2018年02月10日

爆風(46)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年02月08日
爆風(46)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 11月中旬のある日昼過ぎ、武井覚一は工事部事務所へ行った帰りに「おい」と声をかけられた。振り向くと吹野信平少佐が立っていた。少佐は左ひじを武井の右肩に置いて並んで歩きながら「さっきソ連の奴が来てね。捕虜を2000人出せと言うんだ」と話し始めた。「それは大変でしたね」と武井が応じた。

 「うん、大変であった。末廣とかいう元関東軍の陸軍大佐が案内人としてついてきた。ソ連兵は大佐と副官の2人、それに通訳がいた。通訳は半島人で、この通訳が我々に非常に好意的だったよ。逆に関東軍大佐の方は最悪だった。『どうしても捕虜を出せ』と強圧する。

 『こには兵隊はいない。一般民間人だ』
 『ここへ来る途中、軍服を着た一隊を見た』
 『あれは北から逃れてきた難民で、着るものがないので軍服を着ているのだ』
 『女々しいことを言うな。それほど捕虜になるのが嫌か』
 『女々しいことなど言ってない。おれも帝国軍人だ。今でもちゃんと襟章をつけている』 
 『とやかく言わないで早く集めろ』

 『部隊は解散して兵はいない。自分が集めようとしてもその権限はない。どうしても連れて行きたいなら貴官が集めればよかろう。しかしこのことだけは言っておく。8月25日のことだ。男子全員連行の指令に応じられないとして全員玉砕の寸前まで行った。今度も同じことが起こるかも知れない。その時は貴官が責任をとれるのか。その覚悟があるならやってみなさい』

 このやりとりを通訳がこちらに好意的にソ連側に伝えてくれたに違いない。ソ連軍大佐と副官は『ここは後回しにしてよそへ行きましょう』と言って引き揚げていった」。そう言って吹野信平はため息を吐いた。武井が後で聞いたところによると、火工廠での捕虜狩りに失敗した員数合わせに、遼陽と鞍山の軍病院から傷病兵が引っ張られている。武井は誠に済まない気持ちでいっぱいだった。

 8.25事件の舞台となった桜ヶ丘国民学校は、爆薬の撤去、損壊箇所の修繕などが行われた。しかし授業が再開されたのはソ連軍の支配が中国共産党に移管された11月下旬で、その間は休校状態だったようだ。国民学校高学年の生徒は学習塾形式で授業が確保されていたようだが、筆者のような低学年児童まで手が回らない。

 担任の鈴木久子先生も家族と一緒に生き延びるのがやっとの毎日。初秋になって校長先生から「なるべく男装をして学校へ来るように」と指示があり開校の準備をしたが、すぐにまた自宅待機になった。国民学校校舎は土足のソ連兵によって蹂躙されたままであった。
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本白根山の噴火、夏だったら……

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
18年02月06日
11557 本白根山の噴火、夏だったら…… 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 1月23日に前触れもなく突然噴火した本白根山(2,165M)。この山には1997年8月5日と2003年7月27日の2回登っている。両方とも夏場であったが、これには理由があった。コマクサを観るためだ。この山はコマクサの育成に力を入れており、あちこちに群落を見ることができる。特に今回、噴火のあった地点近くはすばらしい。

 97年のときは今回の噴火で話題になったロープウェイの頂上駅まで車で入れたが、03年時は国道沿いの大駐車場までしか入れなかった。したがって、初回は1時間半で山頂往復を果たしている。とはいっても、2回目の03年も2時間5分しか歩いておらず、「百名山」登山としては楽なほうである。

 03年の記録を引用してみる。

                               
◇=◇=◇

 カラ釜と呼ばれるガレ場の斜面に、コマクサが群生している。5年ぶりに訪ねたわけだが、前回はこんなに多くはなかった。意図的に育てていることがよく分かる。こういう努力があってこそ、コマクサが生きていけるのだ。何やらその光景に嬉しくなる。

