2019年01月26日

勤労統計不正は統計法違反の犯罪だ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2019年01月20日

勤労統計不正は統計法違反の犯罪だ

 「統計法違反摘発 高い壁」「厚労省不正調査問題」「故意立証必須/立件過去2件」(19日付『毎日』)。厚労省による毎月勤労統計の不正調査問題を統計法の視点から取り上げており、興味深い。まず聞きなれない「統計法」とはどんな法律なのか。「第二次大戦中に政府に都合のいい統計が作られたため、1947年に『統計の真実性の確保』を目的に制定され、統計の作成方法などを規定した」。

 政府の基幹統計を管轄する総務省や菅義偉官房長官は、今回の問題は「統計法違反に該当する可能性がある」と表明。「承認した内容と異なる方法で調査し、変更の承認も受けていない」からだ。ただし、この内容の違反はルールには反するものの罰則には抵触しないという。ではどんな違反なら抵触するのか。

 そこで統計法そのものに当たってみた。あった。第60条である。
 第60条 次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処す。
  2項 基幹統計の作成に従事するもので基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者

 それでは今回の不正調査は「真実に反するものたらしめた行為」に該当するのか、しないのか。検証してみよう。不正・不適切の指摘を受けているのは、東京都が対象企業の全数でなく抽出調査で済ませた行為である。全数調査となっているのに3分1だったのは「不適切」には違いない。

 しかし調査対象を無作為抽出していたら、予算案を組み替えるほどの差はでなかつたのではないか。つまり無作為ではなかったということになる。何らかの意図によって対象企業を偏って選んでいたことになる。この間の報道によれば「賃金の高い東京の大企業のデータが少なかった」ことが明らかだ。

 実態より賃金水準が低くなるよう仕組まれ、それが雇用保険や労災保険を削る根拠になった。言葉を替えて言えば雇用保険等を削る目的で不正な調査手法がとられたということだ。そんな不正が現場の判断でできるわけがない。上からの指示・命令があったはずだ。「上」というのは厚労省上層部だけだろうか。

 このように見てくると、今回の「不正調査」は、国家権力による統計法60条に該当する犯罪行為と言われても仕方ないのではないだろうか。政権中枢の責任が問われるのは必然だと思う。
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2019年01月04日

新春断想 「切れる」ということ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2019年01月02日

新春断想 「切れる」ということ

 去年は遠出が不安だったので初詣を近所の神社で済ませたが、今年は子どもや孫たちと恒例の柴又・帝釈天へ行けた。矢納め100円、賽銭5円、破魔矢1500円、ダルマ1000円、小エビ佃煮648円。相変わらず混んでいて迷子になりかけたが、昔と違って今は携帯があるから安心だ。

 孫は今年小6と6歳になる。小6は中学受験で大変だ。公立なら受験なんかないのに、とおれは思うのだが娘(ママ)は「公立はダメ。中高一貫校の私立へどうしても入れる」という。そんなものかな。ま、じいじの出る幕じゃない。小6の孫は「ママには従った方が得だ」と結構覚めている。

 6歳の孫はよくごねる。気に食わないと金切り声を上げる。保育園ではとても素直でいい子なのだそうだ。どうも無理していい子を演じているだけのようだ。その反動で家ではわがままを通す。通らないと喚き散らす。銀行員30年独身の娘は「新入社員の中でもちょっときつく叱るとすぐ切れるのがいる。触らぬ神に祟りなしが一番」と悟り気味。学校教育というより親のしつけが問題だという。その傍で6歳がまたごねだした。

 正月早々原宿・竹下通りで車を暴走させ8人をはねて重軽傷を負わせた事件があった。犯人の21歳男性は「オウム死刑の報復でやった」とか「(車に積んだ石油で)車ごと燃やそうと思った」などとほざいているという。警視庁は「責任能力の有無」を含め、状況を調べている。

