその最初のボタンだ。

 北朝鮮に他国の領土に対する侵略的意図はない。要求しているのは停戦状態のままの朝鮮戦争の平和条約締結と対等な米との対話だ。今はそれを額面通りに受け止めることが大切なのだとおれは思う。
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「のぞみ」特急券と腰痛ととんかつの話

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月15日
「のぞみ」特急券と腰痛ととんかつの話

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 朝から晴れているのに爽やかだ。お昼前自転車で八柱まで行き、JR武蔵野線新八柱駅の緑の窓口で29日広島―東京の新幹線「のぞみ」36号の特急券を買ってきた。27日から3日間、例のたまたま会で岩国ー秋芳洞ー萩ー津和野を回ってくる。たまたま会旅行も今回が38回、これが最後になりそうだ。

 おれは第16回(1995年10月9日〜11日)の天橋立ー伊根ー出石からほぼ毎回の参加だ。おかげで日本国中くまなく歩くことができた。初めの頃は新聞労連運動の同窓会的色合いが濃くて男ども中心だったが、次第に夫婦での参加が多数を占めるようになった。我が家もそうだ。

 八柱で特急券を買い、常盤平駅前まで快適に自転車を飛ばす(電動機付きだけどね)。足腰の痛みは相変わらずだけど自転車だけは普通に乗れる。もしこれが乗れなくなったら買い物や五香駅前のやきとり「栄」にも行けなくなってしまう。もう寝たきり状態だ。人生終わりだね。自転車様さまだ。

 駅前の千葉銀行で3万円下ろし、スーパー「TOPS」で昼飯の「かつ重」を買う。398円だ。「またとんかつなの?」と女房ドノはあきれる。痛いのは足腰で、内臓はいたって丈夫だ。3日にあげずとんかつを食ってもちゃんと消化する。このところ便秘も治って排泄も快調だ。これが一番嬉しい。

 今日はスーパーでかつ重を買ってきたが、日頃は自分で揚げる。以前は懇意の「石井精肉店」で茨城県産の豚肉ロースを買っていたが1年前に何故か廃業してしまった。今は業務スーパーでロースのブロックを買ってきて自分で厚めにカットし冷凍庫で保存している。輸入肉かも知れないが結構旨い。

 これも以前の話だが、とんかつは2枚食うことにしていた。さすがにちょっとオ―バ―になったので今は厚めのやつ1枚にしている。160度の油でじっくり揚げるとかりかりして、大げさに言えば生きてる実感を味わえる。肉だけでは野菜不足になってまた便秘になるので、とんかつにはたっぷりのキャベツを添える。

 いや量からいえば「添える」なんてものじゃないな。とんかつがキャベツの千切りで埋まるという方が正しい。キャベツは食う2時間程前に自分できざむ。ザルに入れて冷水に漬けておく。新鮮な野菜を長時間水に晒すと折角の栄養素が飛んでしまうと言われているが構うことはない。シャキシャキ感が何とも言えない。――さて今夜は女房が馴染みの魚屋さんで寿司を買ってきた。とんかつは来週にしよう。
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2017年09月15日

テレビの調査報道が富山市議14人を辞職に追い込む

テレビの調査報道が富山市議14人を辞職に追い込む
主催:日本ジャーナリスト会議

 チューリップテレビ  ( T U T )  の記者たちは、 富山市議会のドンと呼ばれた自民党幹事長の政務活動費 不正受給を映像でスクープ。入手した資料を丹念に読み解く調査報道で市議たちの不正を暴きました。
 記者たちと腐敗市議との攻防を描いた番組は、今年度のJ C J 賞を受賞しま した。下記の通リ、「受賞番組を見る会」を開催します。 集会では、受賞番組を上映し、ディ レク ターが取材の真実を報告、質疑討論を行います。
日時:9月23日(土)午後1時会場(午後1時30分開会)
場所:専修大学神田キャンパス5号館571教室(千代田区神田神保町3−8)
資料代:1000円(学生無料)
くわしくは、PDFをご覧ください。
20170915.pdf


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2017年09月13日

裁判所が労働運動に支配介入?

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月12日
裁判所が労働運動に支配介入?