 本白根山の最高点まで歩く途中にも、コマクサとヒメシャジンの競演を見ることができる。赤のコマクサと、青がかった紫色のヒメシャジンが奇妙にミックスしている。それらの写真を撮りながら、のんびりと歩く。最高点には先客が休んでおりその傍らで一休み。

 早い時間に登り始めたことが功を奏したようで、下山中、かなり多くの団体とすれ違うことになり、混雑を避けることができたことに安堵感を味わう。登山客のほとんどはコマクサが目当てであることはいうまでもない。駐車場にもどり、万座温泉で汗を流して帰路についた。
              ◇=◇=◇

【コマクサ】
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【ヒメシャジン】
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 これを書こうと思ったのは、「多くの団体とすれ違った」という部分を強調したかったからだ。あの噴火が真夏であったら、御嶽山の噴火(2014年9月27日/死者・行方不明者63人)の比ではない大惨事になった可能性があった。

 本白根山は御嶽山と違って登りやすく、高山植物の女王・コマクサを見ることができるため人気の山なのだ。前述の団体のなかには夏休みということもあったのだろう、子どもたちがたくさん混じっていた。

 97年に登った時は、カラ釜を一周したため「鏡池」の縁を歩いているが、ここは今回噴火した真横にあたる。もしあのとき噴火していたら、と思うと背筋が凍り付く。山とはそういうものであり、今回の噴火は真冬であり、登山客がいなかったことが(亡くなった方には申し訳ないが)犠牲者を少なくしたと言える。いずれにしろ、登山にはそういうリスクが付き物であることを肝に銘じておく必要がある。


★脈絡のないきょうの一行
名護市長選挙で辺野古基地建設反対派の現職・稲嶺進市長が敗北。政府の執拗な攻撃で、市民も疲弊か?
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爆風(45)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年02月06日
爆風(45)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 高崎総裁は「鞍山の昭和製鋼と連絡がとれていないので心配だ」と言い、鞍山製鋼所の岸本所長(大将)宛ての親書を加々路に託した。加々路は遼陽に帰隊後鞍山へ出向き、岸本大将に直接この書面を手渡す。岸本は食い入るように手紙を読み「これで今の新京の様子、高崎総裁の考えがよく分かった。すぐこちらの模様を知らせることにする。わざわざありがとう」と礼を述べた。

 ソ連軍による工場施設撤去および本国への運搬は10月いっぱいでほぼ目途がついた。そして迎えたのが11月6日である。遼陽のソ連軍司令部から「本日は革命記念日により貴部隊将校を式典にご招待したい」との連絡。このところのソ連軍の動きを見るとどうも臭い。そのままシベリアに連行されるのではないか、という心配があったが、招待を断る理由はない。ソ連軍はパスまで用意しているのだ。

 バスに乗り込んだのは40人程の将校たち。夕闇が迫る中を家族や残留将校に見送られて出発した。ところが走り出してしばらくすると、エンジン不調でバスが止まってしまった。ソ連兵は困りきった顔だが、日本側は平然と呑気に修理が長引くの待つ。同乗の和泉正一は本来戦車隊出身なので、自動車のエンジン修理についてはいささか心得もあったがここは一切知らんぷり。

 やっと修理が終わり、再びバスに揺られて遼陽のソ連司令部に着いたのがもはや夜半過ぎ。革命記念日の式典なるものがほんとにあったのかどうかも判然としなかったが、ソ連側はしきりに「手違い」を詫びて将校たちを東京陵へ送り返した。後で知ったところでは当日、革命記念日への招待を口実に集められた多くの日本兵がシベリア連行に遭っている。東京陵のバス故障は不幸中の幸いと言えなくもない。