 この事件の21歳男が冷静な計画性をもって事を起こしたとは思えない。きっかけは何か彼に「不利なこと嫌なこと」があってそれが衝動的な行動に結びついたのだと思う。人は「不利なこと嫌なこと」に直面した時、普通堪えようとする。堪えきれないといわゆる「切れる」という精神状態になる。その結果、損得から言えば全く割に合わない凶暴な(絶望的な)行為に走る。

 人によって「堪える」力には強弱がある。すぐ切れる奴とそうでないのがいる。おれはどちらかと言えば「すぐ切れる」くちだったように思う。すぐ切れたため損をしたことが多々あった。ま、竹下通りの暴走男のような滅茶苦茶はしなかったけどな。その負の素質が孫に引き継がれているのかな。心配だ。

 正月早々何馬鹿なこと書いているのかと自分でも阿保らしくなった。もう止める。今年は82歳になる。この年で切れていてはみっともないので、じっと堪えられるよう精神修養しよう。
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2018年09月05日

「ケチって火炎瓶」のSNS拡散に思う

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2018年09月04日

「ケチって火炎瓶」のSNS拡散に思う

 「ケチって火炎瓶」という情報がSNSで超拡散している。1999年に行われた下関市長選挙で安倍晋三事務所が暴力団に反安倍系候補を中傷するよう依頼、500万円の謝礼を約束した。ところがそれを300万円に値切ったことから暴力団側の怒りを買い、安倍晋三自宅に火炎瓶らしきものを投げ入れられたというもの。これは新聞記事にもなり、犯人の暴力団員は逮捕され裁判で有罪が確定した。

 今年7月17日の参議院内閣各委員会で、自由党の山本太郎参議院議員が安倍首相に直接質問している。首相は「えー、あの」を連発しながら「私は恐喝された被害者で加害者は有罪判決が下りて処罰されている。私には関わりない」としどろもどろの答弁で逃げまわった。

 この安倍首相と暴力団の関係をずっと追ってきたのがジャーナリストの山岡俊介氏だ。1959年生まれで、「武富士」会長を塀の中に追い込んだ実績を持つ。「週間金曜日」7月20日付で、やはりフリージャーナリストの寺澤有氏と対談している。タイトルは「安倍晋三議員(当時)自宅放火未遂事件を追う」「反社会的勢力使った選挙妨害工作の真相と決定的な3通の『念書』」。

 そして自民党総裁選、安倍圧勝が大手メディアで振りまかれている。しかしネットの世界では「これで安倍3選は難しくなった」との声が圧倒的だ。ほんとに3選阻止に結び付くかどうかは別として、安倍陣営のキズになっていることは間違いない。安倍陣営にとって山岡氏はうるさい蠅だ。

 その山岡俊介氏が8月7日夜9時頃、地下鉄新宿駅に降りる階段の上段から転落して全治1か月の大けがをした。本人は「当時、私は酔っていたわけでも、体調が悪かったわけでもありません。体力には自信がある方ですから、普通なら踏ん張ったり何かにつかまろうとするはず。ところが、救急車を呼んでくれた方によると、前倒するように上から下まで真っ逆さまに転げ落ちたといいます。私は過去に脅迫状を自宅に送り付けられたこともありますから、今回の一件も何かしらの力が働いたと疑わざるを得ません」と述べている(8月31日付『日刊ゲンダイ』デジタル版)。

 この山岡氏の事故について「国境なき記者団(RSF)」は8月28日、「日本は、首相とヤクザの関係を調査するジャーナリストの不審な転落事故を捜査しなければならない」という声明をだした。ひょんなことから安倍一強が崩壊するきっかけになるかも知れない。
posted by マスコミ9条の会 at 21:04| Comment(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月30日

捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記B止

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
http://96k.blog98.fc2.com/
18年03月28日
11574 捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記B止  

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 これを週刊新潮風に見出しを立てるとすると、主見出しは「捏造と指摘したそれが捏造だった」。脇見出しは「裏取りもせず、捏造呼ばわり その責任をどうするのか櫻井よしこ氏」。ということになろう。勝負あった、である。

