2019年05月18日

外資が牛耳るインドネシアの自動車産業

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2019年05月14日

外資が牛耳るインドネシアの自動車産業

 昨朝日本に帰ってきた。今日は溜まっていた新聞を読むのに午前中費やした。それから昼寝。起きたら2時に近い。去年のバリ滞在ではかなり頻繁に現地でブログ更新したが、今年は同室者がいたり観光日程が混んでいたりして一週間で一回しかできなかった。日本語の「ジャカルタ新聞」も読まなかった。

 とにかくバリ島の道は車の洪水だ。乗用車やトラック、小型バスの間を縫って接触すれすれにバイクが走る。信号が極端に少ない。それでも交差点はそれぞれの車が自主的に判断して止まったり走ったりする。何度か渋滞に遭ったが、流れがストップしないよう結構うまい具合にそれぞれが工夫している。

 電車、地下鉄の類はもちろんゼロ、定期バスは走っているというのだが見たことはない。要するに公共交通機関がゼロに近い。自家用の車とバイクがなければ買い物にも病院へも行けない。みんな無理しても車を買う。だからインドネシアはアセアン最大の自動車市場なのだそうだ。2017年の国内販売台数が106万台、2位タイの87万台を大きく引き離している。過去最大は13年の123万台だ。

 インドネシアで販売される車の98%は日本系メーカーが占める。そのうちトヨタがダントツで、中でもトヨタ系列のダイハツの伸びが著しい。最近になって中国系のSGMW(ウーリン)がインドネシア国内に組み立て工場を建設して順調に販売を伸ばしている。ディラー網の威力が日本系を凌ぐ勢いなのだ。

 もちろんトヨタ、日産などもインドネシア国内に生産拠点を持っている。中国系と競争しながら車の生産能力を拡大するので、さすがに過剰気味になってきた。その分は輸出に向ける。17年度の完成車輸出台数は23万台になった。日本や中国の自動車メーカーがインドネシアでつくった車をインドネシアから輸出するということだ。日本や中国の企業がインドネシアを舞台に商売しているというわけだ。

 この前の選挙で二期目の大統領を確実にしたジョコウイ氏は「自動車産業の発展はインドネシアの経済に貢献している」という趣旨の発言をしているが、本当にそうなのか。インドネシア市場だけでなく輸出までしている日本や中国の企業(資本)はインドネシア経済のために企業活動をしているのではない。

 目的は自社の最大利潤の追求にある。インドネシアの技術力、労働力を使って自社の懐を肥らせているに過ぎない。インドネシアが自らの資本で国産自動車を生産することが大切なのではないか。発展する自動車産業を国と国民の手に握ることだ。そのための技術力、労働力は間違いなくあるのだから。
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優雅でのんびりのバリ、半分過ぎた

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2019年05月09日

優雅でのんびりのバリ、半分過ぎた

 バリ島・ウブドへ来て4日目の朝を迎えた。ちょうど滞在の半分が過ぎた。連日いい天気だ。着いた日はもう遅かったのでワルン・スシ(旧ビンタンダイニング)でミーゴレンや餃子、野菜炒めなどを食べて、その後小1時間「反省会」をして寝た。疲れていたのでぐっすり。

 2日目の7日は例によって両替。今回おれが自分で会計を受け持っているので、共通経費の中から10万円ルピアに替える。1277万5000ルピア。札束の厚さが2センチはある。大事にナップザックに収納。両替後お昼まで時間があるのでモンキーフォレストへ。入園料1人8万ルピア。

 ここは8年ぶりだ。前は迷路みたいだった園内がきちんと標識が出てきれいに整備されている。その分猿の野性味が減った感じがするが気のせいかも知れない。12時前にモンキーフォレストを出てマンデラケイコさんのホテルへ。見晴らしのいいいつものレストランで豪華なランチ。腹いっぱいになる。

 帰りにスーパーに寄ってビールやワイン、つまみや果物を買う。約100万るぴあ。夜は王宮前の集会所で、ガムランの演奏とレゴンダンス。最前席だったので迫力があった。9時前に公演が終わって迎えの車でビラビンタンへ。例によって反省会をして11時頃散会。