 日本人将校のシベリア連行に不覚を取ったソ連軍は翌11月7日、林光道少将(部隊長)を夫人の目の前で自宅から連行した。「火薬製造について質問したい」との理由だが、8月25日に次いで2度の将校連行失敗の尻拭い的措置だったものと思われる。しかし、将校、軍属、その家族にとってもはや林は最高指導者としての権限も人望もない。そのソ連連行はソ連側が意図したようなショッキングな出来事ではなかった。林光道は数年のシベリア抑留後、帰国して日本で生涯を終えた。

 ソ連軍が火工廠の支配を中共軍(以下「八路軍」「東北人民解放軍」とも呼ぶ)と交代したのは11月17日だった。その直前、三度目のシベリア連行の企みが仕掛けられた。今度は旧関東軍司令部がソ連に加担しており、矢面に立ったのは林部隊長の権限を引き継いだ吹野信平少佐であった。
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望月記者の話を聞いて思ったこと

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年02月04日
望月記者の話を聞いて思ったこと

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 昨日久しぶりに都内へ出て大勢の人に会って、帰りには市ヶ谷の「素材屋」で酒を飲んできた。帰宅は10時半、酔いが醒めて凍えるように寒かった。もう女房は寝ていたの1人でテレビをみながら飲み残しの赤ワインを空けて寝た。つまみは冷蔵庫の隅から引っ張り出したとろけるチーズ。結構いけた。

 昨日の会場は市ヶ谷の(というより麹町の)エデュカス東京。そう言えばちょうど1年前、主催者も同じくJCJとマスコミ九条の会だった。市ヶ谷からの坂道を登っていて腰が痛くなり、それがほぼ1年続いた。最近やっと痛みを感じないで歩けるようになった。そんなこと思い出しながら会場へ向かった。

 エレベーターが7階に上って驚いたね。超満員で入り口まではみ出している。通路に人が座っている。もう今日の講演者の1人中野晃一さんがしゃべっていた。人の迷惑も考えず最前列まで無理矢理。やっと一つ空いている席を見つけた。顔見知りのマスコミの仲間の間に腰を下ろせてほっとした。

 中野さんの約1時間の話はとても実践的で役に立つ。基調が「個人の尊重」だから運動内部の考え方の違いをあまり気にしない。違いを理由に立ち止まることは安倍政権を利するだけだ。ということで例の「立憲的改憲論」への批判もほどほど。「市民連合が選挙で統一候補を擁立するにしても真面目に考えていたらやっちゃあいられないことが毎日起こる。裏切りや野合が日常的。気にしてたらきりがない」。

 もう1人の講演者は東京新聞社会部記者の望月衣塑子さん。菅官房長官の記者会見で名を馳せてこのところあちこち引っ張り凧だ。機関銃のような早口だが聞きとりいい。おれは最前列なので彼女の唾が飛んできそう。話に一定のズムがあるので、目をつむっていたらしばらく眠ってしまった(失礼!)。

 話のテーマは「権力側が隠そうとすることを明るみにだすこと」。森友学園疑惑の追及とリアクション。その一部始終がド迫力で語られた。しかし内容的には既に知られていることばかりで、新しい驚きの事実はない。記者クラブ制度への疑問も出された。例えば官房長官への質問のやり方について他の記者から横やりが入ることもある。相変わらず「浮いた存在」と自分を見つめることも。

 おれは望月さんと言う記者の話を聞くのは初めてだ。元気もいいし、頭の回転も速い。しかし彼女が今のメディアの代表的騎手としてもてはやされることへの疑問も感じた。それは彼女の中に組織的なたたかいという概念がゼロだという点だ。東京新聞には新聞労連に加盟する少数組合がある。望月さん、ぜひ加入を!
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2018年02月02日

爆風(44)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年02月02日
爆風(44)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 加々路と松本は新京の大通りを捕虜収容所になっている元の消防署を目指して歩いた。遼陽、奉天などと違ってソ連軍将校の姿も多く、街中を装甲車が走っている。大通りの突き当たりに赤旗が翻り、火の見やぐらに見張りの兵士が見えた。捕虜収容所である。建物の周囲は鉄条網が張り巡らされている。脇の入り口に少年兵が1人で立っている。松本が得意のロシア語でかねて用意した来意を告げた。