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 社会正義を守るのが裁判所のはずだが、これは一体どういうことだ。8月22日最高裁が「上告不受理」を決定したフジビ「恫喝」訴訟。組合が張った横断幕が会社の「信用棄損」に該当するとして3人の元従業員に合計2200万円の損害賠償を請求した事件。地裁、高裁が発した「賠償金350万円(利息を含めると410万円)を支払え」という不当判決を最高裁がそのまま追認したのだ。

 フジビ(富士美術印刷)は、子会社のフジビ製版に労働組合ができたのを嫌って倒産させ、従業員18人を退職金も払わず放りだしてしまった。このこと自体許せない酷い仕打ちだが、まあ世間にはよくある話だ。しかしこの会社、その後解雇された組合員が「荒川区の印刷御三家<tジビは責任を取れ」「億万長者の社長が給料・退職金を踏み倒すな」と掲げた横断幕を不当な恫喝だとして提訴する挙に出た。

 この話を聞いておれは十数年前におれも関わっていた「AIG」争議を思い出した。世界的な多国籍企業の保険会社AIGが長年勤めていた女性嘱託社員4人の首を切った。彼女たちは当時の銀産労(現金融ユニオン)に加盟して解雇反対闘争に入る。おれはその頃銀産労顧問をしていて団交要員だった。

 争議が固定してなかなか解決の見通しが出てこない苦しい時期だったが、会社側が突如組合活動への新たな妨害訴訟を起こしてきた。組合が社屋前で撒いたビラが会社の名誉棄損に当たるとして500万円の損害賠償金を支払えというのだ。こんなイチャモンが裁判で認められては他の争議にも影響する。組合はそれまでの上条貞夫弁護士を中心にした弁護団に徳住堅治弁護士を補強して裁判に対処した。

 結局一審も二審も会社主張が退けられ、会社は上告を諦めて組合側の全面勝利に終わる。この裁判は将棋で言えば会社の「指し過ぎ」で、膠着した争議を組合有利の解決へ向かわせるひとつの契機になった。

 あの時の徳住弁護士が今日本労働弁護団団長になっている。徳住団長は今回のフジビ「恫喝」事件の最高裁決定について「許しがたい判決。これでは普通の組合活動が出来なくなる。時代がここまで来てしまったのか。あるいは時代を先取りしているのか」と慨嘆している。

 たった10年で裁判所が様変わりしているということだろう。それはそうだが、おれとしてはこれは裁判所による組合活動への支配介入だと言いたい。いつかしっぺ返しがありそうな気がする。いやしっぺ返しをしなければならない。
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明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2017年09月09日
明治乳業は長期争議の解決に踏み切れ!

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 一昨日9月7日午前11時から東京地裁で、明治乳業事件の第3回弁論期日があった。裁判長はこの間に提出された当事者の準備書面について確認した後、原告・争議団、被告・中労委、参加人・会社の代表を別室に呼んだ。争議団と中労委の代表は3分弱で戻ってきたが、会社側熊谷弁護士が姿を現したのはそれから約10分後だった。今後の進行について特に会社側に対する説得が行われたものと思われる。

 その席上会社がどんな主張をしたか。9月4日付「参加人準備書面(1)」で会社は、中労委命令の「付言」で「より大局的な見地に立った判断が強く期待される」と要請されたことに対し「妥協して解決することなど、会社として受け入れることは到底ありえない」と頑なに和解を拒んでいる。

 準備書面によれば会社が和解を拒む理由は次の点だと思われる。@市川事件も含めて申立人らに対する誹謗中傷の事実はない、A申立人らと職制を中心にした「インフォーマル組織」の対立は労労問題であって会社は関知しない、B市川事件は最高裁判決で解決済みであって、最高裁で認められなかった事実が本件で認められる余地はない、C申立人らはすべて定年退職しており会社には既に労使紛争は存在しない。

 それぞれに詳しく反論したいが紙幅がない。ただこれらの会社主張に対しては、命令の「付言」だけでなく「事実認定」「判断」でも全て明確に論破されていることだけは言っておきたい。その命令を維持するために行訴の参加人になったのだから、主文以外はすべて反対だというかのごとき姿勢は許されない。

 会社はこのまま話し合いを拒否し続けて、申立人らをねじ伏せて無条件降伏させることを狙っているように思われる。狙うのは勝手だが少し甘いのではないか。明乳争議をこのままでは終わらないとする大きな共闘の輪が広がっている。争議団や共闘会議、弁護団も長いたたかいにかかわらず意気軒高である。

 このほど、食品一般ユニオンがILOに申請した「結社の自由に対する重大な侵害」との申立書が受理され、「当局は日本政府に所見提出を働きかける」との返書が届いた。明治ホールディングの大株主の中に解決への同調を示す芽が生まれてきた。雑誌「ZAITEN」の「明治HD『消費者無視』の労務屋経営」と題する記事に見られるように世間の見る目も厳しくなっている。

 定年退職しても在職中の不正取扱いの是正を求める権利は喪失するわけがない。会社は次回10月2日の次回期日までに和解打診への返事を持ってくると約束したようだ。会社の冷静な判断を期待する。
posted by マスコミ9条の会 at 16:51| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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