 昨8日はキンタマーニ高原。10時にボンさんの運転で出発。11時にはキンタマーニに着いた。入村料1人3万ルピア。まず湖の縁まで下りて温泉に入る。1人19万ルピア。村営だというが、いつもの温泉と違って親しみのあるいい施設だった。打ち湯に頭から叩かれるとご利益のある気持ちになった。

 昼飯は街道筋のこれも何度も行ったカフェテリア方式のレストラン。味はまあまあだが、値段が安い。パンプキンスープがうまかった。ここからの見晴らしはいつ見ても素晴らしい。すっきりと晴れていてアグン山クッキリ。帰途、ジオパークという公営の火山博物館に寄る。さらに例の沐浴で有名なお寺。何と言ったかな。おれは10回くらいお詣りしている。白人が沐浴のプールで順番待ちの行列をしていた。

 夕食は、これもお馴染みの王宮通り突き当りのマンガマドウへ。ミーゴレンと野菜サラダとビザとビンタンビールの夕食。1人10万ルピアもしなかった。さて今日は少しゆっくりするかな。
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2018年06月14日

3週間お世話になったバリよサヨナラ

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2018年06月08日

3週間お世話になったバリよサヨナラ

 バリでの3週間が過ぎた。明日は深夜便で帰国だ。去年も7月に23日間滞在したが、前の10日間は新聞OBの仲間と、後ろの1週間は娘夫妻と孫たちと一緒。今回は3週間丸々1人だった。もちろんこのコテージのオーナー光森さん夫妻、マネージャーのボンさんがいるので全くの1人ではないが。

 もう一つの去年との違いは去年あんなに苦しんだ腰痛が治ったことだ。去年は約2キロの王宮まで歩くなんて考えられなかったが、今年は時間はかかったがちゃんと歩けた。バリの良さはやはり車の移動だけでは分からない。歩いて目で確かめなくちゃ。自転車もいいなと思ってボンさんに頼んだのだが「危ないからダメ」と一蹴されてしまった。ときどき自転車で道を走っている西洋人を見ると残念の感がある。

 バリの伝統芸能の筆頭は何といってもガムランとレゴンダンスである。今回は光森さんのおかげで世界に通用する最新の演奏と演技を堪能できた。5月25日、モダンな円形劇場で行われた若手ガムラン演奏家の新曲お披露目コンサート。ピアノとのコラボで、おれにはジャズ風のリズムに聞こえた。これからこの曲を引っ提げてヨーロッパの公演に出かけるそうだ。聴衆には高校生が目立っていた。

 6月2日にネカ美術館ホールで開かれた日本・インドネシア国交樹立60年記念行事も文化度が高かった。こちらはレゴンダンスだ。踊りての多くがデンパサールにある国立芸術大学の卒業生。大きく開かれた眼の中で踊る眼球、魔法使いのような指の繊細な動き。芸術音痴のおれもこれには酔いしれたね。

 バリの食い物の主力はナシゴレンとミンゴレン。ナシはご飯でミンは麺だ。要するにチャーハンと焼きそば。その周りに鶏肉や野菜が乗っている。そのほかではサテといって竹串に肉や魚のミンチを塗って炭火で焼いたもの、辛い魚のスープや玉ねぎ主体の天ぷらもある。ビールはビンタンビール。

 ネカ美術館のはす向かいにヌリーズワルンという店先で肉を焼いている老舗の食堂がある。ここのスペアリブが有名。ウブド食い歩き地図にも載っている。おれも食ったが、甘いタレが肉にしみ込んでいて美味。骨をしゃぶるともう一度旨さが口に広がる。これで12万ルピア。他に比べて高めの値段だ。

 ビラビンタンに着いた翌日からインターネットがつながったので、メールやフェイスブック、プロ野球速報などでパソコン相手の毎日。それでも人と直接会わないわけだからのんびりはできた。のんびりしすぎてのんびり疲れになったほどだ。明日はバリともさよなら。今度何時来れるかな。
posted by マスコミ9条の会 at 20:35| Comment(0) | インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