 少年兵は2人が持っている南京袋の中身を改め、野菜であることを確認、すんなり通してくれた。建物内には元日本兵が忙しそうに歩きまわっている。その1人に「最高幹部に会いたい」と言ったところ「将官は既にチタ、ハバロスフクに連行された。ここには佐官しかいない」との返事。そして佐官が集まっている部屋に案内されたが、驚いたことに最高責任者は8月15日まで火工廠にいた関大佐だった。

 まことに奇遇。加々路はその後の火工廠の推移を報告した。将校はじめ軍属も1人の連行もなく全員無事だと伝えると「それは凄い。よく捕われなかった」とその場の佐官達にどよめきが起こった。この収容所は近いうちに閉鎖され、全員ハバロフスクへ送られるという。ハバロフスクから日本へ帰れればいいが、と希望がらみの冗談が出た。

 加々路は関大佐に、改まって火工廠の今後について指示を仰いだ。「敗戦後大本営から『部隊を解散して兵員は除隊させよ』との最終無電が来た。これが命令の最後だ。この命令を全満の部隊に伝達してほしい」。それはとうてい不可能に思えたが、加々路は命令の伝達を約束した。いたずらに収容所内の滞在が長引くと無事退出することでできなくなる恐れがあるので、日頃ソ連兵と折衝している関大佐の口利きでなんとか建物から外へ出た。後ろから発砲などされるのではないかとびくびくしながら大通りへ戻った。

 翌日は在満居留民会に高崎達之助会長(満業総裁)を訪ねた。途中北満からの避難民で溢れている白菊小学校に立ち寄る。女子どもだけの集団は飢餓、病気、暴行に苛まれ、聞きしにまさる地獄だ。これらの人たちの苦労に比べると、桜ヶ丘はなんて恵まれているのかと思わざるを得ない。

 民会事務所に高崎総裁の姿はなかったが、係員から自宅を教えてもらった。自宅ではちょうど出かけるところだったが、遼陽からわざわざ来たというので家の中に引き返し話を聞いてくれた。遼陽や奉天の様子、またここまで来る途中の沿線の模様をに熱心に耳を傾けた。高崎総裁は「在満日本人の安全確保に関して毎日ソ連軍司令部と交渉している。敗戦国ではあるが毅然たる態度が必要だ。当面百数十万の在満同胞をどうして越冬させるかに心を砕いている。食糧、石炭の確保は待ったなしだ」と決意で顔を紅潮させた。
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天体ショウ・皆既月食 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年02月01日
11556 天体ショウ・皆既月食 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 昨日は皆既月食だった。天気情報は、下り坂で諦めかけていた。が、帰途、東京ドームと地下鉄後楽園駅を結ぶ陸橋に差し掛かったら、空を見上げているひとたちがいた。なんだろうと、私もその仲間に加わってみると、ジェットコースターの上に輝く月を見かけた。

 慌ててカメラのシャッターを切った。以下、その写真だが写りはイマイチでも雰囲気を味わうことができる。ぜひ写真をクリックしてみてください。

【21:33 ジェットコースターの上の月。すでにショウは始まっていたが、遠いせいだろう丸く見える】
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【21:34 上弦の月風に変身】
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【21:43 かなり小さくなった】
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【21:48 息をのむ瞬間】
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【21:50 見えなくなる寸前】
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 広い、広い宇宙で、こういう変化を見ることができるのは有り難い。これも、平和だからこそ出来ることだ。


★脈絡のないきょうの一行
年金未納7ヶ月で強制徴収へ(時事通信)。これはもうオイハギだ。国にそんな権利があるのだろうか。
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爆風(43)

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
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労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月31日
爆風(43)

