梅田です。
送られてきた不戦兵士・市民の会の機関誌『不戦』2013冬季号で、マスコミ九条の会・JCJの会員だった阿部敏勝さんの死去を知りました。
この一年半あまり、彼からの郵便が来なかったのは、闘病生活のあと、すでに亡くなっていたからでした。
『不戦』の記事を転載します。
故 阿部敏勝さんを偲ぶ
当会理事の阿部敏勝さん(81歳)が、今年の2月6日に逝去されたことが、11月に奥様から送られてきた喪中ハガキで知ることになりました。
このハガキを出すまで、絶対に、誰にも他言しないようにとの「遺言」だったそうです。
肺がんを患い、痩せ衰えた姿を見せたくなかったようで、お見舞いも誰にも許しませんでした。
奥様がこの「遺言」を守る長かった日々のご心中は察するに余りありますが、阿部さんは痛みで苦しむこともなく、安らかに眠りにつかれたそうです。
阿部さんは、満州事変が起こった1931年に樺太で生まれ、13歳で最年少の海軍練習生(少年兵)として1945年4月に長崎県諫早の「航空機乗員養成所」に入り、そこで敗戦を迎えました。
航空機乗員養成所は“第二空軍”の役割をになわされ、特攻死もありましたが、その養成・参戦・戦死の史実はほとんど知られていません。