バリ島のお盆・ガルンガン

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2018年05月30日

バリ島のお盆・ガルンガン

 バリ島は住民の9割がヒンズー教だ。ヒンズー教はワク歴という210日で1年の暦を使う。ガルンガンは1年の区切りを祝う日でいわば正月みたいなもの。1年といっても西暦と比べると短いので西暦の1年の間に2度ある年もでてくる。今年は今日5月30日に当たったというわけだ。

 ガルンガンはは故事で世の中の善が悪に勝利した日ということになっている。勝利を祝って先祖の霊が各家庭に帰ってくる。各家々ではご馳走を作ってご先祖を迎える。帰ってきた先祖は10日後にまたあの世に旅発つ。その日をクニンガンという。奇しくもおれがバリを発つ日だ。

 今朝、朝食の後にボクちゃんがおれにお祀りの正装を着せてくれた。短パンの上からスカーフを巻き、真ん中に派手な布を垂らしてギュッと縛る。スカートをはいたようだ。上は日本から来るとき着てきた長袖のワイシャツ。頭はターバンのようなものを被って帽子替わり。鏡に映したらサマになっていた。

 9時半にストウさんがやってきて、光森夫妻とおれを車で村はずれのお寺に連れて行ってくれた。お寺の境内はお祈りをする善男善女で一杯。日陰を選んで腰を下ろす。坊さんが鈴を振りながらお経を始める。合図があって参列者も手を合わせる。その時花びらを指に挟む。それを何回か繰り返した後何人かのお坊さんやお寺関係者が手分けして聖水をかけて歩く。手に聖水を受けて飲む真似をし、それで終わり。

 2つのお寺をはしごして同じセレモニー。強い日差しにもう勘弁してくれ、という気になる。小便もしたくなる。11時半前にストウさんの家へ。入口は狭いが奥行きが深い。親族が6世帯で住んでるそうだ。ここで奥さんの手料理をご馳走になった。辛い鶏のスープをご飯にかけて食う。美味だ。

 食い残したサテ(やきとり)や豚肉、果物、お菓子をお土産にもらって12時過ぎにストウさん宅を去る。そういえば7年前の2011年7月にもガルンガンに当たりお寺参りとストウさん宅での会食をしたな。あの時は孫の凌が3歳で、お寺の雰囲気でトランス状態になり火が付いたように泣き出したっけ。

 ちなみにストウさんは2年前までこの村の村長さんをしていた。今日お詣りしたお寺の改装に骨を折った。いわば村の顔役である。おれとは16年の付き合いだ。竹にきれいな飾りを施したペンジョールの林立するスウェタ通りをビラビンタンに向かったのでした。
posted by マスコミ9条の会 at 20:42| Comment(0) | インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久しぶりに活動的な一日

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2018年05月26日

久しぶりに活動的な一日

 昨日は活動的な一日だった。まず午前2時、トイレに起きて小便しようとしたら停電。すぐ点くだろうと待ってたが点かない。暗闇で用を足して寝た。すぐ眠れて朝5時に目が覚めたら電気は点いていた。後でボンさんに聞いたら停電は広範囲だったが1時間ほどで回復したそうだ。

 午前10時にビラビンタンを出て王宮に向かう。太陽がギラギラ。熱中症が心配だ。そういえば水のボトルを忘れた。ウブド第一高校に沿って坂を下る。歩道の敷石がはがれているし、オートバイや酷いのは乗用車が歩道に乗り上げている。歩きにくいことこの上なし。それでも予定通り30分で王宮前に着いた。

 門を入って一休み。観光客が一杯。中国人が目立つ。交番前の交差点を渡って市場へ。時間が時間だけに観光客向けのお土産屋さんばかりだ。一回りして小道をサッカー場方面へ。サッカー場のヘリはおれの好きな通りだ。坂道を下りたところにワル・パタンというこぎれいな喫茶・食堂がある。ここのトイレは清潔で使いやすい。6人掛けのテーブルに座ってビールの小瓶を頼む。よく冷えててうまい。

 疲れがとれたので勘定をして(5万ルピア札出して釣りはトイレ代だ)サッカー場のヘリを進み突き当りを左へ曲がって王宮前通りへ出る。以前この道は路上駐車がびっしりだったが、今は規制されていて道が広くなった感じだ。坂を下ったり上ったりして三差路に突き当たる。マンガマドウという食堂。去年も孫たちと来た落ち着ける店だ。ガーリックスパゲティとビールの小瓶とミネラルウォーター。6万ルピア。