 櫻井よしこ氏が法廷で発した最後の一言もまた印象に残った。「朝日(新聞)が書いたものはウソだ。私は間違っていたら反省する。朝日も反省してほしい」――という一言が。私は法廷で声を出すわけにはいかず、心の中で爆笑した。

朝日新聞はこの問題の検証で、吉田清治発言の記事をすべて撤回することを表明し、合わせて植村記者の記事に間違いはなかったことを表明している。櫻井氏の最後のこの一言は、私には犬の遠吠えにしか聞こえなかった。

 それではこの項の最初に指摘した「為にする」その下心はなんだったのか、考えてみたい。ズバリ、南京大虐殺はなかった、従軍慰安婦はなかったという歴史改ざんの押しつけだった、と言えよう。その恰好の餌食≠ニして植村さんの記事を持ち出してきたのである。

 なぜ植村さんだったのか、それは次のステップのために朝日新聞社を退職することが決まっていたからと考えられる。「言論は言論で応えるべき」と櫻井氏は主張した。が、言論の場を去った植村さんにはその力≠ェ及ぶはずがない。あるとすれば、方法は市民的言論、すなわち訴訟しか術は残っていなかったのだ。

 もう一点、強調しておきたいことがある。「思い込み」の恐ろしさについてだ。櫻井氏は歴史修正を主張するお友達≠フ論文だけを頼って、植村さんの書いたものを「捏造」と批判した。法廷でその出典が間違いだったことを素直に認めたが、ジャーナリストとしては失格に値する。

 その誤った思い込みがネトウヨを興奮・増長させ、北星学園や朝日新聞退職後に予定していた職場、そして家族に理不尽な脅迫を行ったのである。これは見方を変えると「そそのかし」と言えないか。誤った情報にそそのかされたネトウヨもネトウヨだが、誤った情報を提供した方はもっと悪い。裏の取れていない事柄は、思い込みだけで報道してはいけないことをこの事件は教えてくれている。

 それにつけても、家族を守るために、言論の自由を守るために立ち上がった植村隆さんに改めて敬意を表したい。そして、このたたかいは断じて負けられない戦いとしてさらなる支援を強めたいものである。

※詳細は「植村裁判を支える市民の会」ホームページを参照
http://sasaerukai.blogspot.jp/

★脈絡のないきょうの一行
佐川証人「刑事訴追の恐れがありお答えできない」。その「訴追される恐れ」の内容を知りたいねー。
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捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記A 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年03月27日
11573 捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記A  

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 15分の休憩のあと、次の証人・櫻井よしこ氏の尋問が始まった。

 主尋問のなかでも、吉田清治という名前が何回か出てきた。櫻井氏は植村さんが書いた記事の中の、「売春行為を強いられた」という部分について「これは吉田清治氏の発言をもとにしている。暴力的に連れて行ったということも吉田氏も書いており、女子挺身隊はそんなことはなかった」と主張。

 さらに、(私は笑ったが)従軍慰安婦に関する報道は朝日新聞が多かったことを力説。「朝日がこの問題の(新聞全体の)報道の4分の3を占めたことがある。90年は77%だった。その後は各新聞も書くようになり減っていった」と。そこには朝日憎し≠ェ漂っているだけだったと言っても過言ではない。

 反対尋問は厳しく行われた。植村さんの記事を「捏造」と批判した根拠について、逐一、問い詰めていった。その中心となったのは元従軍慰安婦の金学順(キム・ハクスン)さんらが日本政府に対して謝罪と損害賠償補求めた裁判だった。

 櫻井氏らは、金さんがその訴状で「養父から40円で売られた」と述べており、売られたということは人身売買であり、強制的に慰安婦にされたものではない、と主張したのだ。そのうえに立って、「植村さんは金さんらが慰安婦にされたと捏造した」という論理を飛躍させたのである。

 この点について反対尋問は、訴状に「40円で売られた」という記述がないことを櫻井氏に確認させたうえで、週刊誌やテレビでそのことを主張している事実について書証をもとに指摘、ついに「出典が間違っていた」と櫻井氏は言わざるを得なかった。間違っていた問題については、訂正することを法廷で約束した。監視が必要である。