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 松風寮の加々路仁は、8.25のような混乱が生じるのは部隊に情報が少なく周囲から孤立しているせいだと思った。関東軍火工廠は満州918部隊に属し、部隊司令部は文官屯にある。そこへ行けば情報が得られるに違いない。早速林光道部隊長の許可を得て、トラックでまず遼陽へ行き列車で奉天へ向かった。同行のK青年と2人、満人服を着て三角の編み笠を被る。どこから見ても満人と区別がつかない。

 遼陽から奉天へ、客車に乗れた。周りは満人だけ。ソ連兵が見回りにきた。満人に密告されるかと怖れたがそんなこともなく奉天についた。ここから文官屯までは歩かなければならない。2人だと目立つので文官屯で落ち合うことにして別行動をとる。文官屯は奉天の郊外で屯(村)というより賑やかな町だ。

 裏通りでソ連兵と満人が何やら取引しているのを目にした。構わず歩いているといきなり突き飛ばされて足で蹴られた。加々路は逃げるにしかずと駆けだしたが追いかけてはこなかった。途中八路軍の検問に引っかかったが何も持っていないので無事通過。まだ日の高いうちに文官屯官舎に着いた。

 将校寮に直行すると同期の菅根大尉や山田中尉がいて歓迎された。火工廠の8.25の玉砕騒ぎがこちらにも伝わっているらしく「大変でしたね」と労われた。奉天市内の状況は思った以上に過酷で、毎日死人が出ているそうだ。新京の様子はここでも掴めていない。連絡が取れないという。

 加々路は情報収集にはどうしても新京へ行かなければならないと決断した。ちょうどそこへ大連から松本百公が帰ってきた。松本はロシア語、中国語が堪能である。加々路が新京への動向を頼んだところ快く承知してくれた。10月初め、ソ連の軍用列車を乗り継いで2日がかりで新京に着いた、

 新京には田島さんという竹村正大尉の奥さんの実家がある。訪問するとわざわざ遼陽から来てくれたと大歓迎された。竹村大尉の無事を伝え、関東軍司令部や居留民会へ行って話を聞きたいと述べた。民会については丁寧な現況説明があったが、司令部の動向は分からないという。主力は朝鮮国境の通化へ行ったようだが、残った軍人はソ連の捕虜収容所に入れられている。連絡の仕様がない。

 加々路は何とかして捕虜収容所に潜りこむ方法はないかと考えた。ソ連軍が満鉄社員に優しいというので満鉄の制服を借りた。その上で兄が収容されているので野菜と肉を差し入れるということにする。失敗してももともと、当たって砕けろ、だ。空は青く晴れ渡っている。田島さんの激励を背に2人は出発した。
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扇山(1,138M)、犬目丸(794M)

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年01月30日
11555 扇山(1,138M)、犬目丸(794M)

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 1月20日、今年初めての山に登った。山梨県の扇山と犬目丸だ。扇山は中央自動車道・談合坂SAから北側方面に扇型をした山が見えるが、これである。調べてみたらこの山は1994年12月に登っており、実に23年ぶりということになる。

 このときは総勢11人の大所帯で、下山後は「君恋温泉」に泊まっている。山頂からの富士山は見事で歓喜したものだ。泊まる場所が決めてあったことから、日本酒の1升びん3本を交代で持ち歩き、宿でそれを飲んだときの旨さは忘れられない。

 23年前は電車だったが今回はマイカーを利用、鋤柄好子さんの車に同乗させてもらい、中央道上野原ICで降り県道で「犬目」まで進み、この近くの盛り土された「一里塚」の空き地に車を止めてスタートした。この一里塚は江戸時代に、目印として1里間隔で盛り土した名残りの一つだという。これは先人たちの知恵である。

 登山道に取り付いて10分足らずで、「君恋温泉」に着いた。この温泉はすでに休館になっていて営業していない。昔のことを思い出して、寂しくなった。ここからさらに進むと沢への下りに取り掛かる。せっかく登ってきたのにと、下るときの心境はイヤなものである。滝が見えた。大滝だ。高さはそうないが、立派である。その先に「大滝不動」を祀っている祠がありその横を抜けていく。