 そこから歩いて3分のスーパー(デルタデワタ)へ。卵10個300ルピア、缶ビール5本84,000ルピア、豆腐6700ルピア。午後1時20分、病院に行った帰りの光森さんの車に拾ってもらってビラビンタンに帰る。

 昼寝して夕方4時半に光森夫妻と一緒にボンさんの運転でサヌアへ。新しいガムランを創造している青年がヨーロッパに演奏旅行した成果を発表するお披露目会だという。途中夕飯を食べて会場のなんとかコンパスへ向かう。凝ったつくりの円形劇場風で、観客は200人ほど。なるほどおれが今まで聞いたガムランとは違う。リズム主体で歯切れがいい。最後に女性のピアノとの共演。ヨーロッパやアメリカでは鐘と共演するのだそうだ。8時40分頃終演して待っていたボンさん車で帰途へ。9時半に帰着。

 部屋でパソコンを開いたらロッテがオリックスに5対9で負けていた。涌井が打たれて逆転された。シャワーを浴び
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2018年05月24日

インドネシア・ジョコウイ大統領の正念場

戸塚章介さんのブログ「明日へのうた」より転載


労働運動は社会の米・野菜・肉だ。

2018年05月22日

インドネシア・ジョコウイ大統領の正念場

 バリ島に来ている。乾季の空は紺碧だ。確かに暑いが日本の蒸し暑さとはちょっと違う。どこか爽やかさが感じられる。午前中両替と買い出しに行ってきた。2万円が251万5000ルピア。財布に札束。気が大きくなる。そこでスーパーで買い物。地ワイン2本、地ビール缶5本、生ハム、サラミ、トマト、レタスで計55万6350ルピア。約5000円というところか。朝洗濯した丸首とパンツが手絞りなのにもう乾いた。

 インドネシアの日本語新聞「じゃかるた新聞」5月21日付に「レフォルマシ道半ば」「スハルト退陣から20年」の記事。レフォルマシとは改革の意味で、反スハルト運動の学生らのスローガン。当時の中心的活動家は今、ジョコウイ大統領を支える重鎮になっている。

 スハルト大統領に対するインドネシア国民の評価は下がり気味だが今でも歴代高位だという。民間調査機関インドバロメーターの「1945年の独立以来最も成功した大統領は誰か」という世論調査の結果が「じゃかるた新聞」に載っている。4月15日〜22日まで、1200人に対して面接調査をしたもの。

 1位はスハルトで32.9%。これは前回調査(2011年)より7.6ポイント落ちている。2位は初代大統領のスカルノで21.3%、3位が現大統領のジョコウイで17.8%。ジョコウイの前の大統領のメガワティは0.6%と歴代最低だ。この結果に対してスハルト打倒運動をした元活動家のプディマン・スジャトミコ氏は「スハルト氏がトップなのは当然。任期も最も長く、功績も多い」と認めている。

 とは言えスハルトが強権政治、汚職体質であった本質は消えない。スハルト退陣後4回の憲法改正を行い、政治の民主化の努力がなされた。特に深刻だったのが汚職の蔓延だった。2003年に独立捜査機関「汚職撲滅委員会」が設立され、汚職絶滅への機運が高まった。現職のジョコウイ大統領になってからやっとその効果が表れ、政権発足からの3年間で汚職摘発件数はそれまでの6倍に達している。

 来年はインドネシア大統領選挙の年である。6年間のジョコウイ大統領の実績が問われる。軍からも大資本からも独立した庶民政治家としての本領を発揮できたのかどうか。おれはこの間ずっとバリ島というインドネシアの一地方と付き合ってきたが、おれの見る限り島のリゾート開発、アメリカや日本の企業進出が著しいように思える。それが庶民の生活に寄与しているのかどうか。それが問われるように思う。
posted by マスコミ9条の会 at 21:06| Comment(0) | インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

2009年08月07日

マスコミ9条の会ブログ

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