 この裁判が始まった直後、植村さんは私に「櫻井さんは金さんの訴状を読んでいない可能性がありますよ」と語ったことがある。この証人尋問はまさにそのことを証明したことになる。ということは、賢明なみなさんにはもうお分かりだろう。「捏造だ」と主張したその人が、実は捏造していたことになるのである。

(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
始まった佐川喚問。日本の民主主義のカナエの軽重が問われる。いま、歴史が軋んでいる。



posted by マスコミ9条の会 at 20:30| Comment(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記@ 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年03月26日
11572 捏造したのは逆だった−植村名誉棄損裁判傍聴記@ 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 「為(ため)にする」という言葉がある。それは@ある別の目的をもって、また、自分の利益にしようとする下心があって、事を行う。 「 − ・するところあっての議論」(大辞林第三版)Aある目的に役立てようとする下心をもって事を行う。「我輩固(もと)より―◦する所ありて私立を主張するに非ず」〈福沢・学問のすゝめ〉(デジタル大辞泉)Bある目的を達しようとする下心があって事をおこなうのにいう(広辞苑)――ということになる。

 元朝日新聞記者・植村隆さんの書いた原稿への捏造記事″U撃は、まさにこの「為にする」ものであったことが明らかになった。

 3月23日、昼休み休憩をはさんで午前10時30分から午後4時50分まで、札幌地裁において植村さんが提起した「私は捏造記者ではない」という名誉棄損裁判は山場を迎え、原告・植村さんと、被告・櫻井よしこ氏双方の証人尋問が行われた。前日札幌入りした私は、傍聴席でその様子を見てきた。以下、その報告である。

 まず原告の植村さんから証言席へ。植村さんは「高知県で母子家庭の子として育ったとき、朝鮮人がいじめられる様子に耐えられなかった。人は平等であるべきだと思ったし、差別問題は新聞記者としての原点になった」「慰安婦問題はその延長で、人権問題として位置づけ取材を重ねてきた」と、慰安婦問題と自分のかかわりについて説明した。

 事件のきっかけとなったのは植村さんが執筆した1991年8月の朝日新聞の記事。はるか昔の記事を引き合いにして、2014年1月からから2月にかけて、「週刊文春」「WiLL」が西岡力氏、櫻井よしこ氏のコメントや論文を掲載し「植村氏の記事は意図的にねじまげたねつ造である」と批判したもの。櫻井氏はニュースキャスターだったこともあり、テレビでも同様の発言を繰り返していた。

 これによって札幌に住んでいた植村さん一家は、右翼などから嫌がらせを受けるようになった。「1週間に250通もの手紙やはがきが届いた」という。合わせて娘さんの顔写真がネットに流され、家族が危険な状況に陥った。

 植村さんへの反対尋問は、「連行」と「強制連行」はどう違うのか、「挺身隊と慰安婦は違うものではないか」など、すでに決着がついている問題に終始した感があった。本件とは直接関係ない従軍慰安婦問題で虚偽の著作を出した吉田清治氏について執拗に質問してきた。

 なぜだろうと疑問に思ったが、はたと気づいた。吉田氏の著作物と植村さんの記事を同列視することによって「捏造」であることを印象づけようとしたのだ。あの、どこかの首相が大好きな印象操作≠ナある。しかし、植村さんの反論によりそれらは粉砕された。

(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
八ヶ岳で7人が滑落、3人が死亡。悲しい事件。この種の事故は避けられないのだろうか……。


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2018年03月15日

忘れないB止 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年03月11日
11566 忘れないB止   

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 JAL争議支援の宣伝行動は午後5時から予定していた。とりあえず、集合場所に行こうということになり、マリオン前へ移動。ここから晴海通りの上に架かるJRのガードが間近かに見える。そこには下り方面の新幹線が止まったままになっていた。時間はすでに4時を回っていた。それに乗り合わせた人がどうなったか知る由もないが、不安だったことは推して余りある。