 しばらく歩くと人声がした。5、6人の集団だ。私と同じように中高年のグループで元気に歩いていた。急登がつづく。犬目丸との分岐で一休みし、扇山への道を急ぐ。最初はなだらかであるが、山頂が近づくとそれは厳しくなる。それを凌いで山頂に到着。先客が思い思いに休んでいた。

【扇山山頂風景、天気が良ければ正面に富士山が……】
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 われわれもその中に溶け込み、早めの昼食とした。今回は残念ながら雲に隠れて富士山は欠席≠セった。山頂をあとにして帰路についたが、「こんな急坂を登ったんだ」と驚くほどのそれであった。下山は今年の干支「戌」にちなんで犬目丸まで行ってみることにし、前進。分岐から10分ほどで到着。ここからの展望もなかなかいい。

 犬目丸をあとにして本格的に下山である。帰りは少し遠回りになるが、県道に出る道を選んだ。下山はいつものように足の筋肉に負担がかかる。車にもどったとき、すでに足はくたびれ果てていた。高速道路に乗る直前で、ふくらはぎがこむら返りを起こして道路わきに車を停車。薬を服用し小休止して前進したものである。5日間ほど階段を下りるときに、ふくらはぎや太ももに痛みが走り苦労した。

 風もなく、日差しもなく、富士山が見えないという不満は残ったものの、いい山行だった。

※行程/一里塚(9:00)−犬目分岐(10:15 10:25)−扇山山頂(11:15 11:50)−犬目丸(12:25 12:35)−一里塚(13:30) ▼徒歩総時間・3時間45分


★脈絡のないきょうの一行
年金未納7ヶ月で強制徴収へ(時事通信)。これはもうオイハギだ。国にそんな権利があるのだろうか。
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疑惑隠しみそぎ≠ヘ済んでいない

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年01月28日
11554 疑惑隠しみそぎ≠ヘ済んでいない

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 25日、トランプ大統領が「ロシア疑惑」に関連して、検察から事情聴取を求められたら偽証を問われる聴取であっても、「応じる」と発言。これは、当たり前のこと。それに比べ日本の首相はどうか。

 言うまでもない森友・加計疑惑である。安倍首相のお友だち<gランプ氏は疑惑について自ら対応するというが、こちらは逃げ回っている。疑惑が生じたら、それを明らかにするのは政治家の務めである。そうしなければその人の政治生命が断たれることもある。それをしなかった韓国の朴槿恵前大統領は、結局、失脚した。

 日本はどうか。昨年の大義なき解散・総選挙はモリ・カケ疑惑隠しがちらついていた。火消のための道具≠ニして解散権を振りかざしたとしか考えようのないものだった。選挙の結果はご承知のように自民党が勝った。が、これはよくよく見てみると「敵失」によるものだった。

 野党共闘の機運が盛り上がっているなかで、「希望の党」なる新たな保守野党が誕生した。この新党、初戦の段階で代表が「排除の理論」を振りかざしたために頓挫した。それに対抗して「立憲民主党」が出来たことにより、極端な減少を食い止めることはできたが、選挙民の目はそちらに奪われ、モリ・カケ疑惑が薄まってしまった。

 この疑惑問題は何一つ解明できておらず、国会で徹底した審議が必要である。それにつけても、日本のメディアの不甲斐なさにハラが立つ。韓国の大統領弾劾の流れを作ったのはメディアの力だった。それが、100万人のデモを生み大統領を追い出した。

 日本はどうか。首相の疑惑隠しへの批判はほとんど聞かない。もしかしたらメディアのなかでは「みそぎ」が済んでしまっているのではないかと疑いたくなる。首相とメディアによるダブル疑惑隠し≠セ(笑)とも考えたくなる。司法の動きも緩慢としか言いようがない。田中角栄のロッキード事件の時の検察はどこへ行ったのか。