【有楽町の晴海通りのガードで止まった新幹線】
20180311f.jpg

 この時間帯になると、ケイタイもつながりネットを見ることも出来るようになった。それを見せてもらうと津波が押し寄せてきたと伝えている。それを確認しあわてて、近くのビル壁面に設置されたテレビを見に行った。空から撮影した映像が流れていたが、津波がすさまじい勢いで押し寄せてくる様子が映し出されていた。

 その瞬間、私は「大量の犠牲者が出るぞ」と叫んでいた。その予想は悲しいことに的中した。宣伝行動は5時からの予定だったが、これも予想どおり「中止になりました」と争議団の仲間が伝えにきてくれた。

 交通は全面的に止まっているらしい、ということで「動き出すまでの間」ということで時間つぶしを兼ねて近くの居酒屋に入った。ビールを飲みながらこの日の行動の総括をやり電車が動きだすのを待つことにしたのだ。しかし、動いた、という情報はない。

 結局、夜9時過ぎまで居酒屋で過ごし、神保町にある事務所まで歩こうということになった。3時間は飲んだことになる。それなりに酔ったことは言うまでもない。有楽町から神保町まで、地下道を歩いた。大手町駅周辺には帰宅できない人たちが座り込んでおり、声をかけたら「電車が動くのを待っている」と答えた。

 そう、帰宅難民だ。壁際は寄り掛かった人でいっぱいになり、スペースがない状態になっていた。幸いにエレベーターが動いていた事務所にもどり、近くのコンビニをのぞいてみた。おにぎりなどの食料品の棚はからっぽになっていた。頷ける光景だった。

【からっぽになったコンビニの食料品棚】
20180311g.jpg

 事務所の窓から外を見ると、普段の昼間でも考えられない数の人たちが、歩いていた。車は渋滞し、それこそ1ミリも動いていなかった。テレビを見ながら電車が動く時間を待った。しかしその気配がない。ところが都営地下鉄が動き出したという情報が流れた。

 練馬に住んでいる私はそれアテにすることにして、仲間たちに別れを告げて神保町から飯田橋まで歩き、大江戸線ホームで待った。電車は来ない。なかなか来ない。ホームは人で溢れている。やっと到着したそれに乗って都庁前で乗り換え。が、またしても苦難が。ホーム一杯に人がいて、電車が来ても乗れないのである。

 そこで一計を案じた。姑息だが「一駅戻ろう」がそれだ。行き先は終点。したがって一駅、「新宿」まで戻り乗り換えた。結果は成功だった。終点・光が丘に到着して迎えに来てくれるよう自宅に電話したのは、午前2時を回っていた。神保町を出て、3時間である。そして翌朝、私は新燃岳の被災地調査のため、羽田から宮崎に向かう飛行機の客となっていた。


★脈絡のないきょうの一行
佐川前国税庁長官、籠池森友学園前理事長と同じ道を辿りそう。逮捕はいつかな? よもや死ぬことはなかろうが。
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忘れないA 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年03月11日
11565 忘れないA  

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 さて、どうするか。一緒に歩いていた仲間たちと相談し、この日の要請行動を断念することにし、「われわれも避難しよう」ということで、日比谷公園を目指した。その間も揺れが続いていた。地震が起きて15分とは経っておらず、震源地がどこか心配になった。

 ケイタイ電話(私は持っていない)を持っている人に、誰かに聞くことはできないかと、相談してみるが、電話がつながらないという。日比谷公園に向かう途中、誰からともなく「震源地は宮城沖らしい」という声が流れてきた。

 この時間帯には明乳争議に関する要請で、みずほ銀行に行った仲間たちはすでに話し合いに入っていた。そのとき、揺れのひどさに双方は「改めてやり直しましょう」ということで切り上げたという。要請は地下会議室で行っていたが、このままビルが倒壊したらどうなるんだ、と不安になったという。そのあと外に出るとき揺れが襲い、入り口のガラス窓が弓なり状態に曲ったという。これは恐怖である。