 さらに森友学園の籠池泰典・諄子夫妻の仮釈放を許可しない動きも奇妙だ。仮釈放を許さないのは、証拠隠滅などが行われる危険性があるとき限られる。まだ裁判は始まっていないが、この夫妻の容疑は国に対する補助金適正化法違反の疑いと、大阪府の補助金をだまし取った詐欺の疑いである。

 その疑いで逮捕された訳だが、証拠隠滅などできるはずもない。いや、逆に隠滅が出来ない確証があったからこそ逮捕・勾留に踏み切ったのではなかったか。釈放しても何ら問題ないと考えるのは私だけだろうか。いや、穿った見方をすれば首相にたてつく者はこうなるんだ、という「見せしめ効果」を狙っているとも思える。

 よく考えてみると、この国はどこかヘンなのかもしれない。アメリカのトランプ大統領はヘンだが、民主主義に関しては日本の首相よりはまだましだ。


★脈絡のないきょうの一行
千秋楽を待たず、平幕・栃ノ心の優勝が決定。ふがいない横綱陣、いっそのこと全員引退したら?
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コケにされた「労働組合」

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載
http://blogs.yahoo.co.jp/shosuke765
労働運動は社会の米・野菜・肉だ。
2018年01月28日
コケにされた「労働組合」

■戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

 26日の参院本会議で日本共産党の小池晃議員が代表質問を行った。「安倍政権の暴走 転換迫る」質問内容だった(27日付『赤旗』)が、安倍晋三首相の答弁は小池氏の言によれば「まったく質問に答えようとしない態度が鮮明になった」だけ。どうせ事務方任せでつくった答弁だろうが、『赤旗』に載った「働き方改革」関連の答弁要旨を読んでみた。そこにあるのはコケにされた労働組合の姿だった。

 まず「高度プロフェッショナル制度」。小池氏が「(残業代ゼロ法案であり)まさに財界の要求そのもの」と追及したのに対して「昨年3月28日、私自身が議長となり、労働界と産業界のトップと有識者に集まりをいただいた働き方改革実現会議において、働き方改革実行計画を決定した。この実行計画に基づいて行う改革であり、財界の要求そのものという指摘は当たらない」と答えている。

 また、「月100時間の残業規制は過労死ラインを超えている」との指摘については「時間外労働の上限は、月45時間、かつ年300時間と法律に明記する。そのうえで労使が合意した場合でも上回ることができない上限を、年720時間とし、その範囲内において複数月の平均では80時間以内、単月では100時間未満と定めている」「『過労死の合法化』という批判はまったくあたらない」と言い切る。

 そのほかで気になったのは、「無期転換ルール」について「改正労働契約法に見直し規定が設けられており、施行状況を監視しつつ対応している」と述べている点だ。つまり無期転換ルールの適用で紛争があるなら法律そのものを見直すというわけ。これは酷い。非正規労働者の雇用安定にとって大変な逆行である。

 それにしても「高プロ(残業代ゼロ)法案」は「労働代表」も容認しているとか、時間外規制は月45時間だが労使で合意するなら100時間まで働かせていいよ、つまり労働側の自己責任だよという言い方には今さらながら頭にくる。最もそう言わせる原因は連合の側にあると認めざるを得ないけどね。

 挙句の果てに「時間外労働を適正化するための指針を定め、国が使用者および労働組合等に対し、必要な助言、指導を行えるようにすることを予定している」と「労働組合に対する指導」まで持ち出された。哀れ労働組合は時間外労働のあり方について安倍晋三に「指導」されるところまで落ちぶれてしまった。

 ここまでコケにされて連合は黙っているのか。「官製春闘」に甘んじるのか。さあどうする。
posted by マスコミ9条の会 at 21:26| Comment(0) | 労働運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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