 日比谷公園は人であふれていた。防災用のヘルメットをかぶっている人もいた。それも色とりどりで「ヘルメットは黄色や白だけでなく、いろいろな色があるんだ」とヘンに感心したものである。

【日比谷公園、噴水付近】
20180311d.jpg

【日比谷公園、地下鉄日比谷線入り口あたり】
20180311e.jpg

 つづいてこのあとどうするか――。とりあえず、家族との連絡を取ろうということになったが、ケイタイが繋がらない。一番近い地下鉄「日比谷駅」に入れば公衆電話があるだろう、ということになりそちらへ移動。確かにあった。が、そこは列ができていた。

 仕方がないので、われわれもそこに並ぶ。すると、私の2人前の女性が困った。硬貨はあるがそこの電話機はカード専用のものだったのだ。こういうときは、ケイタイを持っていない私は有利だ。いつもテレカを持ちそれで自宅と連絡を取り合っているからだ。困ったときはお互い様だ。その女性にカードを貸してあげた。喜んでもらえた。

 その場にいた仲間たちは何とか家族と連絡がとれて、この日の最後の行動予定であった有楽町のマリオン前に向かった。ここでJAL争議の支援を訴える宣伝行動を行うことになっていたからだ。

(次回につづく)



★脈絡のないきょうの一行
森友疑惑、ここまでくれば昭惠夫人の国会喚問しかない。日本の民主主義のカナエの軽重が問われる。
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忘れない@ 

水久保文明さんのブログ「ヘボやんの独り言」より転載
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18年03月11日
11564 忘れない@ 

■水久保文明(JCJ会員 千代田区労協事務局長 元毎日新聞労組書記)

 あれから7年。関連死を含めると2万2000人を超える犠牲者を出した東日本大震災。改めて、亡くなられた人々のご冥福をお祈りします。

 あの日、自分はどうしていたか、何を考えていたか、都内の状況はどうだったか、もう一度振り返ってみたい。

 2011年3月11日は、春闘勝利をめざす「3.11千代田総行動」を展開していた。早朝から7つの駅でビラ配布、終わったあとは争議解決をめざす要請行動。昼休みは区内・錦華公園から九段下まで昼デモ、午後も年金問題などの要請行動を予定していた。

 昼デモは100人を超える参加があり、盛り上がった。いつもの錦華公園から九段下までのコースである。神保町の書店街にシュプレヒコールを響かせた。

【昼休みデモ】
20180311a.jpg

【昼休みデモ・神保町交差点】
20180311b.jpg

 昼食をはさんで午後の要請行動に移り、私は麹町税務署に民商の人たちと集団申告を行い、消費税増税反対を訴えた。もう一つの組は、賃金差別とたたかう明治乳業争議団支援で、明乳の筆頭株主であるみずほ銀行に、株主として争議解決を図ってほしいという申し入れをすることになっていた。

 麹町税務署を出て、私は年金問題で要請する次の厚労省に向かう途中、午後2時47分過ぎ、あの地震がやってきた。厚労省に入る直前だった。歩いていると足元がグラグラしてきて、一瞬、脳梗塞でも起こしたかと錯覚した。その瞬間、近くの電柱にしがみついた。一緒に歩いていた人も同じことを考えたという。

 そして間を置かず、地面が大きく揺れた。「地震だ」とそのときやっと理解した。厚労省が入っているビルを見上げると揺れる様子がはっきり分かった。「これが倒れてきたらどうなるんだ」という恐怖感がよぎった。そのときはあそこに逃げ込むしかない、と、ブロックで囲まれたビルの植え込みの下を考えていた。危機管理能力としては、低い点数である。

【地震直後の厚労省前】
20180311c.jpg

 館内放送も聞こえてくる。「外へ避難してください。避難場所は日比谷公園となっています」という声も流れてくる。ビルからは次々に出てきて、日比谷公園方面に歩いていく。その間も、何回か地面が揺れた。

(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
森友疑惑、佐川国税庁長官の「トカゲのしっぽ切り」で終わらせるな。
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2012年07月04日

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2012年02月16日

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